詩的空間=物と向き合う時間・・箸と豆腐・・

2017-11-29 19:01:25 | 
今夜は貧乏湯豆腐(豆腐だけ)にしたのだが、豆腐に箸をつける時に手を止めた。
友人ムッシュ・室の詩「箸」を読んだのは2ヶ月前だったのに、その時のショックがぶり返してきた。

   私たちは
   鋭利な箸先を避けて生きてきた
   それは
   世の中を受け容れる仕草に
   過ぎなかったのだろう
   豆腐の
   存在はそれさえも打ち砕く
   白い無垢だった

   どうしたらいいの

   私たちは箸を止め
   箸を失う夢を観ていた。            「箸」部分


ムッシュ・室はじっくり物と向き合う。その時間を大切にする。その中で自己の事実と真実を照応させてながら自分の存在に恐る恐る触れてみる。これは自分の立ち位置を確かめるムッシュ・室の方法であるかのようだ。
   私たちは箸を止め
   箸を失う夢を観ていた。
これは世の中に受け入れられる仕草、または世の中を受け容れる仕草の放棄を意味するのだろうか。ぼくは軽いショックを受けた。



コメント (1)    この記事についてブログを書く
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1 コメント

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難しいですね (tefutefu)
2017-11-30 21:37:09
考えようとするから難しいんでしょうね。考えなけりゃいい。世の中、ってのはうまくいくかいかないか、それだけのこと、ってのはどうですか?

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