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INDIGO塾的、わたしの歴史授業②

2017-06-17 08:26:50 | お話の国
前回に引き続き、今日もINDIGO塾的歴史授業です
 
 
敗戦国日本が植民地なっていないのは何故だろう??
 
 
ハワイ、オワフ島1日観光ツアーの中で、ガイドのおばちゃんが話してくれた昭和天皇とマッカーサー元帥のエピソードを皮切りに、沢山の疑問が湧いたわたしです
 
 
前回から、そんな沢山の疑問の答えをわたし的見解にて書いてきました
 
 
学生時代、完全に勉強を放棄していたわたしは、日本の歴史をあまりに知らなさすぎだということを、今更ながらに痛感しているこの頃です
 
 
(わたしに限らず、日本人の若者ほど、自分たちの国の歴史や文化に疎い(うとい)国民はいないんじゃないかと思うのですが…
 
皆さんはどうですか?
 
よく、テレビで、日本マニアの外国人の特集が組まれていたりなんかするけれど、わたしは彼らほど日本の文化を知っている自信がありません…
 
日本という国は世界見渡しても、とてもとても古い歴史と文化がある素晴らしい国であるにも関わらず
 
 
さて、話を戻します
 
 
わたしが学校で学んで得ていた知識といえば、”敗戦国は植民地なる”ということ
 
 
アジア圏を見たって、他の国を見たって、小国というのはイギリス、スペイン、フランスなどの大国、強豪国の植民地支配の時代が長く続いていることから、日本もその可能性があったのでは?
 
 
と思ったのですが
 
 
どうやら、日本が太平洋戦争戦争に負けた1945年という時代からみると、植民地化のシステムはそうそう利益のあるものではすでになかったようです
 
 
植民地にしたところで赤字ってわけ
 
 
それなら、今後日本をどう活かすか??ということの方が重要であったようです
 
 
それには、日本という国を早いとこ復興させ、ソ連や北朝鮮の番犬として日本を使える国として育てる必要があった
 
 
だからアメリカはせっせと敗戦国日本に多くの技術を輸出し、日本を高度経済成長へ導き、先進国の仲間入りをさせたということなのでしょう
 
 
なんだか、そういった時代背景を想い、今の平和で豊かな日本があるのか思うと、なんとも複雑な気持ちにもなります
 
 
日本という国の資源にも関係しているのだとは思いますが、(石油がとれるとかね)植民地がすでに利益とならない時代だったから、植民地支配は免れた
 
 
ということが一番の理由のように思います
 
 
が、しかし、、実はそれ意外にも、”日本人魂をアメリカが恐れていた”ということも無きにしも非ずのようです
 
 
というのも、敗戦国の王ともいえる天皇は、処刑されていませんが、それも不思議だとは思いませんか?
 
 
アメリカは戦後すぐGHQを上陸させ、戦犯たちを裁判にかけるため徹底的に調査しています
 
 
その戦犯の裁判の対象には、もちろん天皇も含まれていました
 
 
(その当時を描いた映画 終戦エンペラー日本のいちばん長い日なんかが有名です内容の全てが真実はどうか定かではありませんが、一度は見ておいて損はない作品です
 
 
日本の極秘書物は全て焼却されてしまっているので、決定的なものは何もなかったと思います
 
 
戦犯の裁判ににかけられる予定の多くの者が自決するなどして証拠が掴めぬ中、天皇の対応をどうするか?ということがGHQが下さなくてはならない大きな決断のひとつでもありました
 
 
アメリカが恐れたのは、
 
 
天皇を処刑したことで、日本人がどんな行動に出るか?
 
 ●全日本国民が、どんな暴動にでるか分かったものでない…
 
 
ということ
 
 
なぜそこまでアメリカが日本人の行動を恐れたかと言うと、終戦間際になってもなお見せた、日本人たちの抵抗は凄まじいものがあったからだそう…
 
 
それを思わせる戦いのひとつに、太平洋戦争末期における硫黄島での戦いがあります
 
 
日本が敗戦し、終戦となった1945年という同年であるにも関わらず、アメリカ側にとって硫黄島での戦いは、第二次世界大戦中で最も人的に被害を受けた戦闘であったといいます
 
 
日本人が何をするか分かったものではなく、もしも天皇を処刑してしまった時にひどい暴動でも起きたら、復興、番犬どころではなくなってしまいます
 
 
それに加えて、前回のエピソードにもなりますが、昭和天皇の人柄と対応があり、そうした結果の末に今の日本に繋がっているとも言えのはないでしょうか
 
 
 
勝利国でありながら、敗戦国日本に対し最後まで気を抜けないという心境にさせた日本兵たち…。。最後の最後まで、日本の勝利を疑わずして戦って戦死した人や、それぞれの闘いをしていた人が大勢いたと思うと、、何とも胸が痛みます
 
 
(全国民に終戦を伝えるため、天皇自らの声で録音されたレコード盤をどうにかして燃やそうと、一部の陸軍将校たちによって起きたクーデター(宮城事件)という事実は有名な事件だったようですが、教科書で習った記憶はありません
実のところは、陸軍将校たちが起こした宮城事件だけでなく、ポツダム宣言受諾に抗議すべく、海・空共に大規模な反乱があちこちで起きていたようです…。
日本の教えに従順に…、真っすぐに生きてきて彼らには、最後の最後まで戦い抜くことが全てだったのだろうと思う…
 
 
本土決戦はなかったものの、硫黄島での戦い、また、沖縄では民間人を巻き込んだ戦い(そもそも民間人も兵士も軍人も、みな同じ人であって、みな民間人では?。軍人であろうが誰もがみな戦争被害者であり、誰一人望んで戦いなんてしていないはずだけど)が日本では地上戦が唯一行われた場所です
 
 
わたしは硫黄島にも沖縄にもいったことがありません
 
 
硫黄島では日米双方の合同慰霊祭が行われることがあるそうです
 
 
かつての敵国同志が場を同じくして亡き家族を想い、願うことはただただひとつ…
 
 
”平和””二度と同じ過ちが起きぬこと” なのではないかと思います
 
 
わたしもいつか硫黄島、沖縄に足を運んでみたいと、今回記事を書いていて改めて思いました
 
 
わたしたちは、今という平和の時代に生まれて、本当に本当に幸せです
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