もうすぐ50歳・・・。

平凡だけど・・・あしあとのこしたい。

私・・・・(どうにもこうにも・・・)

2012-05-14 21:22:25 | Weblog
5月13日(月)晴れ。

今日は、久々の五月晴れの一日だった。
しかし、私の心は、曇りだ。
何故、どうしてこんなに・・・・・・・・。

震災以来。
「がんばろう!福島!」
このスローガンが毎日のように、テレビから流れる。

原発事故。
放射能。
福島県は、人間の住める環境では無いのだろうか?
若い人達は、他県へと避難・移住をした人々。
年老いた親をこの地に残し、家族で移住して行った人もいる。

子育てに不安を持ち場ながらも、経済的事情をはじめ、多方面の事情から
この地に留まる人々。
福島県内の住民は、2分している。

我が長女家族は、生活が2分している。
福島で暮らす婿。
札幌で暮らす娘と孫。

なんのアドバイスも、導きも出来ない私達両親。

この状態は、正常なのだろうか?
家族は、このままで良いのだろうか?
「しかたない・・・・」だろうか?

誰にも答えは解らない。

ここで暮らす。
この地を去る。
何れかの決断をすべきではないのだろか?
家族は、どんな時でも、一緒でなければならないのではないのだろうか?

子供の命が一番。
孫の命が一番。
それは、解りきっている事だ。
でも、この生活は妥当なのだろうか?

次女は。
結婚をし、子供を持ち。
幸せになれるのだろうか?
このまま、この地で暮らし続けて良いのだろうか?
「私は、あーちゃん達と、ずーと一緒にいるよ!」(次女)
「背後霊みたいだね!」(私)
こんな、冗談とは片付けられない会話を、笑いながら
互いの本音を言えずに暮らしている。

向き合う。
夫の本音。
長女の本音。
次女の本音。
そして、私の本音。

放射能。
命。
家族。

繕いは、何時か穴だらけの、ボロボロになってしまう。

体力的・精神的に、限界だ。

誰か。
「正解!」に導いて!

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私・・・・(靄の中)

2012-05-11 20:23:02 | Weblog
5月11日(金)曇り。

私の世界は震災以来曇りっぱなしだ。
台風一過と言う日も無い。

何時晴れ晴れとした日がおとずれるのだろうか?

「一人で、暗くなってろ!」夫が言い放った言葉。
返す言葉が出なかった。

曇り。
土砂降りなら良かったのか?
土砂降りの先には、晴天が待っているのだろうか?

「助けて!」言えない。
曇りだもの。

何時もそうだ。


酒を毎晩飲んで、紛らわし。
薬を飲んで床に着く。

眠れなかったら、薬を飲み足す。
眠れたら御の字。

その繰り返しだ。

「一人で、暗くなってろ!」
今晩は、何錠飲めば眠れるのだろ??????
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私・・・(吐き出す)

2012-04-23 20:33:42 | Weblog
4月23日(月)

今晩も酒を飲んでる。
毎晩飲む。
夕べは何時もの様に酒を飲み、寝る前何時もの様に、睡眠導入剤(マイスリー10ミリ)を服用し床に着いた。
しかし、眠れなかった。

何度もトイレに起き。
何度も水を飲み、気を落着かせようとするが、眠れない。

そして、もう一錠服用した。
しかし、眠れない。(午前0時過ぎ)
眠らなければと自分に言い聞かせれば、言い聞かせるほど眠れない。

午前1時過ぎ。
もう一錠服用する。
その時点で、身体は自分の思う様には、コントロール出来ない状態だった。
しかし、頭は冴えている。

「お前は、母親そっくりだ!お前は、母親と同じだ!」
凄く昔に、夫から言われた言葉が、繰り返し聞こえてくる。

誰かの声が聞きたい。
私は、母親とは違う、まるっきり似ていない。
そんな言葉が聞きたかった。

午前1時過ぎ。
青森の息子へ・・・・・・。
息子のプライベートの携帯。
息子の会社(営業)様の携帯。
出るまで、何度も何度掛け捲った。
数時間掛け捲った。

「なんだよ!こんな時間に、もう2時すぎてるぞ!・・・・・」
「なんで?したら駄目なの?なで?なんで駄目なの?・・・・」
「何時だと思ってるんだ!明日も仕事あるんだろう?・・・・」

ただ誰かの声が聞きたかった。
それだけだった。
そんな事は言えなかった。

午前3時過ぎ。
時間を確認した後、漸く、あの言葉は消え、眠りに着いた。
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私・・・(冷血人間)

2012-04-21 15:26:42 | Weblog
4月21日(土)曇り。

東日本大震災・福島原発事故から、一年が経つ。

その数年前、母が認知症(アルツハイマー型)と診断された。
そして、その数年後、父がC型肝炎で旅立った。

そして、昨年我が家に初孫が誕生した。

孫。
「孫は可愛いでしょう?」
「孫は特別でしょう?」
「お婆ちゃんになった気分は?」
「羨ましい・・・・・・・・・・」

しかし、夫と私の会話の中には、孫はいない。
それは、私が話そうとしないからだ。

解らない?
「      」の意味が解らないのだ。
私は、冷酷な人間。母親・お婆ちゃん。

今私は、孤独だ。

夫との会話も少なくなった。

娘(私)の存在は、母の記憶の中から消滅した。
洗濯物を入れ替えに通う。
「婆ちゃん!」声を掛けるも、目を合わすことすら無い。

洗濯物をお世話になって・・・・・・。「お世話様!」
実家の長男嫁から、一万円のご褒美を貰った。

一万円。
笑っちゃう。「馬鹿にスンナ!」

仕事、忙しい仕事。
私だって仕事している。パートだけど。安給金だけど。

母親。
娘。
遣る事は、当たり前。

母親として。
娘として。
今、お前が遣る事は当たり前。

「孫は可愛いでしょう?」

「お母さん大変ね!でも娘だから・・・・・・」

「遣れることはやれよ。遣ってやれよ。」夫の言葉。

遣ってるよ!
今も今までも。これからも・・・・・・・・・・。

何の感情も沸かない。
私は、これから無感情のままだろう。

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東京見物・・・(私)

2011-12-18 21:17:51 | Weblog
12月18日(日)曇り時々雪。

12月15日(木)
私は、仲良し4人組(幼馴染)で、シルクド・ソレイュ?鑑賞?観賞?。
ディズニーランド・エクスピアリへ・・・・・。

昨年12月、京都・嵯峨野の旅以来、4人で出掛けるのは、一年ぶりだ。
震災以来、婆4人は空元気を見せてはいたものの、エンジン全開とはならず
恒例のキャンプも、今年は話すら出なかった。

皆、元気を取り戻したがっていた。
言い知れぬ不安。
積重ない日々を悶々と繰り返していた。

51歳。
子育ても一段落し。
これから、楽しもうね!・・・・矢先だった。

4人のオバサン。
それぞれ、持病を抱えていた。
高血圧。
腰痛。
関節痛。
緑内障。
不整脈。
それでも、我がまま在るがままの飾らない、飾らなくていい
この関係は、心安らぐ友である事を再確認した。

舞浜で、シルクド・ソレィユを観。
婆4人は、初体験の道の世界。
地下鉄乗り継ぎの旅へと出発した。

JR舞浜駅〜八丁堀駅下車。
JR八丁堀駅〜人形町下車(地下鉄)
人形町〜浅草下車(地下鉄)

浅草浅草寺。
スカイツリーを写真に収め、興奮する4婆。
雷門前で、記念撮影のシャッターを押してくれたお兄ちゃん。
そのカッコイイ若いお兄ちゃんの人力車に乗り。
4婆は、お姫様気分。
「姫!お手をどうぞ!」差し出される手に、興奮を抑える4婆。
浅草寺にて、愚痴を吐き出し
人形焼を買い、雷門を後にした。

浅草駅(地下鉄)〜大門駅(地下鉄)
大門駅(地下鉄)〜赤羽橋駅(地下鉄)

「東京タワー本当にあるのかなぁ〜!?」

「アッタァ〜!」
赤羽駅から地上にでた4婆は、この日数回目の興奮。
東京タワーはライトアップされていた。
その様は、田舎婆ちゃん4婆を、丸剥ぎにした。
東京タワーに上り、東京の夜景を見物。

東京タワー〜浜松町駅(JR)タクシーで。
浜松町駅〜東京駅。
東京駅〜郡山駅(新幹線)

久しぶりの楽しい時間だった。

「50過ぎるとね、歯茎が痩せてきて挟まるよね!」
これだよなぁ〜これなだよ!

次の旅は。
韓国エステの旅(希望だが)

婆4人。
この4人だったら、怖いもの無しだ!





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同じ・・・・(母娘)

2011-12-14 20:20:49 | Weblog
12月14日(水)晴れ。

昨日(入浴日)
仕事終了後、床屋(次男)のお店に寄った(髪カットの為)

「髪!大丈夫!」(私)

「いいよ!久しぶりだね!」(儀姉)
母が冬季入所以来、床屋へ行ったのは、半月振りだ。
「婆ちゃん!どうだい!?」(儀姉)

「上手く遣ってるよ!前から居たみたいに、寛いでいる。」(私)

「そうなんだぁ〜!私も行ってみようかなと思って印いたんだけど・・・・
何か勇気がなくて、サブリンちゃんが行く時に一緒に行って見ようかなって。」(儀姉)

「そうだよね!」(私)
儀姉の気持ちはよく解った。私も同じだった。

母は、全てを忘れている。
夫・息子・娘・孫、家族は全てだ。

今、母は、子供なのだ。
何時も何時でも、毎日、母親を待っている。

「おっかちゃん、遅いなぁ〜」

「今、おっかちゃん来るんだわい!」
母は、何時も母親を待っている。

それは、母が幼い頃に戻っているのだと思う。

母の家は貧乏で、長女の母は、下の兄弟の面倒を見ながら
母親が帰るのを待っていた。

時には、学校を休まされ、田畑で一人前に働いた。
昔は皆そんな扱いだったのかも知れないが。

母は、甘えたかったのだと思う。
子が母親の温もりを求める。
それは、何時の時代に関わらず、皆同じなのではないだろうか?

母は、自分が母親であった記憶は残っていない様だ。
であるがゆえ、私は救われている。

私も母と同じ。
今更、一人娘を恋しく思われても、どう接したら良いもか???????。

母親の姿を追う母。
そんな母の姿を哀れみ
そんな自分を哀れむ。

でも、余計な気遣い無用の時を母と過ごせる事に
今、安堵感の日々を送れている。

そして今日。
母は、夕飯を食べていた。
「婆ちゃん!今晩は!美味しいかい!?」(私)

「今、おっかちゃん、そっちの方に行ったんだわい!」(母)
ご飯を頬張る母の眼は、私に向けられず、遠い母親の姿に向けられていた。

「婆ちゃん!ちゃんと味わって食べて・・・・・」

箸はまだ使えてる。
大丈夫だ!



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「私の孫です???」・・・(母)

2011-12-12 19:42:37 | Weblog
12月12日(月)曇り時々晴れ。

先週金曜日(入浴日)
母は、何時ものソファーに座り、ウトウトしていた。
「婆ちゃん、今晩は!」(私)
母は私に目を向けるも、他人行儀な笑顔で挨拶を返し・・・・・。
ウトウトと夢の世界へと入り込んで行ってしまった。
そんな母を夢の世界へと見送り、帰った。

土曜日。
母は、何時ものソファーに座っていた。
この日のソファーは、満員状態だった。
数人のお婆ちゃんが(母もその中の一人)それぞれ思い思い?好き勝手?
でも見様によっては、楽しそうな井戸端会議の様にも見えない事も???????。

「婆ちゃん!今晩は!」(私)井戸端会議に夢中の母に声を掛けた。
母は、?????????「誰!?」状態で、私の存在は無視。
井戸端会議へと・・・・・・・・・。

と!
隣の隣に座っていたお婆ちゃんが「この人誰!?」と言い、私に目を向けた。

と!
そのお婆ちゃんの隣に座っていたお婆ちゃんが「私の孫だわい!」と言い、私に目を向けた。

え!???ぇぇぇ?????
母は相変わらず、井戸端会議に夢中で・・・・。
「婆ちゃん、助けてぇ〜!」困惑状態の私。

と!
隣の隣のお婆ちゃんが「この人誰!?」と、また言い出した。

と!
その隣のお婆ちゃんが「私の孫だぞい!母ちゃんと来たのかぁ〜!?・・・」笑顔だ。


「私、このお婆ちゃんの、娘です!」母の肩に手を掛けた。

ところが!?
「あら!?貴方、私の娘かい!?」???顔の母。
「それはないでしょう!母ちゃん!」心で叫ぶ私。

と!
「これはない!私の孫だわい!」私に笑顔を向けるお婆ちゃん。

「あら!?この人誰!?」物珍顔を向けるお婆ちゃん。

娘そっちのけで、井戸端会議に夢中の母。

でも。
土曜日の何時ものソファーは、賑やかで笑顔が溢れていた。

眠そうな母より、娘そっちのけで、井戸端会議に夢中の母の笑顔は
私の心を軽くした。

「そんじやぁ〜!婆ちゃんまたね!」(私)

「帰んのがい!?」私を孫だと思い込み笑顔を向けるお婆ちゃん。

「それじゃぁ〜!おやすみなさい!」
隣に座るお婆ちゃんに挨拶をし、その場を後のにした。

そして今日。
母は、食卓テーブルに着いていた。

「婆ちゃん!今晩は!」(私)

「今晩は!」造り笑顔の母。
何やら忙しそうだ!

「婆ちゃん!?何やってんの?」(私)

「今!難しい所だから・・・・」眉間に皺の母。

忙しそうな母の隣に暫く座り、母の仕事ぶりを眺め・・・・。

「そんんじゃぁ〜またね!?」(私)

今日の母は、よっぽど忙しからったらしい。
私の存在は、全く無視だった。

でも、今日も元気だった。
「何より何よりだ!」






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「気をつけてない・・・」(母)

2011-12-06 20:47:34 | Weblog
12月6日(火)曇り時々晴れ。

先週金曜日(12月2日)
冬季入所(介護施設)した母を初めて訪ねた。
母は、ソファーに顔を突っ伏し。
浮腫んだ顔で・・・・・・・・・「どちらから??????」と
一人娘を全く忘れていた。当たり前だの前田君だよ。
私は、儀姉任せにして、自分の手も頭も煩わす事なく・・・・・・・・・・。

この日は緊張し、病棟の様子を観察する余裕が無かった。

土曜日。
エレベーターを出て、思わず息を呑み込んだ。
床に突っ伏す、お爺ちゃん。
叫ぶ、お婆ちゃん。
怒っている、お婆ちゃん。
歩き回る、お爺ちゃん。
その中で、食事介助をしている、若い介護士さん。
「今晩は!ご苦労様です!」笑顔で挨拶してくれた。

母は、ソファーに座っていた。
「婆ちゃん、今晩は!」
「今晩は!」我が家の様に寛いでいる様に・・・・・・。
私の気持ちは、複雑だった。
我が家で、こんな柔和な顔付きは、遠い昔に見た、遠い思い出の様な。
とにかくこの日は、色んな事が入り混じり、複雑な思いだった。

月曜日。
母は、ソファーではなく、食卓テーブルに着いていた。
「婆ちゃん!今晩は!」(私)
「今晩は!ご苦労様です!」(食事介助中の介護士さん)
「婆ちゃん、ご飯なの?」(私)
母の前には、ご飯丼の蓋と、汁碗の蓋が置いてあった。
「今、エアーご飯でお付き合いして貰っているんです!」(介護士)
「そうなんだぁ〜!美味しいかい?」(私)
「美味いぞ!」(母)
笑顔で、空蓋を口に運び吸い込む母。美味しそうだ。
自分ばかり食べている事に気が引けたのか?
空蓋を、私に差し出した母。
「ありがとう!美味しいね!」
最近我が家の夕飯時には、見られなかった
そして、味わえなかった、母娘の食事光景だったかも知れない。

そして今日。
入浴日の火曜日。
洗濯物を持ち出し、母の所へ。

母は、何時ものソファーに座っていた。
今日は、エアー仕事に忙しそうだった。
「婆ちゃん!今晩は!」
「今晩は!」仕事の手を休める母。相変わらず、他人向けの笑顔だ。
「調子はどうですか!?」(私)
「?????・・・・・?????」無言だが笑顔の母。
仕事が忙しくって、私の相手をする暇などない様だ。
暫く、母の隣に座り、仕事ぶりを見学。
「婆ちゃん!そろそろ行ってみるね!また来るね!」
「?????・・・・・?????」無言だが笑顔の母。
「それじゃぁ〜ね!」手を振り離れた。

すると。
「気をつけてない!」仕事の手を休め、手を振り返す母。
手を振る母の顔は、遠い昔に見た母親の顔だった。

私は、大きく手を振り返し。
「また明日ね!母ちゃん!」心の中で、呟いた。








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「どちらから?」・・・・(母)

2011-12-03 18:54:53 | Weblog
12月3日(土)雨のち曇り。

11月25日(金)母が我が家で過ごす、最後の日。
私と母二人きりの夕飯の時を過ごした。

その日、私は何故か、イライラしていた。
どうしてなのか?
母の行動が一々気に障る。
「じっとしていて!」
「座って!」
「何で!」
「駄目!」
今まで、言ったことの無い言葉が口から飛び出す。
そんな自分に驚く。
「もう!いい加減にしてよ!」大声で怒鳴り散らした。
どうしたのだろう?どうして??????
母は、驚くでもなく、怯えるでもなく????????。

子供の頃。
私は、口答えなどした事は無かった。
しかし、けしてお利口さんでは無かった。

今頃。
この齢になって。
それも、娘だと認識できてない母に向かって
最後の日になるかも知れないのに
自分自身が理解出来なかった。

夕飯を二人で済ませ、実家へ母を送り届けた。

「29日宜しくお願いします。」(私)

「大丈夫です。」(儀姉・長男嫁)

「洗濯物はどうすればいいの?」(私)

「火曜日と金曜日お風呂だから、その日に行けば・・・・」(儀姉)

「分かりました。」(私)

「私も仕事の帰り、行けたら行きます。」(儀姉)

「宜しくお願いします。」(私)

そして昨日、金曜日。
私は、一日中落ち着かなかった。
認知症棟ってどんな雰囲気なのだろう?
母は?????????。

仕事終了後、施設へ。
受付用紙に記入し、認知症棟(2階)へ。

棟の職員さんに、用紙を提出。
鍵を貰い、部屋へ。
鍵で箪笥を開け、ポリバケツから洗濯物を取り出す。
鍵を返す。

その後。
母は、ソファーに座り、顔を突っ伏していた。
「婆ちゃん!」
声を掛けても、顔を上げ様としない。
「婆ちゃん!眠いの?!」
肩を叩き、顔を上げる様誘導するも・・・・・・。

声を掛け続けた。

「今晩は!」漸く顔を上げた母に挨拶をした。

「今晩は!どちらから????」
どの位の時間突っ伏していたのか?母の顔は浮腫んでいた。
でも母は、他人へ向ける思いっ切り気張った笑顔だった。













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最後の日が・・・・・・(母)

2011-11-20 11:12:40 | Weblog
<11月20日(日)曇り。暖かい。

11月18日、金曜日。
仕事を終え、床屋(次男・兄宅)へ、母を迎に・・・・。

「ただいまぁ〜!」(私)

「お疲れ様でしたぁ〜!」(次男・兄嫁)
母は無反応・・・・・。私の存在すら、目に収めて無い様子。

「何か?難しい事やっている様だね!?????」(私)

「そうみたいだね!?この所、私の存在も無視・お父さんの存在も無視
婆ちゃんの意識内には居ない存在になっているのが時が多くなっている・・・」(儀姉)

「そうなんだぁ〜!」(私)

夏頃から。
母の様子は、一変した。
身体能力の低下・集中力・意識・反応・・・・・全て失くしていた。

私達が見える物が見えない。物の判断能力がない。
しかし、私達が見えない物が、母には見える。奇奇怪怪の行動を取る。

この日母は。
ゴミ取りに夢中だった。(座布団の刺繍がゴミに見える)
指先で器用に丁寧に、ゴミをつまみ取っている。(何もつまんでいない)
そのゴミを、手のひらで溢さぬ様に優しく包み込む。(何も持っていない)
そして、手の中がゴミで一杯になると、ゴミ箱へと捨てる。
この一連の行動を黙々と続ける母。

「そう言えば、○○ちゃんから話あった????」(儀姉)

「何もないけど・・・・何かあったの?????」(私)

「今日、ケアマネの人と、施設の人と、家族と、本人で話し合いがあったんだけど
昨日、私も出席しますか?って○○ちゃんから夕べ電話あったんだけど・・・・・
サブリンちゃんのとこには連絡しなかったんだぁ〜・・・・・」(儀姉)

「そうだったんだぁ〜!」(私)

「今回の話会いは、冬季だけ季節入所させて貰う話みたい・・」(儀姉)

「へぇ〜!そんな制度あるんだぁ〜!」(私)

「あるみたいだね!お客さんもその制度で去年の冬利用したみたい・・・・」(儀姉)

「そうなんだぁ〜!何時まで利用出来るの?????」(私)

「ん〜んん・・・・・そのお客さんは、冬季入所だけど、延長して夏過ぎても入所しているみたいな事言ってたけど・・・。
既定は分からない。けど、入所したら、恐らく戻らないと思う・・・・・・」(儀姉)

「そうかぁ〜!・・・・・何時から????」(私)

「まだ決まってないないよ!その話し合いだから・・・・・」(儀姉)

「そうかぁ〜!・・・・・」(私)

「サブリンちゃん!この話は、私から聞かなかった事にして。」(儀姉)

「分かった!いずれにしても、決定したら○○ちゃんから話あるだろうから・・・」(私)

「そうだよね!決定したら、来月早々に・・・・かもね!」(儀姉)

「そうかぁ〜!」(私)

夕飯を食べ8時過ぎ、実家へ。

「こんばんわぁ〜!」(私)

「あ!どうもお世話さまぁ〜!・・・お帰りなさい・・・・」(儀姉・長男嫁)

「お帰り・・・・・」(兄)

「あ!婆ちゃん、冬季入所する事になったから・・・・・・」(儀姉)

「そうなだぁ〜!何時から????」(私)

「今月29日から!」(儀姉)

「え!ぇぇぇ・・・・・そうなんだぁ〜!それじゃぁ〜ユックリ出来ね。」(私)
ふと、兄の方へと目を向けると、兄はホットした、優しい笑顔だった。

「でも、身体は衰えると思うけど、仕方ないね・・・・」(儀姉)

「ん!?、んんんんん・・・・・・・・」(私)

母の後姿を見ながら、何と答えたら・・・・。何も、言ってやれなかった。
私も、兄と一緒だ。
全てを儀姉に任せ、結果を受け入れる。卑怯者。

我が家へ来る最後の日は。
今月25日(金)

その日は、本当に最後になるのだろうか?



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