尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

「尤もらしく見えて、実際は危険な行き過ぎ」

2017-05-20 07:15:35 | 
前回(5/13)は、昭和十七年、ジャーナリスト・武藤貞一の議論を紹介しました。そこでは、「英語はあらゆる敵国色の根源である。これは攘(はら)わずして敵国色の掃討(そうとう)は思いも寄らぬ」という激しいものでした。しかし私は、武藤が他方で単なる英米憎しの段階に止まらず、これからの大東亜圏の基準語たるべき日本語として相応しいかどうか、このような基準で考えるべきだと書いていることに注目しました。ここには、戦争下における日本語の位置付けが変わってきたことが分かるからです。さて、今回は武藤貞一の意見に対する反響を紹介します。まず、坂口安吾による「外来語是非」です。これは『都新聞』(昭和十七年四月十二日)の「大波小波」というコラム欄に掲載されました。


《▶︎先日ある新聞にラジオだのアナウンサーだのという外来語を使用するのは怪しからんと論じている人があった。皇軍破竹の進撃に付随して、このような景気の良い議論が方々を賑わし始めているけれども、尤もらしく見えて、実際は危険な行き過ぎである。

▶︎皇軍の偉大な戦果に比べれば、まだ我々の文
化は話にならぬほど貧困である。ラジオもプロペラもズルフォンアミドも日本人が発明したものではない。かような言葉は発明者の国籍に属するのが当然で、いわば文化を武器として戦いとった言葉である。ラジオを日本語に改めても、実力によって戦いとったことにはならぬ。我々がラジオを発明すれば、当然日本語の言葉が出来上り、自然全世界が日本語で之を呼ぶであろうが、さもない限り仕方がない。我々は文化の実力によって、かような言葉を今後に於いて戦いとらねばならぬのである。

▶︎日本はジャパンでないと怒るのもおかしい。我々はブリテン国をイギリスと言い、フランスは之をアングレーと呼ぶけれども、軽蔑しての呼称ではない。各国には各々の国語とその尊厳とがあって、互いに之を尊重しあわねばならぬものでこんなところに国辱を感じること自体が、国辱的な文化の貧困を意味している。こんなことよりも「民族の祭典」を見て慌てて聖火リレーをやるような芸のない模倣を慎しみ、仏教国でありながら梵語辞典すら持たないような外国依存を取り返すのが大切である。》(川澄哲夫編『英語教育論争史』大修館書店 一九七八 五五五〜六頁)


文化の貧困をライトモチーフにした短篇ですが、さすがですね。天に唾する愚かさをさりげなく書いています。外国由来の言葉をそのまま使っていて恥ずかしくはないのか、大東亜の盟主になろうとする国の言葉として国辱を感じないのか。こんな議論に対して、恥ずかしく思ったり国辱と感じたりすること自体が国辱的な文化の貧困を意味していると述べているのです。世界の国々が互いに呼び合う外来語による国名、私たちがイギリスと呼び、相手はジャパンと呼ぶそれぞれの言葉は紛れもなく互いの国語そのものであり、そのような相手の国語文化に対する尊重があって初めて成り立つ関係です。ここに敵国語排斥を位置づけてみれば、確かに了見の狭さは明瞭です。こんな坂口安吾の短篇「外来語是非」を同じ年の五月、菊池寛が『 文藝春秋』の「話の屑篭」で取り上げます。


《一時外国語排斥熱が強くて、いろいろ言議(げんぎ:議論)が行われたが、しかしそれは行き過ぎのようである。イデイオロギイの伴わない言葉は、どこの国の言葉でも、一向差し支へがないと思う。支那と戦争する度に、漢字や漢語を排斥することは不可能であるし、英米と戦ったからと云って、コップとかステッキとかビフテキなど云う言葉まで、排斥したら可笑しいと思う。四月十二日の都新聞に坂口安吾君が、「ラヂオもプロペラもズルフォンアミドも、日本人が発明したものではない。かような言葉は、発明者の国籍に属するのが当然である。ラヂオを日本語に改めても、実力に依って戦いとった事にはならぬ」と云っているのは、正論である。》(川澄前掲書 五五六頁)


菊池寛は坂口の議論をリフレインするだけで大したことを書いているわけではないですが、坂口は「尤もらしく見えて、実際は危険な行き過ぎ」と書いたのを、菊池は穏やかに「行き過ぎ」と一言だけ書き記していることが重要だと思えます。この年は米英に宣戦布告した翌年です。大国相手に戦争を立ち上げ、多くの知識人や大衆が未だ興奮冷めやらぬ一年であったはずです。坂口安吾の言うように「景気の良い議論」が世の中を賑わしている時代でした。言ってみれば長引く日中戦争がもたらした何だか重っ苦しい気分を「明るく」吹き飛ばしてくれた気分が支配的だったのです。しかし世の中が明るいときは、他方では「行き過ぎ」があちこちで始まり、危険な状態になっていることに多くが気づかないのです。明るさが暗さを隠蔽するからでしょう。行き過ぎや危険が目立たないのです。

よく利用する近所のスーパーにあったイートインコーナーが、つい先日いつの間にか100円ショップに変わっていました。ここは弁当や惣菜を購入したお年寄りたちが食事をしながら語らい合う空間だったのです。大抵は孫話や健康話ですが、たまに政治の話題も聞かれます。もちろんお年寄りでなくても、いちいち申し込みなどしなくても、買い物帰りに、近所の人々が立ち寄り気軽に話し合える公共の空間だったわけです。ここが突然消えたのは、「共謀罪」が摘発される可能性を未然に防ぎたいというスーパー側の自主規制ではないかと勘ぐってしまいました。おそらく尤もらしい理由があるのでしょう。実際、自主規制はもう始まっているのかも知れません。世の中に蔓延している「明るさ」の為に見過ごされている「暗さ」──「行き過ぎ」「危険」「自主規制」──を感知すべき時代になったのです。

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