礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

安重根の過激な発言で旅順での公判は傍聴禁止

2013-11-24 07:27:04 | 日記

◎安重根の過激な発言で旅順での公判は傍聴禁止

 安重根は、伊藤博文を暗殺しようとした理由として、「十五ヵ条」を挙げたが、そのひとつに、伊藤が「日本先帝を殺害」したというものがあった。
 安重根は、当然、公判でも、この件について陳述している。ただし、安がこの問題に触れたとたん、裁判は傍聴禁止となった。したがって、その内容は記録に残っていない。ただし、真鍋十蔵裁判長が傍聴禁止が言い渡したところまでの記録はある。本日は、その記録を紹介してみよう。
 安重根が問題の発言をおこなったのは、一九一〇年(明治四三)二月七日に旅順で始まった、関東都督府地方院における公判の三日目、すなわち二月九日のことであった。
 以下、『安重根事件公判速記録』(満洲日日新聞社、一九一〇年三月)から引用する。△は安重根の陳述、○は真鍋十蔵裁判長の発言を示す。この引用では、△と○のところで改行するが、原文は原則として、△と○のところでの改行をおこなっていない。

△(安)必要なる幾部分を申上げますそれで一昨日も目的の大意丈〈ダケ〉は申しましたが私がハルピン〔ママ〕の停車場に於て伊藤公爵を殺害したのは決して私は人を殺す事を好むでやつた訳でなく大なる目的があつて其目的を発表する一つの手段として殺害したに止まるのでありますそれで今日から云ふ機会を得た以上は世界の人に誤解せられない範囲に於て意見を述べる必要があらうと思ひます
○(弁護士に向ひ)いかがですさういふ事を今ここで申し立てさして好いですか
(水野〔吉太郎〕弁護士)明日述べさす程ならばまだ時間があるやうですから……
△それで私の目的については大概は申上げて置ましたが今申上げました通り伊藤公爵を殺すといふ事は一個人の為めでなく東洋平和の為めにやつたのであります【中略】私も到る処を遊説し到る処に戦ひ義兵の参謀中将として各所の戦争にも出ましたので有ますから今日伊藤公を哈爾賓〈ハルビン〉に於て殺害したのは韓国独立戦争の義兵の参謀中将の資格でやつたのでありますそれで有ますから今日此法廷に引出されて居るのは戦争に出て捕虜になつたものと思つて居ります刺客として審問を受ける訳の者ではないと思つて居ります【中略】元来伊藤公爵其ものは韓国に来て居る以上は韓国皇帝陛下の外臣として取扱ふべきものであるそれが甚だしい哉〈カナ〉皇帝陛下を抑留し廃帝迄もしたのである抑も〈ソモソモ〉世の中で尊いものは誰かと云へば人間としては天皇陛下である其侵すべからざるものを自分勝手に侵すと云ふは天皇陛下より以上の者と云はねばならぬ伊藤公爵の所為〈ショイ〉は国の民としての行為でない順良なる忠臣でないと云ふことが判る為めに韓国に義兵が起つて戦つて居るそれを日本の軍隊が鎮圧せんとして居る之〈コレ〉即ち日本と韓国の戦争と云はなければならぬこういう事は日本天皇陛下の聖慮なる東洋の平和を維持し韓国の独立を鞏固〈キョウコ〉ならしむると云ふ聖旨に反している【中略】それから今申上げましたので伊藤公爵が日本からしても韓国からしても逆賊であると云ふことが充分に判るそれから甲午の年〔ママ〕韓国に大なる不幸があつたそれは何かと云へば皇后を伊藤統監其ものが日本の沢山なる兵力に依つて殺害した隠諜があります尚ほ〈ナオ〉其上に日本に対して逆賊であると云ふ理由があります

 ここまでの引用でひとつ注目すべきは、安重根が、自分の伊藤博文暗殺を戦闘行為と位置づけていることであろう。しかし今、この問題については論評しない。
 さて、安重根の陳述がここまで及んだ時、真鍋裁判長が口をはさんだ。言うまでもなく、このあとの発言に極めて危険なものを予期したからである。特に裁判長が反応したのは、「尚ほ其上に日本に対して逆賊であると云ふ理由があります」という部分だったと思う。しかし、安の陳述をよく読むと、それより前のところで、すでに、かなり過激なことを言っている。「抑も世の中で尊いものは誰かと云へば人間としては天皇陛下である其侵すべからざるものを自分勝手に侵すと云ふは天皇陛下より以上の者と云はねばならぬ」という部分である。
 なお、有名な閔妃〈ミンピ〉殺害事件が起きたのは、「甲午の年」(一八九四)でなく、その翌年の乙未の年(一八九五)である。これは、おそらく安重根の勘ちがいであろう。引用を続けよう。

○深くさういふ事に進むで行くと公開を停止しなければならぬことになる
△併しこれは今日まで新聞其他で世の中に既に発表せられて居る事でありますから今更こゝで云ふからと云つて傍聴を禁止せらるゝ訳はあるまいと思ひます
○場合に依ては停止するかも制らぬ
△朝鮮人の私は予て聞いて居るのには伊藤公爵は日本の為めに非常の功労ある人と聞いて居りますが又一方には日本の皇帝に対しては非常の逆賊であるといふ事を聞いて居ります我皇室に対して逆賊と云ふのは現皇帝の前帝を……
(此間園木〔末喜〕通訳生通訳)
○被告の陳述は公の秩序に防害〔ママ〕があるものと認めるから公開を禁止する傍聴人はすべて退廷……
(于時〈トキニ〉午後一後四時二十五分)
 
 この日の裁判は、このあとも続いたようだが、傍聴人は退廷させられた。この日の速記録も、ここで終わっている。
 傍聴禁止の理由は言うまでもない。韓国の前皇帝を廃帝とした伊藤が、それ以前に日本の先帝、すなわち孝明天皇を殺害している旨を指摘せんとしたからである。
 安重根が、何を根拠として、このようなことを主張しようとしたかは不明である。ただ彼が、「朝鮮人の私は予て聞いて居る」と述べていることは、注意しておくべきであろう。朝鮮人の間で、「伊藤公の先帝殺害」という風聞が流れていたことを意味するからである。

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