原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

私的年金対策に際しアベノミクスの早期崩壊が心配…

2014年05月31日 | 時事論評
 朝日新聞5月28日付「経済気象台」なるコラムに、原左都子としては“複数の観点”から興味深い記事を発見した。

 「私的年金のススメ」と題する上記記事内容を、“原左都子の観点カテゴリー”毎に分類しつつ、以下に項目ごとに紹介していこう。


 まずは冒頭の書き出しから紹介しよう。
 (朝日新聞当該コラム)2月13日の当欄に書いたことが「YAHOO!知恵袋」で思わぬ誤解を読んでいることを、たまたま知って驚いた。 誤解の対象となったのは、老後の生活で公的年金を補う「私的年金」に関する事だ。 大事なことなので、今一度私的年金の考え方を紹介したい。
 (以上、朝日新聞記事の冒頭のほんの一部を紹介したもの。)

 ここで原左都子の目に留まったのが、「YAHOO!知恵袋」の文言である。

 実はこの「YAHOO!知恵袋」に、著者である私に無断で「原左都子エッセイ集」記事より著作権法に違反して“丸ごと”転載した回答が「ベストアンサー」として取り上げられている事実を偶然発見し、驚かされた経験がある。 
 2014年1月23日バックナンバー「『無断転載』は固くお断りします。」に於いてその内容を公開しているため、以下に一部を紹介しよう。
 今朝方、当該「原左都子エッセイ集」からの“無断転載”現行犯現場をネット上でたまたま発見した。 それは「Yahoo!知恵袋」に於いてなのだが、なんと! 我がエッセイ集文面から“丸ごと”転載した記述が「ベストアンサー」に選ばれているではないか!    ここまで“丸ごと”転載したからには、文末に「『原左都子エッセイ集』より引用・転載」の文言が必ずあると思いきや、いくら探してもその記述がない“非常識”ぶりに改めて仰天させられたものだ。
 「Yahoo!知恵袋」の質問を以下にコピーして紹介しよう。   法学のレポートについて。近代市民法の原理について述べた上で、それがその後どのように修正されたかについて論じなさい(1800~2000文字以内)  どのように書いたらいいのか困ってます。  知恵をお貸しください。 小論文などを書いた経験がないのでどうしたらいいか分からないんです。
 驚く事には、上記「ベストアンサー」回答内容とは、「原左都子エッセイ集」2007年バックナンバーにて公開したエッセイ内容をほぼ“丸写し”したものだったのだ!  
 我がエッセイ集“左都子の市民講座”カテゴリー 2007年12月16日公開 「近代市民法の基本原理とその修正(その1)」 に於いて、私は上記「ベストアンサー」にコピーされているのと瓜二つ内容の文章を綴り公開している。  上記エッセイの公開時期をご覧いただければ一目瞭然だが、私が当該文書を公開したのが2007年、 「Yahoo!知恵袋」ベストアンサーとして取り上げられている回答の日付は2010年となっている。  誰がどう考察しても、この原著の「著作権」は原左都子にあるとお分かりいただけることであろう。
 「Yahoo!知恵袋」ベストアンサー回答者の一番の法的過ちとは、回答文書が「原左都子エッセイ集」よりの「引用」であることを明記していない点にある。   それを確認するでもなく、「ベストアンサー」として2010年以来長い期間においてネット上に平然と公開し続けている Yahoo! にも大いなる過失責任があることも間違いない事実だ。  たとえネット業者とはいえ、もう少し法的観点に基づいて営業活動してもらえないものなのか!?!
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用紹介したもの。)

 上記バックナンバー公開後、もちろん私は「YAHOO!」に対し著作権法違反である旨を訴え、ベストアンサー回答者に「掲載元である“『原左都子エッセイ集』より引用”の一文を入れさせるよう指導せよ」、なる抗議文を送った。 ところが虚しくもなしのつぶてのまま、月日が経過しているのが実態だ…

 上記朝日新聞コラム記事を読んだ私は、大手新聞社の記事に関するネット利用者の誤解を無視してでも、「YAHOO!知恵袋」の人気を優先したいYAHOO!の強気経営姿勢を思い知らされたものだ。
 そんなYAHOO!が、まさか一庶民が公開しているに過ぎない一エッセイ内容になど、配慮するべくもないのであろう。


 私自身の YAHOO! に対する疑惑記述が長引いたが、やっと表題に掲げた「私的年金」に関する朝日新聞記事内容に関して、原左都子の視点から語ろう。

 要するに、この朝日新聞記事でコラム筆者が訴えたかった「私的年金」を、「YAHOO!知恵袋」回答が大いに誤解してネット上で伝えているとの内容である。
 そもそも「私的年金」とは何かに関してすら、(失礼だが)「YAHOO!知恵袋」愛読者の皆さんがご存じなのかどうかも疑わしい。
 そこで原左都子から説明するに、「私的年金」とは「公的年金」に対して、個々の市民が自分の経済力と意思の下に自らが老後に至るまでに蓄え得る貯蓄等の金融財産の事であろう。 
  
 確かにバブル期以前の高金利時代には、「私的年金」の元金はそのまま温存しつつ利子を老後の資金に回せる“美味しい”時代があった。
 私自身の若かりし頃の趣味として「貯蓄」もその一つだったのだが、そんな高金利時代を少しばかり経験している。 例えば預貯金の年利が8%などという時代も確かに存在した。  一例として1000万円を年利8%で運用した場合、年間80万円の利子収入がある。 それを老後の私的年金に回せるとの計算になったのだ。


 ところがそんな老後「夢物語」の時代は、経済バブル崩壊と共に過去の自民党政権の大いなる過ちとして当の昔に過ぎ去っている…
 その後この世に残された国民は長引く不況時代を経て、今現在安倍政権より“アベノミクス経済政策”を強要されている運命下にある。 4月からは消費税率8%の追い打ちまで課せられ、一般庶民には日常生活に困窮が忍び寄っている現実であろう。
 現在、安倍総理は国会にて「集団的自衛権を行使する!」とうそぶいている。 その陰で、野党連中どもは金権政治を復活させたり分裂再編等の茶番劇を繰り返す始末で何らの与党攻撃力もない有様だ。 一体全体いつになれば国民皆の安定した経済生活が叶うと言うのか!??


 最後に、冒頭で紹介した朝日新聞記事「私的年金のススメ」に戻ろう。

 結局、上記記事を書いた筆者が言いたかった事とは(現在で言う)私的年金とは「“元金を取り崩しつつ”成り立つ資産」との意味合いに過ぎないのだ。  そんな事をあえて朝日新聞記事で発表してくれなくとも、多くの国民が既に「私的年金」蓄積に励み、それを取り崩しつつの老後であろう。
 
 それよりも気になるのは、記事内に書かれている「年利1%」運用との文言である。
 今時「年利1%」運用にも大いなる(ハイリスクハイリターンの)危険性が伴うのではなかろうか? との私論で締めくくりたかったのが原左都子の意向だ。

 もしかしたら、朝日新聞コラム筆者は安倍政権アベノミクス経済政策に賛同の立場なのだろうか?
 預貯金金利が0.00何パーセントの現状の時代背景に於いて、朝日新聞がリスクの高い「1%運用」の金融資産を庶民に勧めてその責任が取れるのかどうか、問いたいものである。 

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認知症不明者、人生終盤に自由徘徊が叶い幸せだったのでは?

2014年05月29日 | 時事論評
 認知症のある高齢者の約1万人が、毎年行方不明になっているそうだ。

 その中には徘徊中に保護され、身元不明のまま介護施設で暮らしているお年寄りも少なからず存在するようだ。


 私はつい最近、NHKのニュース報道にてその事例を2件ほど視聴した。

 その一例を紹介しよう。
 徘徊中に保護されたとある男性は、生年月日や住所はもちろんの事、自分の名前すら認知していない。 そのため男性は介護施設で新たな氏名を付けてもらい、その名前で呼ばれつつ日々を過ごしている様子だ。
 私がテレビを通して見た印象としては、男性は血色もよく元気そうだ。 (一人で徘徊出来る程の)足腰の丈夫さを現在も兼ね備えている様子でもある。  しかも、介護スタッフの皆さんに他の入居者同様に大事にされつつ、施設で余生を送っている風に私の目には映った。 
 その映像を一見した私の脳裏に一瞬過ったのは、不謹慎は承知の上だが(この男性、認知症で徘徊して家を出た結果、幸せな余生が送れているのではなかろうか??) なる感覚である…。
 
 と言うのも、もしもこの男性が徘徊前には一般家庭で家族と共に暮らしていたとして、認知症高齢者を抱える側の家族の日々の壮絶さを想像して余りあるのだ。

 
 例えば、少し前に90代認知症高齢者が徘徊中にJR東海線路内に立ち入り、列車にはねられ死亡するとの事故が発生した。
 その際の列車遅延等に対する損害賠償責任を家族に課すとの判決を裁判所一審が下した事実に、私は驚かされると同時に心を痛めた。  判決理由としては、家族には認知症高齢者の監督責任があるのにそれを怠った、との内容だったとの記憶がある。  その後二審にて家族が負担する損害賠償額は半額に減額されたものの、それでもJR東海への賠償額は何百万円単位だったとも記憶している…。
 この裁判事例を通し、認知症高齢者を抱える家庭が置かれている“壮絶な現状”をどこまで法廷が理解したした上で、家族に多額の損害賠償を課したのかを私は問いたい思いだ。
 まさか認知症高齢者を鎖で家につないでおく訳にはいかないであろう。 そして、家族達にも人権は基より日々の生活がある事も当然だ。  列車にはねられ死亡した認知症お年寄りには気の毒だが、このような事例の場合、突発的・偶発的事故として家族の賠償責任を問わずに済ませる手段を裁判所は採用できなかったものなのか!?と、今尚私の憤りの置き場がない。


 話題をNHKニュース報道に戻そう。

 上記で紹介した徘徊中に保護され高齢者介護施設で暮らしている男性お年寄りの場合も、ご家族が捜索願を提出していた事も考えられる。 そして、NHKテレビ映像を通して自分の家族である男性高齢者を発見し、すぐさま引取りを実行して、今は既に当該男性は家族に暖かく迎え入れられているのかもしれない。

 ただこれは原左都子の勝手な悲観的思想に基づく論評に過ぎないが、この男性は自分の家庭には戻らずこのまま保護された高齢者施設で余生を全うした方が、ご本人は元より、ご家族皆が幸せな人生を送れるのではないかとの結論が導き出せそうに思えるのだ。
 その根拠について述べよう。
 あくまでも我が発想範囲を逸脱していないが、痴呆症徘徊行方不明高齢者を抱えている家庭から捜索願が提出される事例とは、当該高齢者が自宅に戻ってきてくれる事に何らかの“プラス要因”がある家庭に限定されるのではなかろうか。
 例えばたとえ痴呆症状があろうと、その高齢者が家庭内で素晴らしいばかりの人格的存在者であり家族皆が尊敬していたとか??  
 それより確率的に多いのは、おそらくその人物に「親族内相続」に関して早めに“遺産相続手続”を実行して欲しい故に、どうしても所在確認したいとか???
 私の推測では恐らく「痴呆徘徊者」の捜索願を提出している家族とは、後者が大多数と結論付けるのだが…


 社会的観点からも考察してみよう。
 
 たとえ認知症徘徊高齢者であろうが、一旦自治体に保護され高齢者施設に入居させた場合、その介護費用とは莫大なものがある事実に関しては私も認識可能だ。  その費用負担をすべて国家(地方)財源で賄って済ませてはなるまい!と焦り騒いでいるのが、国及び地方自治体側の発想であろう。
 だからこそ、この期に及んでNHK報道番組にて「痴呆高齢者徘徊ニュース」を殊更にクローズアップしていると推測する。
 国や自治体としては、早期に痴呆徘徊者を家庭に戻したい意向であろう。  「家庭の経済負担で痴呆高齢者を家庭内に囲み込め! お前らが放置した痴呆老人の面倒など一切見る気はないよ!」とのアンサーと受け取れる。

 これに対し、決して経済的に困窮していない家庭であれ、痴呆高齢者を“死ぬまで監禁状態で看とどける事態”に関して、大いなる負担が伴う事は誰しも理解可能であろう。

 結局、「痴呆高齢者徘徊」対策を担当するべき事務局とは、国や地方自治体でしかあり得ないのではなかろうか。
 既に国家や自治体は「介護保険制度」を開始して久しい。 その保険制度を(従来の国民・厚生年金制度同様に)どんぶり勘定の上、我が身息災に癒着利用するなどもちろんご法度として、運営を誤らず有効活用出来たならば、今後の痴呆症徘徊高齢者にも有意義に機能するのではなかろうか。


 人生の終盤には、私も独りで自由気ままに好きな地や(人間関係を)我が足(と心)で徘徊しつつ、(国家・自治体とは無縁の立場で)自分の命を閉じたいものである…

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誰にでもついていく女

2014年05月27日 | 恋愛・男女関係
 「原左都子エッセイ集」4本前の2014.5.16バックナンバーに於いて、「“みんな主義派 V.S “人間関係こだわり派”」と題するエッセイを綴り公開した。

 上記エッセイは、私がペンネーム「原左都子」名で登録しているFacebook上の友達(通称)mito氏とのチャットやり取りをエッセイにまとめて公開した内容である。
 mito氏が当該エッセイをFacebook上でリンクして下さったお陰で、このバックナンバーにはその後数多くのアクセスを頂戴している。 その現象に、この世には人間関係で苦悩する市民の数多さを再確認させられる思いでもある。


 さてその後、Facebook上でmito氏及び当該エッセイにコメントを頂いたmito氏のご友人との間で、チャットはまだ続いた。
 この内容こそが今回のエッセイを綴るきっかけとなったため、以下にその一部を紹介させていただこう。

 原左都子
 mitoさんと原左都子との関係とは実におもしろい♪のです。 そもそも知り合ったきっかけキーワードが「70年代ディスコサウンド」であり、お互い実際にディスコダンスを踊り合ったのが最初の出会いでした。 私にとってはこの突拍子もない出会いが最高だったとも言えます。 その後Facebookに場を移して後は、お互いに自由議論が成り立っていると私は解釈しております。

 mitoさん
ネットの醍醐味ですね。
ぼくは、ディスコダンスを教えてあげるつもりで、
たまたま見つけた原さんのディスコ音楽のブログ書き込みに、
某ディスコ大会へのお誘いをレスしました。
本当に来てくださいました。
と、その前に、ディスコについては、
彼女はクィーンであることを身に知らされました。
ほんと、かっこよかったです。
ぼくは昔から、ステップを教えるのは上手なんですが、
自分が踊るのは下手くそなんです。
ぼくらの若い頃は、
ディスコで上手に踊ってる女の子は、
みんなかっこ良くて、
高嶺の花でした。
それよりは若い世代ですが、
原さんはそういう女性だったのです。
僕らが淡く憧れていた不良少女だったかどうかは、
まだ聞いておりません。(笑)

 原左都子
 mitoさんは私より少し早く70年代ディスコデビューされたようですが、好きなディスコナンバーがかぶっていて都内某所では何曲も一緒に踊りました!
 mitoさん、私が不良少女だったかどうかは不明(と言うよりヒ・ミ・ツ)ですが、長い独身時代を通じてずっと主体的に「自由人」を貫いたのは確かです。♪♪
 (以上、Facebook上でのmito氏とのやり取りのうち、原左都子にとって“都合のいい部分”のみをちゃっかり引用したもの


 さて、今回のエッセイ本題に入ろう。

 「恋愛・男女カテゴリー」に位置付けた本エッセイに於いては、要するに、mitoさんよりの上記Facebookご質問に回答するべく、原左都子がこと“男関係”に於いて、「不良少女」だったか否かに関して自ら論評せんとするものである。

 結論から言うと、上記mitoさん宛の返答内でも述べているように、(私自身の解釈では)あくまでも独身時代は「自由人」を貫いただけの話で、決して「不良少女」ではなかったと自己分析している。


 ここから、原左都子若かりし時代の私事を語ろう。

 新卒入社で東京に本社を有する民間会社(参考のため現在東証一部上場企業)に、私は医学専門社員として勤務していた。
 その当初まさに時代が70年代後半期であり、私は週末には新宿・六本木等々のディスコへ会社の女性友人らと共に通い詰めていたとも表現できるであろう。 
 元々ダンス好きの私はディスコの最前列にしゃしゃり出て、得意のダンスを披露したものだ♪ そんな私に目を付ける男性ディスコ客が多かったのも事実である。  ただし、元々客観力が取り柄の私としては、必ずや声をかけてきた男性と十分なる会話の上に虎視眈々と相手の“人となり”を見極める作業は欠かさなかった。(酒に強かった我が身体的条件にも助けられたのだが。)

 我が20代前半頃の民間会社内に、私事を移そう。
 勤務先に於いても、20代前半の“うら若き”私に「お誘い」を寄越す男性は少なくなかった。(いや、ほんとなのよ~)  このシチュエーションの場合、ディスコで知り合う相手と比較すると、おそらく学業・職業的バックグラウンドとしてはある程度一致していると考察して間違いないであろう。 片やそれら男性どもに関しても当然ながら私なりの好みはある。 第一関門としてまずは「外見」で切り捨て、それをクリアした男性に関して私は「面談」方式を採用したのだ。
 ところが、私が当時採用した「面談方式」が社内同年代女性社員よりバッシングされる運命だった!
 彼女らが言うには、「あの人(私の事だが)、『誰にでもついていく』タイプだね」
 ところが、時代は未だ「適齢期」なる俗語が蔓延っていた頃である。 その言葉で私を蔑んだ彼女らはさっさと結婚・出産して会社を去って行った…。 


 最後に、原左都子の私論に入ろう。

 我が20代前半期に、私を「誰にでもついていく女」と蔑んだ彼女らの思いも十分理解可能だ。
 要するに70年代後半期に民間企業に勤務していた彼女達は、“適齢期”に狭き社内で“寿退社”を狙い結婚相手を模索するのに血眼状態だったのだろう。

 ところが我が理想は遥か遠いところにあった。 結婚などしている場合ではないとの。
 自己実現意欲に燃え続けていた私にとっての男の存在とは、自分の夢に付き合ってくれるキャパ無くして成り立たないのだ。 そんな男を追い求め、近づいてくる男の「面談」を実施するため会合を持っただけの話である。  
 要するに、決して誘いをかけてくる男に受け身で「ついていった」のではない。 独身を貫きたい私側として、それを理解出来るキャパある男を私側から選別するべく積極的に対応しただけの話なのだ。


 で、それがいつも成功したか、ですって?
 いやいや我が若かりし時代には、相手男の「外見」にこだわり過ぎての失敗もあったことは事実だ。

 そんな原左都子20代前半期の恋愛失敗談に関しては、2008.5.22「傘を返して欲しい」、2008.6.13「別れて下さい」 等々バックナンバーでも公開しておりますので、そちらをご覧頂けますように。 
 (不謹慎ながらも、私自身が今読み直しても結構面白い内容ですよ~~♪♪)

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年金75歳引延ばし案、「貰わず死ね!」と言ってるも同然

2014年05月24日 | 時事論評
 少し前になるが、昼のNHKニュースに於いて自民党政権 田村憲久厚生労働相が何やら“したり顔”で登場し、「高齢者の皆さん、75歳まで年金受給を遅らせると大幅に月々の受給額が増えますよ~!」 とのニュアンスの答弁を“平然と”公開した事実に、私は唖然とさせられるばかりだった。


 以下に、このニュースを詳述しよう。
 公的年金をもらい始める年齢を本人の選択で遅らせられる制度について、田村厚労相は5月11日のテレビ番組で、年齢の上限を今の70歳から75歳程度に引き上げることを検討する考えを明らかにした。 開始時期を遅らせると月々にもらえる額が増える。 働き続ける高齢者の増加が見込まれるなかで、年金のもらい方の選択肢を広げるねらいだ。
 現在、国民年金の受給開始年齢は原則65歳、厚生年金では60歳から65歳まで段階的に引き上げている途中だ。 ただ、本人の希望で60歳まで早めたり、70歳まで遅らせたりできる。 時期を前倒しするとそれに応じて月々の受給額は減り、逆に後にずらすと額は増える。
 時期を遅らせられる範囲について、田村氏は「例えば75歳まで選択制で広げる提案が与党から出ており一つの提案と認識している。 選択の幅をのばすのは、一つの方向性としてはある」と述べた。 少子高齢化の影響で今後は年金の支給水準が下がり続ける見込みだが、受給を遅らせると月々にもらえる額の目減りは緩和できる。
 一方、受給開始年齢を今の原則65歳から一律で引き上げることについては、「国民の反発は非常に大きい」と述べ、消極的な考えを示した。
 (以上、ネット情報より引用。)

 ところがこの田村厚労相の年金75歳引き延ばし案に対し、発表早々より国民から反発意見が相次いだようだ。
 これを受けてか、その後この案に関する自民党政権よりの続報を見聞する事はない。
 

 このニュースを受けて、私は現在の日本人の「平均寿命」を調査してみた。
 平成 24 年簡易生命表によると、男女それぞれ 10 万人の出生に対して 65 歳の生存数は、 男87,760人、女93,844人となっている。 そして、例えば75 歳まで生存する者の割合は男 73.1%、女 86.9%、90歳まで生存する者の割合は男 22.2%、女 46.5%となっている。 生命表上で、出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数を寿命中位数といい、平成 24 年においては、男 82.95 年、女 89.25 年となっている。 平均寿命に比べ、男 は 3.01 年、女は 2.84 年上回っている。


 原左都子の私論に入ろう。

 
 上記寿命統計によれば、75歳まで生存している人口は男女共に私の予想以上に多い。 大まかに平均して、約8割以上の高齢者が75歳を過ぎて尚生き残っている計算となる。 
 この現状を捉え、これら高齢者の年金受給を現行より更に遅らせる措置が採用出来たなら、今後の少子高齢化により更に緊迫する年金制度に及ぼす悪影響緩和に繋がると、田村大臣は短絡的に考えたのであろう。 しかもそれをあくまでも「選択制」と銘打つことにより、国民からの反発を回避出来るものと安易に公表に踏み切ったものとも考察できる。

 さてこの自民党政権案に同意して、年金受給を75歳まで先送り決断を下すお年寄りが一体どれ程存在するのであろうか??
 その候補者としては、やはり富裕層が挙げられるであろう。 ただ私の推測では、年金受給を75歳まで引き延ばして“涼しい顔”をして生きていけるお年寄りとはごくごく少数の国民に限られると想像する。 また、富裕層とて長きに渡り年金保険料を納めてきているのは歴然だ。 その“元を取らず”して「お国のために」死に至ろうとの奉仕精神に溢れた国民など、今時希少価値であることに間違いない。


 計算高い原左都子など、支払った年金保険料総額 対 将来もらえる年金総額の収支に関して“ある程度の”数値を既に算出している。 
 私の場合、国民年金基礎部分で「第3号」扱い期間があるのに加え、厚生年金を60歳からもらえる立場でもあり、(40年来ずっと保険料を支払い続けている国民の皆さんに比し)あくまでも平均寿命以上生きた場合は受給額が上回る立場である。   (片や、私は個人年金保険にも加入しているのだが、中途での保険会社の経営破綻に伴い相当長生きせねば保険料の元が取れない事情も抱えている。
 それでも、年金受給を75歳まで遅らせようなどとの思考は全くない。 それよりも現在少し検討しているのは、むしろ「60歳前倒し受給案」だ。
 と言うのも、義理姉が昨年63歳の若さで癌闘病の後亡くなった事実に直面している。 我が実父も急性心筋梗塞で69歳時に突然死した。 はたまた教員だった我が友も、同じく60代でくも膜下出血で突然死を遂げる運命だった。 何れの人物も60歳まで粛々と年金保険料を国家や自治体に納めているにもかかわらず、大幅に採算がとれないまま死に至っている…
 一体いつまでと運命づけられているのか得体の知れない個々の寿命。 出来れば少しでも、今まで真面目に納め続けた年金保険料分の価値ある人生を歩みたいものだ。


 しかも、もっと気になるのは、田村厚労相はじめ自民党政権が 「年金」 を如何なるものと位置付けているのかという点だ。

 「年老いて自立生活不能な“お荷物ども”に国家や自治体からカネを配ってやるから、そのカネで何とか自分の体をもたせて、社会に迷惑かけないうちにとっとと死ねよ」なる意味合いなのか。(現行の年金制度とはこのニュアンスと私は捉えているが…)

 あるいは、「現役時代の労働等功労に感謝する目的で、国民自らが積み立てた保険料を国家から還元する」意味合いなのか。 もしそうであるならば、“75歳まで年金受給を遅らせよ!”なる案が未だ若き政権大臣から提出される事態に大いなる違和感を抱かされると言うものだ。


 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 年金制度に関して、若い世代からの「現役年金受給者」に対する攻撃発言をよく見かける。 それによれば、「我々がお前らの年金を支えているんだ!」との論理のようだ。
 田村厚労相の「75歳以上年金受給先送り」案も、その一端だったのかと私は捉えている。

 ただ、正確にはそうではないと私は言っておきたい。 
 国家や自治体の年金制度とは時代の変遷にかかわらず、それが正常な機能を果たしていさえすれば、決してこれ程までの国民の困惑、及び制度の廃頽を招かずに済んだはずだ。
 そのすべてが、元自民党政権下で「年金制度」“どんぶり勘定”の下にいい加減に実施されていたのが“諸悪の根源”なのだ!

 表題に戻すが、過去に過酷な戦中時代を生き延びた現75歳過ぎの後期高齢者達とは、皆「明日は死に至るか?」なる不安に日々苛まれつつ最後の人生を個々に全うしていることを、若き世代の閣僚や市民にも理解して欲しい思いである…。

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小保方論文“切り貼り”は何故「改ざん」と確定されたか?

2014年05月21日 | 学問・研究
 今回の我がエッセイ内容は、朝日新聞5月15日朝刊記事に依存するところが多大である事を、最初にお断りしておく。


 「原左都子エッセイ集」5月10日バックナンバー 「5/8理研調査委STAP細胞論文取下げ記者会見を論評する」 と題するエッセイに於いて、私は以下の記述をしている。

 小保方論文電気泳動写真内の“切り貼り”を理研委が「改ざん」と結論付けた場面を取り上げよう。
 これに関して、理研委渡部氏は論文内“切り貼り”に関して、小保方氏に(上記の意味合いでの)「悪意」があったか否かに関して取り上げていた。
 その説明内容とは、「電気泳動写真のレーン3の挿入」「その画像」「挿入位置」に関して調査結果を提示した上で、最終的には小保方氏の「目視による確認だった」事実に関して科学的根拠を有していない故に「改ざん」に当たるとの結論に至ったようだ。
 これに関し調査委は、小保方氏が2012年「ネイチャー」への論文提出後、「サイエンス」誌へも論文を投稿し、ネイチャー誌とは異なった内容を提出している事実にも触れた。 これに関し小保方氏からは「サイエンス誌への論文は未公開であり、ネイチャー誌とは関係ない」との理由で、理研委よりのファイル提出要求にもかかわらず、小保方氏側からの提出がない事実も「改ざん」決定の一因としているようだ。


 遡ってその1ヶ月前の 2014.4.10バックナンバーに於いて、私は 「4/9 小保方会見、むしろ科学者として墓穴を掘った」 なる表題のエッセイを公開している。
 その中から、小保方氏が電気泳動写真に関するネイチャー論文が「改ざん」ではないと主張した箇所、及び小保方氏の弁明に大いなる落ち度がある点を原左都子が指摘した部分を振り返らせていただこう。

 〇 電気泳動写真が「切り貼り」されている事実に関する釈明に関して。
 小保方氏によれば、論文の不具合が発覚した時点で科学誌「ネイチャー」担当者に電気泳動写真の「切り貼り」に関して質問したそうだ。 その結果、「切り貼り」自体は許容できるが、それをする場合「切り貼り」をした事実を黒線で囲む等の手法により明記するべき、との回答を得たとの事だった。小保方氏としては、その措置をしなかった部分のみで自分に責任があり、これは「改ざん」に当たらないとの説明だったが。
 元医学関係者であり「電気泳動」実験もこなしてきている私にして、初めて耳にした話である。
 もし、ネイチャー発言が正しいと仮定しても。  世界トピックス的論文発表に於いて何も電気泳動写真「切り貼り」などとの“極めて危険性の高い処置”をせずとも、(ご本人曰く)200回も成功した(らしい)STAP細胞実験過程に於いて、幾らでも理想的な電気泳動写真は撮れたであろうに…… 


 冒頭で紹介した5月15日朝日新聞記事 「STAP細胞論文画像『改ざん』 切り貼り不正の境目は?」 と題する記事は、上記電気泳動画像「切り貼り」に於ける研究不正のセーフとアウトの境界線に関して、素人にも分かり易く解説している。
 巷のメディアに於いて、「素人には分かりにくいであろう」解説や「解説内容に専門性が乏しい」解説等、大して役に立たない論評はあちこちで見かける。  これらに対し、上記朝日新聞記事は科学的専門性をもってきちんと解説出来ていると私は評価する。
 以下に、その内容の一部を要約して紹介しよう。

 小保方論文電気泳動画像に関し理研委は「改ざん」に当たり、研究不正と認定した。
 これに対し、元理研委委員長だった古関氏の過去論文は、「不正なし」と判断している。
 その違いはどこにあるのか?
 小保方論文の場合、違う実験で行った2枚の画像を組み合わせた点を挙げ、「図を加工したことで、正確な情報が失われた」と指摘した。
 片や古関氏論文の場合は、実験ノートから元の画像が1回の実験から得られたことが確認されたとしている。
 要するに、加工によってデータの信頼性が損なわれたかどうかが「不正」を判断する一つの分水嶺となった。
 研究不正とは認定されていない古関氏は、画像の切り貼りがあったことを受け、一部の論文掲載誌に訂正や修正を申し出ている。 その申し出とは、画像を切り貼りした事実を明示するように改める内容である。
 (以上は、朝日新聞記事より一部を要約して紹介したもの。)


 原左都子の私論に入ろう。

 今一度、4/9小保方会見の「切り貼り」に関する一部を以下に振り返らせていただこう。
 小保方氏によれば、論文の不具合が発覚した時点で科学誌「ネイチャー」担当者に電気泳動写真の「切り貼り」に関して質問したそうだ。 その結果、「切り貼り」自体は許容できるが、それをする場合「切り貼り」をした事実を黒線で囲む等の手法により明示するべき、との回答を得たとの事だった。 小保方氏としてはその措置をしなかった部分のみで自分に責任があり、これは「改ざん」に当たらないとの会見の説明だったが…

 ならば何故、小保方氏は「ネイチャー」相手に未だかつて論文修正を実行しないのか!?! 
 科学素人弁護士を雇い、素人感覚で理研委に無駄に盾突いてばかりいないで、それこそを真っ先に実行するのが小保方氏が今後“科学者として生き残る道”ではないのか。
 それは小保方論文とは言えども、その実態が理研上司や周囲研究者に“煽てられ”、取り急ぎ提出した論文に過ぎないからであろう。 まさかまさか、小保方氏の個人力のみで「ネイチャー」に論文訂正を実行できるすべのない程の、弱体立場なのであろう。

 しかも、もっと深刻な小保方氏の“墓穴”とは、実験ノートが至ってずさんな実態である。
 元理研委である古関氏の場合、少なくとも手元に当時の電気泳動画像を「実験ノート」内で保存していたため、それが論文が生き残る命綱となったとの事だ。

 この差は歴然と、原左都子も結論付けたい。


 世間には、理研内の長老どもが自分こそが生き延びる目的で若き小保方氏一人を排除せん!と動いているとの世論がある。 確かにそれも真実であろうと(過去に一時理研に籍を置いた)私も推測している。

 それにしても小保方氏の科学者としての対応が、今に至ってずさん過ぎるのだ。
 何故、科学に関して素人の弁護士を雇ったのだ?  写真捏造疑惑に関し「当時超多忙だった故に写真を整理する時間がなかった」と弁護士に言わせて事が済むと、小保方氏は本気で考えているのか!?!
 本心で「自分は科学者」を自負しているならば、さっさと理研を自主退職し、メディアの目が届かない水面下でSTAP細胞検証をさせてもらえる場を模索し既に研究再開していても不思議でないであろうに、今一体何をしているのだろう??
 もう少し時が過ぎたら、小保方晴子氏がタレントとしてメディアに出る日が来るのか?? 
 なる意地悪視点を庶民に抱かれても仕方がない程の、現在の小保方氏が置かれている“貧相な立場”ではあるまいか。

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棄権して改めて悟る素人対象ランニング大会の“是と非”

2014年05月19日 | 時事論評
 (写真は、昨日東京都千代田区皇居周辺歩道にて実施されたランニング大会のスタート地点で原左都子が撮影した写真に不鮮明処理を加えたもの。)


 昨日(2014年5月18日)、上記皇居ランニング大会を「棄権」した私だ。

 何故、棄権したのか?  「原左都子エッセイ集」読者の皆様はご存知の通り、4月中旬に自宅ベランダで転び、現在全治2ヶ月の骨折を体内2箇所に抱えている故である。

 当該ランニング大会の「スタートリスト」がネット上で公開された時点では、私の骨折具合も相当回復に向かっていた。 「これは出場できそうだ!」」と一時出場に向けて動き出した私だが、結局処々の事由により出場を断念するに至った事はバックナンバーにて既述している。


 さてランニング大会当日が迫る中、私は当日の天候を日々調査していた。
 何故ならば、もしも当日「強風・雨天」等が予想される場合、棄権する事の“無念の度合い”が軽減されるからだ。 素人ランナーである私の場合、悪天候下でのランニング大会出場など体力的にも(美容観点からも)叶う訳がない。  身勝手にも、もしも当日悪天候だったならば…などと大顰蹙の我が身息災志向に陥っていた。

 ところが我が天候調査も虚しく、当日は輝かんばかりの青空が広がっているではないか!


 そしてランニング大会当日、私は当該大会に出場する我が娘の応援をする目的で皇居桜田門へ向かった。

 受付にて、「今回は怪我のため棄権する」旨を告げつつも、私は「ゼッケンを下さい!」と申し出た。 そんな事を申し出る私に意表を突かれたらしき若き女性係員氏から「なるほど!」なる不躾な回答が返って来た事態に、こちらこそが意表を突かれる。 (まさか、STAP小保方会見の真似をしたのではなかろうが??) この現象を考察してみるに、私の推測では棄権するランナーがわざわざ現地に出向く事など皆無なのであろう。
 そのお隣にいた係員氏より「お大事にして下さい」との言葉を頂き、多少は現地に出向いてよかったとの感覚を得たものである。

 
 冒頭表題にて示した通り、今回のランニング大会はあくまでも「素人」を対象として実施される大会である。
 それでも出場しているランナーの体格や動きを見れば、素人の私でも出場者個々に対してある程度の“ランニング歴”あるいは“スポーツ歴”が見てとれるのが興味深い。
 
 片や、そのような履歴が一切無いに等しい(要するに原左都子同様の)“ド素人ランナー”達の間に、イッパシのランニングウェアが流行している事を、情報源に詳しい私が認識していない訳がない。
 今回の大会に於いては、その種(ブランド物のランニングウェアに身を包んだ)“まず外見から入ろう”なる素人ランナーが急増殖している現実を見てとった。 商魂たくましい我が国繊維業界やスポーツウエア産業に踊らされている庶民行動の片鱗をみる思いだ。 
 (参考のため、私自身も“外見から入る”タイプだが、“右にならえ”現象に嫌悪感を抱く天邪鬼の私は、皆が着用しているランニングウェアは故意に避け、独自にスタイリングした格好でランニングを楽しんでいる。)

 
 
 そもそも、この大会にかかわらず素人対象ランニング大会に出場エントリーしているランナー達とは、そのほとんどが職場等団体による小集団か、家族同志か、あるいは個人である。
 いつもは私自身が大会に出場している身のため、それら「集団」を観察する時間が取れないのだが、今回は娘の応援側に回ったため「集団」の動きの程を詳細に観察出来た。
 我が観察力によれば、応援側も自分のグループ“以外”の出場者には全く興味がないようだ。  (確かに原左都子自身の感想を語っても、ヘボく走っているド素人ランナーには興味が向かないのは事実ではあるが…。)

 反面、将来五輪にも出場出来そうな体格面、素質面で将来性が見て取れるアスリートは、私は大いに興味を持って観戦した。  参考のため、今回のランニング大会女子5キロの部で優勝した未だ小学生と思しき少女には、未来に向けるランナーとしての可能性に大いなる興味を抱いた。
 ところが周囲の皆さんはそんな事にも一切関心がないようで、ただただ自身グループ身内の応援のみに特化していた事実が気にかかる…   自分の仲間や家族にしか目が向かない狭い視野範疇で、一体全体何を目的にランニング大会に出場し、また応援しているのだろう?? 

 しかも「ド素人対象ランニング大会」とは、今時そのほとんどが一般市民の皆さんと場を共有しての大会運営である。
 さすがに、これに関して開催側が熟知し大会運営している現状に“一応”安堵する。
 ところが原左都子に言わせてもらえば、この対応も特にランナーに対して生ぬるい。
 「お母さん、子供さんが走路に出ていますよ。 ランナーとぶつかるのでご注意下さい!」 と叫んだとて、所詮ここは皇居周辺との公的場所だ。 大会観覧者である子供とその母親を叱責する以前の問題として、大会主催者が取るべき対応とは、ランナー側こそが観覧者や一般市民にぶつかるのを塞き止めるのが先決問題だろうが!?! 
 もしや一般市民との間で何らかの事故やトラブルが発生した場合、必ずやランナー側あるいは大会主催者側が法的責任を負うはめになるのは歴然だ。


 最後に原左都子の私論で締めくくろう。

 世に「ド素人ランナー」が増殖していいだろう。 私とてその“端くれ”だ。

 いつもランナーの立場でランニング大会に出場してばかりいないで、たまには今回の私のように、今一度初心に戻って大会の様子を観客として眺めてみてはどうか?
 特に公道等公的場所を占拠して実施される「ド素人ランニング大会」とは、一般市民の皆さんにとって“大迷惑”であるどころか、大いに“危険な場と化す”ことも認識出来るであろう。

 まさか、走る趣味を持った自分こそがこの世で一番偉いなどと、たかが“ド素人ランナー範疇”で「そこどけ、そこどけ!」気分に陥り、大いなる勘違いに浸っていない事に期待したいものだ。

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“みんな主義派” V.S “人間関係こだわり派”

2014年05月16日 | 人間関係
 2本前に公開した我がエッセイ 「全治2ヶ月の骨折はどうなっているの!?ですって?」 宛に、Facebook上で相互に“友達登録”している男性某氏よりコメントを頂いた。

 それがきっかけとなり、某氏との間でFacebookチャット機能を通して「人間関係」に関する議論が展開されることと相成った。
 これが「人間関係」も主たる我がエッセイカテゴリーテーマとしている原左都子にとっては、ネット上では久しぶりに何とも面白い議論展開となったのだ。


 仮にFacebook上の友達名を「mitoさん」と呼ばせていただく事として、mitoさんと原左都子とのチャットのやり取りを、(一部個人情報を削除しつつ)以下にほぼ全文を紹介しよう。
 (参考のため、mitoさんは東大ご出身で首都圏に位置する大学の現役教授でいらっしゃる。)

原左都子
mitoさん、コメントありがとうございます。 私の場合人の世話になるのが苦手なところがあります。 後で恩を売られるのが嫌と言いますか、「倍返ししろ」と言われたらもっと嫌と言いますか…  とにかく、我がままなのですよ。 だからこそ若い頃から一人で生きて行くことを志向しているのだと思います。 (例え今後また骨折したとて)、何とか人の世話にならずに人生を終えたいものです。

mitoさん
サムライですね。ももクロじゃないほうの。(笑)
あっ、でも、バッシングされる人の特徴かも。
みんな主義の人たちから。

原 左都子
ところでmitoさんは、「みんな主義」ですか? 「バッシングされ派」ですか?  mitoさんと知り合った当初、私はてっきりmitoさんは「みんな主義」かと思っていたのですよ、実は。(笑) Facebook上で反応を頂けるようになってから、意外とそうではなくて、両刀遣いかあるいはもっと違う個性の持ち主かと考察しています。

mitoさん
ぼくを好まない人が一人でもいると、学生に対してでも、なんでなんで、そんなわけないでしょ、と追求する、
つまり、みんなから愛されたい派です。
しかし、自分自身は、みんなにあわせるなんて、くそくらえ、自分は自由に生きるんだ、というタイプです。
かなりエネルギー使いますよ。
バッシングする人は、みんな主義の、つまんないやつだ、と思ってけっこう、
ストレス感じずにやっていけます。
何度も言うけど、エネルギーは使うんですよ。

原 左都子
mitoさんがエネルギーを使っていらっしゃることは十分承知ですので、ご安心下さい。 ずっと前に東京某所に行った時に、Eさんと「mitoさんて、いい人」談義をしたことを思い出しました。 人柄を知る程に「いい人」評価が上がるmitoさんですね!

mitoさん
ありがとうございます。
ただし、みんながいい人だと思ってくれるわけではありません。
そこが残念です。というより、そこのところは、執念深いです。

原 左都子
私にとってはmitoさんのような「みんなに好かれる事にとことん執念深いタイプ」はむしろ面白い、と言うか興味深いですよ。 私などその対極で、「嫌われてこその我が存在感」だと自負していますから。 ただ、「お前が嫌いだ!」とストーカーっぽくしつこく言われるのは、やはり勘弁願いたいですね。 私が嫌いならば、静かに私の前から去って欲しいものです。 私は勝手に好きな人同士でまみえて人生を送りたいのですから。 そういう意味では、結局mitoさんの思考と共通点があるのかもしれません。 ところでこの議論面白いですね。 近々、我がエッセイのテーマに取り上げたいものです。

mitoさん
ぜひ、実名付きでもいいから、取り上げてください。
やはり、原さんとぼくとは、二律背反タイプだと思います。
好きと嫌いは同義語です。
反意語は、無関心です。
ぼくが嫌いだという人を追い求めるのは、ぼくの職業柄かもしれません。
教員としても、ろんぶんでも、ぼくを承認しない人の存在を認められないのです。
これに対して、好きな人同士で目立たずに交流していれば満足というのは、好きな人以外には無関心という男前な心です。

原 左都子
mitoさん、ガッテン致しました! たとえネット上とはいえ議論がピンポンで続く現象とは、私はその議論が生命を宿している証拠と捉えます。 必ずや後日、我がエッセイ集でmitoさんから発信頂いたこの議論をエッセイとして綴り公開します! 
あっと、この場で私の見解も書いておきますが、たとえ私が「嫌いな奴は切り捨てて好きな人同士で交流したい」と言えども、決してそれは“目立たず”ではあり得ません! 私がそもそも“目立ちたがり屋”であることは、70年代ディスコ趣味でも共通項のあるmitoさんは、既にご存知の事と心得ます。 今後も、嫌いな奴を切り捨てつつ、「目立って」我が人生を貫きますよ~♪♪

mitoさん
確かにそうでした。(笑)


 さて、私論に入ろう。

 まずは原左都子なりに、上記チャット上で出没した用語の解説から始めよう。

 mitoさんがおっしゃるところの 「みんな主義」 とは?
 (あくまで原左都子の解釈範疇を超えていない事をお許し頂きたいが)、この場合の「みんな主義」とは、自分とかかわる相手に関して「好き」とか「嫌い」とかの概念判断を下さず(あるいは度外視)して、とりあえず周囲に迎合し集団内では「無関心」を貫き、自らが事なきを得たいとの思想に基づき行動する主義と解釈する。

 それに対し、原左都子が表題に提示した 「人間関係こだわり派」 とは?
 私自身、自分側がとことん好む人間関係を厳選しつつ生きている事は歴然と言える。 上記に紹介した通り、相手方が私を本気で嫌いならば静かに去ってくれたら幸せなる「嫌われてこその我が存在感」、これこそが我が人生の信条でもある。
 要するに私自身の「人間関係こだわり」とは、あくまでも自分が好きな人と交流して生きて行きたいとの方針である。

 ところが、これに関してmitoさんとのチャット交流により 「人間関係こだわり派」 にも多様性があるものと私は学習した。
 私から観察して、一見「みんな主義」かと考察する人物の中には、mitoさんのように「みんなに好かれる事にとことん執念深いタイプ」が存在する事を改めて認識させてもらえた気がする。 みんなに好かれるために日々“執念深く”努力を重ねている人物が存在する事を、私はmitoさんを通じて初めて知った思いだ。
 もしかしてmitoさんのように、みんなに好かれることをエネルギッシュに全うできたならば、これぞ「世の平和」が叶うのかもしれない。

 この発想は明らかに、単純に周囲と迎合せんとする「みんな主義」とは異質のものと私も承知する。
 それでも、mitoさんのお気持ちとは「嫌われてこその我が存在感主義」の私の信条と確かに一致する部分があるのだ。

 両者の共通項とは、「人間関係」に於ける“こだわり”と私は結論付けたい。

 恐らく私は、年齢を重ねる程に私なりの“人間関係こだわり感”が強くなりそうな予感がある。 (mitoさんも、そうであられるかもしれない??)


 (最後に参考ですが、「原左都子エッセイ集」に関するコメントは現在本ブログ上では受け付けておりません。 もしよろしければFacebookに登録頂き、原左都子との友達申請手続きをして頂けますと、Facebook上でのコメント受付が叶います事を付け加えさせて頂きます。)

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子にカネせびる“ダメ親”との決別の仕方

2014年05月14日 | 人間関係
 「原左都子エッセイ集」長きに渡る読者の皆様は既にご存知と心得るが、私は世の「ダメ親」や「アホ親」を見かけると、強烈にバッシングしたい心境に陥る人種である。

 それ故に、これら「失格親」に関連するエッセイを現在までに数多く綴り公開してきている。
 例えば、「家を出て、親を捨てよう」 「子が親を捨てる決断をする時」 「子供の学費は親が負担するべき」等々、今思い出せるだけでも「失格親」どもをバッシングしたバックナンバーは少なくない。

 そんな私は、「ダメ親」「アホ親」の犠牲下にある子供の苦悩に直面すると、すぐにでもその現場から子供達を救い出したい思いに駆られるのだ。


 今朝も、ネット上でその現状に直面した。

 それは我がエッセイ集の編集画面上“共通検索ワード”を通してなのだが、早速以下にその一部を紹介しよう。
 嫁と我が子を事故で亡くして呆然としてる俺に、義母から「これから”私の”生活どうすればいいの!?」と叫ばれたのが修羅場
  後から義妹に聞いたら、平日昼間にしょっちゅう(ご本人の亡くなった妻を)呼び出して家事代行させたり食費とかたかってたらしい  嫁のパートの給料を全額嫁の経費(小遣い)にさせてたんだが、それを片っ端から(義母が)使い込んでた模様
 (投書者ご本人は)いい年したオッサンだがマジ泣きしながら義母を罵倒した
 この件で「娘と孫を亡くした母親を罵倒するクズ」と嫁親戚数人から言われたので(義母の根回し)、そいつらとも縁切り、結婚前の身寄りのない天涯孤独に逆戻りした
 (以上、一男性が書き込んだネット情報より一部を引用したもの。)

 ネット情報によれば、妻子を亡くしたこの男性は未だ独身を貫き、毎年亡くなった我が子を偲んでクリスマス等には現在生きている年齢に相応しい贈り物を捧げているとの後書きもある。

 この男性のネット上書き込みには、数多くの反応コメントが届いているようだ。
 そのすべてが妻子を亡くした男性の判断に同意し、激励する内容と私は解釈した。

 ここで私論に入ろう。

 何ともやるせない話である。
 それでも、よくぞこの男性は早期に義母を筆頭とする嫁親族すべてを切り捨てる決断を下せたものだ! と、私も多くの反応コメント同様の結論を導きたい。
 おそらく私が同じ境遇に対面した場合も、必ずや同様の決定を下すであろう。

 一部不可解な点は、生前の妻のパート収入の使い道や行動を男性が周知していなかったらしき点である。
 文面によると、生前の妻のパート収入使途(義母にたかられていた事実)を男性としては妻亡き後に初めて知ったと解釈可能だ。 もしもそれで事が済んでいたならば、実は妻と義母の間で家事代行や食費負担を“妻の好意”とする合意が成り立っていたのかもしれない。
 そうだとすれば、事はやや複雑であろう。 自分の娘からの心よりの「好意」に日々甘えていた義母が、親族も交えて娘の夫である男性に反旗を翻す事態も想像可能な気もする。


 ただ原左都子の私論としては、そもそも可愛いはずの我が子に自分の生活費を頼ろうとする親など、この世に存在して許されないと結論付けたいのだ。

 幸いな事に私の場合、実親も義理親もこと「お金」に関しては、子供達に生活費を依存せねばならない状況とはかけ離れた生活を全うしている。 今時十分な年金や自己資産の下、実母・義母共に老後の身を営んでくれている。 そのため、私はおそらく今後共に「金」を巡るこの種の親族トラブルには巻き込まれない人生を送れるであろう事に安堵している現在だ。


 ところが今時は、可愛いはずの我が子に自分の生活費を依存せんとする年老いた親が多い事実に驚かされる。

 5月10日朝日新聞“悩みのるつぼ”相談内容も、同様の話題だったのだ。
 何でも相談者である40代女性は、自営業を営んでいる実家から「お金を貸してくれ」と言われ、250万円も貸した時期があったそうだ。 その後も実家から、孫の金にまで目を付けて「貸せ!」と迫って来る。 18歳になった長男が「返してくれるんだね?」と実家に言っても、「返せる訳ない!」と孫にまで言う始末らしい。 直ぐ目と鼻の先にある実家にどうしても足が向かないが、この先どうすればよいのだろうか?? との相談内容だった。

 ここで再び原左都子の私論に入るが、親が我が子はおろか孫の金にまで手出しするとは「世も末」感を抱かされるというものだ…。
 相談者女性も、「この先どうすればよいのか」なる軟弱な態度をいつまでも貫いていては、子を持つ親として済まされる訳がないでろう。
 相談文面によると、相談者自身は幼少の頃に親に可愛がられた時期があるとの事だが、その親が「金欠」に至った時点で「孫」用に貯めた金にまで手出ししてきた暁には、我が子のために自分の命をかけてでも「ダメ親」と闘うべきだった。

 今後の対処方法に関して、今回の朝日新聞“悩みのるつぼ”回答者であられる経済学者 金子勝氏は以下のように回答している。 
 相談者が両親の自営業を引き継ぐつもりなら、あなたが経営者になって代わりに「親」の役割を果たすのも一つの方法。 そのつもりがないなら、思い切って親とは離れた場所へ引っ越すのも一つの方法です。

 私論に入ろう。

 上記“悩みのるつぼ”の場合、悲しいかな金子氏回答内容の手段を相談者女性は既に失っていると私は結論付ける。
 相談者である娘さんは、自分の親の「ダメ」「アホ」レベルにもっと早期から気付くべきだった。
 少なくとも、(上に記した通り、原左都子の場合は決して親に“カネ”に関して迷惑をかけられた訳ではないが)、私の場合は20代初頭の就職時点で我が親が持つその他の瑕疵に気付き、単身上京を決行する事により「親を捨て去る」事を実行した。
 ところがこの相談者の場合、親にとって孫が成長する現在まで親の近くで暮らしているとのことだ。 残念ながら今更引っ越しは無理であろう。  しかも親に言われるままに自分の息子である孫の金まで提供する軟弱ぶりで、この厳しい時代に自営業経営など成り立つ訳がないだろうが!
 可愛そうではあるが、この娘さんは今後も親にカネをせびられつつ我が子までをも犠牲にして、泣いて生きるしか方策が見い出せないのではなかろうか?

 
 それに引き換え、上記の妻子を事故で突然亡くした男性の「義理親族」切り捨て決断は早かったと、私は評価申し上げたい。
 
 この世に於ける人間関係において、“血縁”も含め「親族」関係程鬱陶しいものはない。
 捨て去るならば早い決断がものを言う、というのが私の持論である。

 「捨て去って」以降、お互いに“依存関係なき状態で”距離を置き長い年月が経過すれば、意外と良き関係が取り戻せるものとも、私自身の経験からアドバイスしておきたい。

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全治2か月の骨折はどうなってるの?!ですって?

2014年05月12日 | 自己実現
 2014年4月15日に、「自宅で転び骨折し、全治2ヶ月です。」 なる表題の「お知らせ」エッセイを公開した。 
 以下に、その内容を振り返らせていただこう。

 元医学関係者 原左都子にして、不覚にも去る4月12日に自宅ベランダにて洗濯物を取り入れ中に激しく転び左肩と右手首を強打しました。
 2,3日経過すれば回復するだろうとの我が自己診断に反し、両腕共に日毎痛みが増し悪化の一途を辿っていると判断しました。
 本日やっと整形外科医を受診したところ、左鎖骨骨折(全治2か月)、右手首骨ヒビ割れ(全治1か月)の診断が下りました。
 右手にはギブス、背中には鎖骨骨折保護コルセットを背負い、現在パソコンに向かっております。
 誠に不覚の事態であり恥ずかしさの極みですが、担当医より2か月安静との指示が下りましたので、今後の「原左都子エッセイ集」執筆を2か月間程自粛したく考えております。
 公開したいオピニオンは山々なれど、両腕の治癒具合を自己診断しつつの今後のエッセイ公開となりますことを、何卒ご了承頂けますように。
 (「原左都子エッセイ集」お知らせカテゴリー バックナンバーより引用。)


 ところがご覧の通り、私は「2ヶ月間自粛」など一切せずして、相変わらず言いたい放題の辛口エッセイをネット上で公開し続けている。
 上記の通り、一応2箇所の骨折治癒具合を自己診断する日々である事には間違いない。
 それにしても我が負傷状態を気にしている以前の問題として、世にバッシング対象とするべく時事問題が次々と溢れ出る現状を捨て置く訳になどいかないではないか!  骨折に付随する痛みよりも、これらの諸現象に“一素人辛口エッセイスト”として末端部分で世に関われない事の方が、よほどの心痛である。
 それが証拠に右腕のギブスをもぎ取ってパソコンキーボードに向かっている時間は、一切痛みを感じないのだ。(参考のため、全治2ヶ月の左鎖骨骨折保護コルセットは依然背負ったままですのでご安心下さい。)

 そうこうしているうちに転倒による骨折から本日5月12日でちょうど1か月が過ぎ去り、全治1か月の右手首が完治の日を迎えた。
 ところが、「骨折」とは怪我の中でも実に鬱陶しい負傷である事を実感させられる。
 通常の怪我や病気の場合、次の朝目覚めたら“急激に回復”していて、自分の体が奇跡的に蘇っている事実に感激する体験をする事が多いであろう。  私自身がいつもそうだった。 過去に患ったインフルエンザとてノロウィルス感染とて、怪我による打撲傷とて、3日経てば元気な我が体が復活している事に感謝出来たものだ。

 ところが、今回の我が右手首の骨折……
 この右手、一体どうなっているんだ! もっと、しっかりしろ!!!  と、右手相手に叱り飛ばしたい程に、すべての動作が自由にこなせる程までには回復していないのが実態だ。


 ここで、先月29日に公開した「今後の外科医受診、どうしよう!?」 なるバックナンバーの一部を振り返らせていただこう。
 正直言って、(左鎖骨重傷状態はともかく)右手首骨折に関しては、私自身の判断でギブスを外して作業した方が回復が早そうな実感と、その医学的根拠の程を既に考察し実行している。
 とにもかくにも、今後ご高齢者達と一緒に(我が判断では何らの医学的意味のない)「リハビリ」などを外科医の指示の下受ける気が一切ない私の、今後の身の振り方に現在困惑しているのが事実だ。
 (「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用。)

 その後上記バックナンバーにて結論部分で述べた通り、私は4月下旬以降は整形外科医を受診しない方針を貫いている。 元医学関係者である原左都子自身の治癒状態判断の下に、全治2ヶ月骨折の回復までの日々を試行錯誤している現状だ。


 そんな私は、実は来る5月18日に開催される「皇居ランニング大会」に3月下旬頃出場エントリーしている。
 昨夜そのネットページを確認すると、私の実名がきちんと「スターティングリスト」に名を連ねていた。

 これを見て骨折負傷により大会出場を棄権せざるを得ない我が苦渋の心境の程を、ランニング愛好者の方々にはご理解いただける事であろう。
 不覚にも骨折などしてしまった我が身が、実に、実に悔しくて、 昨夜は「明日からランニング練習を再開して、18日は絶対大会に出る!」なる宣言を同じ大会にエントリーしている娘相手に発表してしまった。

 ところが「骨折」とは自分の決断以上に難儀な怪我であることを、翌朝になって改めて思い知らされる事となる。
 今朝になり、やはり私は一週間後に迫っている「ランニング大会」への出場をきっぱりと辞退するべき決断を下し、その旨を我が娘に再び伝えた。  
 と言うのもそもそもランニング大会出場に当たって、私はランニングに相応しい格好をせねばならない。
 それこそが叶わない事に気付かされたのだ。  世のご婦人達とはブラジャーを身に付けてランニングに励まれている事であろう。
 現在全治2ヶ月の左鎖骨骨折負傷を背負っている私にとって、この「ブラジャー」装着があと1ヶ月は無理と推し量った。


 右手首骨折「全治1ヶ月」を本日迎えた私は、自宅にてある“儀式”を自分一人で実施した。
 
 それは私が寝ている和室にての「床上げ」である。
 両手骨折の被害にあった私は、本日まで我が寝室である和室の布団を敷いたままにして暮らしていた。 (いえいえ綺麗好きの私は、必ずや週に一度のシーツ交換・洗濯は骨折両手で実施していた。 それに加えて、布団干しも最近出来得る限り実行していたのだ。)
 ただ、布団を押し入れ上段に上げる作業を「全治1ヶ月」の本日、初めて執り行ったとの事だ。

 その事実を娘に伝えたところ「床上げ」って何? なる回答が返ってきた。
 えっ? 我が亭主は私が骨折している期間何をしていたのですって?

 元々、死ぬまで単身でこの世を渡っていくことを志向していた原左都子である。  自己責任範疇の負傷を、身内に助けてもらおうなどとの認識及び希望など毛頭ないね!
 骨折の身を抱える現在尚、大いなる生命力に溢れている事実が素晴らしいと私本人が実感出来るのだから、それこそが素敵な我が人生でしょ!

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5/8 理研調査委「STAP論文取下げ」記者会見を論評する

2014年05月10日 | 時事論評
 小保ちゃんて、「テラトーマ」すら英語で書けないの??

 これは、先だっての5月8日(木)午後3時半よりテレビにて放映された、理研調査委員会による小保方氏STAP疑惑に関する「再調査不要・論文取り下げ」発表の記者会見を視聴した原左都子の感想の一つである。


 上記記者会見以降、小保方晴子氏が理研調査委に提出した「実験ノート」の「テラトーマ解析について」と題する一ページが世間を賑わしている様子である。
 マウス2匹がそのページに描かれて、その周辺に言葉少なに実験の解説が施されているようだ。 その解説用語が一部を除きほとんど日本語でなされている事に違和感を抱かされる。
 通常、医学を含め理化学分野の専門用語とは英語や諸外国語由来のものが多い。 その実験を実施する場合も自ずと海外文献に依存する機会が多く、実験ノートもそれに付随して英語や諸外国語を多用する事となるものだ。
 ところが小保方実験ノートの場合、表題の「テラトーマ」からして日本語表記である。 これには元医学関係者としては意表を突かれる思いである。 

 何と申しましょうか。
 描かれているマウスがいかにも可愛らしければ、ノート1ページ全体の雰囲気が“女の子”らしくて、これがもしも絵本か何かだったならば、小さい子供にも受けそうな(よく言えば)暖かさや微笑ましさが感じられる。
 なるほど、小保ちゃんて一部の国民に人気があるように、そもそも可愛らしいキャラなのかな~~。 
 などと元医学関係者の原左都子にして、的外れに小保方ノートを楽しんでいる場合ではない。


 とりあえず5月8日の理研調査委による記者会見の内容の一部を、原左都子の記憶範囲内で私論も交えつつ以下に振り返ってみよう。

 テレビ記者会見では渡部惇委員長の冒頭の挨拶及び簡単な説明しか放映されなかった。
 4月9日の小保方氏不服申し立て会見が2時間40分に及び長々とテレビ放映された事と比較して、メディアの扱いの歴然とした偏りの程はどうした理由によるものか?
 それは視聴率が稼げる小保方会見を優先したに決まっている事など承知の上だが、それにしても、理研調査委側の言い分ももう少し「生」で聞かせて欲しかったものだ。

 渡部委員長は、冒頭で今回の論文疑惑に関する「悪意」の意味合いに関して解説した。
 ここで私事だが、医学、法学両者の学問経験がある原左都子としては、一番最初に渡部氏がこの話題に触れた事を評価したい。
 渡部氏がメディアを通して言いたかったこととは、「悪意」とは理化学分野に於いては法律上の「故意」に該当するが、及ぼす「害」に関してはその解釈を法律上のものとは異にすると説明したかったものと思われる。 今回のSTAP疑惑に於ける「害」とは、“結果が真正ではないものになっている”、との若き小保方氏に対する配慮範疇だと私は理解した。
 要するに、小保方氏に「悪意」があったと結論付けた場合、医学も法律もわきまえない庶民に対するマイナスのインパクトが強すぎると判断しての理研側からの“弁護の意味合い”があったのではなかろうか?

 次に、小保方論文電気泳動写真内の“切り貼り”を理研委が「改ざん」と結論付けた場面を取り上げよう。
 これに関しても、渡部氏はこの“切り貼り”に関して小保方氏に(上記の意味合いでの)「悪意」があったか否かに関して取り上げていた。
 その説明内容とは、「電気泳動写真のレーン3の挿入」「その画像」「挿入位置」に関して調査結果を提示した上で、最終的には小保方氏の「目視による確認だった」事実に関して科学的根拠を有していない故に「改ざん」に当たるとの結論に至ったようだ。
 これに関し調査委は、小保方氏が2012年「ネイチャー」への論文提出後、「サイエンス」誌へも論文を投稿し、ネイチャー誌とは異なった内容を提出している事実にも触れた。 これに関し小保方氏からは「サイエンス誌への論文は未公開であり、ネイチャー誌とは関係ない」との理由で、理研委よりのファイル提出要求にもかかわらず、小保方氏側からの提出がない事実も「改ざん」決定の一因としているようだ。

 小保方氏ネイチャー論文「捏造」疑惑に関しては、誰しも分かり易いだろう。
 世に名立たる科学誌「ネイチャー」への論文提出に当たって、自分の過去の博士論文へ掲載した写真のコピーを誤って載せた、なる言い訳を誰が信じると小保ちゃんは思っているのか。
 おそらく理化学を心得ない庶民とて、これは怪しいと勘ぐることであろう。
 そうしたところ、やはり写真捏造に関する理研調査委の説明も短かった。
 これに関する小保方氏の「悪意」の程とは、「一枚一枚写真を確認するべきなのに、それをしていない」データ管理のずさんさこそが「悪意」に該当するとの調査委の説明である。


 最後に、原左都子の私論を述べよう。
 
 今回の理研調査委の記者会見内容に概ね賛同するのが私見である。
 ただ世には小保方氏弁護見解や、理研体質こそ改善するべきとの意見が蔓延している事実も重々承知している。  前者に関してはともかく、後者に関しては全くその通り!との私論を抱いているのが事実だ。

 そこで今回は表題の通り、あくまでも去る5月8日の理研調査委記者会見に関する私論を述べるにとどめ、また日を改めて、STAP細胞騒動に関する理研体質関連エッセイを綴り公開したいと心得る。

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妊婦達はいつから“弱者扱い”を志向し始めたのか?

2014年05月07日 | 時事論評
 「妊婦」と一言で言っても、もちろんその個性の程は多様であろう。

 私自身が高齢にての妊娠にもかかわらず仕事を持つ“元気な”妊婦時代を送ったため、もしかしたら、現世の親切に期待し過ぎる妊婦氏達に対して、冷めた見方をする人種であるかもしれない。
 それをあらかじめお断りした上で、今回のエッセイを公開させていただこう。

 
 まずは、私事から入ろう。

 私が妊娠したのは、37歳後半、高校教諭として遠距離通勤をしていた時代である。
 20年程前の当時は、未だ「丸高」なる言葉が生命を宿していた頃だ。 35歳以上初産妊婦がこの“俗語”に該当するようで、当該妊婦に関して妊娠・出産に伴う危険性の確率が高まるとの事で、産院や保健所等が“要注意人物”として陰でチェックを入れていた様子だ。

 ところが、私が最初にお世話になった産院先生は、働く妊婦に大いに理解がある医師だった。  
 「いつも通りに生活して大丈夫ですよ!」 妊娠中ずっとこの言葉に励まされつつ、私は妊娠9か月直前期まで教師としての職務をいつも通り全うした後に、出産退職に至った。

 妊娠後も片道2時間半の遠距離通勤を貫いた。 そのうち最初に乗るJR山手線のみはいつも混雑していたが、その他の乗継JR線が都心との逆方向路線であり、JR線及びバスが比較的混雑度が低かったことに助けられたのは事実だ。
 それにしても、私の場合出産直前期までお腹の小さいスリム妊婦だった事は認める。 妊娠8か月頃までは、そもそも周囲が私が妊娠していることに気付かないようだ。 そのためか、混雑しているJR山手線内で座席を譲られた事は、たった一度だけである。

 この時の様子を今尚鮮明に記憶しているため、以下に紹介しよう。
 妊娠8か月手前頃だっただろうか。 真夏の時期でワンピース姿の私はさすがに見る人が見れば「妊婦」と認識可能だっただろう。
 その日、私は何らかの理由で急いでいた。 JR山手線に乗り込む事を焦り、階段を上る途中ホームへ入ってきた電車に、危機一髪のタイミングで果敢にも駆け込み乗車した。
 間に合ってよかった~、とドア付近で汗を拭きつつ息絶え絶えの私に、私よりも年上の女性が「どうぞ」と言って席を譲って下さろうとするではないか! 突然のサプライズに(駆け込み乗車が出来る程元気な私は)とっさにお断りしようと思ったのだが、その女性の優しそうな眼差しに触れ、「ありがとうございます。」と頭を下げ丁寧にお礼を申し上げて座らせて頂く事とした。 その女性が電車を下りる時にも今一度お礼を繰り返した。
 その後は退職まで電車内で席を譲られる経験もなければ、むしろお年寄り等“真なる社会的弱者の皆さん”に席を譲ろうとの感覚を保ったまま、私は出産を迎えた。


 さて、表題に掲げた本題に入ろう。

 今時は、鞄に「妊婦ステッカー」までちらつかせて、電車内で善意の相手から席を譲ってくれる事を暗に期待している妊婦が増殖しているとの噂を原左都子も認識しているし、事実その種の妊婦に実際電車内で出会った経験もある。

 それに関連するネット情報を今朝ほど、我がエッセイ集の編集画面経由で発見した。
 「電車で妊婦夫婦を叱り飛ばした女子大生について、意見をお願いします。」との投稿をした nextoshicooさん  と名乗る人物のネット投稿内容を、以下に原左都子が多少アレンジしつつ要約して紹介しよう。

 金曜の終電で満員電車に乗っていたら、「すみません」と2,3回言うのが聞こえました。 言っていたのは30代?くらいの夫婦で、端の席に座っていた女の子に小声で声をかけていました。 女の子はイヤホンをしていて最初は気づかなかった様子でしたが、はっとしたようにイヤホンをはずし…。 夫側が「妻が立っているのが辛いようで・・・(と言って奥さんのカバンの妊婦ステッカーを示したように見えた)」 女の子が何度か声をかけても気づかなかったことにイライラした様子だ。 「すみません、気づきませんで…」と女子大生風女性が席を立ちました。 すると旦那さんが、「妊娠8か月なんですよ、気づかなかったんですか」と若干非難するような調子で言いました。問題はそのあとです。
 女子大生は席から立った状態で、以下のようなことを言いました。 「私は優先席でもない席に座るとき、この車両に席を譲るべき人がいるかどうか神経をとがらせているわけでもないし、いちいち席に座る前に妊婦さんはいますか?と声をかけて挙手させるようなこともしてません。 お腹の中の子供が大事なら、妊婦に気づかない乗客に文句を言う前にやることがあるんじゃないですか? 金曜の終電がどんなものか、わからなかったわけではないでしょう? 満員電車を避けてタクシーで帰るなり、方法はいくらでもあるでしょう。 それとも、具合が悪くなるリスクを冒して終電の満員電車に乗ったということですよね。 どうぞ、お体をお大事に」。
 静かな声で淡々と言っていました。 駅につき、女子大生は降りていきました。 席は空きましたが、奥さんは決して座らず・・・。声を出さずに泣いていました。  周りも誰も座れず・・・。 結局、私が降りるまで30分くらいは誰も座りませんでした(夫婦は立っていた)。 女子大生の言い分は正論だと思うし、一点の曇りもありません。 でも満員電車だったせいか、空気が重たかった・・・。どうすればよかったんでしょう、私は立っていたので、自分の席を譲ることはできませんし。慰めるのも的外れな気がするし。
 (以上、ネット情報より一部を原左都子がアレンジしつつ引用したもの。)


 一旦、私論に入ろう。

 上記ネット情報の事例の場合、亭主に「席を譲れ!」と言わせるよりも、妊婦本人である女性が「妊婦ステッカー」を見知らぬ乗客にちらつかせる以前の問題として、本当に具合が悪いのであれば、自ら「すみませんが席を譲って頂けますか?」と直訴すれば事が穏便に収まったのではあるまいか。
 切羽詰まった体調の悪さとは誰しも判断可能であろうし、その方が即座に席を譲る体制が見知らぬ顧客同士の連携プレーとして叶ったであろうに。

 それ以前の問題として、何故これ程体調が悪い妊婦が混雑している電車に乗るのかに関しても議論対象となろう。
 一旦混雑した電車に乗り込んだ場合、人間関係が希薄化した今の時代背景に於いて、誰かが助けてくれるだろうとの根拠不明の楽観思想に傾いたとて、その結果は自己責任範疇で済まされてやむを得ないと私論は結論付ける。 要するに妊婦氏のご亭主氏の判断も誤りだったと結論付けざるを得ないであろう。
 混雑した電車乗車を避ける事が一番の対策であり、この場面で女子大生が最後に言い切った言葉は正論であろう。

 
 それにしてもこの電車内では、誰一人として妊婦氏に席を譲る他の客がいなかったのか?
 あるいは、皆投稿者や女子大生風女性と同意見だったのか??
 いずれにせよ、この電車内現場とは“凶悪犯に我が命をも犠牲にされそうな切羽詰まった場面”との風景ではない事は歴然であろう。
 その車両に居合わせた誰かが最良の決断をしてもよさそうなのに、それこそが躊躇される程人間関係の希薄化が進んでいる事実を叩き付けられた思いだ。


 そうだとして。

 こんなにも人間関係が歪み切った時代に、果敢にも妊婦の身になった女性達に提言したい事がある。
 「妊婦ステッカー」を電車内でチラつかせて我が身を保護してもらおうとの“他力本願思想”に走る以前の問題として、自分の胎児は自分で守ろうよ。  具合が悪いなら“自分の意思”でその旨を周囲に訴えて助力をお願いしようよ。

 妊娠中は“弱者志向”で済まされたとて、子供出産後はまさに母親としての“強者”の立場で、産んだ子供を守り抜く長年に渡る厳しい試練の年月が待ち構えているのだから。

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「あなた、電話で見知らぬ私に喧嘩を売りたいの!?!」

2014年05月05日 | 時事論評
 私の場合、息子がいないせいか「オレオレ詐欺」らしき電話というのを受けた経験がない。

 一方、あわや「振り込め詐欺」か?!? と一瞬恐怖心を抱かされた電話には一度出たことがある。
 「原左都子エッセイ集」2012.2.11公開の「年配者の心の隙間に忍び込む“電話詐欺”」と題するバックナンバーにその詳細を紹介しているため、以下にその一部を紹介しよう。

 つい先だってこの原左都子が、「振り込め詐欺」か? と勘ぐる電話を自宅で受けた。
 電話の受話器を取る前に“ナンバーディスプレイ”画面に表示された電話番号を確認すると、土地勘がまったくない地方の市外局番が表示されていた。 若干の不信感を抱きつつも電話に出ると、「○○さんのお宅ですか?」との第一声だ。 その名は我が家の苗字と似ているのだが少し異なるため「違います」と返答すると、「すみません」との事で一旦電話が切れた。 この段階で私は、間違い電話とは言えども相手が呈示した名前が“我が家の苗字と似ている”点が大いに気になっていた。
 電話の相手の声が若い世代の男性かと想像できた事も気に掛かる。 想像力豊かな私の脳内には様々な思惑が巡る。 もしも今回の電話が娘のストーカー相手だったとして、電話に出た相手は“おばさん声”だ、これは母親に間違いない、ここはテキトーな名前を言って切った方が無難だと考えたやもしれない。
 などと原左都子が持ち前の想像力を働かせていた時、また電話が鳴るではないか! そして受信音が一回鳴った後、電話の画面まで行く前に直ぐに電話は切れてしまった。  これは更に怪しいと私が恐怖感すら抱き初めたところ、執拗に三度目の電話が鳴るではないか!
 こうなれば、娘を持つ母としては覚悟を決めるしかない。 相手が如何なる悪党であれ精神異常者であれこの原左都子こそが対峙しよう!との強い覚悟で電話に向かうと、やはり上記の未知の地からの電話番号が表記されている。  受話器を上げると、今度は「○○さんですね」と我が家の苗字を尋ねる。  「そうですが、先程から幾度となく我が家にお電話を下さっていますね?!」と半ば喧嘩腰に電話の返答を切り出す私だ!
 話を中略してこの電話の真相結果を語ると、実は、原左都子本人への大学(大学院)の同窓ゼミ会への誘いの電話だったのだ。  その元教授である恩師の文化勲章受章祝賀会も兼ねて、今回名立たるホテルの名立たる宴会場でゼミ総会を開催するのだと電話の主は言う。
 このような電話に於いても、庶民の立場としてはまず “振り込め詐欺” を疑うべきと原左都子は心得るのだ!   そんな私は、電話相手の話を聞く振りをしつつも「振込み先」を唱え始めたなら即座に電話を切ろうと考えていた。   幸い電話の相手はゼミ会総会に出席するに当たっての「振込み先」は伝えなかった。 ただ、それでも私の方は念を押した。 「今時、間違い電話や迷惑電話が数多い日常に於いて、このような連絡をいきなり電話で頂く事が如何なものか?」
 これに対しては電話の相手から一応の謝罪があった。  その後正式な「ゼミ総会」の案内書も到着して一件落着ではある。 
 それにしても、一般に流通している個人情報満載の「同窓会名簿」を濫用・悪用した“振り込め詐欺”がこの世に横行している現状下に於いて、安易に同窓会の連絡を電話に依存する事は避けるべきであろう。
 (以上、「原左都子エッセイ集」迷惑電話に関するバックナンバーの一部を引用したもの。)


 さて、話題を表題のテーマに戻そう。

 何処の家庭に於いても「セールス電話」が後を絶たない現実であろう。
 これ程迷惑なものはないのが実情の中、現在ではセールス電話を“0120フリーダイヤル”にて掛けてくる相手企業が数多い。 これぞ救いであり、我が家など私の判断で“0120”着信には一切出ない事に決めている。 それでも執拗に同じ0120番号で発信してくる企業に関しては、「着信拒否」対応でシャットアウトしている。
 
 ところが一番困惑するのは、「取引企業」からのセールス電話である。
 つい最近もこれを経験した。 我が家は一家で癌保険に加入しているのだが、その保険会社から電話が再三入る。 ただこれに関しても、ほとんどが追加サービスのセールスであることを承知の上で電話口に出ると、いつも私の思惑通りの内容だ。 
 恐らく派遣社員と思しき電話担当女性より、主たる保険契約者である亭主に電話を代わって欲しいとの一声である。 すぐさま、「その必要はありません。どうせセールスでしょうから私がそれにお答えします。」と返すなり、電話対応女性から返された反応とは!
 「ハックショ~~~~~~~ン!!!!」 との大音量だ。
 唖然としつつも、ひるまず私は更に「セールスであることは承知していますので、早く要件をお伝え下さい!」
 そうしたところ、今一度 「ハックショ~~~~~~~ン!!!!」 との大音量が電話担当女性より返されてきた。
 よほど私の対応が癪に障ったのであろう。 鼓膜が破れそうになりつつ、(この勝負、私の勝ちだな)と内心うっすら勝利感に満たされつつ、最後に電話担当女性にご意見したのが表題の文面である。
 
 「あなた、見知らぬ相手である私に喧嘩を売りたいがために電話を掛けてきたのですか!?」 
 さすがに契約相手である顧客側から保険契約全面破棄を申し出られたものなら、自分の首が切られると判断したのだろうか??  最後は「申し訳ございませんでした。花粉症ですので…。」との弱気の回答だ。
 すかさず私も、「その場合は、受話器を遠ざけてくしゃみをした方が無難ですよ。」


 今現在、大企業のセールス電話対応を任されているのは、“経済界弱者立場”の末端「派遣社員」である事など百も承知の上だ。

 顧客側である庶民の立場でそれを実感させられたとて、大企業側こそが“上下世界の実態の程”を再認識しない事には事が始まらない。 大企業とは、派遣社員のレベルの程を自ら常にチェックする体制を整えるべきだ。
 もしかしたら安易に安給料で雇い日々の電話対応を任せてある派遣社員に、顧客との取引を“潰される”事態に発展し兼ねない事実を、大企業側は今一度把握する必要があろう。

 実際問題、今時保険会社も保険商品もより取り見取りの時代だ。 
 たとえ派遣社員とはいえ、電話口で「ハックショ~~~~~~~ン!」なる大声を何度も私に浴びせ果敢にも喧嘩を売りつける企業との契約など、原左都子が庶民のレベルでとっとと切り捨てますけど、大企業さん、それでいいですか!?

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職責よりも我が子の入学式を優先する教員のプロ意識の程

2014年05月02日 | 時事論評
 冒頭より私事を語らせていただこう。 

 我が子の小学校入学式の日を、私は一生忘れる事はないであろう。

 14年前のあの日、入学式等すべての式典日程が終了した後我が一家は教室に残り、娘の担任先生と最初の個人面談を持つことが叶ったお陰で、我が娘は現在の目覚ましいまでの成長を遂げていると言って過言ではないのだ。


 我が子が出生時のトラブルにより多少の事情を抱えてこの世に生を受けている事に関しては、当該エッセイ集にて幾度か述べている。

 そんな娘の真なる成長を願った私は、その方策の一環として小学校段階から娘が抱えている事情に理解があるとの私学への入学を志し実行しようと試みた。 ところがその当時の私立学校現場とは、“弱者排除思想”がまかり通っていたものと思われる。 残念ながら我が娘の持つ“事情”を公開したがばかりに、受験した全ての私学から「不合格」との通知が届く羽目と相成った。

 この世の無常に落胆しつつ、それでも義務教育である小学校へは親の義務として我が子を入学させねばならないため、今度は地元教育委員会が主催する「就学前相談」を訪れた。
 その場で教育委員会担当者より言い放たれたのが以下の言葉だ。 「今時の障がい児を持つ親とは、権利ばかり主張して困る。 障がい児を産んだ親とは学校現場や保護者皆に“迷惑をお掛けして申し訳ありません。”と頭を下げお詫び行脚をするべきだ。 そもそも障がい児とはその存在自体が迷惑である事を親としてもっと認識してはどうなのか。」  その教育委員会担当者は我々父母が“(自分よりも)高学歴”である情報を得た後は、決して「あなたがその親に該当する」とは告げなかった。 だからこそ尚更、私は当該担当者のこの言葉で当時の公教育のお粗末さレベルを痛い程認識させられたものだ。
 そんな教育委員会が操る公立小学校へ我が子を入学させる事とは、“谷底へ突き落す”よりも残酷な現状と心得つつ、私は悲痛な思いで我が子の入学式の日を迎えた。

 当日は小学校の入学式受付で親子が引き離され、私は入学式会場へ、そして娘は上級生に手を引かれて教室へと向かった。
 その後入学式が終了し、私は娘のクラス教室で再び娘と再開できた。 担任先生の児童達への話しかけに多くの児童が「は~い!」などと元気に応えるのに対し、我が子のみがうつむいて押し黙ってた姿をいつもの事として記憶している。
 そして教室での保護者への伝達事項が終わりに近づいた時、担任先生が以下のように話して下さった。 「もしも個人的にお子様の件で何か担任に話したい事がありましたら、この後教室に残ってご遠慮なくお伝え下さい。」
 それに反応したのは保護者の中でも2,3家族だっただろうか。 その他の皆さんは速やかに元気な子供と共に帰宅した様子だ。  恐らく我が家が持っている事情が一番深刻だと推し量った私は、一番最後に担任先生に個人面談を申し出た。

 そうしたところ、担任先生が既に我が家が教育委員会にて「就学前相談」を受けている事を承知していたことを告げ、「〇さん(我が家のこと)が本日入学式後に個人面談を申し出て下さることを担任としてもお待ちしておりました。」とまで言って下さるではないか!  こうなれば、こちらとしても話は簡単だ。
  ただ我が娘も在席している場で、まさか娘が抱えている深刻な事情に関して話し合いが出来る訳がない。 その事態も把握し「今後、密に連絡を取り合いましょう。」との担任先生の大いなるご配慮でその場を去った我が一家である。

 その後、小学2年生までこの担任先生に我が子はお世話になった。 小学生の娘にとっての小社会である学校現場のスタートラインで、このようなご理解ある担任先生に巡り会えたお陰で、娘はその後大躍進を遂げることが叶ったと私は分析している。


 表題に戻るが、もしもこの日娘の学級担任である教員が小学校の入学式を欠席していたならば、我が家の娘はどう転んだのだろう?

 いや、まさか義務教育のスタートラインである小学校1年生の新担任が、その職責を無視して自分の子の入学式に参列する事は考えられない??
 そうとは言い切れないかもしれない。 小学校の担任とて幼い子供を持つ父母が多いのが現実であろう。 もしもクラス担任として入学式を迎える親にたまたま小学1年生になる子どもがいるとして、その子が障がい児だった場合、子供の入学式を優先しても許されるのかもしれないのか?? (元教員経験者でもある我が私論だが、おそらくその事例の場合、学校現場で1年生のクラス担任を持たせない配慮がなされる事に期待したい。)


 今一度、表題に戻ろう。
 
 埼玉県立高校で、新入生の担任教諭4人が入学式を欠席したとのことだ。 そのいずれもが自分の子の入学式に出席するためであり、それが認められたとのニュース報道だ。

 原左都子自身が高校教員経験者なのだが、このニュースを一見して私が(歪んだ視線で)気付いた事がある。
 それはもしかしたら入学式欠席教員達とは、単に保護者対応が苦手なのではあるまいか?との懸念である。
 というのも、高校現場に於いては保護者とは「入学式」と「卒業式」、はたまた「個人面談」しか来ないのが現状であろう。 後はPTA活動に熱心な保護者が学校を訪れることはあれど、その他の要件で学校に来る保護者は皆無とも表現出来よう。
 要するに、高校教員として(特に若い世代の教員は)保護者の扱いに慣れていないのではなかろうか? 
 もしかして、自分が今後抱えるべく高校生に関して、ずっと年長の保護者から“無理難題”を押し付けられる事態を回避したい故に、スタートラインである入学式をボイコットしたのではなかろうか?


 それが極論であるとしても、教員たる者、その職責を果たすためには普段生徒とかかわる能力に加えて、保護者と渡り合える能力も欠かせないはずだ。

 そんなつもりは一切なくて教員を志したとするならば、元々その職業選択を誤ったと理解するべきだろう。
 子どもを育てる最終責任者である保護者との対等な会話の機会を教員が持てずして、子供とは育ちえないのだから。 
 如何なる理由であれ、入学式をボイコットする教員など学校現場に於いて存在してはならないと結論付けたい。

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