原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、
自己のオピニオンを綴り公開します。

事件のケリをつけないまま葬り去られる事態に国民が惰性感を抱く恐怖

2017年05月19日 | 時事論評
 去る4月29日に北朝鮮よりミサイル発射された際、都心の地下鉄が一時停止措置を受け都心交通網が混乱を来した。
 一方、先だっての5月14日に同じく北朝鮮よりもっと破壊力の強いミサイルが発射され日本海に投下した際には、何故か国政よりの都心交通網停止措置は実行されなかった。
 一体全体、国政による防衛危機管理対応は如何なる政策ポリシーにより実施されているのだ??  それに関する発表が未だないまま、交通網混乱を導いた謝罪や今後のミサイル危機対応策も未だ発表されていない。
 その事態に関して、何故野党や国民は黙っているのか? 

 話題を変えるが、森友学園事件の際に名誉校長を安易に引き受けた安倍昭恵氏の責任問題は一体どうなったのか??  昭恵氏が秘書5人を抱え国税を食い潰している事態はその後如何に処理されたのだろう?
 これに関しても今や世間では何ら語られる事も無いまま、昭恵氏は相変わらず安倍首相とかかわりがある各種私的関係団体の役員を務め続けているようだ。 昭恵氏は今話題の「加計学園」の幼稚園園長(不正確な場合お詫びしますが)も勤めているとの事だが…。  野党よ、今度こそは是が非でも理事長と安倍氏が友人関係にあるという「家計学園」問題の決着を国民に見させて欲しいものだ。 
 これ程までに「国政を私物化」して悠々と国民にほらを吹き続ける悪質首相を、私はどうしても許せないでいる。 
 国民の皆さん(の半分弱程度?)もそうであるのならば、首相がからむ各種の事件がうやむやにされている事実に対して、何故行動を起こさないのか?!?


 等々と我が怒りの納め場所が見つからず悶々と欲求不満を溜め込んでいたところ、同様の危機感を抱えてる人物が発するオピニオンを朝日新聞紙上にて発見した。

 朝日新聞2017.5.17 夕刊「文芸・批評」ページ、「思考のプリズム」 映画作家 想田和弘氏による 「ニュースをどんどん忘れる私たち 乗っ取られる注意力」 とのオピニオンを以下に要約して紹介しよう。

 本欄に先月の北朝鮮ミサイル危機について書こうと思ったが、すでに古いニュースのように感じてためらった。 そしてそういう状況と自分に驚いた。 (中略) 代わりに騒がれているのは、フランスや韓国大統領選、共謀罪などだろうか。 いや、これらも既に「旧聞」の部類か。
 思えば近年、ニュースの循環サイクルはあまりにも短い。 例えば「森友問題」を国会で追及し続けているが、「森友ネタ」に対すメディアや人々の食欲は、一時に比べて格段に衰えている。 森友問題に何となく飽きてしまったからだろう。
 そう言えば最近、今村復興相の辞任問題もあった。 あれなど今村氏の「失言」と片付けられ辞任した訳だが、実は日本政府の本音だ。 少なくとも原発事故については国策として地方に建設されてきたとの意味で、時間をかけて掘り下げるべき本質的課題なのだが、今や今村氏の辞任について語る者は皆無だ。
 報道機関は読者や視聴者に飽きられるのを恐れて、どんどんネタを新ネタに乗り換える。 忘却のスピードは加速するばかりの悪循環。  (中略)
 人間の注意力を乗っ取る機会を狙っているのは、政治家も同様だろう。 「森友問題」への国民の注意をそらすために「北朝鮮危機」が過剰に演出されたと疑うのは、穿ち過ぎだろうか。 
 人類は「より速く」を求めて技術革新を進めてきた。 しかし私達が最も警戒せねばならないのは、もはや物事が進むスピードの「遅さ」ではなく、「速さ」なのだと思う。
 (以上、朝日新聞記事 想田和弘氏によるコラム記述内容を要約引用したもの。)


 原左都子の私論に移ろう。

 いやはや、想田氏がおっしゃる通りだ。

 私の場合、スマホやソーシャルメディアとのかかわりがさほど無い人種であるため、上ではその部分を割愛させて頂いたのだが、想田氏はこの分野の目覚ましき発展に関しても人間の「一つの事に集中する能力」が消耗している原因と位置付けられている。 想田氏曰く、「ネットをやり過ぎると大量の情報に次々アクセスするのが当たり前となり、気が短くなり注意力も散漫になるような気がする」との事だ。
 元々気が短い私だが、ネット上でのその種の経験は無いと思えるのが幸いかもしれない。

 想田氏が記されている、元復興大臣 今村氏の辞任劇に関する記述に私もまったく同感だ。
 これもまさに安倍内閣が目指すところの、福島原発事故を早期に“過去のもの”として国民をはぐらかし「原発再開」を物語る発言だった。 あれ程、東北の人々の人格を踏みにじるものは無かった程に許し難き失言だ。 今村氏のみが辞任して済ませられる訳がない。
 にもかかわらず、今現在も福島原発事故現場は多大な損傷を抱え放射能をまき散らしつつ彷徨うしか方策が採れないでいる。
 

 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 国家首長たる者が国民感情を潰しつつ、目くらませしつつ、自身が操る政権を支持するメディアをも操っているこの国で生きる国民は、如何なる行動を採ればよいのだろうか。

 安倍氏は少し前に「(自分の改憲に関する決意を読売新聞に発表したから)国民は読売新聞を読め!」とも国会で発言したねえ。 あれなど、まさに安倍首相からの一方的な「憲法改憲策」に関する独裁発言内容だった。 自由民主国家に於いてその一言で首相辞任に追い込める程の墓穴発言と私は解釈しているのだが、これまた国民はさほど騒がないままに過去の出来事として葬り去られてしまった。 何故、国民は騒ぐのをやめたのか?? 一体、どうしたことだろうか!!?
 
 それさえもがメディアに操られている事態を鑑みた場合、この私にも、もはや何らの解決策が見つからない。

 既に「安倍独裁国家」と成り下がっているこの国で、移り行く時代と共に繰り返される諸事件の忘却に歯止めをかける手立てが、残念ながらこの私にも見い出せないでいる。
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