尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

医者はなぜ憑依を応声虫と受け止めたのか

2017-05-16 06:37:54 | 
前回(5/9)は、応声虫と幻聴は共に「もう一つの声」を聞くという共通性を踏まえた上で、相互の違いを見ました。応声虫は幻聴と比べ、①当人の発語に応えて声が返ってくること、②その声は自身の体内から聞こえてくること、③その声は当人のみでなく周囲にもはっきり聞こえるということ、これこそが応声虫の最大の特徴でした。③の 場合、応声虫の声が他者にも聞こえるというならば、その音はもはや幻声ではなく「肉声」ということになります。①の違いを踏まえると、肉声を発する本人とそれを聴き肉声で応じる存在の両者が同一人物中に同居している心理構造を想定する必要が出てきます。つまり「応声虫」現象は「幻聴」を超えて、「憑依」や「二重人格」という症状との関連で考えていくことが不可欠になります。著者の言うように、この問題は結局、応声虫における二つの声の主はそれぞれ何者かという問いになることがよく分かります。

そしてようやく私の関心である二種類の自己との接点が見えてきます。深入りはやめておきますが、幻聴との違いから明確になってきた応声虫の特徴の①と②からは、もう一人の自分との「自己対話」が浮かんでくるし、③からは「他者対話」と可能性を伺うことができます。それはそれとして、今回は応声虫と「憑依」の関連を読んでいきます。その前に本文では憑依には二種類あることを述べていますので、ここで簡単に押さえておきます。一つは「夢遊憑依」といって、例えば当人は憑霊(狐)と入れ替わって狐として振舞って後「われに帰った」時に狐憑き状態だった記憶がない場合を指します。もう一つは「覚醒憑依」といって、当人は憑霊(狐)と共存しこれとの確執を演じ時には追い詰められたりしている状態を指します。二つの憑依は実際には混合している場合もあるそうです。


《さて、「応声虫」との関連で比較すべきは、この「覚醒憑依」であり、「応声虫」との類似性はかなりあると見てよいだろう。「長三郎」「声」と言い争う(資料①)とか、食べ物をめぐって対立する(資料②)などの記載が伝えるものは、これと等質の現象と言える。

ただし「憑依」と呼ぶためには、憑霊の存在が必須となるが、「応声虫」の事例を見ても、明らかな憑霊と思わせる記述が見られない。しかし『閑田次筆』に載る「後妻」の事例(資料⑥)は、すでに述べたように、明らかな憑依状態を示している。この場合、祈禱の際に先妻の「怨霊」が憑依した時は、「夢遊憑依」の状態であり、その前後の「腹の裏」の「声」、すなわち先妻の「怨霊」が一方的に語りかけてくるという状態は、「覚醒憑依」であったと判断して差し支えない。この事例は、著者自身が「応声虫」とは言えないまでも、類似していると記しているように、「応声虫」と「覚醒憑依」との共通性はかなりあると考えられる。

「応声虫」と「憑依」との関連について、他に付け加えておきたいことがある。「応声虫」はきわめて稀な病であったのと対照的に、「憑依」はきわめてありふれたものであったという点である。近世には「狐憑き」を中心にして、種々の動物憑依が「大流行」といってよいほど多発していたことは、多くの資料や研究から明らかなところである。しかもこれら「憑きもの」の事例をのなかには、「覚醒憑依」と考えられる例も少なからず含まれている。明治に入ってからも、この「覚醒憑依」型の「狐憑き」が多く見られたことは、ベルツ(E.v.Bälz)の論述からも知られるところである。

ベルツ(一八四九〜一九一三年)は、明治期に長く滞日して、ドイツ医学を伝えた著名な医師であり、わが国の狐憑きの事例に接して強い関心を持ち、その論文を何編も発表している。その一つである「狐憑説」(明治十八年)には、次のように記されている。当初患者は、自身の異変を「狐憑き」とは思っていないのだが、他者に「汝の体中狐を宿らしめたり」と言われると、たちまち自ら重複の知覚、すなわちおのおのの意を異にする所の二体よりなれるを覚え、且狐の憑(よ)る所となるを信じ、而して人に向いて狐の挙動をなすに至る」という。ベルツは、「狐憑き」一般について論じているのだが、その内容はこのように「覚醒憑依」である所興味を引く。さらにベルツは、欧州において「歇私的里病」(ヒステリー)の婦人が自ら「狼、犬、羊」などに変わったと感じ、好んで獣類に近づいたり、飛び跳ねたり、その声を模したりするのは、「狐憑」と何ら異なるものではないとも述べている。

また同じく明治期の日本で教鞭を執った、英国のチェンバレン(B.H.Chamberlain)は、ベルツから聞いたという「狐憑き」のことを、『日本事物誌』(明治期の二十三年刊)に記している。「覚醒憑依」の状態が適切に説明されているので、その箇所を引用しておこう。

狐が人間の中に入るのは、時に胸部から、また指の爪と肉の間から入るのがもっとも多く、狐は入ってしまうと、それを宿している本人とは別の独立した生活を営む。この結果、一種の二重存在、すなわち二重意識が起る。魅入られた人間は、内部の狐が言ったり考えたりすることが聞こえるし、また理解できる。しばしばこの二者が烈しい口論を始める。狐の声は、その人の生まれつきの声とは全く異なっている。(高梨健吉・訳『日本事物誌1』「狐憑き」)

このように、チェンバレンによる「狐憑き」の説明には、「覚醒憑依」の状態が一般的であると見るベルツの考えが、そのまま受け継がれている。それはともかく、この「覚醒憑依」と「応声虫」との構造的類似性は明らかであろう。「応声虫」という現象は、当時の常識からすれば、「憑依」と見なすのが自然であったはずである。「憑依」であれば、その対処法は祈禱による「調伏(ちょうぶく)」(憑き物落とし)という宗教的解決法であり、それを行なうのは僧侶や法者などの祈禱師であった。実際、「長三郎」の事例では、「応声虫」と診断される以前、「薬禱(やくとう)を尽くして験なし」(資料①)とか、「療治・祈禱」を尽した(資料②)と記されているように、すでに祈禱を受けているのである。ということは、おそらく親が、わが子の状態を「憑き物」だと思った故に祈禱師に依頼したのであろうし、祈禱師もそう考えたから引き受けたのだろう。いずれにしても、「応声虫」現象を「憑依」と見なさないこと自体、当時の一般通念からかなり隔たったものであったと考えられるのである。

ここで注意しておきたいことがある。これまで掲げた「応声虫」の資料のすべてに共通していることだが、その病状を「応声虫」と考えたのは、当人やその家族ではなく、すべて医師たちであったという点である。彼らが、この現象を「虫」による病と見なしたことの意味は重く大きい。というのは、霊的現象として祈禱師たちが取り扱うものとされてきたことを、「虫」と見なすことで、医療の領域に取り込むことができるからである。「虫」であれば治療可能であり、雷丸や藍汁などの駆虫薬を投与すれば良い、という明瞭な医療対象になるわけである。》(『「腹の虫」研究』三八〜四一頁)



憑依と言っても「夢遊憑依」と「覚醒憑依」の二種類があること。そして後者は「応声虫」現象によく類似していること。さらに近世において「覚醒憑依」は「狐憑き」として広く知られていたにも関わらず、医家たちはこれを「応声虫」と呼んで、その病因を憑霊ではなく「虫」で置き換えていた事実を指摘しています。これは何を意味するかというと、それまで霊的現象として祈禱師たちに取り扱われていた狐憑きを、病気として医療の世界に取り込むことになったわけです。その媒介となったのが「応声虫」という実体的な認識だったのです。病因が「虫」ならば、薬で駆除できたからです。
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