原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

「チルドレン」より「世襲」がマシな場合もあるかも。

2012年11月29日 | 時事論評
 何故、政界各党派は選挙立候補者を擁立するに際して、立候補者個々人の政治家としての能力・資質を第一義とした上で、その要件を満たしているか否かの程が見抜けないのか? 

 それは、現在の国政・地方行政を問わず一旦選挙戦に突入した場合、「選挙」制度に依存せざるを得ないからに他ならないのであろう。 とにかく国民あるいは市民から票をもらい受ける事にのみ専念しているのが、現在の「投票制度」の最大弱点であろうと私は把握している。
 要するに如何にして票を稼ぐか、「誰」が投票数を稼げるかのみが、各党や派閥の関心事でしかないのだ。
 そのため選挙直前には何処の政党も党首自らの政策公約がぶっ飛んでしまったかのような、選挙民から見ると各党共に奇異な理解不能行動に出るものだ。 それ故、数だけ集めた各党立候補者の政治家としての能力・資質など二の次以下の位置付けとならざるを得ないのであろう。


 いやはや、ここのところの“第三局”とやらの新党合流二分化茶番劇には辟易とさせられる。
 これら新党の政治ポリシーって一体何だったの?? と、国民の皆さん呆れておられることであろう。  何とか自民・民主二大政党の間に割り込んで上位に食い込みたいがばかりの「安直票取り作戦」にはアホらしくてものが言えない私だ。

 まずは、橋下徹氏率いる「日本維新の会」と石原慎太郎氏の「太陽の党」合流茶番劇に関して私論を述べよう。
 原左都子個人的には元々騒がしい奴らが大嫌いだが、橋下さんに石原さん、この自我の強い“お騒がせ”連中が仲良くしようったって、端から見ていても所詮無理に決まっている。 橋下さんも一旦合流を断ろうと決断したならばそれを貫けばいいものを、何で最終的には石原さんに丸め込まれる選択をしたの?? 相手は都民や国民の前で怒って吠えてばかりいる80の爺さんだよ。 この人とつるんで、この国のどんな明るい未来を描けると志したの? 今回の選挙直前合流右往左往行動一つ取り上げても、橋下さんの信用度が大幅に下落したというものだ。

 そうしたところ、やはり、同様の見解が巷に溢れている。 その中で、先程見聞したネット情報を以下にかいつまんで紹介しよう。
 「衆院選は300選挙区に候補者を擁立する」と豪語しながら、最終的には半分の150人規模しか立てられそうにない「維新の会」。 さすがに“お膝元”の大阪ではある程度の立候補者擁立力はあるようだが、深刻なのは大阪以外。 近畿圏でも当選確実なのがいない。北海道や東北は維新への期待がほとんどなく壊滅状態。 東京は石原前都知事の応援があるが無名の候補者が多く、勝負になるのは山田宏前杉並区長ぐらい。 (ここで一旦原左都子の私論だが、元杉並区長の山田氏が本当に勝負駒になり得るの?? だいたいこの人物が橋下氏や石原氏の“手下チルドレン”に成り下がっていたことに驚くというものだ。)
 維新の会は公募などで集めた100人以上の新人を出馬させるが、接戦に持ち込めそうなのはほんのわずかの予想。 (再び原左都子の私論だが、今後新たに政権を握ろうと志す新政党が何故訳の分からんチルドレン擁立などとの既に陳腐化した方策を打ちたているのかに関して不思議でさえある。)
 マスコミは橋下氏率いる維新の会に関して騒いでいるが、単なる大阪の“地方政党”で終わりそうな情勢だ。
 (以上、ネット情報より一部を要約引用)


 さらには、脱原発を掲げる“第3極”勢力の糾合を目指す「 日本 ( にっぽん ) 未来の党」の突然の結党劇は、国民に波紋を広げた様子だ。

 実は原左都子は、上記「日本未来党」の党首であられる嘉田 ( かだ ) 由紀子氏なる人物をさほど認識していなかった。 この方、滋賀県知事としてはある程度の実績を上げておられるようだが、それにしても、嘉田氏を取り巻く熱の高まりとは裏腹に、滋賀県議会からは知事と党首の兼務を疑問視する声が上がっている様子でもある。
 一夜にして女性知事である嘉田氏を第三極の“シンデレラ”に仕立て上げた陰の立役者である「国民の生活が第一」の小沢一郎代表。 それを受けて小沢氏率いる「生活党」内でも、未来の党への合流に戸惑いが生じているとの報道だ。
 結局はこの嘉田氏も、小沢氏の「手下チルドレン」との運命を享受させられたことに他ならないであろう。


 そんな中、“第三局”勢力への迎合を拒否し続けている「世襲」議員も存在する。
 それは「みんなの党」代表の渡辺善美氏であるが、原左都子の認識ではこの人物のみが現在自らが立ち上げた党の政治理念を貫いているのではないかと感じるのだ。
 「みんなの党」にはあくまでも自らの政党政策を全面に打ち出して、他の“第三局”弱政党などと合流することなく選挙戦を勝ち続けて欲しいものだ。 
 (かと言って、原左都子が何処の政党に投票するかは未だ未知数なのだが。)


 民主党では、「世襲」議員を壊滅するべく動いている様子だ。
 その気力は重々評価するとして、民主党が3年前に劇的政権交代のために小沢氏が用いた「チルドレン(ガールズ)」方策こそが、今後に及んで原左都子としては受け入れ難い思いだ。
 一般選挙民を“馬鹿国民”と認識したこの「チルドレン」擁立は、考えようによっては「世襲」よりも悪質であり、是非共全党派共に控えて欲しいものである。
 参考のため、本日告示された東京都知事選においては、訳の分からん「チルドレン」やタレント議員の立候補がなかったことだけは評価できよう。
 
 能力の程が計り知れない未熟な「チルドレン」よりも、時には「世襲」議員の方が底力があるのかと思えたりもする。
 何はともあれ、何処の世界も個人差能力が激しいのが現実ですけどね……

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紅葉と光のショーのシンフォニー

2012年11月26日 | 旅行記・グルメ
 (写真は、房総半島 養老渓谷の紅葉を背景に立つ原左都子。 2012.11.24撮影)

 前回の「原左都子エッセイ集」に於いて、南米アルゼンチンへの渡航予告をしたばかりである。

 引き続き“旅行記カテゴリー”エッセイの公開と相成るが、今回は一転して我が国の晩秋風景に話を移そう。

 都会暮らしの私がたまには娘と共に大自然に触れ晩秋の紅葉を堪能したいと志したのは、1ヶ月程前にバスツアー関連新聞折込チラシを見たのがきっかけだった。

 今回何故上記バスツアー参加を志したかの最大の理由とは、朝に弱い私にとって出発時間が午前11時頃と遅めの設定だったからに他ならない。
 しかも団体行動が大の苦手の原左都子にとって、この種のバスツアーに於いて見知らぬ人々と食事のテーブルを相席にされる事など到底我慢ならない。  (いえいえそうではあるものの、配慮心旺盛な私としてはこういう場面に際してあれやこれやと頭を回転させて、差し障りのない会話を提供しようと努力するタイプだ。 ところが人間関係が希薄化した現在においては、そのような配慮さえ鬱陶しがられてしまうのが現実だ。) 
 そうしたところ、今回のバスツアーは車内で弁当の昼飯、夕飯は自由との条件が大いに気に入って私は参加を決定した。

 さてさて、バス乗り場からバスに乗車する段になるとあらかじめ座席が決定されている。
 何と幸運な事に、我々親子には運転手氏直後右側最前列の座席が用意されているではないか!  これはラッキーと喜ぶと同時に、客観力のある私としては他のツアー客から羨望視線を投げ掛けられそうな窮屈感も抱く… 
 おそらくツアー会社の座席決定方式とは「申し込み順」であろうと推測するのだが、もしもそうであるならば、その旨を全顧客に明示して欲しいものだ。
 そう言いながらも、車内の中央後部では団体客が盛り上がって賑やかだったことを省みれば、最前列で正解だったと振り返る。


 いよいよ旅行記本番の記述に移ろう。

 今回のバス旅行は、房総半島に位置する千葉県の養老渓谷、粟又の滝、亀山湖、そして東京ドイツ村を巡る日帰りツアーだった。
 原左都子にとっては紅葉を観賞する目的で(日帰りではあったが)旅に出る事など、おそらく何十年ぶりの事である。 その種の旅行経験が一切ない都会暮らしの娘に晩秋の紅葉を見せたい思いも強かった。
 娘もそんな親心に同感してくれ、今回房総半島へと旅立つことと相成った。

 最初に到着した養老渓谷では、前日まで降り続いていた雨の影響で地面が泥と化していて滑りやすいため十分な注意を、とのツアーコンダクター氏の提言だった。 
 3連休中日のため大混雑状態の養老渓谷歩道を観光客の流れに沿って進んでいくと、確かに地面のぬかるみが激しい!  しかもこの観光歩道には、川の渓流内に敷き詰められた石畳を貫かねばならない箇所もあるのだ!! これを通り過ぎるのが実に難儀だ。 何分石畳上が泥状態に加えて人、人、人の大渋滞である。 写真撮影をしたい思いなど吹き飛び、我が身が川の渓流に流されないことのみに集中して、何らの紅葉観賞など出来やしない有様だ。
 (皆さん、房総半島の養老渓谷を訪れる場合、連休は避けて平日にゆらりと観賞されることを是非共オススメします。)

 粟又の滝も同様、写真を2,3枚撮影するのが精一杯の混雑ぶりだ。
 しかも道路渋滞も相俟って次なる訪問地の 亀山湖 観光は旅程よりカットされ、観賞出来ず終いである… 
 これは法的に言うと契約不履行であるはずなのに、ツアーコンダクター氏よりそれに関する何らの説明もなかった事に異議を唱えたい思いの私だが…。 (今後如何に対応するつもりですか、㈱クラブツーリズムさん???)

 そして最後に訪ねた「東京ドイツ村」に関しては、私は全く予備知識がなかった。
 旅行申し込み時のパンフレットで一見するに、特に晩秋や冬の季節には夜の光のイルミネーションを売りにしている様子だ。
 確かにイルミネーションも美しいだろうと期待してバスツアーで訪ねた「東京ドイツ村」ではあるが、ここも3連休の影響か観光客でゲロ混み状態だ… 
 正直言って、光のイルミネーションなど我々親子にとってはあちこちで見飽きているという事だったかもしれない。 
 しかもお土産店に関してはある程度充実しているものの、落ち着いて食事ができそうなレストラン類が一切ないことには難儀させられた。 要するに屋台形式の食べ物屋しかないのが当地の特徴と言えよう。
 後にパンフレットを一覧して私が思うには、「東京ドイツ村」とは四季を通じて“花畑”が美しいようだ。 その時期の昼間にこそ今一度訪れてみたい思いはある。
 要するに、一旦東京湾を渡ってアクアラインを超えたならば、そこは地方自治体の収入源として娯楽施設が林立し、この経済難の時代背景を潜り抜けて都心部よりの観光客誘致のためにやっとこさ頑張っているとの図式なのであろう。
 それを十分に感じ取った私は、せいぜい千葉県産やドイツ村で取り扱っているヨーロッパ地方直輸入のお土産を精一杯買い求めたとの事だ。


 バスツアー帰り道で通るお台場地域から垣間見た東京ベイの展望イルミネーションが、何とも素晴らしい。
 我が娘に「千葉のドイツ村より、こっちの光のイルミネーションの方がよっぽど美しいと私は思うのだけど…」と語りかけたところ、我が娘より同感の反応があった。
 娘曰く、「東京ドイツ村のイルミネーションはカラフル過ぎでドギツイと思ったけど、お台場の風景は“オレンジ”と“緑”と“白”で統一されていて洗練している」
 さすが、元々美術家志望だった娘らしいコメントと私は評価した。

 最後に原左都子の見解を述べよう。

 私にとっても、観光目的で展開されている人為的な“奇をてらった陳腐な”光のショーよりも、帰り道で一見したお台場のイルミネーションの方が価値が高いと感じたのだ。
 もちろん東京のお台場とて人為的に埋め立てられ、そこに人が集合している地域であることには変わりない。
 ところがたとえ人為的であれ一旦人が生息し生業を展開した地とは、必ずや人の生命が宿り血が通う地域と化している事を私はその光により匂い嗅ぐのである。
 
 そんな意味で、予定時間を大幅にオーバーしたものの、バスツアーに参加したことにより現在の我が故郷である東京の体温が感じられる一風景を垣間見れた事に、何だか安堵する思いであった。 

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南米 アルゼンチン への誘(いざな)い

2012年11月23日 | 旅行記・グルメ
 昨夜遅くパソコンを開きメールチェックをした私は少なからず驚いた。
 ここのところしばらくお会いしていなかった知人より、南米アルゼンチンへの旅行のお誘いメールが届いていたためだ。

 
 猛暑をくぐり抜け、今秋はまだ残暑厳しい頃より我がランニング趣味の延長として9月と11月に陸上競技会やロードレースにエントリーし、その本番出場に向けてランニング練習に没頭して過ごしたとも言える。 
 競技会本番を終え、足腰の痛みや体の疲れを感じつつ気が付けば時は晩秋である。
 本日の東京の最高気温は10℃! ランニングに明け暮れる日々を熱く過ごしていた私は、まさに真冬の寒さが押し寄せる季節となっている事に気付かされつつも、昨今の異常気象の激しさの程に呆れざるを得ない日々である。

 そうしたところ舞い込んで来たのが冒頭の“南米アルゼンチンへの旅行誘(いざな)い”メールであった。
 老体にムチ打ってロードレースなどに出場し実力以上に頑張り過ぎた我が体を労わりつつ、今年は静かに年末を迎えようかと志す反面、実は我が内面にはそろそろ郷里ではない場所へ旅に出たい欲求も目覚め始めていた…

 それにしても、その行き先が地球の反対側のアルゼンチン!?!  これはどう考慮しても想定外だ。
 ちょうど風呂から出てきた娘に、「お母さんにアルゼンチン行きのお誘いメールが着信してるのだけど…」と声をかけたところ、 ギョエー!!と驚かんばかりに娘曰く、「それはナイゼンチン!!」  (日頃から反対語表現を好む娘だが、その種のユーモアセンスも育っている事に感心しつつも親の立場としてどう対処するべきか……)


 その後、何事であれ自らが取るべき行動に関して自分なりに十分検証をした上で実行したいと志している私は、早速ネット検索手段でアルゼンチン情報を得ることに専念した。
 何分、海外旅行歴は少なくないものの、地球の反対側に位置する南米最南端のアルゼンチンを訪ねるのは今回が初めてである。(だからこそ、お誘いに乗りたい思いが山々でもあるのだが…)

 
 そこで検索したアルゼンチン情報を、今後南米地方への旅行を企てておられる方々の参考の一助の意味も兼ねて、以下に少しだけ紹介しよう。

 正式名称は「アルゼンチン共和国」。 
 国旗デザインの爽やかな美しさは小中学生の頃から我が脳裏に刻まれているが、ライトブルーと白の横ストライプは空と海を表現しているらしい。 その中央に描かれている人の顔にも見える太陽は、スペインからの独立を表す自由のシンボルとのことだ。
 人口は約4000万人。  面積は日本の約7,5倍。 その面積の広さによりアルゼンチン国内でも時差が存在するようだが、日本との標準的時差は12時間。 まさに日本から見て地球の反対側に位置する国家所以である。(アルゼンチン国内にはサマータイム制が導入されているとのことで、国内での時間差が存在するらしいが。)
 歴史的背景として以前はスペイン領だったこともあろうが、民族の大半がスペイン系、イタリア系であるとのことだ。 そのため、国民が崇拝する宗教も92%がローマカトリック系との様子も理解可能だ。

 首都はブエノス・アイレス。  今回、この地を私は訪れることとなるようだ。
 そこでさらに首都ブエノスアイレスに特化した情報を検索してみたところ、「南米のパリ」とも表現されるべく南米の中では最も美しい街として名高いとのことだ。
 20代前半の頃(今から30年数年前に遡るが)フランスパリに訪れた経験がある私だが、年末年始の休みを利用して旅行したため当時のパリは実に寒かった。  これに比して、“南米のパリ”ブエノスアイレスは地球の南半球に位置していることが幸いして、現在「夏」状態である。 我がネット検索によれば「夏」とは言えども、日本のような高温多湿ではなく爽やかな暑さのようで絶好の観光季節と言えそうだ。 

 ただし、アルゼンチン国内を始めとする南米内陸各国と首都ブエノスアイレスとの政治経済格差が大き過ぎるため、しばしば内乱が勃発しているとの情報もある。 (そんな国内政治情勢を垣間見るには旅行日程に制限があって、短期旅行者には到底無理であろう。 現地で苦しむ人達には、いつも“いい所取り”の旅行ばかりして申し訳ない思いでもあるが…)


 日本から見てまさに地球の反対側に位置するアルゼンチンなる国を訪れる機会は、年齢的体力的にも還暦を迎えつつある原左都子にとってこれが最後の機会と心得る。
 (何せ、日本からの国際便移動が26時間以上も要する米国空港経由便に依存している現実である。 南米に旅する場合、時差及び行き帰りの空輸旅程こそに覚悟を決めるべきであろう。)

 それでも知人よりの突然のお誘いを、まさに“神の思し召し”同等に貴重なチャンスを頂いたものと解釈して、私は12月中旬に南米アルゼンチンに旅立つ予定でおります。

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贈り物の極意

2012年11月21日 | 人間関係
 昨夕、我が郷里の母より宅配便が届いた。
 30数年前に上京後、ほぼ1ヶ月に一回のペースで続いているこの“親心定期宅配便”は私が家庭を持って以降も途絶えることなく、孫(我が娘)の誕生以降はむしろその回数を増やしつつ続行している。

 正直言って、「こんなもの要らないのに…」なる内容物も数多い。
 娘のために送ってくれるお菓子類等がその筆頭だが、何分子どもとて好みがあるのに加え、わざわざ郷里より高い宅配料を支払って送って来ずとて都会で十分手に入る類のものを平気で送りつけてくる。
 あるいは採れ立て新鮮野菜などはうれしいのだが、「うちは馬でも飼ってるのか?!?」と思わんばかりの大量を届けられても大困惑だし… 
 それから、夏場に腐りやすい食品を手作りして送って来るのにも難儀する。 まさか「美味しかったよ」とはどうしても言えず、腐敗していたことを正直に伝えて「宅配物とは輸送中高温状態に放置されることを考慮して、送る季節を考えてよ」と指導した経験もある。 「分かった」と答えたはずなのに、“親心”の愚かさ、切なさと表現するべきか、同じ失敗を何度も繰り返してくれる事実には閉口させられる。

 もっと許し難いのは、母が「今は宅配業者が自宅まで集荷に来てくれるから助かるが、もう年老いた身としては宅配物の梱包をするのが疲れる」と、私相手に平気でのたまう事だ。
 売り言葉に買い言葉で、「こっちだっていつも要らないもの送りつけられて迷惑してんだから、今後一切宅配物を送りつけて来るな!!」と、捨てゼリフを吐きたい思いが山々なれど、親不孝者で名高い(?)原左都子ですら (これを言っちゃ最後…) との感覚だけは持ち合わせている。
 「もう高齢なんだから、そんなに無理して宅配を送って来なくてもいいよ」などと、私らしくもなく精一杯配慮した言葉で母をねぎらってやっているつもりだ。

 なんだかんだ言いつつ、親子間での「贈り物」とは“親子の愛情”表現の一産物であり、梱包されている内容の如何にかかわらず、お互いの無事と平穏を確認し合うまたとはない機会なのであろう。
 母親が高齢になるにつれ、その思いが強まるのは確かだ。 月に一度の宅配が郷里から届く事が、私にとっては母が元気に気丈に生きているサインでもある。
       


 話題が変わるが、時は「お歳暮」との我が国特有文化である“贈り物”による時候の挨拶の季節となっている。

 原左都子は誰から指示された訳でもなく、夏のご挨拶である「お中元」も含めて、日頃お世話になっている(と私が判断申し上げる)方々に年に2度“贈り物”を届ける習慣がある。 (この我が習慣とは、もしかしたら母が定期的に宅配物を届けてくれる現象と相関があるのかもしれない。) 
 日頃のご恩を何らかの形で表出したいと思いつつ、直接お会いしてご挨拶する機会もなくご無沙汰続きだったり、あるいは年賀状等の文筆手段よりももう少し顕在的な形態にしたご挨拶をするべきと判断した場合に、私は日本特有であろう「お中元」「お歳暮」慣習を有効利用しているという事だ。

 実は、この“贈り物”の商品選択にいつも難儀している。

 当初はとりあえず、私自身が貰って嬉しいものを贈る事とした。
 その筆頭が「酒類」(スミマセン、底なし飲兵衛なもので…)だったのだが、贈り先の正直な方から「下戸です…」との返答を頂いた時には、“真っ青”状態だった。 だが、それを正直に言って頂いて原左都子としては後々大いなる勉強となった。
 次に考慮したのがやはり私が好む「著名ホテルの保存食品」だったのだが、これを郷里の親戚にクール便で贈ったところ、母から「奥さんは喜んだようだが、ダンナが嫌いだったようだよ」との情報を得て、反省しきりである。 
 万人の好みが異なることは重々想像できてはいるが、“贈り物”とはその選択が困難であることを再認識だ…。

 それでも私自身の結論としては、やはり私が贈ってもらってうれしい事を第一義として、その中で概して一般に受け入れられそうな商品を贈呈すれば、もしもご本人が好まずとてご家族内で何とか消費可能でないかと志している。


 少し古くなるが、朝日新聞11月3日別刷「be」“RANKING”のテーマは 「もらってうれしいお歳暮」 だった。

 早速、朝日新聞記事のランキングを 10位まで紹介しよう。
     1位   商品券
     2位   ハム・ソーセージ・肉類
     3位   海鮮類
     4位   酒類
     5位   フルーツ・果物類
     6位   カタログギフト
     7位   ビール券など特定のギフト券
     8位   洋菓子
     9位   コーヒー・お茶
    10位   チーズ・乳製品
  (以下、朝日新聞のランキングは20位まで続くのだが…)


 最後に、原左都子の私論に入ろう。

 正直言って、上記ランキング内の“贈り物”に関して貰う立場であるならば、私はすべて 「要らない」 と判断させていただきたい思いである。
 と言うのが、そのすべてを「歳暮」も含めあらゆる“贈り物”として現在までに頂いた経験がある故だ。

 まず、食品類は勘弁して欲しい思いである。 
 2位に位置づけているハム類など、私に言わせてもらうと贈答品は塩辛くて“まずい”ことこの上ない。 3位の海鮮類も同様だ。 5位のフルーツ類に関しては、元々私の好物ではない。 9位のコーヒー・お茶に関しては、美味しい場合は試飲することもある程度だ。 10位のチーズ等に関しては頂いた経験がない。
 その中で、4位の酒類に関しては飲兵衛の私としては一応歓迎するものの、“真正飲兵衛”とは日々飲む酒にはとことんこだわりがあるものである。 ただし、私の想像では“似非飲兵衛氏”にとっては酒類の贈り物(地元産等珍しい酒が贈られるであろうから)はうれしいのではなかろうか?
 9位の洋菓子に関しては私も貰って嬉しい故に、贈る立場としてもこれを志向している。 ただ、食べ終わった後の箱や缶等のゴミ分別作業が鬱陶しい限りであることを贈答業者は考慮して、今後はエコ観点に立つべきではなかろうか。

 1位の商品券、及び7位のビール券等に関しては受け取った側の思いが分からなくはないが、原左都子にとってはこれも鬱陶しい。
 「商品券」の場合、その使用店舗が限定されていることが常である。 指定の店舗を訪れない限り使用不能なため、この「商品券」が使用可能な店舗にわざわざ出向く気がせず、我が家では“タンスの肥やし”状態だ。
 7位のビール券に関しても同様だ。 もしかしたら地方ではこれが容易に使えるのだろうか? 都会の店舗ではビール券使用を拒否している店舗(スーパー、ディスカウント店等)が数多く、使用できないままこれも“タンスの肥やし”状態である。


 「贈り物の極意」と題して綴ってきた今回の我がエッセイである。

 その結論を述べるならば、第一の極意として、“贈られた側”こそが何を頂いたとしてもまずは贈り主が“贈り物”をしてくれたその事自体に思いを馳せるべきであろう。

 それは“贈り物”をする方も同様である。
 政府及び産業界等各界ではその癒着が叩かれ、一般市民間に於いても人間関係が希薄化している今の時代背景に於いて、安易に“物を贈る”という事自体が迷惑行為ではないかと振り返る事こそが、今の時代 最高の極意 かもしれないと原左都子は示唆するのだが…

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大学乱立にトドメをかけた田中大臣を評価する!

2012年11月19日 | 時事論評
 現在“風前の灯”状態の民主党政権最後の内閣文科省大臣に任命されている 田中真紀子氏 が、11月上旬に突発的に発表した 「大学新設不認可」 を巡って世が混乱した事件をご記憶の方は多いであろう。
 その後の文科省の「不認可撤回」により、本日現在、当該3大学は推薦入学試験対応に漕ぎ付けている様子だが…。


 冒頭から原左都子の私見を述べよう。

 (あくまでも、上記新設予定3大学が如何なる事由により認可基準を満たしていなかったのかに関して、その内容の詳細を調査検討していない発言である事を事前にお詫びしておくが)、 “よくぞ真紀子さん、「不認可」決定を下したものだ!” と当初、田中大臣の“自暴自棄の勢い”に拍手を送りたい思いの私だった。

 と言うのも、現在大学を取り巻く環境の不確実性の程が甚だしい現状だ。
 大学志願者及び入学者の急増と平行して「乱立」を続けてきた我が国の大学設立状況だが、国内経済危機に伴う景気後退、及び少子化現象を受けて、大幅な「定員割れ」を起こす底辺大学が次々と経営破綻に追い込まれる現実を筆頭に、多くの大学において質の低下が留まる事のない現在の大学内部事情である。

 上記のごとく、田中真紀子大臣による「3大学不認可」擁護私論を我が内面に秘めていたところ、やはり同類の見解は国内に存在するようだ。

 朝日新聞11月9日付 「大学乱立? まだ必要?」 と題する記事の一部を以下に要約して紹介しよう。
 「大学の乱立を止めて質を確保し、時代の要請に合った卒業生を生み出すために舵を切らねばならない」。 11月7日の衆院文科省委員会に於いて、田中大臣は3大学の申請を認可しなかった理由を追及される中、上記の通り自らの主張を繰り返したとのことだ。
 91年に大学設立基準が見直され、さらに小泉内閣時の規制緩和の流れを受け03年度の大学設置の「抑制方針」を撤廃したことが、現在の大学乱立に繋がってしまったようだ。
 大学を運営する側の事情としては、「短大の大学化」現象や専門学校の“箔付け”目的で大学を新設したり、はたまた地方からの若者流出を防ぐため自治体の支援を受けて大学を設立する等のケースが増殖した様子である。
 そうしたところ、少子化と競争激化の狭間で定員割れに悩む大学が増産される結果となり、その対策として「社会人学生」を積極的に取り入れたり、土地が安い地方に移転した私学は変わった学部をアピールする等苦戦を強いられている状況だ。
 ただ、OECD加盟国の中では日本の大学進学率は未だ低く、現状では大学数の抑制に慎重な意見もあり、今回田中文科相大臣が大学のあり方を見直すとした事に関して「本質的な部分を突いている」との指摘も存在するようだ。
 見識者曰く、「世界では規制緩和の流れだが、日本には向かないかもしれない。」とも付け加えているとのことだが…。
 (以上、朝日新聞記事より要約引用)
 

 そうした日本国内の大学が於かれている特殊事情も受けて、現在“風前の灯”状態ではあるものの、民主党政権閣僚である田中文科相は、大学設置に向けた現在の審査体制を問題視し、“基準厳格化”に向けて「有識者会議」で検討に入っている様子でもある。


 本日昼のNHKニュースによると、田中文科相により一旦「不認可」決定と相成った3大学に於いて、国よりの再認可措置により期日が遅れたものの「推薦入学試験」に向けて動き出した模様である。

 そのニュース影像を原左都子が垣間見たところによると、3大学共に結構立派な学舎を建造している様子だ。
 大学(及び大学院)へは理系・文系そして大学院と何度も真面目に通った私であるが、古き時代であるのに加え、すべてが国公立だったためか、こんな立派な学舎で学んだ経験は皆無である。
 今回一旦「不認可決定」が下された3大学とはすべてが地方の大学と心得るが、私立公立を問わず今時の新設大学とはこの経済難にもかかわらず、こんなに立派な学舎を建設可能な事に少なからず驚かされる思いだ。  この学舎を一見した高校生達がこの大学で学んでみたいと思う現実が理解できる気もする。

 その中で、原左都子が一番気になるのが 「秋田公立美術大学」 だ。
 私は秋田を訪れたことは一度もないのだが、3、4年前に我がエッセイ集読者の方から、秋田とは芸術を尊重し美術館等の設備が整っている県であるとのメッセージを頂戴したことはある。
 それにしても、大変失礼ながら秋田県の自治体としての財政面での収支状況は如何なるものなのだろう??
 いや、地方都市に於ける公立大学設立の成功例を見聞した事もなきにしもあらずだ。 山梨県内に位置する歴史が古い“某公立大学”では、その大学を中心とした市政が成功していることも承知している。 (ところが、この公立大学の学費の高さは私立並みであることを、私は数十年前より承知しているぞ。


 最後に私論でまとめよう。
 
 小中高、大学の如何にかかわらず、「学校法人」とは「営利法人」である民間企業等とは異なり、法的には「財団法人」の位置付けにある。  主に私立学校の設置を目的として設立される法人であるが、その公益性が認められ国や自治体より多額の資金援助を得て成り立っている法人である。
 要するに国民や市民の税金が「学校法人」に多額に投入されていることを、庶民は今一度認識するべきなのだ。

 国内の政治経済危機により国家が財政難にあえいでいる現状において、国家や自治体の財源を食い潰す対象である「学校法人」の合理的存在意義を、文科省大臣たる者が的確に見抜いていかねばならないのは当然の事である。

 そういう意味では、ウダウダと煮え切らないまま衆院を解散し“落日”に至った野田政権内の最後の文科省大臣として、重要論点の一つである「大学乱立」にトドメをさすことを明示し、各界及び国民に問題意識を明確に投げ掛けた田中真紀子大臣を大いに評価したい原左都子である。

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「ハタチは一生もの」、娘の晴れ姿は必見!

2012年11月17日 | 自己実現
 表題は、再来年20歳を迎える我が娘の「成人式」の晴れ姿を、娘18歳の今から楽しみにしている“馬鹿親”ぶりを披露したもので恐縮である。


 冒頭から話題が変わるが、先程読んだ本日(11月17日)朝日新聞別刷「be」“悩みのるつぼ”の相談は、50代女性による 「息子を捨てていいですか?」 だった。

 現在大学1年生の我が娘が日々順調に学業に励んでいる姿を傍らに、娘の「お抱え家庭教師」としての職務が大幅に軽減した現状の下、一時余裕に浸っている我が脳を一瞬にして叩き起こしてくれるような相談である。

 早速、上記 “悩みのるつぼ” の相談内容を以下に端折って紹介しよう。
 相談者である契約会社員50代半ばの女性の息子さんは現在30歳手前であるそうだが、この息子さんが大学卒業後就退職を繰り返し、実質働いた期間は3年程であるらしい。  仕事を覚える努力をするでもなく、家ではゲームと出会い系サイトに夢中。 会社で嫌な事があると途端に家に閉じこもり、すべてを他人のせいにする。 母である相談女性はそんな息子氏の現実に悩み様々な努力をした挙句、息子を捨てるのが親の愛情ではないかと腹をくくる覚悟までしかかっているようだ。  夫は定年で家にいる。 女性自身は来年3月で契約社員の契約が切れる。  それを機に家族解散宣言をしようとも思うが、これは単に相談者である自分が楽になりたいというエゴだろうか? 

 今回の“悩みのるつぼ”回答者は評論家の岡田斗司夫氏であられるが、岡田氏なりの人生経験に基づいた興味深い回答をしておられる。
 それに関しては朝日新聞紙面でお読みいただければ幸いだ。


 (娘と息子の違いはあれども)上記相談者と似た年代かつ家族構成である原左都子の私論を、ここで述べる事としよう。

 この相談内容、今後社会人として世に進出する子を持つ我が身としても、現世社会に放り出された若者が置かれるべく厳しい現実を目の当たりにする思いで、かなりショックだ。
 何分、我が娘は今現在未だ大学1年生。 推薦合格で大学現役入学し、その後も比較的順調に学業に励んでいる姿に一時安穏としている現在の私だが、この先就職活動期に入ったならば我が子は果たしてその戦線に打ち勝っていけるのだろうか???  そういう意味でも、上記相談内容は“明日は我が身”とも捉えられ空恐ろしい思いである。

 だが、もしかしたら子どもが(特に一人っ子の場合)「息子」か「娘」かの違いは大きいのかもしれない。
 昔から“女の子は育て易い”との迷信もある。  私など産んだ子が「娘」であったことにどれ程喜び安堵した事であろう。 正直なところ“同士”あるいは“友”のような位置付けで娘を育てている感覚もある。
 
 加えて、子どもが持って生まれたDNAの違いも多大であるかもしれない。
 我が娘の場合は生まれ持った性質が(父親譲りで)実に素直かつ従順であるのに加え、(私譲りの?)努力家気質でもある事は幼少の頃より見抜いていた。(要するに両親の良い所ばかり受け継いでいる娘なのだが。)
 上記相談者の息子さんは果たしてどうだったのかに関して私には計り知れないが、相談内容から推測する限りでは大学卒業まではこれといった問題はなかったようにも受け取れる。

 そして私が一番問いたいのは、息子さんに接してきた母である相談者の現在までの教育力及び家族の歴史であり、また現在の家族関係の様相である。
 息子さん大学卒業後の相談者一家の家族関係が多少気に掛かる。

 親が子どもに施す教育の最終目標とは、社会人としての自立を見届ける事であろう。
 ところが、相談者の息子さんとは社会人となって以降、就退職を繰り返しつつ30歳に近づいているとの事だ。
 だがこの相談に限らず、せっかく大卒でゲットした就職先をわずかな期間で退職する事例は現在少なくない様子だ。 人間の人生模様が多様化している現在、その現象自体を非難したところで埒が明かないことも子を持つ親として重々自覚している。


 それでは、この厳しい時代に親とは子ども自立に向けて何をしてやればいいのだろう?

 原左都子の場合、娘幼少の頃より「お抱え家庭教師」として家庭内で常に身近に子どもと接している事が功を奏しているようだが、現在に至って尚娘より絶大な信頼を得ている感がある。

 そんな親子関係において、(原左都子の趣味により)「外見」にもとことんこだわる教育を重ねて来た一環として、表題のごとく大学在学中の再来年の「成人式」には“晴れ着”を着ることを母娘共々実に楽しみにしているのだ。 
 「成人式」など取るに足りない儀式であることは重々承知の上だが、この種の伝統行事を利用して我が子を活気付ける手段も、良好な親子関係を築くに当たり有効であるのではなかろうか。
 
 今回の表題の 「ハタチは一生もの」 とのキャッチコピーは、成人式の晴れ着提供を業としている某民間業者が、もう半年程前より我が家の娘宛に幾度となく届けてくるパンフレット内で発見した一文である。
 このコピーには、現在還暦に近づきつつある原左都子も感動させられる。
 特に女の子にとっては、まさに「ハタチ(のお祝い)は一生もの」であろうと今更実感する思いだ。 (何分、我が親の極端に合理的な歪んだ思想により、私は一番の花の時期の「ハタチのお祝い」を一切してもらっていない。 )


 私が来たるべく娘の成人式を祝いたい事と、“悩みのるつぼ”相談者の息子氏が置かれている現状には何らの相関関係はないかもしれない。
 ただ、子どもとはほんのちょっとした親の配慮により愛情を感受し、今後自らの人生を再築するきっかけを掴み取るような気もする。

 いやいや、もしかしたら(少し過保護気味の原左都子の娘こそが)今後の人生を誤るのかもしれないし…… 
 それでも娘よ、就職活動はさておき、ハタチになった暁にはそのお祝いに晴れ着を着よう!

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民主党政権落日

2012年11月15日 | 時事論評
 思い起こす事今からわずか3年少し前の2009年8月、衆院総選挙に於いて民主党が圧勝し、歴史的政権交代を果たした事は皆さんご周知の通りだ。
 その選挙前哨戦段階から、原左都子は民主党に嫌悪感を抱き続けている。


 当時、国内が “打倒自民党” “歴史的政権交代” に向けて否応なしに盛り上がりを見せる中、民主党の 「カネのバラ撒き公約」 及び小沢氏による 「得体の知れないチルドレン擁立による形だけの票集め」 等々、民主党の姑息な戦法が許し難い思いだった。 
 (参考のため、原左都子は決して自民党も支持しておらず、あくまで無党派層です。)

 しかも、どう考察しても民主党マニフェスト内容の実行不確実性の程が甚だしい。   「カネのバラ撒き公約」に安易に釣られ、こんな似非マニフェストを信用して大量票を投入せんとしている国民の単純馬鹿さ加減に実に辟易とさせられたものだ。

 そうしたところ案の定、民主党政権発足当初よりマニフェスト総倒れの連続の日々である。
 自民党政権がお得意だったゼネコン癒着公共事業撤廃のスローガンの下、一番先に槍玉に上がった八ッ場ダム建設中止民主党公約に関しては、その後結局建設続行と相成り現在も建設中のようだ。
 まもなくして政権初代首相の鳩山由紀夫氏及び当時幹事長だった小沢一郎氏の 「政治とカネ」 問題が表面化し、政権内が混乱を極めることと相成る。
 さらには 「少なくとも県外」 と選挙公約した普天間基地移設問題もその後迷走を続け、現在尚その決着を得ていないどころか、先だってのオスプレイ普天間強制配備等々沖縄基地問題は悪化の現状だ。
 これでは民主政権支持率が急落するのもやむを得ないと思ったら、当時の鳩山内閣は歴史的短命にして無責任にも総辞職、そして数多くの問題を孕みつつその後菅内閣にバトンタッチと相成る。

 原左都子個人的には、菅直人氏の政治家ポリシーを比較的好意的に捉えていたのに加えて、官房長官に枝野氏を指名した菅内閣に多少の期待を抱いた。
 ところが何と不幸にも菅政権の下、我が国は2011年3月歴史的大震災に見舞われる。
 当時の菅政権の震災直後の対応(特に福島原発事故に関して)を、今現在も各方面が責め続けているようだが、私に言わせてもらうと震災直後の切羽詰った場面における対応は、菅・枝野体制だったからこそ最小限の被害に食い止められたのではないかと考察するのだ。 この大震災がもしも鳩山あるいは野田政権下にて勃発していたならば、如何なる政治家としてのポリシーがあるのか不明の両人共に、何の政治統制力も発揮できなかったのではないかと今でも空恐ろしい思いである。 (ついでに言うと、前自民党政権下に於いても同様の失態だった事であろうと私は考察している…。)

 そして、民主党政権は野田首相に移り変わった。
 野田氏ご本人が当初自称していた“どじょう内閣”の名称通り、政権奪取当初の“政治主導”理念はすっかり何処かへ消え去り、全面“官僚主導”にのらりくらりと移り変わる…
 野田氏とは確かに(メディアが取材をしているという意味合いでの)公的場面において、国民の前では失言等の失敗はないのかもしれない。  ところが原左都子に言わせてもらうと、政治家としての確固たるポリシーが一端も感じられない人物である。
 確かに政治家とは失言をすれば各方面から叩かれる運命にあろうが、それにしても失言すらしなければ誰でもいい訳があるはずもない。
 結局野田氏との人物とは、2009年政権奪取直後の民主党マニフェストであった 「政治主導」(所詮その実行力は民主党政権にはなかったのだが) を自らの政治力の無さ(あるいは身近な官僚より指導される事)により180度方向転換して、 「官僚依存」 政策を表向き大々的に実行するしか自らの政治家生命を繋げなかったのであろう。 その最たるものが昨今話題になっている「消費税増額導入」だったのだろうが…


 昨日11月14日の党首会談で、民主党 野田首相は明日16日に衆院を解散する方針を表明した。  その後の政府・民主三役会議に於いて 「12月4日公示、12月16日投開票」 の日程を決めたとの報道だ。
 野田政権の急転を受けて、年内の衆院解散・総選挙を求めてきた自民・公明両党では、驚きと歓迎の声が上がったらしい。

 一方、民主党内には早期解散への反対論が根強く、離党者が少なからず出ているとの報道でもある。

 片や、野田政権が近いうちに崩壊するであろうことを視野に入れての次期政権奪取に向けた外野種々雑多の動きは、半年前以前より凄まじいものがある。


 長年続いたが余りに世襲や各界との癒着等の歪みを抱えた政権(自民党のことだが)が、長年月に渡ってその温床に浸かり切る事に免疫が出来てしまい、それを自らの当然の権利と勘違いし平然と政権を維持する現実にはもちろん辟易とさせられる。

 かと言って、(民主党のことだが)歴史的政権変換のためにその手段として 「庶民へのカネバラ撒き」 等短絡的マニフェストを掲げ安直に票を集めて許される訳もない。

 はたまた、それも潰れ去る事をいい事にして、少しばかりメディアで名が売れたまたま政治家にまで上り詰めた奴等(想像にお任せします)が、合流・結託・連携の手段によりこれまた安易に「票集め」をしようとの馬鹿げた魂胆にもウンザリだ。


 この国、一体どこに行こうとしているのだろう??? 

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ロードレース5km 自己新で完走しました!

2012年11月12日 | 自己実現
 原左都子が長距離走競争大会に出場するのは今回が2度目となる。(長距離とはいってもランニング初心者の私の場合、距離が短い競技へのエントリーに過ぎないのだが。)

 その記念すべき第1回目は、当エッセイ集先月のバックナンバー 「『一般女子3000m競技』を完走しました!!」 に於いて公開している。
 今回は秋も深まった頃の大会であるし、前回よりも距離が若干長い5kmにエントリーしていたという訳だ。

 前回の3000m出場時も、台風が直撃直前との不確実性の高いコンディションだったものだ。(実際には台風直前の残暑炎天下状態での競技と相成ったのだが…) 
 今回も天候の予想がつきにくい状況下でのレーススタートとなりそうだ。 数日前より天気予報を確認しつつ、どうか当日雨天にならないようにとばかり祈る思いだった。 何分アマチュアランナーとして至って経験が浅い私だ。 たった一度だけ小雨の中ランニング練習をした事はあるものの、本降り状態での練習経験は皆無だ。 しかも、晩秋にして肌寒い状況下で雨に打たれた場合の体調の予想がつきにくい。


 さてさてそんな我が天候懸念の中、レース当日の朝を迎えた。

 その朝が爽やかな訳などあり得ず、特に初心者には現実問題として数日前より緊張及び不安ばかりが押し寄せてくるのが正直なところであろう。 
 レースの3日程前から夜な夜な苦しい夢に苛まれる日々だった… 
 例えばレース途中にトイレに行きたくなるのだが、これが長蛇の列だったり、やっとトイレを探し当てれば使用禁止だったりの夢とか…
 あるいは今回の大会の場合、タイムを正確に計測するため“RSタグ”をシューズに装着するシステムが採用されていたのだが、それが初体験の私である。 夢の中でこのタグがレース中に何度も外れて、それを付け直すのに死ぬ思いだったりとか…
 更には、スタートの集合場所が分からず(これは実際に前回の大会で主宰者側の競技場内のアナウンスがまったく聞こえず、集合場所へ辿り着くまでに相当の体力を費やしてしまった苦い経験をしたのだが。)、やはり集合場所へ行くまでに何キロも走るはめになって疲れ果てる夢とか…

 眠れぬ夜を数日過ごした私も、当日朝にはアマチュアランナーとして覚悟を決めるしかない。 せっかくエントリーして出場可能となっているロードレースだ。
 現在の自我を公に表出可能な一舞台として、都内光が丘公園で最大限のパフォーマンスをして来ようと開き直った原左都子でもある!

 そんな自意識強靭な私にとって一番の味方につけてくれたのは、レース時の天候だった。  曇天で肌寒くそして風がほとんど吹いていない。 これは私が一番に望む天候条件であり実にラッキーだった。
 今回はある程度規模が大きい大会のようだが、前回とは異なり出場者の集合場所が分かり易くその誘導も的を射ていた。

 
 そして、私は5kmロードレースのスタートラインに立つ。
 今回のレースの場合、名目上は男女年齢別グループ分けがなされている(参考のため原左都子は「40歳以上女子」の部にエントリーしている)のだが、総勢500名程のランナー全員一斉スタートと相成った!!

 比較的前方のスタートラインに位置していた私だが、スタート直後おそらく10mにも達しない間に、俊足ランナーに次々と追い越される。  これは想定内だ。 初心者の私が“レースつわもの”どもに勝てる訳もない。
 その後も100mも行かないうちに、一体何百人のランナーに追い越されただろう。  それでも私は普段練習している自分のペースを維持することに集中した。 むしろ前半で崩れるよりも「完走」目指し最後までマイペースを貫く意志は強かった。

 今回の5kmロードレースは光が丘公園内を2周する周回コースなのだが、1周目のタイムを腕時計で確認するといつもの練習時より早いペースだ! 自分の感覚では1周目は自重していたつもりなのにこのタイムは予想外にうれしい!  
 かと言って、後半こそが残された体力勝負である事に関して重々承知の上でもある。
 それでも、光が丘公園の自然に満ち溢れた背景が私を救ってくれる。 (参考のため、光が丘公園とは樹木自然保護ゾーンもあれば、バードサンクチュアリーも存在する自然に恵まれた市民の公園である。)

 2周目の“樹木自然保護ゾーン”に入った辺りから、私は少し活性化した。 その樹木のお陰で、苦しいながらも前を行くランナーを少しずつ追い抜いてみようかとの発想が出る程の余裕を持てた。
 それまで私は全集団の後方に位置していると自己判断していたのだが、そうでもないかもしれないとの推測も可能となった。 だがそれにしてもランナーとしての経験が全く足りない自分を慮るべきでもある。 前を走るランナー達の様相を観察しながらの追い抜き合戦と相成る。
 正直なところ周囲のランナー達の中で私自身が一番体力尽き果てていると自覚しつつも、最後の1kmに差し掛かるまでに男性も含めて10人ほどのランナーを抜き去った!
 ところが残念な事に、ゴールである陸上競技場に入った残り300m地点で女性3人に逆転された時には、もう力尽きていた…


 その結果は、上記写真の「完走証」に於いて披露している。 写真不鮮明であるためここで今一度復唱させていただこう。
 昨日のロードレース5kmの原左都子の記録は “30分45秒”。
 5km女子40歳以上 の部に於けるゴール着順位は “62位 / 106名。”  補足説明させていだだくと、40歳以上の部女性ランナー内で原左都子は高齢順で言えば106名中の11番目である。
 しかも私は初心ランナーであることも勘案すると、今回の記録とは(有森裕子氏ではないが)「自分を褒めたい!」とも思えたりもするのだ。

 それはともかく、日頃の練習のみでは得られない結果と満足を公開競技がもたらしてくれる事実を、今回もロードレースに出場したことで実感である。


 今後アマチュアランナーとしてどこまで自己新タイムを伸ばせるかに関しては、若い時期よりランナーの基礎をまったく積み重ねていない私故に、その先は見え透いているのかとも考察している。
 
 それでも上記に述べた通り、原左都子の一人間としての自己表現の一舞台として、今後もこのようなロードレースの端っこに参加させていただくことが叶うならば、大変うれしいと思える次第だ。

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和田アキ子の身長が5cm低かったら…

2012年11月10日 | 自己実現
 我が娘が小学校高学年頃(今から7、8年前)の話だが、私が化粧中の顔を覗き見して「名前が分からないけど、どなたかの歌手に似ている」と言い始めたのだ。

 (ん? ちょっと勘弁してよ。 どうせ美人ではない歌手に似てるとでも言いたいんでしょ??) と警戒しつつも平然さを装い、「それはお母さん位の年齢の歌手かな?」と尋ねたところ、やはりそうであるらしい。
 という事は、「結構ベテランの歌手だよね?」と再び警戒しながら尋ねると、「たぶんそうだと思う。 その人がテレビ番組でリサイタルをやっていたのを見た事がある。」と答えるではないか。
 テレビ番組でリサイタルを挙行できる女性歌手と言えば、ごくごくベテランの歌手に絞り込むことが可能だ。

 そこで私なりに、テレビリサイタル実行可能な「大物」女性歌手を何人が思い浮かべてみた。
 一番に我が脳裏に浮かんだのが、和田アキ子氏である。 
 実は私は和田アキ子氏の隠れファンなのだが、特に氏の持ち歌の一つである 「古い日記」 は、いつ聴いてもビートの効いたノリのよさがビシバシと五臓六腑に染み渡る程の名曲と評価させていただいている。 現在に至っても、原左都子のカラオケ十八番の一曲でもある。
 私にとって和田アキ子氏とは、日本人女性としては珍しい程の特異的歌唱力の持ち主であれば、これまた特異的に長身で還暦過ぎてもスタイルの良さを保たれている何ともカッコイイ存在である。 その和田氏にもしも似ているならば至って光栄なのだが、まさかそんなはずがある訳はない。 やはり娘の答えは、「私も和田アキ子は知ってるけど、そうじゃないよ」とのことだ…

 次に思い浮かんだのは 天童よしみ氏 であるが、この方はどう考察しても原左都子の外見及び雰囲気とは程遠い…。 そうしたところ、やはり娘も「天童よしみも知ってるけど、それも違う」との事だ。

 幼き日の娘が母である私がどんな大物女性歌手に似ていると感じたかなど、どうでもよい命題ではあるものの、話のついでにその答を暴露すると、以外や以外、美空ひばり氏 だったのだ。
 この根拠を直ぐに見抜いた私だ。 決して一見すると私と美空ひばり氏は全く似ていない。 であるのに何故我が娘が“似ている”と判断したのかの種明かしをすると、顔の輪郭が似ているのだ。
 当時、私が化粧中だったとのことを思い浮かべていただくと話は簡単だが、化粧をする時とは前髪も含めて髪の毛をヘアバンドで後ろへ固定して、顔全体を塗りたくる作業である。  その時の私の顔の輪郭が、確かに若死される直前のリサイタルで「川の流れのように」を熱唱していた美空氏に似ていると私も納得した次第である…。


 ずい分と前置きが長くなってしまったが、今回の「原左都子エッセイ集」のテーマとしてターゲットとした対象は 和田アキ子氏 だ。

 何故今回和田アキ子氏を取り上げたくなったのかと言うと、昨日昼間のNHKテレビ番組「スタジオパーク」のゲストが和田氏であったからに他ならない。
 氏に関しては、その特異的な歌唱力と長身故に16歳にしてのデビュー当時より目立った存在であったと私は記憶している。

 ここでウィキペディア情報を少し紹介すると、和田アキ子氏とは小学5年生の頃より洋楽に触れ、15歳の時には既に173cmの長身から発せられるパワフルな歌声が評判を呼んでいたらしい。 当時のキャッチ・コピーは「和製リズム・アンド・ブルースの女王」との事だったようだが、昨日のNHK「スタジオパーク」に於いて、その意味合いを専門的観点から和田氏自らが解説した内容も興味深かった。

 さらに昨日の「スタジオパーク」内で、和田アキ子氏が2008年にニューヨークのアポロ・シアターで、単独公演を行った話題をご自身の快挙とされているトークが興味深かった。 和田氏曰く、これは日本のみならずアジアの“ソロ歌手”としての単独公演として初となる出来事だったとのことだ。 (今夜7時半よりNHKBSテレビにおいて、その影像が公開されるらしいが)
 その予告影像を垣間見ながら、恐る恐る語る和田氏のコメントがまた素晴らしい。「この影像をこのスタジオで初めて観るのですが、物凄く緊張します。 明日、BSで公開されるとのことですね。是非テレビの前で正座して見聞します。」


 「スタジオパーク」最後の視聴者よりの「生まれ変わったらどうしたいですか?」との(原左都子に言わせてもらうと的外れな質問にも)、和田アキ子氏は率直な回答をされるではないか!?!
 私としては、既に天下を取ったも同然の世界的歌手である和田アキ子氏の理想的な回答として「もちろん歌手を全うします!」との返答を期待していたのだが、意外や意外、「子どもが好きだから保母さんになりたかった」などとの庶民的なたわ言をおっしゃるではないか!

 しかも、「もう少し身長が低く生まれて来たかった」と和田氏が答えた暁には、原左都子は仰天してしまったものだ。 
 和田氏曰く、特にデビュー当時は「身長が高いとデカイ面している印象を持たれるのが嫌だった…」との事だが、その思いは多少理解できる気もする。


 何をおっしゃる、和田アキ子さん。 貴方はその身長があってこそ今の成功を勝ち取って来られたのではあるまいか。 (いえいえ、もちろんご本人が持って生まれた類稀な気質の明るさや、同じく努力家としての今日までの歩みが現在の和田アキ子氏を形成されたことも重々存じております。)
 和田アキ子氏の身長は、ウィキペディア情報によると175cmであるらしいが、確かに現在62歳にして長身であられる事だろう。 (と言うのも、現在それ位の身長がある若い世代の女性タレントは吐いて捨てる程に存在するからだ。)
 それに加えて、和田アキ子氏程身長がない“リズム&ブルース”の和製女性歌手もこの世に存在していない訳ではない。 それらの人達が日の目を見るのを、私はさほど見聞していない…。

 
 和田アキ子氏とは対照的に、165cmまでしか身長が伸びなかった私は、「あと5cmあれば…」と、幾度親を恨んだことか…
 まあ、その後モデルやタレントや歌手になるでもなく一般人として生きている私にとっては、現在の身長で十分とも考察するべきなのだが…。
 
 そんな一般人の私は、今後カラオケに行く度、和田アキ子氏の 「古い日記」 を歌い続けるつもりだ。
 ハッ!!!

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東大生も人の子

2012年11月08日 | 時事論評
 昨年のちょうど今の時期に、私は当エッセイ集に於いて 「『感じが悪く』て何が悪い??」 と題する記事を公開している。

 当時大学の公募制推薦入試に挑むこととなった我が娘の受験対策、特に「面接試験」に際して如何なる方策を練るべきか等を引き合いに出しつつ、“人は「感じが悪く」てはいけないのか?”に関する私論を展開したエッセイである。

 以下に上記エッセイの中から「面接試験」に関する部分のみを取り上げ、今一度要約して紹介させていただこう。

 入学試験や就職試験の面接に際して、受験者は初対面である面接官に「感じが悪い」印象を持たれるよりも「感じよく」接するに越した事はない。  そこで、口数が少なくややもすると“暗い人間”と誤解されがちな我が娘に対し、面接内容以前の問題として、姿勢を正してまっすぐ前を見て話すよう、娘「お抱え家庭教師」の私は指導したものである。
          (  中略   )
 “あの人は感じがいい”  あるいは  “感じの悪い奴だなあ”  ……
 これらは特に初対面の人間同士の関係においてよく発せられる言葉であるが、“自分自身が人に与える表向きの一見の評価”にしか過ぎない上記のような印象とは、その後人間関係が進展するにつれ直ぐに忘れ去られる性質のものではなかろうか。
 人の長き人生の目的とは、万人に対して「感じが良い」人になることではあり得ない。 加えて“一見した人の感じの良し悪し”とは、有意義で実効性ある人間関係に於いてさほど重要な事項ではないことは明白だ。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーのごく一部を修正して要約)


 今回のエッセイを綴ろうと志したきっかけは、ネット上で「東大生」の就職活動現状に関する情報を垣間見た事による。

 その情報によると、どうやら“天下”の東大生にして、現在就職内定を取れず四苦八苦している学生が少なくないとの事だ。
 早速当該ネット情報を (  )内に原左都子の私論を同時進行で交えつつ、以下に要約して紹介しよう。

 (原左都子の観点からは、あくまでも一アジアの日本社会において) 学歴社会のトップに君臨する東京大学。 「東大卒」という称号は、この学歴社会における最強の「プラチナチケット」だ。 (こんなに国内の政治経済状況が廃れている今でも東大内ではそんな神話が通用してるの??)  ところがこの切符を手にしていながら、就職活動で内定を取れず負け続けている東大生がいる。 (海千山千の私に言わせてもらうと特段不思議な現象ではないのだけど…)
 一体それはどんな学生なのだろうか。 この疑問を他ならぬ東大生自身の手で明らかにした著書がある。東大生でつくる東大就職研究所の「内定とれない東大生」(扶桑社新書)だ。 (私は読んでないけど、面白そうな書物だね!) この解明作業は、彼らにとって少なからぬ深刻さをはらんでいる。

 例えばある企業への就職活動でほぼ互角に競い、最終面接まで到達した二人がいたとする。その最終決定でも二人のどちらにするかを企業担当者が迷ったとき、最後はどうなるだろうか。 東大生の場合この段階で落ちた時に、その理由が「大学」であることは絶対にない。 (へえ~。東大現役学生が運営する就職研究所はそう判断するんだね。申し訳ないけど私の印象では、特にこの厳しい世界の現実に打ち勝っていかねばならない産業世界はもっと進化していて、特に優良企業程「大学」云々ではなく自らが欲する有能人材を採用すると思うのだけど…)
 それにもかかわらず、東大生が内定を取ることができないというのは、学歴ではない「もっと深刻な何か」によってその人間性が否定されているということになるだろう。   (人間性の否定との言及は何とも大袈裟だけど、東大生の中には結局競争が激しい産業界で“使い物にならない”人物と判断されている学生が多い現状なのじゃないの??)

 人生を勝ち続けてきた東大生 (一般人の原左都子としてはかなりびっくり発言と受け止めるけど、過去の東大生がほんとに人生勝者なの?? そうとは思えない東大卒著名人は数多いけどねえ。例えば政治家氏とか…) にとって、これほどの厳しい問題はない。では、それは何が原因なのだろうか。
 その答えを見つけることは、「企業が求める人材は何か」を探ることでもある。 (「就職活動」に限って言うとその命題は間違っていないけど、それを今更ながら東大生が分析するというのも時既に遅しだよね。 20年程前のバブル崩壊期に世間の学生が就職にあえいでいる時、東大生は特別扱いされていたのだろうか?? あるいは“リーマンショック”後直ぐにでもそれを解析すればよかったのに、その時もまだ東大生は厚遇されていたの???)  
  (以下略)


 最後に原左都子の私論で締めくくろう。 

 上記東大生グループ著書情報の通り、現在の東大生は以外や以外就職の内定を取るのに四苦八苦しているとの事である。
 日本国内の就職において「東大」ブランド (“プラチナチケット”と東大生自らが表現しているようだが、この言葉何だか聞く方が恥ずかしい思いもする…)が通用しなくなっているようだ。

 現実問題、就職活動において「東大卒」の肩書が有利となるのはエントリーシートまでとの事情は、東大学生の著書を読まずして理解可能だ。
 実際の就職試験(特に面接)に於いて、「やることがない」だの「自分がやりたいことがわからない」だの「大学院へ進学したいとも思っているし…」等々との言葉が口からポロポロ出る東大生が内定が取れるはずもない。
 
 それに遡って、実は原左都子は東大生が本当に「偏差値」が高いのかに関しても以前より疑問視している。 もちろん「塾」等受験業界の言うところの「偏差値」が高かったからこそ東大に合格できているのだろうが、その「偏差値」と実際の学力とは異質のものとも捉えている。 
 一生に渡って力強く生きていける能力の一要素として「学力」が欠かせない事は確かだが、東大生にその真の「学力」は元より、今後一生世間で渡っていける力があるのかどうかに関して、未知数と捉えるのが大人の常識であろう。


 そういった意味では、就職活動中の学生とは(「東大生」も含めて)まだまだ子どもであるし、今後社会で発揮する潜在能力の程は安易には判定不能であるはずだ。
 (東大生も含めて)何処の学生もピンキリというのが現実でもある。

 今回のテーマで私が訴えたいのは、その種未知数の「学生子ども」の皆さんの将来に渡る潜在力を見極めるべく、面接担当者の方こそが大人になってはどうかとの結論に達するのだが…

 未だ成熟過程にある人間がその能力を発揮する手前段階において“プラチナチケット”なる言葉を恥ずかしげもなくほざくからこそ、「東大生」とは概して社会全般に“感じが悪い”存在と受け止められ嫌われるのではなかろうか?
 それもまた受取側の歪みも含有した現象と感じる私だが、もしも東大生自らが今の時代背景において尚、自分は「特権階級」なる勘違い意識を醸し出しているとすれば、それは時代錯誤も甚だしいということであろう。
 
 それはともかく、上記私論のごとく「東大生」とて所詮人の子であり、まだまだ子どもであることを肝に命じつつ、既に大人であろう面接担当者側こそが、真に優れた人材を採用するべく自らの力量を磨かんと精進すれば、世も少しずつ変遷できるという事ではあるまいか。

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「塾」ごときに何故多額の無駄金を費やすの??

2012年11月05日 | 教育・学校
 当「原左都子エッセイ集」2007年9月バックナンバーにおいて 「塾の『教育力』のレベル」 と題するエッセイを公開している。

 現在大学1年生となり学業及び実習課題等に日々勤しむ我が娘が、未だ中学2年生だったほぼ5年前に綴った我がエッセイである。
 我が子の教育に関しては一貫して「お抱え家庭教師」である私が担当しているのたが、娘の私立中学受験に際し、情報収集目的で1年間限定との期間を定め民間塾に通わせた経験がある。


 その経験から「塾」なる組織の“教育力の程度”に大いなる疑義を抱いた私論を綴った内容であるが、以下に今一度上記5年前のエッセイの一部を要約して紹介しよう。

 近年、世間では子どもを持つ親御さんたちが塾だ塾だと騒いでいる様子だ。 だが、この現象をよく観察すると、塾を真に崇拝し「教育力」を期待しているという訳ではなさそうだ。 皆さん行き着くところ、子どもを受験に合格させてくれさえすればそれでよしとしているように見受けられる。
 かく言う私も、子どもを私立中学受験時に塾に通わせた経験がある。 我が家の場合、子どもの学習指導は普段より私が担当しているため、塾通いの第一目的は受験のための情報収集にあった。 ところが塾とは、個別に欲しい情報(志望校に関する詳細情報等)については至って貧弱で当てがはずれ、塾側から提供される情報とは通り一遍で一般論的なものしかなく大して役に立たないのだ。 結局は自分で直接志望校に足繁く通い情報収集するのが一番である。 むしろ、志望校から得たその生の最新情報をこちらから塾に提供するために塾通いしたようなものだ。 我が家の場合、今後一生子どもを塾に通わせる事はないであろう。
 そもそも塾の社会的立場を考慮した場合、塾に「教育力」が要請されている訳ではない。 子どもの教育(育児)とは本来、各家庭が主体となって行われるべき業である。 加えて、現在の日本では“学校教育法”により小中学校教育が義務化されているため、法的に学校にも子どもの教育の責務があろう。  これに対し、塾とは基本的には市場原理に基づき存続するべく努力すればよい一営利団体に過ぎない。 子どもを一定期間預かってどのような学習指導を実施しようが誰からも非難される筋合いはない、との道理なのである。   
 塾は親の要望をよく見抜いている。子どもを受験に合格させてくれさえすればよいとの短絡的な要望を。  では塾側はこの要望に応えるべく如何なる手段を下すかというと、皆さん既に十分ご承知の通りまず学校を「偏差値」なる基準でランク付けする。 そして、子どもの偏差値に合わせて志望校を決定するよう受験者本人と親に仕向けるのだ。 この手法を取れば大抵の子どもは合格する。  塾にとって自塾生の受験合格率は組織存続がかかる命綱だ。“偏差値ランク付け方式”は塾側にとって一石二鳥の方法であり、一番手間暇いらず金もかからない手法なのだ。  この現存する塾が当たり前のように採用している偏差値第一主義は、「教育」という言葉とは程遠い事実としか言えない。
 塾が乱立し競争が激化している現状とはいえ、これ程塾が子どもを持つ家庭からもてはやされている現段階においては、さほど経営努力をせずとてその経営が成り立つのであろう。 とはいえ、先の見えない不確実性の高い世の中である。塾業界でも買収、統合が進んでいるとの情報も見聞する。 社会的には真の「教育力」が要請されない業界であるとはいえ、それに甘んじ“偏差値”主導にばかりなびいていては、ますます教育界全体が退廃の一途を辿る。 塾業界は自らの生き残りのためにもここは一歩前進して、もう少し真の「教育力」を子ども達に伝達できるべく組織改革してはどうか。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバー 「塾の『教育力』のレベル」 を一部手直しして紹介)


 原左都子自身の「塾」に対する見解は、上記エッセイを公開した後5年余りの年月が経過した後も一切変化していない。
 情報収集目的だったとは言え、娘の私立中学受験のために1年間民間塾に通わせ無駄金(娘の場合1年間で100万円程の損失だっただろうか)をはたいてしまった“大失策”を肝に銘じ、その後は我が「お抱え家庭教師」力一本のみで娘の大学合格を導いて来ている。


 先だって(11月1日)の朝日新聞記事によると、現在は県立高校受験に照準を絞った民間塾も存在するとのことだ。 まさに、「塾」通いにかかる家庭内教育費の圧迫回避を狙った民間塾戦略であろう。
 その記事内容を少し紹介すると、教室設置場所を「駅近」ではなく「郊外」にする等の施策により経費節減を計り、受講料を低額(月1~2万円程度)に押さえることにより公立受験に対応しているとのことだ。

 このような事業展開こそが真の「教育力」に近づけるという話なのかもしれないが…   さて、この種の塾が今後共に存続可能なのだろうか??


 さらに、上記朝日新聞記事内の興味深い内容を紹介しよう。
 ㈱リクルートが11年7月に全国の大学1年生800人を対象にしたインターネット調査によると、3人に2人は「塾や予備校に通った経験がない」と答えたとのことだ。 その理由として最も多かったのは「家庭の経済事情が厳しい」との回答(49%の学生がそう答えたらしい)だったようのだが…

 このアンケート回答を見て、心より安堵した原左都子だ。
 大学生のうち大多数は、塾などに頼らず自らの実力で大学に合格できている現実とは素晴らしい結果ではなかろうか。
 ただし、この記事には専門家氏よりのコメントが付けられている。
 原左都子なりにその内容を解釈してアレンジすると、「自習可能な場があり、講師に質問できるのがよい塾。 自分が分からないところを重点的に教えてもらえるとよい。…」


 我が子が生まれ出た直後より「お抱え家庭教師」を全うしている我が“原左都子塾”に於いても、娘相手に上記専門家氏が言うところの実践を日々行ってきた自負がある。
 しかも受講料は「¥0-」也! 

 自分は学力が高いと自負されている保護者の皆さんも、得体の知れない民間塾などに可愛い我が子を委ねるより、受講料「0」の“家庭内塾”を開講されるのが一番の家計費節減対策かと私は思うのだけど… 
 (えっ? あんたと違って私は仕事に忙しいのよ!!)ですって?? 

 こりゃまた失礼致しました…  

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人の本性が見える

2012年11月03日 | 人間関係
 10月から始まったNHK連続テレビ小説「純と愛」は、放送開始後1ヶ月が経過した。
 視聴率との“ものさし”で計ると、このドラマは前回の「梅ちゃん先生」よりも若干その率を下げているようだ。

 ところが、原左都子の観点からは今回の「純と愛」の方がずっと面白い。
 いや、「梅ちゃん先生」も松岡先生が“ドーナツの穴”云々と言い始めた頃より我が個人趣味により少しずつ興味深くなってきたのは確かだ。 それまでは能力の低い主人公梅子が何故医師としてサクセス街道をばく進できるのかの描かれ方において説得力に欠け物足りず、空虚感と共に“ダレる”ドラマと私は解釈していた。

 その点、今回の「純と愛」はドラマ放映当初より脚本に十分な説得力がある。
 主人公純をはじめ、心にトラウマを持っている愛(いとし)、そして二人の家族や職場の同僚達が何故ドラマ内の言動に出るのかに関して説明力がある故に、違和感なく受け入れることが可能だ。


 本日(11月3日)放映されたドラマの内容が特に興味深かった。
 愛(いとし)が精神科を受診する場面とその後の二人の会話を通して、15分間に及び純と愛双方の心理が丁寧に描かれていたと私は評価する。

 この場面を私の記憶のみに頼って、以下に少し再現してみよう。

 心に抱えたトラウマ故に「人の本性が鮮明に見えてしまう」現象により、就業困難をはじめ悪行を施した他人をいきなり殴ってしまう等々、日常生活に支障を来たしている愛(いとし)に、主人公純は精神科受診を勧める。 当初は受診中に精神科医の本性が見えてしまう事を理由に受診を拒否していた愛(いとし)だが、純の誘いにやむなく従い受診に踏み切る。
 MRI等により脳検査を実施したところ、脳に形態・機能上の異常は発見されなかったようだ。 そこで担当精神科医が診断するに「統合失調症」とのことで、薬を処方すると言う。
 以前にも精神科医より安易に「統合失調症」と診断された経験がある愛(いとし)は、「薬なんか要らないですよ。どうせ投薬により脳内ドーパミン過剰放出を抑えて妄想が出るのを制止しようとの魂胆でしょうが、それとボクの他人の本性が見える現象は全く別物ですよ。そんなもの飲んでも無駄です。 あなたはボクのような患者が鬱陶しいからとりあえず『統合失調症』とテキトーに診断して済ませようとしているだけでしょ。 そんなの見え見えですよ!」

 ここで一旦原左都子の私事に入るが、我が病院嫌いの理由の一つは愛(いとし)君とまったく同様である。 大抵の場合、医師の言動の魂胆(テキトーに検査診断し投薬している)が見え透けてしまうのだ。 (いやいやもちろん良心的な医師も世に数多いのだが、悲しいかな何処の病院も数多い患者を抱え時間のやり繰りに切羽詰っている現実であろう…) 

 ドラマの内容に話を戻すが、その後愛(いとし)と精神科医の間でひと悶着あった後、純の部屋に戻った二人が本心をぶつけ合った結果、愛(いとし)が純の部屋を去る決断をする。
 このシーンにおける二人の心情描写にも現実味があって両者の思いが理解可能な私だが、それをここで記していると長くなるため割愛する。
 さて今後純と愛の関係はドラマ内で如何に展開するのであろう??


 「人の本性が見える」 との今回の我がエッセイ集表題に関する話に戻そう。

 上記ドラマ内の愛(いとし)君程鮮明ではないが、原左都子もどちらかと言うと「人の本性が見える」部類の人間である。
 
 原左都子の分析では、おそらく人類とは「人の本性が見える」人種とそれが「見えない」あるいは「見えにくい」人種とに大きく分類できるのではないかと考察する。
 これが考察可能となったのは、年齢を重ねて来た比較的最近の事だ。
 そのように考察可能となった現在において、私は人付き合いにおいて以前よりキャパシティを得たような思いだ。
 そして、「人の本性が見える」私が普段お付き合いをする相手として“さしあたって”相性が良いのは、それが「見えない」か、あるいは「見えにくい」人種であるとの結論にも達しつつある。
 このような記述をすると、私(ボク)だって「人の本性が見える」部類と自負しているけど、その観点で君(原左都子)と付き合ってやっているよ、なる反論も届きそうだ。
 これこそが私が好むお付き合いである。 「人の本性」を見据える能力はあるが、それを超越して多面性を受容しつつの関係とは、長期に渡り上手くやっていける要素と私は理解している。

 さらには、「人の本性が見えない」人種とは、原左都子が何をもってそのように受け止めているのかとの反論も届きそうだ。
 私自身は人間関係において相手の本性を見据えた付き合いをしたい人間である。 「人の本性が見えない(あるいは見ようとしない)」人種は一見付き合い易い相手ではあるが、あくまでも表面部分の付き合いに留まるであろう。


 話をNHK連続テレビ小説「純と愛」に戻そう。

 現在の世間一般的な人間関係において「人の本性が見える」あるいは「見えない」云々よりも、世界規模で政治経済及び国際関係が混沌としているこの時代においては、老若男女を問わず日々の人との付き合い生活がさしあたり楽しく移ろい行く事に重点が置かれるのであろう。

 それでも今回NHK朝の連続テレビ小説において、愛(いとし)を代表する現代に特異的なキャラを取り上げ、それを受け止めようと苦難するこれまたある程度の特異性がある主人公純との兼ね合いを描こうとの、実に困難なドラマ設定を大いに評価する私だ。

 愛(いとし)同様に思春期過ぎた頃から「人の本性が見える」部類の原左都子は、来年3月までこのドラマを我が事として見守りたい思いでいる。

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予防接種で絶対に死者を出してはならない!

2012年11月01日 | 時事論評
 去る10月17日に岐阜県美濃氏の小児科クリニックで、小学5年生の男の子(10歳)が日本脳炎の予防接種を受けた直後に意識がなくなり、まもなく死亡するとの医療過誤が発生した。
 
 ここでその詳細を紹介すると、この男児は接種5分後に心肺停止状態となり救急搬送されたが、約2時間半後に死亡が確認されたとのことだ。 予防接種を実施したクリニックの院長の談話として、「『先生ひきつけを起こしている』と看護師が言った。顔色が真っ青、ショック状態だと思う。とにかく心臓の音が聞こえない」との報道があるようだ。
 警察は男児の死因や予防接種を受けた時の状況等を調査中とのことだったが、接種直後に容態が急変した事実を考慮すると、まさに予防接種が直接原因で死に至った事例と判断するべきであろう。

 
 本日(11月1日)午後12時過ぎに配信された最新ニュース報道によると、当該死亡男児はかかりつけの医師から併用が禁じられている薬を処方されていたことが、厚生労働省への取材で分かったとのことだ。 一緒に服用すると不整脈により死亡する危険性があるとされ、現在厚労省は薬の併用と死亡との関連について調べているらしい。
 一方、男児の母親によると、男児は広汎(こうはん)性発達障害による興奮を抑えるため2種類の薬を服用。今年9月からは夜尿症を抑える薬も処方され、3種類を毎日飲むように指示されていた。予防接種の前日夕にも服用し、当日は飲んでいなかったとのことだ。
 厚労省の見解に戻るが、興奮を抑える薬と夜尿症を抑える薬を併用すると脈が乱れて意識を失うことがあり、死亡する危険性もあるとされている。 母親は「かかりつけ医を信頼しており、指示通りに飲ませていた。併用禁止とは知らなかった」と話しているらしい。
 男児のかかりつけ医と日本脳炎予防接種を担当した小児科医院は別とのこと。 岐阜県警も併用の危険性について把握しており、「処方した医師を含め関係先から事情を聴きたい」としている。
 (以上、本日の最新ネットニュース報道より引用)


 ここで一旦私事に入ろう。

 我が娘が幼い頃某教育研究所に通い、指導及び相談を受けていた事に関しては本エッセイ集内で幾度が公開している。
 その研究所とはまさに上記の発達障害児(娘本人がそれを聞いても動じない程成長を遂げたと私が確信できるまで、本エッセイ集において非公開を貫いてきた)の研究機関なのだが、当時通所していた子ども達の中にも医師より薬を処方されている児童が複数存在した。

 我が子の当時の症状に関して説明すれば、(数多くの心身的不具合を抱えてはいたが)、その中で「夜驚症」及び「不明熱」症状が突出していたものの、普段「興奮症状」が出現することは皆無だった。
 定期的に病院通いをする中で、元医学関係者の私は担当医と納得いくまで話し合いを繰り返しつつ娘の容態を見守っていた。 特に「投薬」に関して元々大いなる抵抗感がある私は、「不明熱」発症時の解熱剤ですら拒否していた。 「検査」に関してももちろん抵抗感はあったが、娘の心身状態把握のために最小限に留めつつそれを心苦しくも実施せざるを得なかった。 ただし小学校高学年以降は、娘の予想以上の心身共の成長に伴い私の意向で“害”が顕著な「検査」に関してはすべて拒否している。
 特に我が子幼少の頃は夜な夜な娘の「夜驚症」(小学校低学年まで続いた)で睡眠不足に陥り、また幾度となく不明熱(中学2年まで続いた)を出す娘の様子を傍らで見守るにつけ、自分なりの対応策をある程度ではあるが学習し続けて来た。 
 決して医療機関に一任することなく、娘の事を一番理解している親の私自身の冷静な判断力を最優先したことが功を奏したのか、娘は心身共に順調に成長を遂げつつある。


 上記予防接種直後に死亡した児童の話に戻そう。

 その児童の母親が、“かかりつけ医を(全面的に)信頼していた”と談話しているところが辛い…

 実は、我々親子が過去に通っていた教育研究所に於いて、児童に投薬をしていた一家庭のお母上も同様の発言をしていたことが我が脳裏に蘇るのだ。 女児にして「興奮」気質を抱え暴力行動に出る(我が娘も研究所内でその女児に幾度か暴力被害に遭ったが…)そのご家庭では、確かに「投薬」に頼ってでも女児を落ち着かせたい切羽詰まった事態だった事が推し量れる…。
 それにしても、やはり「投薬」の副作用こそが更なる悲劇を招く現実を、特に年少の子どもを抱えている親たるものは親の責任として認識するべきではなかろうか?

 そのためには自分自身で主治医を選択できる能力を全国民に育成させるべく教育を施すべきであろうが、医学分野とは確かに一般国民には難解な領域であり、学校教育にそれを委ねるのは元々無理があるのかもしれない…


 話題を予防接種過誤に戻そう。
  
 上記事例のみならず、この7月にも日本脳炎予防接種による幼少児の死者を出している事を、皆さんはご存知であろうか?
 7月の幼少児死亡例の場合、予防接種から“2日後”に発熱けいれんを繰り返し急性脳症と診断されたらしい。 そのため、厚労省のバック団体である“専門家委員会”とやらは、「予防接種過誤との因果関係を否定はできないが薄い」等々とのコメントをして「ワクチン接種との関連は不明で、引き続き検討する」との扱いになったとのことだ。

 ここで私論だが、まったくもって自分らの利益しか視野にない政府・官僚及びその“天下り団体”の存在こそが嘆かわしい。


 最後に原左都子の私論のまとめをしよう。

 日本脳炎とは、そのウイルスを持ったブタの血を吸った蚊に刺されて感染する。 最近の患者報告は年間10人以下とのことだ。 一旦発症すると意識障害などの重い障害が出るなどして2~4割の人が死亡する。 (以上、朝日新聞報道より抜粋)

 原左都子が得意な数値計算に入ろう。
 日本脳炎罹患年間患者数が10名以下、その内死亡に至るのが2~4割。 死亡に至る割合を3割として計算すると、実際に日本脳炎に感染して死亡するのは年間3名以下との結論が出る。
 もちろん、それにより死に至った方々にも弔意を表しよう。

 それにしても年間3人以下の死者を出す事を阻止するため、全国民にその予防接種(しかも日本脳炎の予防接種とは1回ではなく子どものうちに何度も強制される)を国民全員に負荷し続けている現実を、国民の皆さんは如何に捉えているのだろうか??
 各自の「死生観」の課題もあろうが、私自身はどうせ死ぬなら予防接種との人為的医療過誤で不本意に“犬死”するのではなく、疾患そのものに罹患して天寿を全うしたいものだ。


 「原左都子エッセイ集」に於いて幾度も訴え続けているが、予防接種とは政府と製薬会社と医療機関との“癒着”の産物でしかあり得ない。

 この膨大な税金の食い潰しを今後如何に捉えていくかに関して、ゼネコンとの癒着産物である「公共事業」共々、政権が移り変わりそうな今こそ国民は目を覚まして再考しようではありませんか!!

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