礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

鎌田正治弁護士、安重根無罪説を唱える

2014-01-24 03:46:39 | 日記

◎鎌田正治弁護士、安重根無罪説を唱える

『安重根事件公判速記録』(初版)の中で、鎌田正治弁護士は、安重根無罪説を主張している。このことは、あまり知られていないと思うので、その一部を紹介してみる。原本では、一三三~一三五ページにあたる。原文では、句読点がついておらず、濁点がない場合があるが、適宜、これらを補いながら、引用する。

 要之〈コレヲヨウスルニ〉、本件に対しては、光武九年〔一九〇五〕日韓協約〔第二次〕の規程と、明治四十二年〔正しくは、明治四十一年〕五十二号〔満洲ニ於ケル領事裁判ニ関スル法律〕の結果、関東都督府地方院が韓清通商航海条約に於て認められたる韓国の領事裁判権に代つて執行するに止まり、適用すべき刑罰法は、無論、韓国法に拠るものと信ずるのであります。
 以上、論ずる処に拠りまして、本件に対しては、結局、韓国刑法を以て判断すべきものとすれば、同法は果して被告等を処罰すべき規程を有するや否や。是れ即ち、最後の問題であります。
 刑罰法の効力に関して、古来、種々の主義が行はれて居ります。
 韓国刑法は、我が日本の旧刑法と同じく、渉外的刑罰法規を欠いて居ることは、同国刑法自体に徴して明瞭であります。即ち、韓国刑法が国外に於ける犯罪を度外視して居るとすれば、本件に対して罰すべき規定が無いと云ふ結論を生ずるのであります。被告等の如き、白昼公然、斯る〈カカル〉大罪を敢てしたる者に対し、何等の制裁を加ふることが出来ないと云ふのは、果して国法上、完全のものであるか否やと云ひますれば、弁護人又大に異論なきにあらずであります。乍去〈サリナガラ〉是れは立法上の問題でありまして、本件の裁判に対しては何等の関係をも持ちません。論者、或は、韓国が清国領土に於て、領事裁判権を有する以上は、刑法の上より云へば、一種の領土の延長と見て差支〈サシツカエ〉ない。故に韓国刑法を適用するも可なり、と。弁護人をして論ぜしめば、論者の説は、裁判の管轄権なる問題と、刑法の効力問題を区別せない議論と信じます。裁判権の存する所は、常に国法の及ぶ所なりとの議論が立つものとすれば兎に角、現に関東州の如き帝国に於て裁判権を有するに拘はらず、帝国刑法は当然、此地に効力を有せず、特別に之れを施行すべき法規を俟つて、始めて行はるゝのであります。
 要するに、弁護人は、立法上の問題としては、被告等を処罰すべき事を望みますが、如何にせん、法の不備よりして、止むなく無罪の弁論を致さなければならぬ次第であります。

 かなり複雑な議論の立て方をしており、一部理解しにくいところもあるが、結局のところ、鎌田正治弁護士の主張は、こうなるだろう。――適用すべき刑罰法は韓国刑法で、帝国刑法はこの地に効力を有しない。韓国刑法の不備によって、安重根は無罪という弁論をなさざるを得ない、と。

*アクセスランキング歴代12位(2014・1・24現在)

1位 2013年4月29日 かつてない悪条件の戦争をなぜ始めたか(鈴木貫太郎)    
2位 2013年2月26日 新書判でない岩波新書『日本精神と平和国家』(1946) 
3位 2014年1月20日 エンソ・オドミ・シロムク・チンカラという隠語      
4位 2013年8月15日 野口英世伝とそれに関わるキーワード            
5位 2013年8月1日  麻生財務相のいう「ナチス憲法」とは何か         
6位 2013年2月27日 覚醒して苦しむ理性(矢内原忠雄の「平和国家論」を読む) 
7位 2014年1月21日 今や日本は国家存亡の重大岐路にある(1948)
8位 2013年12月9日 「失礼しちゃうワ」は昭和初期の流行語          
9位 2014年1月22日 今や祖国日本は容易ならざる難局にある(1942)    
10位 2013年9月14日 なぜ森永太一郎は、落とした手帳にこだわったのか     
11位 2012年7月2日  中山太郎と折口信夫(付・中山太郎『日本巫女史』)   
12位 2013年12月3日 東雲新報社編『最後の伊藤公』(1911)について    
次点 2013年2月14日 ナチス侵攻直前におけるポーランド内の反ユダヤ主義運動  

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 安重根の背後関係は深く追求... | トップ | 安重根本人は、鎌田弁護士の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事