サキさんの介護日記      (若年性認知症の妻との記憶)

若年性認知症の妻。今までの介護の記憶と、現在の様子を気分のままに書いていきます。

忘れても・・・

2016年12月13日 22時21分43秒 | 介護日記
忘れても寄り添うこころが支えてる

今年度の「認知症の人と家族の会」の標語です。以前にも

忘れてもこころは生きてる認知症

というのがあった。私は、こちらの標語が大好きだ。

どちらの標語にも「忘れても」という言葉が含まれている。
忘れても・・・

認知症の人は、決してすべてを忘れてしまうわけではない。
初期の人はもちろん、重度になっても、全く記憶できないわけではないと思う。

感情はもちろん覚えているし、ひょっとするとサキさんは全てを理解しているんじゃないかなと感じることもある。

きっとすべての記憶が無くなるわけではないと思います。

私の顔がわからなくなっても、私の名前がわからなくなっても、きっとサキさんのこころの中には
若いころの私の顔や、イメージは残っているんじゃないのかなと思います。

だから、余計に目の前の、おじさんを自分の旦那と思えないのかな。
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2 コメント

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Unknown (みっちゃん)
2016-12-14 22:35:36
夫さんの思われているように
私も同じような事を思っていました。
今までの道程は 心に残っているんではないかと…表現が難しくなっただけで
まわりは 気がつかないだけで…

パパのお母さんが
晩年認知症になり
家族で 会いに行った時の事ですが
娘を見て
「みっちゃん…」と
娘を若かりし時の私と間違って 呼んでくれました。
遠方に住んでいる 息子の嫁の事を
覚えてて 呼んでもらった事を
嬉しかった思い出があります!
記憶は 全て消えてはないんだと思います。

そして 夫さんも私も
サキさんとの道程
パパとの道程
ちゃんと 覚えてますもの
大事にして行きましょうね!
表現できないだけ (サキさんの夫)
2016-12-14 23:00:44
みっちゃんさん、ありがとうございます。
記憶はちゃんと残っていた、ただそれをうまく表現できないだけ。頭の中の記憶の引き出しにはいっぱいの記憶が残っているのだけど、その引き出しを開けられなくなっているだけなのかな。

ある人の本に、手術をする際、全身麻酔を行い、気が付くとお腹を縫っているところだったそうです。あまりの地獄のような痛みに声をあげようとするも声はでず、のたうち回りたいほどの痛みだけど体は動いてくれなかったそうです。本人の苦しみを、周りの人は全く気付かない。麻酔が効いておとなしくしていると歯科思っていない。

なんか、それと全く同じような気がします。うまく表現できないけど、その奥には豊かな感情、記憶が残っていると思います。みっちゃんさんはご主人ともっともっとたくさんの良い思い出をこれからも作ってくださいね。

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