礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

古畑種基と冤罪事件

2012-05-28 08:31:49 | 日記

◎古畑種基と冤罪事件

 以前、古畑種基〈タネモト〉という法医学者について、調べてみたことがあった。調べれば調べるほど、不可解な人物という印象が強まっていった。 
 一八九一年、三重県生まれ、一九一六年、東京帝国大学医学部を卒業。一九二三年、金沢医科大学教授、一九三六年、東京帝国大学医学部教授。一九四七年、学士院会員。一九五六年、法医学の業績によって、文化勲章を受章。一九五六年、科学警察研究所所長。一九七〇年、勲一等瑞宝章。一九七一年、脳血栓で倒れ、療養に入る。一九七五年死去、正三位、旭日大綬章。
 こうした経歴を見る限り、古畑は、学者として、申し分のない人生を過ごしたかのようである。しかし、一九七一年、古畑種基の暗い部分を示す出来事があった。
 その年、弘前大学教授夫人殺害事件(一九四九)の真犯人が名乗り出たのである。前年(一九七〇)の三島由紀夫の割腹自殺が、告白のキッカケだったという。弘前大学教授夫人殺害事件では、古畑鑑定によって、那須隆さんの海軍用開襟シャツについていた血痕が、被害者のものとされた。これによって、那須さんは犯人と断定され、懲役一五年の刑を受けた(一九六五年に仮出所)。一九七六年に(古畑の死後である)、仙台高裁で再審が開始され、翌年、無罪判決。仙台高裁は、シャツには「もともと血痕は附着していなかった」と判断した(『判例時報』第八四九号、一九七七)。何者かが事件後、人為的に結婚を付けた、ハッキリ言えば、警察による証拠の捏造があった、ということだろう。
 この点について、ウィキペディア「古畑種基」は、次のように述べる。

―古畑が検察の思惑に乗って証拠を捏造した、あるいは検察の捏造を黙認したという疑惑は早くからささやかれていた。しかし再審になれば古畑の権威は地に落ち、捏造がばれると罪に問われるため、裁判官も、検察官も、新聞記者も黙っていた。古畑が昭和五〇年に亡くなると、古畑鑑定に絡む冤罪事件の再審が一斉に始まった。―

 古畑自身が証拠を捏造した事実、あるいは古畑は検察側の捏造に気づいていたものの、それを黙認した事実は、確認されているのだろうか。古畑の疑惑が、「早くからささやかれていた」ことはありうるが、具体的事実がほしい。また、「捏造がばれると罪に問われる」とあるが、それは別に、古畑の生死に左右される問題とは思えない。いずれにしても、右に挙げたウィキペディアの数行は、とうてい信頼できる記述とは言えない。ただし、古畑の死後、この弘前大学教授夫人殺害事件を嚆矢として、古畑鑑定に絡む冤罪事件の再審が「一斉に始まった」ことは事実である。
 四大冤罪事件(四大死刑冤罪事件)という言葉がある。免田事件(一九四八)、財田川事件(一九五〇)、島田事件(一九五四)、松山事件(一九五五)のことである。古畑は、この四つの事件のうち、免田事件を除く三つの事件に関与している。どうみても、これは尋常ではない。順に見てみよう。
 一九七九年、高松地裁は、財田川事件の再審を決定した。この事件は、古畑の血痕鑑定によって、無実の谷口繁義さんに対し、死刑が言渡されていた事件であった。一九八四年、同地裁は、谷口さんの無罪を言渡した。ちなみに、高松地裁丸亀支部長判事・矢野伊吉が、谷口さんの無罪を確信したのは一九六九年のことであった。矢野が、判事を退官し、弁護士として再審請求をおこなったのは一九七〇年である。ともに、弘前大学教授事件で真犯人が名乗り出る以前のことであり、もちろん、古畑種基の生前であった。
 一九七九年、仙台地裁は松山事件の再審を決定、一九八四年、無罪判決。この事件では、犯人とされた斎藤幸夫さんの布団の襟当てに、八〇数箇所の血痕が付着していた。この血痕が、古畑鑑定によって「血痕は被害者のもの」とされたのである。しかし、再審無罪判決では、「証拠上、押収以後に血痕群が付着したと推測できる余地が残されている」とされた。これも要するに、警察によって証拠の捏造がおこなわれたということだろう。
 一九八六年、静岡地裁は、島田事件の再審を決定。死刑判決の根拠とされた古畑鑑定を否定する弁護側鑑定を採用。一九八九年、同地裁は、赤堀政夫さんの無罪を言渡す。
 高校時代に正木ひろしの『弁護士』を読んで以来、古畑種基という学者に対して敬意を抱いていたが、一九七一年に弘前大学教授夫人殺害事件の冤罪を知り、その後、一連の死刑冤罪事件に古畑が大きく関わっていたことを知って、そうした敬意は完全に吹き飛んだ。こうした経験を味わった人は、おそらく私だけではあるまい。
 古畑種基が、中尊寺の藤原四代のミイラを調べ、その血液型を鑑定したことはよく知られているが、渡辺孚『法医学のミステリー』(日本書籍、一九七八:中公文庫、一九八四)によれば、これは「嘘」だという(つまりこれも捏造ということなのだろう)。
 いずれにしても、生前における評価と没後における評価との間に、これほど落差のある人物は、そうは多くはないのではないか。

今日の名言 2012・5・28

◎裁判長、あなたが先に良心に従って裁判をすることを宣誓してください

 法医学者の渡辺孚の言葉。渡辺の著書『法医学のミステリー』にある。「梅田事件」の再審裁判で、証人として宣誓を求められた渡辺は、大胆にも、そのように述べたという。三〇年前に、同事件の被害者の解剖所見を書いた際に、地裁裁判長の訴訟指揮に対して、強い不信の念を抱いたことがあったからだった。詳しくは同書を参照。中公文庫版では、11ページに出てくる。

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2 コメント

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Unknown (すってんころりん)
2015-05-19 00:48:28
ヲタでっちあげ事典ウィキペディアの
歪曲記述に乗せられて、
よくぞオメデタイ作文が綴れるもの

古畑種基は、下山事件他殺説論者

ゆえにサヨク系共産党系に、狙い撃ちされ
死人に口無しで、あることないこと罵声を
浴びせられるのは当然のこと

「すってんころりん」さんへ (礫川)
2016-06-23 09:45:39
「すってんころりん」さんのコメントは、基礎的な点において、誤解あるいは理解不足があると思いました。そこで、コメントのあった2015年5月19日に、「『すってんころりん』さんに再コメントを求めます」というコラムを書き、再コメントを求めましたが、未だに回答をいただいていません。

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