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 西部師の論(45)。「実践と解釈。」:チャンネル桜・瓦版、10月NYダウ暴落説は、米大統領選後に変更!

2016-10-13 18:48:32 |  西部邁師の論

      <西部師の論(45)。「実践と解釈。」について>

 平成改革によって「日本的なるもの。」をほぼ最終的に蒸発させ、その挙げ句に米中両国から政治的・軍事的に挟み撃ちされているのが現代日本である。

 こうした日本列島の現況からして、いかんともしがたくそうなるという危機を感じ、乗り越えようと努める。

 その一方で過去の人生と時代を振り返り、他方で、両者にどんな『未来』が待ち構えているかを除き見ようとする。

 危機において想起と展望という、二種の心理が激しく交錯するということである。

 その交錯振りを解釈をすれば、危機にある人間のいわゆる『実存』の姿が浮かび上がってくるであろう。

 伝統というものに訴求していくほかない人間の本来性、それを再発見し保守しようと励むのが、危機における人間の生き方だということである。

 次に、危機における人間の決断の仕方が浮き彫りになるであろう。

 つまり、不確実な未来へ向けて想像を休みなく掻き立てていく以外にない人間の際疾(きわど)さ、その種の冒険を実践すべく努めるのが、危機における人間のもう一つの側面だということである。

 要するに、コンサヴァティヴィズム(保守思想)とエグジステンシャリズム(実存思想)とは表裏一体となっているのである。

 その一体性が炙り出されてくるのが危機の時代なのだと考えられる。 

 事実、それら領袖の思想は、フランス革命の大混乱やナチズム革命の社会病理といったような危機の時代に登場したのであった。

 前者にあってはエドマンド・バークの保守思想、後者にあってはマルティン・ハイデッガーの実存思想がその見本である。 

 そうであればこそ、危機が到来するとほぼ必ず過去の帷の中から聞こえてくるのが『伝統』回帰の叫びであり、『実存』確認の悲鳴なのである。

 両方の思想とも、合理主義との対決という形で生まれてきた。

 合理主義は、科学と技術の武器を携えて、近代社会の津々裏浦々に至るまでをも席捲してきた。

 その合理主義がおのれの運命に従うようにして大挫折に見舞われるとき、それを超克せんとする省察と行為の中から、保守思想と実存思想とが、互いにひそかに手を携えつつ、いくたびも蘇生してくるのである。

 その合理主義との対決の模様は、省察の作業にあっては、ハーマニューティックす(解釈学)が必要となる。

 つまり、「言語による言語活動への解釈。」という難事に挑むということである。 又行為の営みにあっては、プラグマティズム(実践学)が要請される。

 つまり、「実践の中での認識の改善。」という難関に立ち向かうということである。

 それら両方の挑戦とも、「合理主義を突破するための合理の展開。」なのであるから、困難を承知の思想の企てなのであった。

 あるいは、近代との全面的な対決を企てるものなのであった。

 そういう学者風のやり方を無残に圧殺してきたのが近代の合理主義なのであった。 

 アカデミズム『学術趣味』は、近代の飾り物にはなり得ても、人間の生の本来性が忘却されていく模様と社会の伝統の本源性が消失させられていく様子とを発(アバ)き出すことができない。

 しかもその狂暴なる思想のピュエリリズム(精神的小児病)は、かってなく広く深く現代社会を覆い、IT革命などという時代の標語すらもが高く掲げられる始末となっている。

 それを足蹴りなり肩透かしなりを食わせるしかなく、そのためには学術を祖述しているだけでは駄目なのだ。

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