原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

人は癌闘病の末、死に至る運命を背負う事もある…

2013年06月29日 | 健康・医療・介護
 昨日(6月28日)午前3時、我が義理姉が癌闘病の末に命を閉じた。
 享年 63歳 の若さだった。


 義理姉が突然入院したとの情報が身内に届いたのは、昨年末12月の事だ。
 この時点での我が痛切な思いを「原左都子エッセイ集」2012年12月バックナンバー 「『余命告知』という家族に課せられる重責」 と題する記事に於いて綴っているため、その一部を要約して今一度反復させていただこう。

 義理姉が突然入院したとの情報が身内に届いた。 
 身内曰く、「十二指腸潰瘍らしいが…」  私も過去に十二指腸潰瘍を患った経験があるが、それにしてもそれが理由で突如入院とは相当潰瘍が悪化しているのであろうか??
 その翌日、身内、義母及び義理姉の息子が病院へ出向き詳細を確認することと相成った。 その情報によると、姉が医院を受診した当初のきっかけは貧血症状だったようだ。 腹部の痛み等の症状は特段なかったとのことでもある。 医院にて諸検査の後、急きょ入院を指示され大病院にて諸検査と相成った。 それと平行して貧血の程度が重度のため即刻輸血が施されたとのこと。 さしあたっての各種検査の結果としては、貧血は消化器系からの下血によるもの、そして膵臓に腫瘍があるとのことでもある。 マイクロスコープによる胃腸検査の結果、特段胃腸に異常は見当たらないようだ…。 近いうちに膵臓の腫瘍を摘出する手術実施予定との事だ。
 その話を身内から聞かされた元医学関係者の私の脳裏には、一瞬にして暗雲が立ち込めた…。
 輸血が必要な程の大量下血!?! さしあたり胃腸の異常が見当たらないとの事は、その下血は膵臓の腫瘍に由来していると考えるべきだ。 だとすると、その腫瘍は既に相当悪化していると判断可能だ。 手術で摘出できるとよいが…  私の診断では義理姉は「膵臓癌」に間違いない。 
 その後まもなく、義理姉は手術を受けた。 手術の結果、義理姉は私の診断通り「膵臓癌」だったのだが、その悪化度合いが私の予想よりはるかに進行していた!  医師の説明によると、癌が大きく動脈を傷つけるため手術によっては摘出不能、今後抗癌剤投与で様子をみるとの事だ。(後に抗癌剤投与は義理姉の意思により拒否したのだが) 
 そして医師より付け加えられたのは、義理姉の「余命は長くて1年、短ければ3か月」…
 私が知る限りでは義理姉は早期に父母から生前贈与された財産をフル活用し、贅沢三昧の暮らしぶりのようだ。 常にブランド物で身を包み、社交ダンスを趣味として、海外旅行にも頻繁に出かけていた様子だ。 親しい友人達とランチにディナーの日々グルメ三昧だったとの話も義母より多少見聞している。
 そんな義理姉に親族は如何なる「余命告知」をするべきなのか??
 (以上、「原左都子エッセイ集」昨年12月バックナンバーより一部を要約引用)


 その直後、義理姉は2度目の手術を受けた。 それは膵臓癌が大き過ぎて十二指腸を圧迫し、食物がそこを通過不能なため十二指腸を切除するとの内容だったようだ。
 それと同時に、義理姉は自分自身で膵臓癌を察知して自ら医師に余命を問うたらしい。(その場面には残念ながら私は立ち会っていないのだが) その結果、義理姉は果敢にも自分の「余命」を受け入れ、余命期間はホスピスで過ごしたいとの自らの意思を表明した。 それと同時に「抗癌剤投与」も拒否したとのいきさつである。

 まもなくホスピスに移って後、義理姉はごく近しい親族を除き、(私も含めて)すべての人物との面会を拒絶した。 (その時点で既に義理姉は元の容貌をすっかり失い“痩せこけて”いたとの身内の談話だ。)
 その後の義理姉闘病情報は我が身内に頼らざるを得ないのだが、義理姉は自らの余命を知りつつも比較的冷静なホスピス生活を送ったようだ。
 
 そして今年5月に入り、義理姉は「死は自宅で迎えたい」との最後の意志表明をした。
 その意向に従い義理姉は5月中旬頃に自宅に戻った。 その時点でホスピスにおいて体中に繋がれていたチューブをすべて外し、自宅で「死」を待つ段階に入ったとのことだ。
 後は経口水分摂取のみで命を繋ぐ事と相成る。 当該時点での医師診断は「余命2,3日」……
 ところが義理姉は担当医師の“後2,3日持つかどうか…”の最終段階余命宣告に反発するかのごとく、経口水分摂取のみで命を繋げる日々が続くのだ!

 生命最終段階において類稀な生命力を発揮する義理姉に対し、我が身内が私に言った言葉に大いなる感銘を受けた。 「姉は自分が老後に住む家を現在建築中だ。(既に義理姉の息子に生前贈与済みだが)自分が建設施工依頼したその家の出来栄えを是非一見してから死にたい意向が強いようだ。」  義理姉建設住居は11月完成予定だが、それを是非共一見して欲しいと私も同感した。


 最後に原左都子の私論に入ろう。

 現在の医学に於いて治療不能な疾患は未だに数多く存在する事実は、元医学関係者である原左都子としては当然ながら想定内である。
 加えて、真面目に健康診断を受けている人を救えない現在の医療世界であることも重々承知している。

 義理姉は普段からまめに医院・病院へ通い、欠かさず健康診断を受けていた部類の人物である。 そうであるのに何故、末期の膵臓癌を健康診断過程において摘発不能だったのか!?!
 と怒ったところで虚しいばかりであることすら、元医学関係者として理解出来てしまえるところが実に辛い…… 
 現段階での医療の発展とは既に遺伝子分野(はたまた再生医療)へと移ろった。 それによりある程度の遺伝子診断が可能とは言え、それも確率診断の域を超えていないことは愚か、臨床場面ではまだまだほんの少しの病態に関してしか解明されていないのが実情だ。

 何故、義理姉は現在の医学において治療が未知数で死を運命付けられた「膵臓癌」になど罹患してしまったのだろう。 
 それは持って生まれた遺伝子要因が大きいのかとも考察しつつ、今後我が命を如何に繋げるべきかとの命題を突きつけられた思いでもある。


 明後日7月1日、膵臓癌に罹患したばかりに短命を余儀なくされた義理姉の葬儀が施される。
 既に葬儀会場に花を手向けた。
 粛々と、最後のお別れをしてこよう……

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東大は学生の自由と主体性こそを尊重せよ

2013年06月27日 | 教育・学校

 今回のエッセイは、「原左都子エッセイ集」に於いて前回公開した記事 「『東大秋入学』“当面見送り”措置発表は予想通り」 の続編の形ともなろうか。


 6月24日に記した上記のエッセイの結論部分のみを、今一度以下に要約して紹介させていただこう。
 東大は2011年より「秋入学」実施決断に関して国及び国民全体を巻き込み右往左往した挙句、今月中旬に当該制度導入を見送ったとのメディア報道である。 それによれば、東京大学は6~8月に学生が授業に縛られないようにして「海外留学」等を促す狙いで、2015年末までに4学期制を導入する方針を固めたとの事だ。 現在東大では7月まで授業があるため、6~8月に多い海外大学のサマープログラムに学生が参加しにくいと指摘していたが、この案によると当該期間に海外大学への留学がし易くなる。
 原左都子の私論だが、東大が目指す学生の「海外留学」のレベルの低さに驚かされる。その程度の短期留学ならこの私とて40年前に既に経験済みであるが、私に限らずこのレベルの留学ならば全国各地の数多くの大学生が経験済みであろう。  私はてっきり、有能・優秀な東大生達を本格的に海外大学へ何年間か留学させ、各学問分野で将来ノーベル賞受賞レベルの研究成果を上げる事を目的としていると理解していたのだが、とんだ拍子抜けの話だ。
 しかもこんな貧相な留学改革のために、これまた東大が「4学期制」などへ移行するとの結論のようだ。 東大学長浜田氏は少し腰を落ち着けて、身近に存在する現役学生や受験生達の混乱の程は元より、今後の学生達の真の成長の程を考慮しては如何なものか。
 (以上、「原左都子エッセイ集」前回の記事より結論部分を要約引用)


 冒頭より、上記結論部分に記載されている東大の一方針 「海外大学のサマープログラムへの東大生留学推進」 に関する原左都子の私論を述べさせていただこう。

 “天下”の東大が何故「サマープログラム」などとの海外大学が主催する“既製プログラム”に学生を“受身の形”で参加させたいのであろうか?

 私自身の40年前の留学経験から述べるが、そんな他力本願留学に参加したところで団体参加している日本人学生同士で仲良くなるのが関の山だ。 私の場合元々集団行動が苦手なため個人行動場面が多かったのだが、その時に知り合う現地の人々との会話こそが英語力の強化に繋がったと考察する。
 私事を続けると、集団行動が苦手な私はその後も海外へ出向く場合は(地域にもよるが)出来得る限り個人旅行を欲してきている。 要するに航空券と宿のみ予約するフリーツアーを予約するのだ。 これぞ旅の真骨頂と私は感じ、それを堪能しているし今後もそうしたいと欲している。
 今時は簡単にネット検索で、いくらでも自分が欲する個人旅行が選択可能な時代である。
 東大学長も何も海外大学の既製プログラムに学生を参加させる事になど固執せずとて、冒険心旺盛な東大生は既に個人旅行を自らの意思で企てて諸外国へ旅立っているものと私は想像するのだが。


 「原左都子エッセイ集」において前回のエッセイを公開した後に、朝日新聞6月21日“教育”ページに於いて、 「変われるか、東大」 なる記事を発見した。
 これによると東大学長はじめ幹部達は、大学内部でも大いなる意識改革欲をもって教育検討委員会を設け学内教育改革を目指しているとの事だ。

 4月頃の朝日新聞記事で、1,2年次の教養学部学生には全員強制で「英語論文」提出課題を課しているとの報道にも触れていた私だが、それ位の関門を通過させるのは至って当然との感覚も抱いていた。
 何分、“天下”の東大である。 社会に進出する最初の時点からあらゆる方面より(論拠不明に)東大生が優遇される立場にあるのならば、学生時代より厳しい学内学力指導により、世間から“さすがに東大生”と絶賛されるべく学問力をもって全学生を卒業させる使命を東大は担っているはずである。

 ところが、上記朝日新聞記事を見て愕然とした私だ。
 現在の東大生の実態とは、「個としての主体性を発揮しようとしない」「自分の関心より、高得点が望める授業の履修を優先させる傾向がある」「批判的思考、国際感覚に乏しく、英語力が低い」……

 しかもその原因を東大側が作り出しているとの、東大幹部の報告である。
 (東大学内詳細を私が述べたところで庶民には何の利益も無いため割愛するが)、要するに東大では、学生の学内進学に関しても卒業に関しても「点数制」が幅を利かせていたとの論理のようだ。 これを学内で実施するためには教える側の教授陣もそのシステムに従わねばならず、「学問・研究」如何よりも、学生に点数や単位を取得させるために躍起になっていたとの何とも“みすぼらしい”有様のようだ… 

 上記現状に危機感を持っている東大幹部は、「学生をしっかりと学ばせる仕組みの確立」「カリキュラムの柔軟化」「教員の教育力向上活動の推進」等、取り組むべき「アクションリスト」を改革案として盛り込んだらしい。


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 私が思うに、現役東大教授陣とて現在その中核はおそらく私よりも下の世代が担っていることであろう。
 もしかしたらバブル期の頃その世代が安穏と学問に励んだ流れで、就職もいとも簡単に東大教授陣として採用されてしまったが故に、今尚世間知らずの「頭でっかち」状態なのではあるまいか??

 片や現在入学在籍している学生達もバブル期世代に世を渡ってきた親に育てられ、「偏差値」こそが最大の武器と信じ込み、「点数主義」を貫いている東大システムに安穏と我が身をまかせているとも考察可能だ。


 そんな東大生に、今現在他力本願「海外サマープログラム」になど参加させたところで、日本人参加他大学学生と仲良しになることすら困難なのではあるまいか?  「点数主義」を貫いている東大カリキュラムの狭い世界にぞっこん浸かり、おそらく自分は小中高時代より「偏差値が高いんだぞ!」「お前ら庶民大学生とは別格なんだぞ」との歪んだ特権思想を増強させるのが関の山ではなかろうか? 

 いや、海外留学を東大幹部が東大生に煽る事自体は、学生の将来に向けて有意義な経験を積むきっかけとなろう。 
 その場合は表題のごとく心を鬼にして学生の自由と自主性を尊重し、出来得る限り「個人」での留学や旅行を奨励するべきだ。 
 東大生ともなれば、おそらく受験英語力は十分達成しているであろう。 少しばかりの期間海外に出るにはそれで必要十分と私は判断する。(原左都子とて海外旅行は受験時の英語力のみに一生頼り続けているのが現実だが、今に至って尚それで何とかなるものだ。)
 後は学生本人の人間性と持ち味、及びコミュニケーション能力次第である。 これこそを東大生にかかわらず若い世代には是非共学習して欲しい思いだ。

 活躍の場が国内国外の如何に係らず、“人との関係力”こそが学問力の一つの重要なパートと位置付けている原左都子の私論である。

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「東大秋入学」“当面見送り”措置発表は予想通り

2013年06月24日 | 時事論評
 “天下”の「東大」が、秋入学制度導入を声高らかに掲げたのは2011年の事である。

 国内著名大学を筆頭に小中高校を含む学校全般は元より、国政や経済産業界までをも巻き込み、日本社会全体のシステムをも追随させようとの“大騒ぎ”をしでかした記憶は、原左都子にとって鮮明だ。

  
 当時そのニュースをメディアを通じて一見した原左都子は、「東大」の身の程知らずの思い上がり“非常識”ぶりに辟易とさせられ、早速当エッセイ集を通してすぐさま反論を展開した。

 2012年1月「原左都子エッセイ集」バックナンバー 「『秋入学』が本当にグローバルなのか??」 と題するエッセイに於いて私論を展開しているため、その一部を以下に反復させていただこう。

 学校の「9月新年度制」への移行に関しては、何もこんな時に突然東大が言い出さずとて、ずっと以前より教育界に存在していた議論である。 その趣旨とは、欧米諸国の学校と足並みを揃えようとの意図であったと原左都子は認識している。 
 早ければ5年後にすべての学部を「秋入学」制へ移行したい東大の趣旨とは、海外からの東大への留学生、及び東大生の海外への留学に対応するのが第一義との報道である。 東大の言い分を以下に紹介すると、日本の大学生の海外への留学は近年減る傾向にあるが、東大が卒業生に取ったアンケートでは3人に1人が海外留学を希望しているにもかかわらず、実際に留学した学生は1割未満。 それは就活や留年の心配が大きかった故であるため「秋入学」によりこれを解消して留学を増やし国際感覚を育みたい、との事のようだ。 はたまた、東大の世界レベルでの大学ランキングが低い事も今回の秋入学制度提唱の大きな理由らしい。
 原左都子の私論だが、そんな低レベルの見栄、体裁理由で日本の“一大学”に過ぎない東大が突然提唱した「9月新年度制」との大幅な社会システムの移行に、何故国家を上げさせてまで多くの国民を巻き込まねばならないのか。  東大さん、現在東京大学の世界ランキングが低いのは貴方達の“自己責任範疇の問題”に過ぎないでしょ? 今後もう少し東大内でこそ学力アップの自助努力をしてみてはどうなのよ??
 少し私事を語ると、原左都子が1990年前後の頃に進学した公立大学・大学院にもアジア地域からの留学生が数多く存在した。 おそらく政府の国際交流の目的意図が強いと解釈していた私だが、とにかく日本人の学生数が少ない我が大学院に於いて、それよりも多いと思しきアジア諸国の留学生がキャンパスに多数存在していたものだ。 ところが当時より一部の日本人学生達の水面下で囁かれていた事実がある。 「彼ら留学生は日本語のみは流暢だが学問レベルの程がどうも疑わしい。 単に国際親善目的で政府及び大学が留学生として特待しているだけの存在ならば、大学研究室現場でそれに付き合わされる教官も迷惑だろうし、我々の学問にも影響を及ぼすよね……」
 片や、東大から諸外国へ留学したい意思ある学生の中には、もちろん本気で世界最高レベルの科学や学問を志し今後世界の最先端を目指している学生も一部存在することであろう。 それには送り出す側も迎える側も是非共学問力を持って答えるべきだ。  それが東大に限った話ではないのは当然の事でもある。
 ただ今回の東大からの提案である「秋入学」は、やはりその真価を世間に問う時期を誤ったものと原左都子は判断せざるを得ない。 たかが短期間、ちょっとばかし英語が出来る東大生を外国に送り込んだとて、何の能力の育成が可能と言うのだろう?? 大学の配慮の如何に先行して、自身に確固たる実力がある若者は自らのパワーで諸外国に羽ばたいている現状と私は捉えているのだが。
 参考ではあるが、諸外国の企業はいつ何時でも有能な職員を採用しているようで、日本のような「4月新卒者一斉採用」という“一種特異的慣習”など無いという話だ。 このような本来の“実力主義”が日本で模倣できてこそ、東大も含めた日本の学校もやっと 「9月新年度制」 に真に移行できると私は結論付ける。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2012年1月バックナンバーより引用)


 上記東大の“大騒ぎ”より半年程経過した頃、「東大秋入学」提唱者である学長浜田氏は、一旦自らのお騒がせに関して“及び腰”と相成った。
 その時点に於ける原左都子の見解を、2012年7月バックナンバー 「大学『秋入学』今更及び腰の腰砕け」 と題して東大学長批判私論を綴っているため、以下にその一部を紹介しよう。
 「秋入学」言いだしっぺの東大内ですら学内にも異論があり意見をまとめ切れていないらしい。 旧帝大や慶応等全国11大学に協議を呼びかけ全面移行への課題を検討するべく協議会は、発足後1回しか開催されておらず議論はまったく進んでいない…  東大からお声が掛かった11大学のスタンスもまちまち、京都大学は「検討していない」としているとの報道だ。
 私論だが、これがもしも民間企業のプロジェクト事業であったならば、事業提案・主導者の浜田氏は即「左遷」、最悪の場合「首」となること間違いない。 「一大プロジェクト」の発足発表により世間を大いに巻き込み騒がせておきながら、現在までプロジェクト会議をたったの1度しか開催していない現状…  事業提案・主導者こそが強い意思と綿密な計画性をもって本気で動かない限り、一大プロジェクトの成就など見込めないのが世の現実であろう。
 片や一般社会に目をやると、今回の東大よりの「秋入学」提案により一番の迷惑を被っているのは、その全面移行の過渡期に大学を受験する生徒達であろう。 「秋入学」が実行されるとなると、その移行準備まで背負って立たされる受験生及び保護者の苦悩・負担とは如何なものか。 今後東大総長氏がどうしても「秋入学」制移行を目指したい意向であるならば、その制度樹立のためには政界、経済界、教育界等日本国中のシステムすべてを巻き込まねばならないことを再度重々視野に入れつつ、綿密な計画性と事前調査・準備の下に制度導入を図り直すべきである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2012年7月バックナンバーより引用)


 そうこう右往左往した結果、何と今年(2013年)6月中旬に、東大は「秋入学」制度導入を見送ったとのメディア報道だ。

 朝日新聞6月16日一面記事より、その詳細報道の一部を以下に要約して紹介しよう。
 東京大学は、2015年度末までに4学期制を導入する方針を固めた。 6~8月に学生が授業に縛られないようにして「海外留学」等を促す狙い。 東大では現在7月まで授業があるため、6~8月に多い海外大学のサマープログラムに参加しにくいと指摘されていたが、この案によると当該期間に海外大学への留学がし易くなる。

 ん????    ちょっと待ってよ。
 東大が狙っていた学生の「海外留学」って、そのレベルだったの!?! 

 それならばこの原左都子とて今から40年程前の過去に於いて経験しているよ、米国カリフォルニア大学バークレー本校への「夏季エクステンション留学」を。  たかが1~3ヶ月間程度の海外大学サマープログラムに参加することなど、その後も国内数多くの学生が既に経験済みであろう。
 東大が打ち立てた「秋入学」とはそんなチンケな趣旨ではなく、優秀な学生達を本格的に海外大学へ何年間か留学させ、各学問分野で将来ノーベル賞受賞レベルの研究成果を上げる事と私は理解していたのだが……???

 ところがこんな貧相な留学改革のために、これまた東大が「4学期制」などへ移行するとの結論のようだ。
 東大とは縁のない原左都子にとって今後共に東大が如何なる改革を実行しても一切の弊害は直接ないのだが、現役東大生及び今後東大入学を志している受験生にとっては迷惑この上ない話なのではなかろうか?

 東大学長浜田氏は少し腰を落ち着けて、身近に存在する現役学生や受験生達の混乱の程は元より、今後の学生達の真の成長の程を考慮しては如何なものか。

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息子いないからなあ…

2013年06月21日 | 人間関係
 「息子に片思い?」  「息子に失恋??」  

 母親が実の息子に対してこの手の感情を抱くのだという。 

 原左都子にとってはピンと来ない話題だ。 なんせ残念ながら、私には息子いないからなあ……


 朝日新聞5月23日付生活面特集 「息子に『失恋』 母の傷心」 なる記事に全国から共感、否定の反響が数多く届いたとのことだ。
 上記特集には私も少し目を通した。 ただ、成長して親元から離れていく息子に対して一部の母親が抱く、揺れ動く心のひだ程度の一時の勘違い感情であろうと軽く受け止め、深入りしなかった。

 そうしたところ、6月12日の生活欄において当該記事に反響が続々届いているとの事で、再び「『息子に失恋』あなたは?」なる特集が公開された。
 これは母親の一時の勘違い感情ではなく、実の息子に対する深刻な恋愛問題なのか?? と思い直して特集を読んでみた。 以下に記事の一部を要約して紹介しよう。
 
 まずは共感派の反響から。
 息子の親離れを「失恋」のように感じる自分は普通じゃない… との記者氏の体験に対し、44歳の母親も同様の体験を語っている。 小さい頃には息子が発する「僕はずーっとママが好きだよ」等々数々の甘い言葉に酔いしれたのに、中学生になると態度が冷たくなり部屋にこもって泣いた。 夕飯後自室に直行する息子に、毎日が「失恋気分」。
 58歳の母親は、息子大学生の頃自分の「思い」を伝えたそうだ。「お母さんはあなたのことが好きなの。好きで好きでたまらないの!」息子の顔から血の気が引き、しばらく目を背けられる日が続く。 
 53歳の母親は、スリムでマッチョの大学生息子への「片思い」を楽しんでいるらしい。 料理に対する息子の「うまっ!」には踊り出したくなるほど。 
 息子に対する長い「失恋」を乗り越えたのは58歳の母親。 つらい時期は息子15歳の頃から10年も続いた。 その間息子が自室にこもり口をきかなくなったが、最近結婚し家族をもって息子の顔に笑顔が戻った。今では息子の妻に感謝。

 一方、否定派の反響は…。
 娘と息子がいる49歳母親は、「いくら素敵な男性でもお母様が「息子に失恋(片思い)」と思うような方とは、娘に付き合って欲しくない。結婚後もいろいろ干渉されそう…。」
 2歳年下の弟がいる47歳女性の場合、母親の関心が常に弟に向いていたらしい。 高校生の頃、その母親から「息子は特別、異性なのよ~」と言われ、母親の女の部分を見てショックを受けたと言う。息子溺愛もいいが、娘がいる場合はご注意を、との忠告だ。
  
 専門家であられる心理カウンセラー氏のご意見は…。
 幼少期より自立心に富み自己主張が強い男の子の場合、母親は『小さな恋人』のように思いにくい。 聞き分けがよく、親の意向にぴったりはまるような『いい子』に対し、母親は親密度が高まるのではないか。
 (以上、朝日新聞6月12日生活面特集より一部を要約引用。)


 原左都子の私論に入りたいところだが、やはり私には息子がいないため何とも実感が湧かない今回のエッセイテーマである。

 ただ私には高校教員経験があるため、もしかしたら(あくまでも“もしかしたら”の範疇だが)上記母親達が実の息子に対して抱いた感情と類似する思いを、男子生徒に対して感じた経験はあるかもしれない。
 ここで顰蹙は承知の上で、教員当時の我が男子生徒に対する感情の一例をほんの少しだけ記述させていただこう。
 高校生ともなると私よりずっと高身長の体格が立派な男子も多いし、当時30代後半の私にとっても一見したところ(あくまでも生態的単純思考範囲内の話だが)「恋愛対象」となるべく男子がより取り見取りで存在した。  
 そんな中、私の好みは一般女子高生が好む男子(いわゆるモテ男子)とは大いに異なっていた。 それはおそらく既にある程度人生経験を積んでいた我が“母性本能”に由来していると推測するのだが、授業を受け持っているクラス内であまり目立たないタイプの“可愛い系”かつ“寡黙系”男子の存在が大いに気になったものだ。
 いえいえ、彼らには絶対手出しなどしませんよ。 えこ贔屓も絶対にしませんでした。それは事実だ。(何故ならば、当時独身の私には年齢相応の彼氏が途絶える事など皆無だったもので……) それでも、我が好みの男子(あちこちの教室に複数存在した)が所属するクラスへ授業に出向きその姿を見るのは、教員として一時の心のオアシスだったものだ。(やっぱり顰蹙話題かなあ…

 おそらく、母親が実の息子に抱く「恋愛感情」と、私が教員経験時代に抱いた一部の好み男子生徒への感情とはまったく異質のものと考察する。
 母親の場合、実の息子との共同生活期間が長年に及んでいる。 子どもである息子の生育歴や人格をすべて知り抜いた上での「恋愛感情」なのであろう。
 だからこそ、やはり息子を持った経験のない私には分析しにくいテーマである。


 それを承知の上で、娘を持つ母親としての私論を最後に述べよう。

 上記専門家心理カウンセラー氏のご意見の信憑性の程が多少気になる原左都子だ。
 氏は、「幼少期より自立心に富み自己主張が強い男の子の場合、母親は『小さな恋人』のように思いにくい。 聞き分けがよく親の意向にぴったりはまるような『いい子』に対し、母親は親密度が高まるのではないか。」と結論付けられている。
 男児を含めて子ども達とはそれ程“ステレオタイプ”に育つ存在であろうか??

 原左都子はそうではないと結論付けたい。
 誤解を怖れず結論を述べると、実の息子に対して“本気で”「恋愛感情」を抱いてしまう母親とは、先天的にその素質(早い話が異常なまでの「男好き」資質)を持って生まれて来ているのではなかろうか?  
 息子が持って生まれた資質や親の育て方の如何にかかわらず、その種のDNAを生来持っている母親こそが、息子への「恋愛感情」を抱いてしまうのかとも推測する。

 ただ上記朝日新聞特集に寄せられた反響の場合、一見「恋愛感情」と錯覚した母親達の息子に対する愛情に何らの偏りや歪みはなく、すべてが実の息子に対する親としての「常識」範囲内での愛情表現であると私は結論付ける。

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客室乗務員こそ“私服”でいいんじゃないの?

2013年06月19日 | 時事論評
 最近、我が家の近くに位置する大手スーパーマーケット女子従業員が私服勤務となったようだ。

 それまでは巷のスーパー女子店員によくあるごとく、地味系色合いのベストとタイトスカートのスーツ、そしてやはり地味系薄色のブラウスにローヒールサンダルのいでたちだった。
 そもそも昼間スーパーの店員をしている女性達とは、そのほとんどが主婦のパートであろう。 (大変失礼ながら)“美しい”などとの言葉とは程遠いその女性達の外見スタイルこそが巷のスーパーマーケットの象徴とも言え、一般市民が食料品や生活必需品を買い求める中核的機能を果たす大規模店舗にして必要十分の制服とも表現できよう。

 ところがある日スーパーを訪れたところ、衣料・寝具雑貨売り場フロアーの女子店員の皆さんが制服を着用していない。
 よく観察すると、顧客に交じって首から名札をぶら下げている私服女性が店員氏達と認識した。 私服とは言えどもまさか絢爛豪華に着飾っている訳ではなく、皆さん、ジーパンにTシャツそしてスニーカー姿だ。  その動きを見ていると明らかに顧客とは異質だ。 軽装私服スタイルで快活に売り場内を移動しつつ、今までよりもずっと活気付いて勤務しているような印象を私は受けた。

 その後も度々スーパーを訪れるのだが、やはり私服女子店員の皆さんの働く姿が快活なのだ。  おそらく上記地味系スーツ姿よりも、軽装私服の方が実際格段に動き易いのであろう。
 そして(これは私の推測だが)、店舗側としてもスーパーで販売している普段着を店員氏達に(従業員特典安価で)購入してもらえるメリットもあろう。 今まで必要経費だった制服代金及びそのクリーニング代金も発生せず、経営者側にとっては一石二鳥の経費節減対策ではなかろうか?


 ここで一旦、原左都子の私事に入ろう。

 私は元々「集団・組織嫌い」体質であるのに加え、思春期頃より今に至るまでファッションにはこだわり抜いている人種でもあるため、基本的に“制服嫌い”だ。
 「原左都子エッセイ集」2013年3月バックナンバー 「セーラー服を脱ぎ捨てよう!」 に於いてもその辺の我が思いを綴り公開しているため、今一度エッセイ内容の一部を以下に反復させていただこう。
  中学校卒業以降「制服」を嫌い続けている我が人生だ。
  ただ、どうなんだろう??  先だって発表された今年の大学生就職率が80%少しに留まっている現在、「制服」がある企業への就職が叶いそれを着用することだけでも若年層にとってとりあえず“ハッピー”なのだろうか??  若者世代には少し発想を変えて欲しい思いだ。 「セーラー服(制服)などとっとと脱ぎ捨てて」本気でこの世に飛び立たねば、自分が真に欲する仕事になど巡り会えないのではなかろうか??  先進国の企業組織において「制服」を強制している国とは、(特殊作業を行う職種を除外すると)この日本だけではあるまいか?  「制服」が自分のプライドを保ってくれる時代など当の昔に過ぎ去っている。 それを重々認識し、若き世代には自分の意思と能力で自由に社会へ飛び立って欲しいものだ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用)


 話題を表題に移すが、私が子どもの頃に一般女子があこがれるナンバー1の職種とは「スチュワーデス」だったものだ。
 それ程に当時の航空機客室乗務員とは、一見(あくまでも“一見”に過ぎないのが辛いところだが)、“美しさ”と“聡明さ”の象徴だったような記憶がある。  そんな庶民女子の憧れを一番煽ったのが、まさに航空機会社が採用している「制服」だったのではなかろうか??

 朝日新聞6月15日夕刊一面に、客室乗務員の制服に関する記事があった。
 「空飛ぶ制服 機能美モード」と題するその記事を以下に要約して紹介しよう。
 日本の空を飛ぶ客室乗務員の制服がJAL・ANA共に一新される。 そのスタイルは働く女性達の姿を映しながら時代に合わせて変化を遂げてきた。 機能性とファッション性を追究しつつ、クリーニング代を抑えたりエプロンを無くしたりするコスト削減も狙う趣旨だ。 JAL10代目新制服のコンセプトは「親しみやすさ」「動き易さ」そして、「経費節減」である。 片やエールフランスは有名デザイナー氏の制服を採用する等、常に最新モードを取り入れて来ている。 当該航空会社の制服採用において今も昔も変化がないのはエプロンがない事。「客室乗務員はお客様を招いてもてなす主人。だからエプロンはしない」これこそがエールフランスのモットーである。
 (以上、朝日新聞記事より一部を引用)

 一旦原左都子の私論に入るが、確かに日本の航空会社がずっと採用し続けてきた女性客室乗務員の「エプロン」の解釈が分かりにくい。
 現在少なくない男性客室乗務員が「エプロン」をしている場面を見たためしもない。
わずか1時間程の国内線においてたかが1杯の飲み物を出す時にも、女性乗務員は「エプロン」姿で登場する。 顧客の一体誰が、女性乗務員に「エプロン姿」に変身する事を望んでいるのか??  それを問い続けている我がエアフライト人生とも言える。
 このエプロン姿、天邪鬼の私に表現させてもらうと「卑猥感」すら漂うのだ… 結局、誰がエプロン姿を女性乗務員に課し続けたのかと言えば、航空会社で女性乗務員を採用している男性親分どもではないのか??
 それは冗談であることに期待して、JALの10代目制服採用により一体何が変化するのかと言えば、会社側のコスト削減効果しか望めないような気もする。


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 国内、海外と航空機を利用して旅に出る機会が多い私である。
 そんな私が近年経験した航空会社の女子乗務員の制服の中で一番絶賛したいのは「大韓航空」である。 当該会社国際線の場合、制服に先立ってまず、女性乗務員が例外なく美人であるのに加えて170cm以上のスリム高身長なのだ! (単に我が趣味に過ぎないが)これ自体が素晴らしい。 ここまで女性乗務員の美的要因を揃えられてこそ成り立つ「制服美」であろう。

 他の航空会社は、そもそもここまでの「美女」を揃えられていない現実だ。 現在世界各国の航空会社はコスト削減観点から“契約社員”に依存している現状であろう。 そんな多様な客室乗務員に「制服」着用を強制したところで、顧客の印象は「でこぼこ・ちぐはぐ集団」でしかあり得ない。

 ここは発想を大幅に転換し、思い切って客室乗務員の制服を全廃して私服勤務にしてはどうか?
 胸や首から「名札」でも吊り下げていれば、顧客とて乗務員と判断可能だ。 しかもスニーカーでも履いてくれた方が、有事危機の際に救助態勢も取り易いのかとのメリットも思い浮かぶのだが……

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テンションが低くて何が悪い?!?

2013年06月17日 | その他オピニオン
 今回の話題は、平日昼間放送されている NHK総合テレビ番組 「連続クイズホールドオン」 をご覧になっていない方には、特に前半部分が分かりにくい内容であることを最初にお詫びしておく。


 実は原左都子は、そのNHK「連続クイズホールドオン」を本日(6月17日)時点で7連勝中のチャンピオン 鈴木由佳里さんのファンなのだ。  挑戦者として出場された第1回目より一ファンとして勝手に応援させていただいている。

 鈴木由佳里さんの何がいい、って、この方、素晴らしいまでに“テンションが低い”のである。

 そもそもこの番組、NHK近年の番組作り傾向の例外ではなく民放バラエティ番組模倣で“やかましく鬱陶しい”。 
 クイズ番組好きの私だが、クイズに特化してもっと落ち着いた雰囲気で淡々と放送できないものかとその煩さに嫌気がさしつつ、それでもクイズに回答したいがために我慢して見ている。 特に番組前半の挑戦者紹介場面が鬱陶しい。 出演者本人のみならず会場に来ている家族にまでインタビューするのだが、真にクイズ好きな人種としてはそんなものどうでもよく出来れば割愛して欲しい思いだ。
 (個人情報保護法上も如何かと懸念するのだが、その辺をNHKはどのように捉えているのだろうか?  実はこの原左都子も「ホールドオン」出場を狙った時期があるのだが、個人情報をあれ程までに露出する訳にはいかないと判断し、オーディション参加を断念している。)

 そんな中、鈴木由佳里さんは初回挑戦者として登場時点よりテンションが低かった。
 ハンドメイドがご趣味とのことで、2人の女の子のお母上としてお嬢さん達の洋服をいつも手作りされているようだ。 そのお嬢さん2人も一度画面に登場したのだが、お母さんソックリの風貌で私の目には何とも愛らしかった。
 司会者よりの問いかけにもテンション低く応えているうち、4名の出場者中鈴木さんが最高得点を上げてその日のチャンピオン挑戦者と相成った。  それまでのチャンピオン男性も“ストレート勝負”連発で既に6連勝となかなかの強豪との印象だったのに、鈴木さんはこの男性を難なく打ち破った。
 (参考のため、何でこいつがチャンピオンを勝ち取れたの?とのウンザリ印象の出場者も数多い等々、そもそもさほどレベルが高くないクイズ番組である。 4肢選択回答により出場者個々のクイズ回答能力の程が読める番組でもある。 特にチャンピオンたる者は原則として“ストレート”回答で直球勝負するべきだし、そうでないと番組がちっとも面白くないとの印象もある。)

 鈴木さんに話を戻すと、持ち前の“テンションが低い”キャラにして、結構ストレート勝負をかけてくるのだ。  これも私が鈴木さんを贔屓する大きな理由である。 しかも鈴木さんの場合、4肢選択の回答も的を射ている。 要するに「クイズ実力派」と私はみる! 
 本日の司会者山口智充氏からの「クイズは得意ですか?」との問いかけに、「クイズ番組は好きですが、出場したのは今回が初めてですので得意かどうかは分かりません…」とこれまたテンション低くショボショボと応えた姿に、更なる好感を抱いた私だ。

 鈴木由佳里さんの一ファンとして今後共応援していますから、どうか連勝を続けられますように!!


 さてさて、今回の我がエッセイテーマである「テンションが低くて何が悪い?!」の本題に入ろう。

 上記テレビ番組「連続クイズホールドオン」に関して今一度分析してみよう。
 この番組はクイズ番組との形態を採ってはいるが、そもそもそのコンセプトとは庶民の誰もが親しめるバラエティ色を濃厚に打ち出している番組である事には間違いない。 故に司会者として山口智充氏を採用しているとも考えられる。
 そのコンセプトに従うと出場者は出場が叶ったからには“テンション高く”振舞うべき、との命題を背負わされる事態となろう。 それが証拠に、冒頭から「出場者の皆さん、今日もお元気です!!」などとのアナウンサー氏の決まり文句で日々番組が始まる。 
 たかが一テレビ番組が出場者に“テンションの高さ”を期待しているとして、その事自体に一般視聴者からクレームを付けられるはずもなかろう。 ところがこの番組は一般視聴者からのエントリーにより成り立っている事を、NHKは勘案するべきではなかろうか。
 
 そんな中、上記鈴木由佳里さんのごとく“テンションが低い”キャラの出場者がチャンピオンを続けている事を、現在NHKは如何に解釈しているのであろうか?
 もしも番組の趣旨に反して“テンションが低い”鈴木さんを切り落とす目的で、今後無理難題を鈴木さんに出題したならば私は断固として抗議するつもりだ。

 と言うのも、過去に於いてそういう前例が幾度かあったと私は観察しているのだ。 連勝し続けているチャンピオンを切り落とすがごとく、いつものクイズと比較してどう考慮しても無理難題を吹きかけている設問に出会う事を度々経験している。 
 事実上公共放送であるNHKの思惑は理解できるものの、たかが昼間の番組と言えども視聴者の好みとはおそらくNHKの思惑よりもずっと幅が広く個性に満ち溢れている現実を、今一度視野に入れるべきではなかろうか。


 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 メディアではない現実世界に思いを馳せても、現在の社会とは「テンションの高さ」を求め過ぎている歪んだ思想に出くわす機会が数多い。

 「テンションの高さ」  イコール  「社会の上位ゲット」
 なるくだらないスタンスの下に、現在も都議会選挙の選挙カーが我が住居の周囲にも煩くも鬱陶しく繰り出している始末だ。

 これとて、テンション高く大騒ぎすればなびく庶民がいるとの論理で世を騒がせているだけの話だ。
 選挙カーが大音量で撒き散らす騒音とは、「庶民連中とはどうせ馬鹿どもばかりだから、拡声器を使用して大声で何かを言っている政治家に票を入れるだろうしね~。 なんせ庶民から票をもらわない事には当選出来ないし、我々も大変なのよ~~。 分かっているの!あんた達???」 
 原左都子の耳には、残念ながらそうとしか聞こえて来ないのだが……

 社会に生きる庶民の皆さん、 「クイズホールドオン」6連勝中の“テンションの低い”鈴木由佳里さんをお手本にして、少しテンションを下げようではありませんか。

 真の実力を育めてこそ、この世を勝ち抜ける事を今一度見つめ直すためにも。

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トルコ反政府デモの行方を暖かく見守りたい

2013年06月13日 | 時事論評
 アジア、ヨーロッパ、そして中近東と接し、イスラム国でありながら独特の文化を醸し出している国 トルコ で反政府デモが勃発したとのニュースを見聞したのは、先週の事である。

 折りしも、ちょうど知人より9月下旬出発のトルコ・イスタンブールへの旅行に誘われた直後の事だった。
 昼間テレビニュースを見聞していると、まさにそのイスタンブールでのデモ影像が映し出された。 
 「えーー! 9月にイスタンブールへ行く予定なのに!」などとついつい大声を上げてしまった私に身内が応えて曰く、
 「初めて聞いたけど、そんな予定があるの?」

 バレてしまえば仕方がない。
 開き直って事の成り行きを話すと、身内曰く「トルコは観光名所も多いし食べ物も美味しいから行って楽しんでくればいいが、このデモいつまで続くだろうかねえ?」  応えて私曰く、「トルコとて2020年五輪開催に向けてその誘致に精力的であろうから、国民が一致団結するべく短期間でデモは決着するんじゃないかな?」  身内返して「それは考えが甘い。 今回のトルコのデモは、イスラム色の強いエルドアン政権に対する反政府デモとの色彩が強い故に、国民の間には多大な反発がある。 事はそう容易ではない。」


 ここで話を変え原左都子の私論に移るが、私は2020年東京五輪開催反対派である。

 そもそも東京都前知事である石原慎太郎氏が“自己顕示欲の塊”のような人物であったばかりに、東京での五輪開催誘致話が持ち上がったと私は捉えている。 2011年3月に東日本大震災との世界の歴史上類を見ない大規模災害が発生した直後にも、まだ性懲りも無く五輪開催を声高に叫ぶ石原氏には辟易とさせられるばかりだった。
 そんなに東京都の財政が潤っているのならば、その剰余財源を今こそ大震災復興費に当てるべきである。 あるいは都税の見直しを行い、都民の生活こそを補償するべきだ。 であるはずなのに前石原知事はその後も相変わらず我が物顔に振る舞い、都剰余金を“五輪ビジネス”に注ぎ込み、更に剰余金を増やそうとの(私に言わせてもらうと)ギャンブルとも言える“自己野心追究”に走った。 
 都知事が猪瀬氏に代わっても、前石原知事の意向を受け継いでこそ当選が叶った猪瀬氏がこの意向を受け継がないはずもない。 何ともまあ、「イスラム教圏は喧嘩ばかりしている」との信じ難いコメントが世界中でバッシングされた事件は皆さんも記憶に新しい事であろう。

 さすがに世界中からのバッシングで相当痛い思いをしたのか、その後五輪誘致に関して口を閉ざし続けている猪瀬知事である。
 原左都子としては、誰が考察しても浅はかな発言を深い思慮もなく世界に向けて発信した愚かな猪瀬都知事の東京五輪誘致こそを、何が何でも阻止したい思いが増強させられたのだ。

 2020年五輪誘致の最大のライバル都市であるトルコ・イスタンブールで反政府デモが勃発した事に関して、おそらく東京都猪瀬知事は心底“たなぼた”感覚で内心“ヒッヒッ”とほくそ笑んでいる事だろう。

 原左都子としてはこれこそが許し難い。 だからこそ、トルコ・イスタンブールで2020年にはイスラム教国に於いて初の五輪を開催して欲しいのだ!
 既に五輪を3度も開催している我が国が五輪誘致に向けて動く事自体を自粛するべきだ。 今後どうしても我が国で五輪を開催したい場合は、原爆被害県である広島・長崎、あるいは東日本大震災により壊滅的被害を受けた東北地方での開催を、日本国家を挙げて支援する事に期待したい。 


 さてさて、話をトルコ反政府デモに戻そう。

 ウィキペディア情報によると、トルコは1923年にアンカラ政権が共和制を宣言。 翌1934年にオスマン王家のカリフをイスタンブールから追放して、西洋化による近代化を目指すイスラム世界初の世俗主義国家トルコ共和国を建国した、との事だ。
 第二次世界大戦後、ソ連に南接するトルコは反共の防波堤として西側世界に迎えられ、NATO、OECDに加盟。トルコはイスラムの復活を望む人々などの国内の反体制的な勢力を強権的に政治から排除しつつ、西洋化を邁進してきた。 1982年に定められた現行のトルコ憲法では、世俗主義が標榜され三権はほとんど完全に分立している。 ところが西欧化を押し進めてきたトルコでは、政治や経済の混乱に対してしばしば軍によるクーデターが起こった。 
 その後、2010年には、与党が提起した憲法改定案の是非を問う国民投票が実施された。憲法改定案は民主主義を求める国民の声や欧州連合(EU)加盟の条件整備などを踏まえ、司法や軍の政治介入を押さえ、国会や大統領の権限を強めることなどを提起している。国民投票の結果、憲法改正案は58% の支持で承認された。 エルドアン首相は民主主義の勝利だと宣言。欧米諸国もこの改憲国民投票結果を歓迎している。欧州連合(EU) の執行機関欧州委員会は、トルコのEU加盟に向けての一歩だと讃えた。
 (以上、トルコに関するウィキペディア情報の一部を引用)


 ところが上記のごとく、そのエルドアン首相の政治体質に於ける「イスラム色」がここにきて強くなってきたとのことだ。
 5月下旬には、与党が国会に提出した酒類の販売規制強化の法案が可決されたばかりで世俗派の不満が高まっていた、との報道もある。


 原左都子の私事に移るが、私がペンネーム「原左都子」名で登録しているFACEBOOKにも何故かトルコの若き男性達から友達申請を頂戴している。
 一体如何なるルートで「原左都子」を探し当てたのかに関しては不明のままだし、彼らに英語で通信しようと試みても「トルコ語でお願いしたい」との手短な英文返答のため、言語による通信は不能状態だ。 それでも、FACEBOOK 画面で公開されている彼らの画像を拝見すると実にカッコイイ若者達であるし、実生活をエンジョイされている風景が垣間見れて興味深くもある。
 彼らが住んでいる地はトルコでも東部に位置しているようで、おそらく私が9月にイスタンブールを訪問する事になっても実際に面会できる機会などないであろう。 それでも私はFACEBOOKとの媒体を通じて、一時トルコに住む彼らに見果てぬ地の興味を煽られたことには間違いない。


 最後に私論に入ろう。

 現在トルコに於いて反政府デモに参加している若手民衆達の思想とは、過去にトルコ政権が築き上げてきた西洋化政策(すなわち民主化政策)を、現エルドアン首相がイスラム教主義に後戻りさせようと目論んでいる事態に、断固として闘っている闘争と理解した。

 当初私としては、2020年東京五輪開催誘致を阻止したい思想と、9月にはイスタンブールを訪れたい希望等々、恥ずかしいまでの我が身息災視線でトルコ反政府デモが短期間で終結する事をメディアを通して観察して来た。
 
 ところが、我が思いは大幅に変化した。
 そんな一外国人の身勝手な思惑よりも、トルコ市民達よ、未来に渡る民主生活をエルドアン政権より是非共勝ち取って欲しい思いだ! 

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「プリンセス雅子さま」論

2013年06月10日 | 時事論評
 一般庶民が皇室に関する身勝手な論評を公開する事など、この上ない「タブー」と心得つつ、今回は勇気を持って現在皇太子妃である雅子さまに関する私論エッセイを展開させていただこう。


 実は私は雅子さまが皇太子とご結婚される以前より、雅子さま(当時は未だ“小和田雅子さん”でおられたが)に少なからぬ興味を抱いていた。

 何分、一女性にして類稀な経歴をお持ちのスーパーレディであられる方だ。 そのご経歴の一部を以下にウィキペディアより引用しよう。
 1963年に外務省職員小和田氏ご夫妻の長女として東京都で誕生した後、父の仕事の関係で幼少期をソビエト連邦・スイス連邦で過ごす。 1971年(昭和46年)目黒区立原町小学校第1学年に編入後、1972年から田園調布雙葉小学校に編入して卒業。その後同中学校を経て同高校に進学するも、父の仕事の関係で米国ボストンへ移住。 米国ハイスクールを卒業後、 1985年6月、ハーバード大学経済学部を卒業。 86年帰国後4月に東京大学法学部に外部学士入学するが、同年10月に外務公務員採用I種試験に合格し外務省入省が決定。この際、女性初のキャリア官僚スーパールーキーと話題になる。 87年東京大学を中退し外務省へ入省。 経済局国際機関第二課に配属された。 88年から外務省の研修留学として、オックスフォード大学ベリオール・カレッジに留学後90年帰国、7月1日付で北米二課に配属。
 徳仁親王との馴れ初めは、1986年に来日したスペインのエレナ王女の歓迎レセプションに出席した際である。 研修留学からの帰国後には皇太子となった皇太子徳仁親王の御妃候補として報道され、大きな話題となった。 
 1992年に、皇太子徳仁親王からの求婚を受諾している。
 (以上、ウィキペディア情報より一部を引用)


 小和田雅子さんが皇太子妃候補としてメディア上で話題となっていた頃、私は高校教員をしていた。
 皇太子の弟君である秋篠宮殿下のご結婚にずい分と遅れをとっていた皇太子を心配してか、当時所属高校の女子高生が教員である私によく冗談を言って来たものだ。 「先生もまだ独身なんだから、皇太子の奥さんになってあげたらどう??」 (顰蹙は承知だが)この女子高生達の反応の程が何とも可愛らしく可笑しくて、「じゃあ、そうするよ♪」などと笑いながら返していたものだ。

 その裏で私は、小和田雅子さんを皇太子妃候補に祭り上げる事に関して“国政の貴重な人材観点”から何とも“もったいない”感覚を当時抱き続けていた。 
 とにかく生育環境に恵まれ、(もしかしたら父親のコネかもしれないが)類稀な才能と特権を活かし世界規模で活躍し、今後国家を第一線で支えていく「官僚」として立派にその地位を築き上げていた小和田雅子氏である。
 何故、この人物が皇太子妃であらねばならないの?? 私はそう思い続けたものだ。
 女子高生じゃないが、何もそんな才能溢れる人材を皇太子妃になどする必要はないはずだ。(確かに皇太子妃とは“英語力及び語学力”及び“淑女力”は欠かせない要件だろうが…)  女子高生が言うように私が皇太子妃にでもなってあげた方が、小和田雅子さんとの類稀な能力を紡いで生きている女性の今後の人生が犠牲にならずに済むのではあるまいか??? 


 それまでの皇室の歴史に於いても、皇室妃殿下候補の選定に当たってはそれに“相応しい”人物を選定して来たのではなかったのか。
 美智子皇后に関しては、初めて民間から迎えられた(実に素晴らしい)妃殿下であられた。
 秋篠宮妃である紀子さまに関しては、弟君の好みと紀子さま側ご家族の意向が合致して結婚が即決したと私は捉えている。

 これらの事例と比較して、明らかに皇太子が小和田雅子さんと婚姻に至るまでの道程は多難を極めたと私は理解している。
 それでも、どうやら皇太子の一番の「好み」が小和田雅子さんであったようだ。 周囲皇室要人が他の皇太子妃候補女性をいくら勧めても、どうしても皇太子は雅子さんにこだわり続けた印象を私は持っている。
 そして、20年前の1993年6月にご両人はご成婚に至られた。


 皇太子殿下ご成婚後20年が経過した現時点で、巷ではこの話題に関して“言いたい放題”のメディア情報が満ち溢れている。

 例えば、平成16年5月10日、皇太子さまが訪欧前の記者会見で述べられた、「人格否定発言」である。
 「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」  当時皇太子さまは44歳、皇太子妃雅子さまは40歳。 雅子さまのキャリアや人格を否定する動きとは、何だったのか。“お世継ぎ”を求めるプレッシャーや、外国訪問をなかなかさせない宮内庁への批判だと受け取られたが、皇太子さまが具体的に説明されることはなかった。(以上、メディア情報より引用)

 原左都子の私論だが、皇太子殿下のこの発言は私も今尚鮮明に記憶している。
 私の解釈としては、皇太子殿下自身が「好んで」選択した妃殿下である雅子さまの経歴について外部のメディアが誹謗中傷する事態に耐えられず、思い余って発言された内容と理解している。
 それ故、私としてはこの皇太子殿下の発言に、雅子さまへの愛情を感じさせていただけたものだ。


 最後に原左都子の私論に入ろう。

 今から遡る事20年前に、小和田雅子さんとの一女性が皇太子妃となられる決断をした時点で、一生に渡るどれだけの損失を我が身に振りかぶる覚悟をされた事であろう。
 そんな思いが庶民の皆さんに理解可能であろうか??

 小和田雅子さんの人生に於ける一番の失敗は、皇室と交流できる程の家庭に生まれ育っている中で、その交流を阻止できなかった事であると原左都子は捉える。  
 そもそも皇太子と出会える“超特権パーティ”になど出向かなければ、小和田雅子氏はその後一生一民間人として国家の官僚を続行できたはずだ。
 ところが、小和田雅子氏は若かりし時代にそれに出向いてしまった。 それがどうしてなのかに関しては、あくまで庶民でしかない私には計り知れない……

 それでも私には、現在心身面での「適応障害」に悩まれつつご公務が限定されている「プリンセス雅子さま」をバッシング申し上げようの発想は一切ない。
 雅子さまこそが時代の犠牲者との感覚を抱きながら、聡明な小和田雅子さんが何故そんな“過酷な運命”を回避できなかったのかに関して問い続けつつ、一生涯庶民を貫ける事を幸せと感じている原左都子である……

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中学生を叱るのは、やはり私も怖い…

2013年06月08日 | 教育・学校
 集合住宅内にある我が家の住戸の南側に、片側一車線の公道がある。 
 その道路は町内のメインストリートとも言えるのだが、そもそも住宅地域であるため車両をはじめとする通行者はさほど多くはなく、普段は比較的静かな環境下にある。


 この公道は、近くに存在する公立中学校の通学路ともなっている。
 
 学校が新学期を向かえて少し経過した1ヶ月程前から、この“メインストリート”が中学帰宅時に“大騒ぎ”をしでかす男子中学生軍団の“溜まり場”と化しているようだ。
 ちょうど中学生の帰宅の午後3時過ぎ頃から夕方近い時間帯に、当該「原左都子エッセイ集」をパソコンに向かって執筆する機会が多い私だ。 5月に入り夏日を経験するようになって以降南側ベランダの大窓を解放している我が家だが、近頃南側の公道で繰り広げられる男子中学生どもの“大喧騒”にエッセイ執筆の集中力を妨げられる事この上ないのだ。

 いえいえ、原左都子自身に高校教員経験があるため、中高生ぐらいの子どもの中には今時人前で“普通に”騒ぎ散らす人種も存在する事など重々承知している。 単なる“おちゃらけ”等々大抵の事ならば許容範囲とも心得ているつもりだ。
 ところが、どうも我が家前の公道上の男子中学生軍団からは「いじめ」と表現するべきニュアンスの会話も聞き取れるのだ。 しかも日々聞き取るその音声から、“いじめ側”と“いじめられ側”が既に固定化している実態も私は嗅ぎ取った。 ここは元教員でもある私が住居階下へ降りて公道へ出向き、一言注意しようかとも一瞬考えた。 (結果としては残念ながらそれを断念した理由に関しては後に述べよう。)

 一昨日の事だが、上記男子中学生軍団の人数が普段より大幅に増大していた様子だ。
 いつものごとく「原左都子エッセイ集」を綴る我が家の南ベランダ側道路より、男子中学生軍団の馬鹿騒ぎ音声に加えて、車のクラクションも数多く聞こえてくる。 
 (一体、何の騒ぎだ!?)と思いつつベランダに出た私は唖然とした。
 何と、男子中学生軍団20名程が片側一車線道路を横列で塞いで、訳が分からない暴言を吐きつつ大行進しているではないか!!  そこをたまたま通りかかった車が通行妨害をしている中学生軍団にクラクションを鳴らしていたとの実態だ。
 こういう場合、車の運転手氏が「お前ら、迷惑だから集団で車道を歩くとの馬鹿な行動をやめろ!!」とでも説教すればいいのかとも思いつつ、クラクションを鳴らす事しか打つ手立てが無いことにも同情せねばならないのであろう。 
 と言うのも、集合住宅上階ベランダに出てひとまず(何やってんだ、お前らは!!)と公道に向かって叫びたかった私も、その異様な風景を一見するなり一瞬にしてひるんでしまったからだ……  ましてや、階下に降りて20人程の男子中学生軍団相手に「説教」する勇気など皆無だったことを恥じ入るしかない…… 


 そんな身勝手な原左都子が、過去において自宅集合住宅内で幾度か小学生男児集団を叱った経験がある事に関して、2011年5月バックナンバー 「他人の子の“悪さ”をどう叱る?」 とのエッセイにおいて公開している。
 少しだけ、反復させていただこう。
 私が住む集合住宅は公立小学校のすぐ近くに位置している。 周辺は閑静な低層住宅地で一戸建て住居がほとんどという環境の中、我が集合住宅敷地内の駐車場やエントランス、通路空間等々共用持分施設が、公立小学校放課後の児童達にとって“恰好の溜まり場、遊び場”と化しているのだ。
 この住居に入居以来、小学校の下校時間である14時頃から夕方5時半頃(夏季は6時頃)まで、日々児童達の歓声が絶えない運命にある。 共用施設で遊んでいる児童グループとは決まって男の子達である。 
 原左都子とて、何も好き好んで近隣住民であろう男子児童達を叱りたい訳ではない。 むしろ出来ればこんな場面は避けたい思いが強い。 と言うのも、今の時代においては下手をすると子供と言えども“刃物”を持っていたりするとの情報もある。 相手は小学生といえども体格が立派な子もいるし、そんな場面で華奢な私が打ち勝てるはずもないという“我が身息災”の危険性の観点が大きいものがあるのは事実だ。 
 そして子供を叱った後にはいつも“後味の悪さ”が残り、その自己嫌悪感にしばらく苦しめられるのも実に不快なものである。 しかも子供とは、幼い日に“叱られた”経験が将来に渡ってトラウマとなるやもしれないのだ。 叱った相手が親等の保護者であるならば家庭内においてそのフォローがいくらでも可能であろうが、見知らぬ相手に突然叱られた場合の子どもが受ける後々の“トラウマ”を慮って余りある原左都子である。
 今の大都会においては人間関係の希薄化現象が蔓延している。 こんな環境下で他人の子供を叱る行為とは、ひと昔前とは大いにその意味が異なっている事に叱る側の大人は留意するべきとも心得ているのだ。
 ただし子供達を本気で叱ってやらないと、最悪の場合子供達が「死」に至る場面もあることを大人は是非共認識するべきである。 そんな事件・事故が数多く勃発している現状でもある。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより要約引用)


 本日私がこのテーマエッセイを展開したのは、朝日新聞本日(6月8日)別刷「be」“悩みのるつぼ”を一見したからに他ならない。
 今回の相談女性とは、(私に言わせてもらうと“単に”説教好きな)“何か社会にお役に立ちたい”意向の60代女性との事だ。
 
 その相談内容は割愛させていただくが、今回の“悩みのるつぼ”回答者であられる三輪明宏氏が「危険には近づかない方がいい」との適時適合的回答を述べておられるので、その結論部分のみを少しだけ紹介しよう。
 相談者が生きてきた時代とは現在はまったく様変わりしてしまっている。 それをわきまえず、人に説教する事には危険が伴う事を自覚するべきだ。 この相談者が命を失ってもいいとの覚悟まであるなら、見知らぬ相手に説教してもよいのかもしれない。
 もっとも、他者に悪意が無く知らずに間違いを犯している場合には注意ではなく「忠告」をしてあげましょう。 また小学生までの小さな子どもは危険が少ないので、他人がアドバイスをしてあげると良いでしょう。 中学生になると逆恨みもするし、小型ナイフを持っているような場面もありますからやめておきましょう。 相手に注意をしたいのなら、その辺の危険性を見分ける感覚を持っている必要があります。


 朝日新聞“悩みのるつぼ”の回答者であられる三輪明宏さん、的確なご指導を本当にありがとうございます。 
 自宅近くで大騒ぎして市民に迷惑をかける男子中学生連中にはほとほと嫌気がさしていた私である。 それでもその指導を回避したことに関して、三輪氏の回答により肯定して頂けた気分だ。

 そうだとして、この男子生徒団体の公道での悪行を私が当該公立中学に摘発するとの手段もあるのか?
 いや、それを実行したとてその成果の程が期待薄であることは既に経験済みである。 
 現在の公立学校の教育実態を慮ると、在籍生徒の保護者に対してすら対話の機会を持とうとせず、「モンスター」なる危険用語を持ち出して頭から撃退しようとの公教育現場である。
 ましてや保護者でもない一庶民の摘発になど一切関与しない公立学校の体質を、悲しいかな見据えてしまえる私だ…  せめても当該公立中学校内でもしも男子がいじめ自殺でも図った時に、その証言者の一人になってあげられる事くらいしか近隣庶民には残されていない現実なのであろう…

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80年代後半バブル期に、あなたは何をしてた??

2013年06月06日 | 時事論評
 自民党政権が現在実行中のいわゆる「アベノミクス」経済政策を“バブル”と解釈するか否かに関しては、評価の分かれるところであろう。

 これに関する原左都子の私論は、5本前2013年5月のバックナンバー「イージー・マネーで世を撹乱した“イージー・アベノミクス”」との表題にて既に公開している。
 少し復習させていただこう。
 「イージー・マネー」とは日本語にすると「楽に儲かるカネ」の意味合いがある。あるいは、「不正に儲けたカネ」「悪銭」「あぶく銭」「泡銭」等々…の意味合いもあるようだ……。  日銀黒田総裁は少し前にメディア上の記者会見に応答して、「今回の金融緩和政策は決して“バブル経済”の再来ではない!」と言い切っていた事を私はメディア画面を通して記憶している。
 私に言わせてもらうと、「イージー・マネー」を最前線に呼び込む経済政策など“バブル”でしかあり得えないにもかかわらず、何故国民相手に「イージー・マネー」の投入を煽ったのか??  これこそが、今後の「アベノミクス」経済政策の限界を示す指標と私は捉える。 
 「アベノミクス」は、日本国内に於けるほんの一部の富裕層(これとて所詮庶民の範疇であり大してリッチでない層と私は捉えるが)を煽る事による“階級制度”を末端世界で築きたいのか? 今後益々多くの国民を更に貧困層に落とし入れ不幸にしないためにも、「イージー・マネー政策」は即刻辞めにするべきだ。 バブル銭にしか頼れない財務・経済政策など、原左都子に言わせてもらうと「イージー・アベノミクス」としか表現できないよ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより私論部分を引用。)


 このアベノミクスが現在引き起こしている株価乱高下現象を受けて、朝日新聞5月28日オピニオンページに興味深い記事が掲載されていた。
 現在のアベノミクス経済状況を“バブル”と捉えるか? この現況下において20年前のバブル期を反省する人、あるいは早めに株や土地に手を出そうとする人等々、経験者が本音を語っている。
 以下に要約して紹介しよう。

 まず、「踊った人」の例から。

 ジュリアナ東京が開店した1991年にちょうど20歳だったという女性荒木氏は、そのお立ち台で羽根扇を振りながら下々の人を見下ろし、何かの教祖になった気になって踊っていたらしい。 会場の熱気の中みんながトランス状態で、欲とか虚栄心とか人間のドロドロしたものが一つの大きな「気」になってそこに存在していた、と荒木氏は言う。 バブルに気付かずお金をばかばか使う残党がいて、今振り返るとおっかしいんじゃねえの、とも思うそうだ。 それでも、荒木氏自身は当時コンパニオンもして、会期が終わったらブランド衣装も全部もらえたし、打ち上げは船上パーティ。 「節度」という言葉を忘れているような雰囲気があったと思うとも語っている。

 原左都子の私事と私論に入ろう。
 バブル期以前の70年代に、上記荒木氏と同様“ディスコ狂”とも言える青春時代を踊り狂って過ごした私だが、その時代背景が全く異なる。 
 1991年と言えば、私は既に30代後半。 学問に驀進して大学院を修了しちょうど「修士」を取得した頃である。
 趣味として音楽もダンスもずっと愛好していたが、ジュリアナ東京を訪れる機会は一度たりとてなかった。 影像で見るあの場は下劣で低俗で“馬鹿が集まる場”とのイメージしか抱けず、あえて避けて通ったとも言える。
 コンパニオン(パーコン)もアルバイトの一環として経験した私だが、確かに“バブル期”だからこその職種だったことだろう。 私の場合、会期後の「打ち上げ」になど出席している時間がもったいなくて一切参加していないが、お陰で短時間で高給が稼げ学業に励む時間が確保できた事に感謝している。 今時“コンパニオン”なる言葉自体が死語化しているとも捉えている。 

 次に「こりごりな人」の例であるが、48年生まれの末井氏は朝日新聞紙面で以下のように語っている。

 小豆の先物取引や金、不動産にギャンブル、バブル期はいろんなものに手を出した。 ただただお金を増やす事が快感で、減ると落ち込む、それだけだった。 不動産は元より、しまいに郊外の栗林まで買ったため、結局大暴落して3億円の借金が残った。 これを競馬の大勝負で返そうと本気で考える程に、正常な思考が出来なくなっていた。 その後銀行と話し合って借金の一部をチャラにしてもらったが、今もまだ4千万円程をちょぼちょぼ返している。 といういきさつで、現在はアベノミクスに乗って一発当てようとの発想はない。

 再び原左都子の私事と私論に入ろう。
 こういう奴、一番迷惑だよなあ。 
 “バブル期”に少しばかりの小金を持っていたこの手の軽薄野郎どもが大量発生し、我が物顔で“イージーマネー”を世にバラ撒いた80年代後半の時代である。 その後バブル崩壊と共に大損失を計上した挙句の果てに、自分らの借金を銀行等との癒着でチャラになどしたからこそ、その後の不況期が長引いていることを肝に銘じさせるべきだよ。 
 軽薄志向のあんたらがチャラにした借金をその後我々庶民が血税の形で肩代わりし続けている事実に関して、現政権こそが今一度省みるべきであるし、その手の奴らには一生懺悔しながら生きるべく指導する責任があるというものだ。

 私など、バブル期直前にそれまでの定職だった医学専門職を退き自らの意思で学業に励む選択をしたがために、80年代後半のバブル期とは実に厳しい時代であった。 ただ、その時代の苦労の程が現在の我が人格を創り上げてくれたとも思う貴重な“華の時代”の印象もある。
 一番苦労させられたのは、バブル期直前に購入した自宅住居である不動産物件のローンが高金利だった事だ。 当時の我が家の住宅ローンはなんと!8%で借入れた記憶がある。 それでも、私はこのローンを独身のうちにその後7年間で自力完済した。

 朝日新聞記事3例目は1934年生まれの男性による 「再び(バブルを)期待する人」 とのテーマだが、原左都子の私論としてはこの題目のみを一見して判断しても到底受け入れ難いため、割愛する事にしよう。


 80年代後半の“経済バブル時期”に、単なる偶然ではあるが原左都子自身がちょうど次なる自己実現意欲に燃えていた事を摩訶不思議にすら感じる現在だ。

 もしも、当時私が勤務していた医学関連企業の勤務を続行していたならば、もしかしたらバブルの波に乗りその後“東証一部上場”を果している当該企業で相当の活躍ぶりを発揮していたのだろうか??

 ところが、やはりそうではないであろうと私は結論付ける。
 当時の私には私なりの確固たる夢が描けていた。
 一民間企業との組織内で我が人生を犠牲にし続けるよりも、まだまだ30歳手前の私には、とにもかくにも更なる学業を全うしたい!との次なる人生に繋がる明確な目標が燦然と存在したのだ。

 その我が夢を叶えてくれたのも、当時の時代が“経済バブル期”だったからこそと感謝しつつ、今回のエッセイを締めくくる事としよう。 

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年老いては自分の外見を客観視しよう。

2013年06月03日 | 自己実現
 今回のエッセイは2日前(6月1日)に公開した 「人は何故『太る』のか?」 の続編の形ともなろうか。

 前回のエッセイにおいて、私は「人は何故太るのか?」に関する私論を述べた。 以下に少しだけ復習させていただく事としよう。

 人は何故太るのか? あるいは何故「太った」体型を元に戻さないのか? 
 その解答とは太っておられる方々がご自身のその体型を「許容」しているか、ないしは「自愛」しているに他ならないと私の過去の経験から捉える。
 人の体型の好みなど多様性があって当然であろう。 私自身は現在の長身スリム体型が自分の好みであるが、決してこの体型を保持するために涙ぐましい努力を日々重ねている訳ではない。 そうではなく、この体型こそが我が人生において数十年来絶対的な幸福をもたらしてくれる事を日々実感出来るからこそ、この体型を嗜好して保持し続けているに他ならない。


 本日のエッセイで少し付け加えると、そもそも私は決して“外見的要因”を我が人生の第一義となど位置付けてはいない。
 ただ、それが私の一趣味であるのは確かだ。 若き時代より、自分が持って生まれた個性である長身スリム体型を最大限活かせるファッションにはこだわり続けている。 そのため着る物や履物が限定される自転車の利用は避け、徒歩及び公的交通機関利用生活を貫いている事に関しても、つい最近のバックナンバーで既述した。

 そんな私も時たま居酒屋等の隣席で同年代位の女性集団が会話しているのに遭遇する機会があるのだが、どういう訳か“外見的要因”を第一義としている熟年女性が数多い現状に辟易とさせられる。 「サプリは何がいい」「アイ(目の周り)クリームにはお金をかけたい」「首筋の皺は年齢がバレるから気をつけるべき」……??
 その会話を何ともくだらないとは感じつつ、それを公共の面前で発言している女性達の「涙ぐましいまでの努力の成果」を観察したりもする意地悪な私だ。  隣席からチラリチラリと観察する女性達の実態とは、「(見た目)美しい人」もいればそうでもない女性もいるのが世の常と言うものであろう……。


 今回のエッセイを綴るきっかけを得たのは、朝日新聞6月1日付「be」“悩みのるつぼ”である。
 早速、20歳女性による「母に外見の現実を分からせたい」と題する相談内容を以下に要約して紹介しよう。
 母子家庭の20歳娘だが、59歳の母が自分の外見を客観視できなくて困っている。 母は裕福な家庭に生まれ周囲から「かわいい」と言われて育った。 普通、ある程度の年齢になればお世辞だと分かるだろうに、それが未だ分からず、田舎の親戚の前で奇抜で趣味の悪い服を見せびらかす。 友人はいなくなり、親戚からも引かれる現状をわきまえず、母より数倍きれいな30代の知人に「私みたいになりたければ、もっと努力しなきゃダメ!」などと言ったらしく、恥ずかしいやら腹が立つやらで放置できない有様だ。 運転免許証の皺だらけの写真を見れば現実が分かると思ったのに、写真を撮った人が悪いと憤慨する始末… 母に現実を分からせ愚行をやめさせたいのだが、どうすればいいか?
 (以上、朝日新聞“悩みのるつぼ”より要約引用。)
 上記相談を読んで、我が身に照らさない訳がない原左都子だ。
 と言うのも、相談者とその母との年齢関係が我が母子の年齢層と酷似している。

 その観点から、私はこの相談者である20歳女性の「母親」観察力の“的確さかつ鋭さ”を大いに評価したいのだ。
 今年20歳を迎える我が娘にも、これ位の“母親批判力”を熟成して欲しかった思いである。 我が娘幼き頃より「お抱え家庭教師」を全うしている私としては、むしろ上記の20歳相談者である娘さんの母親批判力の“育成ぶり”に大いなる羨望を抱かされる相談内容である。

 相談者の母親を実際に見た訳ではないが、いやはやこの相談事例の場合、20歳娘さんのおっしゃる通りと結論付けたい原左都子だ。 
 母子家庭の親である59歳女性は、私の目線からも何ともみっともなく馬鹿な母親との印象しか抱けない。
 少なくとも妙齢20歳の娘さんが自宅に同居しているならば、その“芳しいまでの”若さと美しさを日々身近に堪能できるというものだ。 何故に20歳の娘さんが放つ“真実の美しさ”を、この母親は自分の過去のノスタルジーとしてフラッシュバックしつつ学び返さないのだろうか?? 
 女性も還暦近くなればいくら自分が好む体型をバリバリに維持していると言えども、到底若き女性の“香しいまでの美しさ”と勝負できる訳がないのは歴然だ!
 それを基本的に理解できているからこそ、私は我が「お抱え家庭教師」業の一端として、常に母の立場で我が娘の外見をも褒め称えつつ育てて来ている。(親馬鹿ながら、実際我が娘は私よりも数段美人度が高いのよ!?!)

 
 今回の“悩みのるつぼ”回答者であられる 社会学者 上野千鶴子氏が興味深い回答を述べておられるため、その部分を以下に紹介しよう。

 母が自分を「かわいい」「きれい」と思いたい気持ちを考えましょう。 きっと他にうぬぼれるものが何もなかったんですね。 これが実家の裕福さや頭のよさや学歴を自慢すると仮定すれば、もっと(あなたの母は)嫌な女と思われていたことでしょう。 そう思えば容貌のうぬぼれなどかわいいもんです。

 確かに上野氏がおっしゃる通り、一般女性が自分が「かわいい」「きれい」とうぬぼれていられるうちは、その女性とさほどの接点がない人物にとっては、単に「かわいい」と褒めて済まされるのかもしれない。
 ところが、それを公言して周囲に迷惑をかけているのが還暦近い“実母”ともなると、そんな母と同居せざるを得ず苦しむ20歳との若き娘さんの苦悩の程が、同じ年代の娘を持つ母親の立場として思い知らされる私だ。
 
 こんな母親は思い切って捨て去ればいい!と本気で思いつつ、最後に私論を述べよう。

 表題のごとく、老いては自分の外見を客観視するべきである。

 自分の外見をサプリなり美容液なりエステに頼りつつ磨き上る事に一生涯精進する人生もあり得るのだろう。

 それでも、常に社会全般を見渡す視点を失いたくないと私は思う。 少し視野を広げると、単に外見のみならず実に美しい女性達が年代を問わず周囲に数多く存在する現実だ。
 そんな現状を直視しつつ自分の外見をも磨き続けられるならば、年老いてもおそらく若年層に迷惑がかからない余生を歩めるのかもしれないしね……

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人は何故「太る」のか?

2013年06月01日 | 健康・医療・介護
 今回のエッセイテーマは、その文言通り“体格的に太っている人”の深層心理を取り上げようとの趣旨であるのだが、冒頭から表題に対する原左都子の結論を述べよう。

 人は何故太るのか?
 その解答とは、「太っている状態を自らが“許容”している故」 以外にあり得ないと私は結論付ける。
 と言うより、むしろ「太っている自分を肯定し、そんな姿が愛らしい」との自己肯定心理すら内在しているのかと感じたりもする。


 今回のエッセイを綴るきっかけを得たのは、私が日頃通っているスポーツジムで「太っている女性(以下、A子さんと記そう。)」と会話をする機会が何度か得られたためである。
 いつも私がジムへ訪れる時間帯が、ロッカー室にて着替え中のA子さんの帰宅時間と重なるようだ。
 A子さんが私を見て曰く、「何でそんなにスマートなの?? 私も昔は7号の洋服が着れるほどにスマートな時期があったのだけど、子どもが大きくなるにつれ太ってしまって、今じゃこの状態…  少しは体重を抑えたく思ってこのジムへ通っているの。」

 そもそもA子さんの私に対する第一印象は、“20代のギャル”だったとの事だ!?!
 「何をおっしゃいますやら」である。 (まさか還暦近い実年齢は伏せてはいるが…)、今年20歳を迎える娘を持つ母親である事実を告げたとたん、A子さんが「何でそんなにスマートな体型をずっと維持出来ているの~~!??」等々と、驚愕とも表現可能な程に驚いて下さるではないか!! 
 等々といった具合に、A子さんと私とのジムロッカーのお付き合いは毎回10分程の短時間ではあるが、A子さんの「体重」に関する話題で現在も続行中である。

 このA子さんの場合、ジム通いの第一目的が「減量」との明確な目標を掲げられているのは瞭然の事実だ。 
 原左都子に言わせてもらうと、その割にはA子さんのジムにおける“鍛錬”の程が「減量」に繋がるメニューとは到底考察できない程に軟弱である…。 一週間に何度も当該ジムに通い、ご自身が好むプログラムをこなしていらっしゃるとの事だが、私の判断では「減量」メニューとしては一切機能していないと推測する。

 片や、昨日初めてA子さん側から私に「ジムで何をしていらっしゃるのですか?」との質問を受けた。 (何分、現実社会ではあくまでも“聞き役”を全うしている私であるため、見知らぬ人とは常にこういういきさつと相成るのだが…)  屋内走路でランニング練習及びジムで筋トレをして、年間何回か市民ロードレースにもエントリーし出場している事を伝えると、物凄く驚いた様子でA子さんが「そんなに頑張っているのですか! 凄いですね!!」なる感想を述べて下さるではないか。 「いえいえ単に自己実現意欲に駆られ、市民ランニング大会にエントリーして参加しているだけの話ですよ。」
 ロッカー室で人と話している時間こそがもったいない私だが、A子さんが何とも“いい方”でついついA子さんの話に応じてしまうのだ…。


 話題を私事に戻すと、家族を含め我が人間関係環境範囲内には「太った」人は過去現在を通じて存在しないと言えよう。

 そうそう、我が20代の医学関係民間企業勤務時代に「太った」同僚女性と仲良くした経験がある事を思い出した。 
 (この女性をB子さんと名付けるとして)、B子さんは20代の若さにしてご自身が太っている事に何らの後ろめたさも感じていないどころか、誇りを持っている様子だった。 それもそのはず?、B子さんは20代前半の若さにして既に結婚していた。 その旦那様(参考のためご主人は平均的体型であられたのだが)の好みが「太った女性」だったのだ。 日々沢山の手料理をご亭主に振る舞っていた自宅に私もお邪魔して、B子さん手作り料理を幾度かご馳走になったものだ…… (残念ながらB子さんが20代前半に退社して以降、疎遠となっている。)


 A子さんとB子さんの事例を上記に掲げた後に、原左都子が何故“太らないのか”に関する私事と私論を述べよう。

 私の場合、20代前半頃より現在に至るまでずっと、我が理想とするスリム体型を維持してきている。
 この体型を維持するために、何らかの“涙ぐましい”までの努力を重ねたのかと言えば、決してそうではない。
 なのに何故、私がこの現在の体型を数十年来保持できているかに関する私論を述べると、現在のこの体型が自分自身の“お気に入り”であるからに他ならないのだ。

 人の好みとは実にそれぞれであろう。
 B子さんの事例のごとく、もしも恋愛相手が「太った女性が好みだよ」と言ってくれたならば、それに自身の体型を合わせるとの人生の選択肢もあり得るのか!?
 ところが私にはその手の“他力本願思想”が、我が人生に於いて一度たりとて湧き出ない自我と人格にこだわって生きているとも言える。 たとえ私を愛してくれる相手であったとしても、相手の好みに自分の体型を合わせたいなどとの意思が私の場合存在しようもないのだ。

 あるいはA子さんの場合はどうだろうか?
 ご主人にも「太り過ぎ」を指摘され現在ジム通いをしているA子さんであるようだが、その実、A子さんから本気で減量しようとの意思がまったく感じられない私だ。 A子さんからは、現実の生活に満足しつつご主人との仲睦ましい生活を続行するべく、その“余興”でジム通いをされている幸せ感すらが伝わってくる思いだ。


 最後に原左都子の私論でまとめよう。
 
 人は何故「太る」のか?
 さらには、何故「太った」体型を本気で元に戻さないのか??

 それは冒頭で記した通り、「太って」おられる事に関してご自身が「許容」しているからに他ならない。
 上記A子さん、B子さんの事例に関しては本人達が「太って」いる事を“自愛”している様子がお分かりいただける事であろう。

 そうではなく、健康上「メタボ」で苦しんでいる人々が何故本気で体重制限しないのかと言えば、私に言わせてもらうとやはり「自愛」範疇と受け止めざるを得ない。
 この種の人々とは表向きには減量したい云々と公言しつつも、内心は「太っている」自分の姿と人格を許容し、満足しつつ日々を暮らしておられることに間違いない。

 20代前半頃から数十年来、165cm、47㎏(1~2㎏の上下変動はあるが)をキープし続けている原左都子である。
 「何でその体型をずっと保持できるの?」と問われたならば、この体型こそが私に絶対的幸福をもたらしてくれる事を日々実感できるからに他ならない、としか答えようがない。 
 そんな我が持論に基づいて綴った、今回の「太った」人種に関する上記論評である。

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