原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

賃貸物件のオーナーもつらいよ。

2013年09月30日 | 時事論評
 原左都子が独身時代に購入して数十年前当時の住居とし、独身のうちに住宅ローンを全額返済して抵当権抹消登記が完了しているマンション一室を、現在賃貸物件として有効活用している話題はバックナンバーで幾度か紹介している。

 自己所有不動産を賃貸物件として運用し収入の一助とする事が、現在では若年層でも一般化している(?)らしき様子をネットで垣間見る事がある。
 あるいは就職難のこの時代にサラリーマン所得に代替する収入源とするため、多額のローンを組んで運用不動産を購入させ、月々の家賃収入を得る事を現役世代若者層に煽るネット上の広告にもよく出くわす。
 ただどう考察しても、後者は危険極まるギャンブルと表現できよう。  自己所有不動産物件を賃貸して収入を得ようとする場合、ローンを完済している事が最低条件と私は判断するのだが如何だろうか?

 賃貸物件も入居者が家賃を滞納するでもなく長年住んでくれる場合には、上記の“ギャンブル”もある程度安定性があるとは言える。 ところが今の社会の現実は決してそう甘くはない。


 つい最近、原左都子が賃貸中マンションの入居者が近日中に退室する旨の連絡が仲介不動産業者から届いた。
 今回の入居者氏は、5年以上の比較的長い期間に渡り居住してくれた事はありがたかった。
 ただし家賃が振込み期日までに納入された事は少なく、必ずや遅れて振り込まれて来るのた。 それでも「滞納」されるよりもマシと解釈しつつも、毎月毎月(今月こそは滞納するのだろうか…)なる恐怖心に苛まれてオーナーとしては落ち着いている場合ではなかったものだ。
 たとえそうであろうが今の時代の賃貸借現状を慮った場合、我が事例は“幸運”な部類と解釈できるであろう。

 現在の不動産賃貸借契約に関する法的措置とは、よく言えば年々“弱者保護”観点に傾いている。  何故“よく言えば”との表現を用いるのかと言うと、賃貸借のオーナー側とて私のような“零細オーナー”が数多い世間の実態であり、決して強者とは言えない辛さ・厳しさを抱えているためだ。

 それにしても、去り行く者は仕方ない。 その理由すら問えない程に個人情報保護法が確立した時代背景こそを賞賛しよう。 
 今後賃貸物件オーナーである私が尽力するべきなのは、賃借人退去時の現場立会い及びリフォーム会社との打ち合わせ、そして、次なる賃借人募集に関する仲介不動産企業との賃貸借条件設定のやり取りである。

 本日その件で現在賃貸借仲介業務を依頼している業者と電話で話し合った。
 まずは賃借人退去時の立会い及びリフォームに関してだが、その話し合いにより、再度今の時代は「オーナー」の立場が法的に実に弱い立場であることを思い知らされる始末だ。
 居住者5年程度の居住空間において、一番高額リフォーム代金が発生する恐れがあるのは、壁クロス張替えとのご意見である。  これに関しては我が家自体が住居買替時に経験済みのため既に理解できている。 壁クロス汚染に関しては煙草による変色が一番著しいとの話でもある。  もしも賃借人が自分の非を認めないかあるいは訴訟に持ち込んだ場合、オーナー側に多額の支出が発生する恐れがあるとの説明だ。 話の内容は重々理解できるものの、現在の賃借人氏が煙草愛好家でない事を祈りたい思いしか抱けないものだ…。

 次なる課題は、次期入居者募集であることは言うまでもない。
 現在の賃貸借住居とは、前入居者が退室後必ずや業者による室内リフォーム及びクリーニングを施した後でなければ入居を許可できないシステムとなっている。 そのため、せっかく次の入居者が決定している場合に於いても、ある程度の期間空室にせざるを得ないとの事情だ。
 それはよしとして、上記のごとく現在の賃貸借契約に於ける法的措置とは賃借人に甘くオーナーに厳しい制度である。
 今回の我が入居者募集の実態をここで表明すると、礼金及び敷金は共に「0」。 賃料も相場より大幅に下げての募集だ。 
 ただ、ラッキーなのは現在はネット情報が氾濫している時代である事だ。 不動産会社もその現実を十分に理解している通り、現在の賃貸物件模索作業とは特に若い世代や結婚後間もない家族構成世帯の場合、ネット検索が主流ではなかろうか。
 そうした場合、我が所有マンションの一室も比較的早期にネットよりオファーが入るかもしれない、などと少しは希望的観測を持つものの……

 
 最後に参考だが、我が所有物件は 東急東横線某急行停車駅 より徒歩4分の商業地に立地している。
 約40㎡の2DK。 4階角部屋。南東向き。 横浜・みなとみらいが近いのは元より、東京メトロ副都心線との直通運転により渋谷・新宿・池袋方面にも程近く、とにかく通勤や買い物に至便なことが最大特徴の物件です。 
 今回破格にての入居者募集に付き、もしご本人やお知り合いの方がお部屋をお探しでご興味がございましたら、「原左都子エッセイ集」メッセージ欄よりそのご意向を直接お伝え下さいますように。
 何分、我が所有物件への“良き方”のご入居こそを願っている私であります。

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職場に於ける妊婦の権利をどこまで保障するべきか?

2013年09月28日 | 時事論評
 最近、マタハラ(マタニティ・ハラスメント)なる言葉が幅を利かせているようだ。

 以下に、ウィキペディアより検索したその言葉の意味と現状を記そう。
 マタハラとは、妊娠・出産をしたことが業務上支障をきたすという理由で、精神的・肉体的な嫌がらせを行い、退職を促す行為のことを指す。
 嫌がらせによる流産の危険性もあり、男女雇用機会均等法はもちろん労働基準法に違反する場合も多々見受けられる。 2012年に日本労働組合総連合会が行った調査では、「セクシャルハラスメントされた経験」(17.0%)を大きく上回る25.6%が被害を受けたとの結果が出た。 (以上、ウィキペディアより引用。)


 原左都子自身も妊娠中に職場で働いた経験がある。
 今から遡る事20年程前に高校教員をしていた頃の話だ。 参考のため、当時の社会は今程に妊婦の権利が保障されていない時代背景だった。

 私の場合高齢での妊娠だったにもかかわらず、妊娠当初に訪れた産院主治医先生が、働く妊婦に大いに理解がある人物だったことに勇気付けられたとも言える。
 「高齢出産になる身で仕事も持っていますが、日常生活上何か留意すべき事などありますか?」 と問う私に、「現在は体調良好のようですし、特に何もありませんよ。 今まで通りの生活をして下さい。」
 そのお言葉通り、私は妊娠前と変わらず電車・バスによる片道2時間に及ぶ遠距離通勤をこなしつつ、職場に於いても何らの変化もない勤務態度だった。 
 そもそも学校長と教頭以外の教職員には妊娠している事実自体を伏せていた。 職場内で周囲に妙に気を回されても、かえって自分自身が困惑するのみと判断したためだ。 (参考のため、私の場合結婚披露宴は親族版と知人・友人版を分け時期をずらして行っている。 知人・友人版はつわり症状が安定した妊娠4ヶ月時点で執り行い、その時初めて職場仲間に妊娠の事実を公表した。)

 妊娠4ヵ月後職場内に於いて、初めて妊娠している体に配慮してもらうはめになる機会があった。 それは校内陸上競技大会に際してであるが、さすがに生徒達と一緒に走り回る業務は回避し本部テント内任務を担当させてもらう事態となったのだが、何やら申し訳ない感覚が先行して落ち着かなかった記憶がある。
 もう一つ、妊娠8ヶ月時点の職場での出来事を紹介しよう。  当時の我が勤務高校では、生徒禁煙指導(当時は校内で喫煙する生徒が後を絶たない時代背景だったのだが…)なる業務が存在した。 生徒下校後、トイレ内で生徒が隠れて吸った煙草の吸殻を教員が当番制で広い集める作業(“モク拾い”と名付けられていた)が定期的にノルマとして課せられていた。(既に教員を辞めた人間がこんな事を世間に公開してよいのやら判断不能なままに記しているが、これこそ当時の一部底辺公立高校の実態だったことは確かな事実だ。)  これが結構、強烈な悪臭との闘いでもあった。 そこである一人の男性教員の方が提案してくれた。「○先生(私の事)は妊娠中だからこの業務から外してあげては如何か?」 お気持ちはありがたいが、皆の反応を待たずして私は直訴した。 「いえいえ私は大丈夫ですし、この作業に要する時間はたかがしれています。さほどの体内悪影響はないと判断しますので、このまま続けさせて下さい。」 医学経験もある私であり、妊婦の体に対する影響の程を吟味しての発言だった。

 ただ私の印象であるが、「教員」との職種は上記の我が妊娠中の事例にあるような学校行事や特殊な作業を除くと、普段は自分一人の采配で動ける業務内容が多い。 そのため仕事を続ける事が妊娠中の体に特段の弊害はなかったとも言える。 我が産院主治医先生がおっしゃる通り妊娠前と何ら変わらぬ職場生活が叶うと捉え、職場で妊娠前同様に頑張れた私は恵まれていたのか??


 それに比し、妊婦女性がもしも現在の厳しい民間企業現場で働いているとしたら、どう転ぶのだろう?

 その問いに応えるべくの朝日新聞9月19日付け記事を発見した。
 「おめでた…くない会社はツライよ」なる記事の一部を以下に要約して紹介しよう。
 34歳妊娠5ヶ月の女性曰く、同僚達が妊娠したとたんに立ちっぱなしの仕事に回されたり、子どもが熱を出して早退せねばならなくなった時に泣きながら上司に報告する姿を見て、この会社は続けられないと思った。 会社は対外的には「産休・育休制度が整った企業」とPRしているのに、その内情は社会の流れに逆行していると感じる。
 33歳有期雇用で働いている女性は、先輩ママの無理解さを訴えている。「あなたの休業中の手当てを、我々が節約せねばならない。」 妊娠経験がある先輩から「やめて欲しい」と解釈できる発言をされるのは、男性に言われるよりも悲しい。
 (以上、朝日新聞記事より一部を要約引用。)

 確かにそういう事例が民間企業に於いては存在するのかもしれない。
 と言うのも、原左都子自身が3~40年近く前に民間企業勤務を経験している。 我が記憶を辿ると、確かに同年代の女性同僚達が妊娠するのを何度も経験してもいる。
 結婚・出産にさほどの興味がなかった当時の我が私見を語るならば、申し訳ないが正直言ってその事態とは「迷惑」だったものだ。 彼女達はあくまでも自分の“嗜好”により結婚し子どもを産もうとしている。 当時の私に言わせてもらうならば、妊娠しようがしまいがそれは“個人的趣味”の範疇でしかない。 なのに何故、妊娠した女性を社会が尊び、職場に於いても彼女らに優遇措置を施すのか? それを認めるとしても、それがために職場で頑張る我々に穴埋め負荷義務が発生する事実は理不尽としか言いようがない。

 そのような我が感覚を長年胸に秘めていたからこそ、私自身が高校教員時代に高齢妊娠した暁にも、「妊娠」とのあくまでも個人的な事由で、周囲へ迷惑を及ぼす事態を最小限に留めるべきとのポリシーが育成できていたとも言える。


 最後に表題に戻そう。
 
 職場に於いて、妊婦の権利を全面的に保障する事が実際可能なのか?
 それは特に民間企業の場合、職場個々が抱えている営業実績等々諸事情に大幅に左右されざるを得ないであろう。

 厳しい私論であることは承知の上だが、個々の妊婦氏達が現在勤めている職場の内情を分析・理解することからスタートし直す必要があるのかもしれない。
 どこの企業とて“無い袖は振れない”事態であろうし、はたまた末端労働者である同僚達への負荷労働の苦悩をも思いやる気持ちを妊婦氏にも持って欲しい気もする。

 妊娠・出産はおめでたい事象であることには間違いない。
 だが今の時代背景に於いては周囲からの祝福のみを期待するのではなく、個々が客観的視野を持って周囲の事情をも勘案しつつ、生まれてくる子どもの未来のためにも心豊かな妊娠時代を育んで欲しいものだ。
 
 それと同時に妊婦社員を抱える職場が経営上厳しい局面に置かれているとして、もしも最悪の場合妊婦女性を解雇に至らせる場面に際しても、今後の出産を暖かく見守るべく常識的な対応をするべきなのは私が言うまでもない。

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「お台場」は既に寂(さび)れたのか!?

2013年09月26日 | 時事論評
 (写真は、9月24日東京お台場 デックス東京ビーチ にて撮影の原左都子)


 私が初めて東京お台場地区を訪れたのは、今から遡る事30年近く前の事だっただろうか。 
 それ以前にも東京湾に面するその地域へ何某かの所用で出向いた事はあるのだが、当時は「お台場」との名称で呼ばれていなかった記憶がある。
 
 ある日職場の若い世代の仲間から「お台場へ行こう!」と誘われ、車2台に男女2人づつ乗って出向いた目的地は、「船の科学館」だった。  当時館内が相当混雑していた記憶があるが、船に関する展示が充実している科学館であり参加者中最年長の私個人としては興味深かったものだ。 
 その後年月が流れ子どもを産んで後も、この「船の科学館」へは娘を伴って何度も訪れている。 科学館を出てビーチの奥の方では、南極観測船「宗谷」の船内が内外共に見聞可能となっていた。 それも娘と共に観察してきた私だが、当時の南極観測船乗組員達の苦悩の程を思い知らされるべく、船内及び船員達の「居住空間」の狭さを実感させられたものだ。

 残念ながら「船の科学館」は現在閉鎖中である。 今後の再開を待ち望みたい。

 我が娘を産んだ後娘幼少の頃より一貫して「お抱え家庭教師」を担当している私は、娘の教育及び娯楽の意味も兼ねて、その後もお台場へは頻繁に出向いた。
 例えば、東京ビッグサイト(東京国際展示場)で娘の成長に役立ちそうなイベントが開催されるとの情報を収集しては出かけたものだし、あるいは「科学未来館」へも出向いた。
 娯楽好きな私は、「パレットタウン」にも何度も娘を連れて行った事もあれば、上記写真のデックス東京ビーチ内にあるアミューズメント施設「ジョイポリス」も幾度となく訪れている。


 さて9月24日に我々母娘が何故「お台場」地域へ出向いたのかに関して、説明しよう。
 あくまで「2020東京五輪」反対派である原左都子のその主たる目的とは、来たるべく東京五輪開催に向けて東京都及び阿倍政権が開催候補地の中心としているその地の現状を視察する事だった。

 まずは東京メトロ豊洲駅から「ゆりかもめ線」に乗り、お台場の風景を観察した。
 私の感想を述べると“何だか寂しい風景”である。 メトロ豊洲駅から「ゆりかもめ線」に乗り換える事は数年前にも経験しているが、その後のこの埋立地の風景は活性化しているどころが、むしろ埋立地の広大な空き地が目立つ……
 その後もずっと「ゆりかもめ」に揺られつつ、そもそも「ゆりかもめ線」自体ガラ空き状態だ! 人混みを嫌う私としては好都合だが、平日昼間の時間帯に都心の鉄道がこれ程空いている事で営業元主体団体の経営が成り立つのだろうか??

 冒頭写真の「デックス東京ビーチ」に関しても、ご覧のごとく一人として人がいない… ビル内のショッピングセンターやレストラン等々もガラ空き状態…
 これも私にとっては好都合だが、果たしてこれでこの民間企業の営業が存続可能なのだろうか???


 もしかしたら、巨額の財源を投入してせっかく埋め立てた「お台場」が国家財政難と潮害と共に寂れ始めている対策を早期に打つべきとの最大のターゲットが、東京に於ける2020東京五輪招致だったのではあるまいか。
 
 ここで、私がネット上で得た2020東京五輪と「お台場」との関係を以下に紹介しよう。

 まずは2020東京五輪開催に当たり、お台場地域で新設予定の会場から。
 有明アリーナ•バレーボール(インドア)。 晴海地区 大規模選手村。

 次に「仮設」にて建設予定のスポーツ施設を以下に列挙しよう。
 自転車競技用の「有明BMXコース」及び「有明ベドロローム」、「有明体操競技場」「お台場海浜公園 トライアスロン競技場」 等々。

 改修施設としては「有明テニスの森」。

 いや確かに、埋立地である「お台場」地区の今後の経済活況が望めないとするならば、東京都としては、五輪でも招致してその対応策の穴埋めを練る事こそが切羽詰った課題であり結論だったのかもしれないとも考察する。


 そうだとしても、「お台場」地区には今後抱えざるを得ない大きな課題がある。
 それは今後起こるべく危険性が高い東日本大震災の余震であり、はたまた南海トラフ地震の到来であろう。

 もしも、これら大地震が近年中に発生した場合の被害の程を以下にネット情報より引用しよう。
 東京都内では、中央区、港区、江東区、品川区、大田区、江戸川区の6つの区で、最大で2メートルから3メートルの津波が押し寄せると想定されている。 にもかかわらず、国はいずれも防潮堤や水門などを越えることはなく、人的被害や建物への被害は出ないとしている。 ただし、防潮堤や水門よりも海側にある公園などでは、津波がそのまま押し寄せる恐れもあり、東京都は地震が起きた際には津波に関する情報に十分に注意して欲しいとしもしている。
 オリンピック期間は長くて二週間前後である。オリンピック期間中の場合一種の「非常事態」であり、開催中止などでの損害はある程度免除されるであろう。
 むしろ問題なのはオリンピック準備中に起きた場合だ。今すぐ起きても不思議ではない南海トラフ巨大地震がその期間に起きたとして、建設したスタジアムが倒壊して開催できなくなった場合はどう対処するのか? 急遽中止にすることはできるだろうが、東京都もIOCも開催されて収入が入ってくることを前提で建設費などを出している故にその穴埋めは如何にするのか、財政の大問題となろう。
 そんな非常事態が今後数十年いつ起きてもおかしくない段階でオリンピックを招致するのは、まさに地雷原に招致するようなもので、正気の沙汰とは思えない。
 (以上、ネット情報より引用。)


 原左都子の私論としては、巨大地震が後7年間及びその後も東京(を含めた日本)を襲う事を希望的観測として避けたい思いだ。
 
 それにしても2020東京五輪開催報道に沸き、「お台場」地区の湾岸マンションを買い求めるリッチ層が増加しているとの情報こそが大いに気に掛かる。
 おそらく彼らとは、アベノミクスの一時の経済指標なり、2020東京五輪に開催報道につられその気を煽られたのであろう。

 私のように少しは「ゆりかもめ」や「りんかい線」に揺られつつ、広大な空き地が目立つお台場の現状を視察しては如何だろうか?
 実際問題、思った以上に開発が進んでいないその地で、7年後に五輪が開催された後々の姿にまで思いが及んでしまうという事ではなかろうか??

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「超弦理論」はパラドックスを超えて“神の数式”となるか?

2013年09月23日 | 学問・研究
 私は、物理学者アルベルト・アインシュタイン没後、ほぼ半年の後にこの世に生を受けている。

 30代にして再び学問の道に入り、当時自分が目指す専門ではない哲学の一分野である「量子力学的実在論」の世界に魅了された。 
 大学の授業「科学哲学」の恩師である非常勤講師先生に「量子力学」の入門書とも言える ゲーリー・ズーカフ著「踊る物理学者たち」の紹介を受け、早速購入して多忙な日々の中時間を見つけてはむさぼるように読んだものだ。
 そして、私はまるで子どもの様に考えた。 (私がこの世に生まれ出たのはアインシュタイン没後、ほぼ半年後。 実はこの私こそがアインシュタインの生まれ変わりであり、今後一生哲学や量子力学的実在論分野の研究に勤しめるならば、何とミラクル人生なのだろう。
 
 ただ、世の中そんなに甘い訳がない。
 人類の歴史に於いて天才と言われた偉人は数多かれど、アインシュタインを超越する天才はこの世に存在しないと言って過言でないと私は思うのだが、どうだろう?
 結局ただの凡人の私にとってのアインシュタインの存在とは、今後も我が一趣味の範囲で人生の合間にインパクトを与えてもらい楽しむ存在という事だ。


 そんな私が「原左都子エッセイ集」開設後間もない2007年11月に、「量子力学的実在の特異性」と題する学問・研究バックナンバーを綴り公開している。
 6年前当時の私は、我が子の「お抱え家庭教師」として現役バリバリに娘の勉強に付き合っていた頃である。 おそらく娘の学習を通してアインシュタインに触れる機会があったのだろう。
 今現在このエッセイを再び記せと言われても少し荷が思い感覚だが、当時上記書籍「踊る物理学者たち」を参照しながら綴った我が量子力学的実在論に対する熱い思いを、以下に振り返らせていただこう。

 古典物理学の世界の中では、我々は世界を割り切って見ることに慣れてしまっている。何事であれ存在するか存在しないかのどちらかだと我々は思い込んでいる。ところが、量子力学の世界では物事の存在の解釈はそう単純ではない。
 「シュレーディンガーの猫」という有名な実験仮説がある。箱の中に毒ガス装置をつけておく。この装置から毒ガスが出るか出ないかはランダムな事態によって決まる。この装置の中に猫を入れる。毒ガスが出れば猫は死に、出なければ猫は生きているという状況が作られている。 
 古典力学によれば、箱を覗いたときに猫が死んでいるか生きているかのどちらかでしかなく、観測者がそれを確認すればよいだけの話である。
 一方、量子力学によると事はそう単純ではない。観測するまでに猫が死んでいる確率と生きている確率は共に50%であり、どっちつかずの状態であるはずだ。ところが観測者が観測したとたんに死んでいるか生きているかのどちらかになってしまう。これを“波束の収縮”と呼ぶ。
 量子力学では、何をもって「観測」というのかが問題となる。すなわち、どのプロセスで突然ジャンプしこの“波束の収縮”が起こるのかが議論の対象となる。 フォン・ノイマンは“波束の収縮”がどこで起ころうが結果は変わらず、何を観測とみてもよいことを数学的に証明した。 これに対し、観測は「意識」される時におかれると解釈する研究者は多い。この考え方には難点がある。それは「意識」が物理的に記述できないことである。 第一に、いったい誰の「意識」なのかが問題となる。予定調和、すなわち神が元々世界をつじつまが合うように組み立てているという思想を持ち出す手もあるが、科学的にはナンセンスである。 最初の観測者の意識とすることもできるが、特殊相対性理論の「同時相対性」の考えでは複数の観測者のどちらが先であるかは相対的であり、決定できない。 第二に「意識」を常に持っているのかについても疑わしい。“私”に「意識」があるとしても、これを“他人”に拡張できるのか、“動物”に拡張できるのかという問題点がある。 結果として観測に「意識」の概念を持ち出すことは問題が多いと言わざるを得ない。
 そもそもこの“波束の収縮”は起こらないと考えるのが「多世界説」である。この説では、観測とは“観測者の分岐”であるとする。すなわち、観測者が生きている猫を観測した状態と死んでいる猫を観測した状態に分岐する、と考える。経験的には観測者はひとりしかいないため常識からかけ離れた奇妙な説ではあるが、この説によると「意識」を持ち出す必要がないため量子力学内で解決可能である。 「多世界説」によれば存在するものすべてが量子力学で説明できるが、欠点は世界(分岐)が無数に増えてしまうことであり、シリアス性を欠いているという批判もある。
 「シュレーディンガーの猫」の実験仮説を元に、量子力学的実在についてほんの少しだけ考察してきた。ここで紹介しなかった他学説もまだまだたくさん存在する。 
 古典力学は、ただひとつの世界、あるがままの世界が存在していることを我々に教えてくれたが、量子力学はそれだけではない可能性を考慮する余地を我々に与えてくれる。 合理的思考の限界を超えている量子力学的実在の世界に私は昔から感情移入している。 今回はその一端を語らせていただいた。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2007年11月バックナンバーより引用)


 さて、この辺でやっと表題に戻ろう。

 NHK総合テレビ「NHKスペシャル」に於いて、上記表題に掲げた「神の数式」に関する科学ドキュメンタリー番組が9月21日、22日両日に及んで夜9時から放送されたのをご見聞された方は多いであろう。
 
 これぞ「待ってました!」である。
 最近のNHK報道において、これ程に基礎科学の深層を追及する特集が組まれたのは久々の事ではあるまいか?
 普段はちょうどお風呂に入っている時間帯だが、少しお風呂を遅らせて私はこの番組を注視したのだ。
 
 21日放送分に関しては記憶が薄れているため、22日放送内容に関してあくまでも原左都子が記憶・記述している範囲で以下に紹介しよう。
 アインシュタインによれば、重力が小さく重い程空間に“歪み”が生じるが、巨大な重力がかかった場合、光すら曲がる。(これぞ、アインシュタインによる「一般性相対性理論」だが)  ところがこの理論では、宇宙の「ブラックホールの底」の説明が出来ない。 何故ならば計算式上、割り算の分母が∞(無限大)となってしまうのだ。
 そこで登場したのがロシアの天才マトベイ・ブロンスタイン氏であるが、氏は何故分母が無限大(∞)になるのかを追究し過ぎたために、それが当時の政権に「危険な思想」と受け止められ銃殺刑と相成った……
 それでも、世の科学者達は分母無限大の謎を解き明かすべく努力を重ねた結果、シャーク博士が「超弦理論」を打ち立てた。 ところがこの理論とは「10次元」世界を前提としてのみ成り立つのだ…。 現在我々が生きている世界とは「4次元」。
 そこに登場したのが、ケンブリッジ大学の二人の博士達。 「この世は本当に4次元なのか?」なる疑問と共に、「超弦理論」をバックアップするべく「n=496」の完全数を導き出すに至る。 この完全数こそがアインシュタインが発表した「相対性理論」と「素粒子理論」を矛盾無く証明する数値だった!
 これこそ大革命であり、現実世界すべてを表現可能なのだ。 ところが、まだまだ課題がある。 「一体、異次元がどこに存在する??」 そこで研究が進んだところ、より小さい世界(超ミクロの世界)に視点をおくと、異次元が見えてくるとの発見だ。
 この発見こそが「神の数式」か? と考えられたが、またもや難題となるのが「熱」の存在だ。  そこでポルチンスキー氏が一つのアイデアを発表した。 「弦は動き、熱を発するとの重要な性質を持つ」 この理論により宇宙のブラックホールの謎が明らかになった。 これを受けて、2004年にホーキング氏は自分の誤りを認めるに至った。
 さて、人類は宇宙誕生の謎を解くことが出来るのか? それは「ヒッグス粒子」の発見に加えて、宇宙とは実は「11次元」の存在でもあるとの研究によりますます神秘を増している。
 (最後は原左都子の私論も多少交えたが、以上はNHK総合テレビ番組「NHKスペシャル」22日版をあくまでも我が素人視点から要約したもの)

 
 科学の世界とは素晴らしい!
 くだらない現世の争いや闘いをアホらしく感じさせてくれる、天才科学者達の超越した天才的発想力こそがまさに人間としてこの世に生を受けた証明たるべきで、実に素晴らしい。 だからこそ、原左都子は一生に渡り学問を愛好し続けているのだ。

 それにしても、繰り返すがNHKスペシャル番組に於いてこのように正面切って「基礎科学」分野の話題を取り上げたのは、久々の事だったのではあるまいか?
 たとえ少数であるとしても、この種の番組放映を心待ちにしている視聴者が存在する事実を、国民放送局とも表現可能なNHKに訴えたい思いで綴った今回の我がエッセイである。

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昔受けた「いじめ」をあなたは許せますか?

2013年09月21日 | 人間関係
 朝日新聞9月12日付「声」欄に、心温まる投稿を発見した。

 (余談ではあるが、現在「声」欄は“無断転載禁止”扱いとなっている。 これは、「声」欄が読者から寄せられた投稿を実名にて紙面で公開している故のトラブルを回避する目的と私は解釈している。 従って、個人が匿名で転用する分には“無断転載禁止”措置違反とはならないであろうと我が身息災に捉え、紹介させていただく事とする。)


 早速67歳主婦による 「昔のいじめ許してあげます」 と題する投稿を、以下に要約して紹介しよう。
 故郷で行われた中学校の同窓会に出席した。 各自の近況報告の後私はある人のそばに行き、「私、あなたにいじめられていたことがあるのだけれど覚えてる?」と聞いてみた。 その人は私の名札をじっと見て、「本当?」 「あの頃は太っていたから当時のプロレスラーの名前で呼ばれていた」事を伝えると、瞬間彼は遠くを見た。 「そんなこと言ったの。ごめん。本当にごめん。」両手を合わせ頭を下げ「ごめんなさい」を連発する姿が可笑しく、何だか可愛そうにもなって「もういいよ」と許してあげた。
 同窓会の時間は流れ、眼下を流れる水の青さや夏の日差しを受けて光る橋が美しい!と思った。 帰り際に彼は手を差し出し「本当にごめんね。またね」と言う。 その手は大きく、温かかった。
 (以上、朝日新聞「声」欄への投稿より引用。)

 ここで少しだけ原左都子の私論を語ろう。
 上記事例の場合はそもそも「いじめ」と表現するより、多少口の悪い男子生徒が女子をからかった程度の、級友同士のコミュニケーション場面の一つとも受け取れる。
 ただ投稿者である女性が、数十年前に浴びせられた当時の自分の身体的特徴に関する呼称を今現在まで「いじめ」として認識していた事実にも同感できそうにも思う。
 
 実はこの原左都子も、小学6年生時の話だが 「がいこつ骨子(ほねこ)」 の異名を取っていた。  要するにやせ細っていたのだ。 何分伸び盛りで1年間に十数cm身長が高くなった時期である。 元々長身ではあったが、早熟女子達数人に一時身長を追い越されていたのを1年間で抜き返してまだまだ伸びた。 
 「がいこつ骨子」の異名を誰が名付けたのかは今となっては記憶していない。 それにしても今分析するに、当時より手足がひょろ長かった私を上手く表現したあだ名であると考察するし、当時の私にとってもさほどの抵抗がなかった故かこれを「いじめ」とまでは解釈せずして過ごしてきた。

 それに引き換え、今の時代とは友の身体的特徴をあだ名とする事が即「いじめ」と解釈される事は推測可能だ。 その中でも、やはり「低身長・高体重」を表現する呼び名が現在に於いては「いじめ」に繋がり易い事実も把握できている。


 さて表題に戻って、昔受けた「いじめ」を許せるか? のテーマに関する私事を再び紹介しよう。

 私の場合、正面切って「いじめ」を受けた記憶がない人間であることはバックナンバーでも幾度か公開しているのだが、もしかしたら相手が私をいじめたかったのではなかろうか?と考察できる事件は幾度か経験している。

 例えば同じく小学6年生の時に、クラスの某男子生徒(参考のため警察官の息子氏だったことを記憶している)が私に面と向かって「挑戦状」のような言動をしてきた事がある。 
 男子生徒曰く「おまえのような女子が一番嫌いだ! 担任先生に向かって“えこひいき”するなと責めるし、クラスの皆で一致団結している事に反発ばかりしている。 皆が仲良くしようとしているのに何でおまえはクラスを乱すのか!」 (いやはや、我が天邪鬼気質が小6にして既に表出していた事を、実感させられる事件なのだが) これを面と向かって一男子児童に訴えられた事実は今尚忘れもしない。 ただ当時の私は既に、この男子児童からの1対1での直談判に屈するつもりなど一切無かった事のみは事実だ。 相手男児に何と言って反論したかの記憶はない。 だが、もしも今後小6の同窓会に出席する機会があったならば、「当時幼い私が取った態度こそが、同じく幼い立場で私に歯向かって来た単純思考の貴方を超越していたよ!」と言い返したい思いはある。

 もう一つ我が記憶にある私事を話そう。
 中学1年生時の出来事であろうか。 赤い羽根運動で学校から全員強制で購入させられた“針付き羽”をクラスの前席に座っている女子相手に、「小娘倒れろ!」などと小声で言いつつ男子生徒が女子の背中に突き刺すのだ! 当時授業中にこの被害を受けているのは私のみではなかったのだろうが、授業を行っている教員が気付かない。 これが実際結構痛いのだが、女子の誰も騒がなかったのは何故なのだろう?
 それを考察するに、当時の国内文化とはまさにまだまだ男尊女卑時代だった。 「羽飛ばし」遊びのターゲットになる女子とはそれを行う男子がむしろ好意的に捉えていたのかもしれない。 だからこそ、多少の「痛さ」に耐えつつ女子は騒がなかったのではあるまいか??
 そうではないにせよ、私自身もこれは「いじめ」ではないとの感覚を抱いていたのは確かな事実だ。  


 いやいや同窓会が果す役割とは、当時の同級生個々の“対決場面”を出席者間で演出したり、当時の男子生徒のいたずらが“何が目的だったの?”かを数十年経過した今こそ検証する場を設けてくれるべく会合であるべきで、その趣旨で同窓会が開催されるならばこの私とて出席したいものだ。
 ところが実際の同窓会とは、それを開催する幹事連中が自分らの狭い認識の下好き勝手に騒ぎつまらなく運営したり、あるいは恩師を思いやるばかりに“恩師迎合集会”となるのが現状実施されている「同窓会」の実態ではなかろうか??
 そんな中身の乏しい同窓会が全国各地で開催されている寂しい現状であることは否めない事実であろう。

 その折に冒頭の朝日新聞「声」欄投稿女性は、果敢にも数十年来胸に秘めていた過去の「いじめ」に関する自分なりの決着を果したことを、心より賞賛したい原左都子である。

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メルヘン世界への誘(いざな)い

2013年09月19日 | 時事論評
 (写真は、昨日9月18日に娘と訪れた サンリオピューロランド アトラクション施設内にて自動撮影したものの私製複写版。  写真の縮小を何度も試みたのだが何故かいつもの手法では不可能なため、ドデカい写真を公開し恐縮である…  後日、時間がある時に縮小に再チャレンジしますので何卒ご了承下さいますように。


 最近の「原左都子エッセイ集」に於いて、福島原発事故汚染水後処理失敗及びそれに関連する2020東京五輪反対、その後は高齢者関連のエッセイが各3本ずつ続いた。

 今回は大幅にエッセイの指向を変え、読者の皆様をメルヘンの世界にでも誘おう。

 と言ったところで、我がエッセイ集の読者の皆様とは“そんなものどうでもいい”嗜好派の方々が大多数と私は認識しているのだが如何であろうか??
 実は私も現在はそうであるかもしれない。

 ところが昔は違った。  現在は辛口硬派のこの私にも、「少女趣味」嗜好の時代があったのだ。 (「原左都子エッセイ集」2010年12月 芸術カテゴリーバックナンバーにおいて「“少女趣味”文化を築いた巨匠達」と題するエッセイを綴り、その中で内藤ルネ氏と水森亜土氏のご活躍ぶりを紹介しておりますので、よろしければご覧下さい。)


 さて昨日娘を誘って訪れたのは、東京都下多摩センターに位置する「サンリオピューロランド」である。
 また何でこの時期に、大の大人(というよりも老齢に近い)私が当地を訪れる必然性があったのか?? なる疑問と命題に応えよう。
 その理由及びきっかけは至って安直だ。 現在義母の保証人代行事務処理を任されている私の元に、「青色申告会」よりピューロランドの激安割引入場券が送付されて来たのだ!  たとえそうだったとしても普通の人なら無視するのが通常かもしれないが、何分元“少女趣味派”の私である。  そもそも我が娘も幼き頃はキティちゃんの大ファンだったことだし、それに便乗して人生3度目のピューロランドをエンジョイして来よっと。

 9月下旬に差し掛かろうとしている時候にしてはまだまだ真夏の残暑が厳しいものの、湿度が低く比較的爽やかな天候である。 道中小田急線電車内から見る外の景色に雲の一つもない秋空が広がっている。 こんな秋晴れの日に室内遊技場で娯楽するのはもったいないかも…なる思いは、多摩センター駅に到着してすぐに打ち消された。 駅前の広大なパルテノン通りのレンガ歩道には真夏の太陽が容赦なく照り返していた。 

 日傘で直射日光を遮りつつ到着したサンリオピューロランド内は、平日にもかかわらずそこそこの集客力のようだ。
 前回訪れたのはおそらく娘が中学生頃の平日だったと記憶しているが、その時には「幼稚園」年齢程の団体客が押し寄せていて、騒がしく鬱陶しかった記憶がある。
 今回は団体客との接触は回避できラッキーだったが、顧客層を一見したところ我が娘と同年代の学生風女子が圧倒的多数のようだ。 その他は、孫を伴った高齢者も含めた一族小団体か、あるいは母親が未だ就学年齢ではない子を引き連れて当地を訪れている光景だ。 (参考のため、私のように還暦近いおばさんと大学生の娘とのカップルは見かけない… そんなの私に言わせりゃどうでも何でもいい範疇の話だけど、とにかく集団客に遭遇しなかったのはラッキーだった。


 娘の話によると、キティちゃんを手始めにサンリオの各種キャラクターとは幼児をはじめとする低年齢層のみならず、今では大学生や社会人の若き世代の女性にも愛好されているのだと事だ。 メディア報道で少しはそれを承知していた私だが、それにしても結構“いい年”をしてそうな若き世代の女性陣が頭にキャラクターのカチューシャを装着し、着包みのキャラクター相手にキャーキャー騒いでいる姿を、如何に解釈するべきか困惑する私だ。


 同様の現象を東京ディズニーリゾートでも少し前に実地見聞した私だが、その行動を「原左都子エッセイ集」バックナンバーで「似非同調性」と結論付けている。 (2011年2月バックナンバー 「ディズニーリゾートに見る若者の“似非”同調性志向」をご参照下されば幸いです。)
 そのエッセイ内でも記述しているが、今の時代の若者達がせっかく得た友を失わず周囲環境から孤立しないためには、付けたくもないカチューシャを頭に付け、着包み相手に友と一緒に「ミッキーちゃん!」あるいは「キティーちゃん!」と叫ばねば、現在の若者とは“村八分”仕打ちを受けるのか!?! 

 それは単なる私の老婆心故の取り越し苦労であり、若者達が娯楽施設で楽しむ姿が真実なのか??
 それにしても、我が娘は私の“お抱え家庭教師”力の影響か、周囲環境に対する冷静かつ客観的な観察力が備わっているようだ。 決して、自分と同年程度の女性軍団の諸行動を責めたりせせら笑ったりもしなければ、自分は自分でせっかく訪れたピューロランドを楽しもうとしている様子だ。


 何と言っても、現在に於けるピューロランドの一番の魅力とは、「ショー」にあるのではないかとの感想を述べる私に娘も同意する。

 入場券のみで楽しめる「パレード」など、ダンスと大道芸のオンパレードだ。 観覧椅子がなく冷たい床や階段に座らされるのは高齢者には足腰が痛くて辛いが、繰り広げられるショーの中身は決して“子ども騙し”ではなく十分に洗練されている。
 そしてピューロランドの特徴として、シアターホールに於けるショーの数々が充実していることも賞賛するべきではなかろうか。 ディズニーランド・シーに比較して西洋系ダンサーが登場しないのが少し物足りない気もするが、これも考えようによっては東洋系ダンサーで統一しているピューロランドの方こそが“統一美”があるようにも考察可能だ。
 例えば、昨日実施されたメルヘンシアターに於ける「不思議の国のハローキティ」にお於ける最終場面で“足が太い”女性コールドダンサー達がラビットに扮してラインダンスを披露した。 これには意表をつかれた私だが、善意に解釈すれば幼児が多く訪れるショーには「太足」の可愛い系女性ダンサーを登場させるのがベストの演出かとも唸ったのものだ。

 最後にもう一つの感想として、サンリオピューロランドは“動く”アトラクション系に自動写真撮影を多用し、その写真を顧客に購買させる経営マーケティング手法を多用しているようだ。
 これ、ホントに儲かるの?? と疑問視の上で購入したのが冒頭の写真であるが、帰宅後インターネット上で購入できる販売写真物が貧弱過ぎる事を、原左都子から最後に指摘しておこう。


2013.9.21 追記

 「原左都子エッセイ集」本記事をご覧になられた高梁恵美様より、以下のメッセージを頂戴しました。

・件名
「メルヘンの世界への誘い」への訂正願い

・本文
初めまして。ピューロランドの記事を書かれているのに惹かれて初めてブログを訪問させて頂きました。
いきなりのメッセージ送付お許しください。
文中で「日本人でダンサーを統一〜」とありますが、これは違います。メルヘンシアターの「不思議の国のハローキティ」というショーでは在日中国人ダンサーが出演されています。メインプログラムであるパレードでは中国雑技団の方以外は日本人エンターテイナーのみですが、ピューロ全体では日本人のみではないのです。
もしよろしければ記事の方の訂正をお願いできますか?


 高梁恵美様、貴重なご指摘を頂戴しまして誠にありがとうございました。
 訂正し、お詫び申し上げます。

                 「原左都子エッセイ集」 著者 原左都子

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人生終盤を迎えた年寄りとの“健全な”付き合い方

2013年09月16日 | 時事論評
 大型台風が日本列島を襲い、本日は大荒れの敬老の日の一日だった。
 洪水や崖崩れ等の被害を受け、今現在も避難所で過ごされているお年寄りの方々も多いことであろう。 
 心よりお見舞い申し上げます。


 さて、「原左都子エッセイ集」2012年6月のバックナンバーに於いて、「老後とは自ずと孤独になるものだけど…」 と題するエッセイを綴り公開している。

 上記エッセイ冒頭部分で以下のような記述をしているのだが、少し振り返らせていただこう。
 以前、新聞紙面で「老後を如何に充実させるか?」なるテーマの記事を読んだ事がある。  その記事の結論とは、「人間関係の充実」 だったと記憶している。
 原左都子に言わせてもらうと、これは“現実性に乏し”く“嘘臭い”。 (もちろん老後の年齢も幅広いのだが、もしかしたら老人が置かれている実態を心得ない記者が書いた記事かな?)
 80歳を過ぎた近親の老人達と日頃接する機会がある原左都子は、高齢老人に「人間関係の充実」を望むことの多難さを思い知らされる日々だ。
 体がよぼよぼになり、棺桶に片足を突っ込みかけている老人相手に「人間関係を充実させよ」との要望とは、過酷かつ無責任ではあるまいか??  人間関係の充実とは“人として”心身共に健全であってこそ叶う課題ではなかろうか?
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用)

 上記エッセイ公開より1年3か月程が経過した私の日常は、まさに近親年寄り達の支援係を一手に担う役回りと成り果てている。

 
 その一人目、義母に関しては現在介護付き有料高齢者施設に入居中だ。

 突然の義理姉末期癌罹患そして死去に伴い、我が身内が義母の「保証人」となった事をきっかけに、嫁である私が実質上の保証人代行を任されている立場にある。 特に義理姉死去後の義母所有財産管理移行手続きは実に煩雑だった。 猛暑の中、公証役場や銀行・保険会社等の金融機関、そして義母運用不動産の仲介業者及び青色申告会への変更手続き連絡等々…  それはそれはハードな事務処理の日々を過ごした。
 やっと一通りの財産管理移行業務は一段落したが、今後迫り来るのは来年早々の税務申告手続きである。 少し気が重いが(一応税理士試験3科目免除者の立場として)義母のために前向きに善処しよう。

 それでも義母の場合、“人間が出来ている”事に救われる思いだ。
 義理姉死去前後の時期はさすがに不安定感が露出していた義母だが、そんな不幸に直面して尚、保証人代行である私への礼節を欠かさない人なのだ。「○子さん(私のこと)がいて下さるお陰で私はケアマンションで安心して暮らせます」「今後も○子さんこそが私の一番の心の拠り所です」…  さすが元事業家、元々営業スピーチはお得意なのではあるが、そう言ってもらって私が張り切らない訳がない。
 義母は共同生活の場であるケアマンション内でも、周囲の人間関係への配慮を欠かさない人物である。 あまりにも義母が気配りをし過ぎることを、現場のケアマネジャー氏が気遣って下さる程だ。  「それじゃあ自分の身が持たないですから、お義母さんも少しは周囲に甘えてもいいんじゃないですか?」と私からアドバイスしても、「○子さん、ありがとう。 でも、私は全然気配りなどしてないから気にしないで」との返答である。
 こんな健気な義母を私が大事にしない訳がないという結論である。

 片や、我が郷里に一人暮らしをする“性格の悪い”実母の実態に話を移そう。

 こいつ、何で滅多に会わない娘が可愛い孫を連れて帰省しているのに、何でいつもいつも開口一番悪態吐いて喧嘩を売ってくるの!?!
 それを“元気な証拠”と捉えるべきなのかもしれないが、一体全体どうしたことか。 我が実母の勝手気ままな言動とは「老化現象」の範疇を既に超過し「ボケ」症状に達しているかもしれないと、本気で頭を悩ませる私である。

 何分、義母との格差が大き過ぎる。 
 体力は衰えた義母ではあるが、いつまでも上品で自分の周囲の人間関係を大事にしようと精一杯努力している人物である。 そんな義母はたとえ実子である自分の息子(我が亭主)に対しても一切暴言は吐かない。
 それに引き換え、我が実母の自分が産んだ娘である私への“甘えよう”が度を過ぎていると、いつ帰省しても悲しくなるのだ。
 例えば朝起きて母に「おはよう」と言うと、「何時だと思っているんだ、これが嫁なら失格だ!」と私を非難する。 前夜には「ゆっくり寝ていい」と言う母だが、いつ帰省しても同じ言動を繰り返す事を経験しているが故に、「私が起きてから朝飯を準備するからゆっくり寝ていて」と言っても、どういう訳か自分が先に起きて、後から起きてくる私に罵声を浴びせたい様子だ。
 あるいは、「朝ごはんが出来たから食べよう」と母を誘っても「私は、要らん!」とくる。 (実は自分だけ先につまみ食いしているのだが)これもいつもの事なので無視していると、「○子は親の家のご飯をバクバクよく食べるねえ」との嫌がらせじみた発言をし始める。 「だったら遠慮しておくよ」と言い返すと、「冗談なのが分からんのかねえ。人間直ぐに怒るもんじゃないよ。アンタ性格が悪いよ」と実の娘相手に言いたい放題ホザき返してくる始末だ。

 もちろん、年老いた実母を郷里に一人暮らし状態で放置している現状に関して、こちらにも落ち度はあろう。 それにしても半年に一度しか会わない実の娘相手に、この悪態はどうしたことかといつ帰省しても落胆するしかない。 
  
 ただ少し分析し直すと、我が実母が置かれている立場が理解できないでもない。 やはり、周囲の環境が“ド田舎”過ぎるのではないかとの懸念もある。
 人間関係云々を議論する以前の課題として、日本の過疎地に於ける人間関係とは実に狭い範囲の親戚筋を心の拠り所として頼るしかない切羽詰った現状かもしれない。  それが証拠に、我が母は地方公務員の立場で定年までの任務を全うした人間だが、定年後10数年程はそれら職業関係の知人・友人に恵まれ、有意義に暮らしていた事実は私も記憶している。 その後更に年齢を重ねた暁には、母に限らず職業関係の仲間達も高齢者と成り果てている実態であろう。

 そんな中、身近に自分の実の娘や息子が存在する高齢者は恵まれているとの話ではなかろうか。 近くに実の子どもが存在するだけでも年寄りにとっては至って心強いと想像する。
 我が義母もその例外ではなく、実の息子が近くに住んでいて、その嫁である私が保証人代行を引き受けている事実を心強く捉えているのだと考察する。
 それに比較して、確かに我が実母と娘である私との実質的な距離的関係は大きなネックなのであろう。
 
 今回郷里から帰京した後に上記の事実を少し分析して、我が実母の私に対する悪態の理由が少し理解できた気もする。
 ただ、本当に実の娘や孫と80歳過ぎた老後を有意義なものにしたいのならば、少し素直になってはどうなのかと提言したい思いだ。 もしも、今後の娘と孫との帰省を本気で喜んでくれるのならば、孫もいる目前で娘に対していきなり悪態をつく事は孫への悪影響もあるため勘弁して欲しい思いだ。

 それとも実母であるあなたがずっと前から私に訴える通り、ほんとに現在の家で「孤独死」が理想なの?
 言っちゃ悪いが、あなたの悪態をいつも見せ付けられ辟易としている私には、そうとは思えないんだなあ。  あなたの私に対する悪態の数々とは、結局自分が生きているうちに子孫である私の手をとことん煩わせた挙句、立派な葬儀をして欲しいとの事だよね???
 だったら、何で素直にそう言えないの!?!
 世の中には一生において「反省」がない奴らがこの国の上層部にごまんと存在する事実をとことん鬱陶しく思う上での、あんたの娘の発言なのだけど……
 あんたがお国のトップ程偉くもないならば、自分が産んだ娘に対して、死ぬ間際くらい少しは素直に振舞ってはどうなのよ!?

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紙の手提げ袋も“一流”のお出かけバックです!

2013年09月14日 | 時事論評
 (写真は、朝日新聞9月12日夕刊記事 「おじさん自然体」より転載したもの)


 冒頭から今回のエッセイ趣旨より大幅に外れるが、一昨日の9月12日、早くも警視庁が東京五輪施設建設が予定される晴海地区で、初のテロ対策演習を行ったとのニュース報道だ。 演習はテロリストらが2万人働く高層オフィスビルの入り口に爆発物を仕掛けることを想定したシナリオを使って行われたようだ。

 2020東京五輪開催に向けて政府が第一に実施するべき「安全対策」とは、阿倍首相が世界に向けてブエノスアイレスIOC総会会場で公言した、福島原発汚染水の後処理ないしは東日本大震災復興支援であろうと、五輪招致反対派の私は信じていたのだが…
 阿倍政権の思惑はそうではなかったようだ。 何よりも優先して実施したのは、テロ対策。 
 五輪に於ける「安全保証」の意味合いも多様ではあろうが、我が国において最優先するべく安全対策課題とは、“原発事故放射線漏れ対応”に他ならないとの我が思惑とは大幅に異なる事を再認識させられた。
 (えっ? 阿倍政権の最たる安全保障とは「テロ対策」だったの? そんな対策を施さなきゃいけない程島国であるこの国は国際的に緊迫状態だとは決して思えないのだけど……)

 確かに、2016夏季五輪開催地であるブラジル リオデジャネイロでは、サッカーワールドカップ開催及びリオ夏季五輪開催のため、市民生活をも犠牲にして政府が関連施設建設に巨額の税金を投入している事実への国民の強い不満が高まった。 一時は市民暴動すら発生し、ブラジル政府はリオデジャネイロや首都ブラジリアなど主要5都市に治安部隊を派遣する事態と相成った。 
 
 私論としては、日本の民衆とはお上に“素直過ぎ”るが故に、決してリオやイスタンブールのように反政府デモを起こすべく民衆のエネルギーが高まらない軟弱な実態と捉えている。 
 そこでやむを得ず、こんな年寄りの原左都子が精一杯の反論を力なき「原左都子エッセイ集」で訴え続けている次第だ。  それでも阿倍政権としては、一部底辺市民の反五輪活動の動向こそを第一義に潰し去りたいのではあるまいか? 私は早々の警視庁によるテロ対策の趣旨を 「国内五輪反発派によるテロ対策」 と読んだ。
 いやはや、2020東京五輪反対派としては政府の唐突なやり方に恐怖心すら抱かされる始末だ。   底辺市民の一人として、この国の次世代及びその後の遠い未来まで見据え財政危機の我が国の今後のあり方に関して提案した上で、五輪反対を提唱しているのだ。  にもかかわらず、こんな早期にテロ対策…???
 極端な話、国家が五輪反対派市民をブラックリストに挙げ連ねるのか??  そんないわれなき制圧を施す事態から逃れるべきか? などとも推し量って一時恐怖に怯えた原左都子である。


 ずい分と余談が過ぎたようだ。

 今回のエッセイテーマは表題のごとく、単に、おじさんが持つ「紙の手提げ袋」を論評するのが趣旨である。
 にもかかわらず、冒頭から五輪開催に伴うテロ対策を我が脅威として取り上げたのには理由がある。 本気で政府のブラックリストに原左都子が列挙されてしまうのかと怯えたためだ。
 決してそんなはずはないではあろう事に薄々気付きつつも、敬老の日も迫っているし、この辺で少し「原左都子エッセイ集」のテーマをあえて軟弱化し、その脅威から逃れようとしているのが我が魂胆である。


 気を取り直して、冒頭で紹介した朝日新聞コラム写真「おじさん自然体」を原左都子の目線で紹介しよう。
 この夕刊のコラム、なんてことはないのだが、毎週私にゆったりとした癒しの時間をもたらしてくれるのだ。
 
 「おじさん自然体」の表題のごとく、朝日新聞記事のターゲットは今時の“おじさん”である。 (というよりも私の推測では既に定年退職した後、ケア施設にお世話になる程でもなく自力で世間を渡れるレベルの能力を未だ備えている熟年男性と捉えている。)
 私自身が家庭内に“この手”の身内を一人抱えているし、還暦に近い私が様々な場所でここのところかかわる事が多い男性陣も、この年代層が多いのを自覚している。

 誤解を怖れずに言うと、結局この年齢層の男性陣とは、同年代の女性にとっては“可愛い”存在ではなかろうか?

 今回の朝日新聞記事の題目である 「侮るなかれ これが俺の一流バック」 に関して、記者である古田真梨子氏が記事に綴っておられる。 以下に、その一部を紹介しよう。
 JR上野駅。 改札を出ると写真のごとく手提げ紙袋を持ったおじさんがいた。 中には文庫本、タオル、ペットボトル。 まさにカバン代わり。(以下略)

 いやはや、驚いた。

 まさに我が亭主が婚姻以来(と言うよりもそのずっと前から)、この“紙の手提げ袋”愛好派なのだ! 
 いくらお互い40前後の晩婚とは言え、今思えば、そりゃもうまだまだお互いに若い時代の結婚当初は亭主の奇行にびっくりさせられたものだ。
 婚姻後仮住まいとして亭主の親が経営する集合住宅の一室に、住居費を支払うでもなく元々ちゃっかり住んでいた亭主自宅に居候した私だ。 その押入れの中が“紙の手提げ袋”の数々だ! 紙袋の中に何が入っているのか確認した私は更に仰天し、泣きたくなった。  会社の出張で各所に泊り込みで訪れる都度紙の手提げ袋に下着類を入れて持参し、帰宅後洗濯もせずそのまま押入れに放置していた有様だ。
 もちろんすぐさま紙袋のすべてを廃棄処分とした私だが、その後の亭主の会社出張の際にも、何処に出向くにも手には“紙の手提げ袋”の有様だ。 
  
 決して我が亭主が“貧乏人”ということではない。 (いえいえ、私と結婚した後は貧乏を強いる毎日かもしれないが)、そもそも亭主は実家の親が稼ぎの良い家庭に恵まれて育っている。 ならば何故、我が亭主が若い頃から外出時に“紙の手提げ袋”にこだわり愛用し続けているのかと言えば、その理由とは実にシンプルである。 本人曰く 「軽いから」 だそうだ… 
 それが証拠に、自分の資金で私のカバンより数段高価そうなビジネスバックを幾つが買い求めて持っている。「ちょっと、なんでアンタだけブランド物のカバン買ってるのよ!」と時折責めると、「○子(私のこと)が使っていいよ」と言うのだが、男用鞄は重過ぎて私とて使う気にはなれない…   

 “紙の手提げ袋”に頼る事のセキュリティ対応にもこだわれよ! と亭主にアドバイスした私だが、確かに“紙袋”を提げているいい年こいた男性は世間の俗人には「貧乏人」に映るであろうこと間違いない。 これでセキュリティ問題もクリアできていたんだね……?? 


 今尚、我が亭主は“紙の手提げ袋”愛用家である。
 そんな亭主のために、私は自分が洋服等の商品を買い求めた時に提供してもらった“紙の手提げ袋”のコレクションをしている。 その数たるや現在では300枚近いであろうか。 古くなったのを捨て去り新しいのをキープしつつ、小中大そして巨大袋も合わせ常にその数を絶やさぬようにクローゼットに保管している。
 時に亭主は、ショッキングピンクの紙の手提げを持って出ようとする。 それは「いくら何でも派手過ぎ!」と諭しても「これが気に入った」と言う亭主の意向を尊重する私だが、何だか似た者同士の派手好き夫婦を実感させられる思いでもあるなあ。

 もはや、亭主が“紙の手提げ袋”を好んで持ち歩く行動は私には十分許容範囲だし、これぞ“一流”のこだわりお出かけバックであるかもしれないね。

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人生終盤を迎えた高齢者は何に感激するのか?

2013年09月11日 | 時事論評
 (写真は、昨日9月10日に訪れた、東京都豊島区巣鴨に位置する巣鴨とげぬき地蔵より撮影したもの) 


 「原左都子エッセイ集」に於いてここのところ、阿倍政権の福島原発事故汚染水漏れ対応の遅れ、及びその醜態にもかかわらず、阿倍首相が2020年東京五輪招致に邁進し開催が決定してしまうとの予期せぬ事態に関する批判論評に邁進してきた私だ。
 
 お陰様で危惧していた「非国民」とのバッシングも炎上も無く、この通り「原左都子エッセイ集」は健在である。
 むしろ「賛同」に近い反応を頂戴し、感動している。
 我が国の民衆の中には 阿倍政権が欲する2020年までとの短期展望のみならず“この国を遠い未来までも真に守り抜き発展させたいと長い視野で志す仲間” が少数ながら存在する事実に、天邪鬼、一匹狼の私とて心強い思いである。


 話題を大幅に変えよう。

 昨日私は大学休暇中の娘を引き連れて、東京巣鴨のとげぬき地蔵及びその周辺の商店街を訪れた。
 何故「お年寄りの原宿」とも称されている現地を若き我々が訪問したのかというと、来年成人式を迎える娘の“お祝会”を、とげぬき地蔵に程近い土地に住んでいた(現在も住民登録地である)義母のためにこの地で実行するべきと心得たからに他ならない。
 と言うのも実際問題、現在生存している娘の父方・母方の両祖母達である高齢女性2人が、来年の孫の成人式まで生き延びているのか否かに関して不確実性が高い。  いやいやそれは顰蹙な話であり、おそらく祖母2人共に未だ比較的元気に生存している事と想像する。
 ただ、既に我が郷里の実母からは「東京まで遠出して孫の成人祝会に列席する体力が無いため欠席」と宣言されている。


 話題を上記写真の「巣鴨とげぬき地蔵」周辺に移そう。

 昨日原左都子親子がこの地を訪れようと欲したもう一つのきっかけとは、少し前にメディアを通じて見聞した報道につられてである。 メディア情報によれば、上述のごとく現在の巣鴨とげぬき地蔵周辺商店街は「お年寄りの原宿」と化していて、活性化しているとの報道だった!

 それを信じこの地を訪問した我々母娘だが、実に落胆させられる始末だ…
 確かに巣鴨とげぬき商店街を闊歩しているお年寄り連中を少なからず見かける。 しかも東京都心部の他の商店街には見られない光景として、店舗の経営者達自身が高齢化している。 その高齢経営者達が今時珍しく店頭で“客寄せ”行動に出ているのが、私の視線では多少物悲しい風景でもあり嬉しくもあるのだが……  (同じような商店街として東京浅草が挙げられるかもしれないが、巣鴨はかの地に比して格段に小規模である。)

 どうなのだろう?  今時のお年寄り達にとってはむしろ巣鴨とげぬき商店街のごとく、“客寄せ”を実行していた方が店内に入り購買行動に走り易いのであろうか?  少し若き世代の原左都子としては時と場合にもよるが、もしも我が欲する商品が置いてありそうな店舗では客寄せをしてくれた方が入店し易いイメージもある。 一方で、この店にはまったく期待できないと判断する店が“客引き”行動をしていたものなら、一瞬にして見なかったふりをして逃げ去るのみだ。

 おそらく原左都子とはさほど年代が違わないお年寄り連中とは、ショッピングに於いても我が行動とある程度類似するのではあるまいか?  そうだと仮定すると、「巣鴨とげぬき地蔵商店街」が一時メディアに取り上げられてしまったが故の功罪の程が見て取れるというものだ。
 参考のため、巣鴨とげぬき商店街とは上手く表現するならば昔からの商売伝統を守り抜く「老舗」の集合体であろう。 あるいは、巣鴨との高齢者嗜好の地で旧態依然としつつも、メディアが取り上げた事を有効利用して新たな購買層を狙った商法を展開しようと目論んでいるのであろうか。
 原左都子自身は、こんな商売地が東京の山手線沿いの目抜き通りに存在している事実を肯定したい思いだ。 ところが、現在の東京都心各所のショッピングプレイスに出向く機会が多い私だが、顧客それぞれに描くコストパフォーマンスに対応できるべく存立している店舗とは数少ないのが現実でもあろう。

 そんな感想を抱きつつ、当初の目的場所である我が娘の来年の成人お祝い会場ターゲットである「お寿司屋さん」に出向いた。
 夕方の早い時間帯でもあり、そのお寿司処は空いていた。 どうやら、来年の予約はずっと後でよいとのことで、ゆったりと一家でお酒とお寿司を堪能して帰宅した。
 一時の昔には、寿司屋で酒盛りをするとかなりの高額代金を請求されたものだが、これが今時の居酒屋並みであるのも、現在の寿司屋の宿命なのか?  それとも場所が「高齢者の原宿」である巣鴨故か??


 今回は我が郷里の実母に関する話題は、字数の関係もあり次回以降に回す事にしよう。

 JR山手線巣鴨駅近くに義母の自宅があるものの、現在ケアマンションに移り住む義母にとって今に至っては巣鴨とは時折り訪れる地との事だ。
 あえてこの地を我が娘の“はたちのお祝い”の場として提案した事が、義母にとって“粋な計らい”であるとよいのだが。  来年早々地元寿司屋におけるお祝い会合に義母に元気に出向いてもらい、感激しつつ孫の節目を祝福してくれる事に期待したい。

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2020五輪後日本が堕落・荒廃しないための提案

2013年09月09日 | 時事論評
 たとえ「非国民」と後ろ指を指され、我がエッセイ集がバッシングにより炎上しようが、私は本日この記事を綴り公開したい。
 (いえいえ、それは大丈夫だ。 そもそも「原左都子エッセイ集」は“有名人ブログとやら”とは異なりアクセス数が少ないため、その心配は無用だろう。)

 昨日早朝にブエノスアイレスより届いた2020年五輪開催国決定の一報には、衝撃が隠せず意気消沈してしまった私だ…
 ある意味では6月末に義理姉が末期癌で壮絶死した直後よりも、我が心理が揺さぶられる程にショッキングな発表だった。


 なんで、東京???

 そんなはずは絶対ないと信じていた。 何故ならば、東日本大震災発生より2年半が経過した現在に及んで尚“福島原発事故後処理失敗による汚染水垂れ流し”との、五輪招致候補3地の中で一番致命的な危険を抱えている日本だからだ。
 それがどうしたことか、東京に決定した理由が「3候補地の中で一番安全」との発表ではないか??
 我が耳を疑うしかない。

 確かにトルコ イスタンブールはそもそもイスラム教圏、そして中東地域に接している国ではある。 ただ、国内の反政府デモの目的とは民衆がエルドアン政権より民主化を勝ち取る闘いだったと私は理解しているし、現在は消沈しているようだ。 しかも、トルコは現在戦闘が激化しているシリアからの難民を積極的に受け入れていると聞く。 更には、トルコは今回が5度目の五輪招致挑戦との報道でもある。 何故、この国の五輪開催がいつまでも認められないのか!? 
 親日国でもあるトルコから、日本へ数多くの五輪開催祝福メッセージが届いているという。 そんな報道に触れるにつけ、何故原発事故の後処理が後手後手に回るとの醜態を世界に晒している我が国が恥ずかしげも無く五輪開催などを勝ち取ったのかと、無念感が募られる思いだ。

 片やスペインのマドリードに話を移すと、五輪開催地決定直前まで当地こそが開催候補1位に位置しているとの裏情報もあった。
 原左都子の一押しはあくまで上記イスタンブールなのたが、マドリードの誘致合戦の風景を国際影像で垣間見て、この国で開催しても問題はないであろうとの感想を抱いていた。 ところがマドリード開催が敬遠されたのは、どうやら国家の財政危機が一番の理由らしい…


 話を続けるが、それを言うならば我が国 日本とて同様である。

 安倍政権は政権奪取以降、一貫してアベノミクス経済政策により国民皆に“心理操作”を施し自分が政権を奪取した事であたかも経済復興が叶い、今後我が国が財政面でも活気付くとの報道ばかりをメディアを通じて吹聴し続けている。
 こんな“目くらませ”を信じるな!と、我が「原左都子エッセイ集」にて訴え続けている。
 にもかかわらず、大方の国民は実際に自分の生活が少しも豊かになっていない事を承知の上で、明日には少しは楽な生活が叶うと騙され、またもや夏の参院選で自民党に大量の票を投入してしまった…
 またまた気をよくした安倍首相のターゲットは、2020東京五輪招致に傾いた。

 参院選後の安倍首相の行動は国民の皆さんもご存知の通りである。

 安倍首相の参院選圧勝後の次なるアベノミクスのターゲットは、2ヶ月先に迫っている東京五輪招致だったことは日の目を見るより明らかだ。
 国民の血税による貴重な国家財源をすり減らしつつ、この一国の首相はチャーター機を飛ばして幾度となくアジア・アフリカ地域へ旅立った。 その名目は経済支援及び国際親善目的であろうが、その実は東京五輪開催を支援するべく懇願し、金(かね)をばら撒いて来たのが実態ではなかろうか。 しかも、東京五輪開催のために安倍首相は東京招致に向けて国際IOC委員達にも金(かね)の力ではたらきかけた事が疑われるのは私が説明するでもないであろう。

 要するに、今回の安倍政権による東京五輪誘致とは、自らが政権脱却のために打ち立てたアベノミクス経済政策の主たる財源確保“国民心理操作”の一環でしかないのだ。

 それでもそれを知ってか知らずか、日本国内の子どもや若者は2020年五輪開催地に東京が選出された事に無邪気に喜んでいる様子だ。 世間知らずの若年層が自国五輪開催を無邪気に喜ぶ実態に関して、原左都子も許容したい気はする。 
 あるいは本日の報道によると、レスリングが五輪競技として再指定されたらしい。 レスリング競技に於いて日本代表 吉田沙保里氏との素晴らしいまでに国際大会で連勝を重ねている五輪選手の今後の連勝を見守りたい思いもある。


 原左都子とてもちろん東京及び日本の一住民である限り、2020年東京五輪が成功を遂げるに越した事はないとの希望はある。 

 ただ、今回の五輪開催に関しては阿倍政権が政権スタート後にそれを焦り過ぎたきらいがあるのは確かな事実だ。 
 アベノミクスは国家レベルで考察するならば、未だ何らの業績を挙げていないのが実情であろう。 それを信じ過ぎる国内の子どもや若者連中、及び底辺庶民の反応に頼り過ぎるのがアベノミクス“心理操作”の弱点ではなかろうか?


 最後に私論でまとめよう。

 2020年東京五輪開催がIOC総会で決定してしまった以上、「失敗」が許されるはずがない。

 五輪において何が「成功」と位置づけられるかに関しては未知数ではあろうが、とにかく世界各国から参加して下さる選手、役員、そして観光客の皆さんの安全を保障できてこそ大会が成り立つと私は心得る。

 原左都子の現在の思いを正直に語るならば、阿倍政権自体が2020年まで持ちこたえているのかすら想像が付かない現状だ。
 しかも、まさか50年前に東京五輪を招致した我が国の歴史とはまったくその趣旨を異にする現在の五輪開催である事を、阿倍政権が認識していないこともなかろう。

 表題に掲げた通り、どうかどうか、2020年五輪開催後に日本が急激に堕落・荒廃して若き世代に暴動を起こさせぬ東京五輪準備を、政府と東京都は後7年間で施して欲しいものだ。
 しかも、五輪開催後も我々年寄りが安全に生き延びられる程度の国家財源を残しておいて欲しいのだが、これに関しては財政危機に瀕して尚五輪招致に及んだ我が国に於いては叶わぬ願いかもしれないね……

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放射能に悪臭があれば原発利用を回避できたか?

2013年09月07日 | 時事論評
 (写真は、朝日新聞9月4日付漫画 しりあがり寿氏作「地球防衛家のヒトビト」を転載したもの)


 明日(9月8日)早朝5時に、アルゼンチン ブエノスアイレスでの国際五輪委員会(IOC)総会にて2020年五輪開催地最終結果が発表される。

 早速私論だが、私は元々2020年東京五輪開催反対派である。

 その理由に関しては「原左都子エッセイ集」5本前のバックナンバーに於いても記述済みだが、私はそもそも世界規模のスポーツ祭典とは、国家間の経済格差等の条件を度外視してでも、世界各国で満遍なく施されるイベントであるべきと解釈している故である。
 その観点から、2020年夏季五輪開催地としてイスラム教圏より初めて名乗りを挙げた、未だ五輪開催経験のないトルコ・イスタンブールに決定するのが妥当と私は心得えていた。
 しかもここにきて、日本国内では東日本大震災に伴い2011年3月に勃発した東電福島第一原発の汚染水漏れが国際的に表面化した。 この汚染水漏れ事故に関しては、ずっと以前から国内専門家筋から指摘されていたにもかかわらず、東電のうやむやな対応、及びすべての後処理を東電に任せ切り一時のアベノミクス経済バブル指標活況に浮かれ“我関せず”の立場を貫いていた安倍政権の責任が今になって問われる事態と相成った。

 安倍政権の放射能漏れ対応が遅れた失態に関して、私は上記5本前のバックナンバーで痛切に批判している。  もしかしたら、安倍政権は2020年五輪開催による経済効果を狙う目的で、あえて福島原発汚染水漏れ事故を“ひた隠し”にしようとの政策魂胆ではなかったのかと。
 どうも我が思索通りだったようだ。 いよいよ五輪開催招致レースの本番直前となり海外から日本の放射能漏れの実態をバッシングされて初めて、安倍首相が苦し紛れにメディアを通じて発した言葉を、私は信じ難い思いで聞くしかなかった…
 安倍氏曰く、「日本国内には現在原発汚染水漏洩問題がありますが、五輪開催の7年後にはまったく問題はありません。」

 ここで一旦、朝日新聞9月6日付夕刊「素粒子」から2文を紹介しよう。
 「『7年後はまったく問題ない』と安倍首相。魔法使いか予言者のごとく。それならばまず、福島で言って欲しい。」 ついでに紹介するが、「汚染水地下へ。地球の反対側にも届いたか。アルゼンチンから見れば東京も福島も指呼の間。離れて知る復興の現実。」(以上、朝日新聞紙面より引用。)

 まさに朝日新聞「素粒子」が表現している通りだ。

 原左都子の私論に戻るが、まさか政権を操る安倍首相が放射能の“半減期”を知らぬはずはない。 にもかかわらず、何故子どもにも嘘がバレる「7年後はまったく問題ない」などとの科学的根拠を度外視した発言を、東京での五輪開催に向け世界各国に向けて発信してしまったのか?
 この安倍首相の発言が命取りとなる以前より、世界各国ではレベル3東電福島原発の汚染水漏れに関する脅威感が広がっていたのは歴然の事実である。


 さて、冒頭に掲げた しりあがり寿氏作「地球防衛家のヒトビト」の漫画の内容をここで再現しよう。
 「原発の汚染水って、そうとう大変なんだ?」 
 「例えばウチで言えば…」
 「トイレで使った水を下水に流せなくて」 「とりあえずタンクに溜めてあったけど」
 「今や家の中でいっぱい増え続けてるってカンジかなー」
 「ぞ~~~~~」

 再び、原左都子の私論に入ろう。
 しりあがり寿氏の原発汚染水を取り上げた上記朝日新聞掲載漫画表現たるや、実に的を射ていて素晴らしい!!の一言である。
 上記漫画を一見すれば、国民の誰しもが放射能汚染が環境に及ぼす悪影響の程を自分自身の問題として理解可能と私は判断する。

 ところが実は、「トイレの下水に流せずに家内に溜め込んだ汚水」よりも、原発汚染水の方が格段に世界に恐怖の汚染を撒き散らす現状をここで原左都子なりに説明しよう。
 トイレの下水に流せず溜め込んだ汚水は、悪臭を放つという決定的特質がある。 この性質により、世界各地域の文明とは古代の過去から上水に加えて下水文明をも発達させたと私は心得る。 同じくガス被害なども、その悪臭により人々が早期に危険に気付くが故に早々にその危険状態から逃れられるのが特徴でもあろう。
 悲しい事に放射能は無味無臭だ。それ故にその脅威の程が計り知れない不気味さなのだ。
 まさに表題に掲げた通り、もしも放射能に悪臭が伴っていたならば、誰しもこれを原発に利用しようとの発想が出なかったであろうと悔やまれるのだ… 
 しかも付け加えると原発汚染水は海流に流され、時間の経過と共に世界各国の海水や地下水までをも汚染し尽くす恐れが高い。  すなわち、放射能の破壊力とはトイレ汚水やガスによる被害とはまったく比較にならない程の次元と年月を超える強大さを備えているいう話だ。

 そこで放射能の特質を逆利用しようとの魂胆の国の強者たる立場の輩は誰しも思うのであろう。 放射能が無臭である事を利用すれば莫大な利益が上げられると…
 安倍首相には、どうやら子どもがいないらしい。 それ故に次世代にまで及ぶ放射能汚染が及ぼす危険性に思いが及ばないとは想像したくはないが…。  それにしても、一国の首相が7年後には放射能汚染問題が解決していると世界相手に幼稚に叫ぶ実態とは、一体どうしたことか???


 ネット情報によると、福島で甲状腺癌と診断される子供が増え続けているとのことでもある。
 福島県では、福島第一原発事故による放射能被曝の影響を調べる「県民健康管理調査」が、原発事故発生当時18歳以下だった子供たちを対象に行なわれている。この調査では、子供の喉にエコーを当てて甲状腺の異変がないかを調べる甲状腺検査が行なわれており、検査結果は定期的に発表されている。 8月20日、福島市で開かれた県民健康管理調査検討委員会の席で2012年度の検査結果の中間報告がされ、前回6月には12人だった甲状腺がんと確定診断された子供の数が、今回、新たに6人増えて計18人になってしまった。
 この人数が意味するものは、一体何なのか。
 「子供の甲状腺がんの罹患(りかん)率は、100万人に1人といわれています。福島県の人口が約200万人、そのうち今回の調査の対象となっている子供たちは約36万人です。これだけ見ても明らかに人数が多く、何か異変が起きていると判断するのが普通の考え方ではないでしょうか」
 ところが、検討委員会の席上で、調査の主体となっている福島県立医大の某教授は、「2、3年以内にできたものではないと考えられる」と話し、これまで一貫して原発事故と18人の甲状腺がんとの関連を否定している。
 
 う~~ん。 

 原左都子の私論だが、この種の健康管理調査に当たり、政府や自治体との癒着が疑われる医学関係機関を指定から外すべきなのは自明の理であろう。
 ここは国との癒着が一切ない民間機関にその調査を一任してどうなのか? とも言いたくなるのが一庶民の感覚だ。


 とにもかくにも国民の皆さん、これ程までに放射能を世界に撒き散らし迷惑を掛けている国家に於いて、2020年東京五輪開催など夢物語に過ぎない事を自覚して諦めようではないか!
 そんな事よりもこの国が抱えている原発事故後処理との重大課題こそを、今こそ見つめ直す事が先決問題との自覚を国民皆が肝に銘じるべきだ。

 その上で、IOCが一番適切と選択決定した海外の地域へ将来共に五輪出場選手達を送り出し祝福する事こそが今現在我が国民がやるべき課題と私は心得るのだが、如何だろうか!

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大歩危舟下りと 石のミュージアムショップ

2013年09月05日 | 旅行記・グルメ
 (写真は、大歩危“駅の道”「ラピス大歩危」ミュージアムショップにて買い求めた原石装飾のイヤリング3点。 左はシトリン、アマゾナイト装飾、中はタイガーアイ、赤サンゴ装飾、右はインカローズ装飾。)


 さて、我々親子の大歩危・祖谷の旅も終盤を迎える。

 西祖谷方面タクシーツアーの後「ラピス大歩危」にてタクシーを下車した我々は、夕刻になる前に大歩危舟下り観光を優先しようと、舟乗り場に急いだ。
 吉野川中流域に位置する渓谷での舟下りで、さほどの急流箇所はなく比較的緩やかな川下りとの情報を、あらかじめタクシー運転手氏より入手していた。
 
 約30名程の観光客が乗船可能な中型の舟に靴を脱いで乗船し、救命胴衣を着用後ゴザの上に座り込む姿勢となる。 舟の後ろには手漕ぎ用のオールが装備されてはいるが、オールを使用するのは舟の回転場面のみ、後は動力による30分間の舟下りである。
 そして、オールを握る船頭さん(とは言え洋服姿だが)が一人で観光案内を担当していた。

 大歩危地域の地質は、変成岩類で構成されているとのことだ。
 以下はウィキペディア情報によるが、大歩危は砂質片岩および黒色(泥質)片岩を主体として構成され、吉野川沿いは砂質片岩が多く露出する。変成岩中に礫(れき)の原型を留めた礫質(れきしつ)片岩が含まれているものもある。 大歩危の礫質片岩は含礫片岩として徳島県天然記念物に指定されている。
 そのような説明を、船頭さんも随時しておられたと記憶している。

 観光客20名程を乗せた大歩危渓谷舟下りの行程は、(顰蹙は承知の上で)原左都子にとっては多少“退屈”とも表現できる舟旅だった。
 途中、水鳥が生息している地も観察可能だったのだが、後は上記の変成岩類以外にはこれといった見所がない。 ただただゆったりと舟は吉野川中流を下り、そして乗船場所まで引き返して行く。
 “退屈”などと表現するのは、あくまでも何らかの刺激を求め過ぎる原左都子の歪んだ感想に過ぎないことを承知の上であり、ゆったりと渓流を観察したい旅人の皆さんにとってはさぞかし有意義な舟下りであろう事も考察可能だ。
 (参考のため、大歩危舟下りの乗船料金とは、1名に付き ¥1050-也 である。)


 などと言っているうちに、山岳渓谷に夕暮れが迫り来る。

 日本の地方に旅した方々はご存知であろうが、国内の大体の過疎地方観光地とは周辺の店舗も含め午後5時には全てを閉館とする。
 「うわ~~。 急がなくちゃ!」 などと言い合いつつ、娘と徒歩で最後の観光先である「ラピス大歩危」に走るように舞い戻る。
 
 「ラピス大歩危」には「石の博物館」と称する観光施設があることを旅行前からネット情報で仕入れていた。 ここを一見したかったものの、既に時は閉店前の17時近い。 まさに時間切れ状態だ。  仕方なく、我々はミュージアムショップのみを見学させてもらう事とした。
 そうしたところ、素晴らしいまでの原石を装飾したアクセサリーが所狭しと陳列されているではないか!
 娘と共に閉店前のミュージアムショップをほんの15分程度で取り急ぎ一覧した結果、上記のイヤリング3点を買い求める結果と相成った。
 広いミュージアムショップ内では、他にも原石アクセサリー類が数多く展示されているので、興味がある方々には是非共大歩危当地を訪れて欲しい思いだ。
 (参考のため、原石を少量で作成可能なイヤリングは、「ラピス大歩危」では想像を絶する安価だったことを最後に伝授しておこう。)


 大歩危・西祖谷の旅も終焉し、我々親子は原左都子の実家に帰省する段となる。

 土讃線の鈍行乗車の後、阿波池田駅より徳島線に乗り換えた後の道すがら日が暮れ行く。
 すぐに風景は真っ暗闇! 何だか日頃経験している東京メトロの地下構内風景が我々親子に蘇る。
 こんな真っ暗の中、若い女性がどうやって自宅に安全に帰宅できるというのか!?? 最近は全国各地で若い女性が変死を遂げる事件が多発しているが、これが地方で勃発するのは必然なのか??? なる恐怖心のみを募られる地方JR路線の午後6時以降の“真っ暗闇”の現実である。  我が子を都会で産んで育ててよかったと考察するべきか!? それとも、こんな田舎でも若き娘達が気丈に生きている姿を讃えるべきか??

 などと“真っ暗闇”状態のJR車窓を見つつ複雑な心境だった私も、目的地であるJR徳島線牛島駅に到着した。 ドアの開閉が自動ではなく、自らボタンを押して開ける事に関しては道中車掌氏に確認済みだったため、無事に下車することが叶った。 
 ここからはタクシーに乗って我が実家へと向かう。 ところが牛島(うしのしま)駅は無人駅。 駅の前にはタクシーの1台すらおろか何もなく、ただただ駅内の電気の明かりを目がけて蛾等の虫類が飛び交っているのみだ…

 それでも牛島駅まで迎車を依頼して訪れて下さったタクシーの運転手氏の対応は、都会のタクシー運転手に勝る我々顧客歓迎ぶりだ。(参考のため迎車料が無料扱いだった。都会では考えられない…)
 田舎で商業を営む人々も、都会の商業経済システムの模倣をしつつそれを上回るべくサービスを志さねば、成り立たない田舎での観光事業続行の姿勢を実感させられる思いだ。


 日本国内に於ける地域差「格差」を承知しつつの度重なる我が郷里訪問なのだが、いつもいつも接待の心を持って我々親子の旅を支援して下さる郷里の皆様に、今回も心より感謝申し上げる次第である。 

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秘境大歩危・西祖谷タクシーの旅 (Part 2)

2013年09月03日 | 旅行記・グルメ
 (写真は、祖谷のかずら橋。 重さ約5トンのシラクチカズラで作られている。  長さ45m、幅2m、水面上14メートル。 昔は深山渓谷地帯の唯一の交通手段として活躍していたが、現在では観光専用。 3年毎に架替工事が実施される。)


 JR土讃線大歩危駅に到着後、お昼ご飯(祖谷そば)を駅前直ぐの立食処で地元のご婦人達の手厚い接待の元に済ませた我々親子は、いよいよ「タクシーツアー」開始と相成る。

 前回のエッセイでは、大歩危・祖谷観光の一環を担っている「タクシーツアー」の存在自体を認識していない、JR徳島県内主要駅での駅員氏の対応に不安感を抱いた事を綴った。
 ところがやはり、こと観光の詳細に関しては地元の方が格段に詳しいのは自明の理であろう。
 大歩危駅前に停車していた小型タクシーの運転手氏にタクシーツアーチケットを差し出したところ、「承知致しました!」の快諾である。 しかも運転手氏がおっしゃるには、「外国人の方々もよく利用されています。」との事だ。 お陰で大船に乗った気分で、娘と共に2時間のタクシーツアーに出発する事が叶った。

 ここで参考だが、我々が利用した「祖谷のかずら橋と祖谷渓谷コース」のタクシーツアーの費用は、¥5,600-也 。 (これに対しボンネットバスツアーは1名に付き¥5,200-也。 5時間の旅程で昼食も付いていて観光目的地もタクシーツアーよりも数多い。)  ただあくまでも原左都子の感想に過ぎないが、クーラーのないバスで5時間団体行動で引っ張り回され疲れ果てるよりも、2時間のコンパクトに凝縮されたタクシーツアーを利用して、後は個人行動をする方が経済面でも心身面でも有意義な旅行が可能との気がした。
 更なる参考のため、大歩危駅から祖谷のかずら橋までの片道タクシー運賃が¥3,100-也 であることに鑑みて、今回のタクシーツアーが激安である事を認識いただけるであろう。 しかも4名まで乗車可能との事も参考として公開しておこう。

 さて、今回の小型タクシーの運転手氏が何とも要領を得た、観光地に関する知識も豊富な素晴らしい案内人でおられたのだ。
 タクシーツアーとは密室であるが故に、この条件を外すと至って窮屈な旅となろう。 ところが我々親子は何ともラッキーとしか表現できない程に、運転手氏に恵まれた。


 まず運転手氏が誘(いざな)ってくれたのが、祖谷渓谷である。
 30年ぶりに見るその絶景に唸っていたところ、運転手氏がおっしゃるには「私にはこの風景が中国の山岳地帯と交錯します。」 私は中国を訪れた事は未だ無いのだが、日本にもこのような絶景を観光できる地が我が郷里に大自然の形で残されていることに今更ながら感動である。

 その後、祖谷渓谷「小便小僧像」を訪れるに当たり、運転手氏が面白い談話をして下さった。 何でも、ジャニーズ事務所“嵐”の一員が民放テレビ番組収録のため、つい先だって秘境祖谷に訪れた時の渓谷の車の混雑ぶりは尋常ではなかったとのことだ。 (くだらない番組制作のために秘境の大自然を破壊するなよ!)と憤ると同時に、(過疎地に住み日々変化に乏しい人々の一時のサプライズも考慮するべきか…)なる複雑な感覚を抱かされる運転手氏の談話だった。

 そしていよいよ、祖谷のかずら橋を渡る時が到来した。
 ここではタクシー運転手氏には待ち合わせ場所に待機していただき、我々の単独行動となる。 
 この橋の特徴とは、上記写真には撮影されていないが足元の板の間隔が大きいことにある。 上記写真をご覧下されば分かるが、大の男の大人でも手すりをしっかりと握って慎重に渡らねば、足を板の間に落とし込む危険性があるのだ!
 タクシーの運転手氏も忠告しておられた。 「この橋から落ちた人はいません。 ただ、足を太股まで落とし込んで多少の怪我をした人はいますし、靴やサンダルの片方や、ポケットや鞄の中身の財布等の持ち物を落下させた人は大勢いますのでお気をつけて。」
 私自身は30年程前の若気の至りの頃、この橋をハイヒールにひらひらロングスカートのいでたちで渡った経験がある。  それはそれは恐怖感を苛まれたものだ。 今回はその時の反省から娘にも運動靴を勧め、親子共に十分な安全対策を練っての再挑戦である。 そうしたところ、大した恐怖心を抱く事も無く難なく橋渡りを終了した。
 
 祖谷のかずら橋を渡り終えると、我々の「タクシーツアー」も終盤を迎える。

 
 その後、タクシー運転手氏に「ラピス大歩危」と称する“道の駅”複合施設に停車していただいた後に、我々の大歩危観光も個人旅に入る。

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秘境大歩危・西祖谷タクシーの旅 (Part 1)

2013年09月02日 | 旅行記・グルメ
 (写真は、徳島県三好市西祖谷のJR土讃線大歩危駅前の立食処にて撮影したもの。 参考のため、大歩危駅と隣の土佐岩原駅との間が徳島県と高知県の県境。)


 今回の私と娘の夏の終わりの旅は、徳島県と高知県の県境に位置する秘境大歩危・西祖谷方面を訪れる事を主たる目的としていた。

 私自身は徳島県北東部の海に近い地に生まれ育っている。 そのため、県西部山岳地帯の西祖谷地方を訪れる機会は数える程であった。 思い起こすに、小中学校の遠足や高知への修学旅行の道中や、大学の合コン、あるいは上京後帰省した折に家族旅行で訪れた場面が記憶に蘇る。 その後30年程の年月を経ての当地再訪問である。
 片や娘は東京に生まれ育っているため、今回が初めての西祖谷観光だ。 生まれてこの方山らしい山がない関東平野で生を営んでいる娘に、山岳の絶景を一目見せたい思いで県境付近の旅に誘った。


 さて山岳地帯の秘境を旅するに当たり、如何なる交通手段で移動するかが一番のキーポイントである。
 マイカーあるいはレンタカーを利用して旅するのが一番手っ取り早いのは承知だが、原左都子の場合車の運転から距離を置いて既に10年足らずの年月が経過している。 もはや車の運転席に座る事自体に恐怖感を抱くのは元より、山岳地帯の厳しいルートを運転する行為こそが命取りだ。 (私はともかく、明るい未来が待っている娘を犬死させてはなるまい。)  ここは公的交通機関に頼る選択をするのがベストであろう。

 そこで出発前に入念なネット調査を施したところ、二案が浮上した。

 その一つは「ボンネットバス」利用による団体観光ツアーだ。
 これに乗車すれば、5時間に渡り西祖谷の各所名所に誘(いざな)ってくれそうだ! 早速予約の電話を入れたところ、思わぬ落とし穴に遭遇した。 予約担当者曰く、「ボンネットバスはクーラーがありません。 当地でも猛暑日には乗車客の皆さんが相当暑い思いをされるようです。それをご承知の上での予約をお願いしております。」  以下は我が印象だが、(そうだったんだ…。だとしたら猛暑日には普通のクーラー装備観光バスを代替してくれたらいいのになあ~。) そう思いつつもまさかそんなことを提案できる訳もない。 結局、熱中症予防のため「ボンネットバスツアー」案は却下した。

 次なる候補は「タクシーツアー」である。
 こちらに関しては、前回郷里を訪れた際にその情報パンフレットを入手していた。
 航空便にて徳島到着後、上記パンフレット内に記載されている販売指定場所であるJRターミナル駅の“みどりの窓口”で上記タクシーチケットを入手しようとしたところ、係員氏がおっしゃるには「このタクシーチケットを取り扱うのは初めてです。」との事だ。  多少驚かされたものの、係員氏はパソコン画面をいじくりつつ何とか発券してくれた。  
 (このタクシー券、ほんとに現地で使えるのかなあ…)なる不安感を煽られつつも「これを大歩危駅でタクシー運転手に見せたらいいのですね?」と尋ねる私に、駅員氏は我が不安感の上塗りをする…  「もしかしたら、タクシー運転手自身が『タクシーツアー』の存在を知らない恐れもありますので、その際はお客様から手持ちのパンフレットを見せて説明して下さい。」

 地方の田舎って、そうだからこそ旅の醍醐味だよなあ。
 などと善意に解釈しつつ、徳島到着の次の日に我々親子はJR線を利用して西祖谷の旅へと向かった。

 
 JR鈍行便を利用して大歩危駅に到着したのがちょうど昼過ぎ。 
 予想以上に大歩危の地とは何もない田舎だったのと平行して、元々ネットで調査済みだった「蕎麦屋」を訪ねようとしたところ、その姿すらない…

 無人駅である大歩危駅の窓の掃除をしていた女性に、私は尋ねた。
 「この辺に、昼の食事ができる処はありますか?」 そうしたところ返ってきた答えに驚いた。 「手前味噌ですが、私が関与している店舗で立食をしているのでよろしければ訪問下さい。すぐそこです。」  その親切な言葉につられて行ったのが、上記写真の立食処である。
 これが感激なのだ!
 何処から来たかも知れぬ我が親子に、従業員の皆さんが懇切丁寧に対応して下さる。 そもそも立食処であるにもかかわらず我々二人に軽椅子を提供して、我々が見ている直前で“一食わずか350円”の「祖谷そば」を作って下さるのだ! しかもお茶は無料との事で、祖谷で取れ立てのお茶を臼で引いて何倍もお替りを勧めて下さる。
 極めつけは、目の前で作られた「祖谷そば」の何とも美味だったこと…  その味の感想を述べるならば、徳島出身の私ならではの特異性を承知の上で、我が母が過去に作ってくれた「うどん」の風味と共通項があり、薄味でまろやかだったことが実に印象深い…

 
 何はともあれ、大歩危駅到着直後に今回の我が旅行のプランにはない想定外の駅前地元の人々の人情に触れる事が叶った我々母娘の西祖谷方面旅行談は、次回に続きます。 
 

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