ON  MY  WAY

50代を越えても迷えるキツネのような男が、スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

娘よ(82)

2016-12-28 10:35:24 | 生き方

12月もいよいよあと数日。
今日、娘は、妻と共に、今年最後の通院に出かけた。
淡々とした毎日が進む。
そのことが、うれしくもあり、つらくもなる毎日。

この1年、娘は、毎日ステッパーを400~500回踏んだり、3000歩以上の散歩をしたリ、多少なりともストレッチをしたりしているせいで、足腰が安定してきている。
ふらつくこともほとんどなくなった。
急激な運動はできないが、今年はジョギングをしたり卓球をしたりすることもできた。
言語能力については、以前より声を少し大きく出せるようになったかなと感じる。
性格的には、もともと明るかったことから、今も自分から冗談を言ったり、オヤジギャグに笑ってくれたりしている。
私や妻は、それによって、少しは心和む。
感情面では、もともと人と言い争うようなことは好きではなかったことがあるせいか、相手に強く言われると、言い返さず押し黙ってしまうことが多い。
病気以前は、それでも黙り込む前に言い返したりもしたのだが、今は自分の弱みを知っているせいか、黙ってしまう。

一日中付き添っている妻は、娘本来の明るさにいやされながらも、時々落ち込む。
自分が記憶障害を伴う病気だということを、娘本人も意識しているようにはなったが、何回も同じような質問を口走るからだ。
「それ、さっき言ったばかりでしょ。」
「何回言ったら、わかるの?」
ということを思わず言ってしまう。
そのような繰り返しに、妻は思わずため息をついてしまうのだ。
いつになったら、もっと確実によくなったと言えるようになるのだろう。
このままよくなることはないのだろうか。
そんなことを思ってしまうのだ。
「あ、最近いい調子だな。少し物を覚えているようになったし、話す内容もちょっと違っていいなあ。」と思っていると、「あれ、今食べたみそ汁の具って、なんだったっけ?」などというように、ガクンと下がってしまう時は、がっかりしてしまう。
だいたい、そのように状態が落ち込むのは、月のものが来たときである。
その頃は、活動量は当然であるが、記憶力も落ち込む。
前は覚えていたことまで忘れてしまう。
その後、また回復するまでに少し時間がかかる。
だいたいこんな繰り返しが現状である。

でも、らしさが復活している時は、うれしい。
一昨日は、結構好きだったスマップが解散するというので、娘は、テレビ番組の録音を私に頼んだ。
先日糸魚川で大火があったので、娘は、結婚して糸魚川に住んでいるはずの、専門学校時代の友人の安否を気づかっていた。
ケータイ(スマホ)の暗証番号を病気によって忘れてしまったため、使える機能が制限されてしまったりしているが、なんとかメールを送り、友人の無事を確認できて喜んでいた。

心配になるのは、たまに頭痛を訴えることがある時だ。
入院中は、それが発作の前ぶれであったりした。
だから、そばにいる我々は、怖さを感じる。
今はその際には、早く休ませたり、肩から背中をもんで筋肉をほぐしたりしてあげたりして、痛みの軽減を図っている。
幸い、痙攣の発作と確認できたのは、2年前の11月以来は、ない。
だから、なんとかこのままを維持し、さらに記憶力等を改善できれば、と思っている。

今月は、誕生日があり、娘はまた1つ年をとった。


以前勤めていたところの上司の方や伯父、親類などの皆さんから、祝いのケーキや花束をいただいた。
ありがたいことだ。
娘のことを忘れずに気にしていてくださる方々がいることは、娘にも私たち家族にもとてもうれしく勇気づける励ましになっている。

とりあえず娘の体調が安定してこの1年を無事に過ごせたことを、一番の喜びとしておきたい。
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