*峠のちゃみせ*

軽妙な関西弁で、「自分自身に」「周囲に」「社会に」ツッコミ!

二つの難病に挑む!

2006-08-27 | 脊髄小脳変性症と多発根神経障害
今、フジテレビで放映されているワールドグランプリ女子バレーのニュースに、”大山かな”という名前を見つけただけで、勝手に想像を膨らませ、胸を詰まらせてしまう。

ファンだから、好きだからではない。

「パワフルかな」と脚光を浴びた彼女が試合に出してもらえてないのが記憶にあって、その彼女が試合に出ている。
事情も経緯も知らないのにそれだけの情報から、
彼女が再びコートに立つ事だけを考え、努力を積み重ねてそこに辿り着いた。
彼女がそこに至る過程を思い描き、胸を詰まらせてしまう。

私の想像が当たっているかどうかに関係なく。



浪速乃闘拳「亀田興毅」の世界戦でも判定結果や内容に関係なく、やはり胸を詰まらせた。

あの一家には、賛否の声が常に付き纏う。
確かに不遜な態度とパフォーマンスに議論の余地はあるかもしれない。

しかし、私には親子が「チャンピオン」以外の選択肢を自ら排除してしまったように思えてならない。
世間のバッシングを知らない筈もなく、支持している人ですら敗北の際は掌を返すように論を翻す事を思うと、親子にとって勝つ事だけが残された道のように思える。

そして、それ以外の道を自ら閉ざしてしまったように思えてならない。
いやそんな世間に対抗するには圧倒的な勝利しかないように思える。

親子には、偶然や運がもたらす勝利ではなく、必然=当然の勝利しかない。

しかし、努力を積み重ねれば重ねるほど、”絶対”は遥かに遠く、偶然の要素がいかに大きいかを、親子は実感しているのではないか。
だからこそ、不可能とも思える”絶対”を求め努力を重ねたうえに、自らをギリギリの状態”背水の陣”に追い込んでいるように思えてならない。
そういう思いを抱いて見るから、感情が高ぶり胸を詰まらせる。




昨年、マラソンランナーの高橋尚子が東京国際マラソン出場に踏み切った段階から私は胸を詰まらせた。

金メダルも獲得し第一人者にまで上り詰め、年齢のピークも過ぎたと思えるのに

過酷な環境を自ら選び自分を限界まで追い込んで、努力を積み重ねるひたむきな姿勢を思うと、優勝という最高の形をたたき出した時には感極まってしまった。


挫けそうな自分と向き合って、ただひたすら休むことなく、努力を積み重ねる彼らの姿に胸を詰まらせてしまう。

私が共感し、胸を詰まらせるのはアスリートに、一流に限りません。
挑む壁は、それぞれ人によって異なります。

ある人には苦もなく越えられる壁も、相当の努力を重ねないと超えられない壁もあるはずです。
努力を積み重ねても、結果、超えられないこともあるはずです。

アスリートに比べると、そういう人たちの積み重ねる姿は喝采を浴び、耳目を集める事は少ないでしょう。

私はそういう人たちの情報を持っていないだけで、知ればきっと胸を詰まらせるでしょう。


私が其れほどまでに胸を詰まらせるのは、歳をとったからでも、感激屋だからでもありません。

現代医学ではどうしようもない進行性の神経難病を二つも抱え、偶然か運にでも任せるか、諦め折り合いをつけるかのどちらかしかないのに、誰しも有り得ないと思う”改善”を信じ、ひたすらリハビリに励むようになったからです。

ゴールがあることすら分からないのに、その可能性を誰一人として信じる人もいないのに、毎日毎日何年も努力を積み重ねるようになってからです。


止めてしまっても、誰一人非難する人などいないけれど。

最後の最後は自分との戦いです。

やるかやらないか です。

その過程で、私は気づきました。
目標の達成以上に貴重なモノが私を成長させ、強くした事を。




千里の道も一歩からはじまります。

其れは事実であり、名言です。

しかし、言うは易し行うは難しです。

ヒトは追い込まれないとやりません、追い込まれてもやらないものです。

私はサンドバックのように病気の思うがままに殴られるのは嫌だ。

私は彼らとは異なる目標に挑んでます。
もうすぐ、難病に挑み続けて20年。

そして、ゴールの見えない私の挑戦はこの先も続きます。


そんな挑戦を続ける中で、私が最も大切と考えるようになったのは、理解者の存在です。
それは決して同じ境遇で、同じ志を抱くものとは限りません。
寧ろ、温かく大きな心で、どんな時にも「大丈夫、大丈夫」と見守ってくれる人の存在です。



このブログをお読みになって関心をもたれた方は、私のホーム・ページ意志の力で運命を切り開けを覗いてください。

皆様の広い・大きな心で私の背中を押して下さい。
私に力を与えてください。

私はこれからも挑み続けます。

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

私の病気

2006-06-16 | 脊髄小脳変性症と多発根神経障害
「脊髄小脳変性症」と「多発根神経障害」
これが私の病名です。

どちらの病気も有効な治療法がないというテンは同じですが、
脊髄小脳変性症は厚生労働省が難病指定した特定疾患なのに対し、多発根神経障害はソウではありません。

その事だけを聞くと、脊髄小脳変性症(SCD)の方が重篤な病気と思われがちですが、私的には多発根神経障害のほうが不気味な病気です。

治療法がないというテンでは同じですが、多発根神経障害は神経障害という症状の総称のようで、障害の程度も箇所も範囲も進行するか否かというテンでもSCD以上に千差万別ということがいえるようです。

そして、私を一層不安にするのは、専門の神経内科医ですら私の症状(触覚と位置感覚を極端に障害され、筋肉の痩せを伴って進行する)を理解し、日常生活にどのような支障があるかかという事を思い描く事が困難であると長年お世話になっている主治医の方からお聞きし、私自身それを実感しているからです。

SCDが特定疾患に指定され、TVドラマ化されメジャーであるだけにそちらに目を奪われがちですが、マイノリティー故に特定疾患に指定されず高額な医療費負担を強いられ、専門医ですら向き合うのが初めてという病気、そういう病気を抱えられた方々がたくさんおられるという事を、心の片隅にでも留めて欲しいと思います。
コメント (0) |  トラックバック (0) |