5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2017年版です。

トマトでないトマト

2017-06-19 23:14:55 | たべもの

被介護人一人と骨粗鬆の近介護人をもう一人抱える我が家では食料品の買い出しはこちらに依頼される。今日もついでのある名古屋駅前のデパ地下へ入った。

三方ヶ原産の小振りの新じゃがいもとアメリカ産のブラックチェリーのご所望である。中国の空芯菜も頼まれたがこちらは見つからなかった。

売り場で目立ったのがトマトの売り台。様々なサイズ、形状、色と選択肢が多い。野菜コーナーにあってもフルーツのような甘さのものが好まれているようだ。値段も高い。我が家分は野菜スープの台にするというので細かい指定は無し。バラの安いやつを三個ゲットした。

明治初めに南米から輸入されてしばらくは赤茄子と呼ばれたというトマト。名前が変わる過程で、次第に品種が改良されて、今では年中ある日常的な野菜になったが、畑で育つトマトの旬は夏。

「少年時代、早朝の畑でかぶりついた、露に冷えたトマトはまさに夏の味だった」というのは〈季語集〉の坪内稔典先生。

確かに昭和のトマトと平成のトマトでは、名前が同じなだけで実体はまるで違ったものになっているようだ。

フルーツ感覚のトマトというのもその一例。日本人の食生活の西欧化が進んでベースになるトマトの生産量も大きく伸びた。 品種改良という昭和の言葉は遺伝子組換えという平成の言葉にとって代わった。

「ハウストマトはトマトではない」

シーズ・オブ・ライフ社のジョン・ムーアはそう断言する。我々が毎日口にする野菜や穀物の多くがGMやF1と呼ばれる一世代限りの種子から生まれているという事実を知る主婦は多くは無かろう。

フルーツのようなトマトはもちろん遺伝子組換えによって出来上がった工業製品だと言って良い。

歩留りが良く年間に何度も結実する生産性の高さは農業を仕事にする者にとっては大きなメリットだが、遺伝子組換えを勝手に繰り返すうちにそれこそトマトとは似て非なるものばかりが世界中に溢れる異常な状態に突き当たるのは必至。それは思ったより近い将来のはずだとムーアは警告している。

デパ地下に並んだ瑞々しい野菜やフルーツの殆どはもはや遺伝子組換えの一世代限定製品だと思うといささか気もちが落ち込んでしまう。

 

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