礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

治安維持法は国体の絶対を自ら毀損する(東西南北)

2018-02-12 00:35:26 | コラムと名言

◎治安維持法は国体の絶対を自ら毀損する(東西南北)

 昨日と同様、河原宏の『〈新版〉日本人の「戦争」』(ユビキタ・スタジオ、二〇〇八)から、Ⅱ-2〝「国体」を支える社会構造〟の一部を引いてみたい。本日、紹介するのは、Ⅱ-2の最後の部分で、ページでいうと、九三~九五ページ。昨日、引いた部分のあとの五段落分を、【中略】している。

 だが「国体」と「私有財産制度」を抱きあわせている構成については、保守派――社会的には地主層を主体としている――からの批判も浴びた。たとえば当時の『日本及日本人』誌は「治安維持法案は必ずしも悪法といふべからず」という立場に立ちながら、「私有財産制度の否定さるゝ場合は、必ずしも共産主義よりするものに限らず。或いは人道主義的立場よりし、或いは宗教的信仰の上よりせらるゝ場合なしとせず」と論じた。その上で国体は「万代不易の鴻基〈コウキ〉を指さし、天壤と共に窮まりなき絶対境にあり。既に之れを他の政治的或いは経済的制度組織と同列に法文に規定するは、国体の絶対を自ら毀損するの惧れ〈オソレ〉なきや」と批判していた(東西南北「国体政体私有財産制度の厳正批判」、『日本及日本人』一九二五年三月号、三~四ページ)。
 この保守派の批判は、法の運用において生かされていた。国体否認の点で治安維持法は過酷に適用されただけでなく、拡張につぐ拡張解釈を重ねたが、「他の一面である私有財産制度擁護という点は直接には殆ど問題とされなかった」(伊達秋雄「治安維持法の拡張解釈について」、『ジュリスト』一九五二年七月一五日号、八ページ)。これは当時の政治構造に皇族を含む貴族院をはじめ政党や衆議院にも地主の利害が大きく反映していたこと、軍部も伝統的に農村に社会的基盤を求めていたことを物語っている。彼ら支配層は、おしなべて地主――小作関係で構成されている土地所有構造に共通の利益を見いだしていた。この地主的利益を、他からの批判を許さぬ言葉で表現すれば「国体」となった。
 しかし当時の支配層はこれをもってしても、なお革命の不安を払拭できなかった。三年後の一九二八年〔昭和三〕、田中義一内閣は治安維持法改正案を第五十五議会に提出、それが審議未了となるや緊急勅令として公布した。その勅令を付議された枢密院は、政府の不手際を問責する決議をつけながら、しかも可決した。この経緯は、彼らの危機感がいかに緊急、急迫していたかを物語っている。この改正によって、量刑は一気に死刑にまで引きあげられ、しかも「目的遂行ノ為ニスル行為」という、権力側の都合でいかようにもとれる文言を挿入して、大幅な拡大解釈の余地を作っていた。
 こうして地主――小作関係、あるいは土地所有関係を「国体」の名の下に不可侵のものとすることで、当時の天皇制国家に内からの体制変革は不可能となった。したがって国内に蓄積される社会的矛盾、とりわけ農村の窮乏と農民の窮乏が解決されないとすれば、その危機は、外〈ソト〉、戦争という形で転化する以外になかった。十二月八日の「開戦」不可避を決定づける底辺にも、「国体」と呼ばれる天皇制国家の社会構造があった。

 文中で、「東西南北」による治安維持法への批判が紹介されている。これは、国体と私有財産制とを同列に法文に規定するのは、「国体の絶対を自ら毀損する」という論理であって、三島由紀夫の論理と、全く同じである。
 しかし、「保守派の批判」についての河原の捉え方は、東西南北や三島由紀夫の論理とは、異なっているように思う。河原によれば、こうした「保守派の批判」は、「地主的利益」に立つものであって、私有財産制度の擁護という治安維持法の性格は、それが保守派のホンネであったとしても、少なくとも、それを前面に出すべきものではない。――河原は、保守派による治安維持法批判を、このように捉えていたようである。
 東西南北、三島由紀夫の論理と、河原宏の「保守派」理解とは、微妙に異なっているが、いま、この問題に深入りしない。
 なお、河原宏は、文中で、治安維持法の改正(一九二八)に触れている。参考までに、改正前の第一条の条文と、改正後の第一条の条文とを挙げておこう。

【改正前】第一条 国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス
【改正後】第一条 国体ヲ変革スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ結社ノ役員其他指導者タル任務ニ従事シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ五年以上ノ懲役若クハ禁錮ニ処シ情ヲ知リテ結社ニ加入シタル者又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ二年以上ノ有期懲役又ハ禁錮ニ処ス
私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者、結社ニ加入シタル者又ハ結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為ヲ為シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス……
前二項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 旧第一条第一項で並列されていた「国体変革」と「私有財産制度」は、新第一条では、第一項と第二項とに分離されている。これは、「国体の絶対を自ら毀損する」という批判に応えたものとも見えるし、「私有財産制度の擁護」を前面に出さないという配慮のようにも思える。
 このあとは、三島由紀夫の「二・二六事件」観について論ずる順序だが、明日は、一度、話題をかえる。

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