原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

浅田真央選手の五輪演技を4年後今一度見定めたい

2014年02月23日 | 時事論評
 まったくもって、日本とは“スター選手が未来へ羽ばたく可能性をお上が潰すべく機能する国家”か!? との原左都子の印象を後押ししたのが、自民党政権森喜朗元首相の信じ難き発言である。

 何でも、先だって2月20日に福岡市にて行った講演で、森喜朗元首相はソチ五輪フィギュアスケート ショートプログラムで16位だった浅田真央選手について 「あの子、大事なときには必ず転ぶんですよね」と公言したらしい。
 さらには「負けるとわかっている団体戦に何も浅田さんを出して、恥かかせることなかったと思うんですよね」とも続け、浅田選手を団体戦の出場メンバーに選んだことを問題視したとのことだ。
 参考のため、 森元首相は東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長を務めている人物である。
 (以上、ネット情報より引用。)

 真央ちゃんファンの原左都子でなくとも、この“軽薄うすら馬鹿年寄り”を誰が2020東京五輪組織委員会会長になど任命したのか!と、その責任を問いたくなるレベルの低次元発言ではなかろうか?
 五輪組織委員会会長とは、自国他国にかかわらず世界から参加する選手皆が最大限の力を発揮できるような地盤作りを滞りなく執り行い、安全を守りつつ応援をするのがその使命ではないのか!?

 最低限森氏は女子フィギュアフリー演技が終了し、すべての結果が出た時点でその発言をするべきだった。
 現在のところ、フィギュアスケート競技とは「ショート」と「フリー」の二部構成である。 「ショート」結果のみを見てその内容を評価するなど言語道断だ。


 実は私は、フィギュアスケート競技とは極論を言えば「フリー」のみでよいのではないかとも考察している。
 私の印象では、現在実施されている「ショート」とは、実質的には時間的制約上「フリー」演技に進出する選手を25名に絞り込む第一関門と捉えている。
 もしも可能ならばスキージャンプ競技のように、2本の「フリー」演技を選手に課すことにより2本トータルで決着をつけた方がより公正かと思ったりもする。 (その場合、現行競技システムよりも長時間を要してしまうデメリットが発生するが。)

 ここで少し厳しい見解を述べると、ソチ五輪代表浅田真央選手の場合、皆さんご周知のごとくショートプログラムで“信じられない大失敗”をしでかしたことは消すに消せない事実である。
 まさか冒頭の森元首相のように、フリー演技の前にそれを公然とバッシングするほど私は非常識ではないが、真央選手にはその致命的大失敗があったからこそ、翌日には自己最高得点の素晴らしいフリーを紡ぎだせたものと考察可能ではなかろうか。
 これがもし「フリー」一本勝負だったなら、真央選手は如何なるパフォーマンスが叶ったのだろう、なる興味が湧くのだ。 意外や意外4分間との長勝負フリーの場合、後半で前半ミスの挽回が可能だったのかもしれないが…。


 そういう観点から今回のソチ五輪女子フィギュア競技全般を振り返るならば、金銀銅メダルに輝いた三選手の研ぎ澄まされた2本の演技の完成度は実に素晴らしかった。

 金メダルに輝いたロシア代表 ソトニコワ選手に関して、「プーチンの政治力故だ」 いや「ロシア観客が騒ぎ過ぎだ」等々マイナス見解がメディア上で溢れているのを私も承知している。
 ただ原左都子の判定によっても、この選手はダントツ「金メダル」と評価している。
 何せ、未だ17歳にして技術力が超越している。 加えて、さすがクラシックバレエ王国ロシアの選手にして、バレエの素養ある選手とみなした程に芸術性も兼ね備えている。 しかも、フリー演技のパワフルなダイナミックさに私個人的には圧倒されたものだ。

 銀メダルを取得した韓国代表 キムヨナ選手も、ショート、フリー共に前回バンクーバー五輪に引き続き完璧な演技を披露した。
 ただ、私は見逃していない。  キムヨナ選手とは、現在女子フィギュア界では常識とも言える“ビールマンスピン”が出来ない選手なのではなかろうか。 キム選手がこれを公式試合で公開する姿を私は未だかつて見たことがない。 加えて、ソトニコワ選手が披露した超難度高回転スピンの“離れ技”とも表現可能な技術力にも、キム選手は欠けていたことは事実だ。 この技術力の差こそが、メダルの色の差に繋がったものと私は解釈している。

 銅メダルのイタリア代表 コストナー選手は、今回五輪出場3度目のベテランフィギュアスケーターである。
 実は私は十年以上前の時代からこの人の演技を好んでいる。 長身にしてジャンプの高さが素晴らしく、ダイナミックな演技を披露してくれる選手だ。 今までは本番での失敗が多く上位に食い込むことはなかったが、今回のソチ五輪でやっとメダルをゲットできたことに私は大いなる拍手を贈りたい思いだ。 

 そして、浅田真央選手。
 もしも五輪フィギュアスケート競技が「フリー」一本だった場合、真央選手は今回のソチ五輪でメダルを獲得出来たであろう。
 真央選手の「フリー」演技は実に素晴らしかった。 原左都子もそれを見て涙した。
 ご本人が演技後メディア会見で述べた通り「バンクーバー五輪の銀メダル以降4年間かけて練習に励んだ成果がすべて出せた」 その通りであろう。
 ただ、現状ではフィギュア選手には「ショート」プログラムも課されている。 
 厳しい見解であることは承知の上で、真央選手には「ショート」「フリー」共に納得できる演技を今後期待したいのだ。
 幸いな事に、真央選手は既に次なる世界選手権出場に標的を定めているようだ。
 それでこそ浅田真央選手である!  どうか、ソチ五輪フリー演技の完成度の高さ及びご自身の成功感を武器にして、今後共にフィギュアスケートの頂点を目指し続けて欲しいものである。


 競技によるかもしれないが、五輪選手にとっての4年間とは短そうで実は長い年月であるのかもしれない。

 その間に真央選手がご自身のプライベート時間をゆったりと紡ぐ事により、フィギュアスケート選手として更に強くなることを、私は応援したい気がする。



    P.S.

 しばらく旅に出ます。 

 「原左都子エッセイ集」の執筆を少しお休みさせて頂きますが、その間、バックナンバーを閲覧下さいましたならば幸甚です。 

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凍てつく夜はふかふかの布団が恋しい…

2014年02月20日 | その他オピニオン
 エッセイ総数1000本を突破しまだまだ健在の「原左都子エッセイ集」であるが、取り上げるテーマとして一番少ない題材が“主婦業”に関する話題と自覚している。

 私自身の記憶にある“主婦業”関連バックナンバーといえば、2008年8月17日公開 「料理嫌いな女」、そして2009年5月19日公開 「布団を干すのも頭脳勝負」 この2本のみである。

 ところがどういう訳か上記“主婦業”関連エッセイは、今や「原左都子エッセイ集」スタンダードナンバーと表現可能な程数多くの閲覧を連日頂戴しているのだ。
 日々更新されるブログ編集画面のアクセス状況を確認すると、公開から既に数年が経過した現在に於いて尚、両バックナンバー共、常に我がエッセイ閲覧数(PV)ベスト20内にランクインしている。


 特に、今冬日本全国を襲っている「大雪被害」が凄まじいとの天候状況が大きく影響しているのか、2009年公開バックナンバー 「布団を干すのも頭脳勝負」 に最近数多くのアクセスを頂戴している。
 その検索元文言を辿ると、「雪が降った後でも布団を干せるか?」「雪がまだ積もっていても布団を干して大丈夫か?」… なる、おそらく主婦の皆様の切実な思いが読み取れるものが多数である。

 そこで、今回は上記バックナンバーを公開した原左都子の責任を取るためにも、今一度「布団干し」に関する私論を綴り公開することを目的とする。


 早速、2009.5.19公開バックナンバー 「布団を干すのも頭脳勝負」の一部を以下に要約して紹介しよう。
 私は“主婦”としての殊勝な心がけなど一切持ち合わせていない「主婦失格女」である。  と言う以前に、この“主婦”という言葉には結婚前より大いなるアレルギーがある私は、結婚後外部に対して自ら“主婦”と名乗ったことなど一度もない。 例えば履歴書の職業欄に何と書くべきか等、現在の自分の身分を表現する言葉にいつも困惑するのであるが、まかり間違っても“主婦”などとは記載しないで“無職”の表現を用いることを好む私である。  このように、普段“主婦”の自覚がまったくない私であるが、その実はと言うと、料理以外は日々まめに“主婦業”に励んでいる種の人間なのだ。
 それには理由がある。 私の“主婦業”行動は、根っからの「綺麗好き」気質に端を発しているのだ。
 独身時代の一人暮らしの頃から、例えば外で飲んだくれて深夜に帰宅しても、必ずシャワーを浴び、その日着ていた衣類を手洗いで(洗濯機は騒音を発するため)洗濯してから就寝した。  仕事のない休日の午前中は、必ず部屋の掃除と布団のシーツ等の大きいものの洗濯、そして晴れた日には布団干しに勤しんだ。  休日の日課はノルマ実行が最優先で、これをこなしてからでないと外出しないことに決めていた。 例えば彼氏に休日朝からの遠出ドライブ等に誘われた場合も、我が“綺麗好きノルマ”達成のために約束の時間をずらしてもらったりした。
 独身時代からのこの習慣が現在も“主婦業”という形で続き、掃除洗濯、布団干し、部屋の整理整頓等に日々勤しみ、休む間のない私なのである。
 ここで話が変わるが、「布団干し」に関して、どんなに晴れていても雨が降った翌日は湿気が多いので布団干しをしてはいけない事を常識と認識されている方々が特に年配女性を中心に未だ多いようだ。 例えば朝日新聞投書で82歳女性からのその趣旨のご意見を見かけた。 人生の大先輩に対して物申すのも気が引けるが、ここでは「その言葉、ちょっと待った!!」と異論を提示するしかない。
 独身時代より培った布団干し暦30余年の“ベテラン布団ホッシャー”の私に言わせていただくと、この投書内容は明らかに“がせネタ”である。 たかが主婦の一仕事でしかない“布団干し”と言えども経験がものを言うものだ。  この道のエキスパートともなれば、外の空気を鼻で一瞬嗅いだだけでその日の湿度のパーセンテージがほぼ正確に分かるのである。 空気を鼻で嗅がずとも、ベランダの雨の残り具合や排水溝の乾き具合を少し観察すれば、その日の湿度の状態が一目瞭然で、今日は布団を干せるか否かが一瞬にして分かるのものだ。  (もちろん、この投書の高齢女性は高層集合住宅など皆無だった頃の教えに基づき投書されたのであろうが。)
 私論に入るが、雨の翌日が必ずしも湿度が高いとは言い切れない。 湿度は気圧配置や風の向きに大いに左右され、たとえ雨の翌日といえども爽やかに晴れ渡る日は多い。  “布団干し”と湿度は確かに切り離せないものである。 だが、その日や前日の天候のみによって杓子定規に布団を干すか干さないかを判断するのではなく、たとえ馬鹿でもできる(失礼!)“主婦業”の中の一仕事であれ、昔伝授された知識のみに頼るのではなく、自らの経験により得た勘等も活かしつつ日々取り組むべき業であろう。
 ついでの話だが、我が布団干し歴30余年の間に、ベランダに干した布団を風で飛ばす、という大失態を経験している。  特に高層住宅の上階では強風のビル風が吹き荒れ易いのであるが、我が家が超高層タワー物件に居住していた時にこの失敗を経験している。 激しいビル風で飛んだ布団が下を通行している車や人に当たった場合の惨事をご想像いただくと、布団が凶器と成り得ることは想像がつくであろう。 恐らく布団を飛ばした主婦は「重過失責任」を問われ、多額の損害賠償支払いを命じられるであろう。 それが理解できていながら、当時まだまだ人生経験が足りず未熟だった私は、自らの“綺麗好き”の本能に任せて超高層タワー物件で果敢にも布団を干したのだ!!  幸い、飛んだ布団はタワー敷地内の植栽の上に落ちていた。(ホッ…) 人目を気にしつつ飛んだ布団を持ち帰った私は自分の愚かさを恥じつつ、(こんな超高層タワー住居ではふかふかの布団で寝るというような人間らしい暮らしは所詮無理なのかなあ…)との感覚を抱いたものだ。  その後、我が家はまもなく(他の理由もあったが)低層住宅地に住居買換えの運びとなる。
 太陽光を浴びたホカホカの布団のぬくもりは毎晩はずせない。 あれは「布団乾燥機」では到底味わえない贅沢であるのかもしれない。
 これからもまずは自分の安眠のために、私は“ベテラン布団ホッシャー”でい続けるぞ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用。)


 ここで、“ベテラン布団ホッシャー”原左都子から「布団干し」作業に於いて忘れてはならない重点項目を追加しておこう。

 まず第1点。
 「布団叩き」に関してだが、あれの使用は即刻やめるべきである。 とにかく叩く音がうるさい。 過去に於いても 「布団叩き」の音が近隣の迷惑を及ぼし裁判沙汰になった事例もある。 
 私は30余年前より「布団叩き」を一切使用していない。 手で布団の表面を静かにふるうだけで十分だ。そうした方が布団の生地を傷めず長持ちする。 もしも花粉やPM2,5等の粒子が気になる場合は、そもそも布団を干すことをやめ、シーツやカバーをまめに洗濯することである程度アレルギー被害を防げるであろう。

 第2点。
 「高層住宅に於いては下階に留意するべき」。 我が家の場合高層住宅の上階に位置しているのだが、日々布団を干す場合これぞ鉄則と心得ている。 下階の住人の方が布団を干している場合、その日は布団干しを諦めようとの考えもある。 どうしても干したい場合は、布団のホコリをベランダ内で人知れずいつもより静かにふるうべきであろう。  上階から布団のホコリを叩き落とす行為とは、必ずや下階の不快感及びトラブルを引き起こすものと心得たい。

 第3点。
 「自分自身で布団の快感を味わうことから始めよう。」  これは、特に「雪に際してどうするか?」なる布団干しに関する疑問を提示している主婦の皆さんに提案したいのだが、とにかく自分自身の感覚範疇で“今日は布団を干せる!”と感じたならば、干してはいかがかとの事だ。 
 その結果、もしも布団がジトジト気持ち悪かったならばそんな日の布団干しはやめるべきだろう。
 私自身の行動をここで記すならば、大雪が降ったとて、次の日が晴天で我が家のベランダの雪が解けきっている場合は果敢にも布団を干している。 その夜その布団で寝た感想を語ると明らかに干さないよりも心地よいからに他ならない。 自分が心地よいならば、おそらく家族もそうであろうとの行動だ。 それで家族から苦情が出たためしもない。


 たかが「布団干し」作業と言えども、自宅家屋の方角や高さやその地面の特質等により大幅にその効果の程が異なる事には間違いない。
 まずはご自宅の立地条件をわきまえ、とりあえず布団を干したご自身がその効果を検証することから始めては如何か?  

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そして、我がエッセイ本数 1000本達成!

2014年02月17日 | 自己実現
 (日本時間)昨日16日深夜に実施されたソチ五輪 スキージャンプラージヒル競技に於いて、“銀メダル”に輝いた葛西紀明選手の活躍が何とも素晴らしい。


 ソチ五輪日本選手団 主将を務めているジャンプ代表 葛西選手を知らない国民はいないであろう。
 1972年に北海道で生まれた葛西選手は、1992年のアルベールビル五輪に19歳で出場した。  以来、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバー、ソチと史上最多計7回の冬季五輪に連続出場との前人未到の経歴を持つ。  ソチ五輪直前に実施されたワールドカップ大会では41歳にして“優勝”を勝ち取る等、堂々たる実績の下ソチ冬季五輪日本代表に選出された。
 そして、得意のラージヒルでは「金メダルを取る!」とのご自身の表明通り、今回金メダル選手に僅差の実力を余すところなく披露して、「銀メダル」をゲットされたのだ!
 しかも葛西選手の更なる素晴らしさとは、「4年後の五輪にも出場する!」と宣言されているところだ。是非共その夢を叶えられ、次回冬季五輪に於いて「金メダル」に輝く葛西選手の栄光の姿を私も拝見したい。
 もしも葛西選手がその夢を実現した暁には、「国民栄誉賞」に値する功績であると私からも推薦申し上げたい思いだ。


 今回のベテラン葛西選手の五輪大舞台に於ける“快挙”に便乗し、手前味噌ながら「自分を褒め」させてもらおうとの本日のエッセイ魂胆である。

 実は、本日の記事が「原左都子エッセイ集」開設以来 1003本目のエッセイとなるのだ。

 そろそろ1000本に達するかなあ、との感覚は少し前よりあったのだが、トータル本数を計算する暇がないまま、いつもの日常の反復でエッセイを綴り公開し続けていた。
 昨日葛西選手の栄誉を目の当たりにした私は、そう言えば我がエッセイ集も(そのレベルの程は別次元ながら)長い期間続行出来ているとの自己評価意識を誘因されたのだ。 
 エッセイ本数が1000本に達した暁には自分で自分を褒めるお祝いをこっそりしたいとも考えていたところ、既にその本数を超過している事実を本日確認したとの次第だ。


 私は今からほぼ6年前の2008年3月11日、当該「原左都子エッセイ集」に於いて 「そして、100本達成!」と題するエッセイを綴り公開している。
 それを先程読み直してみたところ、1000本を達成している現在と“感慨深さ”においてさほど相違ない内容の文面を記載している事に驚かされたため、以下にその一部を要約して紹介しよう。

 「原左都子エッセイ集」を開設以来、本日の記事でちょうど100本目となる。 開設後ほぼ半年で100本と言うことは、2日に1本強のペースで綴り続けてきた計算になる。 開設当初は気合が入っていたこともありほぼ一日1本のペースで綴っていたが、近頃は一週間に3本程度のペースを目標としている。
 開設100本を記念して、本記事においては「原左都子エッセイ集」の記事内容につき自ら論評してみることとする。
 本エッセイ集開設の趣旨は“自己のオピニオン”の公開にある。
 「原左都子エッセイ集」タイトル下のブログ説明文に“つれづれなるままに綴ります。”と記載しているが、その実態とは決して“つれづれなるまま”ではない。 1本1本が真剣勝負、ただならぬ集中力で綴っている。 こんな拙文を書くのにそんなに集中力が要るの?と、せせら笑われることは承知であるが、年齢的な事情もあり集中力なくして綴れないのだ。  家族には執筆中は決して話しかけないよう、そしてテレビ、音楽等音の出るものは禁止令の下、パソコンの傍らには各種辞書、記事によっては新聞のスクラップ、六法全書、医学書、各種文献、参考図書、自らの学生時代及び教員時代の講義ノート等を手の届くところに配備し、眉間に皺を寄せて綴っている。
 当ブログの内容は決して日記ではない。 タイトルの通り自己のオピニオンを綴るエッセイであるため、テーマごとの下調べが欠かせない。 この下調べ、遡ってテーマの設定に結構時間を費やす 。愛読している朝日新聞やNHKテレビからネタを引用する場合が多いのだが、そもそも新聞を読む時間が取りにくいし、テレビは元々ニュース以外あまり見ない。 それでも、たとえ一週間遅れようと必ず新聞には目を通すが、時事もののオピニオンを綴りたい時など残念ながら旬を過ぎてしまっている。 今後の展望としてはもっと時事論評ものを増やしたく考えているのだが、さて時間的な問題が解決できるかどうか…。
 一方で、“雑記”カテゴリー等、下調べや記事の検証作業が必要ないという意味で気軽に書けるエッセイも今後共に捨て難い。 この種の文章を綴ることも文章力の鍛錬になるため、エッセイ集開設趣旨から多少外れるが、やはり“遊び心”で今後もたまに取り入れていきたいと考えている。
 日々更新のブログの世界においては記事が通り過ぎてしまい、蓄積性がない事実が何ともはかない。 それでも、当ブログの場合バックナンバー記事を閲覧いただくことが少なくない。 これはたかがブログとのネット媒体であろうと、記事が時間を経てまだ生命力を保っていることを伝えてくれ何ともうれしいものである。
 今後共、一記事一記事に生命が宿るような、そんなエッセイを綴り公開し続けたいものである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2008年バックナンバーより一部を引用。)


 上記エッセイを6年程前に綴った頃、私は他者が記述している某ブログを拝見した。
 年配男性が綴り公開しているブログと記憶しているが、既に700本を超過する記事を公開しているとのことだ。 片や私は未だ100本…。 程遠いご実績と認識させて頂き、我が身の未熟さを思い知らされたものだ。

 あれから6年の年月が経過し数的にはその年配男性のブログ本数を超え、まだまだ健在の我がエッセイ集である。
 今後の展望としては特段今までと変わりない趣旨を貫き、「オピニオンエッセイ」を中心に公開し続ける予定だ。
 その初心を今後もずっと貫くと計算した場合、私が平均寿命まで生き抜いた暁には、後4000本余りのエッセイが綴れそうだ!

 ソチ五輪に於いて輝かしき栄光を刻んだ葛西紀明選手とは程遠い立場の、しがない一庶民を一生貫いていく予定の私である。
 それでも今後共、「原左都子エッセイ集」を各種検索を通じ覗いて下さる市民の皆様のご期待に応えるべく、力強いエッセイを綴りオピニオンを発信し我が歴史を刻み続けたい所存である事には間違いない。

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メダルを誰がとるかよりも、世界最高の演技が見たい!

2014年02月15日 | 時事論評
 ソチ五輪前半のハイライト「男子フィギュアスケート フリー」が、日本時間本日(2月15日)深夜実施された。

 その生放送ではなく、今朝起きてすぐネット上で速報第一報を確認した私だ。
 順位だけの結果を見て、金メダル羽生結弦選手、銀メダルパトリック・チャン選手(カナダ)の文字に、「まあ、前評判通りの結果か」と特段サプライズするでもなく一旦通り過ぎた。

 その後ネット別ページにて、フリーの内容を確認した私は大いに落胆させられた。
 何でも、金銀メダルに輝いた男子フィギュア第一人者トップ2の両選手が転倒等の失敗を繰り返し、自己最高に程遠い低得点で精彩を欠いた内容だったとの報道だ。 


 とにかく私自身がその演技の内容をつぶさに見て確認しないことには、本日当エッセイ内で論評出来る訳もない。 そこで先程午後12時よりBSフジにて放映された男子フリー録画番組を観賞することとした。

 両トップ2選手に先立ち、銅メダルに輝いたデニス・テン選手(カザフスタン)の演技が一番に放映された。
 確かに失敗のない始終落ち着いた演技で難なくフリーを終えた印象はある。 だたスケーティングスピードが遅いのか、ゆったりとしたスケーティングがこの人の持ち味なのか、とにかく私にとっては特段のインパクトがなく単に無難だったというのが正直な感想だ。

 (中を飛ばして)次に見たのが日本代表 町田樹選手である。
 既に23歳のベテランの域に達している選手だが、そもそも私がこの選手を初めて知ったのがソチ五輪直前期だった。 162㎝と小柄ながらダイナミックさと繊細さを併せ持ち、確実な技術力と演技力を培っている選手とプラス評価させていただいている。 本日のソチ五輪フリーに於いても、その持ち味を余すところなく表現できたのではないかとの印象がある。
 実力より点数が伸び悩むのは「小柄」な体格のせいか? あるいは五輪に於いては無名選手故か??  とにかく五輪と言えども、その種の“不透明さ”が根底に存在するのは否めない事実ではなかろうか。

 そしてその次に見たのは、現在まで我が国男子フィギュア選手のトップに君臨し活躍してきた高橋大輔選手の演技である。
 直前の足の故障をまったく感じさせないような、素晴らしいスケーティングでソチ五輪フリー演技を全うした。 私の目には、むしろ前回バンクーバー五輪にて銅メダルに輝いた時よりもさらにスケーターとして熟成された高橋選手を見る思いだった。  この人こそが「金メダル」と私は一瞬判断した!
 ところが残念ながら解説によれば、4回転後に手をついた場面は回転不足との評価が下されるとのことだ。

 その後見たのが、金銀メダルに輝いた両選手の演技である。

 まずは、羽生結弦選手。
 初っ端の4回転ジャンプに転びしりもちをつく。その後も幾度かジャンプで失敗を重ねる。 それでも体力不足故にフリーを苦手としていた羽生選手も、4分間のフリーを美しく終焉できるプログラム構成のバックアップに恵まれたようだ。 どう見ても息絶え絶えのエンディングにあえて座り込む体勢を組み込んだ事など私の眼には歴然だ。
 それでもこの選手は世界規模でのファンに大いに支えられていると私は判断する。 その第一の理由とは、世界的名コーチであるブライアン・オーサー氏の力量故か?  あるいは今時、この種の“中性的外見選手”をフィギュアスケートに於いても好むファンが多い故か?? 
 それは言い過ぎ、あるいは誤解であるとして、確かに羽生選手とは女子選手の得意技であるビールマンスピンやイナバウワーを難なくこなせる世界に例を見ない特異的な男子フィギュア選手と表現可能であろう。
 その観点から考察するなら、羽生選手が五輪で金メダルをゲットできるのは19歳である今こそが「旬」だったのではなかろうか。 もしも私の論理に誤りがあるとしても、羽生選手がこれから大人の男性としての階段を上り詰める程、肉体面で男性的外見に風変りするであろう。 そうした場合も羽生選手は現在の中性的フィギュア個性を貫くのであろうか?  羽生選手の将来の可能性に向けてこれは“見もの”と私は捉えている。

 最後に見たのが、パトリック・チャン選手だ。
 前回4年前のバンクーバー五輪時に4位に食い込んだ時から4年の年月を経て、チャン選手は外見的には今や立派な“おっさん”と化している。(失礼をお詫びします…)  表現を変えると、チャン選手は体格的にたくましくなったと同時に、フィギュアの実力も世界最高レベルにまでのし上げるに至っている。 もしも今日本の羽生選手が存在しなかったなら、確実にチャン選手が今回金メダルをゲットしたであろう。
 ところが時代の趨勢とは残酷である。 まさに世界には種々雑多な人種が出没してくるものだ。 わずか4年の年月と言えども、世界情勢が目まぐるしいまでに変貌を遂げていることを身を持って体験させられるのも五輪の魅力かもしれない。 
 私個人的にはチャン選手の栄光こそをソチ五輪会場で見たかったのに、残念ながら何故かフリー本番で失敗を重ねることと相成った… 
 それでも、パトリック・チャン選手とは1990年生まれの未だ23歳の若さであるようだ。 どうか、“世界王者”の名の下今後も精進して、次回の五輪にも羽生選手と一緒に出場し競い合うことを期待している。


 前回4年前のバンクーバー冬季五輪に於いて男子フィギュアスケート競技で金メダルを獲得した 米国代表ライサチェク選手を賞賛するエッセイを、私は2010年2月に綴り公開している。

 本日ソチ五輪男子フィギュアの結果を見て、そのエッセイを懐かしく思い出だす私である。
 当時、ライサチェク選手が一度も4回転ジャンプを飛ばなかった事実に関して、何故この選手を金メダルとしたのかとの反対議論が世界中から湧き出る事態となった。

 この世界規模世論に、敢えて反発した原左都子だ!
 とにかく、ライサチェク選手の演技とは「完璧」だったと。
 それは、女子フィギュア代表の韓国金妍児選手も「完璧」さに於いて同様だったと私は4年前に論評し、国内浅田真央選手ファンから大いなるバッシングを受ける事態と相成った。


 その観点から今再び論評するならば、今回のソチ五輪男子フィギュアスケートの場合、金銀メダルを取得した羽生、チャン両選手の演技は実にふがいなく、お粗末だったとしか言いようがないのだ。
 試合中にしりもちをつき、手を床に何度もつく選手の演技が世界で最高な訳がない。

 私は世界最高のスポーツ祭典である五輪には、是非とも世界最高のパフォーマンスを期待したいのだ。
 その観点から、フィギュアの採点基準を今一度見直してはどうかと提案したい思いでもある。

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母(ママ)はあくまで我が子の母(ママ)であらねばならないか?

2014年02月13日 | 時事論評
 開幕以来熱戦が続いているソチ五輪だが、 昨日12日に行われたカーリング女子1次リーグ戦に於いて、日本代表チームは第3戦で地元ロシアを8─4で破り、2勝1敗とした。
 日本は第2エンドで2点を先制した後、5─2で迎えた第8エンドにロシアに2点を許し追い上げられたが、終盤の第9、10エンドで3点を奪って突き放した。


 昨夜我が娘と一緒に、この白熱した試合をテレビにて最後まで見守った。

 何でも、セカンド小野寺佳歩選手がインフルエンザで戦線離脱の不運に苛まれているとの情報だ。 にもかかわらず、予選リーグ第2戦デンマーク戦では、チーム全体が伸び伸びとしたプレーを見せソチ五輪初勝利を収めている。
 ぐらついていたチームを短時間で立て直すことができたのはなぜか。 そのひとつが、チームのベテランスキップ小笠原歩選手の絶対的なリーダー力であるそうだ。
 (以上、ネット情報より引用。)

 女子カーリング代表の小笠原選手は、今回のソチ五輪開会式の旗手もつとめた。 大声で吠えまくるカーリング試合中のド迫力とはまったく異なる、柔らかく爽やかな笑顔で旗を振る小笠原選手の姿が何とも印象的な開会式だった。

 その日の新聞夕刊記事で見聞したのだが、小笠原選手は、(今まで一般的によく使われた表現である)「ママでもできる」なる軟弱な気持ちではなく、「ママがやる!」との強い意志の下にソチ五輪に臨んでいるとのことだ。 
 五輪期間は母として我が子の弁当も作ってやれない等、幼子を日本に残してきた事に対する心残りの感情ももちろんある。 それでも、育児の合間を縫ってソチ五輪に向け全力でトレーニングに励んだ成果を最大限に開花させたい、との意思の下で開会式旗手をつとめたとの談話だ。


 ここで一旦私論に入ろう。

 「ママでもできる」なる表現の由来とは、過去の柔道五輪代表 谷亮子選手が出産後に五輪に臨むにあたり「ママ“でも”金」と言ったことに由来しているのではなかろうか?
 これに限らず、出産後も各界の第一線で実績を上げている女性を捕まえては「ママでもできる」類の宣伝文句をメディアが好んで使用している事態を、私もマイナスイメージで認識している。

 「原左都子エッセイ集」2010年1月30日バックナンバー 「“ママ”と呼ばないで」に於いて、これに関する私論を公開しているので、以下にその一部を要約して紹介しよう。

 (2010年)3月に打ち上げられるスペースシャトルへの搭乗を47日後に控えている宇宙飛行士の山崎直子氏が、「ママさん飛行士」と呼ぶのをやめて欲しいと訴えているらしい。
 ごもっともな訴えである。
 宇宙飛行士とは、一般主婦が学校のPTA役員を担当するのとは訳が違い、「ママさん」などとの軽いノリで全う出来得るはずもない過酷なミッションが課せられる職種である。  もっとも、山崎家の場合は直子氏がNASAの宇宙飛行士候補になった後は、ご主人が仕事を辞めて子育てをはじめ主夫業を一手に担っておられるとの報道であるため、直子氏は「ママ」稼業とは実質縁がない日々なのかもしれないが…
 話を変えて、この原左都子も「ママ」などという言葉に虫酸が走るタイプの人間である。   私の場合は長い独身時代の多岐に渡る職業・学業経験を経て後の出産であったという経歴があるためかもしれないが、元々子育てに当たって一家庭内の“狭義”の「ママ」感覚で子どもに接するというよりも、もう少し“広義”の意味合いの社会的な子育て感覚で対応してきているように自己分析するのだ。 それ故に、そこには「ママ」の呼び名は到底相応しくないとの違和感を覚えてしまうのである。
 それでも母親を取り巻く社会の現状とはこの期に及んで旧態依然とした有り様で、子どもを産んだ女性を“狭義”の「ママ」に陥れるべくまったく進化を遂げていない模様だ。  
 話が飛ぶが、今回(2010年)の政権交代においても民主党議員の中で「ママ(現役の母親)」である事“それだけ”を武器にして立候補して当選してしまった“素人”女性議員が何人か存在するようだ。 その種の議員などは選挙前から自ら「ママさん議員」であることを前面に出し、民主党がマニフェストで掲げた“子ども手当て”のバラ撒き”に迎合することが当選の条件だった様子である。  これでは、学校におけるPTA役員のノリと大差がないと思える(実際問題、地方議員など党派にかかわらずその経歴が“学校のPTA役員”のみで当選している女性が存在する実態であるが…)のは、国会議員にして家庭内の“狭義”の「ママ」の域を超えられない故であるのか…
 少し古くなるが朝日新聞「声」欄40代の女性による投書を紹介するならば、 山崎氏の「ママさん飛行士」をはじめ、「ママさん選手」「ママさん議員」など、子どもをもつ女性に「ママさん」と名づけたがるメディアの風潮は今に始まったことではないが、ママさんとは「大変な子育てがあるにもかかわらず頑張っている女性」の意味合いでしかないのか?  伝える側には恐らく悪意はなく、むしろ応援する気持ちなのだろうが、余計なお世話だ。 「ママさん」の意味合いには「社会的」に“特別な存在”という意識が潜んでいるように思う。 一方で男性を「パパさん」とは呼ばない。 未だに子育ては「女性の仕事」との意識が働いているのだろう。 たかが呼び名であるが、そんなものは付けずに女性の職業が純粋に評価されることを願う。
 最後に私論だが、産んだ子どもの「ママ(母)」である前に、社会的に貢献できる存在の一人間でありたい…。 一昔前にはそういう女性が我が国において“国賊”のごとく蔑まれた時代もあったのであろう。
 既に時代が大きく移ろいでいるにもかかわらず、子どもを産んだ女性がそれぞれのシチュエーションにかかわらず未だ「ママ」であることを前面に演出しなければならないとするならば、厳しい見方をすれば、そこには女性側にこそ自立でき切れないでいる一面も内在するのかもしれない。 
 山崎氏の場合、一旦NASAに宇宙飛行士候補として選ばれた以上は仕事を全うするべきなのは当然であるとしても、奥方のまさかの夢に奇跡的に巻き込まれたが故に、自身の人生を専業主夫として翻弄されているご亭主や子どもさんの現実に同情する私でもある…
 先輩女性飛行士であられる向井千秋氏の場合、名門大学教授のご亭主にこそ迷惑を及ぼそうとも、子どもを産んでいなかったが故に「ママ」どうのこうのの鬱陶しさに巻き込まれずに済んでいるのがまだしも救われた気もする私である…。  
 やはりそれ程「ママ」であることとは、プラスマイナス両面で“重い”現状でもあるのか???
 (以上、「原左都子エッセイ集」2010年バックナンバーより一部を要約引用。) 


 バックナンバーよりの引用が長過ぎたが、最後に原左都子の私論でまとめよう。

 母(ママ)が我が子の母(ママ)であるべく(プラスに解釈すれば、それを堪能できる)年月とは意外と短いのかもしれない。
 などと考察可能なのは、我が娘が既に立派に成人に達しているからに他ならない。(いえいえ我が家の場合は娘が大学卒業して立派に独り立ちするのを見届けるまで、今まで通りに私が「お抱え家庭教師 サリバン」として君臨する予定ですよ!)

 一般ご家庭の場合、大いに事情が異なるのであろう事は推測可能だ。 母子が母子として機能する年月とは、まさに家庭それぞれであろう。

 それはさて置き、冒頭に記したソチ五輪カーリング代表小笠原選手事例のように、世界で活躍する能力を有する母が幼少の子供を持っている場合、確かに「ママ」一人が頑張る事に対する弊害が家庭内で勃発するのかもしれない。
 宇宙飛行士山崎直子氏のごとく、ご主人が専業主夫となって子どもの面倒を見てくれる家庭とはごく少数であろう。

 今回の表題に提示した 「母(ママ)はあくまでも我が子の母(ママ)であらねばならないか?」 との命題に関しては、基本的にはもちろんその通りである事を我が身をもって実感・実践している私だ。

 それでも、もしも世界で活躍出来る程の超越した能力ある人材がたまたま幼少の子を持つ「母」の立場である場合、その個人的活躍を一時保証するべく社会システムが存在して欲しい思いも抱くのだが…。

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大雪の記憶

2014年02月10日 | 雑記
 (写真は、昨日2月9日 原左都子が作製した「雪だるま」。 小学生より下手な“作品”を公開して恐縮です…)


 雪国に住み毎冬豪雪と闘っておられる地方の皆さんには顰蹙を承知ながら、私は一昨日、久しぶりに雪の“冷たさ”の感覚を味わった。

 上記写真は我が家の南側ベランダに降り積もった雪を利用して作製した「雪だるま」(と言うよりも“エイリアン”と名付けた方がよさそう…)なのだが、現在の住居に転居して以来ベランダ内に積雪したのは今回が初めての経験だった。 おそらく発達した低気圧の影響で大雪と共に強風が発生し、それに煽られてベランダ内一番高い場所で50㎝程度の積雪がもたらされたのであろう。
 このベランダ積雪を早めに処理しておかねば、しばらく根雪と化して明日から私は洗濯物も布団も干せないと判断し、9日朝に早速片付け作業に入った私だ。

 ところがここでひとまず、雪の“脅威”を思い知らされるはめとなる。
 見た目よりもずっと多量の雪が積もっていたのだ! そもそも雪専用シャベルなどない我が家である。 庭を掃く箒でそれを処理しようと試みたがすぐに限界に達した。
 「もう、いいや。 いっそこの雪で“雪だるま”でも作ろうではないか!」と思い立ったのはよかったが、これが予想に反して冷たい。  やっとこさ冒頭写真大(約30㎝程度)の“制作物体”を3個作るのが関の山で、かじかむ手を摩りつつ室内に入る体たらくぶりだ。  


 2月8日、首都圏に13年ぶりの大雪警報が発令され都心でも26㎝の積雪を記録したようだ。
 ただし気象庁よりの「歴史的大雪予報」とは裏腹に、昨日の好天のお陰で少なくとも我が家周辺地域では、既に主要道路や南側では雪解けが進んでいる。
 多数の死者や停電等の被害を広域にもたらした今回の大雪の事態をお見舞い申し上げつつ、我が住居地の都心では雪解けが早かった事を安堵している身勝手な私を、何卒お許し下さいますように。


 豪雪地帯に住んでいない国民とは、多少の雪に日常生活が脅かされる情けない実態であることを申し訳なく思いつつ…
 ここで原左都子の私事を振り返らせていただこう。 (参考のため、私は元々南国の地の出身である。)

 その地にも雪が降ることは稀ながらあった。 私の記憶によると小学校高学年の頃、校庭に5㎝程の積雪が記録されたことがある。 これを学校が滅多にない機会と捉え授業を中止し、校庭で児童全員に半日雪遊びをさせる事と相成った。 ところが寒いのが大いに苦手な私にとっては、これ程苦痛な時間はなかったとの記憶しかない。(元々集団行動嫌い気質だし…
 中学生になって、私は自転車通学となった。 この時無情にも大雪が降った記憶がある。 自転車で凍りついた雪道を曲がろうとした時、(ここで私は転ぶ!)との予感通り、セーラー服スカート制服姿で見事に転び怪我をした。 (もう、雪なんか大嫌い!)と乙女心に「雪」がトラウマとなるのはやむを得なかっただろう。

 その後時を経て上京した暁には、 南国育ちの私にとって“東京の雪”は物凄いものがあった!
 民間企業に就職した私に、毎冬一度は大雪が通勤の邪魔をする。 ハイヒールを避け少し低めのヒールを履いて出かけるのに、いつもいつも私は雪道で転んでしまうのだ…  (他の女性は皆ハイヒールで転ばないのに、何で私だけが転んでしまうの?!?) これに関しては、未だに我が研究課題であるが…。


 さらに時を経て、私は晩婚・高齢出産の後一人娘に恵まれた。
 この娘が2、3歳ぐらいになった頃、都会に降る雪を見て無邪気に喜ぶのだ。 それにつられ私は娘と同じ運動靴を履いて公園に出かけ、雪だるまを作ったりもした。 足はびしょびしょ、手はかじかんでもう動かない。

 そんな経験も重ねつつ、娘は現在大きく成長している。

 娘が成人した今となっては、私のDNAを引き継ぎもしかしたら「雪」は苦手なのかもしれない。
 それでも、いつもお洒落をして大学に出かける我が娘が、今日はちゃんとスニーカーにパンツスタイルで大学へ出かけた。

 私も娘に見習って、自然現象に適合するべく成長するべきであろう。
 いつまでも「雪嫌い」と我がままを言っている場合ではなく、都会の不意打ちの雪に適応した選択をしつつ身を守ることが肝要と。

 実はそんな「雪」に関するほんの少しの我が成長志向も込めて、昨日ベランダに制作した冒頭の「雪だるま」である。

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障がい者の美談を導くメディア・経済界にも責任がある!

2014年02月08日 | 時事論評
 この事件、原左都子の視点・観点からは腑に落ちない点が多い。

 自称「全聾の作曲家」氏と「ゴーストライター作曲家」氏を犯罪者に仕立て上げた挙句作品を絶版にし、市民感覚の“騙された”との安直な結論ですべてを葬り去れば済む話なのか??


 早速、事件に関する報道内容を朝日新聞2月6日記事を要約引用しつつ、以下に紹介しよう。

 「全聾の作曲家」として知られる佐村河内守氏が今までに発表してきた主要な作品は、桐朋学院大学非常勤講師で作曲家である新垣隆氏が作ったことが2月5日に判明した。
 佐村河内氏の著書や取材によると、広島生まれの被爆2世、35歳で聴力を失って以来絶対音感を頼りに作曲をしてきたとの説明だった。 
 片や、新垣氏側が6日発売の週刊文春に自分がゴーストライターとして18年間に渡り作曲をしていたとの真相を告白し、その日の午後に記者会見を行った。
 佐村河内氏の代理人等によれば、 十数年前から佐村河内氏が提案したイメージを基に新垣氏が旋律や和声を含め実際の作曲をしていたのだという。
 クラシック部門にしては、CD出荷枚数18万枚との異例のヒットとなった交響曲第1番「HIROSHIMA」やソチ五輪で高橋大輔選手がフィギュアで使用する「バイオリンのためのソナチネ」も同様であった。 後者の楽曲楽譜を2月11日に発売予定だった出版社は「著作権者が不明のままでは出版ができない」として出版中止を決めた。 佐村河内氏側からも、「すべて週刊文春通りで曲を書いたのは私ではない事をお詫びする」なる謝罪内容のメールが届いているらしい。 加えて、佐村河内氏より著作権管理を委託されている日本音楽著作権協会(JASRAC)も、「権利の帰属が明確になるまで利用の許諾を保留する」と発表した。
 (付属情報だが)2012年12月にNHKの依頼で、津波で母を失った少女を佐村河内氏に引き合わせたそうだ。 この少女との交流を通じて作曲されたのが「レクイエム」とされている。 その後何度も佐村河内氏は被災地に足を運び、少女ともメールのやり取りをしていたとのことだ。 昨年(2013年)3月には佐村河内氏は少女が通う小学校で曲を披露したらしい。
 (以上、朝日新聞2月6日記事より一部を要約引用。)


 一旦私論に入ろう。

 この事件に関して言いたいことが山々なれど、とりあえず上記朝日新聞より引用した後半一部分についての私論を述べよう。 
 その一部分とは「2012年12月に“NHKの依頼”で、津波で母を失った少女を佐村河内氏に引き合わせた」なる箇所である。
 これに関して、つい一昨日の2月6日夜放映 NHK「ニュースウォッチ9」のメインキャスター 大越氏より謝罪があった。 その謝罪とは私の記憶によれば、「十分な情報確認もせず、佐村河内氏に関して安易に報道した事実をお詫びする」との内容だったと記憶している。
 国営放送たる者がこの“体たらく状態”であるから、ましてや民放の好き放題を増長しているとの現在の我が国テレビ業界図式と成り下がっていないだろうか?
 と言うよりも、近年どういう訳かNHKこそが民放を模倣して、低俗でも何でもいいから姑息な手段に頼ってでも「特報」をゲットしようと悪あがきしている状態と表現可能か?? 

 報道機関とは、日々身勝手に視聴率が稼げそうな“おいしいネタ”を探し求め全国や諸外国を彷徨っているであろうことは十分想像がつくとしても…。


 そうであるにせよ、報道機関が“美味しい”情報源として“障がい者美談”に飛びつく図式とは今に始まったことではないであろう。
 原左都子の記憶によれば、それは貧富の格差が顕著だった終戦前後頃より既に表面化していた“過ち”ではなかっただろうか。
 敗戦後、国民皆が貧乏を強いられていた時代背景に於いては、「あの子は体が不自由だけど我々は五体満足だからそれだけでも恵まれている!」などとの、大いに“底辺レベルの特権意識”を我ら親ども世代が報道機関より吹聴され、それを恥ずかしげもなく我々次世代に連鎖教育していた記憶があるのだ。
 
 まさか国営放送局たるNHKが現代に及んで尚、旧態依然とした吹聴連鎖“身障者差別感覚”に基づき番組を組んだとは信じたくない。 まさかまさか、そんな過去の負の遺産発想の下で、ニュース番組内で今回の自称「全聾作曲家」である佐村河内氏を、これまた弱者立場にある東日本大震災被災地の一少女に対面させる報道を公開したとは決して思いたくはないが…。


 ところが、である。

 今回の佐村河内氏ゴーストライター氏表明事件判明後のNHKニュース取材が、広島に集中することはやむを得ないとしても…。

 NHKの取材に応じて広島市民が発する声また声とは… 
 皆が皆、「そうだったのですか。全聾の原爆2世が作曲家として活躍していると信じたからこそ激励していたのに、何だか騙された気分です」 この種の反応ばかりがニュース報道で繰り返される始末だ。

 佐村河内氏がもしも「原爆2世」及び「全聾」と表明していなかったならば、そもそもメディアは氏を取るに足りない存在として無視したのか? 
 それ以前の問題として、佐村河内氏の音楽性をメディアは如何に検証したのだろう? もしも報道機関であるNHKや著作権管理機関であるJASRACが早期にその真の実力の程を検証・監修できていたなら、氏やゴーストライター氏の十数年に渡る苦悩や法的責任をこれ程までに悪化させずに済んだであろうに。

 当日メディアから我が身にマイクを突き付けられたならば、私はきっと報道マイクを独占させてもらい、NHKを筆頭とする取材班にその旨を訴えて立ち向かったであろう!


 最後に、原左都子の私見を記そう。

 メディア報道及び世間とは、そもそも「障がい者」たる人物像を頭から誤解してかかっているのではなかろうか?
 ところが私の認識によれば、世間に生を営む彼ら・彼女らの中には、おそらく貴方達同様の理性や感性や、もしかしたらずっと高い知能を有している人物が幾らでも存在するのだ。
 その認識が少しでもあったならば、今回の佐村河内氏の事件も防げたのではないかと憶測する。

 今回の事件に関しては佐村河内氏側及びゴーストライター新垣氏の法的責任はもちろん重いものの、美談を煽り続け一切の疑問を投げかけなかった著作権元とメディア界、及び世間の責任こそを問いたい思いだ。

 結局、儲かって済むなら何でも“食い物”にしようとの、経済界やメディア界が導いた弱者利用の愚かな事件たったのではないかと結論付けたくもなる今回の出来事である。

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NHK人事柔軟化は会長問題発言の尻拭い対策か?

2014年02月05日 | 時事論評
 本エッセイ集に於いて2013年12月23日に綴った 「NHK小郷知子アナ産休明けには是非配属替えを!」 と題する記事には、公開直後より数多くのアクセスを日々絶える事なく頂戴している。

 特に昨日(2月4日)頂いた上記記事へのPV総数が100近くに達したのには、著者本人としても大いに驚かされた。
 我がエッセイ集の場合、最新記事よりもバックナンバーに数多くのPVをいただく事はさほど珍しい現象ではないのだが、当エッセイ集に頂戴する総PV数の1/10以上を1バックナンバーが占めた経験は今回が初めてではなかろうか。

 それ程に「NHK夜7時のニュース」ファンが数多い事を物語る現象であろう(事実当ニュース番組は視聴率20%近くをゲットする日も多いようだ)し、土日祝メインキャスター小郷知子氏の悪声に悩む視聴者が苦渋の思いをしている現状を物語る事実でもあろう。


 それにしても、何故昨日は当該記事に100PV近くもの閲覧が押し寄せたのかに関して、検索元を探ることによりその理由が判明した!

 一例を挙げると、「小郷知子産休」検索によりそのトップページのトップに我がエッセイ集バックナンバー「NHK小郷知子アナ産休明けには是非配属替えを!」が検索可能だ。
 そのすぐ下に、昨日2月4日に発表された「NHK守本奈実アナ『NHKニュース7』小郷知子アナに代わり土日祝キャスターに」なる報道が公開されている事実を発見したのだ。

 早速その報道内容を、以下に要約して紹介しよう。
 4月から「NHKニュース7」の土日祝日のキャスターを、同月より産休に入る小郷知子アナに代わり守本奈実アナが後任を務めることが4日発表された。
 守本アナは、1981年生まれで千葉県出身。2004年にNHKに入局。大分、福岡で勤務後、東京アナウンス室勤務となり、11年から「首都圏ニュース845」などを担当している。
 守本アナは会見で「いま、必死に毎日、新聞を読んで勉強しています。小郷先輩の後でプレッシャーも正直あるんですが、一歩一歩頑張っていきたい」と話した。 現在「ニュース7」の月~金曜を担当している武田真一アナウンサーのサブキャスターを務めているが、「武田さん見ていて、30分の間であらゆることをお伝えしないといけないので、高い見識が求められるポジションだなと思います」といい、「日々研鑽(けんさん)を積んで、興味のアンテナを広げていくということと、あらゆるニュースに背景があると思いますので、そういうことを理解して真摯(しんし)に分かりやすく丁寧に伝えていく姿勢を磨いていきたいと思います」と抱負を語った。
 (以上、ネット情報より一部を要約引用。)

 このネット情報を一見した私は、今回の守本アナ抜擢NHK人事は決して小郷アナの産休期間代替ではなく、小郷氏産休明け後も守本アナが「ニュース7」を引き継ぐものと理解したのだがどうだろうか。
 私の認識が間違いないのならば、これ以上の朗報はない!

 2011年3月に勃発した東日本大震災直後より小郷氏のニュース報道担当アナとしての声の聴き取りにくさに難儀し続け、「原左都子エッセイ集」で幾度となくその改善を訴えて来た身である。 
 私自身が今回のNHK人事に心底安堵出来たと同時に、我がエッセイ集ファンの皆様よりの「小郷氏悪声」に関する数々のご要望にもやっとお応えできる事に胸を撫でおろしているところだ。


 ところで、私は現在放映されているNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」のナレーションを担当されている女優 藤村志保氏の声が聞き取りにくい、とのNHKに対する視聴者よりの苦情が数多く存在することも認識している。
 私論としては、ドラマとは報道番組であるニュースとは大いにその番組趣旨が異なるはずと考察する。
 その観点から「軍師官兵衛」の場合は、敢えて“お婆ちゃん声”の藤村氏をナレーターとして採用したと解釈するのだ。 私に言わせてもらうと、藤村氏の声はドラマ内容によくマッチしていて特段聞き辛くもない。
 そんな事よりもNHKが最優先するべきは、報道番組の悪声小郷アナこそを早期に配置換えする事だろ!! とイラついていたのが正直なところだ。
 そうしたところ、なんとNHKは今回藤村志保氏に対しても(事実上)「降板措置」を採ったとの報道だ。 その表向きの理由とは藤村氏骨折との事だが、どうもこの発表内容は怪しいと私は分析している…  というのも、氏が骨折回復後も復帰するかどうかは不明との発表内容である故だ…。


 上記内容を振り返るに、国営放送局とも表現可能なNHKが、ここのところ職員人事に関して“視聴者”の意向に沿いつつ柔軟対応していると解釈可能ではなかろうか?
 こんなNHKの“視聴者の意思を尊重した人事柔軟対応”が過去に於いても存在したのかどうかは私には計り知れない。

 そうだとして、ここのところのNHKの視聴者志向とも言える“柔軟対応ぶり”の実質魂胆とは、国会で好き放題失言しまくったNHK新会長としての“あり得ない行動”に端を発していると考察できないであろうか??
 いやはや、NHK新会長の国会答弁での「失言」ぶりとは今時珍しい現象だった。 政権閣僚とて、下っ端の国会議員とて、今時は「失言」「暴言」で即座に議員辞職に追い込まれる時代である。 国会答弁に於いても、それを重々自覚して慎重に発言している姿が見て取れる。
 そんな中どうした事なのか、NHK籾井勝人会長は、国会の場で言いたい放題の個人的発言を公開してしまった… この不祥事により一時辞職も危ぶまれたものの「辞職はしない!」と言い切り一応の謝罪はしたものの…  一庶民の立場として貴方の言いたいことは分かるものの、NHK会長の立場で法治国家に於いてはやはり現行法をわきまえないとねえ。


 実にお粗末なNHK会長の不祥事事件ではあるが、それの“尻拭い対策”で今回“民意”を反映したNHK人事が執り行われたのならば、私は歓迎したい。

 何度も繰り返すが、ニュース報道アナウンサーの声が聞き取りにくい現状など、市民としては許し難き話である。
 視聴者よりの苦情があったならば、国営放送たるや、すぐさまその事実に真摯に対応して欲しいものだ。
 小郷知子アナの場合、本人の「産休」申請によりやっとこさアナ交代の運びとなるようだが、特にNHK「7時のニュース」のようなメイン報道番組の場合、今後はニュースキャスターの「声の質」を主要資質の一つとわきまえ、当初より慎重にキャスターを選出して欲しいものである。

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実験好きと理系頭脳とは相関し得るのか?

2014年02月03日 | 教育・学校
 私は「リケジョ」なる新語が嫌いだ。  と言うよりも聞かされて「気持ち悪い」。

 元々理系の私だが、こんな流行り言葉がなかった遠い過去の時代に理系に進学した事を今更ながら安堵させられる。


 何故、私がこの言葉に嫌悪感を抱かされるのかというと、その言葉の裏に“男尊女卑思想”が見て取れる故だ。
 人間男女を問わず誰しも自分が欲する分野に進出してよい事など歴然のはずなのに、なぜ理系女子のみを「リケジョ」なる言葉で分別するのか?   その背景とは、理系に進む女子が今現在尚少数である事が第一の理由なのであろう事ぐらいは理解できている。 

 ところが私に言わせてもらうと、“理系”と一言で表現したところでその分野とは膨大に多様化している現在だ。  更には、科学・学問の大いなる進化・融合により、現在では「理系」「文系」の垣根を超越した学問分野も数多く存在する現実でもある。
 そんな学問を取り巻く時代背景に於いて、まさか「リケジョ」と呼ばれて優越感に浸る軽薄女子などいない事と信じよう。


 つい先だって、理化学研究所の研究員であられる小保方晴子氏(30歳)が、マウス動物実験に於いて新型万能細胞であるSTAP細胞の作成に成功した事実が世界中で報道された。
 (現時点では未だマウス動物実験結果に過ぎない段階の「STAP細胞」に関する私見を公開することは差し控え、この実験の成果が一段階進捗した時点で、元医学関係者である原左都子の私論を公開したいと考えている。)

 これに関するメディア報道を受けて、日本中が「リケジョ」騒ぎとなるのは当然の成り行きなのであろう。
 一昨日2月1日より開始した東京都及び神奈川県内私立中学入試に於いても、「リケジョ」対応をしている女子校が人気だったようだ。  朝日新聞報道によると、都内某私立女子中学とは、中学3年間で実験を約80回実施する等々理系教育に力を入れているのが特徴のようだ。 この女子中学の志願者が急増しているとの報道である。


 さて、ここで原左都子の私事を語らせていただくこととしよう。

 私は中学3年生時点で、自分は将来理系に進む!との一応の判断を下していた。
 ただし、それは決して「理科好き」だったからではなく、「数学好き」だったからに他ならない。
 何故私が数学好きなのかに関する記述を「原左都子エッセイ集」2008年10月8日バックナンバー「1か0かの世界」に於いて披露していため、その部分のみを以下に要約して紹介しよう。

 私は小学生から高校2年生の途中位まで、算数、数学が好きな子どもだった。 そのため、大学の進路希望では理系を選択したのであって、当時特段理科が好きだった訳ではない。
 私が算数・数学が好きな本質的理由は、数学とは哲学と表裏一体である点である。(このような数学の学問的バックグラウンドを把握したのは、ずっと後のことであるのだが。 )紀元前の古代から数学は哲学と共に研究され論じ継がれてきているのだが、数学の概念的理解を要する部分が当時の私には大いなるインパクトがあったのだ。
 一例を挙げると、中学校の数学授業時間に「点」と「線」の概念について数学担当教員から(おそらく余談で)話を聞いたことがある。 「点」や「線」を生徒が皆鉛筆でノートに書いているが、これらはあくまで“概念”であり形も質量もないものであって、本来はノートなどに形にして書けないものである。数学の学習のために便宜上鉛筆で形造って書いているだけのことである…。 おそらく、このような内容の話を聞いたと記憶している。  この話が当時の私にとっては衝撃的だった。「点」や「線」とはこの世に実在しない“概念”の世界の産物なのだ! (当時は言葉ではなく、五感に訴えるあくまでも感覚的な存在として“概念”という抽象的な思考の世界に私としては初めて触れた経験だったように思う。)
 お陰で数学に対する興味が一段と増したものである。
 同様に、“2進法”を中学生の時(?)に学んだ記憶があるが、これも大いにインパクトがあった。
 「1」と「0」のみの世界! 要するに「存在」と「非存在(無)」の哲学の世界なのだが、世の中のすべての基本はこの2進法にあるのではなかろうか、(と考えたのはやはりずっと後のことであるが…)。
 小さい頃から10進法に慣らされている頭には、この2進法の洗練された世界はまだまだ子どもの私にとってとても斬新だった。 またまた数学の面白さを学ぶ機会となった。  この“2進法”はコンピュータの計算原理でもある、と教えられ、コンピュータとは電球がONかOFFになることの発展型である、ことを頭に思い浮かべて“なるほど!”と納得したものである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより、一部を要約引用。)


 単に数学好きで決して理科好きではなかった私にとって、実は「理科の実験」ほど嫌いなものはなかったとも言える。 小学生の頃からその思いは強かった。

 ここで参考のため、「原左都子エッセイ集」2008年8月17日バックナンバーで公開している「料理嫌いな女」とのエッセイの一部を以下に紹介しよう。
 私が料理が嫌いであるひとつの理由は、基本的に私は破壊的思考よりも建設的思考を好むためでもあると自己分析している。  私にとっての料理とは、食材を撒き散らし油を飛ばし、周辺をギトギトに汚染し破壊していく行為なのである。この汚染と破壊が耐えられない。 そのため、私が料理を作ると一動作毎に掃除、片付け作業が入る。至って効率が悪いのだが、周囲を汚染したまま次のステップにはどうしても移れないのだ。 (以上、バックナンバーより一部を引用。)

 私にとっての理科実験嫌いとは、まさに上に記した「料理嫌い」とその根底心理が重なるのだ。 何で綺麗に整頓されている机の上で火を燃やし水をまき、はたまた危険な薬剤で汚染せねばならないの!? こんな「破壊行為」勘弁してよ!!  
 同様に私は家庭科の調理実習や図工・美術の作品制作もずっと苦手で、出来るならば避けて通りたい思いだった。


 それでも何故、私が若かりし時代に「理系」を志向したのかというと、それは頭脳面で理系志向だったからと結論付けられる。 (敢えて悪く表現するならば「机上の空論好き」とでも言うべきか…)
 その後私が更なる学問に励み36歳時点で「経営法学修士」を取得するに至った背景に関しても、頭脳面で「理系志向」だったからに他ならないとの結論を導けそうだ。

 冒頭にても記述したが、今現在の科学・学問とは「理系・文系」が大いに融合していることに間違いない。 
 その一例が元々存在する「経営学」であり「法学」でもあるのではないかと私は考察するのだ。(法の解釈論など、まさに数理思考に基づくのではないかと分析して楽しんだのだが…。)
 すべての学問の基本にあるのが「哲学」及び「数学」であることに間違いないと、私は今尚信じている。


 現在「リケジョ」なるある意味“差別用語”で奉られている女子達に私は提言したい。
 学校の理科実験になど満足して「リケジョ」を目指してもよいのだろうが、もっと理系を目指すための柔軟な“基礎頭脳”を磨いては如何かと。
 それは大学入学後でも遅くはない。 必ずや大学とは「哲学」を筆頭に、貴方たちに基礎教養学問講義を用意しているはずだから、それを惜しみなく受講して、自らの「理系頭脳」を今一度磨こうではないか!!

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年齢のサバを読むことのメリットとデメリット

2014年02月01日 | 自己実現
 私は今までの人生において、一度だけ年齢のサバを読んだことがある。
 それは30歳にして大学に再入学した際の、アルバイト先への履歴書記載に於いてである。


 早速私論だが、今現在の30歳など“若気の至り”範疇であろう。
 現世においては30歳世代の女性が美しくあるのは当たり前、男性とてカッコよくこの世を渡っているバリバリの世代であろう。

 ところが、我が30歳頃(今から30年程前の)時代背景はまったく異なっていた。
 今となっては死語と化している「売れ残り」なる言葉が普通に発せられる歴史文化の下、それに適応せねばならない時代だった。


 それでは私が何故、当時“年齢サバ読み”を実行せねばならなかったのかに関して、2007.10.4 に「仕事・就職カテゴリー」に於いて公開している 「パーコン」 なるエッセイの一部を以下に要約して紹介しよう。 
 私は30歳を過ぎた頃、自らの意思で再び学生となった。 大学院修了までの6年間独り身で学業に励んだのだが、自力で生計を立てつつ学業に没頭するためには、短時間で手っ取り早く稼げる仕事を選択するのが一番の方策であった。
 今から30年程前、すなわちまさにバブル期の話であるが、その頃「パーコン(パーティコンパニオン)」なる職種は既に女子大生のアルバイトの一つとして大して珍しくもない存在だった。 ただ、国公立学生の間ではまだ一般的ではなかった時代背景だ。(ちなみに私は幼稚園から大学院まで私立には一度も通わず、ずっと国公立のお世話になってきている。)  私はごく一部の親しい友人以外には極秘で、この「パーコン」に挑む決断をした。  私も30歳代で学生を経験したお陰で、様々な仕事にチャレンジできいろいろな世界に足を突っ込めた訳であるが、楽で安易な仕事など何一つなかった。 その中でも「パーコン」とはとても厳しい仕事の一つと記憶している。
 当時の採用会社への“一応の礼儀”として、私はこの種のアルバイトを志望するには必ずや「年齢詐称」するべきと考えた。  当時既に30代に到達していた私だが、「27歳」と偽称して面談に及んだ方がバンケット会社も、派遣仕事先に紹介しやすいのではと配慮したのだ。 
 とにもかくにも「パーコン」経験は、私の人生に於ける貴重な試行錯誤の一ページである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」開設当初に綴ったバックナンバーより、現在の私見も少し交えつつ要約引用。)


 ここで一旦私論を語ろう。
 
 我が若かりし時代(今から30年程以前の時代)背景に於いては、年齢を「若く」詐称する事など、特に“芸能界”や“夜の蝶界”に於いては常識の範疇だったのではあるまいか?
 それが証拠に、当時公開していた年齢と現在の年齢が不一致の“タレント”などごまんと存在するのが常識でもあるし、今となってはそんなたわいない事実などどうでもよい現在の年齢に関する世間の現実でもあろう。

 私自身の過去の「パーコン」経験を振り返ったとて、その時代に一時まみえた仲間たちや顧客の皆様とも既に人間関係が途絶えている現状だ。
 そうでなくとも、今更当時「3歳年齢を詐称していました」と謝罪したところで、あれから30年経過した現在に於いて、おそらくそんな事取るに足りないとの反応が返ってきそうな事を察する次第だ。


 今回のエッセイを綴るきっかけを得たのは、古くなるが朝日新聞昨年11月9日 別刷「be」“悩みのるつぼ”の相談内容による。
 相談者である40代の母親は、小学校3年生の娘に自分の年齢を(若く)サバを読んで以降、ずっと年齢詐称し続けているとの内容だ。

 この相談題名だけ見た私は、我が娘小学校低学年の頃に出席した授業参観が脳裏に蘇った。
 何でも、我が娘と同年男児のお母上が参観日当日に偶然「30歳」の誕生日を迎えられるとのことだ! それをその男児を通じて見聞していた担任先生の粋な計らいで、皆で男児母親の誕生日を祝おうとの運びとなった。

 当時の私は(四捨五入すれば50の年代に達する頃だったが)、高齢出産で娘を産んだ我が身と周囲の母親達との年齢差が歴然である事など重々承知の上だった。
 それでも、参観日当日に自分の母親が30歳の誕生日を迎えることを担任に暴露した男子児童の可愛らしさや健気さ、更にはそれを皆で祝おうと企画した担任先生の力量に惜しみない拍手を贈ったものだ!

 あれから十数年の年月が経過した現在、親(特に母親)の年齢が若い事実を誇る児童など、皆無となったも同然のこの世の出産高齢化現象ではなかろうか。

 昨日のNHKドラマ紹介番組に於いて、女優の夏木マリ氏が 「60歳」に関する提案をされていた。
 それによれば、「還暦」との表現とは昔ながらの年齢を重ねた祝いの表現にしか過ぎないであろう。 ところが現在の60歳代とは皆活気に溢れていて、「老後」なる言葉とは程遠い。  だからこそ、「60(ろくまる)」との新語を提案したい、なる夏木マリ氏の発言だった。


 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 上に記した夏木マリ氏とは、女優(及びタレント)としてこの世を今後も渡っていかねばなならない立場でおられるから故に、敢えて「60歳」なる年齢を定義し直さねばならない運命だったのだろう。

 (外見のみに関して言うならば)夏木マリ氏よりもずっと若い自信がある原左都子自身が来年「還暦」を迎える立場だが、それが「カンレキ」であろうが「ロクマル」であろうが呼び名などどうでもよい、と言うのが正直な感想だ。
 外見を繕おうが内面を如何に演出ようが、人間とは年相応に年齢を重ねてこそ価値が輝くものと私は信じている。

 今現在の社会を見渡すと、「年齢を(若く)サバ読む」ことの“デメリット”こそが浮き彫りの現実に直面することが多い現状ではなかろうか。
 特に高齢者など、「(この年齢で)私は未だ自立して楽しく生きています!」と自信を持って発信できることこそが、若い世代に迷惑が掛からない最高の美学である事など歴然だ。

 そんな現実を慮りつつ、高齢者こそが年齢詐称などせず自分の年齢に誇りを持ち、この世を自分の思うがままに快適に生きて行く事を志すべきと心得る。

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