G

独り言

英国 EU離脱 か EU残留と思ってた

2016-06-24 20:22:13 | 現代史観察日記
G7 伊勢志摩首脳宣言 平成 28 年 5 月 27 日

安倍首相や経済官僚はイギリスのEU離脱を予想していたのか
4Pに離脱についての記述がある

中国の生産過剰や不動産の供給過剰も問題であるし
共産政権特有の作文経済の強制執行もいずれ爆発に耐えられなくなるだろう

貧富の格差拡大
民族主義の台頭による移民排撃
保護に依存している 貧しい国々や社会弱者と言う人々の増加
失業が増え 自助努力による生計が不可能な庶民が増える

日本とて
一生懸命働いても 生活保護費や年金以下の収入しか得られない人々が増えてゆけば
きっと 不満が溜まってゆくだろう
他者を思いやる余裕は無くなるだろう

生活に余裕があれば優しくなれるが
貧すれば 気持ちはあっても 他者の面倒をみてあげられなくなる
それが普通だ

イギリス
多分移民による 治安の悪化 仕事を奪われる不安 
自国民をさておいて 政府による貧しい移民への保護政策
世話になってる国へ対して感謝もなく 挙句の果てにはテロ殺人を犯す移民
確かに一部の人々であろうが 彼らが移民への嫌悪のシンボルと映る

何処の国の庶民でも
金持ちになれなくても 真面目に働けば生活出来て
自由にものが言え 国の束縛が少なく 治安がよく 家族や近所と仲良く暮らせれば
そんなに不満など持たないものだ

合従連衡の戦国時代が また始まっている

成長や平和が永遠に続くわけはない
戦争と戦争の間 戦争が無い時を平和と呼ぶ
氷河期と氷河期の間の一時 間氷期みたいなもんだ

頭ではわかっていても 70年日本は平和だったから
ずっと平和が続くものだと 勝手に思っていた
そう上手くは行かないか

さて 明日は健康診断
この年で意味はないと断ったのだが
その年だから受けて下さいと社長の奥さんに言われた
体は故障だらけ 年をとったと自覚する





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2012年10月

2016-06-13 18:29:40 | 日記
新大阪近くのホテルから撮った写真

懐かしい

日々仕事に追われ 心がすり減る日が続いている

こんな写真など 外付けHDを開いてみた

沢山の記憶 和む

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「丁度よい」  藤場美津路作

2016-06-08 05:08:28 | 日記
石川県の大谷派常讃寺坊守藤場美津路さんが30年ほど前に作ったと言う
良寛作と間違って伝えられた時期もあったらしい
その経緯はどうあれ 響く詩ではある


人の顔が 一人として同じ顔がない様に
人の心は 一人として同じ心はない
が 何か共通した 普遍的類似はある
だから 心惹かれるのだろう

自分も70になってわかったのは
なにもわかっていない と言うことが なんとなくわかっただけ

諦めとも投げやりでもないが
自分も世間様もなるようになって行くし
起きる現実は 世間様が 自分が 歩いてきた結果である と言う事だけだ

残念に思ったり 後悔したり
怒ったり 悲しんだり 喜んだりもしたが
ま いいか それでいいかな とも 思うようになった

いい 悪いの分別は 案外無用であった
とても難しいが 全てを受け入れるのが
楽であるのかも知れない かもな と

そして それでもなおかつ

心が自由でありたい と 願うようになった
でも その願いがかなおうと かなうまいと
どっちでも いいかな と





「丁度よい」藤場美津路作

お前はお前で丁度よい
   
顔も体も名前も姓も    
お前にそれは丁度よい

貧も富も親も子も  
息子の嫁もその孫も 
それはお前に丁度よい
        
幸も不幸も喜びも悲しみさえも丁度よい

歩いたお前の人生は悪くもなければ良くもない  
お前にとって丁度よい

地獄へ行こうと極楽へ行こうと     
行ったところが丁度よい

うぬぼれる要もなく卑下する要もない  
上もなければ下もない                          
死ぬ月日さえも 丁度よい

仏様と二人連れの人生 
丁度よくないはずがない

丁度よいと聞こえた時  
憶念の信が生まれます 
南無阿弥陀仏


「我執のつぶやき」藤場美津路作

親ほどうっとうしい者はいない 
 
兄弟ほどめんどうな者はいない 

子供ほどやっかいな者はいない

夫ほど平凡で薄情な者はいない 

姑ほど邪魔なものはいない
 
だから離れ 軽蔑し 嫌い 反発した 

先生と宗教家ほど 偽善的なものはいない
だから信じることがなかった 
 
大嫌いな者は自分自身
愛そうとして愛しきれず 
信じようとして信じきれず 
ただ一人 孤独の淵を のたうち回る

こんな人間は生きている価値がないと思った
それは真っ暗い地獄をはいずり回っている気持ち
どうにでもなれ なるようになれ 
斜に構えたやけくそ人生 
死ぬに死なれず 生きるに生きられず




「おかげさま」かみどころじゅうすけ作


夏が来たら 冬がええといい  
冬になりゃ 夏がええと言う
      
借りた傘も 雨が上がれば邪魔  

金を持ったら 古びた女房も邪魔   

所帯持ったら 親さえも邪魔  
            
誰も彼も どこもかしこも かさかさ
乾ききった 味気ない この頃

衣食住は昔に比べりゃ 天国やが
上を見ては不平不満
隣を眺めては愚痴ばっかり
 
何で自分を 見つめないのか 
静かに考えてみるがええ 
一体自分って 何やろう
 
親のおかげ 先生のおかげ 
世間様のおかげ 
おかげの塊が 自分やないか
いくら長う生きても
幸せのど真ん中にいても
おかげさまが見えなけりゃ 
一生不幸


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東アジア興亡史だな この映像

2016-06-05 09:48:35 | 極東古史考
中国历史地图 Historical Atlas of China



細かな点では異論もあるが よく出来ている
東胡 蒙古 鮮卑 チュルクなどの北狄と漢族の領有権争いもよくわかる

春秋戦国時代から秦時代にかけて 
山東半島の倭種は 南韓や日本本土へ三々五々移住を始めたので
中原の歴史からほとんど消えてしまった

混血民族国家になった日本が全世界と本格的外交を始めたのは明治から
巨大な多民族国家になった中華人民共和国が生まれたのは1949年10月1日

ローマ文明圏の辺境であったイギリス
中華文明圏の辺境であった日本

生き残るためには 自国が強力な不沈空母でなくてはならないし
信頼し合える沢山の同盟国が必要なのも共通
共に似たような運命を辿るのか?

栄枯盛衰 世の常とは言え
ホモ・サピエンスが文明化して たかだか1万年ほどしか経っていない
まだこれから 何億年もの未来がある

気が遠くなるほどの年月だな

1年を金の1円に例えれば

紀元1年から まだ2016円しか使っていない

人類は何億円と言う巨大な貯金を持ちながら 
まだこれしか使っていない

有効に使えない内に滅んでしまうのか
新たな進化したホモサピエンスになれるのか

誰も知らない

ちなみに
俺は70歳

70円か〜

えらい安い人生だな

ま いいか




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日 一日 と

2016-05-29 10:42:56 | 日記
昨日は トイレの窓から家に入るはめになった

福島に行ってる妻から 植木に水遣りのメールが来た
すぐやった方がいいので花に水遣りをした
ついでだったので 数カ月ぶりに洗車した

しばらく居候している孫が塾へ出かけた

いってきます いってらっしゃい

洗車を終わり すっきりした気持ちで玄関を開けようとした

鍵がきっちり掛かっている

入れない 誰もいない 俺一人 孫は電車に乗った頃だろう

困った 車の鍵しか持ってない 家を一回りしたが 窓という窓は全て閉まっている

そうだ ひらめいた 二階の便所の窓は開いているはずだ

隣が実家である こういう時は実家の有り難みが
妹と母に事情を話し 実家の屋根に脚立をかけ 便所の窓を全部外し 家に入れた



一昨日は 医者にゆく予定だった
五時終業と同時に会社を出た
なんとか間に合ったが 駐車場の車が少ない?

入り口に貼り紙があった
5月27日 急用のため五時で診察を終了します

帰ろうとしたら 人がやってきた

なんか休みみたいですよ

えー ほんとですか? あ 本当だ 困ったな

その後何人か 俺のような人がやって来た
お薬手帳 何時も忘れるので 今日は持ってきた
世の中はこんなもんだ

5月24日 三年近く一緒に働いた同僚が辞めた
簡単に言えば 首 である

能力もある 頭も悪くない 真面目に仕事をする
人より早く出社して 時間が過ぎても仕事のケリがつくまで仕事をしていた

もう大丈夫だろうと思って 半年間 職場を預けて一人で仕事をさせたら 不良品の山を作ってしまった
一生懸命に仕事をこなした結果 会社に損害を出してしまった
材料の 見立て 吟味が出来なかった
俺の部下にはなれても 工場を仕切る能力に欠けていた

仕事も熱心だし いい人で性格もいい
欠点は視野が狭く 全体の人と仕事のプロセスが見えず 自己中心的な視点しか持てず 工程の管理能力が結果としてなかった
それでいて こちらから話を振らないと 自分からいろいろ話す人ではなかった
良く言えば 寡黙で 黙々と仕事をする人だった
だから 黙々と不良品を作り 
次の工程で おかしい? と 皆が気づいた時には後の祭りだった


色んな事がある


オバマ氏の広島での語りは良かった

過去は過去であり 引きずるものではない

ヒラリー氏は隙があり過ぎる 
彼女の極端な融和主義が台頭すれば
トランプ氏のようなモンロー主義がUSAに生じれば
世界の秩序は崩れる 嘗ての 枢軸と連合国の様に

でも 大統領になれば 現実的政策を取るかもしれない
期待しよう

中朝韓などでは 国々の外交関係は未だ冊封体制の概念のままである
基本的に 国々の関係は 宗主国と植民地の関係である 
古典的政治概念から抜けいでていない

対等で友人関係のような同盟国と言う外交概念は USAが初めてかも知れないと思うようになった

中朝韓は 未だ 儒教と言う古典的宗教定義が常識の国であり
報復 復讐 仇討は正義として認識されている

祖先が受けた屈辱は 未来永劫に渡って晴らさねばならない事であり
自民族の恨みを晴らすためには どんな残虐な行為でも許されると考えている

また 人と人の関係 国と国の関係も 儒教概念で判断される

冊封関係は 貴賎 長幼序の関係であり
本人の能力とは無関係に作られる 生まれながらの権利と認識されている
儒教とは 貴族社会を維持するための法律に近い

彼らの中には 平等 公平 対等の概念を理解できない人が多い
彼らが理解できるのは 上下関係 支配と服従 面子と報復だけである
従うものには報奨と権利を与え 従わぬものは滅ぼす それだけだ

国民は 支配階級と被支配階級の二種類しかいない
それ故 国民は支配階級になるのが 唯一の選択肢となる

だから 資本家独裁はダメだけど 人民独裁 庶民独裁は いい と なる
要は 自分が貴族階級になれればそれでいいのだろう


儒学は立派な学問である
それを 儒教と言う宗教概念にしてしまい
批判の出来無い 絶対無謬の真実にしてしまった

思想でも概念でも 誰かが絶対化した時
その思想概念は 宗教になってしまい 腐敗を始める

人も 国も 民族も 全て平等で対等であると言う
この基本的概念を理解する段階まで行っていない
もっとも この対等の概念に無批判になれば
平等も ただの宗教に堕する危険がある

子は親から自立して初めて親を理解できる
植民地とは 親の保護下にあるのと同じ
いい親に巡りあわなければ 親の搾取の対象のみであれば悲劇である

でも 親と対等な自立した大人になれば
親との関係は 大人と大人の対等な人間関係となる

その時代には その時代なりのやむを得ぬ事情はある
現代の価値観で 過去を断罪するのは 現代人の傲慢である

しかし 人の性格や信念を変えるのが困難なように
民族の意識を変えるのは 更に困難だ
当分 話し合う事すら 無駄な作業となる
距離を保って 観察し 不測の事態に備えるしかないだろう
我々の常識が通用しない人々だからだ

同盟国が増える事は 戦争への抑止力となる
USAやNATOとの同盟関係がなくなれば
日本は自衛としての核を持たざるを得なくなる
当然地域は不安定化するだろう

もし 欧米ロシアが核を廃棄すれば
その他の国はこぞって核開発を始めるだろう

銃器社会ならぬ 核社会に全世界がなった時
抑制力のないものが 核を持った時 核戦争が始まる

抑制力のある国だけが核を持つ事
最善の方法ではないが 
今の時点ではそれ以外の選択は危険だ

俺も 今年は71
どんな世界を見ながら死ぬのだろう
なるようになってゆくのが世界
歴史とは 不思議なものだ な






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ubuntu 16.04 外観の変更 目に優しい

2016-05-04 20:41:37 | 日記
連休なので ウブンツをいじる

アイコンが単純すぎて戸惑うが 目が疲れにくい

この方のサイトはいつも見ている
紙のような質感で統一されたテーマとアイコン
ウブンツは弄る楽しさがある

自分は素人ゆえ 深い知識はない
だから授業を受ける生徒の気分になってやってみる

3つ目の行
$vsudo apt-get install paper-icon-theme paper-gtk-theme
vsudoと言う命令では出来ないので
$sudo apt-get install paper-icon-theme paper-gtk-theme
にしたら出来た

「端末」でテーマを取得するが
意外と時間がかかった

そしてこの方のも参考にしている
2016/5/3に「OpenSSL」の脆弱性に対応した「libssl」がリリースされています。
「OpenSSL」の脆弱性は以下を参照にしてください。
 

早速アップデイト

「端末」にapt-cache policy libssl1.0.0 と

openssl 1.0.2g-1ubuntu4.1 source package in Ubuntu
1.0.2g-1ubuntu4.1になっている おkだな

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ubuntu 16.04LTSにアップデイト

2016-05-03 19:13:35 | 日記
update
今はアップデートと書くらしいが
古い人間なので 習慣で アップデイトとなる

linux系はうっかりアップデイトするとPCが起動しなくなる恐れがある
OSをHDにパーティションしてwindow7とubuntu 2つ入れてある

以前失敗して bios画面も出ず window7も認識出来ず うんともすんとも言わなくなり
イメージディスクを使って徹夜でなんとかした

msオフィスと同等のソフトもあり
自分にとってubuntuで不足を感じることはない
無料で最新のOSを使用できるのはありがたい事だ

ここんとこ 新人や仕事で疲れている

年齢に関わらず 素直で良い人 記憶力も悪くない 真面目である

でも 指示がないと仕事が組み立てられない
教えればできる 教えないことは出来ない

製造業は 客が要求し 納得する商品を提供する
ただ それだけの事だ
どうやって安くていいものを提供できるか
絶えず 考え続ける それだけの事だ

その事だけを 考え 工夫し プロセスを管理する
何故 こんな簡単なことが出来ないのだろう?

車の運転のノウハウをどんなに沢山記憶したって
運転の練習しなければ 個人の技術力は上がらない

もうひとつ
自分の限界を低く設定してしまう

何か出来ないことがあると 少しは努力するが すぐ諦める
自分は能力がない と 自分はダメなのだ と

俺ができるのは当たり前で 自分が出来ないのも当たり前
できる人間は 才能があるから出来て
自分が出来ないのは 才能や経験が無いからだと思うらしい

人間に それほど差があれば みんな苦労しない

なんで自分を粗末にするんだろう?
本当にもったいない
やればいくらでも伸びるのに 自ら能力に制限をかけてしまっている

ウサギとカメのお伽話と同じ
歩くのが遅くても歩き続ける人間と
走るのが早くても 休んだり 立ち止まってこもってる人間に開きができるのは当たり前

失敗や挫折を 自分の栄養にできる人間と
失敗や挫折を 嫌って食わない人間とでは
何十年の年月が過ぎ去れば 大きく離れてしまう

言い古された言葉だが
虚仮の一念 継続は力なり は 本当だったのだ
バカでも 諦めなければなんとかなるもんだ
 

だから 俺のようなバカでも このubuntuを楽しめる
「端末」使ってファイルふっとばす失敗は数知れず
でも怖がっていたら 何も覚えられない
仕事と違って 失敗してもデータがゼロになるだけだから気楽なものだ

この古いノートPC
もう5年経った 長持ちさせたい
もう少し勉強しよう









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panama papers country japan

2016-04-10 15:52:03 | 現代史観察日記
現代史に残る出来事だと思う

違法ではないが 道義性 人間性が問題にされるだろうな

これがどのように展開するか 或いは立ち消えるか
どちらにしても 全世界的 現代史の一側面の社会現象だ

有名な会社もあるが 知らない人達ばっかし
しかし 金持ちがいっぱいいるんだな

パナマ文書 日本国


追記

2013年のものだそうだ

いろいろ情報が錯綜している
どちらにしても なんかあるんだろうな
騒がないメディアも当事者だからだろうか?
あんまし 触れたくないのかな?
過ぎ去るのをじっと待つのもひとつの手段ではある

歴史はその時代にいる庶民にとって
逆にわかりづらい部分もある

観察を続けよう
きっと振り返って読んでみて
あー そうだったのか なんて事があるかも知れない


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最近の求職者に思う

2016-04-09 23:15:34 | 日記
日本人的長所であった特質が変化してきている

真面目で 努力家 決してちゃらんぽらんではない

でも 自分の常識から微妙にずれてきている

伝えたこと 教えたことは理解している 

記憶能力はある 能力的には申し分がない 

だが 教えられていないことに対処出来ない

教えられた事をベースに 自分なりの工夫 考えが発想出来ない

聞いてないから出来ない これは 仕事では致命的である

失敗をすると 自己否定に入る 自分はダメだと
或いは 誰かのせいだ と 責任転嫁をする

他者批判 と 自己批判は 根が共通している
自己の努力と忍耐の否定だ
つまり 自分の進化の可能性を 自ら封じる
何もしなくても済む 一番楽なポジションに入る

マラソンに例えると
しばらく走ったら 給水に失敗する
給水係がきちんと手渡してくれなかったから 水が飲めなかった
或いは 
全てイメージして 給水の準備をしたのに うまく受け取れなかった

次に来るのは
こんな事が起きたのだから 自分の順位が下がって当たり前
負けたって しょうが無いにじゃないか 
つまり 負けた 合理的根拠を探し それで諦める

自分から見ると 怠け者が増えたように見える

でも 彼らは 所謂怠け者ではない
30分前に会社に来て 仕事の準備をするし
言われたことはきちんとするし 人に気遣いもする
だが 結果として不良品の山を作ってしまう
だが それは仕方がないことと 本人的には感じてるらしい
一生懸命努力している 一生懸命やってるのに
彼らにとって それが最大の価値なのだろう

自分を中心にしてしか 世間を見ることができない

個人的には 仕事がなければ いい人である
思いやりも 気遣いもあるが 社会的には自己中心と見られてもしかたがない

不良ミスは顧客の信頼を失う
彼にとっては 個人的失敗であろうが
会社は信用を徐々に失ってゆく

顧客から見れば あの会社は ダメだ 信用できないとなる
従業員の誰が不良を作ったなんてことは 関係ない 
あの会社がダメだ 従業員の教育がなってない
それで 終わりだ

注文が減少すれば売上が減り 他の従業員の雇用に影響する
零細企業の場合 最悪は倒産し 他の従業員は路頭に迷う
みんな 生活のために この会社に務めている

失敗は誰にでもある
失敗そのものを責める人はいない
失敗を減らす努力をせず 同じことを繰り返す事を責めているのだ
自己保身 或いは自己否定と言う努力放棄を責めているのだ

会社を離れた時間は個人の自由であるどうしようと勝手である
仕事場は全員一蓮托生 共同責任の場なのだ

公私混同
社会と個人を区分け出来ない社会的子供が増えてきた
肉体的 精神的 年齢的に大人なのに
社会的に未熟児な人が増えてきた
いい人なのに 惜しいなと思う

ハローワークから応募に何人も来てるらしい

ちゃんとした人に仕事を引き継ぎたい
もう 歳だ
全て教えたのに なんで理解してくれないのかな
考え方 立ち位置を ちょっと変えるだけでいい簡単な事なのに
なぜだろう?

彼の後始末で 疲れた




追記
無駄に粘り 非常識な馬鹿さが少しあり 失敗を悔しがる事
 
とにかくやってみて ミスったら 何故?を考える事

他者に依存しないが 他者と必要なコミュニケーショ欠かさない
 
我は我 人は人と割り切る事 

協力関係と依存関係は見かけが似る時もあるが全く相反する概念だ

不器用でいいから 生活の自己完結 
炊事洗濯掃除が習慣となっている 日常の自分の事は自分でする
金を稼ぎ 貧乏でもいいから 経済的自立している事

女はわからんが 
男は全て one man armyであらねば
別に優れてなくてもいい
チームにあれば良き部品であり 一人になればしぶといスナイパー

みっともなくても しぶとく生き残らなくちゃならない

社会は戦場であって 保護された家庭や学校ではない
仕事場は うっかりすると 死ぬか生きるかの戦場で有ることを
現実に メンタルをやられ 社会的廃人になり 心が壊れたり 実際に死んでゆく人も多い

この当たり前を理解してない人が多くなった様に思う

人は 100%死ぬのであるから 死に急ぐことはないし
早いか遅いかの違いだけ

自分は若い時は 時期が来たら かっこ良く散りたかったが

今は 死ぬまでしぶとく生きる事にした
存在が 世間様には迷惑に思う人がいるかも知れないが 
世間様に迷惑をかけてるわけじゃないし
みっともなくてもいい なるようになってゆく そう思うし それでいい





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日本の神代文字とハングル

2016-04-03 11:04:57 | 極東古史考
諺文についてだが

1.ハングル(朝: 한글)は、朝鮮語を表記するための表音文字である

2.両班以外の庶民は文盲で有ることを憂い 庶民でも読み書きできる文字として
 1446年に李氏朝鮮第4代国王の世宗が「訓民正音」(朝: 훈민정음、Hunmin Jeong-eum、略称:正音)の名で公布した

3.諺文という言葉を嫌って「ハングル」の語が使われるようになったのは1900年代頃からである

4.朝鮮人開化派と福澤諭吉門下の井上角五郎の協力により
 漢字と諺文を混じえた 朝鮮初の近代新聞(官報)である『漢城周報』(1886年創刊)が発行される

神代文字についてだが

1.古字について言及したのは『日本書紀』(720年)の「帝王本紀多有古字」であるが
 神代の文字の可能性としてはじめて言及したのは鎌倉時代の神道家の卜部兼方の『釈日本紀』(1301年以前成立)である

2.最も諺文に似ているのが阿比留文字である

3 阿比留氏発祥の地は上総国畔蒜郡(現在の千葉県袖ヶ浦市付近)である
 813年(弘仁4年)に対馬国に渡り 対馬国の在庁官人であり最大勢力であった

4.しかし1246年に、阿比留親元が当時国交がなかった高麗と交易していることを大宰府が咎めたが従わなかったとして
 反乱者として太宰府の在庁官人宗重尚により征討されてしまった
 これで対馬の支配権は 阿比留氏から宗氏へ移る

5.対馬卜部氏 卜部神道の系譜である対馬県造家の対馬県氏(対馬県直)の一族

6.対馬は 島民を賄うだけの米や農産物が取れず 昔から朝鮮半島南部との交易或いは海賊行為によって収穫を得ていた
 半島に現在でも沢山残る 所謂「倭館」の構成要員は対馬島民であった
 また朝鮮政府と日本政府との交渉は主に対馬宗氏が介在して行われた

ひらかな カタカナについてだが

1.奈良時代を中心に使われていた借字が平安京に都が遷されて以降、草体化が進み
 ついにもととなる漢字の草書体から独立したものが平仮名となり文章を記す書記体系として確立した

2.宇多天皇宸翰の『周易抄』(寛平9年〈897年〉)では、訓注に草仮名を傍訓に片仮名をそれぞれ使い分けており
 この頃から平仮名が独立した文字体系として次第に意識されつつあったことが窺える

と 言うことらしい

万葉仮名と朝鮮の吏読は異なる
吏読では 名詞 動詞は漢文のままで 文法的な部分にのみ漢字の音を借りて原地音表記する
万葉仮名は 漢字の音を借りて 和語とする 名詞動詞助詞全て大和言葉に表記する

このような漢音の仮借は漢字周辺国では普通の現象だ
東胡・満州・女直族の 高句麗 百済 渤海 金 遼 清でも使用例は多い
また 意味が同じ漢字を現地語音で訓読みするのも多い

日本での ひらかな・カタカナの成立は 資料的には897年 諺文は1446年
時代が隔たり過ぎている

神代文字が古代の日本の文字である考古学資料は皆無であるから 
金石文が発見されていない現在の時点で 神代文字は古代文字ではない

だが 神代文字らしき物が研究対象になったのは鎌倉年間
朝鮮の諺文成立より数百年前だ
似ているとすれば その内のひとつ 阿比留文字が諺文成立になんらかの影響を与えた可能性のほうが高い

昔 吾郷 清彦氏の本を随分読んだ

あちこちの神社にお参りするが 出雲系の神社の御札の中に 阿比留草文字をよく見かける

フトマニの占い記録として使用された記号だろうか? 
卜部神道となんらかの関わりがあると推定される

自分的には 
これら神代文字は 占いの記録記号か 貿易の記録の為の暗号的符牒ではないかと思う
基本的に 他者が万が一見ても まったくわからない
つまり 知ってる者にしか読めない文字として人工的に作られた符牒と思う

対馬と朝鮮半島との交易は 高麗時代から続いている
貿易には 会話と算術 交易記録手段としての文字或いは記号が必須だ

物々交換 現金決済以外の信用取引には記録簿が必ず必要になる

多分 朝鮮の世宗の「訓民正音」の制作には 阿比留文字がなんらかのヒントになったと推定される

また 漢文諺文併記の 李氏朝鮮領議政(宰相)申叔舟『海東諸国紀』(1471年)を読むと
対馬宗氏と倭館との繋がりがよくわかる

言語と言うものは不思議なもので
日本語と普通呼ぶものは 大和語を話す大和族が使う
縄文直系の アイヌはアイヌ語を話し 沖縄人は琉球語を話す

現在の日本人は
古来の縄文人に 華南からはるばる移動してきた弥生人とのハイブリッドだ

もちろん その縄文にも 南方系 北方系と2系統がある
縄文2系 弥生系 漢系と 主として 4種類の系統が混在する

日本で弥生人や漢族と称する移動民は 中国の山東半島や遼東半島 朝鮮半島の楽浪郡や三韓地方にコロニーを作った
定住したものは それぞれに原住民と混血と同時に文化や言語の混合が行われただろう

日本の場合 BC1000年頃以降 本州九州四国では縄文との混血によって大和族が作られ 今に至る

もう こんな時間か
俺にとって 歴史はやっぱりただの暇つぶしなのかな?
でも忘れっぽいから これは記録しておこう

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TLR1とTLR6、TLR10遺伝子

2016-03-22 23:11:46 | 極東古史考
ネアンデルタール由来の遺伝子だそうだ

ホモ・サピエンスの基本純系は 現在のアフリカ大陸のネグロイドの人達であるが
コーカソイドとモンゴロイドがどのように分化したのか常々疑問であった

デニソワ人との混血がモンゴロイド ネアンデルタール人との混血がコーカソイドだろうか?

様々な仮説によると 中近東付近で混血が起きた可能性が高いと言う

混血の頻度によるが
ホモサピエンスが繁殖力優勢であったため ネアンデルタール遺伝子はホモ・サピエンスに吸収され薄まったが
純系ネアンデルタールが滅び 混血が停止しても 
そのホモ・サピエンス小集団全員がネアンデルタールとの混血になってしまえば 
ネアンデルタール遺伝子はそれ以上薄まる事がなくなる
そして現在も その比率を保つ

ミトコンドリアDNAの塩基対は16569
それに対し 核ゲノムは約31億対だ
ヒトゲノムの解析は終了している

mtDNAは比較的シンプルなので分析し易い
と言っても 技術的な実用化は相当時間がかかった
核ゲノムとなると 気が遠くなりそうだ

後は 発掘DNAの抽出技術とコンピュータの解析アルゴリズムの効率化が課題だろう

Introgression of Neandertal- and Denisovan-like
Haplotypes Contributes to Adaptive Variation
in Human Toll-like Receptors


論文の中の地域の分布図を見て感じるのは
やはり日本は地の果て これ以上移動しようがない場所
辺境である故 僅かであってもネアンデルタール遺伝子が温存された事だ

古代は周辺辺境に残る 歴史ではよくある事だ

大陸では混血により様々な民族が生まれ 我々日本と異なる進化を遂げた

列島では オーストラリアやガラパゴス諸島のように 大陸とは別種の特殊進化を始めたようだ 
気がついてみれば Y-DNAの古代のタイプDなどが化石の様に残る
これに加えて ネアンデルタール遺伝子か

学者の方々の大変な努力によって
我々素人が ああでもない こうでもないと想像を巡らす事ができる

現在 人工知能が進化しつつある

赤ん坊を育てるようにコンピュータを育てる
やがて ホモ・サピエンスの様に 自分で学習し 記憶し 考えるようになり 個性を獲得するだろう
間違いなく 彼らは いつの日か ホモサピエンスの知能を超える時が来る
出産と同じように 自分たちのコピーを作って増殖し 一台一台が個性を持ち十分な思考能力があれば
それはもはや 有機生物と概念的に変わらない無機生物と言えるだろう

人と違い エネルギーは電力だけでまかなえる
その時 ホモサピエンスはどうなるのだろう?

ホモサピエンスは絶滅危惧種として 機械の保護観察の対象となるのだろうか?

考えてみれば ホモサピエンスは未だ野獣と変わらない

ボスの座をめぐって争い 群れと群れが縄張りをめぐって争い 
個体と個体が互いの優劣を競い
食い物を取り合い 雌を取り合う
 
ま 基本的にはゴリラやチンパンジーとさして変わらない部分がある

ホモサピエンスの歴史が 彼ら無機生物の古代史にならないように
ホモ・サピエンスは自滅しないでもらいたいな

もう こんな時間か
最近は 一年が三ヶ月くらいしか無いように感じる
昔の一年は長かったなぁ 






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安田純平氏とはどんな人だろう? と思って

2016-03-19 05:47:08 | 日記
文章や 発言を見れば その人はある程度わかる

権利には義務が伴う
自分の平等の権利を主張するのであれば 他者への平等の義務を果たさなければならない
自己の自由を主張するのであれば 他者の自由を尊重しなければならない

野生の獣には 完全な自由がある
死ぬも 生きるも その個体の自由

自分は人間であるので 獣の世界の完全な自由を素晴らしいとは思わない
自己の自由と 他者の自由は必ずしも一致するとは限らない
だから 現実生活では 自分の自由を制限し 他者の自由の制限を要求する
互いの 自由と自由のバランスを取り 現実生活での不調和をできるだけ回避する

彼のツウィート読む

安田純平氏のTwitter

彼自身と彼の賛同者だけの世界に住む人だな
随分 敵味方の区別が明確な人だ 気の毒に

現実生活では 味方が50% 敵が50%であれば普通
味方が100%であれば 偽善者か善人 或いは我慢しすぎ
敵が100%であれば 偽悪者か悪人 或いは我儘で自己中心すぎ

生きるも死ぬも彼の自由
彼は自分の自由の行使によって 自由を理解するだろう
自己の行動発言によって起きる現実結果の責任は彼に所属する
 
他者を拒否するのは 他者の責任の拒否と同値だから
彼に賛同する人たちが 具体的責任を負えばいいことだ
残りの他者は無関係である

自分は彼を非難しないし賛同もしない 
価値観が異なるので 自分は ただ観察するのみだ




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大戦前夜の イタリア ドイツを考える

2016-03-06 09:55:14 | 現代史観察日記
歴史は繰り返さないが 或る種の韻を踏むのはあるな

歴史を決めるのは 庶民である
権力者ではない
権力者は 庶民の世論を上手に利用するだけだ

庶民は賢くもあり 暗愚でもある

なるようになってゆくのが歴史である事は否めない

独裁体制は 社会主義 共産主義の本質である

王様の独裁であろうが 大衆の独裁であろうが
本質が絶対主義 独裁主義であるから
スターリンも ポルポトも 毛沢東も カストロも キム・イルソンも
ムッソリーニも ヒトラーも
社会主義 共産主義を標榜したのだ
ムッソリーニとポルポトは教員でもあった

大衆迎合の台頭
所謂ポピュリズム
 
民族主義や人種差別 
国家の経済困難による貧富の拡大 
大量の失業者による社会不平等の不満

メディアの左傾化と共に極右の許容
左右の過激派によるデモやテロの多発

特定労働者や特定集団の権益の保護の為の労働者デモやストライキが頻発
社員や公務員などの職の世襲化や 袖の下のよる世襲権利の売買が蔓延する
それによる 派遣労働者や短期労働者への差別が顕在化する
 
為政者に対して批判が 政策の非難ではなく 
個人攻撃によるイメージダウンの論が多数を占めるようになる
それによって プラカード一枚に収まる短い単語の連呼がはやり
デモ隊と称する集団は 昔の念仏宗教集団と区別がつかなくなる

そして 大衆は 
芸能のスターへの熱狂集団とか
カルト教祖への絶対信仰集団のように
思考停止状態になり ブレーキが外される

そして それを利用する個人が出現する

人々はもうすでにカリスマ登場を待っているのだから
利用する個人は 彼らの期待する人物を演ずるだけでいい 
熟した果物を食うように 実に簡単なことだ

庶民は 不平等と不公平 を 本能的に嫌う

善悪とか正義は関係なく
自分個人が平等に公平に扱われれば
社会的不平等 不公平は 自己願望の為の便利な道具にしか過ぎない
自己中心的正義感しか持たない

国民全体が貧乏であれば 国民はあまり不満を持たない

誰かがいい思いをし 自分は損している
自分は常に被害者で 悪いのは加害者だ
あの国は豊かなのに 自分の国は貧しい
あの国は横暴なのに 自国は言うこと聞いてばかりの腑抜け

つまり 誰かのせいで あるいは 何かのせいで 自分は不幸なのだと思いやすい

勧善懲悪の神仏
絶対正義の独裁者
完全無謬の論理思想

庶民は自分が理解しやすい このような絶対基準が欲しいのだ

庶民は 強くて自分たちにだけ優しい強者を求める
自己本位で他者への労りは希薄であることが多い

庶民はまだ 絶対王政 貴族奴隷制の概念から脱皮していない

奴隷は嫌だけど 貴族ならいい
庶民は 独裁制度そのものを否定してるのではなく
自分が王様 自分が貴族であれば満足なのだ

正義も真実も論理も 
全て相対的な概念にしか過ぎないことを知っててそれを利用しようとする
5000年前の庶民と現代の庶民は その意味でたいした違いはない

ムッソリーニ
こういう時もあったらしい

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「女学生たちは、映画スターのように彼にあこがれてしまい、彼の言葉はすべての人が読めるように、村の壁に大きく書かれた。
 ・・・1932年、軍事演習のとき、とおくの緑の丘や、樹木や、教会の尖塔などに取り囲まれた、黄色い株のある広い田野を彼は歩いていた。
 農夫たちは、上気し、息せき切って四方から集まってきた。
 ムソリーニを見、彼の身体に触り、声をかけるためにである。
 ・・・彼の秘の一人が革の財布をもって後ろに従っていた。
 カードを配る賭博師のような手つきで札束を配っていた。
 見る見るうちに彼の後ろには、狂喜した数千人の人たちの行列ができた。
 しかし、彼のいつものような無表情なかたい顔には、何の動きも見せなかった。
 ・・・・町の広場に集まって、彼の演説を聞いている群衆を見た人は、その光景を決して忘れることはないだろう。
 モザイク細工の部品のように、ぎっしりと頭が並び、すべての目は一つの焦点、
 すなわち、彼が演説しているバルコ ニー、スタンドに向けられているのだ。
 それは、何か不気味なぞっとするような光景であった。」

1901年 - エミリア地方のフォルリンポーポリへ移住。同地の師範学校で学び、教員免状を取得。またイタリア社会党の党員となった。

1902年 - グアルティエーリの小学校教師として奉職するが、同年の間に教師を辞めて隣国スイスを旅する。亡命中のウラジーミル・レーニン知り合い、知遇を得た。

1903年 - スイスのイタリア語圏で大規模なゼネストを指導。スイス政府から監視対象とされた。

1904年 - ローザンヌ市滞在中に書類偽造の容疑で拘束、国外追放処分を受けた。

1905年 - 二年間の兵役義務(~1906年)

1906年 - 兵役を終える。トルメッツォに移住、同地で教師に復職した。

1908年 - イタリア社会党トレント党支部に配属、オーストリアのイタリア語圏で政治運動をした。党支部の機関紙『労働者の未来』の編集に参加。

1911年 - 伊土戦争での反戦運動により政府に拘束され、半年間の懲役刑を受ける。若手政治家の筆頭として注目を集めた。

1912年 - 政治運動に復帰。党内抗争で改良主義者の粛清に辣腕を揮ったことが評価され、日刊紙『アヴァンティ(前進)』の編集長に抜擢された。

1914年 - 国際主義路線を放棄。民族主義と社会主義を結合をした独自の政治理論を着想した(ファシズム)。第一次世界大戦への参戦を支持し、英国の資金援助を受けて日刊紙『ポポロ・ディタリア』を創刊。反党行為としてイタリア社会党から除名された。

1915年 - イタリア参戦に伴い、陸軍に志願入隊。

1917年 - 手榴弾による負傷で後遺症を負い、名誉退役を勧告される。最終階級は軍曹。

1919年 - 自らの政治理論を実行に移すべく、退役兵からなる政治団体『戦闘者ファッショ』を結成。反政府集会の妨害などを行った。

1921年 - 議会選挙に出馬、35議席を獲得して政界入りを果たす。『戦闘者ファッショ』を正式に政党として再編して『ファシスト党』を結成した。

1922年ファシスト党によるクーデターを決行(ローマ進軍)。国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の支持を得て自由党政権を転覆させ、臨時政権を樹立した。

1923年 - 選挙法改正案が可決、得票率25%以下の小規模政党を強制的に解散させる。改正後の選挙では解散政党の支持票を吸い上げ、議席過半数を確保。

1927年 - 国家保護特別裁判所を設置。政府に治安権限を集中させた。

1928年 - 王国議会を解散させ、ファシスト党の諮問機関「ファシズム大評議会」に立法権限を移動、独裁体制を確立した。

1929年 - ラテラノ条約可決。バチカン市国建国と引き換えに教会から独裁支持を取り付けた。

1934年 - ワルワル事件勃発。

1935年 - 第二次エチオピア戦争勃発。

1936年 - エチオピア帝国併合。エリトリアと合わせてイタリア領東アフリカを形成した。同年にはフランコ政権を支持してスペイン内戦にも介入した。

1937年 - 日独伊防共協定締結。

1939年 - アルバニア戦争勃発。アルバニア王国併合。ドイツのナチス政権と独伊軍事同盟を締結、同年に第二次世界大戦勃発。

1940年 - フランス降伏に伴いマントン市を併合、更にイタリア南仏進駐領域を形成。ドイツの要請でエジプト侵攻を開始し、エジプト西部に進出。平行してギリシャ遠征、ソマリランド遠征なども計画される。

1940年 - 日独伊三国軍事同盟締結。

1941年 - 物資と工業力に勝るイギリス軍に敗北、エジプト侵攻が頓挫する。他の戦域でも不調が続き、次第にドイツに従属する立場となる。

1943年 - 連合国軍がシチリア島を占領するとクーデターが発生、国王と側近たちに軟禁される。ヒトラーにより救出され、イタリア北部にイタリア社会共和国を建国した。

1945年 - 家族を亡命させていたスペインへ出国を試みる途中にガリバルディ自由旅団(イタリア語版)に拘束、銃殺された。

アドルフ ヒトラー
彼も似たようなものだ

ナチス 或いは ナチと我々呼んでいるものの正式名称は
国家社会主義ドイツ労働者党 (NSDAP、ナチ党)である


1889年(0歳):オーストリア・ハンガリー帝国のブラウナウ地方でバイエルン人の税関吏アロイス・ヒトラーの4男として生まれる。

1895年(6歳):父アロイスの農業事業のためにバイエルン王国パッサウ地方に移住。

1897年(8歳):父の事業が失敗し、一家はオーストリアへ戻る。アロイスとヒトラーとの諍いが始まる。

1900年(11歳):小学校を卒業。大学予備課程(ギムナジウム)には進めず、リンツの実技学校(リアルシューレ)に入学する。

1901年(12歳):二年生への進級試験に失敗、留年。

1903年(14歳):アロイス病没。リンツ実技学校中退。

1904年(15歳):シュタイアー実技学校入学。

1905年(16歳):シュタイアー実技学校中退。以後、正規教育は受けず。

1906年(17歳):遺族年金の一部を母から援助されてウィーン美術アカデミーを受験するも不合格。以降、下宿生活を続ける。

1908年(19歳):アカデミー受験を断念。下宿生活を終えて住居を転々とする。

1909年(20歳):住所不定の浮浪者として警察に補導される。独身者向けの公営住宅に入居。

1911年(22歳):遺族年金を妹に譲るように一族から非難され、仕送りが止まる。水彩の絵葉書売りなどで生計を立てる。

1913年(24歳):オーストリア軍への兵役回避の為に国外逃亡。翌年に強制送還されるが「不適合」として徴兵されず。

1914年(25歳):第一次世界大戦にドイツ帝国が参戦するとバイエルン軍に義勇兵として志願。

1918年(29歳):マスタードガスによる一時失明とヒステリーにより野戦病院に収監、入院中に第一次世界大戦が終結する。最終階級は伍長勤務上等兵。

1919年(30歳):バイエルン・レーテ軍に参加。革命政権崩壊後、ヴァイマル共和国軍に軍属諜報員として雇用され、ドイツ労働者党への潜入調査を担当する。

1920年(31歳):ドイツ労働者党の活動に傾倒し、軍を除隊。党は国家社会主義ドイツ労働者党に改名される。

1921年(32歳):党内抗争で初代党首アントン・ドレクスラーを失脚させ、第一議長に就任する。Führer(フューラー)の呼称がこの頃から始まる。

1923年(34歳):ベニト・ムッソリーニのローマ進軍に触発されてミュンヘン一揆を起こすが失敗。警察に逮捕される。

1924年(35歳):禁錮5年の判決を受けてランツベルク要塞刑務所に収監。12月20日、仮釈放される。

1926年(37歳):『我が闘争』出版。党内左派の勢力を弾圧し、指導者原理による党内運営を確立(バンベルク会議)。

1928年(39歳):ナチ党としての最初の国政選挙。12の国会議席を獲得。

1930年(41歳):ナチ党が第二党に躍進。

1932年(43歳):ドイツ国籍を取得。大統領選に出馬、決選投票でヒンデンブルクに敗北して落選。しかし国会選挙では第一党に躍進してさらに影響力を高める。

1933年(44歳):ヒンデンブルク大統領から首相指名を受ける。全権委任法制定、一党独裁体制を確立。

1934年(45歳):突撃隊幹部を粛清して独裁体制を強化(長いナイフの夜)。ヒンデンブルク病没。大統領の職能を継承し、国家元首となる(総統)。

1936年(47歳):非武装地帯であったラインラントに軍を進駐させる(ラインラント進駐)。ベルリンオリンピック開催。

1938年(49歳):オーストリアを武力恫喝し、併合する(アンシュルス)。ウィーンに凱旋。ミュンヘン会談でズデーテン地方を獲得。

1939年(50歳):チェコスロバキアへ武力恫喝、チェコを保護領に、スロバキアを保護国化(チェコスロバキア併合)。同年に独ソ不可侵協定を締結、ポーランド侵攻を開始、第二次世界大戦が勃発する。以降大半を各地の総統大本営で過ごす。

1940年(51歳):ドイツ軍がノルウェー、デンマーク、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランスに侵攻。フランス降伏後、パリを訪れる。

1941年(52歳):ソビエト連邦に侵攻を開始(独ソ戦)。年末には日本に追随してアメリカに宣戦布告。

1943年(54歳):スターリングラードの戦いで大敗。また連合軍が北アフリカ、南欧に攻撃を開始、イタリアが降伏する。

1944年(55歳):ソ連軍の一大反攻(バグラチオン作戦)により東部戦線が崩壊、連合軍が北フランスに大規模部隊を上陸させる(ノルマンディー上陸作戦)。7月20日、自身に対する暗殺未遂事件によって負傷。

1945年(56歳):エヴァ・ブラウンと結婚。ベルリン内の総統地下壕内で自殺。

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いや~ 凄い発想の人もいるんだな

2016-02-20 17:59:17 | 日記
ネットで こんなスレ見て和む

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6: sage 投稿日:2014/07/22(火) 20:02:59.21 ID:7kkMQG8fB
学生のころマックでアルバイトしてたときの事。
わたしはドライブスルー担当で、その日は日曜。
次から次へとやってくる客の対応に追われ、目の回る忙しさだった。

あまりの忙しさにあせってしまって、
「いらっしゃいませコンニチハ。マイクに向かってご注文をどうぞ!」
って言うとこを、
「いらっしゃいませコンニチハ。マイクに向かってコンニチハ!!」

全身から汗がふきでたよ。
モニターの向こうのドライバーも、
「こ、こんにちは…」 とか言ってるし…


83: 名無しさん 投稿日:2014/08/05(火) 14:41:12.25
昨日の朝、覚えたての字で紙切れにメモ書きを娘から渡された。
会社からの帰り際に思い出し、紙に書かれた「イカリング」。
娘の喜ぶ顔を思い浮かべながら200gのイカリングを買って帰ったさ。
娘は泣きながらイヤリング!イヤリング!と連呼…
泣き疲れて寝てしまった娘を背にイカリングで一杯やった。

116: 名無しさん 投稿日:2014/08/11(月) 07:03:34.55
台風15号でうまれた名アナウンス

浅草線「この電車は行き先が決まっておりません」
京王線「4番線に雨風しのげる車両をご用意しております」
総武線「止まってる理由は5つあります」
京急線「帰れないのは私も同じです」
井の頭線「誠に残念なお知らせです」
中央線「行けるところまで行きます」

146: 名無しさん 投稿日:2014/08/26(火) 10:46:04.84

【名作のタイトルに一文字足すとよく分からなくなる】

キャプテン右翼。
天空の茨城ラピュタ。
鳥人間失格。
吾輩は猫耳である。
マッチョ売りの少女。
面白い巨塔。
海辺のフカフカ。
一休許さん。
老人と海苔。
ローマの定休日。
ああ無表情。
はしょれメロス。
紅の豚汁。
男はつらいわよ。
リア充王。

287: 名無しさん 投稿日:2014/10/13(月) 10:13:52.11
駅の自販機でジュースを買ったら何故かオロナミンCが出てきて、
もう一度やってもオロナミンCが出てきたので
駅員さんに説明しようと思って駅員室にオロナミンC二本持って行って
「あのこれ」って声をかけたら
駅員さんたちすごい笑顔になってたから
「いつもお疲れ様です」って言って渡してきてしまった

514: 名無しさん 投稿日:2015/11/19(木) 08:06:40.48
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体を持ち
欲は無く
決して怒らず
いつも静かに笑っている


そういう人に
仕事丸投げして帰りたい

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今日は休日なのに 半日出勤

昨日 自分の部門に材料を供給してる第一工場の機械が故障
続いて 自分の所の機械の部品が破損
続いて 事務所のPCが挙動不審になり エラーなんとかのダイアログが出て 
勝手にセーフティーモードに移り 勝手に普通のログイン画面に戻った
で 部品の発注が出来た 時間は17:05分だった

だいたい 故障は終業間際に起こる事が多い
社長は 神社にお祓いを受けに行ってくる と 言う


材料が影響を受けてないか製造チェックの為 今日出勤
自分は毎週土曜日休み 他の社員は通常出勤

データ どうでした?

OK かろうじて規格内に入った

じゃ 第一工場稼働可能ですね 昼で上がります

お疲れでした

帰り スーパーに寄り 買い物

こんな日もある





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重力波が観測されたらしい

2016-02-13 21:49:25 | 日記
すごいな
観測誤差がどの程度かわからないが
データ補正の計算は十分に行われたものと思う

我々の真空空間では
時間は 粒子 反粒子の存在割合が 粒子側に決まってしまったのでプラス方向にしかない

タイムマシーンによる過去はもはや存在せず 人の想像にあるだけ と 思う
未来は存在する だから我々は存在し続ける


陽電子は 未来から現在に向かう電子である

未来から来る電子を我々が観測すると陽電子に見えるだけ

量子論的場では 時間は方向性を失う事が多い
時間を変数として導入しなくても 式が成り立つ事がある

現在の瞬間から未来は存在するが 実態としての過去はもはや存在していない

時間軸の影響する範囲は ħ半径程度の場しかない それも正方向だけだ
その微細で 無限の積み重ねを時間と言う

真空場は有限である 真空場以外の空間のように無限ではないが 
時間場がこれからも変化しないとは言えないが

変化したとしても我々は感知できないし
たとえ 時間が逆行したとしても 現実は何の変化もないようにしか見えない
過去から未来へと進んでるようにしか感じないだろう

時間軸は空間軸全てに直行しているので
微小な無限数とも言える全ての空間位置から放射状に膨らんでゆく
見た目の空間は膨らんでいるように見えないが 時間方向に膨張している
空間の膨張と 時間の膨張は異なる変数ではあるが
密接な関連がある

途方もない昔 粒子と反粒子がエネルギーとなって対消滅し 
僅かに残った粒子が 物質が 未来と言う時間の方向性を作った

スピン0の粒子は
時間の影響を受けない 時間軸に直交したエネルギー状態だから
だから反光子は存在し得ない
0位外のスピンの数値を持てる粒子が物質粒子となる

時間は飛び飛びの値しかとれない
時間と時間の隙間には 時間は存在しない

真空は或る種の成長する結晶格子に見える
我々物質は 普遍的温度からすれば 極低温域に存在する
絶対温度0度に極めて近い つまり真空の氷点近くに存在している
つまり 氷の塊の状態にある

結晶格子の横波が光子であり 縦波が重力子
だから 重力波が光波を超えた速度で伝播する可能性を否定できない
真空以外の空間すら伝播する可能性がある

例えれば
光波が時空の結晶格子内しか伝わらない音波とすれば 重力波は電磁波みたいなもんで
重力波は我々時空の外へ伝わる波動かもしれない

重力制御は ほぼ不可能と思えるが
ホール効果を利用した 電場分布制御は可能性がある
基本的に 質量を構成している電場はプラスである
導体内に 電場分布のグラデーションを作れば
トロイダルコイルの外部に磁場は観測出来なくても 外部誘導電場は発生する


眠くなった
夢想は終わり
休日はゆっくり休めていいな



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