棚からぼた餅--岩淵龍王丸

信州の山郷での暮らしと、絵本と無縁になってしまった大人に向けた創作絵本や、芸術活動をお話します。

2-花いかだ・夕刻

2017-06-16 16:27:45 | 山郷の暮し
前回書きましたが「花いかだ」を描くことが目的ではなく 薫風 を表したかった。
その手段として小波を描き、アクセントとして「花いかだ」に至ったのですが、描きこむことによって物語が生まれてきた。
朝の部では桜の花はまださほど散っていないので、数枚の小さないかだがが流れてくる光景だ。
出来るだけ静かな透明感を表す。

色彩が極めて少なく、もっと強い色を使いたくなってきた。
一種の色彩に対しての欲求不満であったかもしれない。

夕刻の散歩で水田に写る日没の輝きに「これだ!!」と。
まぶしいくらいなの光の散乱だが、刻々と写る山並みは深く沈んでゆく。
当初は上部だけに山陰を描いたのみであるが、面白くない。
田んぼに写る光景の中に手前まで伸びてくる峰の影があった。
ヨシ。これだと、ぐーーと描きこむ。(ある種の別な意味がある)

さて問題は一番手前の花いかだをどのように描くかだ。
ピーーんときたのがモネの「睡蓮」である。
画集をしみじみ眺めた結果、とても俺には出来ないし、あまりにもバタ臭くなってしまう。
なによりも、いくら旨くかけたとしても モノ・モネ真似である。

ふたたび田んぼの様子を観察。
水藻やゴミなどが流れ寄っている。
見方によっては美しい。
花いかだの量を増やし、朝の部からの時間の経過を感じさせた。

ほぼ完成だか面白くない。
写生画であって、私の絵または創作世界になっていない。

と、まーーソレからがああでも無い、こうでも無いといつものモヤモヤがはじまった。
これが創作の楽しみでもあるのです。
最後の決め手は、金銀の箔をチョットはる(使いすぎると、きらびやかにはなるが目的が変わってしまう)

そして、想像は夜の部へと飛んでいった。
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