尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

野球の勝負と六年生

2016-12-13 14:14:10 | 

 前回(11/6)は、第六節「安定感にいたるてだてとしてのコトバとしぐさ」の「Ⅱ バケモノの絵と二年生」を紹介しました。そのエピソードは、自分の本心(思い)を承認されるときにこそ子供は心の安定を取り戻すことができるという事例として読むことができるけれども、子供は自分の本心(ハラの言葉)どう受けとめて貰いたいかの事例としても読むことができると書きました。学校生活における子供の心のありようをふりかえってみますと、彼らは他の子供と間で、大きな出来事だけではなくホンの些細なことで心のバランス(安定感)を失っていきます。もちろんすぐに回復することもありますが、ずっと引きずることもあります。今回は、かつて学年で野球が最も強かったクラスの六年生が、その後、他のクラスにその地位を奪われ、その悔しさで安定感を失った心をどう処置しているかという話です。

 

≪5月のなかばごろ、絵を教えているF先生と一緒に電車に乗っていたときのことである。途中から6年生のU組の子が3人のりこんできた。いずれもグローブを手にもち、さっそうたるユニホーム姿である。

そのなかのひとり、村田君は学校でもおしゃべりと腕力でつとに名の聞えている子どもである。

F先生をみつけるや、

「先生、オース」

といってちかづいてきた。彼にとってみれば精いっぱいの親しみをこめたつもりなのであろう。

F先生がそれを受けていった。

「よう、今日は何だい、野球かい」

「来週からリーグ戦があるんで練習しにいくんだよ」

「君たちはうまいのかい」

「うん・・・」

そのとき、私が口をはさんだ。

「K組は強くなったね、3年生のときはきみたちの組にかなわなかったけど4年生になってからだんぜん強くなったね」

「そうだよ、K組なんて勉強しないで野球ばっかりしているんだも」

6年生はU・T・Kの3クラスにわかれている。3年生のときは野球ではU組がいちばん強く、つぎはT組で、K組がいつもビリであった。それが、T先生という運動にエテマエな先生が受けもつようになってから、K組はみるみるうちに強くなり、4年生のときは他の2クラスを圧して1位にのしあがった。以後そのままのかたちでつづき、体制はちっともくずれていない。何といっても腹の虫のおさまらないのはU組である。彼らは何とかしてK組の上位に立つものをさがさなければならない。

それなら野球でもうんと練習すればよいのだが、もはやいまからではみこみなし、とあきらめたせいか、この道は放棄してしまったらしい。

そして、みつけたのが〝ぼくたちの組は勉強がよくできる〟ということであった。だれからそういう気分がひろがりはじめたのか知らないが、組全体がそのコトバをお互い同志くちにすることによってクラス意識の旗をかかげていたつもりであったろう。

ある女の子は家に帰っていったそうだ。

「あたしたちの組は運動はだめだけど勉強はいちばんよ」

と。くやしまぎれのきりぬけコトバといえなくもなかろう。

──だから、村田君は〝K組は勉強しないで野球ばっかりしているから強い〟といったのである。そして、なおもつづけていうには、

「ぼくたちは勉強できるんだ。K組のT先生なんか勉強をいっしょうけんめいおしえないで野球ばかりおしえているんだってさ」

と他に共感を求めるような口つきをした。

ところが、そういう事情をすこしも知らないF先生はぶっきらぼうにいった。

「そりゃきみ、勉強なんかしなくってもいいよ、いっしょうけんめいに運動してからだをじょうぶにしたほうがいいんだよ」

「え! どうして?」

村田君はびくっとしたような表情で先生をまじまじとみつめた。

「だって、運動してからだがじょうぶになればさ、血のめぐりがよくなればあたまもよくなるさ」

「ちぇ!」 舌うちをしても心のどうようをおさえきれなくなった村田君は、車内のあちこちをみわたしたりしていたが、さいごにはだまりこんでしまった。

相手が共鳴共感してくれるだろうと暗に意をふくめていったつもりだったろうが、結果としてはまるっきり正反対のコトバがえしよってぶちこわされてしまった。

どうしようもなくなった村田君は、いつのまにかそばにいた友だちに数人をさそってでぐちのほうへいってしまった。

いま、村田君のような態度・コトバ・行動について指導という面から一言してみよう。

村田君の場合、彼の気持のもっていきかたとしてはよく理解できる。ただ、そこに先ほどの泰子ちゃんのばあい(前回ブログ「バケモノの絵と二年生」参照)とちがって暗さがみえる。素直さ、率直さがないから暗いのだ。

私たち、子どもを育てる側からいえば対抗競技などに負けたとき、くさらずにいけるよう、また捨鉢にならずにひきあげるよう導きたいと思っている。とはいうものの、負けたときうれしがれという教育をさしていっているのではない。

卒直にくやしがるがよい、くやしくって涙をボロボロとこぼして泣いているのは美しい姿ではないか。負けたくやしさを勝った相手へのケイベツというようなもので代行させてまで満足しなくともよい。少々、しゃくにさわっても〝うまいなあ〟と敬意を表するほうへもっていきたいのだ。負けたからといって6年生ともあろうものが窓ガラスをぶちこわすようでは困るのだ。なぜなら卒直さのないところに平和はありえないから。

とにかく、人生には負けるチャンスが数多い。むしろ、負けの連続が人生だ、といいたいくらいだ。したがって負けたとて人生の劣敗者じゃないのだからいちいちくよくよすることもあるまい。

──そんなことを村田君のような子どもたちに語って聞かせたいと思うのだ。≫(「子どものコトバと行動についての諸考察」/『コトワザの論理と認識理論──言語教育と科学教育の基礎構築』成城学園初等学校 一九七〇 三二二~三頁)

 

 村田君のような態度・コトバ・行動について指導という面から一言すればと断わりながら、庄司和晃はこういいます。野球では勝てなくなったクラスの一員の村田君が、その悔しさを持って行く行き方に対しては理解できる、しかしその方向は素直で卒直な行動とはいいにくいと書いています。「卒直」とは、負けたときにはおもいきり悔しがって涙をボロボロとこぼして泣くようなことであって、「負けたくやしさを勝った相手へのケイベツというようなもので代行させてまで満足」することではない、そして、指導の問題としては「少々、しゃくにさわっても〝うまいなあ〟と敬意を表するほうへもっていきたい」と書いています。ここには現場教師の実践的な子供観が窺えます。また「人生には負けるチャンスが数多い。むしろ、負けの連続が人生だ、といいたいくらいだ」と、その背景となる人生観も吐露しています。

 教育実践家として庄司和晃の言葉としては申し分のないものだと思いますが、私にはなぜか平板に聞えてしまいます。なぜなら、後の認識論研究者としての庄司ならば、「勝負の構造と本質」あるいは「悔しさ」についても、何らかのコメントを付すのではないかと思うからです。ただ、ひとつ「卒直さのないところに平和はありえない」は気になります。たしかに「負けたくやしさを勝った相手へのケイベツというようなもので代行させてまで満足」する行為は、後々まで悔しさを引きずります。悔しさを相対化できずにいることです。こうなると、ぶつぶつ文句が出てきます。ここから小さなイザコザが生まれます。すなわち「卒直さのないところに平和はありえない」わけです。戦後の日本人は戦争に負けたことに対して卒直でありえただろうか。徹底的に悔しがり涙をボロボロこぼすことのできた日本人はどのくらいいたのだろうか。──こんなことまで庄司が考えていたという証拠はありませんが。

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