原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

遊び心と春の風

2008年02月28日 | その他オピニオン
 春風が花粉を運んでくる季節が訪れてしまった。この時期がつらい人は多いことと察するが、私もそのひとりである。病院へは家族の付き添い以外は行かない、薬は飲まない主義の私は5月の連休が終わる頃までくしゃみと鼻水と目の痒さとそれによる睡眠不足との戦いである。ティッシュの箱が下手をすると一日一箱なくなる。化粧は剥げるし、鼻の皮は剥けてヒリヒリするし散々な目にあう。

 前書きはさておき、実はこの記事は花粉症とは何ら関係のない“遊び心”がテーマである。


 本ブログの記事本文やコメントの返答の中で何箇所か“遊び心”について触れているのだが、私は一見真面目そうに見えて(???)その実“遊び心”の旺盛な人間なのである。わかりやすく表現すると“ちょい悪”であるかもしれない。若かりし頃からこの“遊び心”をとても大切に生きてきている人間なのだ。 春風が吹かずとも、年中遊び心満載である。

 中学生の頃、既にこの“遊び心”があった。小さい頃から真面目人間のレッテルを貼られていた私であるが、第二次反抗期を過ぎた頃からこの“遊び心”が表出し始めていた。
 例えば、授業中にちょっといたずらをしたくなる。今なら机の下で携帯でこっそりメール交換でもするのであろうが、当時は携帯はない替わりにこっそり手紙を回すという手段があった。これが大好きで率先して仲間に加わっていた。先生は私がそんなことに積極的に加担しているとは露も知らず、申し訳ないことに周りの友人ばかりが叱られていた。(ごめんなさい…)
 ある時には、授業に遅れることを私から積極的に仲間にそそのかしたこともある。この時には当然ながら遅れた全員が廊下に立たされたのであるが、先生は真面目で通っている私が仲間にそそのかされたと勘違いし、私に同情してくれたものだ。(そうじゃなかったのよ、先生。私が主犯だったの。仲間のみんな、ほんとにごめんなさい。)
 だが子どもが“遊び心”を発揮するのは心が開放されている証拠であると私は思うのだ。大学受験を目指して心が閉鎖的であった高校時代には“遊び心”が表出する機会は一切なく、ほとほとつまらない高校時代であった。

 さて大人になってから、しかも一人暮らしを始めて何ら“足かせ”がなくなった後は“遊び心”のオンパレードである。(誤解のないように言っておくが、仕事、学業、大事な人間関係等々、自分の主たる生活要素をすべて完璧にこなした上での話ですよ。)

 私はこの“遊び心”のお陰で長~い独身時代を心底堪能した。実に充実した独身時代であった。(当ブログの“酒”“雑記”カテゴリー等のバックナンバーをとくとご欄下さい。)

 “遊び心”にも自己責任が伴うべきである。中学生の頃はまだ私も人間が未熟で、結果として“遊び心”の罪を仲間になすり付けることになってしまったようで申し訳なかったと思う。
 自立した大人であるならば、自己管理力と周囲の信頼の下“遊び心”を発揮するべきである。自己管理力と信頼のバックグラウンドもなく“遊び心”を実行に移す人がいるならば、それは単なる“遊び人”あるいは“馬鹿”に過ぎない。

 例えば、“不倫”を例にとってみよう。(突拍子もない例で不謹慎であるのは承知だが…) 不倫をするにも当然ながら自己責任の下行うべきである。マナーが必要だ。大手を振ってしてはいけない。後ろめたさを頭の片隅に忘れずに、隠れてこそこそとやるべき事柄である。最低限、周囲の人間を決して不幸にしてはいけない。これがこなせるキャパシティも配慮もなく安易に深みにはまる人は不倫をする資格はない。

 
 花粉症で鼻水タラタラで不倫も色気もあったものではないが、暖かい春風の中、少し“遊び心”を楽しんでみましょうか。 ハックショ~ン!!
 
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大学院への道程

2008年02月26日 | 自己実現
 先週末より国公立大学の2次試験が始まり、今年の中高大学受験もいよいよ終盤を迎えている。
 この国公立大学の2次試験が始まると、マスメディアでは毎年示し合わせたかのように必ず東京本郷にあるT大学からの中継受験生インタビュー映像を放映する。他大学からの中継でもよさそうなものだがあれはどういう魂胆なのか、毎年首をかしげる私であるが…。
 
 さて、かく言うこの私もその東京本郷の国立T大学を目指したことがある。ただし私が目指したのは、T大学大学院の方であるが。


 私は大学院修士課程を修了し、「経営法学修士」を取得している。 大学院へ進学したのが34歳の時、修了して修士号を取得したのが36歳の時の話である。

 そもそもなぜ大学院進学を志したのかというと、(おこがましい話なので小さい声で言うが)学者志望であったためだ。勉強好きな人間なもので…。今となってはその夢は跡形もなくはかなく消え去っているが…。

 第一志望は東京都国立(くにたち)市にある国立(こくりつ)H大学大学院法学研究科であった。そして、上記の国立T大学大学院法学研究科にもチャレンジしようと企て、願書も入手し、T大学の大学生協で大学院入試の過去問も仕入れてきていた。 加えて、安全パイとして在籍公立大学の大学院も受験した。(誤解のないように言っておくが、国公立にこだわったのは、勤労学生の身として学費負担を少しでも少なく抑えたいためである。現在では国公立と私立の学費の格差は縮まってきているが、当時はまだ2~3倍の格差があった。)

 結果だけを先に言うと、悪戦苦闘し疲労困憊した割には、合格して進学したのは在籍公立大学の大学院である。

 現在では大学院の社会人入試が一般的であるが、私は30歳代半ばにして一般入試での大学院チャレンジであった。一般入試であるからには当然ながら専門学科数科目の論述試験と専門英語の試験がある。これらの勉強量たるや膨大なものである。
 前回の記事では資格取得について記述したが、私は入学試験、資格試験、就職試験等々、我が人生においておびただしい数の試験を受験してきている。 その中で、この大学院一般入試の受験が最高にハードだったように思う。30歳代半ばという年齢的な事情もあったのに加え、単身の勤労学生と言う立場、それに大学在学中のため卒論とも平行しての受験勉強でもあるし…。 加えて、大学院ばかりはどうしても現役合格しなければやる気が萎えてしまい再受験は考えられないことは予測でき、もう大学院の門をくぐることは一生ないであろうことを見通して、一発合格に賭けていたからである。
  
 あらかじめ言うが、結局T大学大学院法学研究科の受験は断念した。なぜならば、ここは専門学科試験の一科目として“民事訴訟法”が必修であったためだ。元々私は民事訴訟法の学習が手薄であった。これ一科目のためにその他科目の勉強時間のロスを回避するための受験断念であった。 ただ、後で得た情報であるがT大学大学院は他大学院より入学定員が多いため、意外と入りやすいという噂もある。受験だけでもしておけばよかったかな、と多少悔やまれる。

 さて、まずは第一志望の国立H大学大学院法学研究科の受験だ。
 専門科目が民法(総則、物件、債権)から2題、商法(総則、商行為、会社法、手形小切手法)から2題、そして法学専門英語の試験であった。すべて論述式である。民法、商法に関しては山が当たればある程度点数が取れると見込んでいた。その山は当たらずとも遠からじであるのだが、B4用紙が埋まらない…。何とか難儀して8割くらい書ける問題とどうしても5割程しか埋まらない問題と…。手ごたえがつかめない。 英語ははっきり言ってボロボロ状態…。これでは合格する訳がないのだが、 案の定、 落ちた。

 となると、残っているのは在籍大学大学院のみである。元々、在籍大学の大学院への進学は有利であると言われている。なぜならば、試験問題作成委員が大学教官であるため、その教官の授業を履修しているからだ。講義ノートをチェックしておくだけでもある程度点数が取れる。在籍大学大学院は経営学研究科の経営法学コースであったため、専門試験科目は経営学と商法、それに専門英語であった。今だから言うが、経営学と商法は山が大当たりでおそらく満点に近い解答ができたと思う。これに対し、英語はどういう訳か難易度がH大学よりもさらに高くこれまたボロボロの出来だったので、英語で落ちたかと冷や汗ものだった。何とか合格はゲットした。(後で聞いたのだが、英語は受験生の誰一人として出来ていなかったらしい。)

 という訳で、半年後には在籍大学の大学院へ晴れて入学できたといういきさつである。 

 (大学院での学業や修士論文の制作活動については、またの機会に触れることにしよう。) 
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資格は取りゃいいってもんでもないが…

2008年02月24日 | 自己実現
 今日(2月24日)、この寒風吹き荒れる中、中学生の娘が英検の2次試験に出かけたので思いついたのだが、私が取得してきた資格の話でもしてみよう。

 表題の通り、資格は取りゃいいってもんでもないのだが、私は現在までにおびただしい数の資格を取得してきている。
 履歴書記載時にはいつも苦労する。ワープロで打つ場合は自由書式にできるためさほど問題はないのだが、市販の履歴書に記載する場合は資格欄が5行程しかない書式が多く、これではごく一部しか書けない。そこで、提出目的に合わせて記載する資格を絞り込むしかないのだが、私という人間をトータル評価してもらうためには本当は全部記入したいため、どうしても欲求不満が残る。
 
 決して資格マニアという訳ではなく、仕事上の必要性に迫られたり、また、仕事や学業や趣味に勤しむ過程で得た知識や技術を形にして残そうと考えた結果である。

 それでは、今までに私が取得してきた資格を分野別にざっと振り返ってみよう。

 まずは、医学関連から。
 私は20歳代前半に新卒で医学関係の民間企業に入社したことについては既にバックナンバーで記載しているが、資格としては「臨床検査技師」国家資格を取得しての入社であった。そして、その医学関係の仕事上の要請で「臨床病理技術士“血液学”」と「同“血清学”」を取得した。 これら医学関係の専門資格は職業と直接結びつき、“食いぶち”として私の今までの人生に一番貢献してくれている。

 次に教職関係。
 2度目の大学卒業と同時に教職免許「中学・高校一種“社会”」「高校一種“商業”」を取得。その後、大学院修了と同時に教職免許「高校専修“商業”」を取得した。  後だから言うが教員を職業にするつもりは全然なかった。専門性が決して高くはない職業だし、大卒で取れる資格はこれ位しかないのでとりあえず取っておいただけのことで…。(現職教員の方々、はっきり申し上げて誠に申し訳けございません。) それでも、これを取得しておいたお陰で教職を体験できたことは、私にとってはまたとなく貴重な歴史の一部である。

 そして、英語関係。
 英検2級を取得したのは30歳を超えてからのことであった。2度目の大学受験勉強で頑張った英語力を形にして残そうと考えての英検受験であった。
 英文タイプ2級も取得している。これは医学関係の仕事においてコンピュータのプログラミングをする機会があったのだが、FORTRUNはともかくCOBOLはプログラムの入力文字数が多いのに難儀したのがきっかけで、キーボードのJIS配列をマスターしたいがために取得したものだ。お陰でブラインドタッチが難なく出来るのであるが、これは取得後25年ほど経過した今でも日常生活上大変重宝する資格である。
 ついでに言うと、プログラミング力の資格である第二種情報処理技術者試験にもチャレンジしたのであるが、これは惜しくも落ちた。
 
 学位関係では、大学院修士課程を修了し「経営法学修士」を取得している。
 これに伴い、税理士試験税法3科目免除申請を通過し、バックナンバーでも既に述べているが、残りの税理士試験会計2科目は現在受験中である。(先の見えない軟弱受験者ではあるが…)

 まだある。
 普通自動車運転免許は19歳の時に取得している。
 それから、趣味でエレクトーンを習っていた時期があるのだが、ヤマハの「エレクトーン演奏グレード9級」から受け始め、「同グレード6級」まで取得している。20歳代後半の頃の話だ。  
 
 取得資格が多すぎると、しかもその取得資格が私のように中途半端なものばかりだと、私という人物を知らない相手からはかえってポリシーのない人間であるように誤解されたり、ややもすると軽はずみな人格なのかと疑われかねない。 特に社会的に権力のある立派な資格(いったいどんな?)を取得されていらっしゃる方々からは??
 自己弁護になるかもしれないが、どのような資格試験であれそれに合格する努力は並大抵のものではない。そして、合格により得られる達成感は合格した者にしか味わえないものであろう。たとえそれが自己満足の域を超えていないとしても…。 そして、どの資格も自分の長い人生において、不思議と何らかの形で大なり小なり役に立つものだ。

 確かに、資格なんて取りゃいいってもんでもないんですけどね…。
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安易について行かない教育が肝要

2008年02月21日 | 教育・学校
 朝日新聞2月17日(日)朝刊社会面に「被害少女は悪くない」と題した記事が掲載された。 これは先だって沖縄で起きた米兵による女子中学生暴行事件に反応した“ついてゆく方も悪い”との被害少女への社会からの一部の批判に対し、被害少女を“一応弁護したように見せかける”朝日新聞記者の反論記事である。

 まずは、この朝日新聞の反論記事の一部を以下に要約しよう。
 今回、被害にあったのは14歳の女子中学生であるが、彼女はアイスクリーム店を出てきたところを米兵に声をかけられた。街に出れば米兵と行き会うのは日常のこと。同世代の子たちは「繁華街に出かけると、米兵にプリクラや携帯電話の番号を交換しようと話しかけられることも多い」と言う。「米兵の友達を作ることが悪いんじゃなくて、悪いのは性犯罪をする人でしょ?」(繁華街でたむろする女の子達の言い分である。)

 以上が朝日新聞記者、山田菜の花氏の反論記事からの、被害少女の当日の行動に関連する部分の要約である。

 申し訳ないが朝日新聞記者の山田菜の花さん、あなたの記事は少しも被害少女を弁護できていませんよ。これじゃ、この被害少女の墓穴を掘っただけじゃないですか。 もしかしたら、どうせ新聞の読者なんて記事の見出しだけ見て詳細は読まないと見込んだ上で手抜き記事を書いているんじゃないですか? それはとんでもない話ですよ。 この種の反論記事で読者に訴えたいならば、被害少女周辺をもっと念入りに取材した上で理路整然と弁護しなきゃ!


 さて、私論に入ろう。

 結局この少女が米兵について行ってしまったことについては間違いないようだ。その事実は残念ではあるが認めざるを得ない。事実は事実として認めた上で、まだ未成年しかも義務教育過程のこの14歳の少女を責めることなく救うためには如何なる理論武装をするべきか。
 米兵について行った被害少女に落ち度があったとして安易に片付けてしまうのではなく、周囲の大人が冷静にこの問題を議論しないと、残念ではあるが今後同様の事件は続く恐れがあり、道は開けないのではなかろうか。

 性犯罪をする側が悪いのは自明の理であり、この米兵は当然ながら法的に然るべき処罰を受けることになろう。

 そこで、今回議論の対象とするべきはやはり被害少女の行動及びその心理的背景であると私は考える。
 そもそも米兵と出会う確率が高い繁華街を女子中学生がたむろすることについても、社会では賛否両論あることと察する。
 これに関しては、私は容認派である。異性(特に米兵という特殊な異性)の存在は思春期に入ったばかりで好奇心旺盛な少女たちにとっては魅力的な対象なのであろう。そんな異性に誘われたい“下心”で繁華街をうろつくことに関しては、ある意味自然な欲求なのではなかろうか。 この私にだっていい年をして未だに下心はある。“下心”というのは一種の文化の土台となる重要なエネルギー源であるとも考える。加えて、法的にも内心の自由は尊重されるべきである。(話がずれたが…)
 少女達のそんな“下心”は認めた上で、忘れてはならないことがあるのだ。この“下心”を生かすも殺すも自分次第なのである。
 結論から言うと、キーワードは“自己管理力”である。これを大人は子供達に早いうちから身に付けさせなければいけない。“自己管理力”と言ってしまうと範囲が広くて大袈裟であるならば、この事件の場合、“危機予知力”でもいい。とにかく、知らない異性に誘われたいという“下心”を行動に移す場合“下心”だけではダメなのだ。頭の片隅に必ず“危機予知力”のアンテナを張り巡らせておくべきなのである。それなくしてこのような行動に出る資格はない。それははっきりと子どもに伝えよう。
 
 それでは、その“危機予知力”ひいては“自己管理力”を子どもに身につけさせるためには大人、特に親は何をすればよいのか? 頭ごなしに「こういうことをしてはいけない!」と言っても子ども(特に思春期を過ぎた子ども)が聞く訳はない。反発をくらうだけだ。
 教育の基本は“共感力”なのだ。子どもと同じ目線で共感する力が子どもを育てると、私は日々実感している。例えば今回のような事件を報道で見聞きして、親である私が「つらいな、悲しいな、何でついて行っちゃったのかな。」と心を痛めていると、傍らにいる我が子も必ず感じるものはあるようだ。子どもが小さい頃からこれの繰り返し、積み重ねなのである。“危機予知力”などと言うものは一朝一夕に育つものではない。

 私事で恐縮であるが、私の娘もちょうど14歳である。そろそろ少しは色気でも出してみたらどうなの、と端で見ていてまどろっこしいくらい、このような事件とは無縁の世界に生きている中学生である。ただ、恋愛小説を読んだりしている様子を垣間見ると異性にまったく興味がない訳でもなさそうである。 こういう子が何かの拍子にたがが外れると危険だとも世間ではよく言う。それはそれで、親として見守り受け入れていきたいと考えている。

 とにかく、子どもの安全はやはり大人、特に親が見守りませんか。


追記: 当事件の発生時刻は夜間であったとのことだ。中学生の夜間の繁華街たむ
     ろは、やはり許すべきではない。(2月22日記)  
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同姓同名物語

2008年02月19日 | 雑記
 当ブログにおいて私はペンネーム「原左都子」を使用しているが、私の本名は実はある有名人と同姓同名なのである。

 詳細を語ると本名がバレるのでほんのちょっとだけ話すが、その有名人が、な、な、なんと超美人!!なのである。既に現役を引退している人物のため若い世代の方々には馴染みはないであろうが、ある年齢以上の世代の方々にとってはその名前を知らない日本人はいない程、一世を風靡した人物である。

 当ブログを立ち上げるにあたって私は散々迷った。このまたとない光栄な本名を使用した方が得策か、はたまたペンネームを使うべきか…。結果としてあえてこの映えある本名をはずしてペンネームを使用した理由は、第一に個人情報保護及びプライバシー保護の観点、そして当該有名人ご本人との混乱を避けるため、加えて、その人物の美しさや知名度にあやからず自分のエッセイの実力で勝負したいと目論んだためである。 もしかしたら超美人の有名人と同姓同名の本名を使用した方がアクセス数は何倍も増えていたのかもしれない。 だが、私、“原左都子”はやはりこのペンネームを使用して正解だったと判断している。有名人と勘違いのアクセスが増えることにはさほど意味がないためである。先だっての記事でも書いた通り、ブログ開設から半年も経過しない間に私が望んだ以上の「原左都子エッセイ集」に対する反響をいただいていることに、今は感謝するばかりである。

 私が光栄な本名をゲットしたのは結婚をして姓が変わったことによる。実は私の旧姓も現在の本名と大差のない氏名であったのだが。 昔、親から聞いた話によると、私の名前自体は親の考えがあって名付けたらしいのだが、苗字との釣り合いも考慮し、やはりその有名人も意識しての命名であったらしい。
 私は結婚に当たり、こんなすばらしい氏名は二度とゲットできないとほくそ笑んだものである。 それで職場等での結婚の報告にあたりよく以下のように挨拶したものだ。「結婚相手は苗字で決めました!」と。この新姓がとにかく受けるし、すぐに覚えてもらえるしで大成功であった。 今後、もしも離婚するようなことがあっても改名はせず、現在の氏名を一生使い続けたいと考えている。

 さて、私はこの本名のお陰で引き続き日頃大変得をしている。
 まず、とにかくどこへ行ってもすぐに憶えてもらえる。 そして、話題性がある。この氏名のお陰で大抵は話がはずむのだ。その有名人は超美人であることに加えて清純なイメージを押し通したまま引退したらしく、いつまでもすこぶる評判の良い人物なのである。この有名人を嫌いだと言う人は一人としておらず、皆さん肯定的に捉え大抵の人(特に男性)は絶賛する。そのお陰で同姓同名の私までそれにあやかりすこぶるイメージアップなのである。
 この同姓同名のお陰で世間の反応も面白い。これが楽しめるのだ。例えば、病院や役所、銀行等の公共機関で順番待ちをしていて氏名を呼ばれる場面がよくあるが、「○○○さ~ん」とお声がかかると、周囲のほぼ全員が一斉に私に注目するのだ。目立ちたがり屋の私はこれが“快感”なのである。近頃は個人情報保護の観点からこのような場面が番号制に移行して公の場で氏名を呼ばれる機会が減少しつつあり、私としては少し物足りない思いだ。

 この氏名のデメリットと言えば、たまに「本名ですか?」と確認されることがある程度だ。


 さて、この氏名に恥じぬよう今後共美しさ(???)に磨きをかけることとするか! 
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銀座のママの力量

2008年02月17日 | 
 2月の第一土曜日に、私は大学院ゼミOB新年会のため昼間から銀座まで出かけた。
 今回のゼミOB会は、参加者に女性が皆無のため是非出席して欲しい、との元指導教授直々のご指名のお誘いにより参加するいきさつとなったものだ。女性の参加者は私と当ブログの常連でいつもコメントをいただいているRさん(Rさん、ご承諾も得ず勝手にご登場いただいたことをお詫び致します。)の二人のみだった。

 酒が強く、長~い独身時代にあちこち飲み歩いていた私であるが(当ブログのバックナンバー「飲兵衛はつらい?!」をご参照下さい。)、花の“銀座”で飲む機会など私のような庶民にとっては滅多やたらとあることではなく、今までに数える程だ。

 今回は銀座7丁目交差点の資生堂に程近い、元教授行きつけのスナックを昼間から借り切っての新年会であった。

 若かりし頃はどのような飲み会であれ、それこそ若気の至りで場もわきまえず自分のペースで飲んだものである。が、この年齢になるとそうもいかない。特に今回のような恩師も出席、メンバーも久しぶりにお会いする方々ばかりの場合、場を読みつつ飲む量を調節する必要がある。 加えて、今回のようにママさんひとりで牛耳っているお店での飲み会というのは、ママの同性としてはママさんに結構気を使うものであるし、場が楽しくなるも苦痛になるもママさんの力量によるところが大きい。 以上のような諸要因を元々わきまえた上での参加であった。


 さて初っ端から大ひんしゅくなのであるが、私一人だけ7分程遅刻をしてしまった。それを皆さんが乾杯をせずに待っていてくれたのだ。 大いに目立ってしまいバツが悪い…。冷や汗ものだ…。 そこを元教授とママさんが私の本名の話でうまくフォローして下さる。(参考のため、私の本名とママさんの名前がそれぞれ有名人と同姓同名だったのである。)その話で二人が場を盛り上げてくれている間にそそくさと席に着きつつ、私のママさんの第一印象は「できる人だな」である。

 そして、席に着いた私にママさんが「アルコールは大丈夫ですか?」と訪ねて下さる。もちろん(必要十分以上に)大丈夫なためその旨伝えると、薄めのフランデーの水割りを作って持ってきて下さった。 さっと周りをみたところ、これは参加者全員同じ濃さで作っているようだ。 酒に強い私としては少し物足りなく思いつつ、特に同じ女性であるRさんのお酒の進み具合もちらちら見ながら、Rさんも結構飲んでいる様子なので安心して同じ位のペースで飲み進める。 
 ママさんのお酒の勧め方がいい。 私の過去の経験ではママさんによってはどういう訳か女性にはお酒をあまり勧めてくれないお店が意外にあったのだが、こちらのママさんは全員平等に何気なく、グラスの残量が4割程度になったらそっと水割りを作って下さる。 最初は薄すぎると思った私だが、ママさんのお酒の勧め方のお陰で酒に強い私も心地よく酔い始めるのだ。
 今回の参加者は元々理性の強いメンバーばかりだったが故に、酔って羽目を外す人はひとりとしていないのだが、それにしてもこのママさんのお酒の勧め方は理想的ではないかと内心評価しているうちに酔いが回っていく。
 こういうお店のママメインの仕事は何と言っても客にお酒を勧めることであろう。 この勧め方が適切でないと、悪酔いする客が増えてお店の評判が落ちたり、また逆に飲みが足りずに欲求不満で客足が遠のくであろうと推測する。 そのような意味で、このママさんはその基本業務において私の採点は100点満点である。

 それから銀座とはいえどもスナックである故当然ながらカラオケ完備だ。 この種の店舗の場合、下手をするとママによっては客に率先して歌い始める方もいるのを私は過去に何度も経験している。 が、この銀座のママさんは元教授が勧めても「風邪をひいているから…」と遠慮するのだ。 結局、皆のリクエストに応えて一曲だけ披露して下さったのみである。
 
 この新年会は18時にて終了の予定だった。 その後はお店に一般客が入るためとあらかじめ聞いていた。 ところが場が盛り上がって私も酔っていてこの辺は定かではないのだが、気が付けば19時を過ぎている。 そろそろ新年会もお開きとなるのだが、ママさんは最後の最後まで気持ちよく全員を見送って下さるのだ。
 後で思うにこのママさん、一般客対応はどうしたのであろうか?

 
 とにかく花の“銀座”のママとして店を持てるにはこれ位の力量が要求されるのであろうと、私なりに感じ入った新年会であったとの話だ。
  

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理想体型を保ち続ける秘訣

2008年02月14日 | 健康・医療・介護
 165cm、47kg。これは私の現在の身長、体重である。 私はこの数値をもう何十年来保ち続けている。
 体型の好みは人それぞれであろうが、私の自分自身の理想体型は“長身スリム八頭身”である。その理想になるべく近い体型を、できれば一生保ち続けようと常に心掛けている。

 人間は身長を自分の好みの高さにすることは困難である。私の身長の理想は実はもう少し高く170cm位欲しかったのであるが、少し伸び悩んでしまったようだ。 それもあって、私は若かりし頃からいつもハイヒールを愛用している。若い頃は10cm位の高さのヒールを履いた時期もあったが、現在はだいたい7~8cmのハイヒールを好んでいる。運動靴等のローヒールものは嫌いで、よほどのことがない限り履かない。どんなに足に豆ができようが、疲れてつらかろうが、場違いでひんしゅくを買おうが、ハイヒール姿でないと自分自身が美的感覚上納得できないのだ。

 身長が自分の努力では変えられないとなると、理想体型に近づけるには体重をコントロールするしかない。
 私は中学生の頃から毎日体重を自主的に測っているのであるが、20歳代半ば頃にはそれをグラフに記録し始めた。結婚して妊娠する直前あたりまでこの習慣を続けた。このグラフを見ると興味深いのだが、排卵周期と共に体重も規則的に変動するのである。この習慣は単に体型維持の目的のみでなく、私にとっては母体健康維持にも多いに役立ったのである。(お陰で私はこの方面での失敗は一切ない。こんなことを暴露していいのか…。でも若い女性には母体健康維持のため、この事例を是非共ひとつの参考にして欲しいのだ。)
 さすがに現在ではグラフはつけていないが、必ず毎日かかさず体重計に乗っている。

 では、私はどうやってこの体重を何十年も維持し続けているのであろうか? その答えは、実は毎日体重計に乗ること以外は何もしていないのである。
 当ブログの前回のお金の記事同様、新聞の下の方の広告欄でダイエット関連の雑誌の広告をよく目にするのだが、どれもこれも涙ぐましい努力を要するようだ。そんなに手間暇かけないとスリムボディを手に入れられないものかなあ、なんて私にとっては不思議である。
 私は決っして遺伝的にスリムな体質ではないと思う。それが証拠に私の母は若い頃から今に至るまでずっと太っているし、私自身も思春期には精神的な不安定感もあったせいか太ったりやせたりしていた。 体重が安定してきたのは大人になって自分なりの体型の理想像が出来上がってきてからのことである。

 それにやはり、ライフスタイルや性格、加えて理想を追い求める執念が体型に及ぼす影響が大きいのではなかろうか。それらの要素に伴う自らの行動が体型をも創り上げるのだと私は考える。
 結局、当ブログの前回の記事「お金の正しい貯め方」と行き着くところは同じなのだが、本人の目標に対する思いや意思の強さや計画力が体型維持に関しても大きく作用するのではないか、という結論となってしまうのである…。


 とは言えども、やはり加齢とは重力には逆らえないものですよね。体重は全然変わらないのになぜか下半身ばかりがふくよかになるような…。
 どうしましょう??!  
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正しいお金の貯め方

2008年02月12日 | お金
 私は住宅ローンの早返しが得意技のひとつであることは、当ブログのバックナンバーで既に述べた。(“お金”カテゴリーの「住宅ローンの早返し」をご参照下さい。)
 上記のバックナンバー記事「住宅ローンの早返し」において、現在までに居住用住宅物件を4件購入し(うち、2件は買い替え)すべて住宅ローンは短期間で完済していることを既述した。

 早期にローン返済するための第一条件は言わずと知れているが、返済できる資金が手元にあることである。
 資金を手元に保有するためにはどうすればよいか。その答えは簡単、お金を貯めればよいのである。

 近頃、主婦向けのマネー関連の雑誌が数多く刊行されているようだ。私はその種の雑誌を購入したことも、しようと思ったこともないのだが、新聞の下の方の広告欄で垣間見るとその内容には涙ぐましいものがある。一日の食費を1000円で抑えるだとか、年収300万円でも月10万円は貯蓄しようだとか…。 そんなに血眼にならないとお金って貯められないものかなあ、私に相談してくれたら普通に生活しながらお金が貯まる方法を伝授するのに…、といつも不思議に思ってしまうのである。

 
 私は物心がついた頃からお金を貯めていた。昔、学校の長期休暇前に「肝油ドロップ」を購入する慣習があったのだが、そのドロップの缶に小遣いの残りの小銭を貯め込んでいた。 決して親からそうするように教育された訳ではなく、自主的に貯めていた。小さい頃の小遣の使い道といえば駄菓子屋で駄菓子を買ったり、夏はかき氷を冬はお好み焼きを食べに行ったりすることなのだが、周囲の友人や姉といっしょに普通にそういうことも楽しんでいた。それでも、ドロップ缶の中の小銭は増える一方だった。そのドロップ缶貯金が増えることがうれしかった感覚の記憶は今でも私の脳裏にある。
 中学生になると月額で小遣をもらえるので、ドロップ缶の中身は小銭に加えて札も目立つようになっていた。
 そして高校生になると私の貯金は万札に形が変わり、それが何枚にもなった頃、私は自主的に近くの郵便局へ行って郵便貯金通帳を作った。今度はこの通帳が私の貯金箱となった。やはり、この残高が増えていくのが面白かった記憶がある。高校卒業時点でその残高は私の記憶によると10万円を超えていた。受験生であったためアルバイトをしていた訳ではない。あくまでも小遣をちまちま貯めた結果である。

 大人になって一人暮らしを始めてからは几帳面に家計簿をつけるようになった。もちろん自主的に。そして金融商品の金利に興味を持ち、郵便貯金一本からだんだん通帳を増やしていった。その残高がどんどん増えるのが快感なのである。
 私は外見的に派手好みであるし、特に独身の頃は行動も派手だったため一見ちゃらんぽらんな浪費家人間に見えたようだ。私がお金を貯め込んでいることは知る人ぞ知るのだが、周囲のほとんどの人たちはまさか私が預金通帳の残高を見ながらほくそ笑んでいるとは想像だにしなかったであろう。
 当時は高金利時代であった。預貯金の年利が8%という時期もあり、郵便局の定額預金など10年間で元利合計が元金の2倍以上になる美味しい時代もあった程だ。私は新聞の経済面の金融商品欄はいつも欠かさず注視していた。私はお金を貯める事に関しては石橋をたたいて渡るタイプで、ハイリスクハイリターン商品には決して手出ししなかった。20歳代後半で預金が1000万円を超えたとき、その大部分を信託銀行のビッグ(貸付信託複利5年もの)に入れ替えた。当時の安全商品の中では金利が最高だったためだ。あの時、お金をビッグに入れるために信託銀行に行った時の係員の無礼な対応は今でも忘れない。一見ちゃらちゃらした派手な小娘が信託銀行に何の用かと係員が思うのは無理もない話だ。

 結婚後はずっと低金利状態が続いているため、お金を貯めることよりも住宅ローン返済に集中してきた訳である。


 という訳で結論として、私のような庶民にとっての正しいお金の貯め方とは何か。“正しい”かどうかについては確信はないが、その秘訣はお金が貯まることがうれしいと思う気持ち、そしてお金を貯めることに対する興味ではなかろうか。まさに“好きこそ物の上手なれ”である。私の周りを見渡しても、浪費家というのはそもそもお金を貯めようという発想自体がさらさらないように見受けられる。
 そして、何よりもライフスタイルである。私は派手好みではあるけれど、ブランド物で身を固めたいなどという欲望がほとんどないことについてはバックナンバーでも既に述べている。私は小さい頃から物欲があまりない方であると思う。人の持ち物が欲しいと思う気持ちは昔からほとんどなく、マイペースで自分の人生を貫いてきている人間である。
 加えて、お金を貯めるために要求されるのは情報収集力であり、計画力であり管理力である。これらは最低限の必須条件であろう。

 このように考えてくると、やはりお金とは付け焼刃では貯まらないものなのかもしれない。持って生まれた適性や能力もお金を貯めるひとつの重要な要素となろう。

 お金を貯めたい皆さん、少しは参考になりましたでしょうか? 
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診断書の価額は妥当か?

2008年02月10日 | 健康・医療・介護
 身内が病気をしている関係で、ここのところ付き添いとしての病院通いが続いている。

 身内は自宅療養中なのであるが、仕事を休職中のため職場から各種診断書の提出を要求される。この診断書の高価さに辟易とさせられるのである。

 既に3通の診断書を職場に提出している。
 まずは、病気の診断書だ。疾患名と自宅療養期間についての医師の証明書である。これに関しては提出の義務化はやむを得ない。 はい、消費税込みで5250円な~り。
 次は、自宅療養の延長の証明書を要求される。医師の証明を取らずとて、本人の自己申告で済ませてもらえないものなのか。 はい、またまた消費税込みで5250円な~り。
 そして、今度は職場復帰証明書である。元気になって職場復帰するのになぜ医師の証明書が必要なのか。伝染病等、周囲に迷惑を掛ける疾患であるならばいざ知らず。 はい、またもや消費税込みで5250円な~り。
 
 我が身内の場合、罹患している病気の性質上、今後共自宅療養と職場復帰を繰り返す可能性が大なのである。その度に医師の診断書の提出を要求されたのでは、たまったものではない。そうでなくとも受診料や薬代等の医療費がかかる。その上この高額の診断書の負担は厳しいものがある。しかも、診断書は保険が通らないため全額自己負担である。

 そもそもこの医師の診断書は誰がどう考えても高額過ぎる。医療機関により若干の価額差があるようだが、それにしても最低でも3000円は下らない。
 各種証明書と比較しても桁違いに高額である。単に医師の専門性の高さ、及び人命にかかわる証明書という理由だけによるものであろうか。それにしても高い。医師会の権力の強さによるものなのか?

 近年は、この診断書は患者及び家族に公開されるようになった。そういう点では進化を遂げてはいる。
 昨日も身内の主治医に職場復帰の診断書の作成をお願いしたのであるが、文面も主治医と本人、そして家族である私の三者で相談の上、こちらが納得できる内容の診断書を主治医がその場でパソコンで打ち込んでくれプリントアウトしてくれる。ゆえに診断書の内容に関しては何ら意義はないのであるが、会計時の支払いには愕然とさせられる。

 医師の診断書も市場原理に従って(それは無理か?)早急にその価額の見直しが行われ、万人が納得できる適性価額となることに是時とも期待したいものである。
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不動産賃貸の落とし穴

2008年02月08日 | 仕事・就職
 私は長~い独身時代に単独で分譲マンションを購入し、結婚までに独力で住宅ローンを全額返済したことについては、既に当ブログのバックナンバーで述べた。(“雑記”カテゴリーの「住宅ローンの早返し」をご参照下さい。)
 私は20歳代半ば頃から“結婚しないかもしれない症候群”であった。ブランド物で身を固めたい等の欲求は若い頃よりあまりないのだが(どうしてもプレゼントしたいとおっしゃるならば、いただいてもよろしいのですが…。)、自分が住む家ぐらいは独力で購入したいという思いは早くから抱いていた。30歳代に入ってまだ独身だったため、いよいよ購入に踏み切った。既に全額現金購入できる程度の蓄えはあったのだが、税務対策上の理由等で住宅ローンは組み、結婚までの7年間で独力で全額返済したといういきさつである。

 その不動産物件はまだ手元に所有しており、現在、賃貸物件として活用している。私の単独所有物件であるため、当然ながら賃貸借にかかわる手続業務は一切私が担当、管理し、賃貸収入も全額私の懐に入るという訳である。要するに私にとっては、今流行の“おこづかい稼ぎ”の手段ということになる。

 別宅として使用することを考慮してしばらく空室にしておいたのであるが、昨年また賃借人を募集した。
 不動産賃貸収入とは言わずと知れた不労所得である。賃借人の募集、入室や退室、また賃借人とのトラブル時以外は、何もせずとて自動的に賃貸料が口座に入金されてくると言う美味しい収入源ではある。
 ところが、この賃借人募集、入室、退室、トラブル処理業務が結構大変なのである。不動産仲介業者に仲介依頼はしているのだが、意思決定は当然ながらオーナーがすべて行う。

 今回はまず、賃借人募集にてこずった。首都圏人気No.1私鉄の急行停車駅徒歩4分と立地条件は最高なのだが、何分、物件の築年数が経過しているため諸設備面で不人気なのである。 今時の人々の暮らしは内的志向だ。エアコン等の空調完備やシステムキッチン、お風呂や洗面所の広さ、インターネット接続やセキュリティの充実を要求される。室内をリフォームしてきれいにしただけでは太刀打ちできないのである。 私が独身の頃は外的志向の時代だったため、交通の利便さ等の立地条件を一番要求し、極端な話、家は寝るだけでよかったのだが、時代の変遷を痛感させられる。 結局、途中で不動産仲介会社を変え、募集から半年以上が経過してやっと法人契約で単身赴任者が入居してくれた。

 やっと賃貸料も入りはじめ安心していた矢先、今度は賃借人からのクレームである。給湯器の老朽化により湯の温度が低いとのことである。仲介会社とも相談の上給湯器本体を取り替えたのであるが、これでは済ませてもらえないのだ。 なんと、賃借人から湯が出なかった期間の損害賠償を請求されてしまったのである。こういう経験は初めてのことであった。当然ながらこの種のトラブルは法律に基づき処理するべきなのであるが細かい規定がなく、しかも今は賃借人の法律上の権利が強い時代である。私はおそらく相手は訴訟にまでは持ち込まないであろうと判断し、仲介会社を通して賠償要求額を確認してみた。思ったよりもずっと小額であったため、その金額で支払うことで決着した。賃借人との今後のよき関係を保つためには、こういう時には騒ぎ立てずに冷静に処理するに限る。オーナーとしては老朽化により多大な迷惑を掛けたことを賃借人に詫び、頭を下げた。すんなりと一件落着し、胸を撫で下ろした。

 不動産賃貸収入とは不労所得ではあるが、どんな所得であれ収入を得ることには何がしかの苦労を伴うものである。不動産賃貸のオーナーは普段は確かに楽して収入を得てはいるが、それなりの力量を要求されるものでもある。


 さて、確定申告期間も近づいている。税務申告の一仕事が待ち構えている。頑張ろう。 
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コメントの充実に感謝申し上げます。

2008年02月05日 | 自己実現
 本ブログ「原左都子エッセイ集」を開設して本日でちょうど5ヶ月になる。

 昨年9月の嵐の夜にネットを検索中、偶然gooで無料でブログを開設できることを発見した。その場の勢いで本ブログを立ち上げたというのが当ブログの開設のいきさつであった。

 パソコン音痴の私は未だにブログ本文に動画は元より写真さえ入れられず(どなたが写真の入れ方をご伝授下さい。)、文字の大きさや色も変えられず、種々のタグの貼り方を知ろうともせず、広告の入れ方も心得ず、ランキングどうのこうのや“ポチ”とやらにも興味がなく、ご覧の通りただただ文章のみを綴り続けている訳である。(ごく最近、日頃大変お世話になっているブロガーさんに敬意を評してやっとbookmarkしました! 私としてはブログ上の画期的な出来事です。)
 でも、実は私はこのシンプルさ、pureさがお気に入りなのである。ぐちゃぐちゃいろいろカラフルに貼り付けるのは元々美的感覚上好まないし、そもそもカラフルな色彩は本ブログの趣旨に沿わない。タグを貼り付けて本ブログの訪問者をいちいち監視するのも気が引けるし、わずかな(?)広告料収入が欲しいとも思わない。 また、ランキングに関しては訪問者が多いのはブロガーとしてはもちろんうれしいことなのだが、当ブログに関して言うと、その性質上うなぎ登りに訪問者が急増するということは考えにくい。訪問者層、すなわち読者は自ずと限られるであろうことは当初より予想している。 本ブログは“自己のオピニオンの公開”を趣旨としているため、ランキングよりも記事を確実にお読みいただきたい思いの方が強いのだ。

 訪問者の方に“記事を確実に読んでいただいた”ことをどういう手段で把握するのかと言うと、我がブログの場合それは決してランキングではなく、ブログ本体のコメントであり、また別便のメール等による訪問者の方々からのメッセージなのである。

 ブログ開設後5ヶ月が経過した現在、そのコメントやメッセージが確実に急増していて、私はここのところ日々うれしい悲鳴を上げている。 なぜならば、いただいたコメントやメッセージに対し必ず返答を申し上げることを、私はブログ本文やブロガーのコミュニティで確約させていただいているため、コメントと日々格闘しているためだ。
 特に最近いただくコメントのレベルたるや私の当初の予想をはるかに上回っている。熟読させていただかないと太刀打ちできないレベルのコメントが日々舞い込んでくる。 それも、コメントを書き込んで下さる方々は、私の元々の知人、ブロガーのコミュニティで知り合った方々、通りすがりの方々、どちらからいらっしゃったのか不明の方々、とバラエティに富んでいるのだ。 ブログとはその“公開性”に意義があると考える私にとってはこれほどブロガー冥利に尽きることはない。

 書き入れて下さったコメントが次のコメントを呼び寄せている現象も見られる。このように私の拙いブログが議論の場としての役割を果たせることも大変光栄である。

 以上のように、ブログ開設後5ヶ月が経過した今、私は本ブログ開設が成功だったことを皆様から頂戴するコメントにより満喫させていただいている。こんなに早い時期にこれ程自ら目指したブログのあるべき“公開性”にたどり着けるとは予想だにしていなかった。

 ただ、やはりブログとは日々更新という性質上不確実性は高い。今日繁栄しても明日は廃れているのかもしれない。そんな危機感も視野に入れつつ、これからも私は自ら開設した「原左都子エッセイ集」で日々自己のオピニオンを公開していくことにしよう。

 今後共、コメント、メッセージを心よりお待ち申し上げております! 
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受験の真価は入学後判明する

2008年02月03日 | 教育・学校
 今日2月3日は首都圏の東京、神奈川私立中学受験の3日目。やっぱり雪に降られてしまいましたね。でも、交通網の乱れが少なかったことが不幸中の幸いでした。受験生、保護者の皆さん、転んで怪我などされず受験場へ無事到着できましたか?


 さて、私立受験も3日目ともなると、そろそろ既に入学手続きを済ませた受験生、保護者の皆さんも多いことであろう。第一志望校一発合格を成就された方はおそらく少数であり、第二志望校、第三志望校、第四志望校… への入学手続きとなった(なる)方がむしろ多数であろう。

 かく言う我が家も既にバックナンバー「受験生は神様です!?(その3)」で記述の通り、第二志望校への入学手続きとなった。
 第一志望校を2回落ちた後、第二志望校へ札束を持参して入学手続きに向かう訳であるが、ルンルン足取り軽く…、という気分にはなれないものである。やはり、この札束は第一志望校へ納めたかった思いは否定できない。第一志望校入学をずっと思い描いてきている(我が家の場合は小4からの第一志望だったため、もう3年も思い描いてきている。)ので、頭のリセットはそう容易なことではない。
 入学手続き後の午後は制服の採寸である。こちらの制服ではなく、第一志望校の制服を着せてやりたかった思いもやはり強い。作っちゃっていいのかなあ、なんて少し後ろ髪を引かれつつの採寸である。制服代も即日現金納入しての帰り道もまだ複雑な心境である。ただ、まだ小学生のあどけない子どもの前ではそんなそぶりは見せられない。親の態度は子どもに大きな影響力を与える。あくまでも入学する学校が一番であることを親が率先して示さなければならない。

 3月に入ると入学前の学校のオリエンテーションがある。
 このオリエンテーションで印象深い出来事があった。ひとりの参加者の少女が泣き続けているのだ。その涙の訳については推測でしかないのだが、おそらく自分が目指した第一志望校ではない不本意な入学なのであろう。教職員の方々が一生懸命なだめるのだが、少女はただただ泣き続けている。入学手続き後日数が経過しているのに、この子の周囲の大人はまだあどけない少女の頭の切り替えをさせてやれなかったものなのか。私までもがもらい泣きしそうだ。 あの少女は入学したのだろうか、と今でも時々思う。


 あれから2年が経過した。
 我が子は入学当初より第二志望校の生徒としてその中学校に誇りを持って通学してくれている。制服だって、第一志望校よりこちらがずっと立派だし(本当に仕立てがしっかりしていて格調高い制服なんですよ。)とてもよく似合ってるよ。よかったね!
 とにかく、教育理念が徹底してすばらしい学校である。(教育問題にうるさいこの私が絶賛しているのだから半端ではない。)それは受験前の学校説明会時から既に十分把握していたのであるが、何せ、学校長が教育分野のスペシャリストでいらっしゃって文部科学省に物申せる人物なのである。国家に歯に衣着せず食って掛かれる実力をお持ちの校長など滅多やたらと存在するものではない。この私も尊敬申し上げている。
 そんな学校長の教育理念の下、当然ながら教職員の皆さんの指導力もすばらしいのだ。この学校の「受験生は神様です!?」対応には賛否両論あることと察するが、並大抵の努力ではこれはやってのけられない事は、客商売経験のある私には痛いほど分かる。
 例えば生徒に挨拶せよ、と指導する学校は多い。ところが大抵はそれを言ってる教員はふんぞり返って生徒にだけ挨拶させようという魂胆なのだ。「あんた、何様なの!?」と言いたくもなるでしょ、皆さん。 挨拶して欲しけりゃ自分から頭を下げるのが常識である、たとえ相手が子どもであろうがそんなことは関係ない。
 我が子の学校はすばらしい。そういう人間として基本的なことをこの学校はすべての教職員がわきまえていらっしゃるのだ。いつ学校へお邪魔しても、どこで教職員の方にお会いしても気持ちよくご挨拶下さる。お陰様で我が子はこの学校に入学以来、すこぶる礼儀正しい子に育ってくれている。挨拶する喜びを日頃より教職員の方々から教えてもらっているのだ。
 挨拶、礼儀はほんの一例である。教職員の方々の教育に対する取り組みには目を見張るものがある。我が子の自主学習力の育ちようは半端ではない。小学校までは子どもの学習につきっきりだった私が、こうやって日々ブログを綴れる程、子どもの学習に対する自主性を育ててもらっている。パンとムチとの与え方がとにかくうまいのだ。 当然ながらこの学校で生き抜いていく教職員の方々の日常はハードであろう。自然淘汰されるようで辞職者も多いようであるが。


 とにかく、受験の真価とは入学後に判明するものです。たとえ第一志望校でなくとも自分の子が入学する学校をまずは保護者が信じて、子どもにいい学校であることを伝えましょう。
 それ以前の問題として保護者がなすべきことは、たとえ第五、第六志望校であれ合格しても行かせたくもない学校を、塾に言われるままに子どもに受験させないことですよ。
  
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