もう好きに生きよう

球磨川と列車(いさぶろう・しんぺい)

後で十分

2016-09-15 20:05:44 | 日記

ほとんど毎日、何かしらの習い事や学習塾でふさがっている子が多いとは以前書きました。


「水曜日は何もない」と教えてくれた子は、ピアノに塾に書道教室と我が会。

そんな子たちには「何時遊ぶの?」とは聞かず、「今の子は大変だね」とだけ応えます。


その家の教育方針などあるでしょうから、余計な事は言わない。

でも相談を受けた時には、私なりの考え方は伝えます。

今まで上手く行った例や、親の期待重すぎて子を潰してしまった例など、その子のプライバシーに触れない様に気を付けて。



"親は初めて親をやっている" とは、まだブログと言うシステムが無かった時代。

Windows98付属の作成ソフト(フロントエクスプレス)でHPを作成し立ち上げた頃から使っている言葉です。


どこの親も、子育てに迷っているのだとは会を立ち上げた30年前。

或る母子家庭と知り合ってから。

丁度その頃長男が生まれ、他人ごとではなくなった時代でした。

以後大勢の子供たちと、同世代や会の親御さん達との話し合いで、子育ての知識と経験に恵まれた。

問われたらそんな経験を、若い親には話す様にしています。


個人的に、子が一時の気持ちで「やりたい」と言った習い事稽古事。

「そんなに沢山、モノにはなりません身に付きません」と言う事にしています。

「子にはいろんな事をさせて、可能性を・・」なんて、親の戯言ですと。


もうそろそろ飽き始めている幾つもの習い事。

「子の本心を聞きいて早く絞った方が良いです、お金の無駄ですよ」と。



我が子に、秀才天才の成功例を期待してはいけません。

大多数殆どは凡人で、そんな子にお金をかけても無駄。 (有り余る財をお持ちの方はお好きに)


それより将来。

我が子が凡な現実生活を送り始めた時。

身を固め、家を持とうかの時。

今より年金が減る、遅くなると言われる時代に長期住宅ローンで苦しまぬよう。

頭金程度の資金援助ができるように。


その時のために、どうせモノにはならない習い事に無駄金は使わない。

との考えで、我が子には一切の習い事をさせませんでした。 (我が会だけで十分)

勿論学習塾にも行かない、教材の類も買わない。 

中学の授業を確り聞いていればそれで、地元の国立・公立高校には入れます。 (田舎の私立は偏差値の低い子が入る所)

当然、習い事にかかるはずの費用は貯めて・・。


感謝されるのは今でなくても、私が亡くなった後で十分だと思っているのです。





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ジャンル:
習い事
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