原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

夏の終わりに旅に出ます

2013年08月26日 | お知らせ
 連日の猛暑に、記録的豪雨…

 地球上に生命を宿す我々に、今年の夏は何とも厳しい試練を与え続けてくれました。

 特に酷暑による熱中症で体にダメージを受けられた方々や、豪雨による浸水、崖崩れ等の被害に遭遇された国民の皆様には心よりお見舞い申し上げます。


 原左都子にとりましても、今年は特別に厳しい夏でした。
 6月末に義理姉を癌で亡くし、その葬儀や納骨の儀式、そして残された親族間の財産分与等の後始末に、猛暑の中追われる日々でした。



 明日からしばらく旅に出ます。

 まだまだ残暑厳しい日本列島ですが、しばしの期間大都会東京の喧騒から離れて、ゆったりと田舎の自然に触れ、不器用なりの親孝行でもして参ります。



 その間、「原左都子エッセイ集」の執筆を一休みさせていただき、一時パソコンから距離を置きマニュアル生活に戻ります。



 秋の訪れと共に、エッセイ執筆を再開する予定でおります。    
 

 
 

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五輪招致より原発事故後処理にこそ尽力するべき

2013年08月24日 | 時事論評
 今回のエッセイは、前回公開の「安倍政権は原発事故の後始末を最優先課題とせよ」の続編の形となる。


 昨夜テレビニュースを見聞した私は、安倍政権が深刻な状況に陥っている東京電力福島原発事故後処理をないがしろにしている(と言うより“ひた隠し”と表現した方が適切か?)理由が理解できた思いだ。(その理由に関しては、下で述べることにする。)

 「原左都子エッセイ集」前回のエッセイ内容を、以下に少し振り返らせていただこう。
 東京電力福島第一原子力発電所から高濃度の汚染水が漏れた問題で、原子力規制委員会は8月21日、トラブルの深刻さを示す国際原子力事象評価尺度(INES)を「レベル3」(重大な異常事象)に引き上げる決定を下した。  一方で、海外では福島原発汚染水による海洋汚染への懸念が広がっている。
 私論に入ろう。 今回の福島原発汚染水大量流出事件に関して、まさか政権がそれをまったく知らなかったとは考えられないにもかかわらず、何故安倍政権がすべての事故後処理を政権の僕(しもべ)組織とも表現可能な「東電」に委ね、自分らは原発汚染など一部の国民の犠牲範疇とそ知らぬ顔で「原発推進」を景気対策の一目標と掲げ、国民からの“票取り”に励んだのであろう。 
 私に言わせてもらうと、今回の「レベル3」福島原発汚染水漏れ事故に関するメディア報道も“生ぬるい”。 今回の原発汚染水漏れ事故に対しては海外こそが敏感に反応しているのに、原発事故を発生させた当事国である我が国の国民が、何故もっと大々的に騒がないのか!? なる疑問を抱かざるを得ない。
 しかも、安倍政権は1年以上前に国会に於いて法案が可決された「被災者支援法」を放置している現状に、福島原発事故自主避難者らから提訴されている現実だ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」前回のエッセイより一部を引用。)


 昨夜私はNHK7時のニュースを見聞して、愕然とさせられた。

 何でも、2020年夏季五輪の開催都市決定が9月7日に迫っているという。
 それに先立ち東京五輪招致委員会は昨日8月23日に、国際オリンピック委員会(IOC)総会開催現地のブエノスアイレス渡航に向け、東京都庁で招致成功を祈願して出陣式を行ったとの事だ。 その記者会見の場で猪瀬東京都知事は「チームニッポンの結束力が増してきている。(総会で)揺るぎない自信を謙虚に示したい」と決意表明したとの報道である。

 ここで一旦、原左都子の私論を述べよう。

 私はそもそも世界規模のスポーツ祭典とは、国家間の経済格差等の条件を度外視してでも、世界各国で満遍なく施されるイベントであるべきと解釈している。 
 (IOCの最終決断とは「IOCにとって五輪を開催し易い」事や「IOC委員に何らかの恩恵が得られる」事に偏り勝ちである事を承知の上での見解だが)、祭典の主役である選手や役員の安全を保証できることを最低条件とした上で、世界各国に開催のチャンスを与えるべきと我が理念に従って捉えている。
 その方が一部の経済強国にさらなる経済効果をもたらす弊害を阻止できる事はもとより、政治文化その他の格差を、スポーツ選手や観客が普段訪れる機会が少ない国でもじかに体験できる機会が得られる効用があると私は信じている。

 2020年夏季五輪に開催地として立候補しているのは、東京に加えて、トルコのイスタンブール、そしてスペインのマドリードである。
 我が国日本は既に夏季五輪の東京のみならず、冬季五輪も札幌、長野に於いて開催済みである。  スペインに関しても、バルセロナで既に夏季五輪を経験している。
 そうであるならば、当然ながら2020年夏季五輪は、未だ五輪開催経験のないトルコ・イスタンブールに決定するのが当然と私は心得るのだが如何だろうか?! 

 原左都子の上記五輪開催国に関する見解に反論が出そうなことは十分承知だ。
 トルコでは、何ヶ月か前まで国内で民主化を求める「反政府デモ」が勃発していた。
 我がエッセイ集今年6月バックナンバーに於いても、「トルコ反政府デモの行方を暖かく見守りたい」なるエッセイを綴り公開している。 ただトルコ国内デモに関しては死者を一人も出していないと心得ているし、その後エルドアン政権もメディアや国民の対応を沈静化するべく動いていると認識している。

 国内の動きを沈静化すれば済むのか? との反論も届きそうだが、それで沈静化する問題の方が方策が取り易いのも事実であろう。 
 おそらく五輪に参加する世界各国の選手や役員達も、“原発事故及びその後の汚染水処理失敗”とのこの期に及んで不気味な課題を抱えている国よりも、民主化を望む国民と政権とのいざこざによる一過性の事件が沈静化した国の方こそが「安全」との判断が下せると、原左都子は結論付ける。


 しかもだ。
 
 本日(8月24日)午前、安倍首相は中東・ペルシャ湾岸のバーレーン、クウェート、カタール各国と、東アフリカのジブチを訪問するため、政府専用機で羽田空港を出発したとのニュース報道である。
 安倍首相は湾岸協力会議(GCC)の議長国であるバーレーンのハリファ首相と会談し、GCCとの閣僚級戦略対話の開催で合意する見通し。 中東3か国への訪問を通じ、原油・天然ガスなどの安定確保を図りたい考えで、ジブチでは海賊対処にあたる自衛隊員を激励する予定。のようだ。
 加えて、国際オリンピック委員会(IOC)総会を控え、2020年夏季五輪東京招致への支持拡大も視野に入れるとの事だ。 安倍首相は出発に先立ち、羽田空港で記者団に対し「すべての訪問地で『2020年は東京』と訴えていきたい」と語ったとの報道だ。


 自民党安倍総理の外遊の派手さは、昨年末実施された衆院選に自民党が大勝して後ずっと続行していることを国民の皆さんもご存知の通りである。
 「アベノミクス」経済政策で少しばかり名目上の経済指標が上昇し、それに伴い7月の参院選でも大勝してしまった事実を国民皆が認めているとでも勘違いしている行動であろうか!?
 あるいは、実は安倍氏自らも現在の「アベノミクス」政策の今後の不確実性と短命を認識した上で、今のうちに外遊目的で海外視察するのを得策と捉えると同時に、国内からの原発事故後始末失敗に対するバッシングを避けたい目的で、それが届かぬアフリカ等の国に逃避行しているとも想像可能だ。

 それにしても国民の皆さん、安倍首相が乗る政府チャーター便を一発飛ばすのに、如何ほどの国税が費やされているかご存知であろうか???
 我々市民が諸外国に行く時に、ちょっと贅沢して“ビジネスクラス”を予約した場合の割増料金費用から計算しても、安倍首相がチャーター便に費やすその莫大な“国税無駄使い”の程が推測可能という事であろう。
 安倍首相の外遊による国費無駄使いとの馬鹿げた行動を今すぐに終焉させ、福島原発事故後処理こそに政権に地道に尽力させるべく国民は行動しようではないか!

 一旦「レベル7」の原発事故を勃発させ世界を震撼させた国が取るべき行動とは、一スポーツの祭典に過ぎない五輪開催に浮ついている場合ではないことは明白だ。
 ここは五輪の開催は他国に任せ、国民皆が気を引き締め直して、放射能汚染から脱出するべく時間をかけて努力を重ね続けるべきである。

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安倍政権は原発事故の後始末を最優先課題とせよ

2013年08月22日 | 時事論評
  東京電力福島第一原子力発電所から高濃度の汚染水が漏れた問題で、原子力規制委員会は8月21日、トラブルの深刻さを示す国際原子力事象評価尺度(INES)を「レベル3」(重大な異常事象)に引き上げる決定を下した。
 当初、同委員会はこの問題を暫定的に「レベル1」(逸脱)と評価していたが、同日の会合で正式な引き上げを検討すると述べた。 (参考のため、東日本大震災が起きた2011年3月の原発事故自体には、レベル7の評価が下されている事は皆さんもご存知の通りだ。)

 同原発からの汚染水流出の問題は、科学者らが1年以上前から指摘していたという。
 今年7月に入り東電は、汚染された地下水が海へ流れ出していることを確認。 流出を防ぐために地下に壁を設けたものの、汚染水が壁を越えたり横から回り込んだりして海へ流れ込む恐れがあるとの見解を発表していた。
 8月21日になって、同原発で地上のタンクから高濃度の放射性物質を含む汚染水が大量に漏れた問題を受け、東電は、汚染水が近くの排水溝を通じて外洋に流れた可能性を初めて正式に認めた。 東電はタンクの外に出た約300トンの汚染水の大半は地中に染み込んだとみてきたが、排水溝の内部で毎時6ミリシーベルトの高い放射線量が計測された。
 原発の排水溝は堤防に囲まれた港湾内ではなく、外洋と直接つながっている。 問題のタンクから汚染水の漏洩は続いている半面、漏れた箇所や原因はまだ突き止められていない。
 東電によると、汚染水漏れが明らかになったタンク周辺の空間放射線量は排水溝の脇で最大毎時96ミリシーベルトの極めて高い線量を検出。 その後、排水溝内で高い線量が判明し、汚染水の流れを裏付けた。 排水溝にはふたがなかった。

 原子力規制委員会委員は21日午前の定例会合で、「排水溝からは、いきなり海洋に出てしまう。きちっと確認する必要がある」と述べ、周辺の状況を総点検するよう促した。 東電は相沢善吾副社長が同日午後の記者会見で汚染水漏れを受け改めて謝罪するとともに、相沢氏が現地に常駐し、対策を抜本的に見直す考えを示した。

 海外では福島原発汚染水による海洋汚染への懸念が広がっている。

 (以上、福島原発大量汚染水漏れに関するネット上の複数のニュースより要約引用)


 一旦、原左都子の私論に入ろう。

 東日本大震災が勃発した2011年3月11日直後の時期に、福島第一原発事故には「チェルノブイリ原発事故」と並ぶ原発歴史上最悪の「レベル7」判定が下された事は皆さんの記憶に新しいことであろう。
 あの世紀の大震災直後の時期は、福島県民のみならず日本国民全体が未曾有の原発事故の恐怖に怯え、原発被害者である福島県民の方々の避難先を提供したり、自らも原発放射能漏れから身を守るべく行動したものである。
 大震災勃発時に運悪く政権を担っていた当時の民主党政権も、福島原発事故後の対応を第一義に位置付けて政権運営していたと私は記憶している。(その対応のヘボさを幾度となく「原左都子エッセイ集」バックナンバーにて公開しているが。)  ただ、少なくとも民主党政権時代(野田政権以前)は、たとえその対策手段がヘボかろうが、福島原発事故後の対応を政権行政の上位に位置づけていた記憶があるのだが、どうであろうか?

 さて、東日本大震災より2年足らずの年月を経て、政権は自民党へと移り行った。
 安倍政権は、既に東日本大震災後日本の時代が進化したのごとく「アベノミクス」経済政策を第一義に打ち立て、日本は景気回復に向けて前進しているとメディアを通して国民に吹聴してばかりだ。 既に東日本大震災など過去の出来事と国民を“目くらませ”するかの勢いで、7月の参院選挙にも大勝してしまった。
 そんな安倍政権は、皆さんもご存知の通り今後の経済政策の要として「原発推進」を主軸の一つとしている。

 今回の東電福島原発汚染水大量流出事件に関しても、まさか政権がそれをまったく知らなかったとは考えにくい。
 ここはすべての後処理を政権の僕(しもべ)組織とも表現可能な「東電」に委ね、自分らは原発汚染など一部の犠牲範疇とそ知らぬ顔で「原発推進」を景気対策の一目標と掲げ、国民からの“票取り”に励んだのであろう。

 私に言わせてもらうと、今回の「レベル3」福島原発汚染水漏れ事故に関するメディア報道も“生ぬるい”。 
 今回の汚染水漏れ事故に対しては海外こそが敏感に反応しているのに、原発事故を発生させた当事国である我が国の国民が、何故もっと大々的に騒がないのか!? なる疑問を抱かざるを得ない。 


 しかも、安倍政権は1年以上前に国会に於いて法案が可決された「被災者支援法」を放置している現状に、福島原発事故自主避難者らから提訴されている現実だ。

 東京電力福島第1原発事故を受けた「子ども・被災者支援法」が成立してから1年以上経つのに、国が支援の基本方針を打ち出さず放置しているのは違法として、福島県の住民や県外への自主避難者ら計16世帯19人が国を相手取った訴訟を8月22日に東京地裁に起こすことが関係者への取材で分かった。
 提訴するのは、福島市や福島県郡山市など国による避難指示区域外から北海道や京都府などに避難した12人と、避難していない福島県の住民ら7人。 基本方針を策定しないことが違法であり、原告が支援法の対象となることの確認を求めた上で、1人当たり1円の損害賠償を請求する。
 支援法は昨年6月、議員立法で成立。一定の放射線量の基準を上回る地域を支援対象とすると規定し、基準線量や支援策などを基本方針として定めるとしている。避難指示区域外からの避難者も救済対象になれば、避難先の住宅支援や継続的な健康診断が可能になるとして自主避難者らの期待は大きい。
 基準について原告側は、年間被ばく線量1ミリシーベルトを主張し、原告全員が支援対象にあたるとしている。
 (以上、ネットニュースより一部を引用。)


 最後に再度、原左都子の私論に入ろう。

 上記損害賠償訴訟の内容全般を十分に把握していない私だが、この提訴とは、現安倍政権が福島原発事故の被災者対応を“ないがしろにし過ぎている現状”にムチ打つ力強さがあると捉えている。 

 確かに「放射能」による被害とは長期経過観察を要するため、今現在はまだその一部のみしか表面化しておらず分かりにくいのが現状であろう。
 それをいい事として放射能被害に関して無知な政権を操る悪人どもが、“寝た子を起こすな”的な我が身息災解釈をしてのさばってはならない。 (どうせ我が政権も直ぐに移りゆくだろうし、たとえ原発事故で将来的に大勢の死者が出ようが、そんな事はずっと後世代の政権に任せて我々はいい思いだけして老後を迎えよう!)とでもたくらんでいるのであろうか??

 2011年3月半ば頃、東日本大震災に伴う福島原発メルトダウンにより大量の放射能を浴びた方々には、どうか今後共国の支援の有無にかかわらず、定期放射能検診を受け続ける事を望みたい。 

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短命で死に際を迎えようが、自己の美学を貫きたい

2013年08月19日 | 時事論評
 今年6月末に義理姉を膵臓癌にて亡くし、その49日の法要(納骨)が先日8月15日に執り行われたばかりである事に関しては、前回の「原左都子エッセイ集」にて綴り公開した。

 身近な人物の死去に伴う葬儀や納骨儀式に参列する都度、人間との形でこの世に生を受けた一生命体の身として、如何なる死生観を貫き来たるべく将来に死を迎えるべきかとの、最高最大に重い課題を突きつけられる思いが募る。


 そんな折、新聞広告に於いて、原左都子のこれまでの死生観とほぼ一致する書籍の広告を見つけた。

 その題名は、 「どうせ死ぬなら『がん』がいい」

 この書籍の新聞広告に関する記載は後回しにして、とりあえず私事に移ろう。


 私自身が既に十数年前に癌罹患を経験しているにもかかわらず、その後転移再発もなくしぶとくこの世に生き延びている事に関しては、当エッセイ集バックナンバーでも幾度か公開している。
 ただし私の癌の場合は体の表面に発生したことが幸いした。 元医学関係者である私の判断として(良性・悪性の区別は不能だったものの)腫瘍の進行度合いが手に取るように分かったが故に、医療現場で悪性(すなわち癌)と診断された後の早期摘出切除手術が叶った事が幸いしただけの話である。

 一言で「癌」と言ってもその発生部位や悪性度、進行度合等々、それはそれはバリエーションの幅が大きいのが「癌」の現実である。

 冒頭に紹介した義理姉の場合、現在の医学技術レベルではほとんど救えない高死亡率の「膵臓癌」罹患であった。 姉は、主治医を初受診した後すぐさま大病院へ移ったものの、摘出手術が叶わないまま余命宣告を受けるに至った。 
 それでも、余命宣告を受けた直後の義理姉の「死生観」の素晴らしさに感嘆する原左都子なのである。

 私自身は義理姉とは婚姻後さほどの接触がない立場である故に、多少の人物像は心得ているものの、内面的に如何なるポリシーを抱いて生きて来られた人物であるのかはそれまで認識せずして時が流れていた。
 本人不在の場で医師より短くて3か月長くても1年の余命宣告を受けた親族達が、義理姉にその現実を如何に伝えるかと苦悩しているのに先行して、義理姉は自分が罹患した癌の悪性度を既に悟り、自分から担当医に今後の意思を伝えたのだ。
 義理姉の決断とは、後1年足らずの余命を承知してそれを受け入れ、抗癌剤使用を一切拒否したのである。 その後ホスピスへ転院した。
 5月中旬になり、ホスピス担当医の判断でもう死期が近いことを告げられた義理姉は「自宅で死を迎えたい」意向を告げ、直後に自宅に戻った。 ホスピスで体に繋がれていたチューブを全て外し、自宅に戻り経口水分摂取のみで命を持たせる事となる。 その時点での自宅担当医の見解は「長くて後2、3日」との診断だったところ、義理姉は経口水分摂取のみで自宅で1ヶ月生き延び、その後天寿をまっとうした。
 モルヒネ等“痛み止め”薬剤には依存したものの、義理姉は一切合切の「抗癌剤」投与を拒否して余命宣告後7ヶ月間生き延び、後に死に至った。


 上記新聞広告の、「どうせ死ぬなら『がん』がいい」 との書籍に話を戻そう。

 これは慶応大学医学部教授の 近藤誠氏 著作の書籍であるようだ。 実は私は以前にも、近藤氏執筆の別書籍広告を新聞紙上で見た記憶がある。
 どうやら原左都子の医学経験に伴う「死生観」が、上記近藤氏の見解と近いことを以前にも認識した事を思い起こした。

 それでは、新聞広告内に記されている近藤氏著書籍に関する宣伝文章を以下に紹介しよう。
 「検診によるがんの早期発見は、患者にとって全く意味がありません。」 「それどころか、必要のない手術で臓器を傷つけたり取ってしまうことで身体に負担を与えますから、命を縮めます」 「がんの9割は『末期発見・治療断念』『放置』が最も望ましいと思います。」


 原左都子の私論に入ろう。
 
 私自身が本エッセイ集バックナンバーに於いて、検診も受けない主義であるし、なるべく病院にも行かないよう心得ている事に関しては再三記述している。
 それが証拠に私は職場で毎年定期健診を強制される身分から解放された後は、たとえ自治体から検診受診案内が届こうと無視を貫き通している。 病院受診に関しては、自分で診断不能な病理が体内に出現した時には信頼できる主治医を訪れているが、いつも自己診断と医師診断の整合性を自分なりに分析し、対応策は自分で練りつつ現在に至っている。

 上記我が行動は、慶応大学教授 近藤誠氏がおっしゃる通りである故だ。

 そもそも、この国の政権と医学・製薬業界との癒着の長い歴史は強靭なものがある。 
 特に公教育現場や各種職場に於いて、毎年の「健康診断」が義務化されている事実をその組織に所属した人ならば皆ご存知であろう。
 学校や職場の指令に従い、毎年「健康診断」を強制される事が“アプリオリの善”とでもこの国の市民達は信じてそれを真面目に受診しているのであろうか!?! 
 その行動で我が身が一生助かる魔法にでもかかると、我が身息災に感じるのであろうか??


 6月末に壮絶な癌闘病の末他界した我が義理姉も、国や自治体から指示されれば素直にまめに検診に通ったり、あるいは心身の異常があれば自主的に主治医を訪れる人物であったようだ。
 そんな身にして、「末期癌」宣告の後はそれを我が事として受け入れ、その後の判断は自ら下したと言う…

 国と民間営利業界との「癒着」が受け入れ難く、普段よりほぼ一切合切の医療措置を拒否しているとも言える原左都子には、理解し難い義理姉の行動・決断である。
 義理姉と私の行動決断様式を分析してみるに、そこには元々培ってきている双方の専門力の差異があるとの結論に達しようか??

 それにしても、一旦「末期癌」の宣告を受けた後の義理姉死に至るまでの「死生観」の建て直し、及びその決意と実践の程がやはり“超人的”なまでに素晴らしいと驚嘆せざるを得ない。
 たとえ短命で死に直面しようが、下手な命ごいなどしてじたばたするのは我が美学に反すると感じつつ、もしも我が身が余命何ヶ月かの「癌」に罹患したとの状況に置かれた場合、義理姉を失った現在の私は「どうせ死ぬなら癌がいい!」との英断が下せそうもない程軟弱状態だ…。

 もしも近々「死」に至る運命を実際告げられるような場面に於いて、我が「死生観」美学を真に貫き通せるのか否かの命題を突きつけらた、今回の義理姉の壮絶な癌闘病死との突拍子もない出来事であった……。

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近しき親族内での好ましい人間関係のあり方

2013年08月17日 | 人間関係
 今年のお盆休暇も終盤に近づき、世間では郷里や旅行先からの帰省ユーターンラッシュがピークを迎えているようだ。    

 日本国内至る地で酷暑に苛まれた今夏のお盆休暇だったが、束の間の夏季休暇を古里や旅先で過ごされた皆さんは、良き思い出作りが叶ったであろうか。  

 原左都子自身に関してはそもそも混雑を好まない人種であるため、年末年始、5月の連休、お盆の時期はむしろ意識的に遠出することを避け、自宅から通える範囲内の行動を心がけている。
 特に今夏はちょうどお盆の8月15日、去る6月27日に壮絶な癌闘病の末に他界した義理姉の49日の法要(納骨)が予定されていたため、猛暑とも相俟って何とはなく一家皆で派手な行動を自粛するべく過ごしてきた。


 そんな私も独身時代には仕事の関係で、世間一般の例外ではなくやはり長期休暇のピーク時近辺にまとまった休暇を取る事が多かった。
 仕方がないため大混雑と割増料金を覚悟の上で、その時期に郷里帰省や国内外旅行を予約して出かけたものである。

 郷里帰省に関しては、決してマメにそれを実行する人種ではなかった。 父母共に定年までフルタイムの仕事を抱えていたこともあり、私の方から何らかの気配りをするべく対象でもなかった。 加えて孫でも連れて帰省するならばともかく、40歳近くまで独身だった私が一人で帰省したとて、両親にとって特段のサプライズもないのが実情であろう。 「この夏は海外へ行くから帰らないよ」と伝えても、「好きにしなさい」で済んだものだ。
 帰省が叶った折にも、特段どうということはない。 両親(特に母)は、私が独身の立場でバリバリと仕事や学問に励んでいる事を常に応援する人種であり、下手に早く結婚して妙な苦労を背負い込んでいる女性よりも“あなたは素晴らしい”と、私の事を誇りに思っていたようだ。  そんな母は私の郷里帰省がやはり嬉しい様子で私の滞在に合わせて仕事の休暇を取り、ご近所・親戚や自分の知り合いの所へ、滅多に帰省しない私を引き連れて行っては“娘自慢”を披露していたものである。

 ところが私が晩婚・高齢出産後に一家での郷里帰省となると、大きく様子が異なるのは自然の成り行きだったであろう。
 特に我が家の場合、(高齢出産時のトラブルにより)多少の事情を抱えた娘を連れての帰省である。  そんな我が一家3人での帰省に際し、実親どもが今までのようには気軽に対応できないであろう事は私の方こそ承知の上だ。 それでもたかが4,5日間の滞在に事無きを得た場合、郷里の父母も世間の親と同等程度に娘一家の帰省を喜んでくれた。

 何度目かの帰省の際、娘が高熱を出してしまうとの私にとっては想定内の事件が勃発した。
 私は元医学関係者でもあり、娘の突発的不明熱発熱等の異常症状対応に慣れているのだが、祖母である母がパニックに陥ってしまい、解熱剤を飲ませるだの何だのと自分勝手な“ド素人”処置をすると言い始める。  「ちょっと落ち着いて欲しい!」と母をなだめるのだが、孫の病態急変に不慣れな我が母がさらに突拍子もない発言をし始めたのだ! 「○ちゃん(我が娘)の容態が大変な時に帰省してくるな!」
 これに唖然とした私は、こちらも売り言葉に買い言葉だ。  「何を馬鹿なこと言ってくれるの! 私の母としての日常とはこれが実態だよ。これに日々耐えて冷静な判断を下しつつこの子を育てているんだよ! 娘の容態が悪い時に帰省するなと言うのは、一生この子と共に実家に帰って来るなと言ってるも同然だよ。 それが理解できないババアなど私の方から願い下げよ!!」  険悪な空気が流れつつも、母は母なりに孫の容態を気遣っていたようだ。

 その後娘の熱は下がり回復に向かった。 数日間の実家滞在の後、すっかり元気になった娘と共に我が一家は郷里を後にした。
 ただ、この事件を教訓と出来ない私ではない。  医学的観点から、我が娘が実家で異常症状が発現しそうな時には郷里へ帰省するべきではないと本気で悟った。 何分、我が親どもは私には医学を修得させてくれたが、自分らはそれを修得していない素人である点も娘の私の方が勘案するべきだ…。
 その後、我が実家に娘を連れて帰省する機会が自ずと減らざるを得ないのは自然の成り行きで現在に至っている。


 まさに、たかが郷里帰省にも様々な人間模様があろう。
 朝日新聞8月3日付「be」の“悩みのるつぼ”は、20代女性よりの「母が嫌で帰省したくない」との表題だった。

 ここでいきなり原左都子の私論に移ろう。
 上記相談女性は20代の若き世代であられる事を勘案して、実家の母が嫌いならば何も郷里に帰省せずとて、好き放題バケーションを楽しめばよいであろう… なる感想を、長い独身を謳歌した私が思い描かないはずもない。
 ところが相談内容を読み進めると、この相談者の郷里ご実家内人間模様が複雑のようだ。 そうとしたところで、既に家を出て自立して暮らしている20代女性に何らの罪も責任もないと私は結論付ける。
 
 上記朝日新聞“悩みのるつぼ”今回の回答者であられる 歌手・俳優 三輪明宏氏の回答内容の最後の部分を以下に紹介しよう。
 相談者の家族のように親子間に距離がなく、密着している状態は危険である。 「親しき仲にも礼儀あり」との心得があれば、一定の境界線からは互いに立ち入らないように出来るはずだ。 「家族は特別なもの」とは勘違いだ。 如何なる関係でも、遠慮しなくなったらお終いである。これは家族とて例外ではない。


 最後に原左都子の私論でまとめよう。

 たとえ親族・家族間であろうが、人間関係に於いて「特別」なる関係が存在し得るはずがない。 それは三輪明宏氏がおっしゃる通りである。

 血縁関係の人間同士であれ、「礼儀」が存在して当然である。
 これをわきまえ、自分の感情を抑えて心理的距離を置いてこそ健全に成り立つ親族・家族関係である事に間違いない。

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何でもかんでもランキングして誰が得するの??

2013年08月14日 | 時事論評
 世の中、あっちもこっちも、何でもかんでも「ランキング」流行りである。


 連日の猛暑ニュースでは、日々最高気温の高い順に日本全国各地がランキングされ発表される。 
 例えば一昨日8月12日の最高気温全国1位に輝いたのは、高知県四万十市の41,0℃だったが、この最高気温は国内観測史上歴代最高気温でもあるようだ。
 まったくもって、 「酷暑お見舞い申し上げます。」 としか申し上げようがない。

 ただこれに関しては「熱中症」発症等人命にかかわる危険性が高いため、猛暑対策を促す意味合いでも日々メディアがランキングして国民に発表する意義は大きいであろう。


 あるいはテレビの「視聴率」なども、日々メディア上で発表される「ランキング」の一つだ。
 そもそもテレビをほとんど見ない原左都子であるが、一般視聴者が如何なるテレビ番組を視聴しているのかを調査する目的で、時々新聞のテレビ視聴率ランキングをチェックしている。(それをチェックしたところで、どれもこれも如何なる番組なのかほとんど知らないのだけどね…
 ここのところずっとトップを維持しているのが、NHK連ドラ「あまちゃん」である。 このドラマは一応見ているが、何が良くてそんなに支持されるのか理解に苦しむ事に関しては、最近の「原左都子エッセイ集」バックナンバー 「誰でも“芸能人”になれると言いたいドラマなの?!」 で苦言を呈したばかりだ。

 そもそもテレビ番組というものの存在自体が人の一趣味の範疇に他ならず、万人が人それぞれ好き勝手に楽しめば済むレベルの娯楽対象物の域を出ていない。
 しかも今の時代、発信側のテレビ放送局も目まぐるしいまでに多様化・細分化し、多種多様なテレビ局が入り乱れている実態であろう。 それらすべての放送局が発信する番組すべてをひっくるめて、視聴率というカテゴリーで「ランキング」したところで、何らかの有意性あるランキング結果情報を呈示できるはずもない。
 それでも何故テレビ番組の「視聴率」を長年に及んで計測し続け、その結果を公表し続けているのかと言えば、それは発信側のテレビ局の“存命”にかかわる数値であるからに他ならない。 何分テレビ放送とは、スポンサーである営利企業主体なくして成り立たない運命を背負っている。 だからこそ、放送局にとっては「視聴率、命!」なのだ。

 ただ一般市民にとっては、そもそも「視聴率」など二の次でよい課題である。
 原左都子に言わせてもらうと「視聴率」の高さに甘え、いい気になってくだらないドラマの内容の吟味再考もせず続行するなよ! とも言いたくなる。(NHKドラマ「あまちゃん」の事だが。) しかも、今後深夜に再放送するとのNHKのPRである。トホホ…
 こんな事では、世の中ますます“軽薄短小”化が促進してしまう懸念感を煽られるばかりだ… 


 今更ながら原左都子が反論私論を展開した「テレビ番組視聴率」に関しては、昔から存在していた「ランキング」であろう。

 これとはまた別次元で、現世に於いて“くだらなさの極み”のごとくの各種「ランキング」が幅を利かせている実態に辟易とさせられ続けている原左都子である。
 現在世に蔓延っている“くだらなさの極み”「ランキング」をこの世に定着付けた元凶とは、秋元康氏率いる“AKB48”の「総選挙」とやらではなかっただろうか?!

 原左都子のみではなく、ネット情報によるとあのデヴィ・スカルノ夫人もどうやら“AKB48”がお嫌いであるらしい。 それに“お力”を頂いた思いで、活気付かせてもらった私の私論を展開しよう。
 そもそも“AKB”の総選挙とて、秋元康氏が教育界に於ける「偏差値偏重」を有効利用して一肌上げようとたくらんだ施策であることが見え見えだ。 なんせ、この国の庶民連中は学校教育行政に於ける「偏差値偏重主義」を真に受けてしまい、「ランキング」には滅法弱い体質だ。 秋元氏とすれば、この国民の弱点を自分の“商売”に利用しないはずもないのだ。
 原左都子が分析するに“AKB48”及びそれに続くド素人女子グループが現世に於いてここまで売れている理由とは、「ランキング」思想を武器として導入し、偏差値偏重主義を真に受けている若者どもを秋元氏が経済市場に導入したからに他ならない。


 原左都子が今回の「ランキング」に関するエッセイを綴るきっかけを得たのは、ネット上のたわいない情報だった。

 それは、「 高学歴男子が『付き合いたいオンナ』の出身大学ベスト5」 なる、これまた“くだらなさの極み”としか表現できないネット情報だったのである。
 “くだらない”事は重々承知の上で、このネット情報の一部を以下に紹介しよう。
 「学歴なんてカンケーない!」そう叫ばれるこの頃ではありますが、やはり学歴というものは、その人の努力や運をある程度は反映するものです。今回は発展的な内容として、“高学歴男子が好む女性の出身大学”について、現役東大生ライターの川上ぽこひろ氏に聞いてみました。 「ぽこひろです。今回は、有名私立の早慶、マーチ(明治、青学、立教、中央、法政)を中心に、一流大学出身者の男性50人へのインタビューを敢行、そこから得られた結果をランキングにしてお伝えします」
 ■5位:青山学院大学  「言わずと知れた“お嬢様大学”の古豪、青学。
今でも良家育ちの気品のいい女性が多く、長いお付き合いを前提にした誠実なパートナーとして望ましい、と票が集まりました」
 ■4位:慶應義塾大学   「圧倒的な知性、ブランド力、冗談かと思うほど美人女性の割合が多いこと。これらが人気の理由です。 高学歴の男は、才色兼備な慶應卒の彼女を連れて、鼻高々と歩くのがお好きなようです」
 ■3位:早稲田大学   「慶應と並び、私立ツートップの名門校。 更に慶應よりも、いい意味で“チャラそう”というイメージが功を奏した模様です」
 ■2位:地方国公立大学   「かなり意外な回答でした。高校時代、周りの優秀な友人が東京の大学を目指す中、親や家計の心配から地道に家から通える国公立大学を目指した。そんな健気で純真なスピリットに対しての賞賛が、この結果です」
 ■1位:特にナシ   「最も驚くべき結果です。しかし理由は案外ナットクかも。
 “頭がいい”高学歴男子は、たいてい負けず嫌いでプライドが高い。もし、彼女も同様に高学歴だった場合、些細なことで張り合いになるのが面倒くさい。

 上記“くだらなさの極み”のネット情報を何故原左都子が引用したかを説明しよう。

 「原左都子エッセイ集」長年のファンの皆様は、私が上記2位にランキングされている“ヘボい”「地方国公立大学」の出身である事を既にご存知であろう。 しかも私は2度に及ぶ理系・文系大学入学、そして大学院すべてを上記「地方国公立」大学にお世話になっている故だ。
 ただ、今回くだらないランキングを公開した東大現役男性とやらに一言言っておきたいのだが、「親や家計の心配から地道に家から通える国公立大学を目指した」との表現は正確とは言えないねえ~。
 “お嬢様”人生などつまらない事を百も承知だからこそ、あえて自分自身が貧乏して「国公立」にこだわったオンナも存在する事を、若年の貴方にも分かって欲しいものだよなあ。

 でも若き東大生のあなたが今回のランキング2位に、一般人の印象としては実に“ショボい”存在であろう「地方国公立大学」を取り上げてくれたからこそ、そこの出身である原左都子が今回このエッセイを綴れた事に一応感謝しておくよ。
 ついでに喧嘩売っとくけど、私に言わせてもらうと、早慶マーチへったくれの私立大学を深い根拠も思慮もなく“一流”と表現した“若気の至り”現役東大生のあなたを、せせら笑いたい思いだよ。

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いい大人が“浮気”など隠れてコソコソやれよ!

2013年08月12日 | 恋愛・男女関係
 世の中には何の罪もない可愛い我が子を自分の愚行により苦しめるアホ親どもが、少なからず平然とのさばっているようだ。

 「原左都子エッセイ集」バックナンバーに於いて、そんな“馬鹿親”の愚行を取り上げ論評する機会が幾度かあったが、今回のテーマもそれである。
 また出没してしまったのだ。 とんでもない“アホ母”が… 

 本日紹介する“馬鹿親”とは、子ども相手に自分の「浮気」を認めたとの事らしい。
 それでは早速、朝日新聞8月10日別刷「be」“悩みのるつぼ”より、23歳女性による「母が浮気をしています」と題する相談内容を、以下に要約して紹介しよう。
 50歳の母が浮気をしている。相手はおそらく年下で既婚者のようだ。 1年程前より母の態度が怪しい。 毎週決まった曜日になると朝シャワーを浴びて出かける。朝付けていなかったネックレスを帰宅時に付けている等々…。 思い切って母に尋ねたら、すんなりと浮気を認めた。 しかも母は浮気をやめるどころか、「人生で初めて本気で好きになった人」とまで言い出す始末だ。 これには娘の私はたまげるしかなく、正直気持ち悪い。 「父には言わないでくれ」と言う。何故ならば浮気がバレたら母は家を出て行かねばならないからだ。 母の大人気ない言動と態度に幻滅し、人間の信頼とは簡単に崩れてしまうものと勉強になった。 私自身は自分の人生に責任を持ち、母を見習えるところはそうして生きていきたいし、私も大人としてしっかり生きていきたいとは思う。 この決断で正解だろうか。
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”相談より要約引用。)


 今回の“悩みのるつぼ”回答者は、以前「原左都子エッセイ集」にもコメントを頂戴した岡田斗司夫氏なのであるが、岡田氏の回答は後回しにさせていだだき、原左都子の私論から先に述べよう。

 この相談内容を一読して、私はこの母の馬鹿さ加減に、怒りにも似た感情が噴出した。
 まさに“アホ母”とは、こいつの事である。
 だいたいねえ。 あんた、浮気がバレたら家から追い出される貧弱な身分で、何でいそいそと浮気なんかしてるの?? 
 しかも、浮気の朝にはシャワーを浴びる?(シャワーはホテルで浴びたら十分かとも考察できるのに…) それは置いといて、あなたのやってる行為とは、盛りが付いたネコや思春期の少女と同レベルだね。
 むしろ、あなたは周囲の誰かに自分自分が今やっている「浮気」との“偉業”を気付いて欲しいし、話したくてむずむずしていたのではなかろうか? そこにタイミングよく、娘さんから「浮気してるでしょ?」と問い詰められ、これぞ待ってました!とばかりにすんなり浮気を認めた。 一応人の親ならばせめてそこまででやめときゃよかったのに、「私が人生で初めて好きになった人」「お父さんには言わないで」とまで娘さん相手にホザいてしまった…。  きっとこの弱き母の内心とは、(やっと私が浮気をしている事を人に話せた)との歓喜にも似た堪能感で満たされたのではなかろうか???

 相談者である23歳の娘さんの立場に関しても、原左都子なりにこの「事件」に関して考察しよう。
 娘さんは現在父母と同居中のようだが、何らかの就業はして自らの収入源があるのだろうか? そうだと仮定して、それならば母親が愚かにも「浮気」などにうつつを抜かしている馬鹿げた家庭内の醜態現状から逃亡を志す事をお勧めしたい! 
 原左都子の確固たる持論だが、馬鹿な親どもなど自分が成長した暁には捨て去るに限るのだ。  (「原左都子エッセイ集」2010年3月バックナンバー 「家を出て、親を捨てよう」、同じく2011年2月バックナンバー「子が親を捨てる決断をする時」等に於いて、我が私論の詳細を語っているためご参照いただければ幸いである。)
 一旦親を捨て去り自立した後に、成長した自分と親との新たな対等関係が紡げるものと、私は信じていることを付け加えておくが…。 


 さらには原左都子独身時代に、友人から「浮気をしている」と告白された経験談を以下に付け加えよう。
 
 その一人をA子と名付ける。 A子は結婚後に私が勤務していた企業に入社してきた。 聡明で研究熱心・仕事バリバリ派のA子が、なんと社内で不倫行為に走ってしまった。  ある日A子が私に電話をかけてきて曰く、「私が今後の人生を共にするのは現在の不倫相手に他ならない。今までの夫や親達、友人皆を捨て去ってでも、私はこの人と一生を生き抜く覚悟だ。 明日、相手と“駆け落ち”を実行する! ○子(私のこと)にもその行き先は言えない。 貴方の電話番号を知っている我が母から後日電話が入るかもしれないが、何も知らないと伝えて!」 そう言い残したまま、A子は行方をくらました。
 その後、確かにA子の母親氏から電話がかかってきた。 切羽つまった母親氏の電話に、私はA子の伝言を忠実に伝えた。 「私もA子さんの行方もその理由も一切存じておりません…」と。  

 もう一人、B子の事例も話そう。
 こちらは、未だ若き20代半ばの既婚女性だった。 短大卒業後直ぐに見合いにて結婚に至り、その後子どもに恵まれなかったようだ。 B子の人生観としては、直ぐに子どもを産んで専業主婦を全うするはずだったのに、結婚後5年目にして未だ子どもを産むことが叶わない。 仕方なく仕事でもしようかとパート社員として就職したものの、どうも自身の関心は「子ども」を産む事にしかないようだ。 
 ある日、B子が職場の先輩である私に告げる。 「私、今浮気しているの。」 B子とは単なる職場の上下関係の域を出ていないのに、そんな事言われても鬱陶しいとしか感じようがないのが私の正直な立場だ。  ただ、B子の意図が全く理解できない訳でもない。 もしかしたら、相手は誰でもいいから子どもを産みたいだけで浮気行動に走ったのか?? 
 結局、B子の奇行により私が学習したのは、自分が「浮気」をしている事を誰これ構わず吹聴したいとの人物が存在するという事でもあった。

 上記事例のように、A子のごとく今後の人生全てを「浮気」相手に全人格を傾けようとの強烈な思いを注ぐ人生もあろう。  はたまた、B子のごとく単に不妊症対策のため、浮気を通して子どもが授かれたら、との思いをつなぐ手段もあろう。


 それでは最後に、今回の回答者であられる岡田斗司夫氏の回答の最後の部分を紹介しよう。
 原左都子の印象では、岡田斗司夫氏とは“悩みのるつぼ”初期の時代と比較して、現在ではずい分と“優しい”(と言うよりも正直に言うと護身に転じて“優柔不断”な)回答者の印象になった感覚がある。

 相談者が今後母が浮気した事実を聞かなかった事にして忘れ、母からは尊敬できる部分のみを吸収するとの判断を下せるのならば、それは相談者が自分の感情を犠牲にすれば可能であろう。 それでも、相談者にとっては今後も「浮気しちゃったダメな母」との思いが続くであろう。 繰り返すが、決断とは「正しくないこと」を選択し、後の努力で正しかったことにする行為である。
 (以上、岡田斗司夫氏の回答より最後の部分のみを引用。)

 岡田氏がおっしゃる通り、とりあえず相談者の母に対する現在の思いを鑑みて、後で「正しかった決断」を導いてもよいのであろうか。

 だが、ここは相談者が23歳との年齢を慮りたい思いの私だ。

 原左都子の私論としては、「浮気」をして未だその反省もないどころか、50歳にして初めて男を好きになった思いを鑑みよと既に成人した実の娘相手にのたまう、幼稚な母親を一旦“捨て去る”事から、娘さんの人生を再開するべき!と応援したいのだ!!

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“色白七難隠す”の格言とは、妄念に過ぎない…

2013年08月10日 | 時事論評
 カネボウ化粧品が販売した美白製品により、肌がまだらに白くなる症状を訴える使用者が後を絶たず、自主回収を発表したのは7月23日の事だ。
 その後のカネボウの発表によれば、症状や不安を訴えた使用者は6808人に上り、内2250人が重症症状に苛まれているらしい。

 「首がまだらに白くなった」、「白斑が3箇所以上ある」、「5cm以上の白斑がある」、等々…   顔、首、手、指等に症状を訴える人が目立つとの報道だったが、その後、被害者達は回復に向かっているのであろうか? あるいは症状が長期化して未だに皮膚に白斑を抱えているのだろうか?


 現世には、美白製品をはじめとして、保湿や潤い、ヒーリング、紫外線カット等々を殊更歌い文句にする「美肌」商品が溢れ返っている。
 テレビ(特に民放)をほとんど見ない原左都子だが、一旦ネット画面を開くと各社が発売しているそれら商品広告が暴力的とも表現できる勢いで所狭しと画面を占領している。 そのため、嫌でもそれら鬱陶しい広告画面を一見せざるを得ない。 「歌い文句」に踊らされ、この種の商品の購買行動に走る消費者がどれだけ存在するのだろう? と他人事のように横目で通り過ぎる私だ。


 かく言いつつ、実はこの原左都子も数年前から「保湿」を歌い文句としている某美容液を日々使用中である。
 やはり加齢には勝てないもので、肌(特に顔)の乾燥症状に見舞われ始めたためだ。 種々の「保湿」商品を試した結果、某美容液が我が肌には一番保湿効果が高いとの結果が出た。 その後は朝夜はもちろんの事、在宅している日は乾燥を感じたら即その美容液を顔に塗り込む日々である。 

 2,3年間その保湿美容液を使用し続けた頃であろうか。 顔に「痒み」症状が出現し始めた。(その発症原因は未だ不明だが。) 忍耐強い私は起きている時間帯はその痒みを我慢できるのだが、一旦睡眠に入ってしまうと無意識に掻き潰してしまうようで、朝起床時に顔が“血だらけ”の事もあった。

 花粉症も併発した初春の頃、昼間も顔が痒くて我慢できなくなり私はやっと病院を訪れた。 問診後に医者が告げるには、「真菌症とアレルギーを併発しているのではなかろうか」との事だ。
 「真菌症」には多少驚かされたが、医師の診断に何となく“ガッテン”の私である。 もしかしたら、私が長期間使用している保湿美容液に含有されているコラーゲン等の“栄養価”が高過ぎる事が一因で、私の顔から分泌される脂質も栄養源としつつ、脂質分泌が多い顔の部分に真菌が増殖してしまったのかもしれない。 しかも、元々アレルギー体質気味の私はその時は花粉症にも苦しめられている時期で、それら体内要因の相乗作用故に痒さが増強されていたとも考察可能だ。
 この時、医師には某美容液を継続的に利用している旨は一切告げなかった。 帰宅して原左都子なりに分析・診断したのが、上記美容液成分にも「真菌症」発症の由来があるのではないかとの事であった。

 その後再度美容液を変えるべく、私は数種の「保湿美容液」を試してみた。 ところが残念な事に前回同様、現在利用中の美容液に勝る代物が存在しないのだ……
 やはり私が頼るべき保湿美容液は現在使用中の商品しかない! と結論付けた私は、これを継続使用した上での今後の我が「痒み」対策こそを講じようと志した。

 そうこう試行錯誤していた後に、夏になって私は「花粉症」からやっと解放された。 と同時に、夏場は高湿度と共にアレルギー症状による「痒み」症状も緩解期に入る。(あくまでも原左都子の事例範疇の話だが) 
 その後うれしい事に、我が顔の痒みは実際問題緩解したのだ。 次訪れる初春には、また「花粉症」アレルギーの影響で我が顔に強烈な「痒み」が再発するのか!!との懸念は「懸念」に過ぎず、次なる春は顔の痒みが再発しなかった。


 原左都子の私論に入ろう。

 上記カネボウ化粧品「美白製品」を使用された方々とは、どれ程ご自身の体質や医学的経歴を把握・理解された上でその商品を購買したのであろうか?
 
 いやもちろん、たとえ美容商品であろうが、製造・販売元企業こそが市民の健康上の被害発生をとどめるべくきめ細かな商品開発に精進するべきである。 そのために、幾重の研究開発がなされている現状と私は信じたかったのだが…。
 ところが、どうしたことだろう。 
 現在の美容業界の販売促進の実態とは、冒頭に示したごとく「野放図」とも表現可能な傍若無人ぶりではなかろうか?  「売れるならば何でも売る!」そのポリシーに基づき(元大手だった)カネボウ化粧品までもが、その名声力を信じ“盲滅法”商法でこれ程までに多大な「美白」重症者を出すに至ったのか!?! 


 原左都子の、上記“顔の痒み症状”発症も反省材料としつつ、最後を締めくくろう。

 やはり自分がもって生まれたDNA体質は、たとえ一般市民とは言えども人生の早期よりある程度認識するべきではあるまいか?
 自分のDNA体質を如何に理解・認識するかの課題に関しては、そもそも今時の小中高学校教育を真面目に受けたならば、ある程度の認識力が満たされるはずと私は慮るのだが…。

 ところが科学が未ださほど発達していない時代背景下に、DNA教育を受けていない高齢人種が多数存在するのが今の世の現状でもあろう。
 それら旧人類を食い物にして、「美白」「保湿」等々との商品を“盲滅法商法”で販売したならば、それに対する科学的知識疎くして、購買行動に走る素人消費者こそが大多数の現在の末端社会であろう。

 それ故に、カネボウ化粧品は今後「白斑」被害者に最大限の補償をするべきだ。


 同時に、庶民にも「色白七難隠す」との格言の真の意味合いを理解して欲しいものである。
 肌の色を化粧品に頼って白くして化けたところで、自分が持って生まれている「七難」を隠せるはずがない。 
 そんな一時の願いは単なる「妄念」でしかない事をわきまえながら、自分が持って生まれたDNA体質によっては、化粧品により“白斑”との病理に生涯悩まされかねない事実をも承諾しつつ、今後の商業社会を自らの実質能力を養う事により力強く生き抜いて欲しいものだ。

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一少女が命をかけて給食で“おかわり”をした理由

2013年08月08日 | 時事論評
 昨年12月東京都調布市立小学校で、食物アレルギーのある小5女子児童が、担任が誤って渡した給食の食材によりアナフィラキシーショックを起こし死亡するとの痛ましい事故が発生した。

 私はこの事故に関するニュースを最初にNHKテレビにて見聞したのだが、NHKの報道のし方に大いなる違和感及び疑義を抱かされ、早速我が「原左都子エッセイ集」に於いて当該ニュース報道に対する反論見解を述べた。

 当エッセイ集2013年1月バックナンバー 「学校給食における『おかわり』考」 の一部を以下に要約して反復させていただこう。

 NHKニュース報道では、「女児が給食で『おかわり』をした際に担任が手渡した食材によりアレルギー反応が起こった」との表現を用いていたのだが、ニュース表題にも「おかわり」の文字を使用する等、女児自身が「おかわり」をした事を殊更強調しているかのように私の耳に入ってきた。 これではまるで、「おかわり」をした女児側の自己責任範疇の事故と視聴者に受け取られかねないのではあるまいか?!?
 とんでもない話だ。 女子児童は未だ11歳の小学5年生。 もしも周囲の児童達が元気よく「おかわり」をするのが日常であったとするならば、女児とて担任が自らのアレルギー体質を理解してくれているものと信じ「おかわり」を要求することは重々想定内の出来事であろう。
 ここでは専門的な発言を差し控えるが、元医学関係者として一言のみ私論を付け加えさせていただくならば、義務教育現場は一部の児童が抱えている食物アレルギーを絶対に軽視してはならない事を再認識するべきだ。 現在公立小中学校に通う児童達は全員学校で給食を取る事を強制されている。 そうであるなら尚更、現場の教職員は一部の医療的弱者児童の存在を肝に銘じるべきである。 一見元気そうだからと、絶対に児童が抱えている体質を安易に見過ごしてはならない。 学校給食が元でアナフィラキシーショックにより命を落とす児童は、今回に限らず後を絶たない現実である。 もしも学校現場の教職員が児童が抱えるアレルギー体質対策・管理に手が回らないのであれば、全員一斉食材を基本とする給食システムこそを今一度その細部に至るまで再考し直すべきだ。
 食物アレルギー児童を抱える家庭によっては、自宅から弁当を持たせる事例も存在する事は私も承知している。 それが時間的制約等様々な事情で叶わない家庭が多い実情をも踏まえ、子供の命を預かる義務教育行政は、時代の要請に応じてもうそろそろ何らかのきめ細かい対策を練る事に着手するべきではないのか。
 さて今回の「原左都子エッセイ集」は、学校給食における 「おかわり」 を考察することを趣旨としている。 上記女子児童の学校給食による痛ましい食物アレルギー死亡事故に際し、NHKニュースが給食を 「おかわり」 したことを執拗にまで繰り返していた事実に、とことん反発したい思いが我が脳裏に渦巻き続けている故である。
 実は我が子が小学2年生の時、公立小学校の給食時間に「おかわり」ができるまでに“成長”した事実を担任先生よりご伝授いただいた。 これにはプラスの意味合いで仰天した私だ。 何分我が子は出産時のトラブルにより若干の事情を持って産まれ出ているため、特に幼少の頃は衣食住全てにケアが必要な身だった。「食」に関しても例外ではなく、必要最低限の栄養源を摂取させることに日々精進した私だ。 学校では、案の定与えられた一人分の給食を時間内に食することが出来ない。 そんな折、担任先生からの我が子が初めて「おかわり」が出来たとの談話とは、娘の成長を物語る逸話であり母として今尚忘れ難き“吉報”だったのだ!
 このようにまだまだ未熟な児童にとって義務教育課程に於ける給食時の「おかわり」とは、子どもの成長を物語る一指標の意味合いもある。  集団生活内での「給食」という場を有効活用して、我が子を成長に導いて下さった当時の担任先生に心より感謝申し上げたい思いだ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーよりその一部を引用。)


 さて、大幅に話題を変えよう。

 去る7月24日の朝日新聞内に、上記調布市立小学校の給食時アレルギー事故により娘さんを亡くされたお母様に、朝日新聞が取材をした記事が掲載された。
 実は原左都子も、今年1月に上記 「学校給食における『おかわり』考」 なるエッセイを公開して以来、ずっと犠牲女児のお母様こそが、娘さんが給食時に「おかわり」をした報道をメディアが殊更発信している事実に一番心を痛めておられるのではないかと、我が事のように気をもんでいたのだ。

 早速、朝日新聞上記取材記事を要約して紹介しよう。
 何故(食アレルギーの)娘が給食時に「おかわり」をして死に至ってしまったのか分からず苦しんでいた母の私が、新盆に娘の親友が語ってくれた話を聞いて納得した。 娘の親友によると、あの日給食に出たチーズ入りチヂミは不人気で沢山残っていた。 一方、クラスでは給食を残さない「完食記録」を目指していた。 娘は、当日めったにしない「おかわり」をした理由を「クラスに貢献したかった」と親友相手に語ったという…
 クラスのために頑張ろうと無理をしてこんな結果となり残念だが、そういう理由だった事に納得した、とお母様は涙ぐみながら話されたとのことだ。
 科学者を目指していた娘さんは生命科学に興味があり、「アレルギーの子を助ける研究をしたい」との将来の夢を語っていたらしい。
 取材の最後にお母様は告げる。 「(今回の学校給食事故を)報告書で終わらせるのではなく、子どもの命を守ることを最優先に対応して欲しい。 人の役に立ちたいと思っていた娘もそう願っているはずです。」
 (以上、朝日新聞7月24日記事より一部を引用。)


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 上記のようなニュース報道に触れて尚、「やっぱり『おかわり』をした児童の方が悪いんだよ。 子ども一人ひとりが抱えている特殊事情をいちいち気にしている時間など、学校の教職員には無い事を庶民側こそが理解するべきだ」なる感想を抱く、学校教職員及び行政関係者や市民が多数派であることは重々理解可能だ。

 それが証拠に、専門家氏らによる給食アレルギー検討委員会が7月23日に提出した最終報告の主たる内容とは、アレルギー児は「おかわり禁止」等の再発防止策であるらしい。
 やはり「おかわり」こそが最大の女児自滅原因だった事を証明するべく、今後もそれを禁止するしか方策が打てないレベルの、この国の学校現場におけるアレルギー児童対策の貧弱さであろう。
  
 今一度原左都子から訴えるが、公立小学校に通っていたアレルギー女児は、決して給食の「おかわり」をしたから死に至ったのではない。
 人間の多様性を心得ない、あるいはその対策を怠っている義務教育学校現場、ひいては教育行政が招いた悲惨な事故に他ならないのだ。

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“二日酔いで最も苦しむのは29歳説” に同感!

2013年08月05日 | 
 「二日酔いで最も苦しむのは29歳だと判明 / もう若くないのに現実を認めないのが理由」 
  -ネット情報 ロケットニュース24(2013年8月4日08時00分)より引用。-

 滅多な事でネット情報を丸のみしない原左都子が、上記ロケットニュースの表題のみを一見して“29歳との具体的かつ的確な指摘”に恐れ入ってしまったのだ。

 と言うのも、自他共に認めるバリバリ飲兵衛かつ今後もそれを貫く人生を志している私自身が、まさにちょうど29歳の時、「酒」によりもしかしたら命を失うのかとも表現可能な地獄を彷徨ったからだ。
 上記ネット情報により、今思い出しても命が縮まりそうな忘れ難き我が苦悩の記憶が脳裏に蘇ってしまった…

 上記ロケットニュース内に列挙されている今時の飲兵衛連中どもの具体例は後回しにして、まず原左都子自身が29歳時に味わった「酒」の大失敗談を以下に紹介しよう。
 酒による「醜態」ならば、何も29歳の時に限らず今に至って尚繰り返す日々だ。
 そうではなく、酒に強い私が“完璧に体を崩してしまった出来事”をその時経験したのだ。 いえいえ二日酔いにより多少体調を阻害される事は今でもままある。 にもかかわらず、何故29歳時の酒による体調不良状態がそれ程までに我が脳裏に鮮明に刻まれているのかと言うと、まさに命を失うのかと一瞬本気で思ったからだ。

 当時の私は、人生の大きな転機の渦中にいた。
 30歳直前にして次なる学問に励もうとの目標設定の下、新卒入社後それまで勤めてきた医学関係会社退社を視野に入れ、会社の休みの日には大学受験勉強に驀進し寝る時間も惜しんでいた。 しかも会社にはその事情を一切伝えておらず、今まで通り医学専門職社員として勤務時間中は最大限の努力を惜しまず労働力を提供し、職場の誘いに応じて飲み会にも頻繁に参加していた。
 それまでの私なら、これしきの事“お茶の子さいさい”である。 もちろん“二日酔い”は辛いが、酒が理由で仕事を休むなどとの記載は私の辞書にはない! 
 志望大学から合格通知が届くまでは、上記のごとく今までと変わりない会社での勤務態度及び飲み会の付き合い、休日は受験勉強に没頭するとの超ハードスケジュールを難なくこなす日々だった。

 そして私の手元に志望大学から「合格通知」が届いた後の話だ。
 私はまだ勤務先に大学進学退職を告げない方針を貫いていた。 それは今後勤労学生を貫かねばならない経済的事由による。 大学入学は4月だが、会社の6月ボーナス支給日まで勤務を続けられれば100万円程の大金を入手可能だ! (参考のため、私が勤務していた会社は当時一回のボーナス額を若手社員に100万円程出せる程に活気付く優良企業だった。)

 そんな折、どうも私は体調を崩している事を何となく自己分析出来ていた… 
 大学から合格通知が届きそれまでの受験勉強から解放され、夜自宅でテレビを見ていると、何故か「革靴を煮て食べる」なる信じられない企画影像がNHKテレビより写し出されたのだ! これを一瞬見た私は咄嗟に“吐き気”をもよおしてしまった。
 その“革靴を食べる”との変態的ショッキング影像が我が脳裏から消え去らない内に、次の日職場から「飲み会」に誘われた。 果敢にもそれに参加し深夜帰宅した私だが、その翌日にとんでもない“二日酔い”状態に苛まれる結果と相成る。 それでも(きっと昼頃になれば今まで通りこの二日酔いも治まるだろう)と思い直し、翌朝体調の悪さにムチ打って会社に出勤した。
 ところが今までの二日酔い経験とはまったく異なり、私は昼食で摂取した食材を職場のトイレで実際に吐いてしまったのだ。 しかも体調がどうにも悪い。 それでも一旦トイレから職場に戻り自分の仕事を続けようと決意した私だが、やはりトイレに入って今一度吐いた。 
 こんな苦しい経験は飲兵衛の私にとっても実に初めての出来事である。 社内周囲の人間がそれに察した気配はない。 それ程に私は普段の私を装えていたと解釈するが、結局もう倒れかけ寸前の状態で上司に申し出た。 「申し訳ありませんが、少しロッカールームで休憩していいですか?」 驚いた上司が「どうしたの?」と尋ねたかどうかの記憶はない。 その後夕刻となって体調がもっと悪化する私は上司にその旨申し出た。 
 そこで初めて上司から「救急車」を手配するとの反応をもらったのだが、私としてはもうすぐ退職する職場で事が大袈裟になるのを避けたい一心だ! 「自分でタクシーに乗って救急診療病院へ向かいます」と伝えた。
 その後職場に程近い“夜間緊急医療センター”までタクシーで行き着いた私だが、夜間救急の手薄さを思い知らされる運命になる。 そこにいた若手男性医師は簡単な問診のみで何の診断も処置もするではなく、私は直ぐに追い返された。 その後自分なりに「胃腸等消化器系の急性障害症状」とある程度の診断をした上で、昼間より度重なる嘔吐や下痢症状に苛まれている私は「脱水症状」こそを併発していると自分で心得、すぐさま水分補給をしたものである。
 幸いな事に私は自己の判断による水分補給でその後蘇り、体調は相変わらずすぐれないものの、次の日からまた退職までの期間会社への勤務を続けるに至る。

 29歳にして人生二度目に志した大学合格が叶い、4月から再びの大学進学が決定していた私ではある。 ところがその反面、それまで医学関係企業に於いて私が蓄積してきた実績や社会的地位すべてを捨て去る事に、大いなる抵抗感が我が内面に噴出していたのだ。 そんな切実な実態を我が精神内で病んでいた事こそが、上記29歳時の酒により勃発した「病」であったのかと後々考察している。 


 ここで、冒頭で紹介したロケットニュース内で「二日酔い」に苦しんでいる29歳若者達の酒の楽しみ方を紹介しよう。

 夏といえば冷たいビール! ビールといえば飲み会にビアガーデン!! 次の日は最悪の二日酔い……。 夏真っ盛りの今、すでにこんなパターンを経験している人がたくさんいるのではないだろうか。二日酔いは誰にとってもつらいものだが、なかでも「二日酔いで最も苦しむのは29歳」という興味深いデータが発表され、酒好きの間で話題になっている。
 なぜ29歳が二日酔いで最も苦しむのかというと、もう若くもなくスタミナもないのに、それを認めずに「まだまだ大丈夫!」と飲み続けるからだという。
 ひどい二日酔いで苦しんだ29歳の声を紹介しよう。
 「週末出かけたら、月曜日でもお酒が抜けていないのを感じる」「土曜に飲みに行ったら、日曜の夜8時ごろまで気分が悪い」「週末に飲んだら、次の日仕事に行くのは無理。仮病を使って休んだこともある」
 6割の人が「月曜日に二日酔いのまま出勤している」 また1年のうち平均6日間も二日酔いが理由で会社を欠勤しているそうだ。
 確かに30代に突入する前の29歳という年齢は、実年齢と自分の年齢感覚が折り合わない時期かもしれない。 楽しむのはよいが、健康のためにもお酒はほどほどに!


 原左都子の私論で締めくくろう。
 まず最初に自分が「酒」を飲める体質か否かを、年齢に係わらず医学的観点からわきまえるべきであろう。
 それが分からずとも30歳手前とは、人それぞれに人生の過渡期なのかもしれない。  もしも心身不調の折りには、一時酒の付き合いを断って、今後の長い人生を見つめつつ静かに一人で時間を過ごすのもいいかもね?!?

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やはり“ブラック色”が強い渡辺美樹氏創業のワタミ

2013年08月03日 | 時事論評
 7月21日に実施された参議院選挙に自民党より立候補し、“辛くも”当選を果した渡辺美樹氏は、言わずと知れた「外食チェーン ワタミ」の創業者である。
 臨時国会が召集された昨日8月2日には、参議院初当選新人議員121人の一人として渡辺氏も国会に初登庁したようだ。

 2011年の東京都知事選では都議会民主党の支援を受けたものの落選。 そして今回は自民党より出馬要請を受け、ワタミの役職をすべて退いての渡辺氏の参院選立候補だったらしい。
 それにしても、短期間で民主党から自民党へ鞍替え?? 企業創業者としての渡辺氏の手腕の程はともかく、政治家としての氏のポリシーの程が何とも理解し辛い…。


 8月2日朝日新聞朝刊に掲載された渡辺美樹氏に対するインタビュー記事内容が、現在ネット上で非難囂囂(ごうごう)との事だ。
 実は昨夜原左都子も当該記事に目を通して、ワタミの役職をすべて退いたという渡辺氏の相変わらずの“冷血”“独裁”ぶりに背筋が寒くなったばかりだ。

 早速、上記インタビュー記事内の渡辺氏の言い分を以下に一部要約して紹介しよう。
 今回の参院選は想像を超える逆風だった。 それもそのはず、マスコミや一部の政党からワタミが「ブラック企業」批判の標的となった故だ。
 5年前に一人のワタミ新入社員が労災により自殺したことは事実だ。 これに関しては会社を挙げて命がけの反省をしている。 社会が一企業に「ブラック」とレッテルを貼るのなら、何らかの基準が必要だ。 離職率が高いのか、給料が安いのか、労災事故が頻繁に起きているのか。 一部の指標だけで「ブラック」と見極めることは小企業やベンチャー企業の育成を大きく邪魔する。
 ワタミ社内冊子に「365日24時間死ぬまで働け」と書いているのも事実だが、その前後を読んで欲しい。 仕事というのは時間とお金のやりとりをしちゃダメ。 仕事は生き様であり仕事を通して生きがいとか成長がある。だから365日24時間という気構えでやろうという事だ。 その時に大切なのは、みんなで助け合いながら一人ひとりの成長に寄り添っていこう、という話だ。
 労災での過労自殺の原因とは、なぜ(そんな事で自殺する奴を)採用したのか、なぜ入社1ヶ月の研修中に適正、不適正を見極められなかったのか、なぜ寄り添えなかったのかであり、本当に命がけの反省をしている。   (  中  略  )
 国会議員の働きぶりをまだ見ていないが、いま一生懸命、自民党の公約を読み直している。 議員が命をかけてみんなでやったら無駄はないだろう。 
 最後に「国会議員は365日24時間死ぬまで働かないといけないのか?」との朝日新聞の質問に渡辺美樹氏答えて曰く、「その通り、国民のために。」
 (以上、朝日新聞8月2日渡辺美樹氏インタビュー記事より一部を要約引用)


 私論を述べる前に、現在ネット上で非難囂囂(ごうごう)との部分を上記インタビュー記事内から紹介しよう。
 それは、ワタミ社員労災での過労自殺の原因を問われての渡辺氏の言及箇所である。 <なぜ(そんな事で自殺する奴を)採用したのか、なぜ入社1ヶ月の研修中に適正、不適正を見極められなかったのか。>
 この渡辺氏の言及が元社員に適性がなかったために自殺に追い込まれたとも読める内容だったことから、「命を軽く扱うな!」「苦しい言い訳がたくさん」との厳しい意見・反感がネット上で飛び交っているようだ。

 原左都子もネットの意見・反感にまったく同感である。
 加えて渡辺美樹氏とは参院議員と成り果てたこの期に及んで尚、ワタミ創業者・経営者としての独裁的体質から脱出し切れず、あくまでも自分こそが“創業者”との立場にすがり、この世を生き延びようとしている事を垣間見るような気もする。
 もしも渡辺氏がワタミを創業して一企業のトップとなった時点で、入社してくる社員の力を結集して真に強い企業を創設していこうと志したのならば、社員の労災自殺者など一人として出していないはずだ。 
 一下っ端社員の心情に一切向き合えていない創業者など、企業のトップであり得ない! 民間営利企業とは「ヒト」「モノ」「カネ」の総合力で成り立っている集合体である事を、渡辺氏はどれだけ認識出来ていたのであろうか?

 それよりも私にとって上記渡辺美樹氏の朝日新聞インタビュー言及内でもっと辛いのは、以下の箇所である。

 <ワタミ社内冊子に「365日24時間死ぬまで働け」と書いているのも事実だが、その前後を読んで欲しい。 仕事というのは時間とお金のやりとりをしちゃダメ。 仕事は生き様であり仕事を通して生きがいとか成長がある。だから365日24時間という気構えでやろうという事だ。 その時に大切なのは、みんなで助け合いながら一人ひとりの成長に寄り添っていこう、という話だ。>

 いやいや参った。 渡辺氏は本気でワタミ社内冊子に「365日24時間死ぬまで働け」と記載していたのだ!
 これ、明らかに労働基準法違反だよ。

 しかも渡辺氏の理論によると、「仕事とは時間とお金のやり取りをしちゃダメ」??
 う~~ん、確かにワタミなる企業は“飲食業”であるが故に、創業者がそう言ってそれになびく人種が社員になりたいとワタミに集結するのであろうか??
 ところがこれが専門職となると事情が一変するのだ。 自分が提供する仕事能力とそれに対する報酬を計りにかけてこそ成り立つ経営者と労働者の契約締結なのである。 私に言わせてもらうと、その“天秤能力”無くして、イッパシの人間として経営者側と対等な立場で世を渡っていける訳がないのだ。

 <仕事は生き様であり仕事を通して生きがいとか成長がある> との渡辺氏の言及部分は私も理解可能として、その後の、<だからこそ365日24時間という気構えでやろう> との論理が、やはり原左都子には絶対的に理解不能だ。 馬鹿な事言ってくれるなよ。 人とは自分のプライベート時間を充実して紡げてこそ、仕事に我が命が吹き込めるというものだよ。
 加えて、<その時に大切なのは、みんなで助け合いながら一人ひとりの成長に寄り添っていく事>、との渡辺氏の“嘘臭い”言葉こそに、“一匹狼”タイプで生き抜いている原左都子は反吐が出そうな嫌悪感を抱かされ、何が何でも拒絶したい部分である。


 最後に私論でまとめよう。

 おそらく渡辺美樹氏創業のワタミがこの国でここまで発展した背景には、渡辺氏の上記企業哲学を信じ、それを尊重し実行してきた末端従業員達の熱い思いがあっての事だろう。
 それにしても、渡辺美樹氏は今回ワタミの役職をすべて退いて参院議員になられたとの事だが、今後如何なる人材にワタミの経営を任せたのであろうか?

 原左都子の私論としては、“経営者側等トップに立つ者こそが365日24時間働くべき”との渡辺氏のご持論には賛同する。
 今回参議院議員となられた渡辺美樹氏の今後の“365日24時間”の議員活躍に是非共期待申し上げると同時に、「ワタミ」を引き継いだ後継者トップ陣が末端労働者に優しい人格者であり、今後決して過労死社員を出さない事を一市民として切望したいものだ。

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名誉欲が科学探究の喜びを歪めるのか?

2013年08月01日 | 時事論評
 東京大学分子生物学研究所のグループがこれまでに発表してきた研究論文の内容に改ざんや捏造の疑いあることが発覚し、研究室教授がその撤回に応じるとの事件が発生したのは先週の事である。

 改ざん、捏造の疑いのある論文の総数がなんと、計43本!
 著名科学雑誌に発表してきたそれら一連の“不正研究”のために、20億円以上の公的研究費が投じられているらしい。
 しかも、改ざん論文には20名以上の研究者が関わっているとの事だ。 その中の誰か一人でも改ざん・捏造に反対し“インチキ論文発表”を食い止める人物が存在しなかったのか? 
 原左都子に言わせてもらうと、不可解感極まる事件である。

 研究室長である教授は「監督責任がある」として、既に昨年3月末に辞職。 今後、学内検証を経て不正が正式に認められた場合、文科省等の研究費配分元は研究費の打ち切り、そして不正に使用された研究費の一部または全額返還を求める検討に入るとの報道である。 (朝日新聞7月25日記事より引用)


 上記東大の不祥事をはじめとして、最近国内で多発している科学研究上の不正行為を受け、文科省系独立行政法人科学技術振興機構(JST)は研究基金配分先の研究者を対象に、不正防止の倫理研修を義務付ける決定を行ったとの報道だ。
 国内で多発する研究不正は国民の科学に対する信頼感を歪め、「経済成長戦略の妨げにもなりかねない」との危機感をJSTが抱いたようだ。


 ここで一旦原左都子の私論だが、度重なる科学研究上の不正行為は、JSTの危機感通り国内の科学発展を確実に阻害し、ひいては経済成長戦略の妨げになろう事は間違いない。

 それにしても、いい大人である科学者相手に今更“倫理教育”??? 
 確かに科学者達とは、(誤解を怖れずに言うと)“世間知らず”の“頭でっかち”タイプが多いのかもしれない。 原左都子自身の過去に於ける科学経験の道程に於いても、“その種”の科学者に数多く出会っているような記憶が無きにしもあらずだ。 (頭がいいのは認めるけど、この人と深く係わりたいとは思わないよな~~)みたいなーー。
 「倫理研修」ねえ~~。 その内容や講師次第でJSTが実施する「倫理研修」も効力を発揮するかもしれないが、原左都子の印象としてはどうも期待薄だ。
 どうせ“天下り団体”であろうJSTが主宰する「科学者倫理研修」も、結局はJSTと癒着組織との“我が身息災”研修を実施するのが関の山かと考察出来てしまうのが辛い……


 原左都子の私事に入らせていただこう。

 元々科学者の端くれ(あくまでも“端くれ”の域を出ていない事は承知しているが)人生を一時歩んだ私にとって、科学研究とは日々我が目を覚まさせてくれるがごとく実にエネルギッシュでエキサイティング!な存在だったものだ。

 そんな若き日の我が熱き“科学者魂”を「原左都子エッセイ集」“学問・研究”カテゴリーに於いて綴り公開しているため、ここで紹介させていただこう。
 以下は、2007年10月公開の 「self or not self」 よりその一部を引用。

 私は20歳代の頃、新卒で民間企業に就職し医学関係の仕事に従事していた。医学関係と言えども分野が広いが、私が携わったのは免疫学関連の分野である。
 医学(特に基礎医学)にも“ブーム”があるのだが、その頃(1970年代後半から80年代以降にかけて)免疫学は目覚ましい発展を遂げていた時期であった。 当時の日本における免疫学の第一人者といえば、東大医学部教授の多田富雄氏や阪大医学部教授の岸本忠三氏(お二方とも当時の所属)などがあげられる。その頃、私はこれら免疫学の研究分野において第一線でご活躍中の諸先生方の最新の研究成果を入手したく、(会社の出張費で)単身で全国を飛び回って諸先生方の“追っかけ”をするため、「免疫学会」や「臨床免疫学会」「アレルギー学会」等研究発表の場へ情報収集に足繁く出かけたものである。
 以下の文章は、1993年発行多田富雄著「免疫の意味論」(青土社) を大いに参考にさせていただく事をあらかじめお断りしておく。(多田富雄先生はその後脳内出血で倒れられた後も多方面でご活躍されておられたが、その後他界されるに至っている。)
 加えて、医学は日進月歩の世界である。私が以下に述べさせていただく内容は、あくまでも1970年代後半から1980年代の私の免疫学体験に基づいた知識の上での話の域を出ていないものと解釈願いたい。
 免疫学を語る上での第一のキーワードが表題に掲げた“self or not self"という概念である。日本語では「自己か非自己か」と訳されている。
 「免疫」と聞くと皆さんはきっと、外部から進入してきた細菌やウィルスなどの外敵から自分の体を守った上で、その情報を後々まで記憶しもう一度同じ外敵が体に進入してきた時に発病しないような仕組みであると認識されていらっしゃることと思う。その認識で十分「免疫」は説明できている。
 そこでもう少し踏み込んで考えることにしよう。 外部から進入してきた細菌やウィルスなどの外敵を、なぜ自分の体が“外敵”であると認識できるのであろうか。 そこで登場するのが“self or not self"概念なのだ。 すなわち外敵(病原体)が体内に侵入すると「免疫」のはたらきによって、その病原体が持っている成分を自分の体内成分ではないもの(異物“not self")として認識し、この成分をやっつける物質(抗体)を作り排除して自分(“self")を守るのである。 1970年頃までの免疫学においては、上記のごとく「免疫」とは“not self"に対するシステムとしてとらえられていた。すなわち、外敵を認識しやっつけるシステムとして捉えられていたのである。
 ところがその後の研究により、「免疫」とは“self"を認識するシステムであることがわかってきた。 すなわち「免疫」とは“not self"を排除するために存在するのではなく(もちろん結果的には排除するのだが)、“self"の全一性を保証するためのシステム、すなわち「自己」の「内部世界」を監視する調整系として捉えられる時代に入るのである。 ところがこの“self"と“not self"の境界も曖昧なのだ。 それでもそんなファジーな「自己」は一応連続した行動様式を維持し、「非自己」との間で入り組んだ相互関係を保っているのである。 (詳細は、上記の多田富雄著「免疫の意味論」をお読みいただきたい。)
 “self or not self" 、当時の私は自然界の一所産である人間の体内にもこれ程までに素晴らしい哲学があることに感動したものである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用)


 最後に原左都子の私論でまとめよう。

 真なる“科学者魂”とは、その分野にかかわらず科学を探究・追及する過程が実に面白いと思えるべく感動を享受する“ハート”こそを自己の内面に育成できている事ではなかろうか?
 私自身に関して言及させていただけるならば、その種の“ハート”はもちろん、少なくとも科学探究が可能な程度の学習能力もそれまでに培って来ていたと自負させて欲しいのだ。
 しかも幸いな事に私には若かりし頃より「名誉欲」も「金欲」もさほどなかった。 そんなものよりも、あくまでも“一匹狼”としてこの世を全うしたい原左都子にとって、もっとずっと大事な理念が我が内面に絶対的に存在している。
 それを一言で表現するならば 「自己完結力」 とでもお伝えできるのかもしれない…

 それにしても、東大分子細胞生物学研究グループの若手研究員が“不憫”でもある。 もしも若き彼らが、真に科学好き、かつ世間常識も兼ね備えているトップに研究室で出会えていたならば、若き研究者達も今後世界を背負って立つべく科学者としての生命を繋げただろうに……

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