蒼穹のぺうげおっと

-PEUGEOT in the AZURE- マンガ・小説・アニメの感想を書き流すファフナーとエウレカ好きのサイトです

交響詩篇エウレカセブン 京田監督 NBオンラインインタビュー記事

2010-03-07 13:23:34 | エウレカセブン
会社に行って、まずやることと言えば大体メールチェックから始まると思いますが、僕の場合、メールチェック後にやることが日経ビジネスオンラインとダイヤモンドオンラインのメルマガを流し読みして、気になった記事をまとめてチェックする、というのがほぼ日課になっています。


日経ビジネスオンラインの企画ものは結構好きで、実は何気に楽しみにしているのですが、その中でも特に楽しみにしているのが、アニメ作品の監督さんにインタビューするという企画です。


監督さんになると、マーケティングの仕方から、関係者をまとめるプロジェクトマネジメント、訴求ポイントの作り方、コミュニケーションの取り方など、様々なところに工夫と苦悩があって、これが結構楽しみにしてるんですよね。

これまでも僕が印象深かったのは、コードギアスの谷口監督、ダブルオーの水島監督、マクロスの河森監督ですね。
※その中でもとくに谷口監督のインタビューは、色んな意味でとても参考になりました。仕事面で。


そこに満を持して?登場したのが、エウレカセブンの京田監督。


エウレカ好きの僕としては待ってました、という感じです。

アニメ放映中も、劇場版も、ネタばれは一切追いかけずに、制作関係者の(もちろん監督含めて)インタビュー記事だけを追いながら、作品の感想を書いてきたので、今回の京田監督が少し時間を空けて語ってくれることは結構楽しみなんですよね。


大体この日経ビジネスオンラインのインタビューは4~5回に分けて掲載されるので、楽しみに待ちたいと思います。


第1回目は「孫コピー世代」の僕たちに、どんな神話が語れるだろうというタイトルで、劇場版をベースにインタビューが進む感じです。



そもそも僕はキャラデザの吉田健一さんのレントンとエウレカの絵にしびれ、脚本が攻殻機動隊S.A.C.でチャットの回をやった佐藤大さん、音楽が佐藤直紀さん、というあまりにも僕の好きなところが集まっていたので、そこから入ったわけなんですが、音楽、ポップカルチャーについては京田監督の色がたぶん前面に出た作品にどんどん仕上がっていったんじゃないか、なんて思います。


サンプリング、マッシュアップ、言葉は違えども、オリジナルとコピーに対する考え方、またそこから発展していく文化というのは、音楽におけるサンプリングの考え方がベースなんだろうと放送時から思っていたので、この辺はやはり、という感じです。


最近のモータウンレーベルから出る若いアメリカのアーティストが、自分の尊敬する両親がモータウンサウンドが好きなので、自分はモータウンサウンドで育った。
だから自分がモータウンサウンドをやることに意味があって、それをベースに進化していくのが良いんだ、と言っていたのを思い出しましたね。

神話の解釈、なんかもそういう監督の考えの現れということで、僕としてはある意味納得なんですよね。


この連載はまだ続くので、また楽しみにしたいと思います。
※NBオンラインは会員登録求められるかな?


エウレカセブンについては、うちのブログでもTV版最終回のコメント欄にトータル130件以上のコメントが入ったのは初めてだし、ガンダム(SEED系)感想のときが一番アクセス数は多かったけど、それを抜くということは、やっぱりエウレカ好きな人が多かった、という嬉しい客観データでもあるんですよね。
※いまだに僕はエウレカファンの人からメール貰ったりします。

こうやってまだまだエウレカの世界が残ることが、僕には実は一番嬉しいことかもしれないな、なんて思います。


交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい [Blu-ray]



■参考感想
劇場版 交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい 感想

交響詩篇 エウレカセブン 第49話「シャウト・トゥ・ザ・トップ!」・第50話「星に願いを」感想
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劇場版 交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい 感想

2009-05-17 02:11:16 | エウレカセブン
劇場版が公開されてから約3週間、本当は初日にでも観にいきたかったくらいなのですが、色んな都合があってようやく劇場に足を運ぶことができました。


「劇場版 交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい」


満席のテアトル新宿でしっかりと観て来ました。

あと2、3回観たいくらいです。
#Blu-rayがもうすぐ発売になるのでそれでじっくり観ることになるかな。



純度の高い、エウレカとレントンのもうひとつのラブストーリー、堪能しました。



情報量も多かったし、スピードも速いので自分の中でまだまだ消化したいところはあるのでひょっとしたらあと何回か感想書くかもしれないけれど、それでも自分の今の生の感想を大事にしたいので、思ったことを思ったとおりに書こうかな、と。


交響詩篇エウレカセブンという作品は僕の中でもとても大事な作品になっていて、正直劇場版になるにあたってどんな仕上がりになるのか?個人的には(制作サイドの人には非常に失礼だけれども)心配だった(笑)、というのがあったんです。

だから劇場版になる、という情報が出たときも、自分の中で焦らず落ち着け、みたいな感じではやる気持ちを抑えていたんですよね。

公開が始まったら始まったで、早く観にいきたいんだけれども、なかなか行けなくてそれでまたはやる気持ちを抑えて、みたいな(笑)。


でも今、観終わって非常に満足です。



エウレカとレントンの純度の高い、ピュアなラブストーリーをありがとう、という感じです。



全くの新ストーリーになっているので、それを2時間の尺に収めるというのは非常に至難の業だったと思いますし、それゆえに物凄い情報量を詰め込んだ感じもあり、表現的には非常に複雑化したところはあったと思うのです。

しかしながら、1日置いてこの感想を書くにあたり、今まっさきに思い出されること、印象に残っていることは、そんな複雑さを圧倒的に置いてけぼりにして、やはりエウレカとレントンのピュアなラブストーリーであり、いかに二人がお互いを大事に思っていて、それを最初から最後までこの二人が精一杯表現し続けた、という点に尽きるのではないかと思います。


ピュアなラブストーリーという意味での純度。

そしてもう一つ。

作品としての純度。

交響詩篇エウレカセブンというベースを成す素材、背景、設定、登場人物たち、全ての枝葉を切り落として、ただひたすらにエウレカとレントンの物語に作り込んでいった先に出来上がった、そういう意味で「交響詩篇エウレカセブン」としての純度、と言う意味で、これ以上ない純度に仕上がっているんじゃないかと思います。


監督をはじめ制作サイドの人からしたら、交響詩篇エウレカセブンというのはメインカルチャーに対してサブカルチャーを基点とした作品を指向した作品として仕上げていった、という思いは強いと思いますし、事実そうであったと思うんですよ。

ただ、僕から見たら今思い出して、交響詩篇エウレカセブンの何が好きだったか、と問われれば、最初から空から女の子が降ってくるという、天空の城ラピュタから始まるボーイミーツガールの今となっては古典とも言うべき出会い、エウレカとレントンが出会い、レントンが閉塞した空間から一目惚れした女の子のために故郷<ベルフォレスト>を飛び出して行った、そこから始まる長い物語は、やはり最初から最後までレントンとエウレカのラブストーリーだったわけです。


それをこの「劇場版 交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい」では、最初から最後の1秒に至るまでレントンとエウレカのラブストーリーであり、そこに凝縮されたピュアさ、作品としての純度が高まって、そこにぐっと来ずにはいられない、というのは僕にとって至極当然のことだったのかもしれません。



やはり、レントンとエウレカが劇場版の冒頭となる5歳の頃からお互いを大事に思っていた、というところから物語が始まっていく、というのがTV版とこの劇場版のスタートラインとしてもっと違う点であり、これがあるからこそ、これ以降描かれていくレントンとエウレカのラブストーリーにフォーカスしていける、劇場版の視聴者側としてもぐっとのめり込んでいける、というところでもあったと思うんです。


つまり、僕としてはこの冒頭から涙腺が緩くなっていた、ということなんですけどね。・゜・(ノД`)・゜・。

いやもう、TV版で50話かけて描かれる二人の姿とか思い出すじゃないですか。
それがもう5歳の頃からお互い大好きなんですよ。

もうそれだけで泣けた。・゜・(ノД`)・゜・。


つか、5歳のエウレカとレントン、可愛すぎる。


いやこれ本当に可愛い。
#幼生ニルヴァーシュもね。


そして二人の声優である三瓶さんと名塚さんは本当に演技が素晴らしい。
#監督が今回のインタビューで三瓶さん上手いって思ったのはたぶんプリキュアの夢原のぞみ役だったと思うんですが、5歳のレントンはまさにそれです。
#あと玉川さんもね!


雪月花をモチーフに描かれる二人の5歳の頃の大切な思い出。


ほんと良いですね、このシーン。


これがあるから全てが始まっていく、くらいの超・印象的なシーン。


やっぱり雪月花だね。


吉田健一さんのイメージボードなんだと思うんですが、本当に良いなぁ。
これは僕の中でも大事にしたいシーンですね。


そして登場するドミニク先生。

もうこれから僕の中ではドミニクはドミニク先生で決定です。

しかもアネモネとは相思相愛から始まっていて、それがまた切なかったりするんだけれども、ドミニク先生とアネモネ、これがまた良い仕事するんだよなぁ。・゜・(ノД`)・゜・。

TV版ではもうひとつのエウレカとレントンとして描かれたと思うのですが、この劇場版ではエウレカとレントンの先駆者として描かれ、彼らを導いてあげるポジションにいるんですよね。

これが地味に泣かせる。・゜・(ノД`)・゜・。

ドミニクとアネモネ、こちらもほんと良い仕事してくれました。
ありがとう。


少し脱線したけれども、やはりこの5歳の頃のエウレカとレントンがいるからこそ、14歳になってエースでルーキーなレントンと、囚われの姫として登場するエウレカの再会がまた素晴らしいんだよね。


このシーンはまさにTV版第26話「モーニング・グローリー」を彷彿とさせる、そんなシーンなんですよ。


この劇場版のエウレカっていうのは改めて言うのもなんですが、超・かわいいんですよ。

もうみんなの愛が原画描く人にも詰まってます、みたいなくらい。

そこで注目なのは、エウレカの髪の毛なんですね。

TV版ではベリーショートにもなったりしましたが、エウレカの髪の毛は演出的にも非常に重要な意味があると思うんですよ。

レントンとの劇的な再会。

このシーンは囚われの姫なわけです。

そこからレントンの元へ飛び込みたいんだけれども、いろんなしがらみからレントンを巻き込みたくないという気持ちにも縛られて、手を伸ばせないんですよね。

そして自由落下。

ここからレントンがエウレカの手を掴むまで、ここがまさにモーニング・グローリーを彷彿とさせるわけだけれども、そのときのエウレカの髪の毛に注目なんです。

エウレカっていう女の子は常に何かに縛られている存在なわけですが、その象徴がピン止めされた髪型になっているわけです。

それが再会のとき、レントンの元に飛び込みたいけど飛び込めない、そんな縛られた彼女を象徴していて、それが自由落下しながらピン止めが外れていき(これがまた可愛い、つか美人なんだよね)、レントンの元へ飛び込んでいく。
#ここでニルヴァーシュがモノクロの状態から、カラーリングされて新生、本来の姿とも言うべきSpec2に生まれ変わるシーンとか、マジで痺れる。

これ以降、エウレカの気持ちが髪型に反映されていて、自分を縛っているとき、縛られているときは基本的にピン止めスタイルで、自分の気持ちを開放してレントンへの大好きな気持ちを伝えているときはピン止めが外れているというか、髪型自体にも動きがある、というそんな演出になっていると思います。

いやー、ほんとエウレカ、可愛いんだわ(笑)。


大きくなったらレントンが迎えに来てくれた


とか、まじ可愛かった。


そして物語はこの幼少期、再会を経て、二人での脱走(TV版とは違って二人で脱走&デート(上記の台詞はそのデート時のもの))を経て、舞台はヴォダラ宮へと移るんだけれども、ここまでの展開、そしてニルヴァーシュSpec-Vの登場までの展開が秀逸でした。

レントンとエウレカ。

二人がそれぞれ離れ離れになりそうになるんだけれども、重傷のレントンは夢の中でドミニクと邂逅し、エウレカはエウレカでアネモネとの邂逅を果たす、というレントン・ドミニク、エウレカ・アネモネという演出的にも非常に秀逸なシーンになっていて、何よりもここで、エウレカとレントンがお互いのことを思って、それぞれ決断を下していく、というのがもう感極まってしまいそうでしたよ。・゜・(ノД`)・゜・。


ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん!


私の望む未来のために!


ここで登場するニルヴァーシュSpec-Vとか、もう反則でしょう(笑)。
#このSpec-Vは何となくガンバスターを彷彿とさせるところがあって、ガイナ立ちとかやってくれないか(笑)とも思ったんだけれども、その分余計に最終決戦が近いという雰囲気を漂わせるんですよね。


もうこの時点ですげー胸一杯、な状況だったんですが、やはり作品のテーマ的にもうひとつここにはポイントがあって、老アネモネがホランドたちに問いかけるんですよね。

どうして彼ら(レントンとエウレカ)のように神話を作ろうとしなかったの?

と。

ここが全体的な劇場版のメッセージにのひとつにもなっていて、もっと未来を志向して良いんじゃないか?閉塞感だけじゃなく、閉塞感を打ち破るためには神話=夢を掴み取ろうと、夢を自分から創り出せばいいじゃないか、そのためにわがままになったって構わないんじゃないか?くらいの問いかけが全編で成されているんですよね。

ホランドたちは監督はじめ制作サイドの30代の人たちの投影でもあると思っていて、自分たちにも投げかけた言葉なのかもしれないと勝手に思うところではあるのですが、行き場を失ったホランドたちにまだ出来るんじゃないの?まだ創り出せるんじゃないの?と問いかけているようにも感じます。

これをね、エウレカとレントンに語らせるんじゃなく、アネモネとドミニク先生に語らせる、というのが非常に構図として上手い。

エウレカとレントン、ホランドたち、アネモネとドミニク先生、というキャラの構図が実はこの劇場版、複雑なようでいて、実は非常にシンプルになっている、というのがポイントです。


さて、本編に戻って、ここからはホランドとレントンたちの激闘になるわけですが、ここまでにも何度も描かれた空中戦。

すごいものを観てしまった気がします。

正直、最近のBlu-rayの映像やホームシアターの音質なんかを考えるに、劇場版の特権というのはハードウェアとしてもう老朽化しているなと感じるところではあったんですが、こんな空中戦やストーリーを含めてのジェットコースター的感覚というのはある意味劇場じゃないと味わえないのかもしれない、そんな風に思いましたね。

つか、CGでの戦闘がメインになっていく中、ALL手描きでここまでやりますか?というスピード感。

正直参りました。

降参です。

つか、もう趣味で俺たちここまでやっちゃいました!!の世界ですよ(笑)。

いやー、堪能しました。


堪能しつつ、感動しました。


それはコンパク・フィードバック・システム(CFS)を用いた命の投影を行う演出。

冒頭の戦闘でイマージュの心臓?を見つけ出すために使用された力が、今度はタルホの中に宿る新しい命を見つけてしまう、そういう演出になっている点。

まじでこの演出には参りました。

ホランドたちはですね、事故によって、本人たちの意思とは関係なく、過去も未来も時間的にも奪われてしまった、空白を余儀なくされてしまった、そういった人たちなんです。

けれども、みんながタルホの中に宿った新しい生命に乗っからせてくれという。

老アネモネに問いかけられた言葉に、ここでアンサーが返ってくる。

奪われてもなお、未来を嘱望したその結果がここに、みたいな。

メインテーマがエウレカとレントンのピュア・ラブストーリーだとしたら、裏テーマはこちらのホランドたちであるわけで、この辺も短い尺の中によく収めたよなぁと感心しきりなわけです。


じゃあ、この裏テーマが収まったならば、残るはメインテーマたるエウレカとレントンの恋の物語の行方でしょう。


。・゜・(ノД`)・゜・。


やばい、書こうとしたら泣けてきました。・゜・(ノД`)・゜・。



レントンはバカだよ・・・


でも俺は、エウレカのためにしかバカになれないんだ



。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。



ごめん、もう一緒に行こうって言ってあげられない・・・


さようなら、レントン・・・。

愛してる。

あなたの夢で会いましょう。





。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。


超・切ない。


この御伽噺のような物語のクライマックス。

好きな女の子のために、好きな男の子のために、お互いを想って最期まで二人ともその想いを全うしていく、そのピュアで切ないラブストーリーに号泣。・゜・(ノД`)・゜・。


結果、エウレカはTV版本編でもそうだったんだけれども、彼女は鍵になっていて、イマージュ自体が何故発生して存在しているのかというのは語られることもなく、この物語で語られる必要もないと思うけれども、彼女を起動スイッチにして、彼女が望む世界が創られるというなら、そこに登場した世界は、あくまでレントンが望んだ、今のままの世界で、レントンとエウレカが一緒にいたいと願った世界で、あったわけです。

そのまま放っておけばレントンがいた世界も崩壊する。
ならば自分はいなくなってしまうけれども、レントンが望んだ未来に自分も賭けたエウレカ。



二人のピュアなラブストーリーはここに終わり、


そしてここからまた始まっていく



。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。




TV版の最終話は「星に願いを」だったわけで、これはピノキオをモチーフとしていますよね。
対するこの劇場版は分かりやすくピーターパン。

だけれども最後の最後、エウレカが望んだ世界に現れた光景は、あたかも「人魚姫」だったんじゃないかと思えました。

エウレカはやっぱり人間ではないし、日の光のもとでは歩けない。

レントンの知っているエウレカは消えてしまった。

けれども、隣に新たに生まれてきた髪の長い彼女は、やはりこれもまたまぎれもなくエウレカであり、記憶も声も失ってしまったのかもしれない、まさに人魚姫なのかもしれない、人魚姫ならばその先には苦難の道が待っているのかもしれない、けれどもやっぱりそれはレントンが愛してやまないエウレカなんですよ。

瞳の赤いラインは無く、日の光に肌を焼かれることもない。

エウレカが消えて、エウレカが残したもの。

それはやっぱりレントンと一緒に生きて行きたかった、というエウレカとレントン二人の想い。



。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。

。・゜・(ノД`)・゜・。


そこに広がる虹。


ポケットが虹でいっぱい


。・゜・(ノД`)・゜・。


。・゜・(ノД`)・゜・。


。・゜・(ノД`)・゜・。



僕も涙でいっぱい。・゜・(ノД`)・゜・。


ピュアなラブストーリーをありがとう。


ラストシーンの二人の後ろ姿。


劇場版のトレイラーを観た時から想っていました。

きっとこれがラストシーンになるだろうって。


ありがとう。


これで僕の中の交響詩篇エウレカセブンも完結。


ありがとう。


エンディングロールの神話。


すげーぐっと来ました。


ありがとう。



これにて「劇場版 交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい」の僕の感想は終わりなんだけれども、改めて京田監督はじめ制作スタッフの皆さんに感謝と拍手を。

これは時間が経てば経つほど良くなっていく、渋みや刺々しさが抜けていく、繊細なワインのようでいて、記憶の中に結晶としてピュアさの純度が増していく、そういう感じの作品なんじゃないかな。

blu-rayも予約したし、もう一回劇場でじっくり観ても良いかもしれません。

観終わった直後よりも、それをじっくりと思い返すとき、その良さが結晶化していく、イメージとして思い出すならこの劇場版で使われた雪月花(ゆきつきのはな)、そんな二人の、レントンとエウレカの恋の物語でした。

ごちそうさまでした。

あと余談。

佐藤直紀さんの劇伴は最高。

ノルブとサクヤの面影も見えて良かった。・゜・(ノД`)・゜・。

マリアさん、ユルゲンスさんと晴れて結ばれたのね!

スピアヘッドはレイとチャールズのこと思い出すね。

ちなみに、今回の設定ではレントンの父親はなんと!チャールズなんだぜ!!
つーことはあれだ、奥さんはもちろんレイだよね!!
感慨深い。・゜・(ノД`)・゜・。

交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい 限定版 [Blu-ray]

既に予約してしまいました。

交響詩篇エウレカセブン Blu-ray BOX 1 (初回限定生産)


DVDは全巻持ってるんですが、Blue-Rayの画質は超・綺麗なので、マジで買いなおすか検討中。
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コミックス版『交響詩篇エウレカセブン』第5巻

2006-09-29 01:44:51 | エウレカセブン
DVDの最終巻もリリースされ、深夜の再放送も最終回を迎えた「交響詩篇エウレカセブン」ですが、まだです、まだ終ってない、まだ終ってないのですよ、エウレカセブンワールドは。

ということで、発売されたのはコミックス版の『交響詩篇エウレカセブン 第5巻』。


もちろん本編50話という骨太のストーリーラインがあって、そこから更に他メディア展開をしているわけですが、このコミックス版は第2巻の中盤あたりから独自のストーリー展開を見せ始め、そこから第3巻以降、別物と言っても良いくらいの展開を開始して、それがまたシンプル&熱くて面白い!!のです。

特にこの第5巻はオリジナル展開ここに極まれリ、みたいな感じで、本編を観ていた人は二度美味しいくらいの展開でしたね。
でも、エウレカセブンワールドが持つ本来の雰囲気やテーマみたいな部分はきちんと受け継がれていて、きちんと世界観を確立できてるところはさすが、という感じです。

今回は本編でも示唆されていたもう一人のレントン、鏡の位置にあったドミニクにスポットを当てて、これまた熱い展開を見せていますね。
第48話「バレエ・メカニック」がまた見たくなってしまうような展開です。
#あれはもうひとつの「モーニング・グローリー」ですから。

一足先に小説版はエンディングを迎えましたが、コミックス版は果たしてどんなエンディングを描いてくれるのか、今から非常に楽しみですね。

あー、やっぱりエウレカセブン、大好きだな~。
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交響詩篇エウレカセブン DVD13巻 感想

2006-08-11 22:28:17 | エウレカセブン
交響詩篇エウレカセブンのDVDシリーズもついに最終巻。
ここでのDVDレビューもこれが最後。放送終了から5ヶ月、あっという間でした。

では改めてDVD13巻のショートレビューです。

■感動のジャケット


このDVD13巻のジャケットを初めて見たとき、もう何も言うこと無いな、と言うくらい感動しちゃいました。


砂浜で海を前に手をつないで立つ少年と少女。
それぞれの手にはリフボードではなく、サーフボード。

良く見るとエウレカに良く似た少女の背中には羽は無く、その代わりレントンに良く似た少年の背中にはあの羽が。

レントンとエウレカではない、けれどもレントンとエウレカに良く似た少年と少女。


丁度、この交響詩篇エウレカセブンが第4クールに突入した第40話「コズミック・トリガー」の感想で、こんなことを考えていて、


僕の個人的なラスト予想としては、1万年後に「海」に満たされたこの惑星で、エウレカとレントンの子孫とも思える二人がリフじゃなくて、サーフィンをやっている、そういうラストカットで締めて欲しいなぁ。
ゆえにこの時代の二人がどうなったか?というのは視聴者の想像に任せる、で、答えは1万年後、みたいなのでも嬉しいです。


まさにそんな光景がここに。・゜・(ノД`)・゜・。

もうこれだけで僕は満足です。
このジャケットを描いた吉田健一さん、最高です。

ありがとう。・゜・(ノД`)・゜・。
ありがとう。・゜・(ノД`)・゜・。
ありがとう。・゜・(ノД`)・゜・。

吉田健一さんもご自身のHP「gallo44」で、「絵の意味については,皆さんのご想像におまかせします」とあるように、もう存分に想像させて頂きました(笑)。

もうこれでレビュー終わってもいい。

……というくらい、すらばしいジャケットでした。
うん、最終巻にほんとに相応しい。


■本編ショート感想の前に(絶望病患者は…)

今回の13巻は怒涛の第47話~最終話までを含んでいるのですが、ここが物語りの謎解きの部分でもあったり、いろんなことがめまぐるしく起こる、まさに怒涛の展開でした。
ゆえに、僕自身もリアルタイムで(朝7時から)見ているときは、全部を理解するのはかなり難しかったんで、解釈に自信の持てない部分なんかも結構ありました。

第47話と第49話はまさにそういう感じで当時は結構???な部分もあったんですが、今DVDでゆっくりと見返してみて、だいぶ整理&理解できるようになりました。
改めて見ると、ああなるほど、こういうことが言いたかったのね、とか、このシーンの意味はこういうことだったのね、というのが満載されていたんですね。
説明不足じゃないか?と思っていた部分も、実はきちんと描かれていて、なるほど、そう読めばこれ以上の説明っていらないかもしれないな、みたいな。

いくつか前提もあるんですが、僕の場合、グレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』を読んで大分理解が助かった感じがします。

例えば、第47話「アクペリエンス4」ではスカブコーラルの情報共有の仕方や、存在の有り方なんかが既にコーラリアンと化したダイアンから語られるのですが、これについてはまさに『ブラッド・ミュージック』で描かれた世界をそのままベースとしているので、こっちを読むとかなりすっきり理解できると思います。

簡単に書くと、コーラリアンには固体という概念が希薄で、基本的に全ての事象を情報化して処理する&情報化された内容は並列化されて経験・知識として共有される情報思念体みたいな感じなんですよね。
その並列化して共有化されるのをイメージ化したのがあの「図書館」なわけですね。

また第49話「シャウト・トゥ・ザ・トップ」では、デブリが大気圏外から落下してウィルやマーサをはじめとした絶望病患者を中心に破砕に巻き込まれていくシーンが描かれていましたが、リアルタイムではたぶんそうだろう、くらいの感じでしたが、改めて観て思うのは、やはりあのシーンはコーラリアン化する=もう一つの世界へ連れて行く、という表現になっていたんだと思います。

これは『ブラッド・ミュージック』では、色んな形で人間としての形状を一旦崩壊させられて、改めて情報化された状態に作り変えられていく(その光景は人間だけじゃなく都市全体規模で行われるので結構ショッキングなんですが)表現を、このエウレカセブンではデブリの落下による地球崩壊のように描くことで、実は絶望病患者をもう一つの世界へ連れて行く儀式になっていたんじゃないかなと思います。
#『ブラッド・ミュージック』もその過程がかなりインパクトあるので、それに対するインパクトとして「ディープインパクト的演出」になったんじゃないかなぁ。

これがラストでニルヴァーシュが「半分は連れて行く」と言っていた言葉につながるんですね。きっと。


■本編ショート感想の前に(デューイは…)

で、デューイなんですが、やっぱり彼の行動は途中から世界を巻き込んだ壮大な自殺だったと僕は確信しております。
紛い物に対する自分のコンプレックスと、いざ頂上に立ってみて見えた景色と、これまで辿ってきた地球の有様への憤慨を自分の境遇とダブらせた結果、絶望を見てしまった、それが狂気へと傾倒してしまった、未来をみることができなくなってしまった、それがデューイ・ノヴァクだったんじゃないかと。

ラストの自殺劇は非常に手が込んでいて、リアルタイムで見ているときは本当に分かりづらかったところもあったんですが、ホランドの死亡フラグ的に利用されていたCFS(コンパク・フィードバック・システム)が、実はこの(世界の)自殺のトリガーになっていた、という壮大な囮効果だったんですね。

自分が死ねば、世界も死ぬ。自分が死を選ぶということ=地球に引導を渡すということ。
これをやるために、デューイは自身にコンパクドライブを外科手術を行って埋め込んだんですね。たぶん。

一応、分かっている人も多いと思いますが、シンプルに仕掛けを紐解くと…。

まず、オラトリオNo.8で、指令クラスターを破壊します。
基本的に指令クラスターが無くなった時点で、スカブコーラルは統制を失って、一気にクダンの限界が引き起こされるはずなんですが、スカブコーラルも生き残るためにすぐにはクダンの限界に至らない。地球なくなるし。

つまりスカブコーラルは指令クラスターが無くても、なんとか生きている状態にあるわけですね。

だからデューイとしては「トドメ」を刺さないといけない。
では、どうやって?

スカブコーラルは、これ僕の持論なんですけど、やっぱり他の星をテラフォーミングするために人類が開発した(全ての事象を情報化して処理する)ナノマシンだと思うんですけど、人類が創ったものだから、破壊する方法も考えることが出来るんじゃないかと思うんですね。
たぶん箱舟(移民船)の中の賢人会が保管していた太古の知識の中にはオラトリオNo.8のように、今の人類では再現できないテクノロジーがあったんじゃないですかね。
それらを解析して出来たのが「自壊プログラム」=自壊ウィルス。
全てを情報化するだけに、自壊するためのプログラムを読み込ませれば、スカブコーラル自体(全体)が崩壊する、並列化して共有するがために、そういう現象が起きる、つまりそれこそが本当の「トドメ」、というわけですね。

でも、問題はあって、じゃあ「どうやってそのプログラムを指令クラスターに読み込ませるか?」ということになるんですよね。

既存の指令クラスターを崩壊させ、スカブコーラルが新たな代理指令クラスターを必要とする、そのチャンスを狙っていたわけですね。

ここからは本編の通りですが、スカブコーラル側は爆心地の最も近くにいた同士=エウレカ(そしてデューイとしては保険としてアネモネ)とニルヴァーシュを媒介として、指令クラスターに指名する&レントンたちも自分たちが指令クラスターになって、この崩壊を止める!!という形になっていましたよね?

これがデューイの狙い通りというわけなんですね。

エウレカとアネモネの首輪に仕込まれていたのが自壊プログラム。

その発動条件はデューイの心肺が停止したとき。
#CFSでリモートコントロール的に発動するってわけですね。
#TB303や909が使ったCFSはこれをやるための壮大なブラフだった(笑)。

ここで代理の指令クラスターから「自壊せよ」という指令が発せられ、並列化されたコーラリアンは全て「自壊」する、そしてそのときに全てのスカブコーラルが目覚めて、それをトリガーにクダンの限界を引き起こして地球も消滅。
#スカブコーラルが知性を持ったナノマシンであれば、地球が内包できる知的生命体の総数を一瞬で超えてしまう=地球はそれを抱えきれず崩壊(パンク)、という理屈です。

結果としては、エウレカが耐えて、そしてレントンが迎えに行くことによって、それは回避されるわけですが、最終話では地球は完全に崩壊の一歩手前まで来ていたわけなんですね~。おお、危ない、危ない。

・・・まあ、そう考えると、デューイのこの計画は非常に細いロープの上を全速力で駆け抜けるくらいの綱渡りだったわけですが、彼の企みというか賭けはほぼ成立してしまったんですよね。
けれども、そこで勝ち逃げにならなかったのは、世界がどうとか、コーラリアンがどうとか、そういうのを全て忘れて、ただ大好きな女の子と一緒にいたいと強く願った、二人の未来を強く願った少年と、それを信じた少女によってこれまた細いロープの上で大逆転をかましたからなんですよね。

うんうん。

とまあ、えらく長くなっちゃいましたけど、47話~49話までのリアルタイムでは整理しきれなかった部分を自分なりに解釈するとこんな感じでした。
時間が経ってみると整理できることってあるんだなぁ、とこれまたしみじみ。


■本編ショートレビュー

うわ、ここまでくるのに凄い時間かかった(笑)。
さて、ショートレビューです。
ちなみに、第48話~第50話まではDVD用に効果音なんかを再録音してるんですよ!!

第47話「アクペリエンス・4」
ついに語られる1万年前から現在に至るまでの謎と経緯、そして人類とスカブコーラルの関係性。
スカブコーラルが抱えていたのは「1万年の孤独」だった。
謎が明かされる一方で、少年の心も1年の旅を経て大きく成長していました。
第1話で早くこの町を出たいと言っていた少年が、エウレカを連れて、みんなに自分の育った町を見て欲しいと言う。
諦めるな、信じていれば願いは叶うと教えてくれた姉さんが諦めそうになっている今、それを少年が叱咤し、諦めないと誓う。
大きく張っていた伏線は世界観だけじゃなく、人間関係にも収束してきていた、実はそっちも見所なんですね。

第48話「バレエ・メカニック」
。・゜・(ノД`)・゜・。
。・゜・(ノД`)・゜・。
。・゜・(ノД`)・゜・。
もう一つの「モーニング・グローリー」。暗い闇を抜けて、ここにも朝日が差し込んだ、超・感動の一話。必見!!
個人的にベスト5に入るエピソード、もう何も言いません。とにかくこれは見てください。
アネモネのモノローグから、モーニング・グローリーの再演、そして白銀のType The END。
号泣必至です。

第49話「シャウト・トゥ・ザ・トップ」
#感想は最終話と一緒になってます。
世界の命運をかけた兄弟喧嘩がここに決着。でも決着したらもっと大変なことに!!
仕掛けは大掛かりで難解ですが、落ち着いて整理すれば大丈夫。
つか、注目すべきは超・驚愕の作画!!
これは凄い!!
近年のバトルシーンでこれほど手描きで凄いシーンは中々見れませんよ。
特にTB303がビットとの空中戦から銀河号へ突入するシーンなんかは何度もコマ送りで見てしまったほどに。
こ・れ・が・本当に最終話一話前の作画のクオリティーなのか!!と思わずにはいられません。


第50話「星に願いを」
感動の大団円。「俺の隣にはエウレカが必要なんだ!!」の思いがほとばしる最終話。
大ピンチのどん底状態から主題歌「sakura」がかかって希望に灯が点り、そして「虹」でクライマックスへ向かっていく、この展開にはドキドキしっぱなし。
最終話、大好きです。
溢れる思いは全て10000字にして感想にぶち込みました。コメント総数も120を超えてこのブログの新記録へ。
みんなで支えて頂いたエウレカセブン感想もここに終結です。
ちなみに、この第50話は結構絵の修正が入ってますよ。
3人の子供たちが呼びかける大きなコンパクドライブがエウレカとレントンに反応するシーンは必見。ただ光るだけじゃなく、ハートマークが飛び散ります。
あと、エウレカが指令クラスターになるところの黒い球体も全面的に描き直し入ってます。
この辺も必見ですよ。


さあ、これでDVDレビューも終了。
以降、エウレカセブンでこれ以上の記事を書くことがあるかどうかは分かりませんが、自分自身エウレカセブンに関する記事を書くのが楽しくて仕方ありませんでした。
時を忘れるほどにキーボードを叩いていました。

京田監督や吉田健一さんのコメントをみるに、遣り残したことはたくさんあるし、全部に満足はいっていない、と仰ってますが、一ファンとしては監督はじめ、制作に携わった皆様には是非とも胸を張っていただきたい。

求めるものや、感じ方は人によって違うと思います。
けれども、僕個人としては近年稀に見る素晴らしい作品だったと思うし、試行錯誤してきた部分含めて僕は大好きだと、胸を張って言いましょう。
30代中盤の方々がメインを張って文字通り引っ張った作品は、若さと勢いがあったと思うし、それはそれで僕らのちょい上の世代の人がこれだけ情熱的に仕事をしているのは励みになりました。

この場を借りて、制作に関わった皆様にはお礼が言いたいです。
ありがとうございました。

そして、このエウレカセブンの感想にコメントくれた皆様、そして読んでくれた皆様。
皆さんに支えられて70以上の記事を書くことができました。
改めて御礼申し上げます。

これからも頑張るんで、よろしくです。

オシマイ!!

交響詩篇エウレカセブン DVD13巻


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『祈りの海』と『ブラッド・ミュージック』

2006-07-15 00:05:12 | エウレカセブン
ドクター・ベアことグレッグ・ベア・イーガンと言えば、交響詩篇エウレカセブンに登場するトレゾア技研の巨漢の教授。
その元奥さんであったミーシャの名前はきっとドクター・ベアに対して「小熊のミーシャ」から取られたのではなかろうか、というのは想像に難くない(はず)。

……つか、そんな想像よりももっと簡単に想像できるのがこのグレッグ・ベア・イーガン博士の名前の由来。
これは『交響詩篇エウレカセブン コンプリートベスト』に付属している用語集を見ても載っていることですが、元ネタは

『ブラッドミュージック』のグレッグ・ベア



『祈りの海』のグレッグ・イーガン

というどちらもSF作家から取られた名前ですね。
#ティプトリーおばさんも『たったひとつの冴えたやりかた』のジェイムズ・ティプトリー・ジュニアから。
#モーリス、メーテル、リンクも、『青い鳥』のモーリス・メーテルリンクから、ですね。

この上記2冊に『金枝篇』を加えた3冊が、このエウレカセブンの世界観を現すという意味でサブテキストの意味合いをもっているんじゃないですかね。

* * *

交響詩篇エウレカセブンでは、中心をなす物語の軸は26話「モーニング・グローリー」までをボーイ・ミーツ・ガールど真ん中で、そして27話以降、最終話までの後半では「家族の絆」を描く、というもので、このあたりを丁寧に描いてくれたおかげで僕は何度泣いてしまったか分かりませんでした。

……という話はこれまでの感想でも何度も書いてきているので今回は置いといて、今回はその世界観というか、SF部分のバックグラウンド的なところを理解しておくと、実はもうちょっとこの世界を楽しめるのではないか?というお話しです。

冒頭にグレッグ・ベア・イーガン博士の話をしたのは、やはりストレートに名前を持ってきたこの二人のSF作家の作品を読んでおくとその世界観を理解しやすくなる、という意味でご紹介なのです。

恐らく(というかかなり僕の勝手な妄想なんだけど)、SF部分を通じて制作サイドが表現したかったことのいくつかには、9・11で感じた日常と非日常の境目が実はかなり薄かった、そこから転じてアイデンティティー・ロスト状態に陥ったら?みたいな部分と、世界が変容してしまったらどうする?みたいな部分もあったんじゃないかな?と思うんですね。
#サントラのインタビューでも京田監督はそんな風なことを言っていたし。

それがスカブ(かさぶた)が剥げた下の大地であったり、クダンの限界だったりするのかなぁ、なんて。


例えば、このブログでも何度か取り上げた言葉の一つに第1話で初めての台詞、ストナーの台詞と、それに対する言葉がコンプリートベストのブックレットに掲載されていた言葉、


そう、つまり記憶というものは決してそれ単体で存在せず、

それを取り巻く環境に支配されているというわけだ



ではもし、その「環境」とやらが自分の思い込みに過ぎなかったらどうだろう?

昆虫が殻を脱ぎ捨てように「環境」が変容したとき、

我々の記憶と我々自身もまた変わらざるを得ないのではないか?




これぞまさにスカブ(かさぶた)が剥がれて登場した真の大地=実は遠い昔に捨てたはずの地球だった!!、自分たちが今まで信じていた常識が覆った=アイデンティティー・ロストの危機に陥った、そういう瞬間を現しての言葉なんですよね。
#(深読みし過ぎかもしれませんが)『金枝篇』についても、恐らくは宗教・民俗学を体系的に纏めることによって現在の宗教に対して、今は常識的にこう考えられているけれど、実はこうだったんだよ、という遠まわしな提言をしているようにも思えます。

では、そのシチュエーションのヒントになっていると思われる作品、それがグレッグ・イーガンの『祈りの海』で間違いないと思います。
#サントラ2にも「祈りの海」という曲名があるくらいだし。

グレッグ・イーガン 『祈りの海』



この本は「祈りの海」を中心とした短編集になっているのですが、基本的なテーマとしては日常と非日常が転換する、これまで常識と信じていたものがある日・ある事件を境に崩壊する、しかし、実はその姿こそが皮肉にも真実の姿なのではないのか?と、問いかける、そういう短編になっています。

短編集なので、というか、SFの短編って結構皮肉が利いたテーマが多かったりするのですが、これもかなり皮肉が利いていると思います。

また内容もそれなりにストレートに解釈できないところもいくつかあって、読み応えとしては結構あります。
#つまり、何度か読まないと、ああ、そういうこと!というのが見えてこないときもあります。

けれども、ラストに描かれる「祈りの海」については、文字通り信じていたものの崩壊をさすがSFという形で描いてくれるし、実を言うと、これを読んで『金枝篇』の編纂意図(フレイザーの意図)に気が付いた、というか深読みしてしまったというか、連鎖反応が起こりましたね。

海外モノのSFってクセがあるんで、僕個人としては万人にはお勧めしませんが(というか好きな人は好きなので進める必要がないというのもある)、エウレカセブンの世界観を構成するサブテキストのひとつ、として読むにはお勧めだと思います。
#きっと監督はじめ、制作スタッフの人たちはこういうのに影響を受けて育ったんだ、というのが分かるんじゃないかなぁ。

* * *

次は、スカブコーラル、コーラリアン、そしてクダンの限界、これらのキーワードの元になった小説は間違いなくこれ。

グレッグ・ベア 『ブラッド・ミュージック』


交響詩篇エウレカセブンの中で「スカブコーラルとの合一」とか、スカブコーラルが見せる図書館でのダイアンとレントンの会話で「知識・経験の共有」や指令クラスターという言葉、そしてクダンの限界、まで、この1冊にはこの辺のベースとなるネタが詰まっています。

つか、読みながら、おおー、そういうことだったのか~、とか頷きながら読んでました。
うん、これぞまさにポロロッカ現象だ(絶望先生より)。

何と言うか、これもまた僕の勝手な想像なんだけど、制作スタッフの人はこの『ブラッド・ミュージック』では見ることが出来なかったエンディングを、このエウレカセブンの中に表現したかったんじゃないか、つか、むしろ俺ならこういうラストにしたぜ、くらいの勢いで書いてたら面白いなぁ。


この本を読んでいてまた連鎖反応、というか確信のように感じたことが一つあって、やっぱりスカブコーラルはナノマシンだったんじゃないか、ということですね。

ここからは僕の妄想爆発ですけれども、

1万年前のエウレカ号に乗って宇宙に運ばれたのは、実は惑星をテラ・フォーミングするために人類によって創られたナノマシンだったんじゃないのか?
それが隕石の衝突によって、海に漂着し、コントロールを外れたナノマシンが暴走し始めた、そういうのであっても面白いな、なんて。

もともと人類は遅かれ早かれ地球を滅亡に追いやる、そういう状況にあって、そう遠くない未来に地球を離れなくちゃいけなかったのかもしれない。
だから、他の惑星を改造して、人類が住めるようにテラ・フォーミングしてしまおう、そのためのナノ・マシン、そのためのエウレカ・プロジェクトだったんじゃないか?

でも他の惑星を改造するつもりで作ったナノマシン=スカブコーラルは、因果応報のように地球に漂着し、地球自身をテラフォーミングしてしまう。
かつて、地球が最も美しかったその姿に。

また、漂着した際に、母なる海に落ちたことで、海洋生物との融合をしてしまい、生物が海から進化したように、スカブコーラルもまた進化してしまう。
そして進化の仕方は「融合」だった、それだけが彼らのコミュニケーション手段だった=侵略(と人類には見える)。


で、思うに、ナノマシンはそれぞれがナノレベルで知性を持つ、知性体の集合であり断片=クラスターで、それの上位階層に位置するようになったナノマシンの集合体が指令クラスターになったんじゃないかなぁ。

ただ、ナノレベルの知性体がかつて地球だった地表の殆ど覆う、ということは、ナノレベル小ささの知性体がおびただしいほどの数いるわけで、ナノレベルで観測対象を発見することになり、全てを情報化して処理するナノマシンと、情報化量に対してオーバーロードしてしまう地球の中で思考のブラックホールを生み出し、地球という物理宇宙を崩壊させてしまう、それがクダンの限界、だったんじゃないかなぁ。

……なんて、考えたりしちゃうんですよねぇ。

とまあ、放送終了はしてしまったエウレカセブンですが、未だにこんな感じで遊んでいられるというのは嬉しいものです。
ああ、久しぶりに妄想したので楽しかったです。

とりあえず、この2冊については、SF好きではないけれど、エウレカセブンは好きなので興味あるぜ、という人にお勧めです。
#海外SFは訳者のクセもあってとっつきにくい場合もあるけれど、この辺はまだ読みやすくてよいかもしれません。

つか、ひょっとしたら長門も読んでるかもよ(笑)。

交響詩篇エウレカセブン DVD13巻
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交響詩篇エウレカセブン DVD11巻&12巻 そして13巻ジャケットについて

2006-07-11 00:22:04 | エウレカセブン
大分ご無沙汰になってしまったというか、書こう書こうと思って後回しになってしまっていた『交響詩篇エウレカセブン』のDVDレビュー。
今月末には最終巻が発売されるとあって、それまでにやっぱり仕上げておきたいな、と思ったので。

つか、最終巻の表紙は、か・な・り・素晴らしいと思いますよ。

放送終了からは3ヶ月くらい経ってしまいましたが、それでもまだまだ僕の頭の中では愛すべき作品として、また色々と妄想して遊ぶ余地のある作品として楽しんでおります。
やっぱり元が良いのでDVDで観直してみても、また面白い、というか、DVDだけに絵と音がより美しいわけで、また感動、みたいな。

ということでDVD11巻と12巻についてショートコメント、そして間もなく発売されるであろう最終13巻についてちょびっと&またまた妄想をちょびっと。


交響詩篇エウレカセブン DVD 第11巻


第39話「ジョイン・ザ・フューチャー」
激動の第4クールへ突入する前の最後の笑いのひと時。
遊び心満載のインターバルだけれども、フットサルの試合の一方的な得点差とホランドの「守らねぇ!!」は実は来る第4クールの状況(1万2千隻対2隻)と、最後のゲッコーステートのスタンスを暗示してたりして。
脚本の菅さんも仰ってましたがお遊び的要素一杯、でもこういうのも有りだよね。


第40話「コズミック・トリガー」
いよいよ突入する第4クール。
何が凄いって、OPが凄い。個人的には4クール通じて最高のOPだったし、僕がこれまで観てきた作品のOPの中でもベスト1というくらい好き。
京田監督の絵コンテが光るストーリー性に溢れたOPだったなと。
さて、本編はエウレカが「人間って凄いね だって、命を自分の体に宿せるんだもの」と語るところが大きなポイント。
第4クールが「家族の絆」という最終テーマに向かって走り始めた、そんなところです。


第41話「アクペリエンス・3」
これは私が今まで生きた来たことの証だから
。・゜・(ノД`)・゜・。
これまで何もなかった「白紙の本」だったエウレカが書き込んだのは大きなハートマーク。
これだけで十分。これだけで感動です。


第42話「スターダンサー」
全てを賭けて子供達の未来を切り開こうとする大人の姿勢に感動。
またそれに全力で応えようとする子供たちに感動。
そして苦難を乗り越えた先に到達したノルブとサクヤの物語、そしてそのエピローグにまた涙。・゜・(ノД`)・゜・。
つか、この30分は本当に素晴らしかった。
……ラストにレントンたちが辿りついた先に驚愕!!

……おおー、やっぱり第4クールって改めて観るとすっごいなぁ~。面白いなぁ。つか、感動しまくり。・゜・(ノД`)・゜・。
これから更に佳境へ入っていくし、第4クールの密度は半端じゃなかったなぁ。作画の方も1年ものの第4クールとは思えないほどラストに向かえば向かうほど気合が入ってく感じがして凄かったなぁ。

と言う感じで次はDVD12巻へ。

交響詩篇エウレカセブン DVD 第12巻



第43話 ザ・サンシャイン・アンダーグラウンド
舞踏会で踊るアネモネと、戦闘空間で踊る303が対照的なデューイとホランドの対比の構図、そして明かされる謎。
そんな表世界とは裏腹に、レントンとエウレカの関係性は最後の山場へ。
基本的にエウレカがレントンとは決定的に違う、ということを強調する仕組みがここから始まるんですが、その違いを乗り越えて…というのはラストのお楽しみ。


第44話 イッツ・オール・イン・ザ・マインド
アネモネとドミニクの関係性が変化していくのがこの回。
つか、この回辛かった。・゜・(ノД`)・゜・。
そんな中に「すがらないで」と言っていたアネモネが、ドミニクから貰ったアネモネの花をしおれそうになりながらも大事にしているところがポイント。
誰よりもSOSを発していたのはアネモネ自身だったのです。頑張れドミニク!!
また、真の地球の姿にアイデンティティー・クライシスを描くのもこの回の特徴。
第1話のストナーの「環境が異なったら記憶はどうなるのか?」という問いをストレートに表現していると言っても過言ではないです。

第45話 ドント・ユー・ウォント・ミー?
。・゜・(ノД`)・゜・。
。・゜・(ノД`)・゜・。
。・゜・(ノД`)・゜・。

だからモーリスにはママと同じ想いはしてほしくない
救いたいんです、ジ・エンドのライダーを
去るものは……いつかまたこの星の上で会おう

もう、この台詞だけで充分泣けるっす。
多くは語りません、号泣必至の素晴らしい回です。・゜・(ノД`)・゜・。


第46話 プラネット・ロック
超(蝶)・驚愕の第46話。
マジで度肝を抜かれました&そしてその展開がまた美しかったです。うん、美しかった。
もうどうなるんじゃー!!というところで、このDVDもツヅク!!
なんて罪なんだ(笑)。
それにしても、ラストはビックリでしたが、それでも5人が手をつないで丘の上に立つシーンは最高にお気に入りのシーンの一つです。
あれは本当に素晴らしかった。

あと、このエウレカセブンのSF部分についても結構妄想の余地を残してくれていたんで、勝手に色々と妄想しておりました。
当たったところもあれば、外れたところもあるけれど、こんな感じで楽しんでおりました。
「海」が出たときはマジでビックリしまたよ!!

デューイの言葉が気になって仕方がありません


「約束の地」とは


* * *

■琥珀の指輪について

さて、DVD2巻分を短くレビューしてきたんですが、ちょうどこの頃、OPの映像に映る「琥珀の中の指輪」について、結局触れずじまいかよ、というご意見をたくさんのブログで拝見しました。

ここで僕の個人的な意見なんで、参考になるかは分かりませんが、僕個人としては「琥珀の中の指輪」の伏線としては、今住んでいる「約束の地」が、実は「地球」であった、ということに関するヒントという存在で、そのヒントでこの伏線は消化されたものだと思っているんですよね。

要するに古代遺跡の発掘からその昔ここには実は人が住んでいたんだ!!みたいなのと同じ効果で、つか、実際作中でのインパクトはそれより凄くて、自分たちが住んでいた星には実は先住民がいて、指輪をする文化があったんだ、つか、それって自分達のご先祖様じゃん!!つまり、ここって「地球」かよ!!みたいな。

で、思わせぶりな指輪の「R to E」の文字ですが、これは制作サイドから視聴者へ向けたプレゼントみたいなもので、ここは色々と想像して遊んで欲しい、というところじゃないかと。

例えば、第33話「パシフィックステイト」ではレントンとエウレカに似ているカップルがサーフィンをしにいくシーンが描かれるわけですが、時代設定としては約1万年前。
その二人が結婚した証、それがあの指輪だと想像しても面白い。
#それは視聴者側に許された遊びの空間だから。


その二人が今度は1万年の時を越えて、再びめぐり合う。
そしてまた結ばれていく。


結局あの指輪の顛末を描かないことによって、僕ら視聴者は色々と解釈できて、楽しめるわけです。

そして、妄想好きの僕が、さらにこれに刺激されてしまう出来事、というか、DVD13巻のジャケットがここに。

交響詩篇エウレカセブン DVD13巻


リフボードではなく、サーフィンのボードを持って「海」を前に手をつないでたたずむレントンとエウレカに良く似た少年と少女。

僕は第40話「コズミック・トリガー」の感想で、こんなことを考えていて、


僕の個人的なラスト予想としては、1万年後に「海」に満たされたこの惑星で、エウレカとレントンの子孫とも思える二人がリフじゃなくて、サーフィンをやっている、そういうラストカットで締めて欲しいなぁ。
ゆえにこの時代の二人がどうなったか?というのは視聴者の想像に任せる、で、答えは1万年後、みたいなのでも嬉しいです。


まさにそんな光景がここに。・゜・(ノД`)・゜・。

このジャケットを見ただけで泣いてしまいましたよ。

よーく見ると、エウレカっぽい女の子には羽は生えてなくて、レントンっぽい男の子には羽が生えてます。
そして、「海」に満たされた惑星。

コーラリアンはきっとまた会える、いろんなことが合わさって、また会える、そういう日が来ることを願っている、と言って未来をレントンとエウレカに託しました。

きっとあの二人はレントンとエウレカの血を受け継いだ子たちで、トラパーがなくなって、「海」で満たされる日がくるのはきっと時間がかかる。
ひょっとしたらそれは1万年後なのかもしれない。

そんな日がこのジャケットに描かれた、そういう凝縮された一枚なんじゃないか。
……とさえ思えてしまいます。

また1万年かけて二人が巡り会った。
そう思っても楽しいじゃないですか。

そしてまた指輪を贈る。

そんな遊びが僕らの中にあっても許されるんじゃないか、そんな風に思ったりもします。

放送終了から3ヶ月が経ちましたが、まだまだ僕の心はこの『交響詩篇エウレカセブン』で満たされているようです。
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小説版『交響詩篇エウレカセブン 第4巻 HERE TO STAY』(最終巻)感想

2006-06-16 01:50:16 | エウレカセブン
ちょっと前に読み終わっていたのですが、なかなか記事にする時間がとれずに今に至ってしまいましたが、小説版『交響詩篇エウレカセブン』、こちらも堂々の完結でした。

小説版 交響詩篇エウレカセブン 第4巻 HERE TO STAY(最終巻)


TV版の本放送を軸に、コミックス版、小説版(あと僕はやってないけどゲーム版)とメディアミックスを積極的に進めていて、本放送については僕は本当に大好きだったわけですが、コミックス版も本編とはまた違った展開を見せていて面白い、なんて思ってたわけです。

で、小説版はどうかと言うと、本当に僕の個人的な趣味の意見なんだけれども、実は第3巻まではちょっとどうかな、と正直思っていました。
かなーり展開が違うというところは全く問題なくて、つか、コミックス版もそうなんだけど、どうせやるなら全然違う展開してくれた方が面白いので、ウェルカムだったんですが、どうも山と谷が無くて、淡々と進んでる気がしていたんですね。第3巻までは。

しかし、この最終巻である『HERE TO STAY』は違ってました。

やっぱり作中の見せ場というか、シチュエーションは微妙に違えども、本質的に重要なシーンなんかはアプローチが違っても感動的なわけですよ。
なんというか、第3巻までタメてタメておいたものが一気に流れ出るというか、僕の涙腺からも涙が流れ出るというか、本編を思い出しながら、そうだよな、そうだよな、なんて感じでしっかりと感動してました。

特にこの小説版でも第4巻をめくると描かれているイラストにもあるように僕の大好きなエピソードの一つである第33話「パシフィック・ステイト」の描写へ流れていくシーンは、それこそ本編での感動をオーバラップさせながら読むことができたし、さらにこれもまた僕の大好きなエピソードの一つである第38話「デイト・オブ・バース」へつながっていくシーンは、読みながら涙が滲んでくる、そんな感じでした。

最終話に関しては僕はTV版の最終話が実は大好きなので(事実何度も見直している)、あれ以上の衝撃を与えるのは(僕にとっては)難しかったけれども、小説版なりの終わらせ方をしていて、これもまたひとつの大団円という感じで良かったと思います。
#第48話のシーンはあまりにもTV版が良すぎたので、さすがに仕方ないですね。ほんと第48話「バレエ・メカニック」は良かったなぁ。

ということで、何故か僕にとっては第4巻だけ、別物か?と思うくらい味わってしまいました。

■実はこっちの方が似てたんだよね。

エウレカセブンの本編感想では、僕はかなり色んな妄想をしていて、ああだったら面白いな、とか、こうだったんじゃないか?みたいなのをして遊んでましたが、実は結構小説版でその妄想が現実のものとなっていて、それはそれで僕としては大いに満足でした(笑)。

例えば、第27話「ヘルター・スケルター」の感想で、レントンが「王の息子」ということで、デューイに目を付けられエウレカと引き離される、と言う展開があっても面白いな~、なんて言ってたんですが、ちょっと違ってはいますが、小説版でもそれに近い展開をしてくれてたんで、おお、ここにIFのストーリーがぁ、なんて一人で盛り上がってたり。

例えば、スカブコーラルの正体については本編では恐らくあえてぼかして描かなかったんだと思いますが、僕はこんな妄想をしてたりして、この中でのスカブコーラルの正体はそれに近いものだったり、あと、本編では明確に地球に海が現われる映像って少なかったんですが、小説版ではしっかりと描かれていて、トラパーの減少なんかも描かれていました。
この辺はほんと、こうだったらどうだろうか?と言って自分で遊んでいた部分だったので、小説版の中でそういうのが実現されていて、嬉しかったですね。


■最後に
小説版も、コミックス版もそうなんですが、やはりTV版本編という骨太のストーリーラインがあって、その上で楽しんでいくのが吉、というか、恐らくそれ単体で楽しむこともできるけれども、本編と絡めて、あのシーンはこうだったなぁ、とか、ああ、このシーンは涙なくしては見れない、とか、そういう楽しみ方をしたほうがこの『交響詩篇エウレカセブン』を何倍も楽しめると思いますよ。

DVDも残すところあと2本。
第4クールは本当に目が離せない、息をつく暇が無い、びっくりしっぱなし、なんで改めてDVDが出るのが楽しみです。

交響詩篇エウレカセブン DVD 第12巻
毎回のことですがジャケットがイイっすねぇ。
怒涛の第4クール、佳境の第12巻は1話たりとも見逃せないエピソードばかりですね。
第46話のエウレカに度肝を抜かれつつも凄く綺麗だと思いましたよ!!

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交響詩篇 エウレカセブン コミックス版 第4巻

2006-05-27 23:18:13 | エウレカセブン
間違えて『交響詩篇エウレカセブン』のコミックス第3巻を2冊購入したことは記憶に新しいのですが(ちなみに3巻を買わないと、と思っていたのは小説のほうでした)、本命はこちら、コミックス第4巻でした。


交響詩篇エウレカセブン コミックス第4巻


コミックス版第3巻が出たときの感想にも書いたのですが、コミックス版のエウレカセブンは第2巻の途中あたりからコミックス独自の展開をみせるようになっており、それが第3巻でやってくれた!!という感じで花開いた感じがあったのですが、もうこの第4巻もTV版本編とは全く別物として楽しむことができること請け合いです。

これはこれで十分面白い!!

TV版本編の楽しみ方は各所に張られた伏線や織り交ぜられたテーマを繊細に解きほぐすみたいなところがあって、それがまた二度・三度美味しい、みたいな感じだったんですが、このコミックス版はとにかくストレート。熱いね。

そのストレートさが解りやすくて、楽しみやすい。

TV版本編が好きだった方には是非ともこのコミックス版もあわせてお楽しみくださいませ。

もうラスト付近で「あの」キャラが出てくるなんて想像もしていなかったし、今後もどういう展開見せてくれるかほんと楽しみです。
#おまけ漫画ももちもん好きです(笑)。

本編とは全く違う、とはいえ、おおきなライン、エウレカセブンの世界で言えば、レイ・ラインばりのぶっとい流れは同じくして、それを違う視点や展開で描くのがこのコミックス版。だから大事なところな外してない。

だから、あのエウレカが第41話「アクペリエンス・3」で語った、


これは私が今まで生きた来たことの証だから


。・゜・(ノД`)・゜・。


このシーンをコミックス版で読んだときにも

。・゜・(ノД`)・゜・。

こんな感じになりました。

いやー、あのシーンはやっぱり良いなぁ。

ということで、本放送は終わっても、まだまだ楽しんでいるエウレカセブン。
小説版もこれまた本放送、コミックス版とはまた全く違うエウレカセブンが展開されています。
さて、みなさんはどのエウレカセブンが好きですか?

僕は全部好きです。

交響詩篇エウレカセブン 小説版 第3巻


交響詩篇エウレカセブン DVD 第11巻
303「デビルフィッシュ」カッコよすぎ!!
第4クール突入のDVD11巻。
OP映像は何度見ても感動です。
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つまり記憶というものは

2006-05-19 00:52:15 | エウレカセブン
音楽とか映画とかその中身がっていうよりもその時の記憶って言うかさ、

その時の人と人との関係を思い出すことが多いだろ?


そう、つまり記憶というものは決してそれ単体で存在せず、

それを取り巻く環境に支配されているというわけだ




ではもし、その「環境」とやらが自分の思い込みに過ぎなかったらどうだろう?

昆虫が殻を脱ぎ捨てように「環境」が変容したとき、

我々の記憶と我々自身もまた変わらざるを得ないのではないか?




最初の言葉は、このブログでも何度か引用した交響詩篇エウレカセブンの第1話「ブルーマンデー」でストナーが語った最初の台詞。

そして、その次の引用は、『交響詩篇エウレカセブン COMPLETE BEST』のブックレットの収録されているストーリダイジェストの最初の言葉。


そう、この交響詩篇エウレカセブンの第4クールで明かされる、この惑星の秘密、それは実は最も最初の台詞の中に既に予言されていたんですね。

* * *

『金枝篇』をエウレカセブンの本編で取り上げた大きな理由としては2つあるのかな、と思っていて、1つは「王殺し」のエピソードを使いたかった。
もう1つは「地獄の黙示録」が好きだったから、じゃないかと思っているのですが(後者は半分冗談ですけど(笑))、もうひとつくらいあっても良いのではないか?なんてことを感がえました。

最近、『ダ・ヴィンチ・コード』を読んだり、アニメ版の『ひぐらしのく頃に』を見たり(もちろん原作を思い出したり)してるうちに、何故この交響詩篇エウレカセブンでは『金枝篇』を取り上げたのだろう、と改めて考えたときに、このブックレットの最初の言葉、この言葉とそのもやもやが、いきなり結びついてこんな妄想を生み出しました。

『金枝篇』の本当のテーマって、単に「王殺し」をベースに民俗学、神話学を論理的に解明するだけじゃなくって、それは宗教にも言及していて、宗教の成り立ちを遠まわしに解明していた、そこに本当のテーマがあったんじゃないか?

つまり、信じていたものが角度を変えてみたら実は全く違って見えた、自分を取り巻く「環境」が実は全く異なっているものだとしたら?そのとき僕らはどうなるんだろう?そういうことを『金枝篇』を使って、実はこのエウレカセブンの世界観に、ストーリー展開に遠まわしに暗示していたとしたら?

……てな、妄想です(笑)。
いやー、最近疲れてるんで、妄想もより突飛になってきましたよ(ぎゃー)。

* * *

『金枝篇』がどういう意図で使われたのか?これについては前述の1つめは間違いないとして、それ以外がどうなのかは今となっては分かりませんが、ストナーの最初の台詞だけは、やっぱり「日常と非日常の転換」というか、アイデンティティーロストに近い衝撃(9・11はそれに近いかもしれないなぁ)を作中冒頭も冒頭から暗示していたんだなぁ、とこんなに時間が経って感じ入ってたりして。

エウレカセブンの作中で登場したグレッグ・ベア・イーガンは、もちろん、SF作家のグレッグ・イーガンとグレッグ・ベアをリスペクトしてのネーミングだったんですが、その中でも「クダンの限界」についてはグレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』が元ネタであることはコンプリートベストのブックレットにも記載されているところです。

もうひとつ、グレッグ・イーガンの作品、サントラ2の曲名にも使われた『祈りの海』という短編作品では、まさにスカブ=かさぶたがはがれた大地が現出したのと同じくらいのアイデンティティー・ロストに見舞われるわけで、それまで信じてきたもの、というのが一気に剥がれる、まさに「環境」が変容したとき、我々の記憶と我々自身もまた変わらざるを得ないのではないか?というのと同じくらいの衝撃を持って描かれているわけです。

つまり、最初の最初からこれらは全て狙ってあの第4クールへ収束していったんですね。
ああ、やっぱり面白い。

余談ですが、『ひぐらしのく頃に』についても、あれは物理的な怖さよりも、どうしてああなってしまっていくのか?それが全く違う角度でみたらどうるのか?自分が信じていた世界と、実は見えていなかった世界、勘違いや嘘、そしてその連鎖こそが『ひぐらしのく頃に』で本当に描かれる怖さだと思うんですね。

そう、このまさに、「環境」が変容したとき、我々の記憶と我々自身もまた変わらざるを得ないのではないか?というのが面白いところなんですね。

* * *

しかしながら、僕らが最終話で、否、第4クールで目にしたレントンとエウレカの姿。この二人の姿は、「環境」自体が変容しようとも、たとえエウレカに羽が生えて決定的に人と違うことを見せつけられても、レントンはエウレカを「綺麗だ」と言い、自分が生まれ育ったこの星を好きだと言う。


「環境」が変容したとき、我々の記憶と我々自身もまた変わらざるを得ないのではないか?


この最初の最初に出された問いに対して、エウレカとレントンが1年掛けて出した答え、それはもう皆さんご存知の通り。

あの月のハートマーク(笑)。

そう、変わったんだけど、変わってない。
むしろあの二人はより笑顔になった。

それが答え。

うん、やっぱりエウレカセブンは面白かった。
またこんな作品に出会えることを、心から待ち望んでいます。

交響詩篇エウレカセブン COMPLETE BEST(DVD付)


交響詩篇エウレカセブン DVD 第11巻
ぬあ、この303「デビルフィッシュ」カッコよすぎ!!
第4クール突入のDVD11巻。
OP映像は何度見ても感動です。
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交響詩篇 エウレカセブン COMPLETE BEST

2006-05-09 02:58:48 | エウレカセブン
音楽とか映画とかその中身がっていうよりもその時の記憶って言うかさ、

その時の人と人との関係を思い出すことが多いだろ?


そう、つまり記憶というものは決してそれ単体で存在せず、

それを取り巻く環境に支配されているというわけだ


誰の言葉か知ってるか?マシュー。

全く学がねえなぁ・・・オレの言葉だよ。



交響詩篇エウレカセブンの第1話「ブルーマンデー」の最初の台詞、これに象徴されるように音楽と映像、そしてその中で積み重ねられてきた物語、これらは全て単体では存在せず、これらのひとつひとつを思い出すときに、これらがまるで循環するかの如く、連続性を持って思い起こされる。

例えばそれは、連休中に届いた「交響詩篇エウレカセブン COMPLETE BEST」。

それがきっかけとなっていくつもの物語が呼び起こされる。

もちろん、たくさんの感動を伴って。


と、そんな風に考えたりする燕。です、こんにちは(挨拶、長っ!!)。


■まず、はじめに~

というわけで、5/6に届いた「交響詩篇エウレカセブン COMPLETE BEST」、堪能しております。

吉田健一さんのHPでは前々から公開されていましたが、何よりこのBOXのジャケットがホントに良いですね~。
なんだかみてるこっちまで幸せになりそうなくらい、素敵なジャケットです。
ほんと吉田健一さんは凄い仕事してるなとしみじみ思います。

で、開封してみると、ここでもまた美味しい特典が。
#つか、全部シングル購入した人は何!?と思われたかも、ですね。

これもまた、吉田健一さんのHPで公開されていたイラスト(各シングルの特典で入っていたイラスト)が入っているわけでして、これがまた良いんです。
#僕は実際購入したのは『sakura』だけだったので、逆に嬉しかったですわ!!

つか、全体の外観も、やっぱり草野剛さんが手がけられたと思うのですが、エウレカセブンのDVDにしろ、このコンプリートベストにしろ、ほんとにカッコいい、つかシンプルさが響くっていうか、ほんと響きますね。
#エウレカセブンのDVDもほんとにいつもシンプルに美しくて、DVDを購入するのが楽しみになるほどです。
#草野剛さんなくしては、このエウレカセブンのイメージも出来なかったのではないかな、とさえ思いますね。

イラストを留めてあったミドリとシロの帯、もったいなくてはがせませんでした(笑)。

■次は気になる映像特典!!

CD聞く前に、いきなり初回特典のDVDの、それも『虹』が入っているところから再生(笑)。

これは予想通り総集編だったのですが、これはほんとにすっごいカッコいい総集編でした。ホントに。

10分近くある『虹』にあわせて、美しい映像のカットインだけで構成される総集編。
これは今まで観た総集編という概念を取っ払っちゃう出来で、あの10分間を見るだけで、これまで1年近くかけてみた来たところが一気にフラッシュバック。
ああ、あんなことがあったなぁ、とか、あの人はほんと良かったなぁ、とか、そうだ、その手を伸ばすんだ!!とか、もういろいろと(笑)。

映像的には第4クールのOPまでだったので、これを作成したのはそういう時期だったのかもしれませんが、それでもやっぱり楽しめたし、僕が個人的にずっと思ってきた(書いてきた)のは、この物語はレントンとエウレカが手をつなぐまでのプロセスに一番のポイントがあって、手をつなぐシーンがとても大切、という点だったんで、ラストシーンで手をつなぐあのカットを入れてくれたのは素直に嬉しかったですね。
#第4クールが入ったものも観てみたいですが、さすがに高望みですね(笑)。

また同じく、この物語は第1話~第3話に帰ってくる、と書いていただけに、この総集編も第1話~第3話のカットが(たぶん)一番多く使われていたんじゃないかと思うところにもすっごく嬉しかったですね。

■ノンテロップOP&ED+GAME

これまで僕はノンテロップOPやEDっていらないんじゃない?とか思っていたほうの人です。
ストナーの言葉じゃないですけど、OPやEDって、あのテロップがあるから好きというか、ああ、この人たちが作ったんだ、とか、この人が入るとやっぱり違うよな、とか、あれは誰がやったの!?とか、そういうのを一緒に観るのが好きなんで。
今もそれは変わりません。

でも、ですね。
エウレカセブンのはちょっと別(笑)。

第4期のOPが大好きなのは前から公言しているところですが、第4期のED、これはノンテロップ版で見たほうが断然好きかもしれません。
吉田健一さんのカットで、吉田健一さん自らが構成まで全部一人でやっている、というのが理由なのかもしれないんですが、これは結構ハッとしますね。

あと、第1期のED、これが改めて観るととても凄い。
あの流れるカメラワークの一連の動作、あれって全部背景とか使うわけじゃなくて、全部手描きしているわけですよね?
これは素人の僕ですら、凄い、と思いましたよ。

第1期といえば、もちろんOPも大好きで、あれは演出がとても上手かったですね~。
毎回挿絵が変わったりして、おお!!みたいな。
あのOPがほんとに大好きでした。

あと、これはコメント欄で教えて頂いたのですが、第3クールのEDイメージはエウレカセブンの女性キャラを演じる「女優」さんたちを描いたもの、ということを小耳に挟んだので、そうやってもう一回観てみると面白いと思いますよ~。
#ソースは僕は分かってないので、実は違ってるかもしれないけど、そう思ってみるとかなり面白いと思うんですよね。


で、一番好きなのは第1期OPと言いたいところですが、やっぱり先行配信で見たときの感動が大きかった第4クールOPですね。
これはほんとに感動したんですよ。

絵コンテをきったのは京田監督ご自身。
つか、ほんとイイ。
あれはほんと、感動しました。
本音を言えば、本編でももっと京田監督が絵コンテをきった作品を観たかったですよ!!

やっぱりあの第4クールのOPを観るに、この交響詩篇エウレカセブンという作品は京田監督、という人を中心に創り上げられたものなんだなと、妙に納得してしまうのでした。


■コンプリートベスト!!

実は、殆どの曲をレンタルしてたりするので、ここであえて、というのはないんですが(笑)、あえて言うならばHOME MADE 家族の『少年ハート』かな。
これ、実は僕結構好きで、第4クールで『sakura』がかかる前までは『DAYS』と一緒にヘビロテでした。

全体を通して聞くとまた違った感覚で、特に「始めるのにきっと遅いはない」というフレーズが凄く好きでしたね。
第2クール自体が焦りと葛藤を描いたクールだったんで、これは通しで聞いてみて、第2クールをまた観ると、僕くらいの年代の人はまたぐっとくるんじゃないかと思ったりもします。

『虹』については、最終回のあの使われ方に最高に感動してしまったので、正直な話、このコンプリートベストで聞くよりもサントラ2で聞いた方が良いのではないかと個人的には思うところなのです。

何故なら、サントラ2は「セカンド・サマー・オブ・ラブ」から「星に願いを」へと続いて「虹」へと繋がっていくわけで、本編の流れと若干逆だけども、あの雰囲気を感じながら最後に「虹」で締める、というのが凄く好きなんですよね。
それこそストナーの「つまり記憶というものは~」なのですよ。
つか、サントラは1と2ともホントにお勧めなのですよ。

■しかし、最大のポイントはブックレットにあった!!

そう、実は最大のポイントはブックレットにあると言っても過言ではないのではないかと思います。
このブックレットのために、初回特典を購入したと思っても良いんではないかな?

このブックレットは凄いですよ。

デザイン自体がシンプルで美しいのは前述しましたが、まず、この分厚さが凄い(えー、そこかよ!)。

いやいや、何で厚いのか、それが凄い。

まず、ストーリーガイド、これが上手い。
短い文章なんですが、プロットを抜き出したかのような濃い部分を抽出しているというか、これを辿っていくだけで、1年分フラッシュバックできる、そんな感じなんですよ。
これ、上手いなぁ。

映像版の総集編もそうなんですが、短い時間であれだけ色々と思いを(こちら側に)馳せさせるというのはやっぱり上手いですよね。

そして極めつけは用語集。
これが凄い。凄い(笑)。

これは『ray-line guide』でも一部掲載されていたのですが、それを大幅に加筆しているわけで、ここまで作った方が本当に偉い!!
つか、単なる用語集で終わらないところが美味しいところなんですよ。

世の中、色んな作品があると思うんですが、この交響詩篇エウレカセブンは、いろんなところに作り手のこだわりや趣味があるときは大胆に、あるときはさりげなく散りばめられていて、それを最後に作り手が公開していくというか、こうやって僕らは作っていたんだ、とか、こういう思いを乗せているんだ、というのをインタビューなんかを通じて、視聴者サイドへ語りかけているわけですね。

これが面白くて、より一層エウレカセブンの世界を楽しめる、というか、二度美味しい、みたいな。

この用語集にはそういう二度美味しいところがぎっしり詰まってますよ。

あと、悔しかったのは、第34話「インナー・フライト」の感想のときに、これは第10話「ハイアー・ザン・ザ・サン」のアンサーの回だ、なんて感想書いたんですが、それがこの用語集でもきちんと言及されていたのは嬉しかったのに、それがプライマル・スクリームの曲名でもきちんと対比されていた、ということにこの用語集を読んで気が付いたことですね。

プライマル・スクリームのあのアルバム持ってるのに、気が付かなかった…orz。

#ちなみに僕はプライマル・スクリームはケミカル・ブラザーズと組む前のこの頃の方が好きなのです。
#「SCREAMADELICA」とか「GIVE OUT BUT DON'T GIVE UP」が大好き。
#高校生の頃はライブにも行ったし、オールのイベントにも参加してた。
#ライブハウスがそのまま朝までクラブになったりするんだけど、明け方の始発待ち組とそれでもまだスピーカーの前で踊る組に分かれてるのが当時(初めてみる光景で)凄く印象的で、それが第22話「クラックポッド」の光景と同じだった、というのも、そしてその第22話の光景が京田監督の体験談だ、というのも『ray-line guide』やこの用語集で確認できたことなんですね。

あと、チャールズとレイの音楽性の違いとか(笑)、そんなことまで確認できるのがこの用語集です。

ということで、この用語集をベースにもういちど、エウレカセブンの世界観や、その成り立ち、バックグラウンドを楽しんでみるのは如何でしょうか?

二度美味しいこと、請け合いです。

なんか最後の方はかなり趣味に走ってしまいましたが(笑)、これもエウレカセブンの記事書き始めちゃうと、いろんなことを書きたくなってしまう、という病状の持ち主ゆえにご勘弁くださいませ(ペコリ)。

交響詩篇エウレカセブン COMPLETE BEST(DVD付)

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