5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2017年版です。

かんがり と がっつり

2013-07-27 21:49:46 | ことば
さて、今日のブログテーマはと考えて金田一先生の「ことばの歳時記」、7月27日の項を読んでみると、「かんがり」とあった。

初めて聞くことばだ。金田一先生は、むかし、俳人の荻原井泉水の書いた紀行文を教科書に載せたことがあるのだそうで、「富士登山」というそのエッセイの中に見つけたのが「かんがり」。ご来迎を拝むシーン、東方の空が明るくなるといった意味で使われているが、先生も始めて聞くことばだったらしく、辞書をいろいろ調べても見つからない。

結局、荻原本人に尋ねたところ、「かんがり」とは、俳人本人が苦心して作り出した新語だったことが判る。ほんのりよりも明るく、こんがりほどに熱くはないといったニュアンス。東の空の赤らみ具合の微妙な変化を表わしたかったと説明されたと書いてある。

ようするに新しい擬態語だったわけだ。どうやらこの言葉は一般化はしなかったとみえて、荻原一代で消えていったようだから、戦前の流行語のひとつといってもいいのだろう。

「俳人にとってこうした新語を見つけ出すのは、作家が小説を一編つくるのと同じ努力が要るのだ」と荻原は云ったというが、最近の擬態語的流行語の多さを知ったらこの俳人はいったい何とコメントすることだろう。

このブログを書いている今も、TVの画面では毎日どこかの局に顔をだすタレントがいっぱい集まって「ご当地B級グルメ」をウマイウマイといいながら試食中だ。連中は、こんなときには「がっつり」という擬態語をつかうようだが、自分にはなんともしっくり来ない。

美味しい感じがしないのだ。「ガッチリ」から派生させた言葉なのはすぐわかる。どうせマスコミの誰かが、感覚的に使い始めたものなのだろう。そんな言葉も電波に乗れば「即公認」の新日本語に格上げされるのだ。

「がっつり」はほんの一例だが、どうやら最近の流行語は小説を書く努力などとはまるで違った環境から生まれ出てくるものらしい。「ことばを大事にする」俳人のプライドなどはもう日本の何処にも残ってはいないのだろう。「かんがり」と「がっつり」、似た音感だが、その出来上がりはまるで違っているのだ。












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