礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

我国都市における防空上の二大弱点

2016-06-19 04:41:26 | コラムと名言

◎我国都市における防空上の二大弱点

 昨日の続きである。田辺平学著『不燃都市』(河出書房、一九四五)から、本日は、Ⅶ「都市改造」の3「我国の都市改造」の、c)を紹介してみたい(四八〇~四八二ページ)。

 c) 防空上の2大弱点
 我国独自の規模・構想の下に、我々の精神力と資材と科学技術の最善最高を尽して世界的水準以上の防空都市を建設せんが為には、先づ静かに我国都市の現状を注視し、我国の都市が有する特異なる防空上の弱点に就て深く省る必要がある。
 我国重要都市現在の保安・衛生・交通・経済、特に防空上の重大欠陥乃至〈ナイシ〉弱点は下記2点に要約される。
  1.木造建物の大集団 2.人口の過大集中
 木造都市 木造建物の大集団を来した〈キタシタ〉のは、古来大都市の内外に木造建物の建築を無制限に許し来りたる結果である。問題が余りにも近きに在り過ぎる為、一般人士の盲点に入つてゐるのではないかと疑はれるが、これこそ他の文明諸国に絶対に類例を見ぬ我国都市防空上の致命的欠陥である。これが対策は、後段に詳論する如く、「木造建築の即時禁止」並に「耐火建築の徹底的強制」(特に重要都市の中枢部に対して)以外に方法が無い。
 過大人口 人口の過大集中は、「都市疎開」就中〈なかんずく〉「人員疎開」の問題として、最近漸く真剣に取上げられるに至つたが、斯くの如き状態を招致した原因は、特に近年に於ける工場の大都市集中に在る。これが対策は、国土計画乃至地方計画と関連して、大都市の内外に於ける工業の規制とこれに代るべき工業地域の指定並にその発達助成以外に途が無い。これには現行法の運用によつても或程度までは目的が達せられようが、国家百年の計として速かに「国土計画法」並に「地方計画法」を制定して、抜本塞源〈ソクゲン〉的対策を講すべきである。
 特に我国に於て帝都の人口が異常に過大となつた所以は、中央集権・東京中心主義の行き過ぎに因し、政冶・経済・軍事・文化・産業・交通等諸般の事物悉く東京に集中した結果と認められる。関東大震災後の復興に当り、区画整理が実施されて土地は高度に利用されるに至つたが、肝腎の空地の比率を高めることが忘れられて建築物が密集し、人口集中に拍車をかけたことも一因である。道路網の計画その他も、自ら〈オノズカラ〉都心に交通が殺到する如き形態に出来上つてゐる。今日となつては、何れも防空上の鉄則たる「危険分散」に反することこれより甚しきは無い。従来の「人口の増加即ち都市の繁栄」といつた考へ方は、根本的に払拭し去らねばならぬ。空襲時の危険は、都市の人口に比例する。「都市は人生の墓場」といふ言葉が、今日程適切に当嵌まる時はない。過去に人口の増加を誇つた都市程、今日最も深刻に空襲の危機を体験せんとしつゝあるのである。
 通勤時に於ける帝都の交通地獄の如きは、正に世界無類である。著者は今回半歳の間に世界を一周する機会を得、ロンドンを除いて、各国の大都市を殆ど全部見て帰つて来たが、東京位雑沓してゐる所は、他に類が無いことを確認した。1例を挙げれば、ベルリンは人口459万の大都市であるが、乗合自動車は15分間に1台しか運転してゐない。而も全員が大抵腰を掛けられる。満員の場合には、次の車を侍つてをれば、必ず乗れて腰が掛けられる。斯う云つた程度の人口である。
 世界第1の人口700万を誇るニューヨークに於ても、祭日前夜のブロードウェーの物凄い雑沓を体験したが、それは時間的にも位置的にも極めて局部的なものであつた。然るに東京へ帰つて来ると、省線と云はず、都電と云はず、又乗合自動車と云はず、人間が正に寿司詰めである。若しこれに匹敵する所があるとすれば、世界中に唯1箇所、それは上海の南京路であらう。
 而も、過大に集中したこの市民達は、近時漸く防空訓練を重ねたものゝ、幸か不幸か、未だ空襲らしき空襲の経験を持たず、加ふるにその国民性は多血質であつて飽くまで冷静沈着を要すべき変災時に、動〈ヤヤ〉もすれば混乱を招致し易き危険性を多分に蔵してゐる。彼れ是れ思ひ合せて、万一の場合が真に深憂に堪へぬ。
 保安・衛生・交通・経済は勿論、特に防空上危険まる状態に在る現状より帝都その他の重要都市を救ひ、進んで国家百年の計に資すべき途は、著者の抱懐する最も徹底的なる第1案(公表を憚る)が実現困難なりとすれば、次善的ではあるが第2案として既成都市の徹底的大改造を断行する以外に策は無いと信ずる。大改造の基本方針としては、諸外国に類例を見ぬ2大弱点たる「木造都市」と「過大人口」とを対象として、先づこれを根本的に改善することを以て眼目とせねばならぬ。

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