原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

偏差値教育の所産

2008年05月31日 | 教育・学校
 今の時代、何でもかんでもランキング。 これ一体どうなってるの? 

 あらゆる事象の成果をその実績の詳細を見ずして数値化し序列を付けて、そのランキングの数値のみに一喜一憂するこの嘆かわしい国民性に、一体全体誰が成り下がらせたのか?


 このブログの世界とてそうだ。

 まずは毎日ブログ作成画面を開くと自動的に集計されているアクセス数。まあこれに関しては、ブロガー個人にとってどれ位の読者の方々が自分のブログを覗いてくれているのかを把握する目安となるため、私も日々チェックはしている。

 それからランキングだ。自分のブログへのアクセス数が全体の何位になっているかの単純アクセス数によるランキングである。
 このアクセス数ランキングがブロガーのコミュニティにもあるのだ。まさか登録すると自分のブログをアクセス数や読者からの支持数で自動的にランク付けされるとは露知らず、より広い読者層への公開を目指しこの私もブロガーコミュニティにブログを登録しているのではあるが、この勝手なランキングには辟易としている。
 ブログとは元々日記から発展したホームページである。ネット上で公開されている以上公開性をその使命とはするものの、本来たかだか個人的な日記である。そのような性格のブログにランキングなる考え方が本来相容れるはずもないため、こんなものが存在するとは私は開設以前には想像だにしていなかった。
 ブログとは当然ながらその個性は多様、それぞれのブログが取り扱っている分野や手法、趣旨はすべて異なる。そんな種々雑多、十人十色のブログを単なるアクセス数やブログ個々の読者の支持数でランク付けすることに何の意味があるというのか。
 ブログをテレビの娯楽番組のようにひとつの娯楽の世界と考え、このランキングを人気投票程度に捉えて目くじら立てずに楽しんでいればよいのか? もしそうだとすると、そういう趣旨で綴っていないブログにとっては、何でもかんでも一緒くたにされて勝手にランク付けされ、あなたは何位だと一方的に押し付けられても迷惑千万な話としか言いようがない。


 前置きが長くなってしまったが、本題に入ろう。

 何でもかんでも数値でランク付けしたがるこの国民性は、私は学校における偏差値偏重教育の所産であるように思えてならない。
 偏差値による学校のランキング、学校教育における成績の席次評価、テストにおける点数重視、すべて数値による教育成果のランク付けであるが、これが現在の学校教育の実態である。

 数値にばかり惑わされ一喜一憂してしまうと、実態が捉えられなくなり、またその後の発展が望めなくなる。
 例えば、学校のテストの点数について考えてみよう。大抵の親や教員は子どもの学力をテストの点数で捉えてそれで終わりにしているという失敗をしでかしてはいないか? これには大きな落とし穴がある。当然ながらその中身の把握が肝心だ。失っている点数部分の分析こそが子どものさらなる学力向上につながる。今の教育において、点数にばかりこだわりこの作業をし忘れている弊害は大きいのではあるまいか。
 学校の席次に関しても、例えば100人中10位くらいに入っていればいいだろうと安易に考えていると、実は1位から10位までに大きな学力の開きがあり、10位と100位の学力差が僅差だったりすることもある。やはり個々の学習理解度の中身の把握が肝心だ。
 偏差値も同様だ。偏差値による学校のランク付けはいまや一般的であるが、同じ学校内での成績上位者と下位者との学力の開きはどこの学校でも大きいのが実情であろう。生徒個々の学力の把握、対策への取り組みは侮れない。


 とは言えども、今の世の中は既にあらゆる分野においてランク付けが蔓延り、数値偏重を不本意ながら強要されてしまう。
 こんな歪んだ軽薄な環境の中で確かな実力を育んでいくには、数値に惑わされることなく自分を見失わず客観視し、事象の実態を分析、把握し、精進を続けることだ。

 ランキング上位に君臨できると人間の本性としては心地よいものではある。だがそのようなまやかしの心地よさに酔っている場合ではない。
 最後にものを言うのはやはり“確かな実力”であろう。 
 
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貨幣愛は歪みか?

2008年05月29日 | お金
 5月26日(月)朝日新聞夕刊のコラム「窓」において、論説委員が記した「貨幣愛のゆがみ」と題する論説記事が掲載されていた。

 今回の論説記事を何度か読み返してみたのであるが、如何なる所得層の読者を対象として書かれた記事であるのか捉えにくいのだ。 どう考察しても一般庶民の読者を対象には書かれていないように私は判断する。
 まさか、なけなしの所得の中からやっとこさ一部を捻出して、ちまちまと預貯金に回している一般庶民を批判することを趣旨とした記事ではないと信じたい。


 まずは早速、この論説記事の内容を以下に要約してみよう。

 日本では、それぞれの家計が持つ金融資産の総額が昨年末で1545兆円、うち現金預金は784兆円にもなる。これは世界でも突出して多い。
 お金はあるに越したことはない。貨幣は富の効用を合理的に計算する重宝な尺度である。しかし問題も多い。このものさしが歪んでいるのは、他人の事や世の中の事より自分にかかわる事を大きめに測ってしまう点だ。将来を見通すときも、生身の個人の利己心が増幅されてしまう。
 預金は「なにもしない」という逃げ道も提供する。預けてさえいれば元本は減らず、利息も付く。しかも使い道を決める難しい判断も避けられる。こんな貨幣への愛に流され過ぎると人間社会が時間をかけて進める営みの大切さを見落としてしまう。例えば、環境保護や少子化対策への投資だ。個人が自分のことに「合理的」になればなるほど、こうした投資が抑えられ事態は深刻になる。
 行き過ぎた打算にはブレーキをかけるべきだ。貨幣愛が人々の思考や行動にもたらす歪みを正す知恵と想像力が求められる。
 
 以上が、朝日新聞論説記事の要約である。


 では、私論に入ろう。

 まず、上記記事の中に記載されている家計における現金預金額総額784兆円を国民一人当たりの金額に計算すると、約650万円程になる。これは日本の総人口を1億2千万人として単純に割り算した値である。4人家族だと一家の現金預金額は約2600万円という計算になる。もちろん、もっと多額の現金預金を貯め込んでいるご家庭もあろう。
 ところが、この金額を国民総数で平均した金額と各家庭の実態とを比較して一喜一憂することにはほとんど意味がないことは皆さん既にご承知であろう。なぜならば、各家庭間の所得格差は激しく、ごく一握りの超富裕層が巨額の現金預金を保有していることにより、全体の平均値を押し上げてしまうからである。

 この論説が、上記のごく一握りの超富裕層を対象として書かれた記事であるのならば私もある程度納得できる。余剰資金を社会福祉等の投資に回さず、自己の利益のためだけに預金に回すのは歪んだ貨幣愛だとする論説者の見解にも一理はある。
 ただ、そもそも経済とは貨幣が循環して成り立っているものである。 預金に回された貨幣とて経済活動の原資となり循環し、政権による歪みは大きいがゆくゆくは経済発展や社会福祉にもつながるべきものである。 家計における預金行為が“「なにもしない」という逃げ”であるとか、“個人が自分のことに合理的になった結果”であるとか、極めつけは“行き過ぎた打算”であるという論説はどのような発想から来るのか私には理解しかねるのだ。

 そもそも預金(タンス預金も含めて)とは、一般庶民にとっては金融資産の中ではローリスクローリターンの一番安全な資金の運用法である。
 一般庶民に貨幣愛もへったくれもあったものではない。万が一の疾病や傷害に備えるため、マイホーム購入資金の一部に充てるため、あるいは子どもの教育費のため、はたまた年金も満足にもらえない老後の生活資金のために、なけなしの所得の中から精一杯捻出して預金に回しているのが実態であろう。


 この朝日新聞の記事は2点において過ちをしでかしている。その一点は経済活動における貨幣の循環性を無視している点である。そしてもう一点は朝日新聞一般読者の視点を見失っている点である。
 朝日新聞が一般紙として生き残りたいのであれば、論説委員さん、もっと一般庶民の実生活に配慮した経済論説をされてはいかがか。
 
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足を洗おう!

2008年05月27日 | その他オピニオン
 最初に断っておくが、今回の「足を洗おう!」は決して“悪い行いをやめて真っ当に生きよう”などとお節介を焼くことを趣旨とした記事ではない。私は他人へのお節介の趣味は元々あまりない方である。
 今回の記事は純粋に足を水で洗う話について綴ったものである。

 本日の東京地方の予想最高気温は27度、二日連続の夏日である。場所によっては30度を超える地域もあるようだ。こんな暑い日には冷たい水で足を洗うと気持ちがよいであろう。


 さて、人にはそれぞれ様々な生活習慣があることと思う。

 私は基本的に几帳面な性格の人間であるため、自分が自分に課した日々のルーチンワークがおそらく人より多いのではないかと思うのだが、その中のひとつに帰宅直後に“足を洗う”という習慣があるのだ。この場合の足とは靴を履いている部分のことである。(まさか、ふとももまでも洗いませんよ…)
 帰宅後、手洗い、うがいをする人はおそらく多いと思う。私も当然ながらそれもこなす。その上で必ず足も洗うのだ。夏の暑い日はもちろん冬の凍てつくように寒い日にも洗って靴下を履きかえる。
 女性の場合ストッキングをはいたりすることもあるため、素足になるのは結構面倒だ。それにもめげず、帰宅後何をさておいても素足になって足を洗う。

 私にとってこの風変わりな習慣は、物心が付いた幼い頃から既に身に備わっていた。私の父親(既に他界)が極度の綺麗好きであったため、汚れた足で室内を歩く事を嫌ったのだ。そのため一家でこの習慣を励行していたという訳である。
 小さい頃は、庭の水道で洗ってきれいなサンダルに履き替えてから家に入った。娘時代以降は、人目のある庭で妙齢の娘が足を洗っている姿はどう考えても怪しい世界であろうため、帰宅後風呂場へ直行してシャワーで洗うのだが、その方式で現在も足洗い続行中である。


 それではここで、帰宅後すぐに足を洗うことの効用について考えてみよう。
 もちろん、洗わないより洗った方が自分自身の足の清潔は保てるであろう。 一方、私の父親が趣旨としていた室内の清潔についてはどうであろうか。足が土や埃等で相当汚れていた場合は当然効用はある。また、洗った直後も効果はあろう。ただ、時間の経過と共に体内の老廃物等が汗になって足からも出てくるし、室内を歩いているうちに汚れを足が吸着もする。足を洗った事により室内の清潔を長時間保ち続ける事が可能とは考えられない。
 そんなことは少し論理的に考察すればすぐわかることなのに、なぜ父は家族全員に帰宅後すぐ足を洗う事を強要したのか。それは自分の心の平静を保つためである。 要するに家族皆が帰宅直後に足を洗う事の第一の効用は、父親のひとりよがりの安心感の確保にあったのだ。
 実はそのことに私は小さい頃から気付いていて、父は自分勝手だと内心反発しつつ洗っていた。活動的な子どもにとって帰宅後いちいち足を洗うことは大変面倒な作業なのだ。
 
 ところが習慣とは恐ろしいもので、年月が経過すると今度は自分がそれを実践しないと落ち着かなくなる。そうこうして、一人暮らしを始めてからも、家庭を持ってからも私はこの習慣を続行している訳である。
 大袈裟に言うと、一人の独裁政治や独裁宗教が築いた社会的規範や慣習がその善悪の如何にかかわらず長年に渡り人民に受け継がれていくことと共通している現象である。

 父親似でやはり綺麗好きな私ではあるが、家族にはこの習慣を一切強要していない。自分ひとりで黙々と実践するのみである。その効用がひとりよがりであることを十分理解できているからである。
 とは言え、遺伝や環境の力は恐ろしいものである。我が子が長年に渡り毎日帰宅後必ず手を洗い、うがいを励行している。 その習慣を子どもに奨励はしたが決して強要していない私は、つい最近その理由を子どもに尋ねてみた。「何で毎日、手を洗ってうがいをしてるの?」

 中学生の娘曰く「単なる気休めなの。」  我が子ながらご立派である。


 暑い日に、くだらない話に最後までお付き合い下さいまして恐縮です。
 皆さんの一風変わった生活習慣等、教えていただけましたらうれしく思います。 
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傘を返して欲しい…

2008年05月25日 | 恋愛・男女関係
 出逢いにはいつも別れが付きまとう。
 どうせ別れるのならきれいに後腐れなく別れたいものであるが、なかなかそうはいかないのが別れというものの特質でもある。

 こんな雨が降り続く週末の日曜日には、私の脳裏にひとつの風変わりな“別れ”の記憶がよみがえる。
 今日は、そんな若気の至りの別れを少し綴ってみよう。


 彼との出逢いは六本木のディスコだった。未成年者お断りの、入り口で身分証明書を提示して入場する少しアダルト系の比較的落ち着いたディスコだ。
 混雑度もそこそこで全体が見回せる。 ロン毛で鼻の下にヒゲを生やした少しニヒルな独特の雰囲気の彼は目立っていて、私も既にその存在を把握していた。
 ディスコで声をかけられる(当時は大抵男性が女性に声をかけたものだが。)のは、自分の座席かダンスホールで踊っている最中というのが多いパターンだ。が、今回は違った。何がしかの用で私が通路をひとりで歩いている時、そのニヒルな彼に引き止められたのだ。存在を把握していた男性に声をかけられるとは、意外とラッキーな展開である。と言うのも、当時はこういう場では女性はまだまだ受身の立場なため(少なくとも私は。)、意に沿わない男性に声をかけられた場合の対応が面倒なのだ。そういう場合もちろんお断りするのだが、しつこく付きまとわれる場合もあって迷惑する場合もあるからだ。
 しばらく通路で二人で立ち話をしたのだが、この場では通行人の邪魔だし、一緒に飲もうということになり彼のグループが私のテーブルまで移動してきた。こちらは女性2人、あちらは男性が3人程だったと思う。
 私の友人も含め他のメンバーのことは記憶がないのだが、とにかく私とそのニヒルな彼はすっかり意気投合し、飲みながらあれやこれやと語り合った。そして、また会う約束をした。

 彼は美容師であった。フリーのカリスマ美容師を目指し当時原宿の美容院で修行中の身だった。片や当時の私は医学関係の専門職サラリーマン。そんな異文化コミュニケーションが若くて無邪気な私には何とも新鮮で刺激的だった。
 彼にはエスニックの趣味があり、メキシコ料理を好んで食べていた。それで、デートの時にはいつも彼の行きつけのメキシコ料理店へ行く。それまで辛口の食べ物を好まなかった私も、テキーラやマルガリータを飲みながら彼と一緒に唐辛子等の香辛料の効いたトルティーヤやタコスをヒーヒー言いながら食べたものである。
 エスニック調の皮革品を好む彼の鞄を二人で選ぶために、原宿の彼の職場の近くのショップを探索したりもした。
 そして、デートの締めくくりはいつも私鉄沿線にある彼の部屋で飲むのだが、オリエンタルなムードが漂う独特な雰囲気の彼の部屋が私はとてもお気に入りだった。バリ島が好きな彼の部屋はバリ島の民芸品であるバティックやシルバー製品などで装飾され、私が訪ねるといつもインドのお香をたいてくれた。そしていつも二人のお気に入りの音楽を聴いた。


 ただ、私の頭の片隅には彼との関係は長くは続かないであろうとの不安定感がいつも蔓延っていた。お互いに自立心旺盛でお互いに自分の夢を描いていて、お互いに自己主張が強過ぎるのだ。
 いつかは別れが来る、その別れは意外と早いかもしれないという不安定感が、返って二人の関係を加速させていたのかもしれない。

 そして何ヶ月か経過し、表向きの付き合いの楽しさと脳裏をかすめる不安定感とのギャップはさらに深まっていた。
 ある日、もう潮時かと悟った私の方から別れ話を持ち出す決意をした。彼の脳裏にも同様の考えはあったはずだ。だが、唐突に私の方から具体的な別れ話を持ち出された彼は動揺した。負けん気の強い彼は別れを認める。それも私は計算済みであった。そして、二人は別れることになり私は彼の部屋を出ようとした。
 その時、彼が言う。 「傘を返して欲しい…」 と。
 
 雨の日に彼の部屋から帰る時に借りていた安ビニール傘をまだ返していなかったのだ。「わかった。今度届けに来る。」そう言って私は去った。

 後日、私は彼の留守中を狙って彼の部屋を訪れ、鍵のかかった玄関先のドア付近にビニール傘を届けた。傘には再度お別れの手紙を綴って巻き込んでおいた…。
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個人情報漏洩と悪徳商法

2008年05月23日 | その他オピニオン
 先日、私の携帯電話の通話の呼び出し音が鳴る。嫌な予感がする。なぜならば、私は携帯電話はメール機能以外はほとんど使用していないに等しく、滅多な事で通話呼び出し音が鳴るはずがないからだ。

 とりあえずそのまま放置して様子を見た。留守録が作動し、発信者は何がしかを録音している様子だ。

 録音が終わった様子なので、さて聞いてみよう。

 案の定である。
 聞いたこともない化粧品会社の担当者の●●と名乗る女性からの電話で「先日お客様が申し込まれた無料サンプルを○○運送便にて発送したが、届きましたでしょうか。万が一届いていない場合は会社の方までご連絡下さいますように。」との録音である。そのような無料サンプルの申し込みは一切していない。寝耳に水の電話である。
 何かの手違いか、誰かのいたずらか、はたまた、間違い電話か??? 少し気味が悪い。
 ははあ、少し読めてきたぞ。これは新手の悪徳商法に違いない。これだけ“振り込め詐欺”等が横行し警戒している人々が多い時代に、顧客をうまく勧誘するかあるいは商品を強引に売りつける新手口であろうと推測した。
 仮にこのような電話を受け取った場合、通常「いいえ、そのような無料サンプルの申し込みはしていませんが。」と応対する。するとすかさず「では、お送り致しますので、ご氏名、ご住所等をお教え下さい、等々…。」と返してくるのであろう。後は執拗な押し売りとなるのがお見通しである。 
 とにかく、電話に出ず留守録対応にしたのは大正解で、この種の電話は無視を押し通すに限る。


 いずれにしても、私の携帯電話番号という個人情報がどこかから漏洩していることは間違いない。
 私の場合、冒頭で書いた通り携帯通話はほとんど使用していないため、携帯電話番号をやたら滅多ら公開してもいない。そのため個人情報の公開先が自分で特定できるのだ。
 そこで私の携帯電話番号の公開先を思い出しつつ、誰が私の個人情報を漏らしたのか、その利害関係等をあれこれと詮索してみた。(もしも痛くない腹を探られた方がこの記事をお読みいただいておりましたら、この場で失礼をお詫び申し上げます。)

 一番疑わしきはネット通販会社等の商品売買取引関係である。ショッピングの初期登録時に種々の個人情報を登録するシステムとなっている。こちらとしては個人情報保護の観点から、最低限の情報の入力にとどめたいのであるが、大抵は必須項目と称して種々の個人情報を入力しないと先に進めない登録システムとなっている。おそらくここで入力した携帯電話番号が何らかの理由により外部に漏洩している可能性が高い。表向きにはどこの通販会社も個人情報を目的外に使用しないことを明記しているのだが、個人情報の裏取引等がなされている危険性は否定できないのではなかろうか。

 
 話が変わるが、近年0120発信によるセールス電話が横行している。大手電信会社等の比較的知名度の高い企業がこの手口を使い家庭に電話をしてくる。0120発信の電話には私は一切出ないのであるが、しつこく何度も何度もかけてきて呼び出し音がうるさいため、着信拒否の手段を取ることになる。
 顧客にとって真にメリットを享受できる商品を紹介したいのなら、これ程広告手段が多様化した今の時代に他の宣伝媒体はいくらでもあろうに、何故に家庭にセールス電話をかけてよこすのか。電話というのはオペレーターの人件費だけで済む割には個別対応であるため売買契約の成約率が高くコストパフォーマンスが高いのであろうか。
 バックナンバー記事「今時電話使っているの?」で既述したが、突然の電話とは暴力に近いものがある。加えて一体個人情報をどこで入手したのか計りかねるが、本人が目的外の使用を同意していない個人情報を勝手にセールスに使用するのは個人情報の濫用にあたることを、発信者は肝に銘じるべきである。


 いずれにしても、個人情報とは公開してしまうと必ずや漏洩するものであると認識した上で、個々人が慎重に対応していくしか防衛策はないようである。
  
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「先生」と呼ばないで

2008年05月21日 | その他オピニオン
 とかく、人を呼ぶときの呼称や敬称というものは意外に難しいものである。
 例えば英語のように、呼称が比較的単純な原語の国ではさほど頭を悩ませることもないのであろうが、我らが日本語における呼称、敬称ほど複雑なものはない。


 現在、私が愛読している朝日新聞の「声」欄において、ご年配の方々への呼称である「おじいちゃん」「おばあちゃん」について論争が起きている。
 事の発端の投書は、見知らぬ他人から“おばあちゃん”と呼ばれるのは不愉快であるという趣旨であった。
 私自身はまだ“おばあちゃん”と呼ばれる年代には及んでおらず、当然呼ばれた経験もないのであるが、自分の孫から呼ばれるのならともかく、他人から“おばあちゃん”呼ばわりされる筋合いは何らない。これは確かに失礼な呼称であり、投書者のおっしゃる通りと私も同感である。

 同様に、子持ちの女性を“○○ちゃんのお母さん”という呼ぶのも一般的である。 これは私自身も経験してきている。母親同士や学校、幼稚園等の教職員からよく発せられる呼称である。子どもの事を話題に取り上げている場合にはこの呼称もさほど違和感はないのだが、子どもからまったく離れての大人同士の懇親の場面にこの呼称は不自然である。特に私など、子どもから離れた場所では母親としての自覚、意識があまりなく滅多に子どもの話題を出さない人間であるため、この呼称には大きな違和感がある。

 また、買い物などに行くと“奥さん”“奥様”呼ばわりもよくされる。普段から“奥さん”の自覚などさらさらない私は、ましてや一人で行動している時に勘弁してよ、としか言えないとんでもない呼称である。

 日本語において私の好きな呼称がある。それは名前の後に付ける“ちゃん”である。これは諸外国語に類を見ない日本語特有の呼称ではなかろうか。この“ちゃん”には何とも言えない愛らしさや、親しみを感じる。もちろん、見知らぬ人や目上の人には使用できない呼称であるが、それを裏返すと、この呼称を付けて呼べる相手というのは信頼関係の裏づけがある証拠ではなかろうか。

 話が職場に変わるが、私は過去において教員経験がある。学校の教員は一般的に“先生”と呼ばれている。教員以外に“先生”と呼ばれる職業と言えば、国会議員、医師、弁護士等々であろうか。
 実は私はこの“先生”の呼称(敬称)が昔から嫌いだ。端で聞いていてとにかくみっともないのだ。 教員の職場である学校において生徒が教員に対し“先生”と呼んだり、小学生位までの生徒に対し教員自らが自分のことを“先生”を付けて自称するのは役割認識上やむを得ないのかもしれない。 私が勤務していたのは高校であるのだが、生徒とさほど年齢が変わらない教員が生徒相手に“先生”と自称したり(教員の年齢にはかかわらない話だが)、生徒のいない場で教員同士で“先生”と呼び合うのを見て、不自然さや居心地の悪さを感じずにはいられなかったものである。
 私自身は教室でも職員室でも自称は“私”で貫いた。そして生徒に対しても、学校内ではともかく学校から一歩でも外へ出たら他の“先生”方のことはともかく、私のことを決して“先生”とは呼ばぬよう指導してきた。とにかくみっともない。例えば学校の帰りの混雑した駅等で遠くから生徒が「○○せんせ~~~い!!」と呼ぶ。一斉に皆が私に注目する。教員である事がバレバレである。プライバシーも何もあったものではないし、実はミニスカボディコンスーツ、ロン毛ソバージュのド派手な外見の教員だった(バックナンバー記事でも述べているが。)ため、「これで先コウかよ。」ごとくの周囲のジロジロと蔑んだ視線が一身に突き刺さってくる。 これは半分冗談であるとしても、“先生”という言葉から感じられる“おごり”の感覚が私は受け入れ難い。学校という教育現場において指導者たる者に“おごり”の感覚など無用である。教員も他の職場同様“さん”付けで十分かと私は考えるのだが如何なものか。
 この“先生”と同類の年長者に対する敬称として“親方”“親分”“師匠”等の日本語も存在するが、これらに対してはさほど抵抗感がないのは単なる私の嗜好上の問題であろうか。


 話を冒頭の“おばあちゃん”論議に戻すが、朝日新聞「声」欄の投書への反響として、例えば米国では女性への呼びかけとして年齢にかかわらず“レディ”を用いるという投書があった。これはとてもよい響きの呼称である。これに該当する日本語と言えば“ご婦人”とでもなるのであろうが、あまり一般的とは言えない。日本語にも“レディ”に該当するような年齢にかかわらず呼べる呼称が欲しいものである。

 さしあたって、知らない人に声をかける場合「すみません。」ぐらいでいいのかもしれない。
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公立大学の混乱

2008年05月19日 | 教育・学校
 私は過去において某公立大学、同大学院修士課程に合計6年間在籍し、有意義な学生生活を満喫し経営法学修士を取得している。
 その公立大学が今、法人化の波を受けて混乱しているという。

 先だって5月5日の朝日新聞朝刊教育面の記事によると、財政難にあえぐ自治体から予算を大幅に削られたり、法人化による影響で学内が混乱したりする公立大学が相次いでいるそうである。
 大学全入時代を迎え、国立大学も私立大学も生き残りに躍起になる中、公立大学の行くべき未来は如何にあるべきなのか。


 現在、公立大学は全国に75校あり、これは全大学の11、8%を占める。意外に多い数字である。このうち約半数が単科大学であるが、複数の学部を抱える公立大学も多い。また医学部のある公立大学も多く、附属病院を併設し市民の医療を担う役割も果たしている。
 これら公立大学のうち、本年度2008年4月に39校が法人化した。

 上記朝日新聞の記事によると、自治体の財政悪化により大学の予算の削減計画も進んでいるようだ。例えば、公立大学の中で最大の8学部を持つ大阪市立大学では、付属病院を除き人件費、物件費を06年から5年間で20%カットする計画が進んでいる。人件費削減の手段としては教授が退官しても補充せず短時間だけ教える“特任教授”を当てる等で対応し、その結果学内では専門科目が減る等の弊害が生じているそうである。 他の公立大学においても非常勤職員の採用増加による対応や海外出張旅費の予算カット等で経費削減を図っているという。
 このような自治体の財政悪化に伴う公立大学の予算削減は大学の教育力、研究力の質の低下に直結する忌々しき事態である。

 一方で、大学中心の街づくりにより公立大学に経済効果を期待する動きもある。市民向けの講座の開講や地元行事への教員や学生の参加を促す等、地域貢献を意識する公立大学は多い。
 某公立大学では市の人口3万2千人に対し、学生数3千人を全国から集めている。市民の約1割が公立大学の学生という計算だ。これだけの学生を集めるだけで年36億円の経済効果を市にもたらすという。この市では、5ヵ年計画のトップ項目として“大学中心の街づくり”を掲げている。地元の公立大学の存在を市政に活かした類稀な例である。地方の小規模な自治体ではこのような成功例もうなずける話である。
 
 また他方、自治体が多額の税金を投じたのに自治体に人材が残らないという問題点もあるようだ。ある県立大学では卒業生のうち県内に就職したのは1割に満たないという例もある。自治体が期待する公立大学が果たすべき使命である地元のための人材育成という観点と、グローバル化を目指す大学側の意向との間に大きな食い違いが生じている例である。
 
 公立大学を法人化するかどうかは自治体の判断に任せられているらしい。この春法人化した39校の大半は財政難に苦しむ自治体が不採算部門である大学を切り離すことを主目的に法人化されたものである。
 我が出身大学では、今回の自治体からの強引な法人化に際して任期制や年俸制の導入をめぐり教員側と自治体が対立し、大勢の教員が辞職する事態が起き混乱した経緯がある。(付け加えると、我が出身大学は以前、自治体の財政難により医学部のみを残し大学自体を潰そうという案が自治体から出された経緯さえあるのだ。卒業生にとって出身校が消えてなくなるというのは何とも寂しいものである。何とか生き延びてくれたようで私も胸を撫で下ろしていた矢先なのであるが…。)

 
 国民の所得格差が広がる中、公立大学は低所得層の進学先として重要性が増している。 この私も自活する勤労学生として当時6年間公立にて学んだ訳であるが、市民である学生への入学金減額等の特典措置を享受し学業に励んだ経緯がある。

 自治体からのある程度の独立性の確保の観点からは、大学にとって法人化は肯定される事象であろう。大学も経営手腕が問われる時代への突入である。
 一方で、基本的には大学とは学生のための学府であるべきだ。自治体の財政難による経費削減がもたらす教育力や研究力の低下は、今後に続く頭の痛い問題である。
   
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残した捨てゼリフ

2008年05月17日 | 音楽
 ♪追いかけてヨコハマ、あのひとが逃げる~、残した捨てゼリフに誰か、見覚えはありませんか~♪♪

 中島みゆき作詞作曲、桜田淳子が歌った“追いかけてヨコハマ”のさびの部分の歌詞である。


 さて、先週末に続きネットの動画の話をしよう。
 ネットの世界とは私のような年寄りはアッと驚くほど瞬時に移り変わる時間の次元に存在しているようだ。 昨日聴けていた曲が今日は配信停止になっている。おそらく著作権上の問題があり、著作権者から配信停止措置が取られるのであろう。

 上記の桜田淳子の“追いかけてヨコハマ”はどうやらまだ聴けるのだが、同時に楽しんでいた“リップスティック”が数日前から聴けなくなっている。 ♪紅く、紅く、紅く~♪♪ の曲である。
(ところが、本日確認したらまた聴けるようである。一体、どういうシステムなんだ??)


 ところで、今さら何でまた私のようないいおばさんが“桜田淳子”にはまっているのかと言うと、これが何とも魅力的で惹きつけられるのだ。
 元々は山口百恵を聴いていて、例の“芋づる式”で桜田淳子に入ったのだと思う。(何分カラオケ好きなもので、山口百恵あたりの前後20年程度の時代の曲はほぼ全曲歌えるのです…)

 山口百恵の動画を毎晩飽きるほど見聴きしていて気が付いたことがある。山口百恵の引退コンサート(おそらく武道館?)の影像があるのだが、当時このスーパースターの引退劇はひとつの社会現象とも言えるほどのトピックスであった。人気絶頂期の結婚による電撃引退であり、日本中を震撼させたものである。
 さて何に気が付いたのかと言うと、この引退コンサートのクライマックス「さよならの向こう側」を歌っている山口百恵の涙が嘘臭いのである。(ファンの方々から袋叩きに合いそうだが…。)何度影像を繰り返し見ても、私の目には涙がわざとらしくて鼻につく。どうも演出が過度であり、あのすべてにおいて超越しているがごとき山口百恵にして、華々しく去り行く勇姿を演じきれていないのだ。
 ついでに言うと、キャンディーズの“「普通の女の子に戻りたい」引退コンサート”の動画も見たのだが、これも山口百恵引退コンサート同様に3人娘が過度の演出を演じきれておらず、私の目にはわざとらしい。

 そんないきさつがあって山口百恵に少し愛想を尽かした私は、芋づる式で桜田淳子に乗り換えたというのがそもそものことの運びだ。

 実は私は桜田淳子に実際に会ったことがある。能登半島へ友人と旅行中に、デビュー後間もない頃の初々しいベレー帽時代の桜田淳子がたまたま取材の撮影中だったのに出くわした。その場には私たち2人と取材陣しかいないという場面で、よせばいいのに友人が桜田淳子に「サインして下さい!」と迫った。突然の事で戸惑った桜田淳子は即答は避けマネージャー(?)に相談し、そのマネージャーから「撮影中ですのでご遠慮下さい。」との回答が来た。 私は当時桜田淳子のファンでも何でもなかったのだが、まだ中学生(?)の桜田淳子がブラウン管で見るよりもはるかに小柄で華奢で美人だったという印象がある。

 そんな桜田淳子の、プロの歌手としてある程度経験を積んだ頃の“追いかけてヨコハマ”“リップスティック”あたりの影像がなかなかなのだ。
 この人は元々演技派であるようだが、このプロに徹した身のこなしが小気味良くて惚れ惚れする。その歌に入り込んでいる演技の徹し方が半端でないところがいいのだ。そして、今見ると何とも艶っぽい。現在の若手女性歌手達がやたらと露出してかえって色気が感じられないのと比較して、とても色っぽい。しかも歌唱力もある。
 その存在感は山口百恵とは全く異質なものである。当時は山口百恵の人気が爆発し過ぎていて桜田淳子の存在感が相対的に影を潜めていた感があるが、何の何の十分に輝ける存在である。プロとしての能力はこちらが上回っているのではないかと私は評価する。
 おそらく、半端ではない人間性なのであろう。 宗教団体の広告塔になって以降はピタリと姿を見せないのも、そんな徹底ぶりを物語っている。

 
 実はまだまだあるのだ。私の動画お気に入りアーチストが。またの機会に紹介することにしよう。
 (洋楽もクラシックも…♪ ジャンルを問わない音楽好きです。)
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むなしい若者

2008年05月15日 | その他オピニオン
 どうやら、現代の若者は“むなしい”らしい。
 いや、現代に限ったことではなく、昔から“若さ”とは虚無との闘いであるのかもしれない。

 5月10(土)朝日新聞夕刊「こころ」のページ“悩みのレッスン”の若者の悩みもこの“むなしさ”なのである。
 以下に、中学3年生の相談内容を要約する。
 この春中3になり高校受験の年であるが、勉強する気が全く起きない。自分には作家になりたいという夢があり、童話を書いたり物語を作るのが好きだ。だが、自分の夢の実現方法が分からず、勉強も手につかず、ただ流される毎日である。この1年をどう過ごせばよいのか。

 当ブログのバックナンバー記事「学問は虚無からの脱出」においても、この“悩みのレッスン”を取り上げた。前回の相談者は高校生だったが、悩みの内容が今回とほぼ同一だ。 小説家になりたい希望はあるが勉強をする意義が見出せない、という相談であった。
 この相談に対し、創作家の明川哲也氏が「ほぼすべての若者の対決は“生 vs 虚無”の構図にある。まず“虚無”を認識しそれに敗北することがスタートである。」という趣旨の回答を書かれていて、私見も同感であることは既述した。

 今回の相談の回答者は哲学者の永井均氏なのだが、その回答を以下に要約する。
 誰もがしなければいけない勉強などそんなにはない。 たぶん小学校の勉強だけで十分である。 与えられた勉強を与えられるがままにやれる人というのは、「順応主義的」といえるような特殊な才能があり、そうでない人には真似はできなくて当然である。ではどうするか。中学生ならばもう自分の「専攻」を持つべき。幸い、相談者は作家になるという夢があり、既に問題は解決されている。まず、真剣に本格的な作品を書き人に批評してもらったり、人の作品を読んだり、話の作り方や書き方の研究もしよう。そして自分の「むなしさ」についてその本質をつかみ作品化することも試そう。そのような自分にしかできない勉強を通じて、学校の勉強もはじめて自分のものとしてつかめるようになる。


 私論を述べる前に、自分自身の中学生時代を振り返ってみる。

 私の中学生活は至って多忙だった。なぜならば、私は(自分で言うのも何だが)勉強もよくする生徒だったのに加え、クラブ活動(今は部活と言うのか?)に没頭していたためだ。 ブラスバンド部に所属していたが、過去において全国優勝経験がある程の伝統ある部で、活動が大変厳しかったのだ。 毎日夕方6時頃まで、土曜の午後も、そして日祝日は終日練習、夏休みには合宿もあった。 加えて、中学校管轄自治体の市民バンド的な役割も果たしていて、市の各種行事、例えば消防出初式、成人式、駅の開通式、市内パレード、etc…にはいつも演奏隊として駆り出される。それに毎年定期演奏会に学校の文化祭での舞台、そして極めつけのコンクール出場と、年中行事が目白押しなのである。(表舞台に立つことを好んでいた私にとってはこれが快感で、大きな達成感を得たものである。) 中3の2学期までこれを頑張った。 合間に部の仲間とのコミュニケーション(帰りの寄り道等のチョイ悪行動)もこれまた楽しくてはずせない。 この過密スケジュールの中、私は高校受験勉強もそつなくこなし、第一志望校合格を見事ゲットした。 (一応、私の出身の都道府県では当時1、2位を争っていた名立たる高校なのだが…。当時も今も推薦入試など一切なく、自力での学科試験合格ゲットだった。)

 この通り、私の中学生時代は“むなしさ”を感じる暇など一切ない程忙しかった。
 ここから結論を短絡的に導くならば、虚無からの脱出の一番手っ取り早い方法は自分を過密スケジュールの中に置くことである。 過密とまではいかずとも、ある程度自分に負荷をかけることにより虚無を回避することは可能ではなかろうか。
 ただしその負荷が自分の意に沿わない事柄である場合は、当然長続きしないどころがかストレスばかりを食らうであろう。好きであるからこそ対象事象に没頭できるのだ。

 そういう観点から推測して、この相談者は本当にものを書くことが好きなのであろうか、という疑問符が私の頭をもたげる。 もしかしたらただ単に“作家”という職業に漠然とあこがれているだけなのかもしれない。ただ、まだ中学生の相談者にこの指摘は酷であるため、私論としてもとりあえずは永井氏の回答を支持する。 とにかく自分が好きだと思えることを行動に移してもっと掘り下げよう。 それを日々実行している間に、気が付いてみれば“虚無”から脱出でき、学校の勉強にも励んでいる自分がそこに存在しているかもしれない。


 それにしても若さとは“むなしさ”との闘いであり、それはごく自然で健全なことだとも思うけどね。
 えっ、年をとってもまだむなしいって? 今の時代、その気持ちもわかるよね…。
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能力別クラス編成を憂慮する

2008年05月13日 | 教育・学校
 中学生の我が子が通っている私立中学において、本年度から中3に限り能力別クラス編成制度が採用された。高校へは基本的に全員が内部進学のため、高校受験を経験しないことによる学力低下を阻止し、生徒全体の学力向上を図ろうとする狙いだ。

 現在、この能力別クラス編成を採用する学校は急増傾向にあるようだ。
 小学校においてすら、習熟度別学習と称して算数等一部の教科で能力別学習を採用している学校が今や一般的である。


 さて私事であるが、今年中3に進級した我が子がこの能力別(正確に言うと成績別)クラス編成の最上位クラスの所属となってしまった。こういう場合、通常は喜ぶ保護者が大多数なのであろう。ところが、我が家では親子共々頭を痛めてしまっている。なぜならば、最上位クラスにおける学習方法が我が子に合わないであろうことを懸念していたのだが、1ヶ月が経過した今、まさに嫌な予感が的中してしまっているためなのだ。

 成績が良いことを否定する訳ではない。良いに越したことはないのであろうが、学校における成績とはそもそもある一定時点の相対評価に過ぎない。この数字にこだわり過ぎると個性ある子ども個々の成長の観点からは先を誤る危険すらあると私は懸念するのだ。
 
 我が家の教育方針は子どもの全人格的な成長に重きを置くことにある。その中で学力という項目ももちろん重要な成長の要素ではある。この学力の伸びを判断するに当たって、目先の学校の成績もそのひとつの指針にはなるが、もっと広い視野で子どもの学力を捉えたいと私は考え、日々子供の教育指導に当たってきている。その指針とは席次や通知表の評価では決してなく、子どもが学習内容を真に理解できているがどうかなのである。これを、私なりの判断においてずっとチェックしてきている。

 学習において最重要なのは概念理解である。数学を例にとって話すと、公式というものがある。これを暗記する事はもちろん重要であるが、それに先立ち公式が成り立っている理屈を筋道立てて理解しておく事が肝心だ。
 つい先日も子どもが数学の因数分解の問題の答がどうしても合わないと言うので見てみると、単に公式を誤って暗記してしまっている。例えば簡単な例として、
(a+b)(a-b)  = aの二乗 - bの二乗(二乗の数字が出せず、すみません。)
という公式があるが、これは元の式を乗除加減の法則に従い順序立てて計算していくと誰でも簡単に導き出せる。
 ところが、計算の量をこなさせるために担当教員が早く公式を暗記するように指導したらしい。そのこと自体に問題がある訳ではないのだが、それを力不足の我が子が誤って暗記してしまったのである。
 そこで私は、初心に戻り公式を導く計算から何度もやり直させた。どうしてその公式が導かれたのかを理解することが暗記の近道であると、私は自分自身の学習経験から考えるからである。

 この概念理解学習は時間を要する作業であるかもしれない。丸暗記して計算をどんどんこなして計算力をつける方が、とりあえずの成績アップのための近道ではあろう。ただ、自分の確かな学力として長年定着させるためには、回り道ではあれ概念理解はかかせないのではなかろうか。


 さて能力別クラス編成の話に戻すが、我が子の学校の場合、最上位クラスはさらなる成績向上のために各教科共ドリルを他クラスより1冊増やし、早い話が「詰め込み教育」を行っているのである。これがそもそも私の教育理念に合わないし、加えてスローテンポで力不足の我が子にも向いていないのである。これを日々強制されてしまうと、我が子の場合は逆効果だ。案の定、もうオーバーフロー気味である。
 これでは我が子は潰されてしまう。何とか我が子の学習スタイルに合う方法で学習に取り組ませてやりたいのだが、学校の課題を無視する訳にもいかない。それで頭を痛めてしまっているのである。

 この連休も学校の大量の宿題をこなすのに精一杯で、行楽にも行けない。親子で趣味のバレエ公演も観たいのに…。やっと半日美術館へ行けただけである。こんな状態では、私が目指す全人格的成長は望めない。

 高校進学時は特進クラスの希望は出さないことを既に子どもと話し合った。後1年、何とかこの不健全な状況を耐え抜いて欲しいと今は願うばかりである。
 

 以上のように、能力別クラス編成は子どもの個性によっては大きなマイナスとなる場合もある。生徒全体の学力向上を目指すならば、成績別ではなく、学習タイプ別、学習環境別、すなわち生徒の学習への取り組み方の個性に応じたクラス編成が効果的なのではないかと私は考えるのだが…。
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ジュリー~~!!

2008年05月10日 | 音楽
 最近、ネットで音楽動画を楽しむ時間が増えてきた。
 あの音楽動画の利点は、芋づる式にどんどん同ジャンル、同年代の音楽が検索できる点にある。

 最初どのアーチストから入ったのかは忘れたのだが、今私が凝っているのが“ザ・タイガース”なのである。 “ザ・タイガース”をご存じない若い世代の方のために少し解説すると、1960年代後半頃の日本を一世風靡したGS(グループサウンズ)の中でもとりわけ人気が高かったグループである。ボーカルのジュリーこと沢田研二などは当時超国民的アイドルであった。コンサート等では当時の熱狂的ファンのギャル達が黄色い声で「ジュリー~~!!」と叫んだものである。
 参考のため、当時私は“ザ・タイガース”ファンではなく、ジャニーズ事務所の“フォーリーブス”のファンであったことは既に音楽カテゴリーのバックナンバー記事「1910フルーツガムカンパニー」で述べている。
 話のついでに加えると、洋楽の話になるが、“1910フルーツガムカンパニー”の「サイモンセッズ」を最近動画で見た。昔はラジオでしか洋楽は聴けず動画を見るのは今回が初めてだったのだが、想像とまったく食い違っていて今さらながらかなりがっかりなのである。なぜならば、ボーカルの少年のようなあどけなさの残るセクシーボイスがお気に入りだったのに、映像ではメンバーがみんなネクタイなどして結構おじさんっぽいのだ。今さら見なきゃよかった…。

 タイガースの動画の話に戻るが、すっかりはまってしまっている私がイヤホーンで動画を見聴きしつつ「タイガースいい!」と言うと、身内から「“六甲おろし”でも聞いてるの?」との反応がきた。それはタイガース違いというものだ。ジュリーがいたのは“ザ・タイガース”の方である。

 “ザ・タイガース”動画は数多いのであるが、私のお勧めは、現役当時の“ザ・タイガース”の映像である。当時、GSはその人気とは裏腹に、歌唱力がない、演奏が下手だの何だのと、音楽評論家や時代の移り変わりを受け入れられない大人の間では酷評されていた。当時GSのファンであった私も何十年も経過した今聴いたらさぞやお粗末だろうかと思いきや、何の何のすっかりはまってしまう程魅力があるのだ。何と言ってもエンターテイメント性がすばらしい。ジュリーの歌にも安定感があるし、サリー、タロー、トッポ、ピー、メンバー皆のタレント性が当時思った以上に高い。(後々グループ解散後、メンバー各々が今なお成功している所以である。) この“ザ・タイガース”に限らずGSのほとんどのグループは“ビートルズ”の二番煎じ風ではあるのだが、そうであるとしても特にこの“ザ・タイガース”のプロデュースは十分に成功している。人気No.1をキープし続けていたのもうなずける。今見ると当時のジュリーがジョージ・ハリソンにそっくりであるのも興味深い。

 そして、その現役時代の“ザ・タイガース”動画の中でも私の一番のお勧めは「シーサイド・バウンド」である。この動画は当時の人気テレビ番組「シャボン玉ホリデー」の中の映像なのだが、“ザ・タイガース”はこの長寿番組が消え行く間近の頃のレギュラーとして出演していた。私個人的には日本のテレビ番組史上に残る程の貴重な映像なのではないかと思うが、アクセス数は意外と少ない。まだあどけなさが残る5人のメンバーが楽器を抱え、とても可愛らしく飛び跳ねながら歌っている。特にトッポが何とも言えないくらい可愛い。 この映像に合わせて私もノリノリにステップを踏みつつ歌っていると、中学生の娘もやってきて「シーサイド・バウンド」を完全マスターした。(しょっちゅう、二人で歌って踊る変な母娘なんです…。)

 “ザ・タイガース”解散後のジュリーもいい。私のお気に入りは「カサブランカ・ダンディ」だ。“ボギー、ボギー~、あんたの時代はよかった~♪” 本当によかった~。
 今のジュリー、ちょっと太っちゃったかな。太っていなければおそらく十分カッコよくて、まだ現役で歌って欲しいくらいだ。 あの類稀な“美貌”と才能が何とももったいないなあ。
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理念なき教育改編

2008年05月08日 | 教育・学校
 連休前の4月25日(金)朝日新聞朝刊の報道によると、文部科学省は改定された小中学校の学習指導要領のうち、理科と数学の授業時間と内容の大幅増を、09年度すなわち来年度から前倒しで実施する方針を発表した、とのことである。
 その結果、小学校においては11年度春の全面実施を待たずして、来春から各学年で授業時間が週1コマ増えることになる。
 その他、小学校低学年での体育の増加、同高学年に導入される「外国語活動」の各校判断での実施、「総合的な学習の時間」の削減も前倒し実施となる。
 11年度春からの全面実施後は、小学校低学年でさらに週1コマ、中学校では各学年で週1コマ増える。


 今回のこの学習指導要領の改定においては、現行の「ゆとり教育」が批判を浴び、国際的な学力調査でも日本の成績低下が問題となる中、学力向上の姿勢を明確に打ち出している。そのため、現行の「生きる力の育成」は掲げたまま、知識の習得、それを活用する力、学習意欲を身につけさせることを趣旨とし、40年ぶりに総授業時間と学習内容を増やすことを決めたものである。 
 その他の内容としては、教育基本法の改定を受けて「公共の精神」の育成や伝統、文化の尊重も盛り込まれている。
 なお、道徳の教科化に関しては、本ブログ教育・学校カテゴリーのバックナンバー記事「道徳教育私論」において既述の通り今回は見送られており、道徳の教科化案を憂慮していた私は胸を撫で下ろしている。


 さて、今回の教育改編において一番懸念されているのは、「詰め込み教育」の復活である。

 実は、私論もこの点を大いに懸念している。
 「ゆとり教育」の反省、国際的な位置づけでの日本の学力低下からの脱却を歌い文句に、短絡的に授業数と学習内容を増やすだけの今回の安易な改定案に首を傾げるばかりである。
 この改革案の全面実施を待たずして、既に「ゆとり教育」は崩壊しつつある。 この「ゆとり教育」の趣旨を、“個に応じたきめ細かな教育指導”、“人為的に作出される競争の排除”と勝手に解釈した上で、私は「ゆとり教育」賛成派である。公教育が、詰め込み教育、偏差値偏重、へと逆戻りしていく現状を大いに憂えている。

 本来、“教育”とは子ども個々の学力向上を含めた全人格的成長を育む使命を担うべき事柄である。子ども個々の成長がひいては社会全体の発展をもたらし、国際競争力の向上へとつながっていくのであろう。
 「ゆとり教育」の“社会が言うところの失敗”に関しては、実は公教育現場の勘違いが大きいのではないかと私は懸念する。
 「ゆとり教育」の趣旨は底上げにあったはずだ。すなわち、いわゆる“落ちこぼれ”、言い換えると学習困難者にもわかる教育の実施だったはずなのだ。上記の私の解釈に基づく「ゆとり教育」を遂行するには、教える側にとっては多大な時間と労力を要する。個々の生徒の能力に応じたきめ細かな指導を実施することは、教える側にとっては重労働となろう。ところが、学校が週5日制になったこともあり、大変失礼ではあるが、教える側が“ゆとり”の意味を勘違いし、自ら“ゆとり”を堪能してしまったというような失敗がなかったと言い切れるのであろうか。
 
 私はあくまでも教育についてはボトムアップ思想を支持したい。というのも、学習に関して述べると、学習強者すなわち学習能力のある人間というのは、放っておいても自ら学習に取り組む意欲やその環境にあると判断するからである。ボトムアップ教育を実施することが、結果として全体の学力向上につながると私は推論する。

 社会全体のレベルアップひいては国際競争力の復活、維持を望みながら、義務教育において国を挙げて強者育成の教育に安易に走るのは短絡的過ぎる、との私論をこの記事において主張したいのである。

 公教育の本来のあり方とは、学習困難者に重点をおいた学習指導を遂行するのがその使命だと私は考える。
 さらに教える側に深い思慮と能力と広い視野、そして何よりもすべての子どもの成長を願う愛情と教育指導に対する熱意があるならば(公教育とは、そういう人材を指導者として採用し育成するべきである。)、子どもの学習能力に応じた対応、すなわち“個に応じた教育指導”を望みたいものである。 
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ナイル川デルタ地帯に自生したパピルス

2008年05月06日 | 旅行記・グルメ
(写真は、私がエジプトで買い求めたパピルス画です。)


 GW最終日は、引き続きエジプト、ギリシャ方面旅行記を綴り、締めくくることにしよう。

 昨日のこどもの日に、我が家の子どもと一緒に東京白金台にある松岡美術館へ出かけた。 この美術館は創立者である松岡清次郎氏が情熱を注いで収集した多種多様な美術コレクションを公開している美術館である。
 都心にありながら緑豊かで閑静な住宅街、近隣には東大医科研、聖心女子学院中高等があり、駅からの外苑西通りにはお洒落なブティックやレストランが軒を連ねている、という恵まれた立地条件の中に松岡美術館はひっそりと存在していた。

 我々親子は今回初めて訪ねたのだが、この美術館がユニークなのは松岡氏のコレクションがまさに多岐に渡っていることである。エジプト古代の壁画から始まり、地域的には中国、インド、イラン、ヨーロッパ、etc… 時代も古代から現代のピカソに至るまで様々なコレクションが展示されている。私のような素人にはとても分かり易く結構楽しめる美術館であった。

 その中でも、特に興味を惹かれたのは古代エジプト展の展示室であった。 と言うのも、昨年エジプトへ旅行しエジプト国立考古学博物館等で同様の数多くの本場の美術品の展示を見てきたことによる。 加えてこの通り、偶然今ちょうど本ブログでエジプト、ギリシャ方面旅行記を綴っていることもあったためである。


 美術品と言えるのかどうかも私には判断できないのであるが、エジプトでパピルス画を購入して来た。(上記写真参照) パピルスの台紙にエジプトの古代風の絵が描かれた作品である。一応、エジプトのお土産として代表的なものとの説明を聞いていたため、国営の販売店で保証書付きの絵画を何点か購入したのである。このパピルス画はすべて手書きで描かれている。購入してきて1年近く経った今なお、描くのに使われている染料の匂いが強烈である。
 前回の記事でも既述した現地ガイドのMohamedさんから詳細の解説をお聞きしつつ何点か選んで購入したのであるが、残念ながら今となってはもう記憶があやふやで、私の口からはこの絵画につき説明不能なのであるが…。


 このパピルス画の画布であるパピルスについて少し語ってみよう。

 元々パピルスとは、古代エジプトで使用された文字筆記のための媒体をさす。古代においてこのパピルスは大変重宝な記録伝達の媒体で、例えば私が好む古代ギリシャ哲学者プラトンの著作を記したパピルスの写本が今なお保存されてもいる。

 このパピルスの製作にはかなりの人手と日数を要する。私も上記のエジプト国営パピルス画販売店にてパピルス製作の実演の一部を垣間見たが、相当の手間暇を要する。それ故に真正のパピルスは高価であるし、また優れた保存性能を有しているのである。

 ところが残念ながら、現地エジプトでは観光用として偽パピルスも多く販売されているそうである。偽パピルスは例えばさとうきびやバナナの皮から作られているそうだ。それらは一見真正のパピルスと区別できないが、決して長持ちせず直ぐにべたべたしてくるらしい。
  
 パピルスという植物は、元々中央アフリカのナイル川源流から、洪水の際にデルタ地帯に流れてきた株が自生したものを人手をかけて栽培し、はるか昔には記録のための媒体のみならず履物、綱等の人々の生活用品として利用されてきたという。

 そんなパピルスも製紙法の発展により人々の実生活からは完全消滅し、現在ではエジプトにおける観光土産の目玉商品と移り変わっているようである。 
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五千年の砂嵐に耐えたピラミッド

2008年05月04日 | 旅行記・グルメ
 エジプト、ギリシャ方面旅行記の記事が続くが、エジプトのピラミッドに関する前回の記事の続きを綴っていこう。

 エジプトのピラミッドは、前回の記事で述べた通り五千年近い歴史があるにもかかわらず今まで一度も崩れることがなく、さらにこの先五千年から一万年も崩れないであろうと推測されている。
 今回の記事では、五千年もの昔のエジプト古王国時代に建造されたピラミッドが、なぜそんなに丈夫で崩れないのかについての仮説を立て、検証してみることにしよう。
 仮説検証の方法として、ピラミッドが如何なる条件の下で造られたかを探ることにより結論を導き、さらなるピラミッドの謎を解き明かすこととする。


<仮説の第1点目>
 第一条件として建造物の土台である地盤が肝心?

 前回の記事で既述した通り、ピラミッドはギザ地区をはじめナイル川の西側のみに建造されている。
 西側(日が沈む向こう側)が死後の世界に向かっているため、という説も存在するが、実はナイル川西側の岩盤が大変しっかりしているのだそうだ。事実、毎年7月から10月までのナイル川の氾濫期に、水が上がってきても冠水しない場所にピラミッドは造られてる。

<仮説の第2点目>
 ピラミッドのあの形に崩れない秘密がある?

 四角錐状のあの形にやはり大きなポイントがある。
 ピラミッドは最初からあの形で造られた訳ではなく、何世紀もかけて現存する完成形に練り上げられたきたのだそうだ。階段ピラミッド、屈折ピラミッドと段階を経ながら、建設途中で勾配が急過ぎて崩壊したりもしたらしい。
 現存するピラミッド(真正ピラミッド)は、長さと高さの比が「黄金比」になっている。(「黄金比」というのは世の中で最も美しいとされる比であり、例えば、このピラミッドをはじめギリシャのパルテノン神殿等の歴史的建造物や、自然界における巻貝や植物の葉の並び方や、皆さんが使っている名刺の縦横比等もこの「黄金比」になっているのだ。)
 この「黄金比」が、美しさのみならず崩れない強さをも兼ね備えていたのである。

<仮説の第3点目>
 用いられている岩石が頑丈なのか?

 さらに崩れない理由として重要なのは、ピラミッドを造るのに用いた岩石の種類であろう。
 ところが、岩石とは頑丈過ぎて硬過ぎても積んだときにぶつかって反発するためかえって崩れやすいそうである。
 石の中でも柔らかいものと言えば堆積岩で、この岩は時間をかけてゆっくりと砂が石になった岩石だ。この堆積岩の中でも一番上質の石灰岩がピラミッド造りに用いられているそうである。

<仮説の第4点目>
 上質の岩石を用いても水平に積まないと崩れるはず?

 せっかくの上質の岩石を用いても、水平を保たなければ崩れてしまう。
 水が水平を保つ原理を利用して、ひとつひとつの岩石に水を流し込み岩石を削るという手法を用いることにより水平を保ち、ピラミッド全体の水平が保たれているということである。(上記写真を参照下さい。岩石が水平に削られている様子が見て取れます。ひとつひとつの岩石は想像以上に大きくて、その高さは人の身長位ありました!)
 この削る作業がし易いという面からも、柔らかい岩石の方が優れているそうだ。

<仮説の第5点目>
 岩石同士を何らかの手段で結合させている?

 最後に検証したいのは、岩石同士の結合の手段である。これに関してはどこを探しても文献が見当たらない。
 現地ガイドさんの解説によると、決して接着剤を用いる等の化学的手段で岩石同士を貼り合わせた訳ではなく、ひとつひとつの岩石をうまく噛み合わせることにより結合させているとのことである。

 
 実は今回の記事は、昨年旅行から帰国後、我が子が夏休みの課題として取り組んだ理科の自由研究「ピラミッドはなぜ崩れないのか」よりの引用である。(子どもには承諾を得た上での本ブログへの引用である。)
 我が子がこの自由研究を成し遂げるにあたっては、エジプトでお世話になった現地ガイドのMohamed Abd Hafez さんの博学ぶりによるところが大きいのであるが、改めてこの場で感謝申し上げたい。
 なお、エジプト研究者の吉村作治氏の文献も上記自由研究で引用している。


 余談になるが、このエジプト現地ガイドのMohamedさんの子どもさんが、参加者のうちで一人だけ未成年かつ最年少であった我が子と年齢が近いということもあり、エジプト滞在中始終気にかけて下さり親切にしていただいた。 子どもがギリシャで急病をした後エジプトへ戻った時にも、Mohamedさんは真っ先に駆けつけて下さりご心配いただいたといううれしい経緯もある。帰国の際にも子どもに暖かい声をかけて下さり、メールアドレスも教えていただき、子どもが連絡を取らせていただいている。
 旅行というのは、何といっても人との出逢いが一番印象深いものである。 
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五千年の歴史を眺めたピラミッド

2008年05月03日 | 旅行記・グルメ
 前回の記事、エジプト、ギリシャ方面旅行記の続編になるが、今回の記事ではエジプトのピラミッドについて綴ることにしよう。

 エジプト観光と言えば、何と言っても“ピラミッド”と“スフィンクス”がそのハイライトであろう。

 そのうち今回の記事ではピラミッドを取り上げ、その五千年の歴史やなぜピラミッドは崩れないのかなどの謎について、現地エジプト人ガイドさんの説明等も交えて綴ることにしよう。
(写真を複数枚掲載することにチャレンジしたのだが、不慣れゆえにどうしても掲載不能なため、背景に少しピラミッドも写ったスフィンクスの写真1枚でご勘弁願おう。)

 今回のエジプト観光で出会った現地のガイドさんは、国立カイロ大学日本語学科出身で日本での生活も長く日本語がペラペラ、加えて、博学でエジプトに関する知識が豊富な方でいらっしゃったため、十分な説明を伺うことができた。


 “ピラミッド”とは、エジプトや中南米などに見られる四角錐状の巨大建造物の総称である。
 古代エジプトにおけるピラミッドとは、巨石を四角錐状に積み上げ、中に通路や部屋を配置した建造物であり、単体として完成したものではなく、付随する葬祭殿などとの複合体として考えるべき特徴を持つ。

 元々この建造物は「ピラミッド」とは呼ばれておらず、建造後千年も経過してからそれをみたギリシャ人によって、自分達が食べている「ピラミス」というパンに似ていることからこの名前が付けられたそうである。

 このピラミッドがどんな目的で建造されたかについては、何も記録が残っておらず現在なお謎の部分が多く、学説にも諸説が存在するようである。近年まで奴隷が築いた王の墓という説が有力であったが、現在ではこの説は否定され、農閑期に自由身分の農民らの労働者によって築かれた公共事業であったという説が定説となっている。
 ピラミッドの使用目的についても、天文台、食料倉庫などの諸説があるが、これも未だ謎のままであるらしい。
 
 数多いエジプトのピラミッドの中でも一番有名なのは、ナイル川を挟んで首都カイロの対岸にあるギザの三大ピラミッドである。すなわち、エジプト古王国時代の紀元前2550年頃に造営されたとされる、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の3つのピラミッドである。 今回の我々の旅行でも、この三大ピラミッドとスフィンクスを観光した。(ピラミッドを見ながら、らくだにも乗ったけどね。これはシートベルトもないし、落ちたら大怪我をしそうで下手な遊園地の乗り物より怖い!)このうち、クフ王のピラミッドは世界最大の大きさを誇り、底辺は各辺230m、高さ146m(現在は多少低くなっているらしいが。)に達する。

 クフ王の息子のカフラー王、またその息子のメンカウラー王の順にピラミッドは小型化されている。世界のピラミッド研究者の間では王家代々のピラミッドの縮小化の理由は謎とされ、これまた諸説が存在する。今回の現地エジプト人ガイドさんの解説によると、エジプトでは古代から現代に至るまで、イスラム教の教えにより親を敬う国民性が根強いため、子は親より小さなピラミッドを造って親を尊んだのだと現地では語り継がれているとのことである。


 ピラミッドに関する話はまだまだ盛り沢山なのであるが、写真も現在の私のキャパシティでは1記事に1枚しか入れられないため、今回はここまでにしよう。
 次回、ピラミッドは五千年の歴史に耐えてなお崩れずに原型を留めている理由等につき、仮説検証をしてみることにする。 
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