尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

近世演劇の世界 日本に反逆する正当性を持った人々

2017-01-30 16:27:15 | 

 前回(1/23)は、池内敏『「唐人殺し」の世界──近世民衆の朝鮮認識』臨川選書 一九九九)の最終章(第四章)に入りました。そこでは崔天宗殺害事件を扱った文芸作品を含めて、十八世紀初頭以降の歌舞伎・浄瑠璃作品の筋立てのなかに表わされた異国観を素材にして、広く一般の近世民衆の対外観を考える叙述を追いました。そこで得られた知見を再録しますと、①一八世紀後半以後の日本の朝鮮認識は閉ざされた方向に向かう、②一八世紀初頭から「異国」「異人」が演劇の素材として好まれてくる、③国姓爺合戦系統のものは、一八世紀初頭以降の近世を通じて一貫して上演され続ける、④一八世紀半ばから末にかけて日本に対する反逆物語が現れはじめる、以上の四点でした。さて、今回は④の知見に関する著者の考察を取り上げます。

 ④の知見のもとになった著者独自の資料(表8)は、日本に対する反逆の筋立ての作品群を集めてありますが、その内容を調べてみると、朝鮮・朝鮮人との関係で日本への謀反が語られている傾向にあると書いています。つまり反逆の正当性を与えられているのは朝鮮や琉球の人々だというのです。具体的に言えば、秀吉の朝鮮侵略や島原の乱で抑圧された人々が朝鮮人あるいは琉球人に繋がる血筋という設定になっており、彼らに反逆の正当性を与える作品傾向を指摘しているのです。ここには民衆の「抑圧からの解放」が仮託されていると言えますが、これだけに止まらない見方があると、以下のように述べています。

 

≪・・・これまで述べてきたような筋立ての在り方のなかに、現実の「日本」を否定的に評価し、それを媒介にして「我々」というものの相対化を可能にした点に留意したい。その我々を相対化するのが、我々の「日本」を転覆する正当性をもった朝鮮人である、ということである。

 朝鮮人は、秀吉に対して「耳を切られ、大仏に塚を築かれし恨み」(表8)を持っている。そうした恨みをはらさんがための「日本に対する復讐なのである。また、「天竺徳兵衛」のモデルは寛永年間に実在したとされる播州高砂の船頭であって、日本人である。そうでありながら劇中の天竺徳兵衛は、貝勒王(「若緑錦曾我」、宝暦五年)、髙麗のしゃうりんけい(「天竺徳兵衛聞書往来」、宝暦七年)、朝鮮国王の臣下木曽官の子(「天竺徳兵衛衛郷鏡」、宝暦一三年)、三韓の快達王(「皆覚百合大臣」、明和四年)などとされる。天竺徳兵衛もまた朝鮮人の子として位置づけられる。そうした朝鮮人の子であるがゆえに、天竺徳兵衛は反逆者としての正当性を得た。さらに『桜門五三桐』では、石川五右衛門が大泥棒でありながら、秀吉に対して反逆する正当性を主張する。その正当性の裏づけは、五右衛門が実は朝鮮人の子であったという虚構が設定されることによってなされた[日野龍夫「近世文学に現われた異国像」]。

 すなわち近世演劇作者たちは、秀吉の朝鮮侵略戦争を媒介にして朝鮮と日本の関係を見据えたがゆえに、朝鮮人に「日本」を転覆する正当性を付与させることとなった。しかしそれは同時に、秀吉は残忍なことをしたが、結局のところ秀吉のしたことであって「現代」の我々には責任が及ばない、という傍観者的態度でもある。また天竺徳兵衛の物語の場合、徳兵衛の操る妖術が鏡によって破られたり、血を飲むことで破られたりし、いずれの劇においても最終的に謀反は成功しない。謀反の原因となった戦争責任は観客自身に厳しく問われることはなく、また謀反の対象になった観客の住む世界が根柢から突き崩されることもない。そうした意味では近世民衆は安心して演劇の鑑賞ができたというわけである。≫(池内前掲書 一四一~二頁)

 

 なんだか近世演劇の世界には止まらないな、という感想をもちます。過去の侵略的史実を媒介にして現在の自分を相対化するという考え方のことです。ここは二つに分れます。一つは相対化した自分(日本人)を過去の存在(劇中)に固定して、今の自分(観客)とは隔絶しているとみなして生きていく方向。二つは、相対化した自分が今の自分(観客)に繋がるものとして生きてゆく方向です。辛いのは後者の道、これは自明です。民衆の国際認識が閉ざされた方向へ向かう十八世紀後半以後、演劇を鑑賞する日本人の多くは、前者の道を選んでいたのです。

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