G bonaventura

独り言

ホモサピエンス 我々のご先祖様の顔をしみじみ眺める

2013-07-16 05:10:22 | 極東古史考

 

今日は ネイティブアメリカン イロコイ族の語り部 ポーラ・アンダーウッドの The Walking Peopleと
スティーブン・オッペンハイマーの Out of Edenを読み返した

やはり ホモ・サピエンスは 猿から進化したのが実感できる
よくぞ ここまでになったと思うと同時に まだまだ進化の道は遠いなとも思う

こうやって 日記に張り付けると なかなかの 男前だ 迫力がある
解剖学に基づいた復元であると言う
夜 いきなり こんな人に出くわしたら ビックラこいてしまう 

アウストラピテクス・アファレンシス
300から400万年前の二足歩行の類人猿 あの有名な類人猿ルーシーの家族と想定したらしい
身長は100cmから150cm 脳容積375ccから500ccくらい
ゴリラの様なハーレム社会を構成していたらしい 道具は当然使用していただろう

ホモ・エレクトス 初めてアフリカを離れ 全地球に散らばった
最初にハンドアクスつまり握り斧を使用した ホモ種だ
約150万年に渡って 全世界に繁殖した種族 北京原人 ジャワ原人がこれに属する

その後 厳しい氷期が訪れ アフリカでホモ・ローデシエンスが現れた
身長は現生人類と同じくらい 脳容量1250cc アシュール文化を作る

35万前また氷河期がやってきて アフリカにホモ・ヘルメイが出現する
脳容量は現代人より少し多い1400cc 中部旧石器時代を担う
25万ほど前 アフリカを出てユーラシア大陸にひろがり ホモ・ネアンデルターレンシスとなる

17万年前 更に厳しい氷河期が訪れ 全世界の人口が1万程になり絶滅寸前にアフリカで変異した者が現れる
ホモ・サピエンスである
12万年前の間氷期にレバント地方へ(現在のシリア レバノン イスラエル パレスチナ ヨルダン地方)へ進出するが
その後の氷期で絶滅した

約7から8万年前 再びアフリカからの脱出が始まった
現生人類のご先祖様がこの人たちである 数は多分数千人以下 ひょっとすると1000人位かも知れない
3万年ほど前まで このネアンデルタール人や ホモ・エレクトスとは共存していた
またこの頃のホモ・サピエンスやネアンデルタールの脳容積は現代人より大きい

脳が大きくなりすぎると 出産が困難になる 多分 そうゆう理由かもしれない
現代でも 新生児の頭蓋は開いている いわゆる ひよ だ
産道を通るとき頭蓋の真ん中が閉じ 外に出ると 脳に合わせて開き やがて骨が両側から成長し頭蓋は閉じる
脳容量だけが知能を決めているわけではない

一個人の頭脳を巨大化とは 個人の能力だけ増やすだけである
全て一個人の能力に依存する 一人で全てを処理する の考えである

進化は無駄を嫌う

思うに 例えば一台のスーパーコンピューターで全てを処理するより
パラレルに多数の普通のPCを繋いででも システムさえ上手に作れば 同じ事は出来る
 

人類は 文化文明と言う 共通の 社会組織である外部記憶装置を作ることによって 効率化を図ったのだろう
一人は一つの事しか出来ないが 集合としての社会を作れば 他者の知識 製造物によって それぞれ無理なく生存できる
目には見えないが 一人の能力を補う 強力な集団生存のシステムが出来上がる 



長い歴史とは言え 脱アフリカからわずか数万年 約16000年程前 これも定かではないが 縄文時代が始まる
12000年前でもいい 大して違いはない 

最近疑問に思うのは 日本人の
YAPの D2 O2b1 O3の分布である
奇妙だ 

母から子へと遺伝するミトコンドリアの遺伝子型で見ると 日本と朝鮮は最も近縁関係にある

だが 父系遺伝子であるYAP型では まったく異なる

よく考えると これは 

雄の遺伝子型と雌の遺伝子型がこれほど異なる場合
普通は雄による 一方的征圧を意味する 

古代は 優勢な者が 力のある者が 子を産む

仮定してみる  このような状態が起きる可能性を考える

1 O3或いは O2b1が日本原住縄文人で そこに弥生人D2が入った 
先住民が中国朝鮮系の場合 渡来人がD2を持っていたという事になる
でも そうであれば アイヌや琉球人のD2比率を説明できない 
中国や朝鮮にD2遺伝子がないし 
D2をもってたとしても
彼ら 中国 朝鮮の人々ががすべてD2遺伝子を持っていなければならない 矛盾だ

2 ちょっと 常識とは違うが
渡来の弥生人 倭は O2b1 やO3の人々であった 稲も金属器も もたらした
中国江南から 列島に文明をもたらし 発展したが 
だが  結果として 種まきしたのが縄文人であったと言う仮定
大和を作った者は縄文の血を引く者が多数を占めていた という事だろうか
この現在の日本人の遺伝子分布数字のように 皆仲良く共存したという事だろうか

倭種は素晴らしい文化をもたらした 
良くも悪くも 縄文の停滞 無変化の平和を打ち破った
異文化の導入によって弥生文化が始まったのも事実であり
現代人は縄文人と倭種との混血である事も事実
混血によって出来上がったのが現代日本人だ
従来言われてるように どちらかがどちらかを征圧ではなく 
分布数字から見れば 互いに共存が正しいように思える 

まだ仮定推測にしか過ぎないが考えてみよう
 
渡来した人たちが支配層であれば D2遺伝子は消えて無くなっているはずである
男系遺伝子はこのような時わかりやすい

縄文遺伝子のマーカーを持つ人々は 朝鮮 満州 中国に種をまかなかった
だから それらの地に D2はない

仮定がそうであれば 日本において混血は行われたが 縄文主体であったという事になる
縄文弥生それぞれが主権争いをし
今も 男系遺伝子として 今の日本に繋がる

弥生の倭人の痕跡として 今の朝鮮の全羅南道 済州島を調べるのも必要だろう
嘗ての 古代任那の地であり 百済に譲った 南下せざるを得なかった 百済扶余の最終の地だから
更に古代の狗耶韓国は 倭の北岸であったと言う歴史的理由もある
彼らが倭種の遺伝子近縁種であれば 日本に帰化したのも頷ける

アイヌ 琉球人について 思う
縄文晩期 人口はわずかになった 
でも 縄文人は 北海道から琉球まで 全土にパラパラと居を占めていた
そこに倭種が上陸し 九州 本州 四国は混血を始めた
北海道 琉球は その本土の影響を受けず 縄文のままでいた
縄文人を大和が南北に追いやったのではない 彼らはその影響を受けなかった それだけである
彼らはずっと同じ場所にいた 変化の外にいたのだ

列島本土の混血の変化の外にいた縄文人が アイヌであり 琉球人である


古代は古代として 今の日本と関係はないが
嘗て倭種や縄文人が活躍した場所として 興味がある 
歴史とは とても興味深く 奥深い
新しい発見によって また 歴史の記述は変わるかも知れない
それが歴史を調べるものの 喜びでもある

自分は現実リアルしか興味はない
現実を発見する事が歴史を調べる者として一番楽しみ

さて 新しい課題が出来た
考える時間が必要だな 

 

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