気まぐれ写真集

ご近所から旅先のスナップまでつれづれなるままに

続・京都伏見桃山にて

2017-05-17 | 京都

 

アップが遅くなりましたが、ゴールデンウィーク中での京都伏見のウォーキングツアーの様子をお伝えしたいと思います

お昼休憩を終わってからですが、出逢い橋を渡り濠川の川べりの散策道を歩いていきます

新緑が川面に映り緑一色の世界

歩いていてもとても気持ちいいです

 

 

三十石舟の船着き場です

 

 

この辺りは鳥羽伏見の戦いでも激戦地だったようです

 

 

龍馬とお龍のブロンズ像があります

 

 

 

そこからほど近い寺田屋にやってきました

 

 

寺田屋といえば、寺田屋事件や、坂本龍馬もこの伏見の寺田屋で伏見奉行所に捕縛されそうになったことも有名です

 

 

実は寺田屋は以前にも撮りまくったこともあり、今回はさほど撮ってなくてあれこれと見ていく方に

 

 

寺田屋に入る前に、寺田屋と坂本龍馬のかかわりなどのお話を聴いていました

 

 

そんな寺田屋を後にして

 

 

この辺りは観光地として訪れる人も多いです

 

 

 

 

こちらは伏見御堂の山門が建っています

伏見御堂は東本願寺12世法主の教如が慶長年間(1596-1615)に創建されたお寺です

寺域は、徳川家康から寄進されたもので、本堂も家康の居城の向島城の殿舎の遺構を改築したものと伝えられていますが、今は残念ながら山門と鐘楼が残っているだけとなっています

 

 

で年月は流れ慶応4年(1868年)1月2日に会津藩の先鋒隊約200名が、伏見御堂を宿陣としました

徳川家と縁のあるお寺ですから、会津藩はここを駐屯地としたのではないかといわれています

 

 

最後の到着地点である、伏見奉行所跡です

鳥羽伏見の戦いの時、京都を追われた会津藩や新選組は、ここ伏見奉行所に立てこもって、新政府軍と激戦を繰り広げました

しかし、御香宮神社に本営を構えた薩摩郡の砲撃を受け、伏見奉行所は炎上、旧幕派は壊乱することになります

この伏見奉行所跡は現在は京都市営桃陵団地となっています

ざっと写真でツアーの後半を追ってみましたが、政府軍が本営を構えた御香宮神社は、今回はご紹介しませんでしたが最初に訪れています

伏見は江戸時代の景観が残っている場所も多いので、幕末の志士たちと同じ景色を眺めているかもしれないと思うとワクワクするものですが、ガイドさん曰く例えば坂本龍馬を暗殺したのはいったい誰だったのかいまだに判明しておらず、後から生き残った者から自分だと証言したりもあったようですが、それも本人の自白以外に確証もないものとのこと

また坂本龍馬が避難した小屋跡という石碑も建っているのですが、どうもそれも当時の残っている地図などから場所的にも違っているのではないかとのガイドさんの見解なのです

果たして真実はどこにあるのか定かでないとすると、せっかくの幕末ロマンもちょっと微妙になってきそうですが、それでも時代は確実に流れているわけで、戦国時代や幕末維新が人気があるのも納得できそうな気がするわけです

 

 

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