礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

『聖徳太子伝略』、「敏達天皇十年」を訳解する

2015-05-30 03:16:41 | コラムと名言

◎『聖徳太子伝略』、「敏達天皇十年」を訳解する

 昨日は、藤原猶雪が復原した『聖徳太子伝略』における「敏達天皇十年」の条の原文を紹介した。再度、引用すれば、以下の通り。
 
十年【辛丑】春二月。蝦夷数千寇於辺境。天皇召群
臣議征討之事。於時太子侍側。竦耳左右。聞群
臣論。天皇近召太子詔曰。汝意如何。太子奏曰。
少児何足議国大事。然今群臣所議。皆滅衆生
之事也。児意以為。先召魁帥。重加教喩。取其重
盟。放還本路加賜重禄。奪其貪性。天皇大悦。即
勑群臣。召魁帥綾糟等詔曰。惟你蝦夷。大足
彦天皇之世。合殺者斬。合赦者放。朕今遵彼前
例。欲誅元悪。於是。綾糟等怖懼乃到泊瀬川面
三諸山而盟曰。臣等蝦夷。自今以後。子子孫孫
用清明心。事奉天闕。臣等若違盟者。天地諸神
及天皇霊絶滅臣等種矣。自此後時久不犯辺。

 しかし、このままでは意味が通じない。そこで、勉強を兼ねて、これを書き下し文に直してみた。

十年【辛丑〈かのとうし〉】春二月、蝦夷〈えみし〉数千、辺境ヲ寇ス〈あだす〉。天皇、群臣ヲ召シテ征討ノ事ヲ議ル〈はかる〉。時ニ太子、側〈かたわら〉ニ侍リ〈はべり〉、耳ヲ左右ニ竦テ〈そばだて〉、群臣ノ論ヲ聞ク。天皇、近ク太子ヲ召シ、詔シテ〈みことのりして〉曰ク、汝ガ意〈こころ〉如何。太子奏シテ曰く、少児〈しょうに〉何ゾ〈なんぞ〉国ノ大事ヲ議ルニ足ラン、然レドモ今群臣ノ議スル〈ぎする〉所、皆、衆生〈しゅじょう〉ヲ滅ス〈ほろぼす〉ノ事ナリ、児〈じ〉ガ意フ〈おもう〉ニ、先ヅ魁帥〈カイスイ〉ヲ召シ、重ク教喩〈おしえさとし〉ヲ加ヘ、其ノ重盟〈おもきちかい〉ヲ取リテ、本路ニ放還シ、加フルニ重禄〈ちょうろく〉ヲ賜フテ、其ノ貪性〈たんせい〉ヲ奪ハント以為リ〈おもえり〉ト。天皇大ニ悦ブ。即チ群臣ニ勑シテ〈ちょくして〉、魁帥ノ綾糟〈あやかす〉等〈たち〉ヲ召シ、詔〈みことのり〉ニ曰ク、惟レバ〈おもんみれば〉、你〈なんじ〉蝦夷ハ、大足彦〈おおたるひこ〉天皇ノ世、合ニ〈まさに〉殺スベキ者ハ斬リ、合ニ赦スベキ者ハ放ツ、朕、今カノ前例ニ遵ヒテ〈したがいて〉、元悪〈ゲンアク〉ヲ誅セント欲スト。是〈ここ〉ニ於テ、綾糟等、怖懼〈ふく〉ス。乃チ〈すなわち〉泊瀬川〈はつせがわ〉ニ到リ、三諸山〈みもろやま〉ニ面テ〈むかって〉盟テ〈ちかって〉曰ク、臣等〈しんら〉蝦夷、自今以後、子子孫孫、清明ナル心ヲ用ヰテ、天闕〈テンケツ〉ニ事ヘ奉ラン〈つかえまつらん〉、臣等、若シ〈もし〉違盟〈いめい〉セバ、天地諸神及ビ天皇ノ霊、臣等ガ種〈つぎ〉ヲ絶滅セ〈ほろぼせ〉ト。自此〈コレヨリ〉後時〈コウジ〉久シク辺ヲ犯サズ。

 かなり難しかったし、時間もかかった。実を言うと、岡田諦賢編纂『聖徳太子伝暦訳解』(哲学書院、一八九四)を参照して、何とか作業を終えたのである。
 若干、注釈する。岡田諦賢が使用したテキストでは、「本路」が「本洛」となっていたらしく、岡田はこれを「本の洛(もとのくに)」と読んでいる。「本路」も、あるいは「本ノ路(もとのくに)」と読むべきなのかもしれない。
 岡田は、「貪性」に「たんせい」というルビを施している。ここでは、それに従った。
 岡田は、書き下しにあたって、「児意以為」における「以為」を切り離し、聖徳太子の発言の最後に持ってきている。上記でも、それにならった。
「勑」は、「敕」の異体字で、「勅」とは別字である。しかし、「勅」の異体字として使用(誤用)されることがあるという。ちなみに、岡田が使用したテキストでは、この字は、「勅」となっていたようだ。
 岡田は、「絶滅」に「ぜつめつ」というルビを振っていたが、上記では、岩波文庫版『日本書紀』(黒板勝美編)で、相当箇所に施されていたルビ「ほろぼ」を採用した。
 なお、『聖徳太子伝暦訳解』の訳解者・岡田諦賢は、訳解にあたって使用したテキストを明らかにしていない。いずれにしても、このテキストは、藤原猶雪が復原したテキストと、若干の相違があったものと思われる。
 参考までに、『聖徳太子伝暦訳解』、「敏達天皇十年」の部分を、以下に紹介しておく。【 】は原ルビ。原本には句読点がない。なお、『聖徳太子伝暦訳解』においては、「你」の字の箇所は、ニンベンに爾という字が使われている。ここでは、「你」で代用した。

十年辛丑春二月蝦夷【えぞ】数千【すせん】辺境【へんけい】を寇【あだ】す天皇群臣を召して征討の事を議る時に太子側【かたはら】に侍【はんへ】り耳を左右に峙【そばだ】て群臣の論を聞き玉ふ天皇近く太子を召て詔て曰汝意【なんじがこゝろ】如何太子奏曰少児【せうに】何ぞ国の大事を議るに足ん【たらん】然れとも今群臣の議する所皆衆生【しゆじやう】を滅すの事なり児【じ】が意【おもふ】に先つ魁師【かいし】を召て重く教喩【おしへさとし】を加へ其の重盟【おもきちかい】を取て本の洛【くに】に放還【はうくわん】し加ふるに重禄【ちようろく】を賜ふて其貪性【たんせい】を奪んと以為【おもへ】りと天皇大に悦びて即ち群臣に勅して魁師の綾糟等【あやかすたち】を召て詔曰【みことのりにいはく】惟【おもんみ】れは你【なんじ】蝦夷は大足彦【おほたるひこ】天皇(景行天皇の御事)の世殺すへき者は斬り赦すへき者は放つ朕今彼【かの】前例に遵ひて元悪を誅せんと欲す是【こゝ】に於て綾糟等怖懼【ふく】して乃ち泊瀬川【はせかは】に到り三諸山に向て盟【ちかつ】て云臣等【しんら】蝦夷自今以後子々孫々清明なる心を用いて天闕に事へん臣等若【もし】違盟せは天地諸神及ビ天皇の霊臣種【しんたね】を絶滅【ぜつめつ】したまひ之より后時【こうじ】久しく辺【へん】を犯さすと

 ここで、これも勉強のために、上の書き下し文を「復文」してみた。これも、なかなか難しかった。たぶん、以下のような感じだったのではないか。

十年【辛丑】春二月蝦夷数千寇於辺境天皇召群臣議征討之事於時太子侍玉側峙耳左右聞玉群臣論天皇近召太子詔曰汝意如何太子奏曰少児何足議国大事然今群臣所議皆滅衆生之事也児意以為先召魁師重加教喩取其重盟放還本洛加賜重禄奪其貪性天皇大悦即勅群臣召魁師綾糟等詔曰惟你蝦夷大足彦天皇【景行天皇之御事】之世合殺者斬合赦者放朕今遵彼前例欲誅元悪於是綾糟等怖懼乃到泊瀬川向三諸山而盟云臣等蝦夷自今以後子々孫々用清明心事天闕臣等若違盟者天地諸神及天皇霊絶滅臣種矣自之后時久不犯辺

*このブログの人気記事 2015・5・30

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 『復原聖徳太子伝略』、「敏... | トップ | 備仲臣道氏の新刊『百鬼園伝... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

コラムと名言」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。