礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

満洲帝国帝位ハ康徳皇帝ノ男系子孫タル男子永世之ヲ継承ス

2017-05-16 07:27:21 | コラムと名言

◎満洲帝国帝位ハ康徳皇帝ノ男系子孫タル男子永世之ヲ継承ス

 今月一二日のブログで、山県初男と繆斌〈ミョウ・ヒン〉の会話内容を紹介した際、山県が、「満州国に憲法なく皇帝に関する法規はない」と述べたのは、とんでもないウソだと指摘した。当時の満州国(満州帝国)には、憲法こそなかったが、憲法に準ずる「組織法」(康徳元年=一九三四)という法律があった。また、帝位の継承について定めた「帝位継承法」(康徳四年=一九三七)という法律も存在した。
 たまたま、書架に、『日文 満洲新六法』(満洲行政学会、一九三七)という本があった。本日は、ここから、「帝位継承法」を紹介してみよう。

  帝位継承法  (康徳四年三月一日)

我ガ満洲帝国ハ日本帝国ノ仗義援助ニ頼リ斯ノ洪業ヲ開キ斯ノ邦基ヲ奠ム是ヲ以テ朕登極以来仰テ
眷命ノ本ゾク所ヲ体シ俯シテ国脈ノ繋ル所ヲ念ヒ有ユル守国ノ遠図邦国ノ長策悉ク日本帝国ト協力同心以テ益両国不可分離ノ関係ヲ敦ウシ一徳一心ノ真義ヲ発揚シ夙夜勤求敢テ或ハ懈ルナシ今茲ニ帝位継承法ヲ制定シ継体付託ノ重キニオイテ厥ノ法典ヲ定メ諸ヲ久遠ニ示ス大宝儼然建中易ラザル実ニ
日本天皇陛下ノ保佑ニ是レ頼ル夫レ皇建極アリ惟レ皇極トナリ天道ヲ裁成シ地宜ヲ輔相シ民ノ父母トナリ人以テ其ノ政ヲ行ヒ義以テ其ノ法ヲ制スレバ則チ重煕累洽覆燾ノ下永ク君民一体ノ美ヲ懋ニシ当ニ天地ト其ノ徳ヲ合シ日月ト其ノ明ヲ合スベキナリ凡ソ朕ガ継統ノ子孫及臣民タル者深ク肇興ノ基其ノ繇テ奠マル所ト
受命ノ運其ノ繇テ啓ク所トニ鑑ミ咸ナ朕ガ萬方ヲ撫綏シテ宵肝倦マザルノ心ヲ以テ心トシ聿修惟慎ミ欽戴替ルナクンバ垂統萬年必ズ無彊ノ休ヲ享ケ克ク長治ノ福ヲ保タム  
   (国務総理、宮内府大臣副署)

 帝位継承法
第一條 満洲帝国帝位ハ康徳皇帝ノ男系子孫タル男子永世之ヲ継承ス
第二條 帝位ハ帝長子ニ伝フ
第三條 帝長子在ラザルトキハ帝長孫ニ伝フ帝長子及其ノ子孫皆在ラザルトキハ帝次子及其ノ子孫ニ伝フ以下皆之ニ例ス
第四條 帝子孫ノ帝位ヲ継承スルハ嫡出ヲ先ニス帝庶子孫ノ帝位ヲ継承スルハ嫡出子孫皆在ラザルトキニ限ル
第五條 帝子孫皆在ラザルトキハ帝兄弟及其ノ子孫ニ伝フ
第六條 帝兄弟及其ノ子孫皆在ラザルトキハ帝伯父及其ノ子孫ニ伝フ
第七條 帝伯叔父及其ノ子孫皆在ヲザルトキハ最近親ノ者及其ノ子孫ニ伝フ
第八條 帝兄弟以上ハ同等内ニ於テ嫡ヲ先ニシ庶ヲ後ニ長ヲ先ニシ幼ヲ後ニス
第九條 帝嗣精神若ハ身体ノ不治ノ重患アリ又ハ重大ノ事故アルトキハ参議府ニ諮詢シ前数條ニ依リ継承ノ順序ヲ換フルコトヲ得
第十條 帝位継承ノ順位ハ総テ実系ニ依ル
 附 則
本法ハ公布ノ日ヨリ之ヲ施行ス

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