礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

裁判所は、なぜ判決書を焼却したのか

2015-03-13 07:46:24 | コラムと名言

◎裁判所は、なぜ判決書を焼却したのか

 本日も、横浜事件第三次再審請求弁護団編著『横浜事件と再審裁判』(インパクト出版会、二〇一五)について紹介したい。
 昨日、同書の「はじめに」(執筆・大島久明弁護士)の一部を紹介した。そこに、「環直彌弁護士は、訴訟記録が滅失している横浜事件についての判決書の再現に取り組み、特高警察の捜査記録等を丹念に検討して原確定判決の再現を完成させた」という一文があった。この事件では、訴訟記録が滅失しており、「判決書」もまた残っていなかった。
 裁判所みずからが、訴訟記録を焼却してしまったからである。信じがたいことだが、これは事実である。
 このことについて、前記『横浜事件と再審裁判』は、「裁判所は何故、自ら判決を燃やしたのか」の章(執筆・横浜事件国家賠償請求弁護団)で、その経緯や背景について詳しく論じている。この章を、そのまま紹介したいところだが、それもどうかと思うので、本日は、「『横浜事件』の現代的意義」の章(執筆・森川文人弁護士)中から、その第11節を紹介させていただくことにする。

第11●「判決の焼却」という司法の自殺行為――歴史と証拠の隠滅
 そもそも「戦後」は、国家の秘密隠蔽の閣議決定から始まった。
 ポツダム宣言一〇項では「吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙〈しょうがい〉ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」と規定している。このポツダム宣言を受諾せざるを得ないが故、日本の政府機関や軍隊は「戦犯処罰」への対処として大量の機密重要資料を焼却・隠滅したのである。
 ポツダム宣言受諾前に、「閣議決定」で公文書の焼却方針が出された。そして、横浜地裁では上記ポツダム宣言受諾(八月一四日)後、連合軍の上陸(八月二八日)までの間に拙速・粗雑な手続きにより横浜事件の審理・判決を行い、重ねてその記録を隠滅したのである。むろん、判決等の記録の焼却は当時でも違法であり、このような国家的な違法行為があったが故に、長きにわたり横浜事件の再審開始の道が閉ざされたのである。
 むしろ、ここで明確に断言出来るのは、当時の裁判所が既に、横浜事件の被告人たちを審理すること自体、自らの戦争犯罪となり得る行為であることを理解していた。それが故にその責任を免れるために違法であることなどお構いなしに隠滅したということである。あまりにも醜い司法の実態である。
 被告人らに対する有罪判決の言い渡し自体、焼却・隠滅行為の一環として、最初から仕組まれていたということである。この点、海野晋吉弁護士によると、横浜地裁の八並達雄裁判長は一九四五隼八月二八日に「ひどくあわてた様子で『即日言い渡しをするから私に任せて下さい。決して悪いようには計らわないから』と押し付けるように言って、私に公判準備の時間を与えないで、即刻公判を開きましょうとせきたて、暗に全員を執行猶予で釈放することをにおわせ」(『横浜事件を弁護して』)と記しており、裁判所の拙速な判決手続は、自己保身のためであったこと、つまり、ともかく執行猶予判決で元被告人を釈放した上で、当該訴訟記録は焼却するという「隠滅計画」の一環として遂行されていたのである。訴訟記録の違法な隠滅は、北海道で治安維持法事件の弁護を担当した高田富与弁護士によると「司法省の指示であるとして……焼却してもらいたいと裁判所から口頭で求められた」(『札幌弁護士会百年史』)とのことであるが、いずれにせよ裁判所が違法な指示に従う義務はなく、焼却・隠滅自体の犯罪性は否定できない。
 そして、重要なのは、このような司法として到底あるまじき「有罪判決→隠滅」行為があったため、それが「功を奏した」ため、元被告人らの戦後の苦闘が現実化したということである。

 下線部分は、原文では傍点。この傍点は、引用者の森川文人弁護士によるものである。ちなみに、森川文人さんは、この再審裁判にかかわってこられた故・森川金寿弁護士の御子息とお聞きしている。

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