尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

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英語教育機会平等という共同幻想

2016-10-01 11:27:01 | 

 前回(9/10)と前々回(9/17)でその一部を紹介した評論家加藤周一の「信州の旅から──英語の義務教育化に対する疑問」(雑誌『世界』昭和三〇年十二月号)は、当時、英語教育界に大きな波紋を投じることになりました(『英語教育論争史』解説)。加藤はその波紋に対して「再び英語教育について」(雑誌『世界』昭和三十一年二月号)を発表します。その要点は三つあります。①「教育の機会の平等」、②「英語の不思議な精神作用」、③外国語を習うことの困難性についてです。今回は①を紹介します。漢字は現代風にあらためてあります。

 

≪ 私は読者から沢山の手紙をうけとり、また新聞で沢山の人が私を批判した文章を読んだ。ある冬の夜、そういう手紙や記事をまとめて机の上につみあげ、私はまえにいい足りなかったことを補足する必要も感じたが、同時に、英語教育に限らず総じてこの日本の国の将来に関し、大いなる希望と絶望とを感じたのである。希望はその手紙や記事を書かれた方々が老いも若きも、男も女も、平等をのぞみ、民主主義をたてまえとする志のかたさについてであり、絶望は、それにも拘らずその方々の多くが何か英語の不思議な精神作用を強調し、私にあの言霊の学説とそれに伴う不快な想出をよびさますことについてである。

 しかしまず、私の意見に対する批判の内容をもう少し詳しくみよう。(私の意見でないものに対する批判、たとえば英語教育無用論とか中学校における一切の(原文では傍点)英語教育廃止論とかに対する批判には、私は全く興味もなければ、責任もない。私はその点に関しては誤解の余地のないように日本語でかいた。そして私の考えの要点は、日本人にとっては英語の片言を知るよりも日本語の文章を正確によむことの方が比較にならぬほど大切だろうということなのである。)

 批判の第一は、教育の機会の平等ということである。ある子供には英語を教えほかの子供には教えないというには不公平である。中学校に英語の授業がなければ、家庭教師を傭うことのできる家庭の子供だけが英語を習うことになるだろう。また都会の子供だけが英語をならうことになるだろう。また「将来英語を必要とすると考えられる」子供にだけ英語を教えるとして、果してどの子供がそうなのかわからぬという。

 そこまでの議論を私も至極もっともであると思う。もっともだと思うばかりでなく、階級、地域、その他子供の本能以外のあらゆる条件を超えて、教育の平等を求める諸家「民主主義的」熱意に心強さを感じる。

 しかしそこから、日本中のどこの学校でも同じように英語を教えたらよかろうという結論をひきだすのは、もっともでないと思う。もっともでないと思うばかりでなく、話がそもそも逆ではないかと考える。(中略)

 ・・・学問たると実務たるとを問わず、その生涯のうちに仕事の上でどうしても英語の知識を必要とする地方の中学生は、百人に一人あるかどうかであろう。そこでその一人が百人のうちにの誰だかわからぬから、百人全部に一週四時間ぶっ通しに三年間英語を教えて、もって教育の機会の平等を実現し、民主主義の理想にまい進するのか。

 私はその意気を壮とする。ねがわくは英語教育機会平等主義者が英語教育のみならず、高等学校、大学への進学についても、階級や地域による障害のない社会をつくること、学校教育ばかりでなく文化享受の機会までも平等である社会をつくることに熱心であるように! 英語教育の平等一律はそれからでもおそくはない。なぜならば、そういう社会が到来してはじめて、あらゆる子供が英語の必要に関し、必要とするにしても、しないにしても平等だという事態が生じるだろうからである。しかし不幸にしてわれわれの日本は、そしてまた世界中の他のどの国も、まだそこまではいっていない。

 そこで問題は百人のなかの一人のために、残りの九十九人に一律の教育をほどこすべきかどうかということではなく、どうして百人のなかからそのその一人を選び出すかということである。(中略)

 原則としては、私はたとえばこう考える。英語教育の時間を一部の学校に制限し、しかもその時間を個人の選択とする、選択する生徒の数は少なければ少ないほどよい、希望者が多ければ試けんをし、教授内容も今の程度の何倍かにたかめて、生徒にそれ相当の覚悟がないと容易にはついて来られないようにしたら、およそ目的を達することができるのではないか。

 とにかく現在のように、英語が国語や社会科や数学とならんで学校教育幅中心を占めるという現象は、ぜひあらためる必要がある。日本人はもっと日本語を重んじ、そのためにもっと沢山の時間と労力とを投じる必要があるだろうと私は思う。≫(川澄哲夫編『英語教育論争史』(大修館書店 一九七八 八三六~八頁)

 

 以上、英語教育の機会平等について加藤周一の考えが提出されています。当時から戦後六十年たちました。この国の英語教育の機会平等にたいする人々の願いは強靱で、中学校のみならず小学校の高学年にまで「英語教育の義務教育化」は実現しています。しかし、加藤周一の、「日本人はもっと日本語を重んじ、そのためにもっと沢山の時間と労力とを投じる必要がある」という問題提起はいっこうに制度としては受け止められては来なかったように見えます。また、そのような戦後英語教育史を経た現在は、義務教育を現実的に可能で最低限必要な内容で構成するのではなく、過剰にその理想化を押し進めることで得られた共同幻想を空しくさらけだしているようにも思えます。

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