原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

「党首討論ゼロ」実態で我が国の民主主義は成り立つのか!?

2017年12月14日 | 時事論評
 今年は、国会で党首討論が一度も行われなかったらしい。
 2000年に正式にこの制度が導入されて以来、初めての事だそうである。


 早速、この話題に関してネットより毎日新聞情報を以下に紹介しよう。

 国会の党首討論が2000年の正式導入後、初めて年間に1回も開かれない見通しになった。
 12年末の安倍政権発足後は軒並み低調。 45分という限られた時間で論戦がかみ合わないことが多いため、最近は攻める側の野党が敬遠する傾向があり、国会活性化へ見直しを求める声も出ている。
 党首討論は英国議会を参考に、国会改革の目玉として始まった。 05年までは年に5〜8回開かれていたが、13年以降は年1、2回に減少。「月1回開催」という14年5月の与野党の申し合わせは空証文にとどまっている。
 討論には「衆参いずれかで10人以上」を満たす野党会派が参加でき、現在資格があるのは立憲民主党、希望の党、無所属の会、共産党、日本維新の会、民進党の計6会派。 全党首が討論に立てば持ち時間は減り、安倍晋三首相と突っ込んだ論戦をするのは難しい。
 しかも、首相が他の委員会や本会議に出席する週は党首討論を開かないのが慣例。 このため野党には、党首討論で不完全燃焼に終わるぐらいなら、予算委員会などで有権者にアピールしたいという思いが強い。 共産党の小池晃書記局長は「45分は短すぎる。十分な討論を保証する改革が必要だ」と提起する。
 もともと党首討論には与野党第1党が「党首力」を競う狙いがあった。 しかし、野党が多党化した現状では、野党側の「主役」が見当たらない。 6会派がばらばらなら立憲民主党が野党第1党だが、所属議員が民進党籍を持つ無所属の会と、参院会派の民進党が組めば立憲を上回る。
 与党からは「首相が長時間縛られる予算委より党首討論の方がいい」という本音も漏れる。
 某東京大大学院教授(政治学)は以下のように話す。 党首討論は2大政党を目指す制度改正の一環で導入された。 諸外国と比べて日本は首相の国会出席時間が長く、与党はさらなる負担になりかねない党首討論を敬遠しがちだ。 野党の追及を避けたい思惑も働くだろう。 しかし、党首討論には、各党のリーダーが大所高所から国政について議論し、「党首力」を国民に分かりやすく示す重要な役割がある。政党が増えた野党にとって45分は短いかもしれないが、融通し合うなど工夫はできる。 与野党は党首討論の活性化に努力すべきだ。
 (以上、ネット情報より引用したもの。)


 引き続き、朝日新聞本日(2017.12.14)付社説より、「党首討論ゼロ あり方見直す契機に」の記述の一部を以下に紹介しよう。

 与党は、首相の欠点を防ぐために党首討論を拒むことを理由に持ち出す。 一方、野党は45分間の党首討論より長く首相に質問できる委員会を要求しがちだ。 今年は森友・加計問題で安倍政権を追及したい野党が、党首討論ではなく委員会審議を求める場面が目立った。 
 党首討論が実現しても、内容が物足りないこともある。 特に、安倍首相は質問をはぐらかしたり、持論を延々と述べたりすることが多い。 議論がかみ合わない大きな理由である。


 一旦私見だが。

 いやはや野党の度重なる分裂再編劇により、確かに現在は小規模野党が乱立するとのぶがいない実態だ。 そうすると、討論出席資格がある全野党党首が討論に立てば各党の持ち時間が減り、安倍首相と突っ込んだ論戦をするのは困難との野党側の言い分も分からないではない。
 
 更には、朝日新聞記述に全く同感で笑わされるが。
 あの安倍首相の国会答弁、何とかならないものか! と私も国会中継を垣間見てはいつもイライラさせられている。 野党よりAを問われているのに勝手にBに関する答弁(というよりも安倍氏の独りよがりの持論)に話題をすり替え、時間潰しをし始める。 野党よりヤジが飛び交うのもお構いなし、途中で野党側が論議を中断するべく時計をストップさせねばならない程に、安倍氏の独断演説が続行する。
 この現象を、与党側も“首相の欠点”と捉えている事実も笑えるが、ならば、それを防ぐために党首討論を拒むのではなく、その前に与党の長老どもが安倍氏がまともな答弁を出来るべく指導せよ! と国民としては言いたくもなるものだ。
 

 引き続き、上記朝日新聞「社説」から引用しよう。

 まず、首相が本会議や委員会に出る週には党首討論を開かないとの申し合わせを撤廃しよう。
 自民、民主等4党は3年前、党首討論の月1回開催を含む国会改革案で合意したが、最低でもこれは実行するべきだ。
 時間も延ばす必要がある。 野党が多党化した今、1党あたりの割り当ては長くても10分程しかない計算だ。 これでは中身のある議論など望めない。
 開催回数を増やすという前提で、1回ごとに登壇する野党党首の人数を絞る方策もある。 各党が譲り合い、それなりの時間を確保し合うのだ。
 議論をより深めるためには、事前にテーマを決めておくのも一案だろう。
 党首同士が政治家としての力量をかけて真剣勝負を繰り広げる。 「言論の府」の名にふさわしい党首討論が見たい。


 最後に私論でまとめよう。

 ただなあ。
 野党側としても、与党のあの首相相手じゃなあ。
 何を尋ねても、いつまで経っても、くだらない持論を繰り返されたんじゃ、党首答弁の意味もなく無駄に時間が過ぎ去るとの野党側の虚しい思いにも同感だ。
 
 ただし、野党側にも大いなる問題ありだろう。
 (私は枝野氏率いる「立憲民主党」支持派であることを断った上で)、他の零細野党どもは野党の役割が少しでも担えていると自負できる立場か? (共産党が独自に頑張っている感覚は無きにしも非ずだが。)
 特に10月の選挙後、野党の残骸と落ちぶれたと表現できそうな現「民進党」の今後の行方に関しての意見だが。
 その「民進党」が有り難くも抱えているらしき国民の血税による膨大な金額の“政党助成金”の存在の美味しさにつられ居残る党員が多数との情報もある。 党員がその態度故、今現在尚今後の一野党としての行方の程があやふやとの情報も存在するようだが。 
 
 一国民としては、野党の低レベルのくだらない愚劇など見たくもないのも本音だ。

 朝日新聞社説の結論通り、与野党党首同士が政治家としての力量をかけて真剣勝負を繰り広げる「言論の府」の名にふさわしい党首討論が見たい!  のが我が希望でもある。

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TOTO 買ったのに Pansonic が届けられる不可思議

2017年12月07日 | 時事論評
 今年の我が家は、度重なる家電の故障・買い替えに苛まれる年回りのようだ。


 2月に冷蔵庫が故障して買い替えを実行したものの、その新品冷蔵庫がわずか3ヶ月後の5月に故障した事実は、当該エッセイ集にて既に公開している。
 結局故障原因不明のまま電源を入れ直したら復旧したため、メーカー側の判断で一旦様子見の措置が取られたのだが。 私が恐れていた通り6月には同じ症状にて再故障し、結果として保証期間内無料新品交換と相成った。
 その時の短期間内2度に及ぶ冷蔵庫内食品入れ替え作業の重労働、及びメーカーとの折衝等々のストレスにより心労が貯まり、体重を2kg減らした事実に関しても公開済みだ。


 3月には、洗濯機が故障した。
 旧機種は亭主が選択した乾燥機付きのドラム式だったのだが、現役中に乾燥機を使用したのはただの2回のみ。 こんな無駄な機能は我が家では必要無いのに大型で洗面室の場所ばかり取って邪魔な存在だったため、日々洗濯を担当している私としては、やっと買い替えられると肩の荷が下りたものだ。
 そして新たに届けられた洗濯機は、上から洗濯物を入れる方式の私の理想型だ。 

 ところが、この洗濯機入れ替え時にもトラブルが発生した。
 若き運搬担当2名の若者達が、洗濯機内底辺部分に溜まった(?)水分を廃棄せずして室外へ運び出したのだ。  室内の廊下も室外共有部分の通路も洗濯機内から溢れ出た排水で一面汚染されてしまった。 軽く一言だけ「水が溢れ出ました」なる報告はあったものの、若者達が作業を終えて帰った後しばらく経過して室外共有部分通路の汚染状態を確認したところ、その汚染が広範囲だった有様に仰天させられた。
 室内は自己責任として、室外通路の汚染を何とかせねば! と早速掃除に取り掛かったところ、ラッキーにもマンションの管理人氏も共有部の掃除中であられた。 私が通路の拭き掃除を実施しているのを見るなり、「どうしましたか?」と親切に問うて下さる。 事情を話すと、早速階下から専用の洗剤とモップを持参して掃除を手伝ってくれつつ、「後は私がやりますからいいですよ。」と親切にも告げて下さる。 確かに管理人氏のおっしゃる通りだろう。 掃除素人の私よりもプロの管理人氏に委ねるべきと思ったら、まるで何事もなかったかのごとく綺麗に掃除し尽くされていた。


 時が10月に移り、今度は我が家の温水洗浄便座(いわゆるウォシュレット)が不具合を発生している様子だ。
 いつもの事だが、家電の不具合をいち早く発見するのは我が家の家族の中で私以外の誰でもない。 とにかく、普段はボーッとしていると表現するべき我が家族達が、そんな事態に気付くはずもない。
 まずは、自動消臭機能が付いたままになっている事実を発見した私が亭主にその旨告げたのだが。 返って来た回答とは「別にそれでも問題ないんじゃないの~?」
 そこまではまだしも良かった。
 次なる故障は、まさに温水洗浄便座が成すべき主たる機能である温水洗浄機能が不確実になった事態だ。 これに関しても亭主に相談すると、「ボクが便座に座った時には必ず使えるよ~」との我が身息災回答が来た。 要するに使用時の機能選択により使えたり使えなかったりする状態だが、これを故障と言わずして何と言う!?? と亭主に迫ると、「じゃあ、買い替えたら~~」

 と言う訳で、11月のロードレースとフルート個人レッスン終了後に単身にて家電量販店に出向いた私だ。
 
 いつも行く自宅近くの家電量販店(全国的に名が通っている大手家電量販店、早い話がヤマダだが)にて、温水洗浄便座の説明を係員氏より受けた。
 現在まで使用した商品がTOTO製だったため、それを中心に購買対象商品を選別せんと係員氏に相談したところ。 その結果、最終選考段階まで残ったのが「TOTO製」と「東芝製」商品だった。 (参考だが、その時傍らに「Panasonic製」商品が陳列されていたのは記憶している。)
 係員氏の説明によると「東芝に関しては経営破綻による悪風評もあり売価が激安となっているが、その分今後故障した場合の部品の入手が不明確状態」との事だ。
 大いにガッテンした私は、当然ながら「TOTO製」商品を買い入れる決断を下した。


 さて、その後実際に当該商品が自宅に運ばれ、旧機種取り外し・新機種取り付け工事と相成る。

 その場にも、もちろん私が同席した。
 何分、トイレなる汚い場所の作業故、作業に先立って出来得る限りの掃除作業を執り行い作業員氏を迎え入れることと相成る。
 当日作業に来て下さったのは、良き若者だ。 挨拶も丁寧ならば、その作業風景も丁寧であられた。 それに安堵して、作業終了後の点検を執り行った私は十分な御礼を申し上げた。

 しばらくして亭主が帰宅した。
 早速トイレに入った亭主が私に告げるには。
 「あれ、〇子(私の事)は今回TOTO製を買ったと言わなかったっけ?」 「その通りだよ」と応えつつトイレに入ると、何と‼  温水便座には堂々と「Panasonic」と掲げられているではないか!!

 何故、この種の取り違いが起きてしまったのかを後で考察するならば、それは機種が我が家に到着した時点で私が確認作業を怠ったからに他ならないだろう。

 ただ、自己弁護するならば、作業担当者が我が家到着時点で真っ先に実行した作業とは「古い便座」取り外しに他ならない。
 その後も、一階外に停車している車と我が自宅を行き来しつつ作業員氏が作業を進める段階の詳細を私が監督し続けるのも失礼だと判断した私は、全ての作業を終えて後に作業員氏と対応するべきと心得たのだ。

 そうして最終点検はもちろんの事私が取り付けられた新たな便座に座り、その状態を確認して問題はなかったと判断する事態となろう。 便器の蓋が開けられた状態で、便座に記されているメーカー名など、その時点で確認不能だったとして許されて然るべきだと私は思うのだが。


 ただまあ我が亭主が、元々私を含め他者を責める人格では無い事に常々助けられているのも事実だ。

 しかも今回の温水便座事件に関しても、何処のメーカーが優秀な機種を製造し販売しているかなど分かったものでもなかろう。
 とりあえず、我が家に届けられた“Panasonic製”の製品がひとまず用を足してくれているのならば、それで一件落着としよう、との亭主との合意の結末だ。

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過疎地Uターン者に対する「村八分」騒動の根の深さ

2017年12月05日 | 時事論評
 郷里過疎地から上京後、40年以上の年月に渡り大都会東京で暮らしている我が身にして、まさか今後まかり間違っても過疎地へ舞い戻ろうなどとの発想が一切湧き出て来ない人種だ。 

 「村八分」。  この言葉の印象に関しても。
 今現在、もしも近隣コミュニティから我が身がその仕打ちを受けたとしても、それでも構わない気もする。 それどころか、基本的に“一匹狼”派の私としては、集団コミュニティ内の無意味で不要な付き合いを避けて通れ、返って清々しそうな気がしたりもするのだが……


 話題を変えよう。

 ネットにて、その「村八分」に関する情報を得た。 早速、以下に要約引用しよう。

 大分県北部の小さな集落が「村八分」騒動に揺れている。 自治会がUターンした移住者の加入を拒んでいるなどとして、県弁護士会が「人権侵害」と勧告。 これに住民が反発している。 地方への移住が盛んになる中、双方に歩み寄る姿勢が必要とUターン経験者は指摘する。
 県弁護士会の勧告などによると、兵庫県に住んでいた元公務員の男性(68)は2009年、母親の世話などのため、家族を残して計14戸が暮らす大分県北部の集落にUターン就農した。 自治会には母親が入っていたが11年に他界した。
 男性は13年3月、国から農家に出る補助金の配布方法などを巡り、自治会の役員らと対立。 自治会は翌4月、「男性は集落に住民票がない」として自治会から外すことを決め、市報の配布と行事の連絡をやめた。 男性は14年に住民票を移し加入を申請したが、自治会は「必要な集落全員の賛同が得られなかった」として拒否した。
 男性の申し立てを受けて調査した県弁護士会は、地域に住所をもつ個人の自治会加入を正当な理由なしに拒むことを地方自治法が禁じていることから、「排除は明らかな人権侵害」と判断。 自治会長に対し、加入を認め、行事の連絡などをするよう今年11月1日付で是正勧告し、同月6日に開いた記者会見で「明らかな村八分」と批判した。
 一方、自治会側は「行事参加やごみ集積所の使用は拒否していない」と反論。 元会長(65)は、男性が加入拒否に絡んで自治会役員らを脅迫の疑いで刑事告訴したことを挙げ、「告訴は、地方自治法が定める加入を拒む条件の『正当な理由』にあたる」と訴える。「そもそも『感情の問題』なのに」と話し、法律論を持ち出す県弁護士会にも不満を示す。 自治会は11月12日に会合を開いたが、加入についての結論は出なかった。「男性が入るなら、自分は抜ける」という声もあったという。
 男性は取材に対し、告訴理由を「地区は間違ったことをやったんだ、ということを知ってほしかった」と説明。 そのうえで、「この5年間、毎日孤独だった。勧告を真摯(しんし)に受け止めてほしい」と話す。
 (以上、ネット情報より要約引用したもの。)


 一旦私見に入ろう。

 このUターン男性の当初の帰省の目的は、郷里に一人暮らしの母親の世話であったようだ。
 少し分かりにくいのは、この男性が兵庫県に暮らす家族を残したまま単身でそのUターンを実行した事実だ。 元公務員とやらの男性家族が抱えていた実情の詳細は一切不明だが、家族を残して男性一人がUターンするとの事態とは、もしかしたら兵庫県での男性の家庭が崩壊状態だったと捉えられようか??

 それが証拠に、母親が11年に他界後もUターン男性は単身で過疎地に残った様子だ。 その後も家族が暮らす兵庫県へ戻らずして、周辺住民との間にトラブルを起こしつつ住民票を過疎地に移している。

 要するにこのUターン男性は、母亡き後も自らが生まれ育った過疎地にて暮らしていこうと志したのだろう。
 全世帯14戸との超零細コミュニティ過疎地にて自分の家族も捨て去り残りの人生を歩むことを志したのならば、それなりの覚悟も周囲への歩み寄りも必要だったはずなのに、何故かこの男性は自己主張最優先行動に邁進してしまったようだ。
 その顛末としての、自治体コミュニティからの「村八分」とのお仕置き。
 それに対するUターン男性のコメントが、「この5年間、毎日孤独だった。勧告を真摯(しんし)に受け止めてほしい」
 
 私見だが。
 貴方の家族が円満だったならば、何も今更郷里過疎地まで舞い戻って、それほどまでに寂しい人生を送らずに済んだはずだ。 それを実行せねばならない責任の大本が自分自身にある事実を、何故68歳にもなって分からないのか!?!
 厳しい表現だが、貴方の人生とは“墓穴を掘り続けている”としか表現しようがない。
 もっと呆れるのは、自分の孤独の解消場所を過疎地自治体に期待して済むと思っているその浅はかさだ。 もしも貴方が訴え出た訴訟にたとえ勝利しても、悲しいかな、貴方という人間とは一生「孤独」なのだろう。


 最後に、私論でまとめよう。

 冒頭で記した通り、私自身は今後郷里過疎地に舞い戻る意思の欠片もない。 この東京に我が骨を埋めようと志し、既にその永代供養場所を都内某所に夫婦共々確保している。
 その前段階の方策として、郷里の実母は昨年秋に地元の高齢者有料介護施設へ入居の段取りを取った。 我が勧めに自身の意思にて従った実母は、その施設で日々比較的楽しく暮らしている様子だ。
 
 もしかしたら現在に於いて「村八分」などとの状態を生み出しているのは、現地の人々ではなく、むしろ一旦郷里過疎地を離れた後に郷里へ舞い戻ったUターン者の孤独感に苛まれつつの身勝手な行動・思想なのではなかろうか?!?

 そんな印象を抱かされる、上記の「村八分」事件だ。

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猟奇残虐事件を引き起こされたアパートオーナーの悲劇

2017年11月25日 | 時事論評
 3年程前まで不動産賃貸を実施していた我が身として、他人事ではない話題にネット情報にて触れた。


 早速、以下に「『座間9遺体事件』のアパート、今後の資産価値は? 不可解な2つの事実と事故物件をめぐる不動産事情 」と題する情報の一部を要約して紹介しよう。

 連日メディアで報道されている「座間市アパートの9人殺害遺棄事件」。 これから徐々に事件の全容は解明されていくだろうが、大家にとっての災難は始まったばかりだ。 アパート外観の映像がさらされ、場所もおおむね特定されている。 入居者がおそれをなして出て行ってしまえば賃料収入は激減し、再募集するにしても家賃の暴落は避けられない。 果して収益物件としての資産価値はどうなるのか、周辺への影響はどうなるのか――。
 実は、このアパートには不可解な事実がいくつかある。 1つは、事件発覚の1ヶ月以上前から売りに出されていたこと。 売り出し価格が4,500万円前後、 表面利回りは7.3%前後で、不動産投資の物件情報サイトに複数の仲介会社が広告を出している。 周辺相場より1~2割高い。 とはいえ、5年前に外壁と屋根のリフォームを実施しているせいか、外観を見る限り築年ほどの古さは感じない。 そのため強気の値付けをしていたのだろうか。
 2つ目のナゾは、物件概要の備考欄に「告知事項あり」と書かれていたこと。 これは仲介会社に対して宅建業法で義務付けられた項目で、契約に先立って説明しなければならない重要事項の一つ。 事件・事故などの心理的瑕疵(欠陥)も含まれる。 ということは、今回の事件とは別に、既に何らかの心理的瑕疵があったことを意味する。 「事故物件・訳あり物件専門」の売買仲介会社によると、自殺や孤独死などの事故物件の場合で、売り値は相場より「2~3割、場合によって5割くらい下がる」と言われる。 しかし、前述の売り出し価格にはこの点は反映されていない。 なんともちぐはぐなのである。
 広告を出していた仲介会社に聞くと、現在は「売り止め」になっている。 ほとぼりが醒めるまで動けないのだろう。 改めて売り出すとしても、これだけの猟奇的事件が起きているのだから価格は大きく下げざるを得ないはず。 収益物件に詳しい不動産コンサルタントのS氏は「更地価格の半値になってもおかしくない」と指摘する。 このアパートの更地=土地だけの価格を試算すると3,000万円程度だ。 その半分として1,500万円。 元の売り出し価格の3分の1である。 それならば、売らずにこのまま賃貸経営を続けるという手もある。
 これだけの事件が起きたのだから、入居者はみな逃げ出してしまったと思うかもしれない。 ところが、意外なことに、管理会社に対して退去の連絡は届いていないという。 生活に便利な立地で、家賃はロフト付きワンルームで2.2万円と安いため、「出て行きたくない」「住み続けたい」という入居者が多いというのだ。 「事故物件でも気にしない」「家賃の低さ優先」という人も、一定程度は存在する。
 周辺の同条件の家賃相場は2万~2.5万円なので、特段このアパートが割安なわけではない。 殺人現場となった部屋の家賃は、リフォームしても半値以下でないと貸せないだろう。 両隣や上下階の部屋も3~5割引き、その他の部屋も2割程度は安くなるケースが珍しくないといわれる。 それでも借り手がいる限り、3分の1以下の価格で叩き売るよりマシかもしれない。 (中略)
 住民の周知性との関連で、近隣の不動産への影響について触れておこう。 事故物件の告知義務は法的には当該物件のみだが、今回のメディア報道で物件周辺の状況も知れ渡っている。 某氏は「このアパートに近い不動産価格も10%程度は下がる可能性がある」と指摘する。 周辺住民にとっては、とんだとばっちりだが、こうした事件・事故は自ら防ぎようがない。 天災とあきらめるしかないのだろうか。
 (以上、ネット情報より一部を引用したもの。)


 私事及び私見に入ろう。

 この私も零細賃貸物件オーナー(マンション一室賃貸)の立場で大失敗をしでかしている。
 3年半程前の事だが、賃貸歴20年にして不覚にも“悪質賃借人”の入居を認めてしまったばかりに大損失を計上するはめとなった。 今後まだまだ賃貸収入が得られたであろう所有物件をオーナーチェンジ物件として安価で売却せざるを得ない損害を背負った我が身としては、まさに他人事ではない。

 それにしても、上記座間市の賃貸物件価格及び賃料が超安価なのにひとまず驚かされる。
 座間市といえば地理的には都心のベットタウンといった位置付けだろうか? それにしても、駅徒歩10分程度の利便性が高そうなアパートにして、一部屋2万の家賃は破格に廉価な気もする。
 だからこそ、猟奇事件加害者も(被害者よりカネを巻き上げつつ)数カ月間殺人実行現場として賃借することが叶ったのだろうか。

 アパート物件そのものも、4500万円との価額で売りに出されていたとのこと。
 都心に住む人間の立場からはその廉価の程が信じ難いのだが、だからこそ、(メディア報道で見聞する限り)当該殺害物件周辺には同じようなアパート物件が建ち並んでいるのだろうか?
 上記情報によれば、表面利回り7.3%前後とのことだが、もしも賃借人に猟奇残虐事件など引き起こされなければ、この辺りのアパート経営とはオーナーにとってはある程度美味しい生業だったのだろうか?


 まったく別の観点からの考察だが。

 これだけ全国各地、いえいえ世界規模で日々残虐な事件・事故が引き起こされる現状下に於いて。
 事件が発生したアパート周囲の賃借人達がその場を去らずに入居し続けるだろう、とのネット考察も十分に理解可能だ。
 今の時代これ程までに事件事故が多発する事実と並行して、それらの事件事故を市民が忘れ去るスピードもそれにも増して猛スピードだ。  それが証拠に、当該座間猟奇残虐事件すら既に国民から忘れ去られているのではあるまいか??
 
 しかも世の中は、人間関係の希薄化も猛スピードで進んでいる。
 何も、せっかく敷金・礼金等々の初期投資をして借りた廉価かつ利便性の高いアパートを去り新たなアパートを見つける手間暇と金銭的損失を出さずとて、このまま住み続けるに限る!、なる結論を導くことこそが経済的との判断も理解可能だ。
 更には室内リフォーム業者の劇的技術邁進により、当該残虐事件発生現場とて、すぐさま新たな賃借人を迎え入れる準備もお手のものだろう。

 周辺地域の不動産価格が低下するとの記述もあるが、それに関しても、世間に於いて風評が忘れ去られる時間の速さにより、しばらくすれば元の価額に戻る事も考えられる。


 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 そうだとしても。
 確かに、賃借人にアパート室内にて猟奇残虐事件を引き起こされたオーナーの悲劇の程を察して余りある。
 当該座間アパート物件の場合、事件発生以前に既に売りに出されているとのことだが。 おそらく、しばらくは売却不能なことだろう。


 今回のエッセイは、物件賃貸借を主眼として展開して来たが……。

 それよりも優先するべきは、事件被害者皆様のご冥福をお祈りするべきである事は重々弁えている。
 その意味で、被害者及びご家族の皆様に対して失礼な内容であることをお詫び申し上げたい。
 今後もこの事件に関し、被害者の皆様及びご家族の立場で見守って行きたいものだ。

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若き病院勤務医師達の過労を危惧する

2017年11月21日 | 時事論評
 今朝、朝食を終え、洗濯もの干し作業に取り掛かろうとした時のことだ。

 時刻は、7時40分。  自宅の固定電話が鳴り、聞き慣れない電話番号を告げている。

 (こんな朝早い時間帯に一体誰が何の用だろう? 何処かの業者からだとしても時刻が早過ぎる。)と多少の不信感と共に電話口に出たところ。

 「東大付属病院の〇〇と申します。〇さん(亭主の事)は御在宅でしょうか?」
 
 思い出した。  この医師先生からの電話は過去にも受けている。 本日は亭主が東大病院受診予定だが、それに関して何らかの連絡があるのだろうと推測しつつ。
 後に亭主に確認するとやはりその通りで、本日医師先生に急な手術の予定が入ったため、外来受診を明日に延期して頂けないか?とのわざわざのお尋ねだったようだ。

 それにしても今時の病院とは、このように担当医師本人より患者へわざわざ連絡を頂けるまでに進化を遂げているのかと、実に驚かされる。
 一昔前には絶対に考えられない話だ。
 患者側から何を尋ねたくとて電話は禁止。 必ずや患者本人が辛い身体を引きずって病院まで足を運び受診の手続きをして、長~~~い時間順番待ちをした後にやっとこさ医師の診察を短時間だけ受けるのが落ちだ。
 今回の場合のように担当医師不在の場合も、病院へ行って初めてその事実が判明する。 代替の医師から(さも迷惑気に)「今日は担当医不在のため私が診察しますが、念のため、近いうちにもう一度担当医を受診して下さい。」などと言われたりするのが通常ではなかろうか。 

 亭主に聞くと、この東大病院先生はご自身の携帯からまめに亭主にお電話を掛けて下さるようだ。 そして電話口で、医学専門的内容に関してまでも気軽に相談に乗って下さるらしい。 しかもとても優しい人物像の様子で、あくまでも患者である亭主の意向を優先した対応を心掛けて下さるとのこと。
 何分、基本的に“病院へ行かない主義”の私にして、今時の病院医療の実態をまったく心得ていないのだが。 現在の病院とは、これ程までに(特に医師の姿勢が)進化を遂げているのだろうか? と不可思議感すら抱かされる。


 しかも、この東大付属病院先生。 未だ若き年代の医師の立場で日々激務をこなされている、との亭主の話でもある。
 まさに本日の朝早い時間帯の電話がそれを物語っている。 7時40分以前に病院から緊急手術連絡が入り(あるいは夜勤だったか?)、それに対応するべく亭主に電話をくれた計算になるが。
 いやはや、(特に若き世代の)臨床医の激務の程を思い知らされる。
 

 (先程も記述したが、私自身は日々予防医学に徹し基本的に“病院へ行かない主義”のため、今時の病院風景は亭主や義母の病院付き添いを通してしか把握できない身なのだが。)

 そういえば亭主が2年程前に手術入院した時にも、その付き添いや見舞い等々で今時の病院風景を垣間見る機会があった。
 亭主担当医師より、手術前に家族からの同意書が必要との事で病院へ行ってみると。
 早朝から数多い患者の外来診察をこなし、午後は手術を行った後の我々面談だ。 その間亭主の病室にて待たされ、時刻は既に19時を過ぎていた。  既に外は暗闇の中、診察室にて「家族同意書面作成面談」が実施されたのだが。
 医師先生が1日の激務をこなしお疲れの中、亭主の家族である元医学関係者の私から“容赦なき質疑”が次々と投げかけられる。  そのすべてを受けて立ち、適宜に回答される事実が素晴らしい! 通常は2,30分で終わるであろう面談の所要時間が私の質問のせいで1時間半にも及んだが、最後の最後まで、担当医師先生は納得のいく回答を返して下さった。 お陰で、私は安心して翌日亭主を手術台へ向かわせる事が叶った。
 いやはや、今時の若い世代の臨床医師のタフさに心より脱帽した出来事だった。 その後無事に手術を終えた亭主は、当該タフ医師に入院中ずっと見守って頂きつつ完治の上退院を遂げた。


 ここで、少し古くなるが朝日新聞2017.8.23付社説「医師過労防止 地域医療と両立目指せ」より、一部を要約して以下に紹介しよう。

 東京都内の病院で働いていた研修医が、長時間労働が原因で自殺したとして7月に労災認定された。 5月にも新潟県の病院で同様の労災が認められている。
 医師は、正当な理由がなければ診察や治療を拒めない。 とりわけ病院勤務医の多忙さはよく知られる。 総務省の就業構造基本調査では週の労働時間が60時間を超える人の割合は医師が42%ともっとも高い。 政府は働き方改革として、秋の臨時国会に「最長で付き100時間未満」などと残業を規制する法案を提出し、長時間労働の是正に取り組む方針だ。 ただ、医師については、画一的な規制が地域医療を崩壊させかねないとする医療側に配慮し適用を5年間猶予して、これから残業規制のあり方を議論する事になっている。
 実際、労働基準監督署から長時間労働の是正を求められた病院で、外来の診療時間や診療科目を縮小する動きがある。 医師の過労防止で必要な医療が受けられなくなる事態は避けねばならない。 そのためには、残業規制の強化を実行できる態勢を同時に作っていく必要がある。 
 まずは、病院勤務医の仕事の量を減らすことだ。 医師でなければできないことばかりなのか。 看護師や事務職など、他の職種と仕事をもっと分かち合う余地はあるはずだ。
 (以上、朝日新聞社説より一部を要約引用したもの。)


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 (病院好きの)身内達を通しても、現在の病院勤務医の激務の程を知って余りある。

 上記朝日新聞内記述の最後に記されている部分も気になる。
 医師のみならず、その他パラメディカル専門職員をもっと活用する事により医師の職務軽減を図るべきとの提案は、今に始まった事ではなかろう。
 この私とてパラメディカルの国家試験資格を取得している。 もしも還暦過ぎた人材でも良ければ私もその「助っ人」になりたいものだが、現実社会に目を移すと高齢者の人材募集など皆無状態・門前払いが現実だ。

 ただ、これぞ医師会がそれを阻止しているとも推測出来る。 
 パラメディカル人材を筆頭に、今まで医師の専売特許だった医療分野に様々な周辺人材に踏み込まれては、今後更なる医師の失業を煽ると怯えているようにも捉えるのだ。

 それに似た最たる例が、「弁護士」ではなかろうか?
 今まで弁護士の専売特許だった分野に、今や「司法書士」「行政書士」「ファイナンシャル・プランナー」「社会保険労務士」等々の様々な関連資格者が進出し幅を利かせている現実ではなかろうか。
 それにより 「弁護士」の地位がこの国で低下の一途を辿っている事実に関しては、我がエッセイ集バックナンバーにても既に公開している。

 世の中の職業地位確保とは、実に難しい課題だ。
 この世で最高にして最大に人命を預かる職種であろう「医師」に関して、もしも職業的「地位」ではなく「人命」こそを優先する観点に真に立てたならば、自ずと問題解決しそうな気もするが……。

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何故、見知らぬ相手に「死にたい」と訴える?

2017年11月06日 | 時事論評
 冒頭から話題をズラすが、本エッセイ集2008.8.27バックナンバーとして「無痛化する社会」と題するエッセイを綴り公開している。
 公開して後既に9年以上の年月が経過しているが、今尚アクセスが多いスタンダードナンバーの一つと表現出来るエッセイだ。

 そのエッセイから一部を要約して、以下に紹介しよう。

 少し以前の話になるが、ブログ関連のとある場で、若い世代の方が書いた文面に対し、私は少し批判的な反応をさせていただいたことがある。 そうしたところ、間髪を容れずにご本人から「自分に対するアクセスは今後一切しないように。書き込んだ文章は即刻削除して欲しい。」という趣旨の抗議文が私の元に届いた。 これに対し私は「今後一切(ご本人に対し)アクセスをしないことは承諾するが、(私が)書き込んだ文章が趣旨に沿っていない訳でもないのに、削除を強制するのは言論統制に当たり越権行為であるため拒否する。」旨の返答をした。
 この例に限らず例えばブログの世界においても、肯定的なコメントは歓迎するが異論反論は受け付けないとの立場をとるブロガーは少なくないのではなかろうか。  誹謗中傷についてはもちろん誰しも拒否したいものであるが、肯定的なコメントのみを受け付けて表面的でお手軽な“仲良し倶楽部”をすることが快楽であるというような、“無痛化”現象を目の当たりにするひとつの現象と私は捉える。
 人間関係に的を絞り、“無痛化”現象に対する私論をまとめよう。
 既に当ブログの人間関係カテゴリー等で度々既述しているが、人間関係の希薄化現象とは、要するに人間関係の“無痛化”現象なのであろう。
 他者から褒められたり肯定されるのは快楽であるため好む人はもちろん多い。 一方で、批判等の否定的な対応を受けることは、たとえそれが本人の成長に繋がるアドバイスであれ忌み嫌う人種が急増している様子である。 たとえほんの一時であれ“痛み”を受け付ける免疫力がなくなってしまっている時代なのであろう。
 ところが、人間関係とは“痛み”を経験せずして真の信頼関係は築けないものである。紆余曲折しながら、すったもんだしながら人間関係は少しずつ厚みを増していくものだ。 そうやって築かれた関係は簡単には崩れ去らないし、たとえ別れの時が訪れてもいつまでも忘れ去らないものでもある。
 その場しのぎの、“痛み”を知らない表面的な快楽だけの人間関係も、もちろん存在してよい。 ただ、自分をとりまくすべての人との関係がそんなに薄っぺらいとしたら、生きている意味はどこにあるのだろう。
 “痛み”を実感できるような人との関係を堪能し、今後共ひとつひとつの確かな人間関係を刻み続けたいものである。 
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用したもの。)


 私見に入ろう。

 いやはや、ブログを開始して未だ1年足らずの9年以上前に綴り公開した我が記述を読み返してみると、(いや~~、私も若気の至りだったものだ)と驚くやら、ある意味で反省させられるやら、だ。
 ただ、このブログ初期頃の事は今でもよく覚えている。
 何分ブログ新人にして、某ブログコミュニティを通じあれよあれよと読者登録が押し寄せ、わずか1年足らずの間に多く(数百人)の良質読者に恵まれ、“いい気になっていた”時代背景である。
 恵まれたブログ環境の中、こちらからアクセスをさせて頂いた事もある。
 上記の「事件」は、その中でも若き世代(未だ10代後半くらい)の男性相手に寄せた我が書き込みに対する反応を取り上げたものだ。 今思えば、相手が未成年者である事実に対する配慮もせず、こちらこそが大人げなく不躾だったと反省させられる。

 観点を変えて、更に私見を述べよう。
 そうだとして上記のやり取りとは、ある意味で“建設的”なネット上のかかわり方が出来ているとも感じ取れる。 それは文面上の論争が行われている故だ。 (我が論争を相手に拒否されたとの顛末だが、そうだとしても)、単に “私のブログを見て下さい” “友達になりましょう”云々ではなく、我が意見を相手が拒否しているところに確かに“論争”が成立している。
 その意味では「無痛」ではなく、お互いに「痛み」を伴った関係をほんの一時だが築けた有意義なネット関係だったのかもしれない。


 話題を大幅に変えよう。

 現在神奈川県にて発生している9人連続殺人事件も、ネットを通してのやり取りから事件が勃発しているようだ。  今となってはネット犯罪は何ら珍しい事象でもなく、そんな事件がまたもや発生したか、程度に万人が捉えている事だろう。
 事件の発端は加害者が(要するに)“自殺幇助”に応じるとネット発信したのに安易に反応し、その文言に引き込まれた若き女性(女子)達が犠牲者となっているとの事件のようだ。
 被害者のご関係者にとって一番許し難き点とは、実は加害者が最初から殺害を企てていて自分は死ぬ気など毛頭なかった、との部分ではなかろうか?
 しかも。 加害者によれば、「(実際に会ってみると)本当に死にたい人がいなかった」との無残さだ。

 私が一番無念なのは、何故彼女ら(男性犠牲者も1名いるようだが)は全く見知らぬ相手に「死にたい」と訴えねばならなかったのか、との点だ。
 報道によれば、加害者はネットから自分に近づいて来た女性達にさしあたり“やさしく”接したらしい。 だからこそ彼女らは加害者の棲家まで足を運び、結果として命を失う羽目となったのだろう。


 最後に私論でまとめよう。
 
 自分が抱える(究極の場合「死にたい」なる)悩みを、ネットを通じて見知らぬ相手を見つけ相談する、との事態。 
 これも「無痛化」の一現象と捉えられるのかもしれない。 

 現実世界での人間関係の希薄化が極度にまで進んでしまった現在の社会に於いて、下手に現実世界の知り合いに相談したところで、不十分な回答しか得られなかったり、そもそも相談に乗ってくれる受け皿がまったく無い事も重々想像できる。 その回答が想像可能な立場にして、無意味な現実とのことだろう。
 そうした場合、とりあえずとにかく自分の思いを表面的にでも受け止めてくれそうな相手がネット上で見つかったなら、“藁をも掴む”思いになる切実な彼女らの気持ちも理解可能とも言えようか。

 何分、髪の毛が「黒」でなければ「地毛証明書」を提出しろ! と生徒の尊厳を根本から拒絶する指導を平然と強行している現在の学校教育現場だ。  そこに勤務する教員らが指導教育を担う集団現場に日々通わねばならぬ生徒達に「優しい心」が育まれるはずもない!  家に帰っても貧しい親どもが「学校指導に従え!」と怒鳴る。 (事例が極端だった事はお詫びするが。)

 この世の不条理・不憫に悩み苦しむ若い世代が、何を心の拠り所にすればよいのか? 
 そこで辿り着くのがネット世界しかないとの現実こそが、若者達にとって実に厳しい現状と結論付けられよう。

 そんなネット世界の大いなる「マイナス所産」に対する制御機能が未だ無い事態に対し、特にネット産業にて暴利を得ている企業群は早急に着目し、改善策を提案して欲しいものだ。

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イバンカさんの能力と魅力の程が分かりにくい

2017年11月04日 | 時事論評
 明日(2017.11.5)初来日する米国トランプ大統領の日本到着に先立ち、その長女であるイバンカ・トランプ氏が来日し、本日米国へ帰国するとのことだ。


 このイバンカ氏、トランプ大統領の就任当初より、誰よりも優先して大統領に何処へも引き連れられるがままに行動を共にしているようだ。
 以下に、そのイバンカ氏のトランプ大統領同行ぶりをウィキペディア情報より引用してみよう。

 2016年アメリカ合衆国大統領選挙で立候補した父ドナルドの政治活動でも出馬会見や集会で前座を務め、選対本部長や閣僚の人選に介入し、トランプがシリアをミサイル攻撃した際も決定を後押ししたとされ、世界各国の指導者との会談に同席し、政府の役職に就かずして機密情報へのアクセス権とホワイトハウスに執務室を得るなど父ドナルドの顧問となった夫ジャレッド・クシュナーとともにその絶大な影響力から「政治を私物化してる」という批判もあり、「才色兼備」としても注目を集めていることから父ドナルドの「秘密兵器」とも呼ばれている。
 2017年3月29日には無給の大統領補佐官に任命されて夫婦でホワイトハウス入りした。同年5月、大統領の初外遊である中東歴訪にレックス・ティラーソン国務長官、夫のクシュナー大統領上級顧問とともに同行した。 同年、6月にドイツで開催されたG20では大統領に同行。 期間中に開催された「アフリカや移民に関する会議」では、席を外した大統領の代わりに一時的に着座、イバンカが中国の習近平国家主席とイギリスのメイ首相の間に座り、会議に参加している様子が報道された。
 同年9月、当初計画されたイヴァンカと夫のクシュナーの中国訪問が中止され、首都ワシントンD.C.で行われた国慶節の記念式典に夫婦揃って出席して中国の劉延東国務院副総理と会見した。
 同年11月、国際女性会議出席のため初来日。安倍首相も同席して講演に臨み、女性の起業や自立を広く訴えた。
 (以上、ウィキペディア情報より一部を引用したもの。)

 一旦、私見に入ろう。
 
 まさに、この親子の行動は私の目にも「政治の私物化」としか映らない。
 ただ上記ウィキペディア情報内にある通り、イバンカ氏が大統領補佐官の身分を“無給”で引き受けている事実を鑑みると、あくまでも趣味範囲でそれを実行していると捉えてよいのかもしれない。
 未だ幼き3人の子持ちにしてその行動が叶うのも、億万長者の娘であるが故だろう。

 それにしても未だ若きイバンカ氏にも自身のポリシーがあろうに、父であるトランプ大統領に指示されるまま金魚のウンチのごとくくっついて、(今回の来日の場合イバンカ氏の到着が先行したようだが)大統領と行動を共にしてご本人が何を目指したいのかが理解しにくい。

 
 そこで、さらにウィキペディア情報より、イバンカ氏の生い立ちを探ってみよう。
 イヴァンカ・マリー・トランプ(Ivanka Marie Trump、名は日本語ではイバンカとも、1981年10月30日 - )は、アメリカ合衆国の女性実業家、ソーシャライト、女性相続人(英語版)、ファッションモデル、大統領補佐官。 不動産王で第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプと実業家イヴァナ・トランプの娘であり、トランプ・オーガナイゼイションの副社長を務めた。
 ニューヨークの名門女子校の一つであるチャピン・スクールに通った後、15歳でコネチカット州のチョート・ローズマリー・ホール校に転入。同校卒業後、ジョージタウン大学に2年間在学した後、2004年にアイビーリーグの一つ私立ペンシルベニア大学のウォートン・スクール(学士課程)に転入し優等 で卒業。経済学の学士号 (bachelor of science in economics) を取得する。
 幼少期から芸能界に興味を持ち、ミュージカル『レ・ミゼラブル』のオーディションを受けて落ちたことがある。1997年に父がオーナーの一人である『ミス・ティーンUSA』の司会を務め、テレビ界にデビューした。2006年に父が出演するリアリティ番組『アプレンティス』第五シーズンで、審査員キャロライン・ケプチャーの代役として5話のエピソードに出演。第六・七シーズンにはケプチャーに代わりレギュラー審査員となった。同年『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』にゲスト出演し、レノに口ぶりなどに父の影響が見られるとコメントされた。2010年10月26日、『ゴシップガール』第四シーズン第六話に夫と共にカメオ出演した。
 1996年、モデルとしてデビュー。両親の知名度もあり、すぐに注目を浴びた。彼女が初めて表紙を飾った雑誌は「Seventeen」で1997年のことだった。それ以来ヴェルサーチ、ティエリー・ミュグレーなどの有名ブランドのファッションショーに起用されるようになる。トミー・ヒルフィガーの広告に起用された際はイギリスの男性誌「Stuff(英語版)」2006年8月、2007年9月号の表紙を飾りフィーチャーされた。これまで「フォーブス」「ゴルフマガジン」「ELLE メキシコ」「ハーパース・バザー」などの表紙も飾っている。
 大学卒業後にいくつかの不動産企業で勤務した後、父ドナルドがCEOを務めるトランプ・オーガナイゼーションに入社し、不動産開発・買収部門のヴァイスプレジデントを務める。父譲りといわれるビジネス手腕を発揮し、2008年、パートナー企業であるダイナミック・ダイヤモンド・コーポレーションとオンライン・ジュエリー・ブティック『ivankatrumpcollection.com』を立ち上げた。海外事業も多数手がけた。 トランプ政権の間、トランプ・オーガナイゼーション及び自身のブランドの経営から退くことが発表された。
 (以上、再びウィキペディア情報より一部を引用したもの。)

 再度、私見だが。

 上記ウィキペディア情報を一言で要約するならば。
 イバンカ氏は子供時代から現在に至るまで、学業、芸能界、モデル界、実業界、すべての活躍分野で米国にて名立たる実業家である父トランプ氏の恩恵を被りつつ現在の地位を築いてきたと総括して間違いないだろう。


 ここで話題を変え、同じく大統領の娘氏であられるキャロライン・ケネディ氏を取り上げさせて頂こう。
 皆さんもご存知の通り、キャロライン・K氏は昨年まで駐日大使として日本に居住されていた。
 実は私はこの人物を好んでいた。 そのためキャロライン氏が駐日大使になられたと聞き、密かに来日を心待ちにしていた。
 とにかく笑顔が素敵な方だ。 笑うと皺が目立つのだが、それでもメディアにて本気の笑顔を絶やさないその姿を拝見出来ることが楽しみだった。
 キャロライン氏は言わずとしれているが、故ジョン・F・ケネディのご長女だ。
 父ジョン・F・ケネディ氏が1960年の大統領選挙で大統領に選出された後、わずか3年後の1963年11月22日に暗殺されるとの悲劇が勃発した。 
 その後のキャロライン氏の生育に関して亡き父の恩恵が無くはなかったのだろうが、父亡き後の(特に精神面での)彼女のご苦労・心痛の程を察して余りある。
 駐日大使を終え米国帰国の際には、我が心に一抹の寂しさが漂ったものだ。


 最後に再び、トランプ大統領長女イバンカ氏に対する我が印象でまとめよう。

 彼女が今回来日したのは、おそらく安倍首相から差し出された57億円也!の「国際女性会議WAW!」拠出に対するお礼行動だったと判断してよかろうか。
 それにしても米国大統領と「蜜月」と批判されている安倍氏も、よくぞまあ自分勝手に巨額国家債務を抱える立場にして、相変わらずの“国政私物化”の有様だ!
 今回の衆院選にて少しは「謙虚」になるべきと反省しているのかと思いきや、悪い癖とは一生治らないものと実感させられる。

 さて、イバンカさんだが。
 メディアを通して、彼女の笑顔を見る事が無い。
 いや、カメラ目線でモデルとして“笑み”を作っているらしき表情は見るが…。

 彼女が今回大統領本人に先立って来日したのは、おそらく上記安倍氏による“蜜月関係”金銭拠出に応えるためトランプ大統領に指示されたのだろう。
 それにしても億万長者の家庭に生まれた子供とは、一生に渡り“真の自分”を出せず(それに気が付く事さえないまま)に終わるのだろうか?
 今後イバンカさんは、本気で笑うとの貴重な経験が出来るのだろうか??

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“あおられる”恐怖

2017年11月02日 | 時事論評
 私が車の運転を完全リタイアして以降、既に十年以上の年月が流れている。

 その間、ただの一度足りとて “運転を再開しよう” と考えた事がない。
 一番の理由は、その後特段車の運転をする必要が無い生活を送っている故だ。

 特に子育て中は何処のご家庭も、子どもの習い事等々の送り迎えをするのは母親の役割であることだろう。
 大都会で車を動かすこととは様々な理由で難儀な生業だが、この私も子育て中は無い知恵を働かせてそれを乗り越えて来た。
 たとえば駐車場確保に難儀する。
 都会の場合ほとんどの習い事教室付近に駐車場が無いため、他に車を止める場所を確保せねばならない。 しっかりした子供さんを持つ母親氏など、路上に違法駐車したまま車内運転席で待機し、子供が車まで来たら発車すれば済む様子だった。(実際、その種の母迎え車が大多数だった。 ただ、現在は違法駐車に厳罰が下されるめ減少しているかもしれないが。)
 残念ながら我が家の場合、その種の早業を我が子に課すのは“命取り”であり所詮無理だ。 必ずや母の私が習い事教室の玄関先まで迎えに行き、時には指導者に娘の成長具合を確認したりしつつ、娘の手を引いて私が確保した駐車場まで連れて行き帰宅した。
 
 その後、そんな娘も私立中学生となり、電車を3本乗り換えて通学する身となった。
 クラシックバレエ及び油絵絵画の習い事を続行させていたが、通学の帰り道に自身で教室へ立ち寄ってくれるようになったため、我が送り迎えの生業終了と同時に車の運転リタイヤの運びとなった。


 私の車運転リタイヤを一番残念がったのは、郷里の実母だ。
 私が郷里に帰省する都度母がそれを責めた。 その気持ちも分かる気がする。 交通網が発達し得ない過疎地郷里に於いては、“車無し”生活など成り立たないのは百も承知だ。
 そんな母が我が帰省の都度必ずや言った。 「何も“運転完全リタイア”せずとも、空港からレンタカーを借りたら身軽だよ」と。
 この発言から母は“旅の楽しみ”を知らない人種だと、私はいつも感じる。 帰省とは言えども郷里実家に立ち寄る時間帯が少ない私の場合、路線バスとタクシーがあれば十分だし、その方が自家用車やレンタカーの中に身内で閉じこもるよりも “一期一会” の出会いが格段に増えるとのサプライズ楽しみがあるのだ!


 話題のテーマを表題に戻そう。

 当時の女子としては早期の19歳時に運転免許を取得した私だが、決して運転が得意ではないとの感覚はあった。
 自動車教習所でも(自己分析で周囲と比較して)劣等生であることを自覚していたのだが、どういう訳か、仮免も本免許も周囲より早期にゲット出来た。 それを後に分析するなら、要するに“試験の要点”を心得る能力に長けていたからに他ならない。

 免許ゲット当初、実際車を運転するとの事実が私にってどれ程恐怖だったことか!  早速大学へマイカー通学を始めた私だが、日々の運転が怖い事この上なかったものだ。
 そんな私に、最初の“あおり運転”恐怖機会が訪れた。 過疎地にしては広い交差点に差し掛かった際黄信号に変わったため、初心者としては安全確保のために停止したのだ。 それに怒り狂ったらしき後部の大型トラック運転手が、最大限の警告音を出しつつ、小さき車の運転席の私を睨み付けながら猛スピードで接近しつつ走り去った。
 ただその後郷里にて、“若葉マーク”を貼りつけていた私をあおる運転手と遭遇しなかったのはラッキーだったと言えるだろう。


 話題を上京後に変えよう。

 若き世代の男女の付き合いに於いて、「ドライブ」なるデート手段は今現在もスタンダード形態であることだろう。
 上京して後自家用車を持たなかった私も、独身時代は彼氏の車でドライブも堪能した。

 20代後半期に差し掛かり、いつもは都心の飲み食い処デートが中心だった某彼氏(B氏としておくが)と初ドライブと相成った。
 その時、私は初めてB氏の車に乗ったのだが。
 驚愕させられたのは、B氏に車の運転をさせると極端に人格が変貌する事実だった。 いつもは優しいB氏が、突如として「何やってんだ!前の車は!」等々と運転席で怒り始めるのだ。  その事態に私こそが仰天させられ、「何言ってるの!前の車は特段悪い事をしていないよ!」等々なだめるにも関わらず、「こんちくしょー!」と叫び始めた時点で、私は即刻B氏との付き合いを終焉させる決断を下した。


 最後に、私論でまとめよう。

 前方をノロノロ運転車が走っていたり、合流時に割り込まれたした際、普段は口にしないような罵声を浴びせたり、抜き返そうと荒い運転になってしまったり、という「あおり運転」。
 朝日新聞記事によれば、その実態とは「車特有の“匿名性”と“万能性”が火に油を注ぎ」、その場では身元が相手に分からないため感情の抑制がききにくい、とある。 
 要約するならば、車に乗ったらまるで「鉄のよろい」でも被ったつもりになり自分が強くなった錯覚に陥るとの記述だが、まさにその通りであろう。

 いやはや、恐ろしい限りだ。
 私自身は十年程前に車の運転から完全リタイアした人間である故に、今後一切運転席には座らないつもりだが。 
 今後車の運転を続行したい方々は、どうか他力本願勘違いの「鉄のよろい」を外して自己の人格を取り戻した後に、運転席に座って欲しいものだ。

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一人として勝者が出なかった10.22衆院選の顛末

2017年10月26日 | 時事論評
 冒頭から、2017.10.25付朝日新聞朝刊一面記事 「問う 選択のあとで【上】 無競争 政党政治の危機」より一部を要約して紹介しよう。

 政党とは何か。深く考えさせられた選挙だった。 民進党、そして希望の党の顛末を言い募っても仕方ない。 ただ、この20数年の政治の混迷が極まった、その象徴のようだ。
 投開票の2日前、東京錦糸町に希望の党小池代表とと民進党の前原代表の2人が聴衆に同じフレーズで訴えた。 「AまたはBという選択ができる流れが必要だ」「AでなければB、BでなければAという緊張感を」と。
 有権者にAかBか選択を迫る選挙にしたいという趣旨のようだが、2人が唱えた「安倍政治」を止めることと、政権をいまの野党が担うことは、必ずしもイコールではない。 安倍晋三に不満があるが、いきなり野党に政権を任せようとは思わない。 政権選択というのなら、消極的ながら自公政権に託すしかないーー。そう考えた有権者が多かったのではないか。 結果として、不支持率の高い首相が圧倒的議席を得て続投になった。
 二大政党制、政権選択という「幻想」をいつまで追い求めるのか。 小池・前原両氏の失敗は問うている。 小選挙区制に無理に合わせようとしても、政党の地力が伴わなければ政権は取れず、取っても失敗する。 この20年余の歩みである。
 安倍政権の5年間に不満や疑問を持つ国民は多い。 強い野党が出現し、緊張感のある国会論議によって政権をチェックし、暴走を止める。 その実績を積み重ねてこそ、幻想が現実へと変わり、「次の政権」の選択肢たりうる。 議席を伸ばした立憲民主党も、すぐに自民党に代わる政権政党になれるわけではないし、すぐに目指すべきでもない。 
 まして野党が政権を助ける補完勢力に堕すのなら、先はない。 維新が議席数を減らし、希望が苦戦したのは、有権者がそうしたにおいをかぎとったからではないか。
 自民党内でも党内野党の存在が薄れ、自由に論議する活力が失われて久しい。 石破茂氏が選挙で「国民がおかしいと思うことをきちんと言える政党に」と訴えていたが、「ポスト安倍」候補たちが沈黙したままでは、議論無き「無競争の政治」が続く。 政党政治の危機である。
 (以上、朝日新聞政治部次長氏が記した記事を要約引用したもの。) 


 私見に入ろう。

 10月22日の衆院選投開票後、私が一番悔しく無念なのは、上記朝日新聞記事内にも記されている文面中の以下のくだりだ。
 「安倍晋三に不満があるが、いきなり野党に政権を任せようとは思わない。 政権選択というのなら消極的ながら自公政権に託すしかないーー。 そう考えた有権者が多かったのではないか。 結果として、不支持率の高い首相が圧倒的議席を得て続投になった。」 との部分である。 
 安倍晋三に不満を持つ国民が多数にもかかわらず、何故その安倍氏が率いる自民党に票を入れるとの行動に出るのか!?! その自己矛盾の程は一体如何なる思想的背景に基づいているのか??
 私は選挙前に我がエッセイ集にて再三再四訴えて来た。 自分自身でよ~~く考えて「少しはマシと思える党に貴重な一票を入れよう!」と。
 それが安倍晋三率いる「自民党」になる、なる発想の程が私にはまったく理解不能だ。

 もちろん、我が国において戦後長年に渡り自民党政権が続いた時代は私も心得ている。
 過去に我が過疎地で経験しているが、特に高齢者程個々人に何の思想もなく、まさに“地元の政党の地力”や世襲により「自民党」が勝利する図式となっていた。 (今回の衆院選でも我が過疎地小選挙区当選者は自民党現職のようだが。)
 あるいは、自民党は現在に至って公共事業の癒着恩恵でゼネコン等々に巨大なコネを持っているとの話も聞く。それらの大企業と政党間での“票強制”の実体も甚だしい現実であろう。 

 ただ私が推測するに、上記「地権慣れ合い」や「癒着」と何らの関係もない国民さえもが自民党に投票した形跡もあるような気がするのだ。
 それも理解出来る気がする。 要するに、それら「地権」や「癒着」の下で育ってきた国民達が、これぞ一番の選択と信じて疑っていない歴史が我が国に未だ蔓延っている現実ではなかろうか?? ( 私としては、これぞ我が国に於ける「恐怖伝説」と位置付けたい程だが。)


 もう一点私がバッシングしたいのは、自民党内でも「反安倍」の動きがあるのに何故有能な自民党議員達がそれを行動に移さないのか、との点だ。

 確かにこの5年間、自民党政権内での「党内野党」が何の実力も発揮していない。 と言うよりも、「党内野党」組織すら安倍独裁下で皆無状態だったのだろうか。
 ここに来て、少しばかり石破茂氏がその動きを見せているものの。 今回の選挙では石破氏も慎重論を唱え続けた。

 何故、自民党内がこれ程までに安倍晋三に迎合しているのかと言えば、その答えも簡単だ。 要するに、自身の議員生命が繋げるからに決まっている。
 それ程までに、国会議員との職業とは高収入にして美味しいのだろう。


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 我が意としては実に不本意ながらも、今回またもや安倍晋三氏操る自民党政権が大勝してしまった。
 その全責任は投票行動をした国民にあるのはもちろんなのだが、国民の大多数が弱者故にその選択をせざるを得ないのであろう現実を鑑みると、何も言えないのも本音だ。
 
 そうだとして上記朝日新聞記事内に記載がある通り、私としては今回議席を伸ばした野党「立憲民主党」の“力強い野党力”に是非とも期待申し上げたい!
 まさに緊張感ある国会論議により、安倍政権の暴走を止める役割を担う野党第一党「立憲民主党」の今後の活躍の程を、しかと見守りたいものだ。

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今回の衆院選で問われる軍事力行使に関する政治姿勢

2017年10月21日 | 時事論評
 冒頭より、2017.10.18朝日新聞夕刊 文芸・批評ページ「時事小言」 国際政治学者 藤原帰一氏による「この衆院選で問われているもの 『保守VS.革新」崩れても」 の記述の一部を、以下に要約して紹介しよう。


 そもそも今回の衆院選の意味が分からない。
 任期満了の解散ではない。 北朝鮮や税制についてもこれまでに日本政府のとってきた政策と異なる選択を問いかけるわけではない。 現政権への信任を問う選挙、それもいま解散すれば勝てそうだから衆院を解散した選挙である。
 新たに結成された希望の党もよくわからない。 現政権との違いはあるが、どこまでこの政党が「12のゼロ」にコミットしているのか心もとない。
 各党の主張を見る中で浮かび上がるのが、憲法への姿勢である。
 自民党 「憲法改正の原案を国会で提案・発議」
 希望の党 「憲法9条を含め憲法改正論議をすすめる」
 立憲民主党 「安保法制を前提とした憲法9条の改悪に反対」
 公明党 「平和安全法制」を認める点で立憲民主党と異なるが、憲法9条1項2項を堅持する点においては自民・希望とやや違いがある。
 憲法改正を支持する国会議員が、「安保法制は憲法の枠の中で安保条約との整合性を求め、紛争地域における平和構築への貢献も可能とするはずのものであるが、安保法制だけでは不十分、憲法改正が必要だ」と主張するのを聞いたこともある。
 国際政治を専門とする私(藤原氏ご自身)は、国際関係において軍事力の果たす役割は存在すると考える。 同盟と抑圧、さらに平和構築を軍事力抜きに考えることはできない。
 だが、憲法改正を求める政治家の主張は、平和主義の硬直を拒むあまり、軍事力の効果を過信しているのではないか。 攻撃すると脅せば相手が引っ込むとは限らない。 紛争における軍事力の効果を過大視すれば紛争を誘発し、拡大しかねない。
 憲法9条を擁護する政治家は、およそ二種類に分かれる。 第一は、憲法9条に基づく平和国家をつくる視点から、国際関係における軍事的関与を否定し日米同盟にも反対する立場。 もう一つは、国際関係において軍事力の果たす役割があることは認識し、日米同盟にも賛成するが、日本は軍事行動に慎重な政策を貫くべきであり、憲法はその慎重な姿勢を保つために重要な役割を果たしているという考えである。 前者が憲法の理想を支持しているとすれば、後者は憲法が権力に加える制約に期待するものである。   
 吉田茂首相の時代に生まれた、経済成長を優先する保守政党と護憲平和を求める野党諸党が織りなす戦後政治の構図は、現代世界と大きく異なる。 憲法を根拠に国際紛争への関与を拒むことは現実的でも正当でもない。 憲法9条に基づく平和国家という構想の中に国際危機への対応を読み込むことは私(藤原氏)は出来ない。 国際紛争から目をそらした日本だけの平和を求める意味も少ないだろう。 だが、保守対革新という構図の背景に、保守革新を通じて軍事力の行使には慎重な態度を共有する基本的な了解があったことは無視してはならない。
 そして、現在の国際関係ほど軍事力の行使に慎重な姿勢が必要な状況は少ない。 北朝鮮でもイラクでも戦争の可能性がかつてなく高まり、危機を戦争にエスカレートさせない判断力が必要だからだ。 合同練習によって抑止力を誇示したところで北朝鮮の行動を変えることは難しく、西側から先制攻撃を加えるリスクも高い。 軍事力の限界を知る人でなければ、この状況における外交を担うことはできない。 
 保守か革新か、安保か憲法かという伝統的な図式はすでに後退している。 軍事力の行使に慎重を求めるという戦後日本政治の基本的合意を壊してよいのか。 
 この選挙で問われているのはその点である。
 (以上、朝日新聞「時事小言」国際政治学 藤原帰一氏の記述を、原左都子が要約して紹介したもの。)


 原左都子の私見に入ろう。

 9月末頃に突然「衆院解散総選挙」を発表した当初、その張本人である安倍首相は突如として「消費税を10%に上げてその増税分を国民の皆さんの社会保障に充てる」、と今回の選挙の主柱らしき(私に言わせてもらえば、国債額膨大にして完全論理破綻の)声明を出した。 
 即座に野党がそれに反発し始めると、安倍首相は今度は論点を北朝鮮問題にすり替え、やたらに拉致被害者を表に出す作戦に出た後、決して消費税増税に触れなくなった。
 そして希望の党が自滅し始めた暁には、まんまと自公与党“棚ぼた”勝利を確信した様子で、今では既に安倍政権続投に向け平然と余裕を扱(こ)いている有様だ。

 そんな安倍首相から、アカデミックなレベルの「憲法論」を聞いたためしが一度も無い。
 ただただ改憲・安保法制定を自分勝手に強直に国民に押し付け、(他の主要国首長が誰一人として全面的に迎合しない)米国のトランプ大統領に迎合しつつ、「北朝鮮には断固として制裁を加え続ける!」とトランプ氏に従い明言し続けている。

 上記の藤原氏記述に賛同する私の視点からだが、安倍首相は何故、素人もどきに(大変失礼だが知能指数の程が疑われそうな)非アカデミックな発言を国民に平然と投げ続けるのだろう?
 一国の首相であるならば、時には過去の政治を振り返り先人政治家達の偉業の程を確認しその知恵を拝借したり、あるいは現役政治学者とまみえてその学術力を自身の政治活動の参考にする等々の努力をするべきだろうに…。


 最後に私論だが。

 この私は、既に「期日前投票」を済ませた。
 以前より当エッセイ集にて公開しているが、上記憲法・安保論議も含めた総合評価で私は枝野氏率いる「立憲民主党」へ貴重な一票を投じてきた。
 枝野氏の「憲法・安保」観に関しては、先週放送されたBSプライムニュースにて2時間たっぷり枝野氏の現時点での思考・政策の程を聞き、同意させて頂いている。

 明日(10月22日)選挙に行かれる国民の皆様にお願いしたい。
 今回の衆院選挙の最大論点は、上に藤原氏が記されている通り「軍事力の行使に慎重を求めるという戦後日本政治の基本合意を壊してよいのか?」であろうと私も考える。
 ただその文言が多少難しいと感じる場合であれ、とにかく棄権せず、ご自身が“一番マシ”と思える党や人物に貴重な一票を投じて欲しいものだ。 

 巨大台風ねえ。 どこまでも混乱する今回の衆院選だこと……。 

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独裁リーダーの安直な思考・采配とは所詮失敗に終わる

2017年10月12日 | 時事論評
 けだるい程に季節外れに蒸し暑く不快な本日の日和の中…… 

 外では、選挙カーのスピーカー音がうるさい。
 ただ今回の衆院選は、いつもの選挙戦程の騒がしさは無い。
 10月10日の衆院選公示後、我が家の近くにやって来た選挙カーは共産党と自民党のみだ。

 実は我が家は “あの” 「希望の党」若狭勝氏が出馬している選挙区なのだが、選挙前よりただの一度とて出馬の挨拶に来たためしがない。
 元々「希望の党」への批判を続けている私故に、まさかまかり間違っても若狭氏になど投票する訳もないが、それにしてもどうしたのだろう。 全国に出馬している「希望の党」党員の応援演説で多忙なのだろうか? 自分の選挙区を蔑ろにして自らが当選出来ると信じる程の余裕は無いはず、と私は予想しているのだが…。


 さて、話題を変えよう。

 今朝方、ネットにて興味深い情報を発見した。 以下にその情報の一部を要約して紹介しよう。

 読売新聞が10月7~8日に実施した調査で、衆院比例選の投票先は自民党の32%がトップとなり、前回9月28~29日の調査の34%から微減となった。 一方、自民党を脅かす存在として注目を集める小池東京都知事率いる希望の党は、19%から13%に低下した。 ポピュリスト的政策や、人気の源である小池氏自身が出馬しないことで、希望の党から支持が離れ始めていると海外メディアは見ている。
 希望の党失速の理由として各紙が上げるのが、小池氏自身が出馬しないとしたことだ。 フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は、小池氏は他党の離党者を引き入れ新党を結成したものの、自身の出馬はないとしたことで、党躍進のチャンスにダメージを与えてしまったようだと述べる。 野党への票が分散することで、結果的に小選挙区でも安倍首相を利することになるのではないかとしている。
 ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)は、男性ばかりの政界で這い上がってきた女性として小池氏を高く評価するものの、希望の党は同氏のアイデンティティと密接にリンクしていると指摘し、同氏が出馬しないのであれば、その戦いぶりを予測するのは難しいとした。 ロシアのスプートニクも、小池人気に支えられているのに、同氏が不出馬を宣言したことで、希望の党支持が急落したと述べている。
 実現性に乏しい政策も、支持者離れの原因ではないかとされている。 NYTは、小池氏は安全保障についてはタカ派で安倍首相の改憲への努力を支持しているが、自民党との差別化を図る必要があったと説明する。 公約には、反原発、消費増税凍結、企業団体献金ゼロ、受動喫煙ゼロ、待機児童ゼロなどが示されているが、筋の通った指導者的ビジョンを提示することなく、有権者の感情をベースにした、いいとこ取りになっているという専門家の批判を紹介している。
 ソーシャルメディアでは、小池氏の写真をカップ麺「緑のたぬき」の写真と加工したものが出回っており、たぬきのように化け上手で政治的に信用できず、口先ばかりだという見方もあるという(NYT)。
 FTは、アナリストたちは希望の党の公約には懐疑的だと述べる。 消費増税を遅らせたり、ベーシックインカム導入などが実行されたりすれば、財政政策はより緩くなりそうだが、どのように日銀の方向性を変えるかについての明確な提案が示されていないと指摘。 構造改革も提案されているが、経済の進路を変えることにはなりそうもないと述べている。
 NYTは、希望の党誕生で民進党が合流しようとしたが、小池氏が合流の条件を付けたことでリベラル派が立憲民主党を立ち上げたことに言及し、小池氏の新党結成表明が、政治的ドミノ倒しにつながったと述べる。 これを某教授は、日本の政治における、いまだかつてないレベルの混乱だと述べている。
 民進党に関する小池氏の戦略は、希望の党のイメージを悪くしたのではないかと述べる学者もいる。 小池氏はゾンビ化して終わりそうな民進党の難民を吟味し、自分の考えに賛成しないからという理由で多くを拒絶してしまった。 これが傲慢と不寛容と取られ、党のイメージを傷つけたと見ている。
 都政での小池氏のやり方への批判もある。 NYT紙は「自民党をブラックボックスと非難したわりには、自身が閉鎖的」という某氏のコメントを掲載し、約束された「開かれた都政」が実現していないとみるアナリストがいると述べる。 また、都民ファーストの会の議員2名が、小池氏は「独裁的」として離党したことなどを紹介している。
 結局各紙とも野党の躍進は難しいと見ており、キングストン氏は、この選挙での見どころは、改憲につながる3分の2の議席を自公が取れるかどうかだとしている(スプートニク)。
 (以上、ネット情報より一部を引用したもの。)


 ここのところ我がエッセイ集に於いて衆院選関連エッセイ公開が続いているが、それらのエッセイ内に、小池百合子氏に関する上記ネット情報同様及び類似の私論を既に述べて来ている。
 上記ネット情報内から今一度ピックアップして繰り返すならば。

 「希望の党は同氏のアイデンティティと密接にリンクしている」
 「実現性に乏しい政策も、支持者離れの原因」
 「公約には、反原発、消費増税凍結、企業団体献金ゼロ、受動喫煙ゼロ、待機児童ゼロなどが示されているが、筋の通った指導者的ビジョンを提示することなく、有権者の感情をベースにした、いいとこ取りになっている」
 「たぬきのように化け上手で政治的に信用できず、口先ばかり」
 「消費増税を遅らせたり、ベーシックインカム導入などが実行されたりすれば、財政政策はより緩くなりそうだというが、どのように日銀の方向性を変えるかについての明確な提案が示されていない。 構造改革も提案しているが、経済の進路を変えることにはなりそうもない」
 「希望の党誕生で民進党が合流しようとしたが、小池氏が合流の条件を付けたことでリベラル派が立憲民主党を立ち上げたことに言及し、小池氏の新党結成表明が政治的ドミノ倒しにつながった」
 「自民党をブラックボックスと非難したわりには、自身が閉鎖的」
 「約束の『開かれた都政』が実現していない」
 「都民ファーストの会の議員2名が、小池氏は“独裁的”として離党した」


 さて、本日(2017.10.12)付朝日新聞一面トップ記事によれば。
 「自民堅調 希望伸びず」とある。  
 朝日新聞衆院選情勢調査によれば、安倍政権のこの5年間の国民の評価が割れる中、(「希望の党」自爆的失墜騒動により)、結果として相対的に自民が優位に立つ状況が浮かびあがっている、との報道だ。

 
 最後に、原左都子の私論で締めくくろう。

 実に残念だ。 今回の選挙では、最低限「安倍政権」を潰したかった…

 ただ、(私自身は最初から一切期待していなかったが)小池百合子氏率いる「希望の党」を一度は支持せんとした国民にも大いなる落ち度があろう。 もっと小池氏との人物が何をやらんとしているのか、少なくとも都議会選挙あたりから国民(都民)一人一人に虎視眈々と観察して欲しかったものだ。

 あるいは野党各党が、当初よりあまりにも存在感が無さ過ぎた責任も大きいだろう。
 民進党はもっと早期に分裂しておくべきだった。  にもかかわらず、「希望の党」率いる小池氏から「全員を受け入れる気はさらさらない!」と直言された後にやっと党内が動揺し始め、分裂劇に至ったのも他力本願この上ない。
 せめても私にとっては、その直後に枝野氏が「立憲民主党」を立ち上げ、現在力強く選挙戦に臨んでいるのが救いであるものの。

 表題に戻って、「希望の党」党首の小池さん。
 上記諸外国メディアにまで取り上げられる人物になっている事実を、貴方自身は如何に感じているのだろう。
 「自分の名前さえメディアに取り上げられれば有名になれる!」なる思想とは、まるで10代女子がAKBにでも入らんとする“茶目っ気”と同レベルだ。
 その“茶目っ気”は、都知事選と都議会選にて終了にしませんか?、小池さん。 
 今後尚政治家としての生命を繋げたいのならば、「東京都知事」として残り3年の任期を精一杯まっとうするのが貴方の真の使命と、私は今一度指南申し上げたいのだが……

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Amazonプライム会員登録の自動更新、一種の詐欺行為では?

2017年10月07日 | 時事論評
 昨日朝方より、久々の片頭痛に悩まされている。
 耳後ろ当たりの後頭部右側付近に、まるで除夜の鐘のごとく「ガ~~~~ン!」と鋭い痛みが不定期に襲い掛かる。
 この症状は今回が初めての経験ではなく我が持病とも言えるのだが、何らかの強いストレスやショック心理状態が発生した直後に今までに数回発症している。
 薬嫌いで名を轟かせているこの私ですら、その不定期に発生する痛みに耐え切れず、昨夜から市販の頭痛薬の世話になっている始末だ。


 今回の片頭痛 「ガ~~~~ン!」 の発生原因は既に自己分析済みだ。

 一昨日(10月5日)夜のことだが。
 パソコンにてメール着信をチェックしていたところ、楽天カード会社より「速報版楽天カードお知らせメール」が届いていた。
 早速開封してみると、「10月4日に楽天カードにて¥3.900-のご利用がありました」との内容だ。 速報版のため、買い物内容の詳細は一切不明状態。 
 (ちょっと待ってくれよ。 10月4日と言えば昨日だが、多忙な1日を送りネット通販で買物をする時間的余裕など皆無だった。 あるいはもっと以前にネット通販にて楽天カードを利用したのが、昨日の決済となったのか? そういうことはままある。 あっ、そうだ。もしかしたら7月にエントリーした11月出場ロードレース会費が今頃になって楽天カード決済したのかもしれないし…。)
 等々と頭を巡らしつつ、「楽天カード購入履歴」を精査したのだが、ロードレース会費はとっくの昔の8月に既に決済されている。 しかも会費金額が少し異なる。

 
 その時我が脳裏に一つ浮かんだのは、家族会員(娘がそれにあたるが)が使用したのではないか? との事実だ。
 ところがサリバン(私の事だが)の指導教育が徹底している我が娘が、私に無断で家族カードを使用した前歴など一度たりとてない。 加えて娘が社会人として就業した暁には、自分から率先して自分専用のカードを作成し、もっぱらそれを利用している様子だ。
 それでも娘が今夜帰宅したら一応娘に「家族会員カード」利用の実態を確認しようと思うのだが、その行為が娘を傷つけることになりやしないか、と親として大いに気をもむ。
 そして、娘が帰宅した! 聞きにくい事をサリバン母として娘に問いただすのに、本気で当エッセイ集にて毒舌を吐く100倍の勇気がいった! 
 「まさかとは思うけど…」とあえて鬼母になり、か弱き娘に対峙せねばならない……
 ところが、我が娘の寛容さにこちらが助けられた。  「私は使用していないけど、私もカードを利用していてそんな経験があったよ。 後に確認したら、大したことはなかったのだけど」とアドバイスしてくれるではないか。
 その日は既に夜が遅くなり、娘に無実の罪を問うたサリバンである自分の至らなさに悶々としつつも、この課題を次の日に引き伸ばし眠れぬ夜を過ごした。


 そして、早朝から発生したのが我が持病の片頭痛だ。
 ただ、片頭痛になど負けてはいられない。 無実の罪を娘に問うた責任からも、この事件の真相を解明せねば!

 次の日の朝、片頭痛を抱えつつ今一度 「楽天カード 速報版お知らせメール」を熟読すると。
 その下部に「ご利用覚えのない請求に関して」なる記載があった。 早速それをクリックしてみた。
 そうしたところ、比較的上部に以下の記述があったのだ!

 「Amazonプライム」会員(対象商品のお急ぎ便無料、お届け日時指定便が無料などのサービス)の年会費の可能性がございます。 無料体験または1年間の有料期間が終わると、有料Amazonプライム会員に自動更新されます。  (以上、楽天カード会社の記載から引用したもの。)

 そうだ、これだ! とすぐさま気付いた私は、早速Amazonの我がページを検索した。
 確かに、私がAmazon「プライム会員」となっているではないか!
 たかが1ヶ月間のみ「無料会員」として登録したのみだったのに、何故か1か月後には「プライム正会員」として年会費を楽天カードから徴収されようとしている始末!
 (これを「詐欺」と言わずして何という?!?)と顧客がアマゾンを訴えたい気になるのも必然ではなかろうか?!?

 Amazon社に申し上げたいのだが。
 それを強行する前に最低限「無料期間」が終わらんとする時期に顧客に1本メールを入れ、「まもなく無料期間が終了するが、このまま放置しておけば自動的に有料プライム会員へ移行する。 その意思が無いならばこのメールにてその旨伝えよ」等々伝達する等の改善策を要するのではあるまいか。 それをせずして無断で顧客の登録クレジットカードよりプライム会費を引き落とす行為とは、もはや人道的範疇を超越し悪質と言えるのではなかろうか。

 私など、日々パソコンを覗く人種であるから今回の事態が早期に発覚したが、これがそうではない場合、そのままその顧客は「Amazonプライム会員」としてずっと年会費を回収される運命にあったのだろう。

 その行為とは、今現在の世論の認識に於いて「詐欺行為」に近いと表現可能ではあるまいか? 
 Amazon社がそうではないと反論するのならば、即刻、無料プライム会員募集自体を停止するべきかもしれない。

 この原左都子ですら騙されそうになり、そのストレスから現在なお片頭痛を患っているのだから…

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選挙に行って “少しはマシ” と自分が思える党に一票を入れよう!

2017年10月05日 | 時事論評
 しつこくも、衆院選挙関連エッセイが続くが。


 今回は、朝日新聞「文芸・批評」“終わりと始まり”  作家 池澤夏樹氏による「絶望の一歩手前で それでも愚直に選ぶ」と題する記述の一部を、以下に要約して紹介しよう。

 この数年、安倍晋三という人の印象はただただ喋るということだった。 対話ではなく、議論でもなく、一方的な流出。 安倍晋三は主題Aについて問われてもそれを無視して主題Bのことを延々と話す。 弁証法になっていないからアウフヘーベンもない。
 これは現代の政治にまつわる矛盾の体現かもしれない。 資本主義と民主主義という二つの原理の間にどうしようもない矛盾がある。 民主主義は権利や富が万民にいきわたる事を目指す。 資本主義は友の集中と蓄積を旨とする。 ベクトルが逆だ。 
 現政権の面々はほとんどが富裕層の出身である。 有権者の九割九分は富裕層ではないのに、なぜ彼らに票を入れるのだろう。
 選挙前、彼らは貧困層に厚く配分するとは言わず、景気がよくなったらみんなに行き渡るからと言う。 時分は景気をよくする秘訣を知っていると操り返す。 これはカジノの原理だ。
 政権の座に就くと後はひたすら喋ってごまかす。 もう少しもう少しと先送りする。 よくぞまあそれが5年も続いたと思うし、その間に憲法は蔑ろにされ、反民主主義的な悪法が多く成立してしまった。 悔しい限りだ。
 加計と森友で追い詰められて一方的に解散。 その上で国難とよくも言ってくれたものだ。 「今日はミサイルが降る」というのならば、すべての原発からすぐに核燃料を搬出し、秘密裏にどこかに隠しなさい。 原発は通常ミサイルを核ミサイルに変える施設なのだから。
 野党の方はただただ情けない。 普通の人は安倍晋三のようにペラペラは喋れないとしても、求心力のある人物が一人もいなかったのはなぜか。
 野党の無力と与党の制度疲労の隙間から小池百合子氏がむくむくと頭をもたげた。 一党独裁の停滞期から変動期に入ったように見えるが、彼女の「日本をリセット」と安倍晋三の「日本を取り戻す」」は無意味という点では同じ。 カジノが劇場に変わったのだが、派手な演技で人目を引こうとする役者はいても、この国が今抱えている問題に対する答えはどこにもない。 
 希望の党は民進党からの移籍者を選別するという。 合併ではなく併合なのだから当然で、入れてもらえないと知ってうろたえる方がおかしい。 もう一つ新党を作ってはどうかと考えたところ、届いた夕刊に枝野幸男が「立憲民主党」を作るとあった。 主義主張はいいとして、小選挙区のもと、また死に票が増える。
 政治は必要である。 どんなに質の悪い政治でも無しでは済まされない。 アベノミクスが嘘で固めた経済がこの先どこまで落ちてゆくか、見届けるためにも少しはましな政府が要る。
 選挙の原理は、この「少しはまし」ということに尽きるだろう。 理想の候補はいないとしても、誰かの名を書いて投票しなければならない。
 我々には、愚直な一人一票しかない。 それならば、絶望の一歩手前で踏みとどまって、まずはこの権利を行使しよう。
 (以上、朝日新聞2017.10.4 夕刊記事より池澤夏樹氏による記述を要約引用したもの。)


 一旦私見だが、上記池澤夏樹氏による記述論点に95%賛同する。 
 特に安倍晋三氏と小池百合子氏に関する記載には、100%同意申し上げる!

 残りの5%に関してだが、氏による「死に票」の記載が少し気にかかる。
 確かに池澤氏が記載されている内容が正論である事には間違いないし、私個人的には賛同申し上げたく思う。
 結局、選挙に於いて票が取れそうもない政党や候補者に貴重な一票を投じるとの行動とは、わざわざ選挙に「死に票」を入れに無駄足を運ぶとの結末となるであろう事実も、私は重々把握している。

 思い起こすに我が過去の選挙行動とは、そのほとんどが「死に票」を入れるためにわざわざ投票場へ出かけたようなものかもしれない。 (元々天邪鬼気質の私が)支持した政党や候補者が勝利した試しがない程に、我が票は「死に票」に終わっている。
 それでも何故選挙に出かけるのか。 それはおそらく我が支持政党や候補者が後々躍進する事もあり(そうでない場合が多いが…)、それを見て(ほら、見た事か!)とずっと後に我が選択が実ったとの勝利感が得られることがあるのも一つの理由だ。

 その意味では、長い目で捉えると常に流れゆく政権変動模様の現実に於いて、「死に票」なる言葉とは庶民選挙民にとって、投票率を下げてしまう元凶であるのかもしれない。
 視点を変えれば、将来展望に於いて「死に票」も「有効票」へと変遷可能な場合もあると言えないだろうか。 
 

 最後に私論でまとめよう。

 現在のメディア報道や世論を鑑みるに、今回の衆院選は、「自民」 対 「希望の党等の保守系」 対 「立憲民主党らリベラル系」 の 三部図式との展開でまとまりそうだ。

 国民の皆さん、如何でしょう。
 自分が支持したい政党や会派がなくとて、現在の上記 “安易な構図” の中のどれかに賛同できそうならば、特に「無党派層」の皆さんも「死に票」覚悟で選挙に行かれてはどうでしょうか! 

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民進党分裂劇、私は「立憲民主党」を支持する

2017年10月03日 | 時事論評
 選挙民の皆さん、よーく考えてみよう。
 未だ何ら実績の欠片もない「希望の党」で出馬したがっている政治家達とは、一体如何なる根拠の下に小池氏の“バブル力”を信じるのだろう?

 小池氏の子分である政治家歴の短い若狭氏は、「次の次くらいの選挙で『希望の党』が大勝して、小池氏が総理大臣になる!」、とメディアを通じて豪語した。
 この発言が国民の混乱を呼び、結果として小池氏の足を引っ張る形となり、ついに小池氏は、「私は(今回の)国政には100%立候補しない!」と発言させられる始末。 ならば今回は「希望の党」代表にしゃしゃり出るべきではなかったのに、都政を放り投げ日々メディアを通し「希望の党」の宣伝活動に邁進している。


 そんな小池氏に関するネット情報の一部を以下に紹介しよう。
 寒露の候を迎える10月だが、10.22衆院選に向けた"小池狂騒曲"の熱気は冷める気配がない。「国難突破解散」を仕掛けた安倍晋三首相を押しのけて選挙の主役に躍り出た小池百合子東京都知事の一挙手一投足に、候補者はもとよりメディアや有権者まで一喜一憂するという異様な状況だからだ。
 テレビは連日、小池氏の衆院選出馬について「出る」「出ない」の憶測情報を垂れ流し、肝心の政策論争は「刺身のつま」にもなっていない。 国の未来を決める国政選挙が、小池氏という「稀代の勝負師」の"独り舞台"と化している現状では、国民の間に「希望」より「虚しさ」が広がるばかりだ。
 衆院選の構図を一変させ、選挙のテーマに「政権選択」を押し上げたのは、「日本をリセットする」と叫んで小池氏が立ち上げた「希望の党」の参戦だ。 自民・公明両党による巨大与党と対峙するはずだった民進党が「できたてのベンチャー新党」(自民幹部)に身売りするという「仰天の事態」(民進党リベラル派)に小池狂騒曲の音響は極限に達した。
 虚を突いたはずの冒頭解散が、「窮鼠猫を噛む」ような民進党の捨て身の逆襲につながったのは、首相にとっての「大誤算」。 解散直後の街頭演説で「ブームの先には希望はない」とこぶしを振り上げる首相にも焦りの色が隠せない。
 投票までわずか3週間。 本来なら各党各勢力が陣立てを整え、選挙公約を掲げて政治姿勢や政策を競い合っているはずだが、政界を含め世の中の関心が小池氏の衆院選出馬の可否に集中している。一方で、政権交代を狙うという希望の党は、民進党系立候補予定者の「選別」で早くも内輪もめを演じており、公認候補の全容もまだ判然としない。
 政界や有権者の間でも、小池氏が都知事をやめて選挙に打って出ることへの是非や賛否は真っ二つだ。マスコミの世論調査では「都知事をやめるのは無責任」との声が多数派だが、その一方で、希望の党への期待の高さは小池氏出馬が前提となっている。 もちろん、希望の党の公認を目指す前議員や新人候補の多くは、「小池さんが出てくれないと風が吹かない」(民進党前議員)と口を揃える。
 これに対し、与党からも「小池出馬論」が相次ぐ。 首相とともに「選挙戦の顔」となる小泉進次郎自民党筆頭副幹事長も、「運動靴とヒールを使い分けるのではなく、分かりやすく1つの靴を履いていただきたい」と挑発した。「出馬すれば『都政放り出し』、出なければ『敵前逃亡』と攻撃する」(自民選対)という逆襲戦略を念頭に置く対応だが、与党幹部たちには「本当に出られたら困る」という本音も隠せない。
  (中略)
 今年の漢字は「希」で流行語大賞は「希望」?
 小池劇場の副産物として年末恒例の流行語大賞には本命視されてきた「忖度」に「希望」が並ぶことになりそうだ。 しかし「ブームがすたれば国民の熱気も冷め、スターも表舞台から去る」のが政界の常。
 「希望という名のあなたをたずねて 遠い国へとまた汽車にのる」…。 東大闘争やあさま山荘事件で揺れた半世紀近く前の1970年ごろに大ヒットした「希望」の歌い出し。 続くサビは「けれど私が大人になった日に だまってどこかに立ち去ったあなた」だ。 大衆受けを狙った耳に心地よい政策や、わかりやすいキャッチフレーズの陰で、政界特有の"裏切りの連鎖"が続く今回選挙戦に有権者がどう反応するのかは、まさにふたを開けるまで分からない。
 (以上、ネット情報より一部を引用。)


 さて、話題を変えよう。
 そのような「希望の党」小池代表が10月の国政に立候補するかしないかの巷の憶測の中、小池氏に「100%立候補しない!」と言わしめたのは、間違いなく民進党の分裂劇、及び新党「立憲民主党」の設立だったことは間違いないだろう。

 以下に、枝野氏率いる「立憲民主党」に関するネット情報を紹介しよう。

 民進党の枝野幸男代表代行は10月2日、東京都内のホテルで記者会見し、新党「立憲民主党」を結成し、自身が代表に就くと表明した。 希望の党の小池百合子代表が民進党からの合流に「排除」の方針で臨み、公認を得られない立候補予定者の受け皿となる。 民進リベラル系が参加し、安倍政権に反対する市民と連携し、共産党などとの野党共闘路線の再構築を目指す。
 民進党は、希望の党への合流、立憲民主党への参加、無所属に3分裂した。 希望の党は、立憲民主党が候補者を擁立する選挙区に対立候補を立てる方針。 10日公示、22日投開票の衆院選は、「自民・公明」「民進合流組を含む希望の党・維新」「立憲民主党や共産などの野党共闘勢力」の三つどもえの構図となることがほぼ固まった。
 枝野氏は記者会見で、前原誠司代表が合流を図った希望の党について、「前原氏が(民進党の)理念・政策を新しい器の中で実現していくとしたが、方向が違うと判断せざるを得ない」と表明。 安全保障法制の容認などで「踏み絵」を迫る小池氏と歩調を合わせられないことを強調した。
 そのうえで、「安倍政権の暴走に歯止めをかける大きな役割を果たす」と主張。 憲法9条に自衛隊を明記する改憲案は「安保法の違憲部分の追認になる」、2019年10月の消費税10%の増税は「現下の経済情勢では国民の理解を得られない」と反対する考えを示した。 また、「一日も早く原発ゼロを実現していく」とも訴えた。
 会見に先立ち、枝野氏は2日、連合の神津里季生(こうづりきお)会長と会談し、支援を依頼。 「理解、賛同を頂けたと思っている」と語った。 枝野氏は安倍政権に反対する市民と幅広く連携する考えも強調。共産や社民党は枝野新党の結党を歓迎し、衆院選での共闘を模索する方向だ。
 枝野氏らは2日に離党届を出し、3日に新党結成を総務省に届け出る。新党には菅直人元首相、赤松広隆元衆院副議長、長妻昭元厚生労働相ら前職7人が参加する意向を示したほか、民進で公認内定し、希望の党の公認が受けられない議員からも参加者が増える見込みだ。
 一方、野田佳彦元首相、岡田克也元代表、安住淳元財務相、江田憲司・前代表代行らは無所属で立候補する意向を表明した。
 以上、ネット情報より一部を引用したもの。)


 最後に私論で締めくくろう。

 民進党はもっと早期に分裂するべきだった。
 それが遅すぎたがばかりに、9月初頭の前原代表就任直後から大混乱が続いた。
 その野党の混乱等々を好機と見た安倍首相の“我が身息災”魂胆による突然の衆院解散総選挙に巻き込まれ、ついには前原代表が選挙に向け「希望の党」に迎合する始末。
 小池氏より「民進党の皆を受け入れる気はさらさらなく、党の政策に沿う人物を厳選する」なる、党の政策詳細を未だ発表していない立場にして身の程知らずの“上から目線”屈辱的発言への反発から、民進党は急激に分裂に向けて動いた。

 そして昨日リベラル派の枝野氏が連合会長の元へ急ぎ、民進党分裂後、新党結成する旨を伝え支援を依頼した。 その早業をテレビ報道にて見守っていた私だが、さすが行動派の枝野氏の手際の良さに感銘を受けた次第だ。

 お陰を持って、来る10月22日衆院選の我が投票先が決定した。
 さあ選挙当日には、貴重な一票を投じに行こう! 

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安倍政権は潰したいが、「希望の党」は一体何様のつもりだ!?

2017年09月30日 | 時事論評
 野党もそこまでハチャメチャやるならば、今回の選挙では何が何でも安倍政権を潰そうではないか!
 とにかく今ここで是が非でも独裁安倍政権を潰さねば、世を変革出来ないことは私も認識している。

 それにしても10月の衆院選は、子どもも呆れ果てる低レベルの “でたらめ総選挙” となる事は間違いないだろう。

 
 昨夜、BSフジにて20時から放送された「プライムニュース 民進・希望“合流か” 与野党が政策論戦……」を視聴した。
 「希望の党」からは(他に誰もいない故に当然だろうが)若狭勝氏が出演していたのだが、この若狭氏の発言内容の一部に私は向っ腹が立った。
 議論の本筋から外れるかもしれないが、その若狭氏の発言とは自分が「検事だ」と殊更繰り返したことだ。 
 私見だが、何言ってるんだ!?  あんた、今は国会議員だろ? 何でこの場で「検事」の言葉を幾度も持ち出して、自己をプラス評価しようとしているんだ! 何ですって、自分は検事だったから人の心と向き合える?(表現が正確でない場合お詫びするが) 今ここであなたが強調するべきは「希望の党」の政策論だろうに。 こんな場で「検事」「検事」と威張るなよ!
 そもそもあなたって、都知事選時期から何故か小池百合子候補に“金魚のウンチ”のごとくくっついて、小池氏を支援する活動しかしていないんじゃないの? (確かに小池氏って、自身に学歴が無いに等しい故か、他人の経歴や肩書を好むタイプだよねえ。「都民ファーストの会」とて候補者本人の政治家としての資質よりも経歴肩書き及び所持金を優先して擁立したようだし。 おそらく小池氏にとっては若狭氏の「検事」経歴肩書きが魅力的だった事だろう。) その後もあなたが国会議員としての諸活動にどれ程勢力を注ぎ込んだのかに関する情報が何ら無く、相も変わらず今度は都議会選挙の際に「都民ファーストの会」勝利に向けた支援に全力を尽くしたよねえ。
 そんな若狭氏にとっての現在の「売り」は、確かに「検事」の肩書しか無いのかもしれないが。

 「希望の会」代表に就任した東京都知事である小池氏が民進党と合流するにあたり、「全員受け入れる気は“さらさらない”」とも豪語している。
 まあ、選挙などそもそもパフォーマンス勝負だから、野党を背負って出ようとしている身でそれくらい強気で豪語しない事には、庶民に分かりにくく支持されない事を読んだ発言であることも見え見えだが。

 私論だが、それにしても小池氏が「希望の党」代表に君臨したのならば、即刻都知事は辞任して国政選挙に立候補するべきだ。 現在開催中の「都議会」終了後に都知事を辞任するとの噂もあるが、そんな小細工をしていないで、将来総理大臣にならんと狙っているのなら今すぐに都知事を辞任するべきだろう。
 そうだとして、結果は分からないよ~~。 結局、都政も国政も捨てる羽目になり、小池氏は政治家引退の運命にもありそうだし。 それを避けるために「都知事」を“保険”として取っておくのはやめようね。


 さて、今朝みたネット情報を以下に要約して紹介しよう。

 民進党内で憲法改正などに反対してきたリベラル派議員と支持者らに、動揺が広がっている。 同党が合流を目指す「希望の党」が、政策が一致しなければ公認しないとの方針を打ち出したからだ。 希望代表の小池百合子東京都知事が排除と絞り込みを強調する中、支持者からは希望入りへの賛否両論の声も上がっており、“踏み絵”を迫られたリベラル派議員らの決断が注目される。 (中略)
 希望の細野豪志元環境相は公認に関し、「安保法制白紙撤回を言い続ける人は考え方として厳しい」との見解を示している。
 かつて民主党政権で厚労相も務めた長妻昭氏(57)=東京7区=も、去就が注目される一人。「ミスター年金」の異名を取り、近年も安保問題では、報道番組で「あくまでも個別的自衛権の範囲内で法整備を急ぐべきだ」との考え方を示してきた。  中野区にある地元事務所にはこの日、「民進党」の名前が入ったポスターなどが積み上げられていたが、どのような立場で衆院選に臨むのか足場は固まっていない。 事務所関係者は「国政報告会なども予定しているが、有権者にどう説明するのかわからない」と言葉少なに語る。
 民進党幹事長代行の辻元清美氏(57)=大阪10区=は、さらに厳しい状況に追い込まれている。 27年7月の衆院平和安全法制特別委で、安保関連法案の採決に激しく抵抗し、「お願いだからやめて!」と涙声で詰め寄ったのが辻元氏だった。 参院の採決でも、ハチマキ姿で傍聴席に登場。 衛視に注意された“筋金入り”の反対派だ。  衆院解散から一夜明けたこの日、大阪府高槻市の地元事務所に辻元氏の姿はなく、スタッフ数人が選挙に備えて模様替えを進めていた。秘書によると、辻元氏のスケジュールは週末まで全てキャンセルされ、事務所でも動きを把握していないという。
 一方、護憲派の論客で、希望への合流を決めた前原誠司代表と9月1日の民進党代表選で争った枝野幸男氏(53)=埼玉5区=は29日、地元・さいたま市内で行った街頭演説後、記者団に「党の公式見解に沿う」とだけ語り、具体的な身の振り方については口を閉ざした。 枝野氏に近い県議や市議なども、本人を気遣ってか言葉が少ない。同市内で同日に開かれた同党埼玉県連の常任幹事会でも重苦しい空気が漂った。会議後、姿を現した枝野氏は「コメントしない」と厳しい表情で話し、会場を後にした。  支持者らの声も分かれている。同市見沼区の主婦(71)は「政策を曲げずに無所属でも頑張ってほしい」。同市大宮区の無職男性(75)は「政権交代のために少しでも希望の党の議席を増やしてほしい」と話していた。
 (以上、ネット情報より一部を要約引用したもの。)

 一旦、原左都子の私見だが。

 上記ネット情報内にある、枝野幸男氏の政治家としての姿勢を好意的に捉えている私だ。
 事の初めは、民主党が自民党より政権を奪い取った直後期、鳩山政権時代の事だ。 そもそもあの選挙は小沢氏が(まるで今回の「希望の党」のごとく)小沢ガールズの数をかき集めとにかく票を取る作戦に出た故に勝利したようなものだ。 その小沢氏(及びそれにくっついていた鳩山氏)の民主党内でのマイナス影響力を断ち切らんと、枝野氏が単身で小沢氏批判の街頭演説を実施した。 あの勇気ある映像を見て、私は初めて枝野氏との民主党政治家の存在を知った。 その後も菅政権時代の官房長官として、東日本大震災勃発時に夜も寝ずにメディア対応していた姿も印象的だ。


 最後に、原左都子の結論で締めくくろう。

 表題の通り、10月の選挙では是が非でも安倍政権を潰したい。
 そのためには「希望の党」を筆頭に、ハチャメチャ野党が死に物狂いでそれを実行するのもやむを得ないとも考える。

 ただそれにより有能な野党政治家を失う事実が、今後の政治界にとって一番の損失・痛手かとも思うのだ。
 どうか「希望の党」から「受け入れる気はさらさらない」と拒否・却下された有能な野党政治家氏達には、是非とも無所属にて出馬し正々堂々と選挙戦を闘って欲しいものだ。

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