高台寺に来ました。

高台寺は、豊臣秀吉の夫人 北政所高台院湖月尼(ねね)が
1605年(慶長10)に創建した寺です。
1598年(慶長3)に死去し、ほど近い阿弥陀ヶ峰に葬られた
秀吉の菩提を弔う意味も込められていました。

ゆるやかな石段を登っていきます。

【 高台寺の鐘 】

【 遺芳庵 】
灰屋詔益と吉野太夫との好みの茶席であり、
鬼瓦席と共に高台寺を代表する茶席として知られています。

池に掛かる橋の途中に観月するための建物【観月台】<重要文化財>
庭には、ピンク色の百日紅の花が咲いていました。


【 開山堂 】 <重要文化財>
高台寺第一世の住持 三江詔益禅師を祀る塔所です。
左右の壇上には木下家定(ねねの兄)、雲照院(家定の妻)等の
像も安置されています。
礼堂部中央の彩色天井には北政所の御所車の天井
前方の格子天井には秀吉が使った御船の天井が用いられています。
高台寺は、臨済宗建仁寺派の寺院ですが
はじめは曹洞宗だったとの説明書きが開山堂でされていました。
三江詔益禅師を祀られている開山堂の真ん中は、奥行きがかなりあり
途中に具足がありました。
建物の天井・柱には、彩色された文様が薄れてきていましたが
それがまた味わい深く感じました。

【 臥龍廊 】(がりゅうろう)
開山堂と霊屋を結ぶ階段で、龍の背に似ているところから
臥龍廊と名付けられました。


【 霊屋 (おたまや) 】 <重要文化財>
中央 本尊・随求菩薩 (すいぐぼさつ)
右側に秀吉
左側に、インドの礼法にのっとる胡跪(こき)という
右ひざを立てた姿をした北政所
外から見せて頂くのですが、
内陣の手前でガラス張りになっているようで
晴れていると反射してよく見えませんでした。
「厨子や須弥壇に施されているのは
飾り金具なのか、有名なこれが高台寺蒔絵なのか?」と思って
目を慣らして見ていると係の方が「高台寺蒔絵です。」と教えてくださいました。
北政所が、下で眠っておられるとか。
北政所の厨子は、表裏の文様は同じですが
秀吉の厨子は表裏違う文様だそうです。
像の背景は、狩野永徳筆と伝えられています。
「高台寺蒔絵」は、桃山期の漆工芸の代表とされています。
正面須弥壇には楽器尽くし、階段には花筏が描かれ
他にもさまざまな植物文様が施されています。
高台寺蒔絵といえば、今まで展覧会などで見てきたものは
文様も大きく金の色もはっきりしていると思っていました。
厨子に文様がいっぱい描かれてはいますが
金の色は抑え気味に見えました。
時が経っての色なのかもしれませんが、こちらの方が味があるように思います。

【 霊屋からの臥龍廊 】
高台寺の拝観日記、つづく・・・
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■ 高台寺 公式サイト ≫
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【蓮台付タレカブラ 具足 】 商品ページ →
http://www.e-horindo.com/butugu/archives/cat520/post-192.html
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高台寺は、豊臣秀吉の夫人 北政所高台院湖月尼(ねね)が
1605年(慶長10)に創建した寺です。
1598年(慶長3)に死去し、ほど近い阿弥陀ヶ峰に葬られた
秀吉の菩提を弔う意味も込められていました。

ゆるやかな石段を登っていきます。

【 高台寺の鐘 】

【 遺芳庵 】
灰屋詔益と吉野太夫との好みの茶席であり、
鬼瓦席と共に高台寺を代表する茶席として知られています。

池に掛かる橋の途中に観月するための建物【観月台】<重要文化財>
庭には、ピンク色の百日紅の花が咲いていました。


【 開山堂 】 <重要文化財>
高台寺第一世の住持 三江詔益禅師を祀る塔所です。
左右の壇上には木下家定(ねねの兄)、雲照院(家定の妻)等の
像も安置されています。
礼堂部中央の彩色天井には北政所の御所車の天井
前方の格子天井には秀吉が使った御船の天井が用いられています。
高台寺は、臨済宗建仁寺派の寺院ですが
はじめは曹洞宗だったとの説明書きが開山堂でされていました。
三江詔益禅師を祀られている開山堂の真ん中は、奥行きがかなりあり
途中に具足がありました。
建物の天井・柱には、彩色された文様が薄れてきていましたが
それがまた味わい深く感じました。

【 臥龍廊 】(がりゅうろう)
開山堂と霊屋を結ぶ階段で、龍の背に似ているところから
臥龍廊と名付けられました。


【 霊屋 (おたまや) 】 <重要文化財>
中央 本尊・随求菩薩 (すいぐぼさつ)
右側に秀吉
左側に、インドの礼法にのっとる胡跪(こき)という
右ひざを立てた姿をした北政所
外から見せて頂くのですが、
内陣の手前でガラス張りになっているようで
晴れていると反射してよく見えませんでした。
「厨子や須弥壇に施されているのは
飾り金具なのか、有名なこれが高台寺蒔絵なのか?」と思って
目を慣らして見ていると係の方が「高台寺蒔絵です。」と教えてくださいました。
北政所が、下で眠っておられるとか。
北政所の厨子は、表裏の文様は同じですが
秀吉の厨子は表裏違う文様だそうです。
像の背景は、狩野永徳筆と伝えられています。
「高台寺蒔絵」は、桃山期の漆工芸の代表とされています。
正面須弥壇には楽器尽くし、階段には花筏が描かれ
他にもさまざまな植物文様が施されています。
高台寺蒔絵といえば、今まで展覧会などで見てきたものは
文様も大きく金の色もはっきりしていると思っていました。
厨子に文様がいっぱい描かれてはいますが
金の色は抑え気味に見えました。
時が経っての色なのかもしれませんが、こちらの方が味があるように思います。

【 霊屋からの臥龍廊 】
高台寺の拝観日記、つづく・・・
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■ 高台寺 公式サイト ≫
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