礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

裁判関係者に横山大観の富士の絵を贈る

2017-05-19 01:16:35 | コラムと名言

◎裁判関係者に横山大観の富士の絵を贈る

 昨日の続きである。新井喜美夫氏の『転進 瀬島龍三の「遺言」』(講談社、二〇〇八)という本について述べている。
 一九六六年に起きた「東京ヒルトン事件」に際して、東急電鉄社長の五島昇は、なぜ、松田令輔に相談を持ちかけたのであろうか。そもそも、なぜ、東京裁判において星野直樹の弁護人であった松田令輔が、東急ホテルチェーン会長におさまっていたのであろうか。
 これを理解するためには、東京裁判と東急グループとの深い関係について、理解しておかなければならない。
 新井喜美夫氏は、前掲書の二〇~二三ページで、次のように書いている。

 当初から、まともに闘っては勝ち目がないとわかっていた弁護団のウィリアム・ローガン〔木戸幸一の弁護人〕をはじめとするアメリカ人の弁護人は、戦犯候補者ならびに日本政府に、こうアドバイスした。
「裁判関係者らに賄賂を贈り、手心を加えてもらうしかない」
 だが、敗戦国の日本には、経済的に余裕のある者はいない。国庫に残る金は、わずか一〇〇〇億円。着のみ着のままで終戦を迎えた軍部の首脳たちも横を向く。頼れる先があるとすれば、三菱や三井といった大財閥だった。
 ところが、どこも拒絶した。尾を引いていたのは、戦時補償問題である。【中略】
 誰も手を差し伸べる者がいないなか、応じたのが、小財閥であった東急グループの総帥、五島慶太だった。五島は東条内閣で運輸通信大臣を務めており、A級戦犯として逮捕された人々とも親しく、助けたいと考えた。とはいえ、東急も潤沢な資金を持っているわけではない。
 ローガン弁護人らの助言で、五島が裁判関係者らへの贈り物として差し出したのが、五島美術館所蔵の絵画だった。当時、五島美術館には、横山大観の富士の絵が山ほど眠っていた。【中略】
「本当に高価なものは出せないが、横山の富土の絵なら、外国人にも喜ばれるだろう」
 これが五島慶太の考えだった。
 五島の思惑通り、裁判関係者らは、このプレゼントに喜び、結果、多くの横山の富士の絵が海を渡ったのと引き換えに、A級戦犯候補が少なからずリストから外されたり、罪を軽減されたりした。
 このとき、五島の尽力で助かった一人が星野直樹で、他には近衛内閣、東条内閣で大蔵大臣を務めた賀屋興宣【かやおきのり】などがいる。
 星野も賀屋も東京裁判では終身刑を宣告されたが、のちに釈放された。獄中で、弁護人を通じて五島慶太の心遣いを知った彼らは、
「さすがに五島さんはいい人だ。政府は何もしてくれなかったが、五島さんはポンと美術品を出してくれた。五島さんには足を向けて寝られない。もしも、生きて出られたら、五島さんには最大限の助力をしよう」
 と誓い合った。この言葉通り、釈放された星野らは、東急グループへの支援を惜しまなかった。

 五島慶太(一八八二~一九五九)は、言うまでもなく、東急グループの創立者にして総帥でもあった。その五島慶太が、東京裁判がらみで、星野直樹と親しくなり、その結果、星野は、東京ヒルトンホテル副社長、東急電鉄副社長などを務めた。東京裁判において星野直樹の補助弁護人であった松田令輔が、東急ホテルチェーン会長になったのも、当然、五島慶太の「引き」であろう。
 五島慶太の長男が、昇である。五島昇は、慶太の後を継いで、東急グループの総帥となった。当然、星野直樹や松田令輔とは親しかったはずだし、彼らを頼りにもしていたことだろう。特に、松田令輔は、東京裁判の弁護を通じて、英米法の下での裁判を、数年間にわたって、実地に体験している。東京ヒルトン事件という国際的案件に関しては、五島昇の身近に居り、かつ相談するに足る人物だったということになる。【この話、さらに続く】

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