原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

なでしこジャパンは国民栄誉賞をもらってよい!

2011年07月30日 | 時事論評
 サッカー女子日本代表チーム「なでしこジャパン」がワールドカップ女子サッカー大会で輝ける優勝を飾ったのは、もう既に半月程前の7月17日の事であった。

 私とてこの歴史的出来事を知らなかった訳ではない。
 ただ、長年に渡る「原左都子エッセイ集」のファンの皆さんは既にご存知であろうが、原左都子はサッカーが嫌いだ。 “興味がない”と表現するよりも、ある理由によりもっと積極的に“嫌い”なのである。 それ故にあえて本エッセイ集においては、女子サッカーチームの栄光物語を今まで意識的に素通りしてきた。


 私が何故それ程サッカーが嫌いなのかに関しては、2010年6月の時事論評バックナンバー 「“青服日の丸軍団”の心理とは…」 において詳述している。

 ここで上記バックナンバーの趣旨を簡単に振り返らせていただくことにしよう。
 私がサッカーを好まない理由とは、決してサッカーという競技自体が嫌いな訳ではなく、あのサポーターとやらの団体応援団(日本の場合は原左都子名付けて“青服日の丸軍団”がそれに当てはまる)が、私にとっては目障り極まりないからだ。
 サッカーに限らず他のスポーツ観戦もすべて同様であるが、それはあくまでも個人の趣味の範囲であり私的な事象である。  にもかかわらず過去において所属していた職場に於いて、サッカーファンでない私はごくごく少数派であったが故に周囲の大多数のサッカーファンから露骨に不快感を表明されてしまい、男子ワールドカップ開催中に職場内で身の置き場に困惑した苦い経験がある。 
 サッカー日本チームのサポーター団体である“青服日の丸軍団”の挙動に関しては、原左都子以外にもそれを論評する見解は存在するようだ。 彼らが「日の丸」を振りかざし「君が代」を大声で斉唱するのは、決して「愛国心」に基づいたエネルギーに端を発する訳ではないとの論評も存在するのだが、まさにその通りであろう。 それでは、彼らがサッカー競技場や街頭で一種の新興宗教団体のごとく自ら青服で統一して、日本サッカーチームをあれ程の勢いで応援するのは、一体どういった心理やポリシーに基づいているのか? 極端な話が、あの若者達の青服姿にはかつての「オウム真理教」の白装束を呼び覚ます匂いすら感じてしまう私だ。 その得体の知れない団結心を本気で恐れるとまでは到底言えないが、その軽薄さに辟易とさせられるのだ。
 日本におけるサッカーとは、もしかしたらそれは近年人間関係の希薄化を極めているこの国に生かされている若者にとって、唯一“一致団結”できるべく「同調意識」を煽られる矛先であるのかもしれない。 “Jリーグ”の発足以降、人間関係の希薄化の荒波に放り出され孤立感を強めていた日本の若者が、それに飛びついたという図式が成り立つような気がする。
 多くのアスリート競技が存在するが故にそのファンが分散多様化して入り乱れる五輪よりも、サッカーという一つの競技にファンが一致団結して一筋に応援する方が結束力も強まるという論理なのであろう。
 貴方達が純粋に日本サッカーチームを応援している気持ちは原左都子とて理解できている。 ただ、日本が過去に犯した歴史的過ちを我々は今後まだ抱え続けなければならないという課題も残っている事実をほんの少しは理解した上で、それをわきまえて青服を着て競技場や街頭で「日の丸」を振りかざし「君が代」を斉唱して欲しいものである。
 (以上はワールドカップサッカー男子大会開催中に綴った我がエッセイ集2010年のバックナンバーの引用要約であるが、この記事には“青服サッカーファン”から痛烈な批判や誹謗中傷バッシングが届いたことを、今となっては懐かしく思い出す私である。)


 さて、なでしこジャパンに話を戻そう。
 先だっての女子サッカーワールドカップにおけるなでしこジャパンの活躍に関しては、実はこの私も日々楽しみにしていたのだ。
 「なでしこジャパンが決勝ラウンドに進出した!」 「また勝った!」 「またもや勝った!!」 等々の報道の後、なんと決勝戦にまで進出したと言うではないか!
 ここまで来たのなら、私とて決勝戦を観戦したい思いだ。 残念ながら日本時間にして夜中の放映とのことで、あくる日の結果報道を楽しみにしていた。
 そうしたところ、世界一の実力を誇る強豪米国チームに対し最終PK戦までもつれた込んだ挙句の果て、競り勝ったとの報道だ!!  その勝ち様の素晴らしさに涙して喜んだ原左都子である。
 「あなた達は、本当に世界一だよ!」 とその時心静かにエールを贈ったものだ。


 そしてその歴史的勝利の酔いが一段落しかかった頃、今となってはもはや“潰れかかっている”菅政権の枝野官房長官より、「なでしこジャパンに国民栄誉賞を贈呈したい」とのニュースが飛び込んで来たのだ。
 これは既に国民に忘れ去られそうな哀れさを漂わせている菅政権としては、タイムリーな提案であると私は感じた。

 国民栄誉賞に関しては、以前より様々な憶測がある。
 この賞は内閣総理大臣表彰であるため政治色が強く、国内偉人の功績を内閣が単に政治利用したいがために贈呈している賞に過ぎないとの批判が存在する事も、当然ながら心得ている。

 つい先だっても、政治色回避の理由からなでしこジャパンは今回の政権による国民栄誉賞贈与を辞退するべきだ、との見解をネット上で発見した。 以下に、その見解を要約して紹介しよう。 
 なでしこジャパンの優勝は確かにうれしいニュースである。 だが果たして手放しで喜んでいいものか。日本人と日本のメディアの飽きっぽさは筋金入りである。何よりこうした機に乗じるのが得意な人々がいることを忘れてはならない。
 7月25日、政府はなでしこジャパンに国民栄誉賞を授与する方針を固めた。枝野幸男官房長官によれば、ドイツでのなでしこたちの活躍は「多くの国民に感動と希望を与えた」ということだという。だが、国民栄誉賞授与にはあまりに政治的な臭いが付きまといすぎている。選手たちの努力とは別に、政府によるスポーツの政治利用はみていてあまり気持ちのよいものではない。
 初代受賞者である王貞治氏の国民栄誉賞受賞に異論を差し挟む者はいないだろう。圧倒的な業績と国民に敬愛された人柄からも王氏は初代の受賞者に相応しい人物だ。
 その後国民栄誉賞は17人の個人が受賞している。仮になでしこジャパンが受賞すれば、団体としては初めての受賞となる。だが、そもそも個人を対象とした賞である。団体受賞が相応しいか疑問はぬぐえない。

 ここで、原左都子がネットにて調査した国民栄誉賞の贈呈基準を以下に示そう。
 国民民栄誉賞贈呈基準とは、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」とのことである。


 最後に私論で締めくくろう。

 「賞」というもの自体の存在価値が疑われる今の時代であることには間違いない。
 例えば文学賞や音楽賞など日本に名立たる歴史ある賞であれ、昨今は訳の分からん作家やミュージシャンが受賞し、「そんなもん、読みたくも聴きたくもないわ!」と感じる国民の方が数多い実情ではなかろうか。

 おそらく我が国において最高に権威ある賞と言えば「文化勲章」ではないかと私は捉えるのだが、大変失礼ながら、この賞とて既に現役を去って棺桶に足を突っ込みかけている老人に“年金”の形で贈呈しているのが現実ではなかろうか。

 国民栄誉賞に関しては、その贈呈根拠が政治利用であることは否めない事実であろう。そして今までの受賞者一覧を確認したところ、どうも芸能・スポーツ分野に偏向している賞であるのは、単に政権が国民に対する分かり易さをアピールしているだけなのかとの感も否めない。
 それを勘案した場合、今回のなでしこジャパンの受賞は多くの国民に分かり易いのではあるまいか。

 個人的な意見として、国民栄誉賞とは賞金がないというのがよい。
 そして、なでしこジャパンが今回世界一の栄誉に輝いた背景とは、実は貧乏にあえぎハングリー精神がたくましかったという点も私は評価したい。
 こういう国民こそが、今後共国民栄誉賞を受賞するべきではなかろうか。

 なでしこジャパンよ、今後もハングリー精神で頑張れ!!  
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喧嘩売らずに身を引くべきか…?

2011年07月27日 | 人間関係
 今回の記事はつまらない私事の内容で恐縮なのだが、昨日(7月26日)私はある相手に対して喧嘩を売りそうになった。

 
 いきなり話題が変わるが、朝日新聞7月25日夕刊「こころ」のページのコラム“生きるレッスン”において、作家あさのあつこ氏による「けんかの仕方」と題する記事が掲載されていた。
 あさの氏は、愛とは高みから低い所へ流れてこそであるが、喧嘩の場合は自分より強いもの、巨大なもの、力あるものへと売ってこそ本物の男であり女である、と述べられている。 現在はそういう喧嘩が出来る者が少なくなり姑息な大人が増えた事例として、例えば、自分より弱い相手を殴って躾も何もあったものではないのに「躾のためならば鉄拳制裁も辞さず」などと平気で口にする大人の存在を嘆かれる。 「今、人間として恥ずかしくないか」の問いかけを常に自分に出来る者だけが、正真正銘の喧嘩ができる器だとされている。

 私見に入るが、原左都子も物心ついた頃からこの感覚、すなわち“喧嘩とは自分より強い者に売るべき感覚”が強い。
 本エッセイ集において国政や国会議員等の“お上”に対して再三痛烈な批判を展開しているのも、この精神に基づくものである。 (いや? “お上”ってほんとに偉いのかに関しては、昨今の国政の大混乱や議員どもの体たらくぶりを見ていると何やら哀れさすら漂い、誰が弱者なのかまったく混沌とした時代であることを実感させられるばかりである…

 我が幼少の頃からの喧嘩履歴を振り返ってみても、年下や目下相手に喧嘩を売った記憶はない。
 社会人となり民間企業に勤務した時にも、上司に対して喧嘩(というよりも反論と言うべきだが)をぶつけた事は数多かれど、部下に対してみみっちいいじめ行為など一度もしていない。
 教員時代にも生徒に対して喧嘩はもちろんのこと、感情的に暴言を吐く等の行為など一度たりとてしたことがない。 これを指導と勘違いする教員が少なくない教育現場をまざまざ見た身としては、まさに自分の心が傷付けられる思いだったものだ。
 母親となった私は、正直なところ我が子を叩いたことがある。 若干の事情を持って産まれた娘が幼少の頃「お抱え家庭教師」としての任務に耐え切れずの衝動行為であったが、今尚自分自身の傷跡として懺悔の形で我が脳裏に刻まれている。
 現在の私が一番喧嘩を売る相手とは、何処の家庭も同様かもしれないが我が亭主である。 これに関しては喧嘩の案件にもよるのだが、私にこてんぱんに論破されて身を小さくしている亭主の姿を見た時など、“弱者虐待”ではなかったのかと反省しきりの時もある。


 前置きが長くなったが、いよいよ冒頭の昨日原左都子が喧嘩を売りかけた事案に移ろう。 (これに関して今後私はどう対応するのがベストなのか、皆さんのご意見を賜りたい思いである。)

 昨日私は週に1、2度のペースで通っているスポーツジムへ出かけた。 
 そもそも私がジムへ通いたいと考えた理由は、我が趣味の一つであるダンス系のエクササイズに励みたいとの思いからであった。 入所当初は「ヒップホップ」や「エアロビクス」等のプログラムに参加してそれなりに楽しんでいた私である。 月日が経過し、スポーツジムが展開するこれらのダンス系プログラムの目的とは、あくまでも健康維持の範疇を抜け出ていないことに気がついた。 周囲を見渡したら会員が頻繁に入れ替わるし、高齢者を含めて年齢層は様々である。 何ヶ月経過しても私も含めてダンスの技術が上達する会員が皆無である。 ただただ皆さん、踊り続けている…。 これが楽しいという会員も存在するのだが…  多少の違和感を抱き続けていた私は、この種の団体ダンスプログラムを辞める決断をした。
 
 その後ジムが「フリースペース」なる空間を設けたことを幸運として、私はその空間でウォークマンにイヤホンという形で自主ダンスを始めた。
 私のジムの滞在時間はほぼ1時間半。 そのうち「フリースペース」で自主ダンスを踊るのはわずか10分程度である。 それもスペースの空き具合を観察しつつ、人がいない時を見計らってそのスペースを使用するべく配慮もしている。
 ところが、2、3か月程前から私が「フリースペース」で個人的にダンスを踊っていることを好意的に捉えていない係員がいることに、いつも物事を客観視している私は気付いていた。 係員の気持ちは分かる。ダンスを踊りたいならば団体プログラムに参加して踊ればいいのに、何で一人で自分勝手に「フリースペース」で踊っているのだろうか、とのことであろう。 
 それならばそうと私に直言すればいいものを、いつもその係員は他の係員を連れてきて「これ、どう思いますか?」なるパフォーマンスを私の目の前で展開するのだ。 と言うのも、私の推測だがこの現象もジム内で見解が分かれる事象なのであろう。 「フリースペース」と名付けた以上、会員がフィットネス(健康増進)目的ならばそこで何をしてもよいはずだ。 おそらく現場に連れて来られた別の係員もそのように諭している様子だ。
 結局誰も私に文句を言うでもなくいつもそのまま10分が経過するのであるが、顧客の私としてはダンスに集中できないし居心地が悪いことこの上ない。 昨日はさすがに堪忍袋の緒が切れそうになり、その係員相手に「何か言いたい事があるのならとっとと直接私に言いなさいよ!!」と喧嘩を売りたい私であった。

 だが、思い留まった。
 この若者に喧嘩売っても仕方がないとの感覚が強かったためだ。 と言うのも、おそらくその若者はアルバイト等の身分の若年層であることは間違いない。 その係員にとって目障りでしょうがない私の「フリースペース」における単独ダンスに関して自分自身で処置を判断できる立場にない故に、正社員の係員を連れてきているのであろう。
 結果として、私の単独ダンスはジムにおける規範内の行為と判定されているのであろう。


 それでは原左都子がこの件に関して如何に対処するべきかに関しても、当然ながらその答えは既に導いている。 
 どうしてもこのジムに通い続けたいのであれば、組織の上部に「フリースペース」の使用法に関して再度確認し、そのスペースの今後のあり方に関して話し合う機会を持つとの方策もあろう。
 ただ私が推測するにこの手のスポーツジムとはチェーン展開であり、大変失礼ながら店長氏とて雇われの身分でしかなくコロコロ入れ替わっていることは想像がつく。 
 原左都子とて弱者の一員であるとの認識の下日々暮らしているのだが、結局はジムの店長とて誰とて皆弱者なのではなかろうか???

 そうこう考えていると、今の時代は誰にも喧嘩は売れないとの結論に達するのだ。
 私自身、アルバイト店員に嫌われて尚このジムにうだうだとこだわるよりも、新たなダンススタジオで思う存分ダンスレッスンをするべく次の手段を既に計画している。


 あさのあつこさん、皆が弱者化している今の時代においては、強者も弱者も喧嘩を売らない手立てを模索するのが一番ではないでしょうか?!!  
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ソクラテスは醜男だった…

2011年07月24日 | 芸術
 (写真は、現在東京上野の国立西洋美術館に於いて開催中の 「大英博物館 古代ギリシャ展」 のチラシを転写したもの)


 「原左都子エッセイ集」久々の芸術カテゴリーの記事として、今回は「古代ギリシャ展」を取り上げよう。

 上記チラシの写真は今回の古代ギリシャ展のハイライト、本邦初公開の ミュロン作「円盤投げ」である。
 解説書によると、今回展示されているのは彫刻家ミュロンがブロンズで制作したオリジナル作品ではなく、2世紀の古代ローマ時代に作られた貴重な大理石コピーであるとのことだ。
 会場順路を半ば程まで進むとこのハイライト作品のための円形特設ステージ部屋が設置されていて、360度の角度から作品を凝視することが可能である。
 今回の「古代ギリシャ展」は “THA BODY 究極の身体、完全なる美” とのサブタイトルが物語るように、そのテーマは人体の美である。 古代ギリシャ人が“人体こそが究極の美”と捉えて制作した彫刻や陶器に描かれた絵が数多く展示されている。

 中でもこの「円盤投げ」は、円盤投げ選手が円盤を投げる直前の動きの一瞬のポーズを切り取った作品であり、その流れるような身体ラインの構図が完璧に美しいとの揺ぎない評価を得ているようだ。

 間近で360度この作品を眺めてきた原左都子は、ひょんなことが気になった。
 それは、この作品のモデルの青年であるスポーツ選手は腕(特に円盤を持っている右手)が少し短くはないか?? とのことである。 (上記写真は肝心のその右腕部分が切れていて分かりにくく恐縮なのだが、実際にこのモデルが腕を下に下げたならばお尻までしか届かないのではなかろうか? 手長の原左都子が腕を下げたら膝上10cm位まで届くのに比べて、このモデルは有意に腕が短い気がする。) こんな馬鹿げた事を言い出して、世紀を超越する大傑作芸術作品にいちゃもんをつけたのはおそらく世界で私が初めてであろうが、事実そういう感想を抱いたのだ。
 実際問題として、古代人は現代人ほど手足が長くなかったのかもしれない。 
 そうではなくて、彫刻家ミュロンは作品の全体構図を完璧なものとするため、あえて腕の長さを短めに表現したのかもしれない。
 いやはや、私のような素人が芸術作品を鑑賞すると妙なところが気になるものだ。


 今回の「古代ギリシャ展」に我が娘と共に足を運んだのは、この機会に本邦初公開の「円盤投げ」を一目観ておきたい思いがあったという理由ももちろんある。 
 それもそうなのだが、第一の理由は我が子の名前をギリシャ哲学から引用しているためだ。 その命名由来の地である古代ギリシャのアテナイ(現在のアテネ)を娘と共に一目見ようとの目的で、我が一家は4年前の盛夏にギリシャを訪れている。

 現在のギリシャは経済財政危機に陥り、巨額の債務を抱え国家破綻に追い込まれている。 これを受けて全土で国民のデモ隊と警官隊が衝突し、死者を出す惨事を繰り返す国難の現状だ。
 我が一家が4年前にギリシャを訪れた頃にも、その前兆が少しあったような気がする。
 一部を除き人の表情が暗く、皆に笑顔がない。 そして、相当の物価高だった記憶がある。たかがファーストフード店でハンバーガー類のものを購入した代金が日本円に換算して500円近かったことを記憶している。 アテネ市街地に大型犬の野良犬が出没して食べ物を漁っている姿も恐怖だった。

 一方、アテネオリンピック開催が決行された波及効果か、我々が訪れた4年前には例えばアテネの地下鉄など綺麗に整備されていて使い勝手がよかった。
 その地下鉄を利用して我々はアテネ市街を巡ったのだが、パルテノン神殿をはじめあちこちに古代ギリシャ時代の遺産の神殿や彫刻が多く、アテネの街並みとは古代と現代が融合した素晴らしい都だと感嘆させられたものだ。

 その地下鉄で訪れたパネピスティミウ駅の階段を上がって地上に出ると、古代ギリシャの哲学者プラトンが紀元前4世紀に創設した“アカデメイア”がそびえていた。
 アカデメイア入口付近には、右にソクラテス、左にプラトンの彫刻像が立派にそびえ立っていたのだが、我々の関心は我が娘の命名の主であるプラトンの方にあった。
 残念ながらソクラテスに関しては二の次扱いで、現地で撮影した写真もプラトンの横についでに小さく写っているのみである。


 今回の国立西洋美術館における「古代ギリシャ展」では、そのソクラテスの小像が一体のみ展示されていた。 (残念ながら、プラトンの彫刻像は展示されていなかった。)
 これが失礼ながら、とにかく醜男なのである。 作品の解説文を読んでも、ソクラテスが醜男であったことをことさら強調しているのみだ。
 そう言えば、ソクラテスに関しての明言がある。 「太ったブタであるよりも痩せたソクラテスであれ」。  実際のソクラテスの風貌は背が低く、頭髪は禿げ上がり、丸々と太ったブタのようであったようだ…
 
 今回の「古代ギリシャ展の」テーマは“究極の身体、完全なる美”であるにもかかわらず、醜男ソクラテスの小像が展示されていたのは単にそれが大英博物館から今回展示許可を得られたとの理由であるのかもしれない。

 いえいえそうではなく、やはり古代ギリシャを語る時に欠かせないのが「ギリシャ哲学」ではなかろうか?
 世界に名立たる哲学者の巨匠の一人であるプラトンの師匠であるソクラテスの存在が今尚輝いているからこそ、その小像の展示がなされていたのであろう。


 何分芸術素人の原左都子故に、歪んだ視線での観賞報告である点をお詫び申し上げます。
 「古代ギリシャ展」は9月25日まで開催されているようですので、ご興味があられる方は是非東京上野の国立西洋美術館まで足を運ばれますように。
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主体的に生き続けられるなら、「老いる」ことは素晴らしい!

2011年07月20日 | 自己実現
 前々回の「原左都子エッセイ集」に於いては、大震災被災地の仮設住宅で孤独死するお年寄りが多発する現状に触れ、年齢を重ねた人間が今後如何に生きるべきかに関する私論を展開した。
 今回の記事はその続編とも言える内容である。


 朝日新聞7月16日別刷「be」“悩みのるつぼ”では、16歳女子高校生による 「“老いる”素晴らしさはある?」 との表題の相談が掲載されていた。

 この表題を見たのみの原左都子の感想とは、まだ思春期とも言えるうら若き世代の女の子が、人間が「老いる」現象を我が身として捉えられるだけでも何と素晴らしい想像力かと感嘆させられる思いであった。
 何故ならば私が16歳の頃などその種の発想はまったくなく、ただただ大学受験を2年後に控え、空虚に流されるばかりのつまらない日々だったからである。

 それでは早速、上記16歳女子高校生の相談を以下に要約して紹介しよう。
 私は16歳だが、「老い」が怖く本当に悩んでいる。 高校生になってはたと考えた。高校そして大学を卒業したら社会人として働き、クラス替えも卒業式も入学式もない変わらない環境の中で一生のうちの半分以上を過ごすのかと。 よく見ると、祖父母や両親や近所の人も老いている。 自分もこうなるのかと考えると、長生きするより早く死にたいとまで考える。 将来結婚すると言っても相手は所詮他人、うまくいく訳がないような気がする。 でも、孤独死は嫌だ。  ある時、年配の方が「(老後は)暇つぶし」と言っていたが、いつまでの暇つぶしかと真剣に考える。 体もいうことをきかない、お金も使う楽しみがない、と考えていると悲しくなるので、どうか「老いる」ことの素晴らしさを教えて下さい。

 相談内容を読んだ直後の原左都子の感想は以下のごとくである。 
 なるほど。  この女子高校生の周囲には確かに「老人」が多そうであるなあ。 そのお年寄り連中とは、おそらくお金には困っていない比較的恵まれた立場のようだが、どうも暇を持て余していてその愚痴を若い世代に漏らして日々暮らしているのだろうか…  
 核家族化した今の時代、老人の実態など露知らず育つ子どもが多い現状であろう。 そんな時代背景において、この女子高生のごとく世代を超えて“年寄り”を観察できる環境にあることはある種恵まれているとも言える。
 それにしても年寄り達よ、若い世代を落胆させるような言動は控えて、少し無理をしてでも若年層の模範となるべく言動を取ってはどうなのか??


 原左都子はおそらくこの相談女子高校生が指摘する「老いた」人種の範疇にはまだ入らない年代であると信じたいが、この16歳の健気(けなげ)な相談に対し、人生の先輩として少しアドバイスさせてもらうこととしよう。

 まず女子高校生が指摘する、社会人になるとその後一生環境が変わらないとの件について。
 これは、まったく逆だなあ。
 もしも貴方が今後一生取るに足りない集団に迎合して狭い世界で生きて行きたいというのなら話は別だが、学校という強制的に所属させられる集団生活を抜け出し社会人となったその日から、人間とは人生の選択肢が無限に広がるというものだよ。
                          
 社会には学校で経験した“クラス替え”などというせせこましい概念をはるかに超える数多くの人との出会いが待ち構えているし、その人間関係を開拓していくのも自分の能力次第だ。
 もしかしたら貴方は学校の「卒業式」や「入学式」のようなしつらえられた式典で、大人が自分をお祝いしてくれることを好んでいるのかな?  それも一つの素晴らしい経験ではあるが、社会に出て自由に羽ばたけたならば、今度は受身ではない自らが主体的に感動し合いお祝いし合える同士や仲間といくらでも出会えるよ。 これぞ、人生の醍醐味だよ! 

 次に懸念するのは女子高校生の相談内容によると、祖父母は元より自分の両親でさえ「老いて」いるとの観察がなされている点である。
 私事になるが、高齢出産で生んだ我が娘も現在妙齢の17歳。 その我が子から「お母さんは年寄り臭い!」なる指摘を受けた経験がいまだかつて皆無の原左都子である。 (いえいえ、外見的な要素に関して娘が私をどう捉えているかは計り知れませんよ。)  我が娘が私に対してその種の指摘をしないのは、おそらく幼少の頃より主体的に生き続けている母の姿を身近で実感し続けているが故と信じたい!?!


 ここで再び我が20代後半頃からの人生を振り返ると、当時より原左都子は「老いる」ことの苦悩など皆無だった事が懐かしく思い出される。

 20代後半に未だ独身だった私は、むしろ早く30代になりたい願望が強かった。 その我が心理を今分析してみるに、当時はまだ「適齢期」なる言語が世に蔓延っている時代背景であり、20代後半で独身を貫いていると周囲がそれを放っておいてくれないような、考え様によっては古き良き時代だったのだ。 
 ところが私にとってはこれが鬱陶しい。 30代になって尚独身を貫いておれば、周囲ももはや「この娘は独身で生き抜くのであろう」と見放してくれて、私はもっと自由に羽ばたけそうな気がしたものだ。

 その後高齢で授かった我が子がそろそろ小学校卒業の我が50歳直前の頃にも同様の感覚があった。 早く50代に突入したい思いが私にはあった。
 
 そして今、四捨五入すると還暦に達しようとする現在も何故か私は早く還暦を迎えたい気分である。
 そこには、今後に及んで尚我が豊かな「老後」を主体的に展開していけそうな自信があるからに他ならない。

 そんな我が感覚を後押ししているエネルギー源とは、若き頃に学校なる存在の“集団主義思想”に基づいた居心地の悪い場に所属させられた事に対する大いなる抵抗感であり、その後の我が人生においてその種の“集団主義思想”から脱出して自由を奪い返すべく長年能動的に行動をまっとうし続けている故だと自己分析している。


 最後に、今回の“悩みのるつぼ”の回答者であられる車谷長吉氏の回答を一部紹介して締めくくろう。
 あなた様はまだ若いのですから、日々より苦しい道を選んで生きていくのがよいと思います。 少なくとも私はそうして来ました。 ところが今は楽になり過ぎてかえって困っている老人が多いのです。 
 時の流れを止める方法はありません。とにかく自分から買ってでも苦労をすることが何よりです。

 16歳の女子高校生さん、思春期のあなたが今現在「老いる」という事に対する嫌悪感に直面できていることだけでも素晴らしいと原左都子は捉える。
 早くもその感覚が持てたあなたは、車谷氏が指摘するまでもなく、おそらく今後も主体的に「老いる」事を見つめつつ、それを避けるために今後何を考え、何を志向して生き抜いていくべきかの回答をいずれ実行に移すことができるであろう。
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さあ我が娘よ、志望大学目指して頑張ろう!

2011年07月17日 | 教育・学校
 昨日(7月16日)うだるような猛暑の中、私は大学受験を間近に控えている高3の我が娘のオープンキャンパスに付き合った。

 昨日訪れたのは娘の第三志望校であるため、親としては6月に第一志望大学を訪れた時程の気合もなく、失礼ではあるが、一種“物見遊山”的なお気軽感覚で大学の門をくぐった。

 ところが、たとえ第三志望校と言えどもオープンキャンパスへは行ってみるものだ。
 昨日は娘第三志望大学学長の話に大いに感銘を受けた原左都子である。


 娘が高1になった直後から、私は娘に同行してオープンキャンパスへ足繁く通っている。 
 何故ならば(我が娘は私学志望であるが、国公立大学及び大学院にしか通っていない原左都子にとっては)、特に私学の場合は大学毎の特質差が著しいと感じるからである。 国公立も大学法人化した現在に至っては、大学毎に特質を演出するべく各校がそれぞれ知恵を絞っている様子ではある。 ただ、やはり創立の歴史等を紐解いた場合、国公立と私立とは現在に至って尚大学の存在意義が大きく異なって当然であろう。 その私学の特質を捉えるためには、やはり直接大学現地へ出向き、大学毎の経営及び学問に対する理念や学風の程を肌で直に感じることが不可欠と私は考えるのだ。


 さて、我が娘の第三志望校(以下、K女子大学と略すことにする)の学長の話に戻そう。

 幾度となく娘と共に様々な大学のオープンキャンパスに訪れている私であるが、昨日訪れたK女子大学のオープンキャンパスのプログラムは特異的であった。
 まず受付で手渡される書類が簡略化されている。 通常は「大学案内」をはじめ大学を多面的に紹介した数々のパンフレットがぎっしり詰まった重いバッグを受付でいきなり手渡されてしまう。 今時「大学案内」など既にネットで発注していて重複する場合も多いのだが、これは資源の無駄にもならず軽くていい! しかも、この費用が娘の入学後に学費という形で徴収される心配もないというものだ。 (参考のため、K女子大学には資料室が設置されていて、受験生毎に必要な資料を自由に持ち帰ったり閲覧できるシステムとなっていて我が娘も必要な資料のみを持ち帰った。)

 そして通常の大学オープンキャンパスに於いては、必ずや「全体説明会」と「学部学科説明会」が開催されるものだ。 その会場では入試担当者と名乗る人物が舞台に現れて自大学や学部学科の特徴のPRをした後、受験に関する変更点等の解説をして、「皆さん、どうか受験して下さい」と締めくくるのが大抵の説明会の成り行きである。

 一方、K女子大学に於いてはこの種の説明会は一切なく、全体会合といえば「学長挨拶」のみという簡略プログラムだった。
 この原左都子でさえ、(わざわざ娘の第三志望校まで足労したのに、学長のつまらない話を聞かされるだけか??)と一瞬落胆させられたものである。


 ところが冒頭のごとく、この学長の話が充実していたのだ。 以下に私の記憶に頼ってその概略を記載させていただくこととしよう。  

 K女子大学の学長氏は戦時中のお産まれであるらしい。 生まれた当時は食糧もなくご苦労されたとのことだが、それがこの3月に発生した大震災の現状とダブるとの話である。(そうか、“もはや戦後ではない”とのスローガンの時代に産まれた原左都子より10年程人生の先輩だな。)などと計算しつつ、その食糧難時代が想像できる私だ。
 3月11日の大震災当日の夜、首都圏は“帰宅難民”であふれたのだが、大都会のど真ん中に位置するK女子大学にも押し寄せる帰宅難民が後を絶たなかったと学長は話す。 学内に残っていた学生と共に、それら外部の見ず知らずの帰宅難民を受け入れた一夜の大学内の様子の談話が私にとっては興味深かった。

 このK女子大学学長氏の話の特徴とは、ご自身の大学の建学精神や日頃の学業伝達の実態を一切述べないことにあった。(と言うのも、K女子大学とは歴史が古い大学であるため、学長自らがこの場で時間を割いてわざわざ述べずとも、今時個々の志望者がネットで調べれば済むと考えておられるのであろう。)
 その代わりに何を話したのかと言うと、学長氏が大学生であった時代と現代の大学との「大学の存在意義の大きな変遷」についてである。 
 若者の就職が困難な現在の大学の第一の使命とは ”就職率の高さ”を保つ事であるといっても過言ではないであろう。 それ故に“実学志向”の大学の人気が高まったり、あるいは大学内部で組織改編をして“実学志向”を匂わせる学部学科への改称をする等の切実なる変革努力をしている現実だ。

 ただ原左都子の私論としては、大学の存在意義とはあくまでも「学問の府」であるべきことに関しては、バックナンバーで再三公開している通りである。
 「学問の府」であるべき大学の存在命題を貫いて尚、“実学志向”を展開する余裕が大学にあるのならば、今の時代それも兼ね備えていてもよいのかもしれない。 だが、大学が大学と銘打つ存在である以上は、本来は学生の就職対策など二の次であるべき思いが私は今尚強い。

 K女子大学学長氏がおっしゃるには、昔の大学生は「考える」ために大学へ入学したとのことであるが、私も同感である。 そして、社会へ出る前の若者にとって「考える」機会と期間を持つ意義の深さについて自らの学生時代の実体験に触れつつ、昔は大学こそがその場であった趣旨のお話をされた。  それはすなわち、原左都子の「大学とは学問の府であるべき」との私論に通じる論理なのだ。 
 学長氏の見解として、「考える」機会を子どもや学生達から奪ったのは「塾」が乱立して後の事だとのご意見だが、まったく同種の懸念を抱き続けている原左都子でもある。「塾」とは受験で点数を取るべく“繰り返し学習”を子どもに強いるのみで「考える」という習慣を奪い去った、と明言したK女子大学学長氏と同見解の私である。  大学入学後も受身で安直な学習習慣を引きずり、学問の神髄である自らが能動的に「考える」事に抵抗がある学生が量産されている現状を、原左都子も以前より懸念している。


 我が娘にとってK女子大学の位置付けはあくまでも第三志望校であるため、母の立場としては娘の第一志望大学合格を祈って今後共バックアップしていくのが役割であることは心得ている。 
 だがもしもそれに失敗した場合も、第三志望校とて素晴らしいポリシーを持った学長が君臨されていることに安堵した私である。 保証もない4年後の就職の確約よりも、「考える」ことこそが大学生の本分である旨を伝えられる学長の存在は貴重である。 
 (参考のため、娘の第二志望大学のオープンキャンパスにも既に訪れているのだが、ここも母としてプラスの感覚を得ている。)

 3月の歴史的大震災の発生、その復興を一向に進められないリスク高き政権を抱える我が国、その現状を受けて若者にとっては超就職難の時代背景を余儀なくされてはいるが、とにかく我が娘よ、志望大学合格目指して今こそ頑張ろうではないか!!                    
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人と話したい、でも相手がいない、そして孤独死……

2011年07月14日 | 時事論評
 大震災の発生後、仮設住宅に単身で移った後に孤独死するお年寄りの報道を見聞するのは、今回の東日本大震災が初めての事ではない。

 例えば過去における阪神大震災でも、同様に仮設住宅で孤独死したお年寄りの総数は悲しいかな230人を超えていたとの報道である。


 体育館等の避難所で暮らすお年寄りにとっては、事務的所用等何らかの用件で現場担当者や周囲と話す機会はあろう。 もしその機会がなくとも、同じ建物内に人がいて、そこがたとえ避難所という過酷な空間であれ人々が生活を営んでいる実態を間近に見ることが出来るだけでも、今後自らが生きていく少しばかりのエネルギーのお裾分けがもらえるということなのではあるまいか。

 ところが一人暮らしのお年寄りが仮設住宅に入居した時点で、“孤独死”の危険性が大きく拡大する実態の程は重々想像できる。
 朝日新聞7月6日の報道においては、仮設住宅に入居以降 「一ヶ月誰ともしゃべっていない」 お年寄りの実態を捉えていた。 そのお年寄りの地域では、自治会が立ち上がっておらず住民同士が集う機会がないらしい。 上記の年寄りは無言でテレビの前に座る日々を一ヶ月間耐えた後、さすがに限界だったのだろうか、自転車に乗って震災前からの知り合いが多く住む地域まで足を運び、やっと人と喋る機会を得たのだと言う。
 上記のお年寄りは、自転車で遠出可能な身体能力が備わっていたからまだしもよかった。 
 別の仮設住宅で手押し車に座ったまま一人で暮らすお年寄りは、地震発生時に胸と腰を骨折した痛手も抱えており、トイレに自由に行く事もななまらず紙おむつ生活の現状だそうだ。 せっかく抽選に当たって入居した仮設住宅だが知り合いもおらず、結局はそこでは暮らせない事を悟り、今は老人ホーム入居希望だと言う。

 この記事によると、自治体リーダーによる見回りや、仮設住宅に住む住民の交流の場となる集会所の設置などが重要であることが掲げられている。
 そして国政もこれらのお年寄りを「孤族」と呼び、それを支援するために特命チームを立ち上げてはいるらしい。 (その活動の程に関する報道を、一度たりとて見聞したことがないのだが…


 原左都子の見解も、被災地で孤立しているお年寄りに是非“愛の手”を差し伸べるべく対策を練るべき、という点では当然一致している。
 ただ、私の見解は上記朝日新聞記事が掲げている対策とは多少異なるのだ。

 と言うのも、私自身が現在「孤族」とも言えるお年寄りを身近に2人抱えている。
 それは我が母であり、そして義母である。 二人共被災地からは遠い地方に住み、日々一人暮らしをしている。 両人共に現在80歳近い年齢故にその年齢相応の若干の身体的不具合を抱えているものの、一人暮らしをするにあたって特段の障壁はない様子である。
 その2人がそれぞれに口を揃えて言うのだ。 「“老人会”のような集会に自治体から誘われて参加してみても、皆が同じ事を上から指示されてやらされるだけでどうもつまらない。ああいうのに参加するのはまだまだ先のことかもしれない…」
 そして、2人はそれぞれに自分の趣味に励んでいる様子だ。
  過疎地の田舎に住む我が母は、得意の手芸の腕を活かしてボランティアで老人ホームに手芸の指導をしに行ったり、あるいは週に一度俳句の会に通い、優秀作を会誌に掲載してもらっては充実感を得ているようだ。 
 はたまた大都会に住む義母は昔から社交ダンスを習っている。今尚ハイヒール姿が似合うスリムな義母は、ダンス会場では男性にモテモテのようだ。 美人で華やかで元々“舞台向き”素質の義母は最近合唱も始め、先だって舞台に立ったようだ。

 それでも、元々“お喋り”の我が母に関しては、“人との繋がり”を絶やさぬために日々工夫をしている様子を母からの電話での会話で私は感じ取っている。
 その一つが“病院通い”“接骨院通い”等、健康維持と会話のセットが叶う目的地に出向くという手段である。 特に接骨院では院長とすっかり仲良くなり、暇を見ては接骨院でマッサージをしてもらいつつ会話に励んでいる様子である。


 我が身内と大震災被災者とを比較してみても、らちが明かないことは承知している。
 それを承知の上でさらに原左都子の見解を述べるならば、仮設住宅の「孤族」を救済しようとして“通り一遍の地域論”を持ち出したところでそれは既に時代遅れではないかということだ。
 自治会リーダーによる見回りに関しては、もしかしたら孤立死に至る気配があるお年寄りを救えるかもしれない。
 ところが、大震災被災者とて“個性ある存在”であるという発想がまったく欠けているのが、「集会所」を設けたらどうにかなるだろうとの自治体の旧態依然とした案である。  もちろん、そこに集ってくるお年よりも存在するであろう。その種の人々にとっては「集会所」も有益であろうことは私も認める。

 世の文化や学術芸術そして科学の発展によりそんなことでは満足出来ず、付き合う相手は自分で選びたいお年寄りが現在増えている現状ではあるまいか?
 その一例として挙げたのが我が身内の母であり、義母である。

 東日本大震災被災者のお年寄りの中にも、自治体がしつらえた集会所に行きたいという発想が湧かないから、仕方なく仮設住宅に引きこもるしかないお年寄りも存在するかもしれない。 
 それを、まさか「被災者のくせに我がままだ」と叩く国政や自治体職員がいないことを望みたい。
 
 何故ならば、この原左都子も我が母や義母を超越しそうな “我が道を行く”タイプであるからだ。
 原左都子が老いても、自治体からの「老人会に入ろう」なる指示に大人しく従おうなる発想は皆無であろう。
 そのようなお上の指導に従って自らが欲しもしない場で自治体が指示するくだらない老人体操やパソコン教室に励んだり、お茶をすすりながらつまらない会話に耐えるならば、「孤族」の立場で死んだ方がよほどマシであることは目に見えている。


 どうか国や自治体は、仮設住宅における孤独死防止にあたって“お年寄は皆馬鹿”との発想に基づいた集団主義的救済策を提示することを考え直し、お年寄り個々に応じた対応策を吟味して欲しいものだ。
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ストレステストの内容及び結果の詳細公開を

2011年07月12日 | 時事論評
 本日(7月12日)昼間のNHKニュースによると、玄葉国家戦略担当大臣は第3次補正予算案において「節電誘導予算」を盛り込みたい旨を発表した。
 福島第一原発事故を受け、使用電力節減のため国民皆が日々努力を重ねて来ている訳だが、玄葉国家戦略相曰く「今後は“我慢の節電”ではなく、国家が政策制度を構築することにより国家体制として節電を実行していきたい」云々… とのコメントを述べたようだ。

 菅政権の大震災復興に向けての対応の遅さに今さら驚くでもないが、原左都子がこのニュースを見聞して「えっ、震災発生後4ヶ月が経過したこの期に及んで、節電に関してお国は未だ何ら制度的対策を練っていなかったの??!」 と、またもや唖然とさせられたものである。
 
 6月下旬から既に猛暑続きの日本列島であるが、この猛暑の中、下手に節電に励もうものなら“熱中症”により命を落とす国民が例年の比ではなく発生するであろうことを私は既に懸念していた。 個々人の節電対策とは健康第一を主眼として実行しないことには命に繋がることを、近々このエッセイ集で訴えようと思っていた矢先である。

 お国が節電対策目的で今までに具体的に実行した政策(政策と表現するのもおこがましいが)とは“スーパークールビズ”だけなのではなかろうか?

 その点、民間大手製造業などは“工場稼動日変更”との思い切った対策を打ち出し、6月末より既に実施している。
 我が家の身内もその煽りを受けているのだが、木金という平日に身内に休まれることによる“弊害”をこの原左都子も被っている。 それでも、電力使用料が莫大な製造業の稼働日変更による節電対策は国全体に大きな節電効果をもたらしているであろうことを肝に命じ、9月末までは我慢の木金である…


 話が変わって、本日のNHKニュースでは福島第一原発の「汚染水浄化設備」から汚染水が漏れ出す故障が発生し、またもや装置が停止を余儀なくされているとの情報も伝えていた。(この装置における故障が繰り返されるニュースを日々聞き飽きた感もあるのだが…) 
 原発事故回復に向けた東電による短期工程計画の“ステップ1”の期限が間近に迫っている今、その達成は困難とのニュースであった。(これだけ故障が多発してれば、そりゃそうだろう

 昨日の別のニュースでも見聞したが、福島原発事故対応のため設置した汚染水処理用のパイプが“老朽化”のためか破損して高濃度汚染水が漏れ出している事態がその影像と共に報道された。 その他にも、事故対応のために建設した建屋類も既に“老朽化”していてより頑丈な素材の事故対策建屋や部品に交換する必要があるとのことだ。
 東電や政府は一体全体、福島原発事故に対して如何なる復興計画を立て、現地にその建造物を建設し装置を設置したのか?  レベル7の原発事故が“安普請(やすぶしん)”の対応で成り立つはずもない事は歴然であろうに…。
 事故発生からわずか4ヶ月にして、事故対応の建屋を建設し直したり装置を取り替える事による経済的損失や、高濃度汚染水の土壌や地下水への放散の実態、そして作業員の皆さんの無駄な放射能被爆の程を推測して心が痛む思いである。


 そしていよいよ表題に掲げた「ストレステスト」に話題を移そう。

 本日の国会に於ける論議において、菅総理は野党から玄海原発再起動に関する混乱や「ストレステスト」のあり方に関する質問を受けたようである。
 それに対し菅総理は「玄海原発再起動に関して総理である自分からの指示が遅かったり不十分であったため、皆さんに迷惑を掛けたことをお詫びする」云々と述べ、ストレステストに関しては「最終的な責任は国家が担う」ことを表明した様子である。

 福島第一原発事故という世界の歴史上稀なレベル7の放射能汚染を発生させ、世界中を恐怖と不安に落としいれ多大な迷惑をかけている当該国である我が国が、未だに原発の安全性に関して何の政策をも採っていなかった事実に呆れ果てると言うものだ。 
 (EU諸国の中には既に原発廃止を国民投票や政府の判断において決定した国も複数ある中、原発事故を引き起こした日本において未だに原発推進を掲げる政治家が存在することに愕然とさせられる思いである…)

 玄海原発を再起動すると海江田経済産業相が突如として発表し、それによる様々な波紋を受けた後に、やっと我が国でも「ストレステスト」を実施するに至った事にとりあえずは安心と言ったところである。

 ところが蓋を開けてみれば、菅政権が言うところの「ストレステスト」の内容が一切吟味されていない現実であるようだ。
 昨日の枝野官房長官の会見によると、原発が建設上の想定を超える地震や津波にどこまで耐えられるかを調査する1次評価を実施した後に再起動の是非を判断する、との表現に留まっている。
 さらにそのテスト結果を一体誰が評価し判断するのかと言えば、昨日の枝野官房長官会見によると経済産業省の「原子力安全保安院」であり、はたまた「原子力安全委員会」であるとのことだ…

 ちょっと待ってくれよ。 

「原子力安全保安院」と言えば、大震災発生直後から原発事故に関してテレビニュースでよく顔を出す国の独立行政法人だよね~~。 要するに官僚の天下り先だろ?? なんか、ニュースによく顔を出していた人物が女性問題で更迭されたという話もあるし??
 それから、「原子力安全委員会」……。 これは政権が扱い易い著名人を集めた諮問委員会ではないのか? その著名人達にどれだけの原発に関する専門力があるのだろうねえ~~???

 原左都子に言わせてもらうと、こういうのにはほとほとウンザリだよ。
 つい先だっての5月にも、菅政権は政府の福島原発事故に対する事故調査・検証委員会委員長として、東大出身の畑村氏なる工学博士を任命したようだ。 この方とは、「失敗学」なる一種“奇をてらった”理論を持ち出して世に知名度を挙げた人物であることは私も承知している。 ただ、畑村氏の原発事故やその放射能汚染に対する知識の程は如何なるものか私は心得ていないし、その情報も得られない。

 菅さん、自民党政権時代から存在するこの手の“知名度だけが取り得の人物を集めた諮問委員会”など、それこそ政権が交代したのだからそろそろ廃止してはどうなのか! 

 その代わりに政府が打ち立てた「ストレステスト」の内容及びその結果の詳細に渡るデータを、国民皆に即時に逐一公開して欲しいのだ。
 その方が、世に名を売らず地道に研究を続けている学者や研究者達から建設的で信憑性が高い反応が得られるであろうことは間違いないよ。
 そして知名度だけが取り柄で何ら役にも立たない諮問委員会の委員達に対し、無駄な報償を出すことにより国税を食い潰す弊害もなくなるというものだよ!
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放射能汚染から我が子を守って何が悪い?!

2011年07月09日 | 時事論評
 本日(7月9日)昼間のNHKニュースによると、福島第一原発の遠い将来における廃炉に向けた中長期工程表が発表されたとのことだ。

 ニュースによれば、各号機からの核燃料取り出しまでにおよそ10年を要し、その後原子炉解体撤去までさらに数十年の年月を要するとのである。 
 米国スリーマイル島原発事故に比して、福島第一原発事故の場合事故直後に炉心がメルトダウン状態に陥り、その後の水素爆発により原子炉格納壁が破壊されてしまっていることが大きな痛手のようだ。 そのため放射能処理に難儀を極め、廃炉まで長い年月を余儀なくされるらしい。
 原左都子が推測するに、数十年後の原子炉解体撤去後の土壌や地下水汚染状況の調査にさらに年月を要するであろうどころか、悲しい事に原発跡地周辺は永遠に人が近づくことが不能な“不毛の地”となるのであろう。

 これ程悲惨な原発事故を起こしその後始末に難儀を極めている当該国である日本において、九州電力管轄内の玄海原発を再起動すると海江田経済産業相が発表した時には、原発反対派の私は心底愕然とさせられた。
 その後政府はストレステストを実施した後に再起動を改めて考慮する等々と発表し直したことは、皆さんもご存知の通りである。
 誰が玄海原発再起動にゴーサインを出したのかもうやむや、ストレステストの内容も未決定、等々で菅政権は今までにもまして大混乱の渦中である。 さらには九州電力が提携格下企業等に対し再起動に向けて賛成を促すメールを送りつける不祥事までが発覚する始末だ。
 福島第一原発事故の痛手を真に理解できている国の指導者や電力会社が、この国には存在しないことを見せ付けられた思いである。


 そんな折、我が子を連れて病院に行った待ち時間に週刊誌 「AERA」 に目を通す機会があった。
 私は朝日新聞のファンではあるが、同社が発刊している「AERA」を普段購読することは皆無である。 「AERA」に限らずこの手の週刊誌とは、その記事内容において客観性に欠ける要素が大きいのに加え、娯楽色を狙ってデフォルメがなされている感が否めないためである。
 
 その「AERA」の記事の中で、子どもを持つ母親の日頃の放射線汚染対策が取り上げられていた。
 この記事自体もデフォルメ感が強いことは承知の上で、私の記憶の範囲で紹介してみよう。
 千葉県に住む某母親は、小学生の子どもの学校給食で出される食材の放射能汚染を心配して毎日手作りで弁当を持たせているとのことだ。 子どもが一人だけ弁当を持参することに対して疎外感を抱かないように、毎日学校給食と同じメニューの弁当を手作りしているとのことである。 手作り弁当を持たせる理由として学校には「放射能汚染食材を避けたいため」とは言えず、「アレルギー対策」と偽っているらしい。
 東京都に住む別の母親は、中学生の子どもの学校が放射能汚染が比較的高い地域である関東地方に何泊かの予定で校外学習に行く事が決まった折、「今なぜその地域であえて校外学習をする必要があるのか? 地域を変更してはどうか」との意見を述べたらしい。 そうしたところ、「この地域の公立中学では皆そこで校外学習を実施しているから、我が校でも変更の予定はない」との返答が学校から来たとのことである。

 これらの母親の我が子の放射能被爆を避けるための切実な行動に対する周囲の反応が、あくまでも「集団主義」の範疇から出ていないことを原左都子としては実感し、唖然とさせられるのだ。
 例えば給食の例の場合、一人だけ弁当持参であることに対する周囲の目を幼い子ども本人が気にするのは致し方ないであろう。(その周囲とは年端もいかない子ども達なのだから。)  一方で、放射能汚染対策として弁当を手作りしている母親が、その理由を「アレルギー対策」と偽らねばならない点が大いに気に掛かる。 ここに日本の学校における“集団主義第一思想”を見せ付けられる思いだ。
 校外学習の事例に関しても、学校からの回答は「もし行きたくなければお宅だけ休ませて下さい」とのことのようだ。 これも集団主義の範疇を何ら超越できない短絡的な回答であり、子どもの放射能被爆に対する保護者の不安感に一切対応できていない。

 NHKテレビ報道でも同様の場面を見聞したが、福島原発に程近い小学校では子どもを校庭に出して遊ばせるか否かを学校が自ら判断できず、保護者各々の判断に任せているらしい。
 う~~ん。 
 確かに公立小学校の教員やそれを管轄している教育委員会レベルでは放射能の被害の程が理解できないのであろうが、レベル7放射能汚染地域において公教育機関が子どもを外で遊ばせる判断を「保護者に任せる」との責任逃れ対応は一体どうしたことか??!  そして、現実に土壌、外気共に汚染が激しい外の校庭で無邪気に遊ぶ子ども達の影像を見て“空恐ろしい”感覚を抱くのは私だけなのだろうか……


 上記「AERA」記事に戻ろう。
 子どもの放射能汚染に関して親が学校の対応を迫ると、学校から“モンスターペアレント”としての扱いを受けそうとのことである。
 これは過去において学校教育に対し何度か意見書提出を実行した原左都子も“モンスターペアレント”扱いだったのだろうと、我が身に替えて理解できる。 放射能汚染に限らず、グローバルな視野で子どもの教育にご意見申し上げたところで、そもそも公立学校とは“門前払いシャットアウト”のバリアを張りめぐらせているようだ。 保護者からの意見に対し返答を寄こさない強力な武器が、“モンスターペアレント”とやらの学校側が作りあげた造語なのである。 

 この「AERA」の記事においては、放射能から我が子を守ろうとする母親達の日々の闘いが何やら“歪んで”いるようにも伝わるのだが、福島原発事故のレベル7現状を捉えた場合、我が子を守ろうとして切磋琢磨している母親達の日々の努力こそに私は軍配を挙げたい思いだ。

 原左都子の私事に移るが、我が子の場合中学から私立に通い既に高3になっている暁においては大学受験一色である。 学校の給食もなければ校外学習とやらで放射能汚染地域に連れて行かれる事もない。
 それに比して、義務教育課程の公立学校に我が子を日々通わせ“均一指導”を余儀なくされるご家庭の苦悩を重々ご理解申し上げる。


 さらに怖いことに、「AERA」の記事によると放射能汚染に晒された人間に初期に襲う症状は“倦怠感”とのことである。
 これを医療機関に訴えても「単に疲れているのでしょう」「怠け癖ですよ」などと軽くあしらう医療機関の体質も、元医学関係者である私は分かる気がする…
 福島第一原発に程近い地域住民にこの倦怠感症状が出始めるのは、事故から半年程が経過するこの秋頃からではないかと「AERA」は推測しているのだが、もしその症状が多発した場合、医療機関は「単に疲れているのでしょう」で片付けず、必ずや内部被爆等放射能汚染を精査することを望みたい。

 
 レベル7の放射能被害とは、放射能汚染から子どもを守るべく学校に意見する保護者を“モンスターペアレント”扱いして済むような、そんなに生易しいものではないよ、公教育さん。
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生命体の継承と繁栄  -ベビーラッシュ編-

2011年07月07日 | 雑記
(写真は昨日撮影した我が家のメダカの様子。 とは言ってもメダカ自体が見にくい写真で恐縮なのだが…。 メダカの稚魚の写真は、左欄の最新フォトチャンネル内に別途掲載しております。)


 「原左都子エッセイ集」において我が家で飼育しているメダカの生育状況を綴るのは、これで5編目になろうか。

 大震災発生後間もない頃の4月4日には 「放射能の影響か?我が家のメダカに異変!?」 と題して、目が飛び出て2日後に死に至った一匹のメダカの様子を紹介した。
 あのバックナンバーには予想以上の反響を頂いたものだ。 「メダカの目が飛び出たのは放射能のせいではない」 「いや、やはり福島原発事故の影響は否めない」 等々、コメント欄において物議を醸した記事だった。
 その後の報道において、3月11日の大震災発生直後には既に福島第一原発原子炉はメルトダウン状態であったにもかかわらずその事実が隠蔽されていたことが、3ヶ月以上も経過した後に東電より発表された。 そして3月15日の水素爆発により、原左都子が住む東京にも大量の放射能が流れ込んだ時間帯があったことを、つい最近になって知った。
 水道水で飼育している我が家のメダカはやはりその放射能汚染により死に至った事を、今になって再度実感させられる思いである。
 神奈川や静岡のお茶葉のセシウム汚染も同様の理由であろう。

 ただうれしい事にはその他のメダカの目の突出症状は軽く済み、すっかり回復している。
 そして今年の初夏から沢山の卵を産卵し始め、この夏は“ベビーラッシュ”状態なのだ!


 ここで上記写真について、順を追って解説していくことにしよう。

 2009年9月に、おそらく春の産卵で生まれたのであろうクリームメダカの稚魚3匹を近くの農協で購入して、インスタントコーヒー空き瓶の中で飼育し始めたメダカ達である。
 その年の秋には早くも産卵を始め、その中から孵化した稚魚のうち3匹が成魚に成長した。
 ところが2010年春にはその6匹混合水槽の中で産卵は見られるのだが、どうしても孵化しない原因を原左都子なりにあれこれ探ってみた。
 その様子を本エッセイ集において公開したところコメント欄に様々なアドバイスをいただき、結局その原因が“近親相姦”故であると断定した私は、近くの農協に再び出向いて“異なるDNAグループ”のクリームメダカの稚魚を新たに3匹購入して来たのだ。
 そして秋が来て“異なるDNAグループ”メダカが成魚となり産卵を始めた。 この産卵により新たに4匹のメダカが育ち今年の春を向かえた。
 写真の解説をすると、一番左が初代及び“異なるDNAブループ”の成魚の生残りグループ4匹である。 次が昨秋生まれ孵化して成魚となった4匹のグループだ。 その他は稚魚達である。


 そしてこの春から夏にかけては、今に至るまで“ベビーラッシュ”と表現出来る程に産卵した卵が孵化するのである。(現時点でのメダカ総数は23匹である!)

 メダカを飼う事に詳しい人物の話によると「放っておいても繁殖力が凄いのがメダカだ」との事のようだが、飼育歴2年の道程はそう簡単ではなく、我が家では2年が経過した今やっとその域に達したかと思える段階に入ったようだ。
 ただ、あくまでも自身の医学的バックグラウンドに頼り“自己流メダカ飼育”を貫いている私にとっては、まだまだ油断は大敵だ。 例えば、孵化したての稚魚は虫眼鏡で見なければ分からない程に小さい。(生まれたてのメダカ程キラキラと透明で実に美しい!のだが…)  飼育親である私として、それをどうやって保護して生き延びさせてやるかの知恵と労力との格闘の日々なのだ。

 その知恵の一つが、写真のごとくの発育段階、生育状況に応じた瓶による“クラス分け”である。
 実は現在、上記写真に映っていない瓶も含め6瓶を台所のカウンターに並べてメダカを飼育している。 と言うのも、メダカの産卵は2ヶ月程に渡って続く。 その稚魚が孵化した時期によりメダカを分別してやらないと、大きい稚魚の激しい動きが小さい稚魚の睡眠や摂食活動を阻害するようなのだ。(人間だって赤ちゃん程睡眠時間が長いでしょ。) そのストレスや栄養不足より死に至る小さい稚魚が多発することに気付いた私が導入したのが、写真のごとくの“発育段階による瓶分別方式”である。


 お陰様で3月の福島第一原発事故による水道水の汚染にも一匹を除き耐え抜き、昨年異種DNAメダカ混合方式により仲間が増えた我家のメダカは、その継承と繁栄を今尚続けてくれているのである。
 
 ここで突然左都子自身の半生を振り返ると、結婚など二の次だったし、我がDNAを引き継いでくれる次世代の子供を設け後世にDNAを継承することなど、実際どっちでもよかった。

 ところがどうしたことであろう。
 我が家のメダカを飼育し観察していると、“生命体の継承と繁栄”とは手放しで素晴らしいことに今さらながら気付かせられるのだ。
 雌メダカが数多くの産卵することを単純に喜び、その卵から少しでも多くの稚魚が孵化し、その稚魚が皆成魚となることを日々心待ちにしている原左都子がここに存在するのだ。
 結局この世に生を受ける生命体とは「継承と繁栄」観念を本能的なものとして持ち合わせていることに、遅ればせながら気付くというものだ。

 となると、子宝に恵まれることを単純に喜ぶ人種程、生命体の存在本質の理に叶っているのか? 
 
 太古の昔より人類の発展において継承と繁栄が本能として望まれ、その継承と繁栄の過程における人類の弛まぬ努力の歴史があってこそ、人が人としての今現在の実存在があることに今さらながら思いを馳せてみたりもする。

 天邪鬼でへそ曲がりの原左都子にとっては、自分自身のDNAの継承などどうでもいい事には間違いないが、今後も末永く我が家のメダカの継承と繁栄を見守っていこう。     
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松本さん、復興で大事なのは“ハート”と“知能”だよ。

2011年07月05日 | 時事論評
 本日(7月5日)辞任表明したからよかったようなものの、一昨日(3日)の松本復興担当大臣の被災地における暴言には腹が立つというよりも、被災地の岩手、宮城両県に私が身代わりに即刻謝罪に伺いたい程、一国民として恥ずかしい思いだった。
 

 松本龍復興担当相は5日、東日本大震災で被災した岩手、宮城県知事との会談で失言した責任をとり、菅直人首相に辞表を提出し受理された。
 同氏は大臣として任命された直後の今月3日に両知事と面会した際、 「知事は大臣より先に来て待ってろ!」 「(私は)九州の人間だから東北の何市がどこの県か知らない」 「知恵を出さないやつは助けない。突き放す時は突き放す」等々と暴言を吐き散らし、被災地住民の感情を逆なでする言動だとして野党より厳しい批判を受けていた。
 
 本日午前中に行われた辞任会見で、松本氏は首相と首相官邸で会談し、「言葉が足りなかったり荒かったりして被災者の心を痛めたことを本当にお詫びしたい」と自らの失言を陳謝したとのことである。

 この様子の一部を昼間テレビニュースで見聞した原左都子の印象を述べよう。

 松本氏は辞任を決めた理由について「個人的な都合」とだけ語り、結局その詳細を明らかにしなかった。 それに加え、辞任を決めたこの期に及んでまるで“ガキの暴走族”のごとくさらに暴言を吐いたのには呆れ果てたものだ。
 例えば 「いろいろ言いたい事がある」、 「与野党共に“嫌い”だが被災者には寄り添っていたい」 「今後は一兵卒として復興に努力したい」 「感謝したいのは我が妻子だ」……
 結局はこの人物、今回の暴言に対しまったく反省がないのか、あるいは人付き合いに恵まれない人生を送った“天然馬鹿”としか言いようがない。

 この記者会見の場で松本氏が言及するべきは 「いろいろ言いたい事がある」ではなく、「すべては私の至らぬところです。ごめんなさい。」 だったであろうに。
 そして“嫌い”発言については既に野党より十分突かれているのに、まだ懲りないのだろうか? 松本氏は“嫌い”という言葉がとことんお好きなようだが、もう既にいい年なのだから少しは大人としての知能を働かせ、この言葉を客観的に捉えてみてはどうなのか? 子どもじみた“嫌い”発言ではなく、その種の私見を表現する適切な言葉は他にいくらでもあるだろうに。
 「今後は一兵卒…」 この発言はおそらく小沢氏の模倣であろう。 民主党に政権を奪取させた原動力である張本人の黒幕小沢氏が発する分にはこの言葉にも輝きがもたらされようが、既に潰れかかった菅政権から一時だけ大臣に任命され自滅した輩が持ち出す表現ではなかっただろうに…。
 「感謝したいのは妻子…」 大臣としての暴言を叩かれての辞任会見の場で自身のプライベートを持ち出し、その身内に感謝するとは一体どうしたことか? 持ち出された妻子こそが迷惑というものだよ。 そうではなく、大臣の発言として、ここは「ご心労をお掛けした被災者の皆様にお詫びします」であるべきだろう。
 
 菅政権が野党をはじめ与党内菅反対勢力から退陣を要求されて尚、人材不足に難儀している様子は原左都子とて重々承知している。
 それにしても迅速な復興推進を掲げて政権維持を図らねばならない菅首相にとって、その要となる復興担当相の辞任は大きな打撃でもあろう。 
 政権が切羽詰ったこの後に及んで、現在その活躍が被災地は元より全国民の間から切望されている所轄大臣に、暴言を吐いて3日で辞める運命にあるごとくの偏りが激しい“低脳”人物を、何故菅氏は任命したのだろうか???
 その背景には、おそらく首相である菅さんが“扱い易い人物”を人選しているとの事情があるのかもしれない。


 今回の松本氏の“暴言事件”で元教育者でもある原左都子が思い浮かべるのは、学校現場における「熱血教師」である。 この時代錯誤とも言える「熱血教師」が私の教員時代に実在していたことに、民間企業経験が長い私は辟易とさせられたものである。
 今回の松本氏の暴言発言が、当時の単純馬鹿「熱血教師」と瓜二つなのだ。
 たとえば「先生より先に来ていろ!」と年端もいかない生徒にいきなり怒鳴る。 現在の学校現場において暴力は禁止されているものの、言葉の暴力は続き「知恵を出さない奴や頑張らない奴はくたばれ!」 「親や先生に感謝しろ!」… 
 この種の「熱血教師」の中には、もちろん真に子どもを育てたい意向の人物も存在した。 ただその理想があるのならば、子どもの個性が多様であることをもう少し自分自身の“経験や知能の幅”で捉えて言動を選択できないものかと、感受性が強い私は端で見ていて愕然とさせられたものだ。


 当然ながら、今回の松本復興担当相の不祥事に対し、被災地地元や野党より反発が湧き出ている。

 たとえば福島県知事の見解であるが、「国と地方は対等であるにもかかわらず、松本大臣の失言から“中央集権的”な思想を見て取れたことが許せない」 
 松本氏の暴言は単なる暴言ではなくその背景に何やら幼稚な“権威意識”を嗅ぎ取った原左都子も、この福島県知事のコメントにまったくもって同感である。

 身内であるはずの鳩山前首相が「菅政権の任命責任を問う」とホザいている事に関しては、もはや勝手に内紛してろよ!と言いたいだけだ。

 もちろんのこと、野党各党より痛烈な批判が飛び交っている現状だ。

 原左都子エッセイ集における前回の記事において少しは菅政権を擁護する意向の記事を綴ったものの、これ程の“体たらく”ぶりを見せ付けられた暁においては、もはや菅政権を擁護している場合ではない。

 (玄海原発の再稼働を誰が後ろで糸を引いたかに関して私は未知だが)福島原発事故の収拾がまったく目途がたたない今、他の地方の原発再稼働に容易になびくような、国民に対して“ハート”も“知能”もない菅政権を、もやは見限る時が来ているということであろう。                                
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菅さんは本当に退陣せねばならないのか?

2011年07月02日 | 時事論評
 本エッセイ集においてこのような表題を掲げると、「ついに“左”が売りの原左都子も連日の暑さで脱水症状でも起こし、頭が朦朧としてしまったか??!」とご心配下さる読者の方がおられるかもしれない。

 私は決して民主党支持派ではない。 そして自民党より劇的政権交代後の前鳩山政権は元より、その後バトンタッチした後の現菅政権についても批判的に捉えている国民の一人であることは揺ぎない事実だ。
 これに関しては民主党が政権を奪取して以来、「原左都子エッセイ集」バックナンバーにおいて幾度となくその旨を公開し続けて来ている事を、少し長い期間このエッセイ集をお読み下さっている方々はご承知の事であろう。

 ただそんな原左都子にして、今回野党を中心に持ち出された「菅首相退陣論」の趣旨の心髄の程がよく分からないのだ。

 大震災発生により国内が混沌とした中4ヶ月が経過しようとしている今尚、被災地では一向に復興が進まず、片や原発事故等で汚染水の処理をめぐり緊迫状況が続くその渦中に、野党や民主党内部から持ち出された今回の「菅首相退陣論」だったことは皆さんもご存知であろう。
 今我が国の首相を交代させることにより、現在国家の最優先課題であるべき“大震災からの復興”が進展するのならば、一国民としてそれを歓迎したいところである。 ところが菅氏を退陣させてどなたかに首相の首をすげ替えたところで、大震災の復興が劇的に進展するとは到底思えない程の民主党内の“致命的人材不足”の現実に国民誰しも落胆する実態ではないのだろうか…。

 いえいえ、事の本質とは要するに永田町という“国民を蚊帳の外に置いた特殊な歪んだコップ”の中で、醜い私利私欲の争いが繰り広げられているだけの事に関しては原左都子も当然理解しているよ~。 自民党をはじめ今回「菅首相退陣論」を持ち出した野党各党は早期に政権を取り戻すことを狙いとして、現在内紛を表ざたにしている民主党内のゴタゴタ惨劇を利用し菅政権を潰しにかかっていることは重々承知している。
 (本エッセイ集バックナンバー「永田町のコップの中身」を参照下さい。)


 今回、原左都子が一見菅政権支持者かと読者の皆さんに誤解されそうな表題の記事を綴ろうとしたのは、朝日新聞6月26日の「声」欄がきっかけだった。
 82歳の男性投稿者の方は、「首相退陣論、よく分からない」との題目で以下のごとくのオピニオンを述べておられた。 
 私は菅政権に全面的に賛成ということではない立場だが、今菅さんを辞めさせる理由がよく分からない。 先日の内閣不信任案騒動でも何故不信任なのか分からなかった。 世間の支持がないから退陣させるとの他党のごり押しや審議拒否や、マスコミも一緒になっての菅退陣論が世論を動かし世論を作り上げたからそれに国民も従えといわれるのも分からない。 未曾有と言われる危機の中では、各政党が知恵を出し合って政策を決めていくことが必要ではないのか。 そんな時に菅さんがやめればいいというのは、やはり分からない。


 上記「声」欄の投書に力を受けて、原左都子の私論を以下に展開しよう。
 
 私は上記投書者であられる82歳男性よりも、おそらく菅政権に対しより批判色が強い立場に属している国民であると自己分析する。
 そんな立場からは野党の魂胆はともかく、一旦野党より内閣不信任案を提出されたならば、それに菅氏は政策的に応えるべく反応をするべきであろうと考えていた。 にもかかわらず、菅氏は言葉を濁しつつ退陣時期を明確にしないまま時間が過ぎ去ったため、国民の不信感を不必要に煽ったのが事実であろう。

 先だっての6月28日の新聞報道によると、菅氏は自らの辞任時期に関して、震災や原発事故に対する一定の目途がついた時点で若い世代に責任を引き継ぎたいとの意向のようだ。 さらに第二次補正予算案の成立、及び再生可能エネルギー特別措置法の成立、特別公債発行案の成立。 これら三つの成立を持って自らの退陣の目途と考えるとのことである。

 私論であるが、これらを今こそ菅氏に実行してもらってはどうなのか??
 もしも、あらかじめその実行能力が菅首相に一切ないことが元々証明されているから故に野党や民主党身内の間で菅氏の首相としての能力を既に見限っているとするならば、その根拠は元より大震災復興の代替案も含めて、野党側から国民の前で明白にした後に“菅降ろし”を公言して欲しいものである。 
 ところが“菅降ろし”発言は高々なれど、大震災復興案に関しては野党からその代替案が全く聞こえて来ない現状ではあるまいか??

 と言うのも、ほんの一例ではあるが、菅首相が大震災発生直後の福島第一原発事故発生直後に取った行動に関して、後に原左都子がNHKスペシャルで見聞したテレビ報道によると、その菅氏の行動は十分理に叶っていると判断するからである。
 あの大震災直後に既に福島原発はメルトダウン状態だったことが報道により明らかにされた。 大震災の翌日菅首相がヘリコプターで福島に直行した事に関する疑惑や批判がメディア報道により世に蔓延していたことを私は憶えている。
 菅首相が大震災の翌日に何故福島に直行したのかと言えば、後のNHKスペシャルの報道によると「ベント」を指示したにもかかわらず東電の手動操作がかなわず、いつまで経っても「ベント」を実行しないのにイラついた菅氏が急きょ現地へ出向いたものと聞いた。「ベント」が不能だったことが結局は早期メルトダウンという最悪の事態と繋がったようだ。(正確ではないかもしれないが。) 
 今回の未曾有の大震災において初期段階で一番優先するべきだったのは、やはり原発事故の周辺住民への被害を最小限に留めることではなかったかと、元科学者の端くれの原左都子も結論付けるのだ。 その意味では、当時菅首相が取った行動は理に叶っていたと私は評価する。 

 7月に入った今現在尚、東電福島第一原発現場では汚染水循環利用システムや汚染水プール内の汚染除去システムに関して故障また故障の連続であり、高濃度の放射能汚染を周囲に撒き散らしている現状だ。
 これに関して私が今すぐ訴えたいのは、この処理を東電及び菅政権に任せ切りにするのではなく、もしも与党内菅反対勢力や野党各党においてその対策を講じられる道筋(先進科学者のコネ等)があるのならば、何故申し出ないのか!!と言うことだ。 「政権が我が身に移るのならば、協力してやってもいいよ~~~」などと狭い視野で敵対意識を燃やしている場合ではなかろうに!
 この緊急事態から原左都子が察するに、要するにこの国においては与野党議員共に誰もそんなコネなどなく、原発を推進してきた自民党時代より、元々今回のごとく未曾有の原発事故発生時に適切な対策が取れる研究者など一人として育成していない状態、ということが証明されているようなものだ。
 それは原発事故以外の被災地の全般に関しても同様の貧弱さではないのか??

 もしそうであるならば、結局野党や与党内菅反対勢力の意向通り今回菅氏が退陣して民主党のどなたかに政権をバトンタッチしたところで、大震災の復興が進展する見通しが立たないことは見え見えであろう。
 (この期に及んで復興担当に任命された松本大臣の“嫌い”発言の低レベルぶりにも驚かされるというものだ。 それ程民主党内では人材不足が深刻な事態のようだが……)

 自民党内から人材を起用してみたりの菅政権の“体たらく”ぶりには辟易としつつも、今回の大震災復興に対して後を継ぐ能力がある人材が誰一人として存在しなさそうな中においては、とりあえず菅氏の辞任時期に関する3条件表明を受けてはどうなのか??
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