小山洋一 (ようちゃん)の一日

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身体障害者の母の介助

2016-10-19 16:04:44 | 日記
昨日の続きになるが、視力障害者の母と暮らしたことを書きます。

視力障害者の介助は言葉で言えない程、大変でした。

一番辛かったのが、国鉄や近鉄の鉄道に乗車・下車

することで、跨線橋の階段を母をおんぶして上下することです。

上りはそんなに辛くなかったのですが、

下りはよく階段を踏み外して、母ともに下に落ちて

大怪我したこともありました。救急車で運ばれたこともありました。

生活も、炊事は出来ないので殆ど私がしました。

包丁は使えても、ガスレンジが使えない

のです。風呂も、母と一緒に入浴しました。目が見えない

ので、体を洗う・入浴後の体を拭くことができないのです。

今の住宅の浴槽は寝て入りますが、以前の府営住宅の

風呂はしゃがんで入っていました。頭を洗うのもしていました。

これが、小学5年生から亡くなった55歳まで続きました。

殆ど仕事をしながら介助しましたので、会社には行かず

自宅で仕事をしていました。殆どの会社は介護勤務は

許されていませんので、内職(非常勤)扱いでした。

母には兄妹が6人いましたが、何も援助がありませんでした。

母が亡くなり、葬式も参列してくれませんでした。

寂しい葬式でしたが、私にとって一番大切だった

私を生んで苦労して育ててくれた母ですので、

大きな花束を棺にいれて火葬場で見送りしました。

今は、別に悔いはありません。

50年間の介助は山あり谷ありの日々でした。 終わり


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