心理カウンセラーの眼!

孤立無援の・・君よ、眼をこらして見よ!

西原理恵子のたたかい方

2010-05-03 15:25:00 | のほせんの心理カウンセリング
こんにちは、テツせんです。
日本中が連休ですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
ブログを書き上げましたので、ごゆっくりとお読みください。

先日、「毎日かあさん」や「いけちゃんとぼく」でおなじみの漫画家・西原理恵子さん(以下敬称略)が
NHKの「こころの遺伝子」という番組に出演していました。
のっけから話がそれて恐縮ですが、
NHKというマスメディアが今どき有料制であることに何の根拠も無いことに自覚が無いのは困ったことです。

それはともかく、この番組のなかでは、
西原理恵子の生育歴による「依存症の負の連鎖」というとらえ方がつよく押しだされていました。

まず、父親のアルコール依存症が明かされます。
その父親が西原が3歳のときに亡くなっていることは、依存症の過激さを物語っているといえるでしょう。

そしてその後、母親が再婚して義父となった男も、
理恵子の貯金まで取りあげるようなギャンブル狂で、
西原は兄とふたりでふるえていたという。

ある日、家の中で縊死している義父を見つけたことを西原は暗に描画している。
母親はこの「負の連鎖を断ち切るため」に西原に現金100万円を手渡し、
「東京へ行きなさい」と告げたという。
おそらく母親はふたりの夫との関係において、いずれも共依存であったことが
ふたりの男を死なせた事実からうかがい知れます。

自分ではどうしようもない対の関係しか相手の男と築けなかったことに、
母親としての負い目とそんな自分への不信がつのったあげく、
物理的な「子別れ」を実行するしかないと考えたようにおもわれます。

西原理恵子は100万円をにぎりしめて上京する。・・・

「好きな絵で食べていこう」と考えて、その道をめざし人並みの苦労の末に、
週刊朝日の連載グルメリポート漫画「恨ミシュラン」で神足裕司とともに人気を博し、
パチンコ雑誌や麻雀雑誌などにも体験記の連載漫画を描くようになったのはいいが、
必須であるギャンブル体験をするうちに、すっかりはまり込むようになって、
気がついたら立派なギャンブル依存症になっていたという。・・・

そんな西原が、
1996年に旅行体験レポ漫画『鳥頭紀行』の取材中のタイで戦場カメラマンの鴨志田穣と出会う。
ギャンブル場で夢中になっている西原に向かって、
「ギャンブルって、おもしろい?」という彼のつまらなさそうな顔と問いかけに合って、
彼女は水をかぶったような心地にさせられたようだ。

直後にふたりで未だ戦争の傷がなまなましい地域に出かけ、
どん底の貧困生活にあえぎながらも、「笑って」強く生き抜く人々の姿を目にし、
西原なりの衝撃を受け、自身の甘えを痛感したと言う。

(それをのちの禍のさなかに「どん底でこそ笑え」というメッセージに転化するのだが・・・。)
いずれにせよ、西原はこのショック療法のおかげでギャンブル地獄から生還できたと述べる。

西原がそのように生還できたことは喜ばしいかぎりだが、
彼女の受けとったメッセージが妥当かといえば、いたって恣意的なものだとおもわれる。

子どもたちが「死の隣で生きる」ことから、いく分解放されて、
とりあえず「生きていい」水汲みやらの時間に表わす「笑い声」とは
西原だけではなく、ふやけてしまった日本人には所詮理解のおよぶことではないからだ。

それはたとえば東京空襲の現場に居合わせた坂口安吾が『堕落論』の中に語っているような、
「爆撃直後の罹災者たちの行進は虚脱や放心と種類の違った驚くべき充満と重量を持つ無心であり、
素直な運命の子供であった。笑っているのは常に十五、六、十六、七の娘たちであった。
彼女らの笑顔は爽やかだった。わずかばかりの荷物の張り番をして路上に日向ぼっこをしていたり、・・」

といったように戦争の中で人はきわめて不可解な表情を見せるのは、
おそらく「死の恐怖(むしろ破壊)からの生還のとめどないよろこび」や
「目の前のことだけが世界」であることの無心な途惑いに源泉があるようにおもえる。

そのような戦争のさ中の特異な笑顔が、今の日本人に
「どん底の笑顔」などとある種感動を持って迎えられるのは致し方ないことかもしれない。

しかし西原のギャンブル依存が稼業の繁盛につながっていったところなどは、
中村うさぎが自分の依存症や破綻を見せることで生業(なりわい)としていることに似通っていて、
日本の売文業が行くところまで行っていて、
それこそ戦争中より無残な様相を示していることが分かるというものだ。

それはともかく、西原は生還し、鴨志田とめでたく結婚し、ふたりの子どもにめぐまれる。
だが禍はまたやって来る。・・・
鴨志田が「戦場のフラッシュバックで」アルコール依存症になったというのだ。
家の中で暴れる夫から子どもたちを守ることに必死だったと言い、
その中で西原は「どん底でこそ笑おう」と夫の行状を漫画に描きつづけた。
それが夫を余計に追い詰めてしまったかなと彼女は推量する。

とうとう夫との訣別を決意したときを振り返って西原は、
「もっと早くに別れるべきだった」とも告白する。
「そうすれば、・・・かも・・・」と。
家を追い出された鴨志田はその後数年、アルコール漬けとその結果の内臓疾患とに明け暮れた。

そうした自己破綻から『覚醒』するには、
師匠のカメラマンのイラクでの非業の死が捧げられねばならなかった。・・・
戦場から遠ざかった戦場カメラマンが生ききれないことと、
カメラマンとして生きたために戦場で死ぬこととの径庭を、
彼は誰よりも噛みしめて、師匠の冥福を祈ったことだろう。

その後、彼は治療施設に入院し、アルコール依存という心の病とはじめて相対する。
(むろん、アルコール依存の原因の「戦場の死」を《認識》レベルで捉えなおすことが求められるが。)
そんな彼の意志のたしかなことを感じて、
西原たちは再び鴨志田を家族として迎え入れることにした矢先に、
彼が末期の腎臓がんであることが判明する。

残された時間がわずかだと知ったふたりは、
「どんなに辛くても最期まで笑って過ごそう」と約束し、
最期の半年間を家族が笑顔で毎日を送ったという。

2007年3月に、鴨志田さんは息を引き取る。
ふたりのこどもは、彼にすがりついて泣き崩れる西原かあさんを
必死に笑わせようとしたという。・・・

しかしこういうセンチメンタルな終わり方だと、
なんだか「良いお話でした」に収まってしまうけれども、
子どもたちをそんなふうに扱っていいものだろうか?

西原がもらしたように、アルコール依存の彼を「もっとはやくに叩き出す」べきだった。
アルコールだけではなく、家の中で家族に依存する彼を救い出す一方で、
子どもたちを守る手立てはそれしか無いのだから。
そうしないと、
暴力暴言によるバッドイメージが子どもたちの脳に積みあがるばかりで、
それをトラウマとして記憶させられる子どもたちがあまりにも不憫だ。・・・

おとなたちの無知無理解が、子どもたちにどれほど大きな影響を与えていることか。・・・
「負の連鎖」は単なる血のつながりや遺伝子が原因ではないのだ。
アダルトチルドレンは、両親からの暴力暴言の体験を記憶することが本当の原因であり、
子どもの脳の中枢神経で病理のイメージ化がなされるためである。

それが後年になって、現実社会の葛藤のなかで
恐怖、破壊、敵意となってフラッシュバックされるということを知っておかなくてはいけない。

わたしはこの子どもたちが成長し、
やがて、社会性ゆたかなパートナーにめぐまれることを願うばかりです。

(敬称を略させていただきました。)
・・・・・・・・・・・
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2 コメント

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このブログについて (osaru)
2011-05-02 15:19:15
彼女は間違ってないとおもいます。
この、一秒後が、どうなるかわからないけど、
私を救っているからです。
だから、悪く言わないでください。
私だけでなく、多くの人を助けてくれてます。
明日からGWです。
さっきまで、死のうとおもってました。
でも、きつくても、生きていこうと思ってます。
西原さんのおかげです。
命がけで子どもを守ること (のほせん)
2011-05-06 10:08:11
osaruさん、こんにちは。

西原理恵子さんのおかげで自殺年慮が消えたということでした。
人はどんな方法であっても、
それで命が救えるならばよろしいとおもいます。
ほんとうによかったです。

ただわたしは西原さんの悪口を書いたつもりはないわけで、ずい分昔ですが、
週刊朝日の神足裕司氏との「恨ミシュラン」をおもしろく拝見していました。
ただし
自分の好き嫌いでものを書いているわけでもない点をご理解いただきたい。

そのうえで西原さんが、
ご自分の家族のプライベートな問題を公開出版された時点で、
それについてだれもが意見を言ってもよいということになります。

昨日は「子どもの日」でしたが、
西原さんにはお子さんがいますね。
家の中でも子どもがいちばんの弱者です。
その家の中で父親が暴力をくりかえすことは、子どもにとっては耐えられない残酷なことにちがいありません。
妻も悲しいに違いないとはいえ、
どこかでそんな夫に依存しているわけで離れられないのです。

ですが子どもは親を選べません。西原さんの子どものときとおなじように。・・・

わたしはやはり本人よりも子どものことがいっそう不憫に思うのです。

子どもにとってあまりに不条理な暴力が
バッドイメージとして深く記憶が刻印されるということを、
おおくのひとに理解していただけますようにと願って
この一文を記したわけです。

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