こんなものを... ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

日々出会ういろいろな「もの」について、書き残します。
(旧ワンコイン競馬予想)

「沈」

2011年12月31日 00時00分30秒 | その他
年末恒例の、今年の1字は「絆」だった。
希望がないと、人は前には進めない。
コミュニティの崩壊が進む中で起きた未曾有の天変地異は、人と人のつながりの重要性をあらためて教えてくれた。
日本の市井の多くの人達、そして手を差し延べてくれた世界の人達にとっては、まさに「絆」を実感した年だっただろう。

でも、私は個人的には、今年の一文字は「沈」が適切だったと思う。
この字は、日本沈没、の「沈」である。
私は'11年という年は、日本にとっても、世界にとっても、数年、数十年後に振り返った時、おそらくターニングポイントだったとなるのではないかと思っている。
いや、正確には危惧している。



巨大な地震と津波の前では、神も仏もなかった。多くの動植物が、環境適応のために進化を続けているのに比して、人だけが自然との共生を拒み、自然を変えよう、コントロールしようと試みる。
愚かな行為は、当然のようにしっぺ返しを受ける。
地球と言う環境の中では、善人も、悪人も、富める者も、貧しき者も同じであり、その扱いは無慈悲でも何でもない。
いや多分、ミジンコも人も同じなのだ、地球という器の中では。


自然現象は、それがどんなに大きくても一時的な事象がほとんどだ。
自然の驚異を受けたとしても、人も共生を目指すのなら、それを受け止めて何度でも立ち上がることが恐らくはできるだろう。
でも、日本で今も続く悲惨で、先の見えないこの状況を作り出したのは、決して自然ではない。
地震は発端で、今も続くこの状況は、本当にコントロールできないものをコントロールできると過信した結果の人災に他ならない。


それでも、起きたことはしょうがない。
反省して、対処すればいいのだから。
ただ、その後の日本は、悪い方向に梶を切った、と言えないか?
(正確には、わかっているのによい方向に舵を切れなかった、が正しいのかも。)



少し前に倉本聰氏がインタビューの中で、こんな発言をしていた。

「自然を制御できるなんて思い上がりですよ。
なぜ、経済って、こんなに偉くなっちゃったんですかね。
日本は確かに経済大国になった。
でも、日本というスーパーカーに付け忘れた装置が一つあると思う。
ブレーキとバックギアですよ。
みんながブレーキをかけることを恐れ、バックは絶対にしないと考えている。
前年比プラスと、ひたすらゴールのないマラソンを突き進んでいる。」


唯一の被爆国が、放射能をまき散らすと言うのは、どういうことなのだろう。
行政と企業がヤラセまでやって、コントロールできないものを、こんな状況になっても(国内のみならず海外へも)進めていくのは、何を最優先しているからなのか。


私は以前にも増して、食べるものや、行く場所を、自分のできる限りの中で選んで生活している。
数ヶ月も経って莫大な放射能が流れ出した事実が公表されたが、それ以前から、海産物は海流のルート上にあるポイントで取れたものは避けるようにしている。
(そのおかげで、大好きだったものがどんどん食べられなくなっている。)
農産物もそう。
誤解、無理解、過剰不安、と言われることもわかっている。
ただ、あれだけの大量の放射能はどこへ行ったのか、そしてまだ何も措置できていない今の状況、放射能を消す技術がないことを考えれば、やむを得ないと思うし、それは自己防衛本能だとも思う。
それに拍車をかけるのが、何よりも、安全を保証しない、できない、この国なのだ。
そして、それでもまだ原子力にすがっていく。
一体いつから、日本という国はこんな国になったのか。


もし、ここが日本でなく諸外国なら、その後の措置はどんな方向を取っただろうか。
技術はともかくも、チェルノブイリはどんな経過を辿ったか。
個人差はあれ、目に見えないものや、いつになったら収束するのかわからない状況への恐怖、国が胸を張って安全だと示めせない事への不安は確実に目の前にある。



地域の人達には何の責任もない。
ただ、ただ(地震ではなく、その後の対応の)被害者なのだから。
それは、未だに何の措置できず、今になって過去の無能ぶりが暴露されている電力業界と、最優先であるべき国民の安心と安全を後回し、企業の利益のことしか考えない政治家、官僚の全責任なのだから。
国がしかるべき措置をし、国民に対して胸を張って安全だ、と言えないのだから、いや、どう見ても、今日本にいる政治家や官僚ではそんなことをする気がないのだから、自分で信じるものを、個人レベルで行っていくしかないのだ。




(日本だけでなく)5年後、10年後に、ある種の病気が蔓延したり、(これは指摘している人が少ないが)地域による結婚差別が起きないことを、本当に切に願う。
日本が好きだから、滅びてほしくない。
たかが私のような平凡な一個人の心配は、他の多くのことと同様に、馬鹿じゃないの、と外れることの方が当然なのだから。


地震後に結ばれた「絆」は、ずたずたになるのか、より強いものとなるのか。
願わくば、後者であってほしい。
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