尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

自主の機能が今(昭和十二年)はまったく衰え

2016-12-07 16:00:37 | 

 前回(11/31)で、柳田國男の短篇「世間話の研究」を読み終えました。そもそもなぜ「昔の国語教育」第五節「話の発達」を済ませたあとで、「世間話の研究」を読み始めたのか。「話の発達」などと聞けば、近代では子供に施される「話し方」教育を思い浮かべる人々も多いでしょうが、柳田いわく前代「話の発達」とは、子供が喜んで聴く話をどう用意するかという問題でした。昔は話好きの子供が沢山いました。といっても、おしゃべりということではなく、大人も面白がるような話を聴くのが大好きだったのです。ずっと前代から聴いて来たのはいわゆる「昔話」です。やや近代に近くなって喜ばれたのは「世間話」でした。そしてそこには重要な意味が二つありました。一つは、このような話を繰り返し聴いて育った子供たちにとって解説抜きで語られる話には、よく分からない心情もありましたが、それは年を取るにつれて自分の中で何度も反芻され、ふと合点することで内部に染み入った人間学といってよいものです。そのような彼らが、孫たちに話して聴かせることが「昔の国語教育」のスタイルの一つだったことです。

 もう一つは、歴代の子供たちは祖父母が語る「昔話」や「世間話」を通して何を学んだかということです。私の関心はここにありました。とくに「世間話」はどのように誕生し、これを聴かせる者たちは何を求めていたか、を調べたかったのです。答えは、前回までの「世間話の研究」を読むことで明らかになりました。「まったく聴衆の意外とするような、真実の話」を聴かせながら、人と人を繋ぐセメントになり得るような「歴代の国民の活き方」を伝え遺そうとしたのです。

 さて、今回から「昔の国語教育」にもどって、第六章「読み書きの意味」を読んでいくことにします。「読み書きの意味」なんて自明であるように思えます。このあたりの議論は次回になりますが、その導入はどのように記述されているか。「昔の国語教育」は一九三七(昭和十二)年に執筆された論文です。

 

≪前代の国語教育が、比較的早く終ったように見える理由が、自分には三つほど算えられる。その一つは社交と職業とに入用な言葉が、今に比べるとずっと簡単であって、これを覚えるためにそう多くの力を費やさずに済んだことである。その二はまだ専門の人たちの同意し得ない点かと思うが、言語の成長力とも名づくべきものの利用が、以前は今よりも容易であったことである。すなわち各人はその属する小社会とともに、次々変って行く生活環境に適応する言葉を、入用なほどずつ増殖し得るように、教育せられていたかと思われるのである。これは必ずしも方法の古今の差ではなく、今でも我々は必要なる補充なしに、辛抱してはおらぬかも知らぬが、その供給の様式が現在は甚だしく受身であって、新語の発案協定はおろか、ほとんと選択すらも常人には許されぬ場合が多い。この自主の機能が今はまったく衰えているが、以前は小児にすらも認められていたことはすでに述べた。そうしてその傾向は必ずしも抑制せられなかったのである。これがやや単純に失した準備を持って、若い人が世の中へ出て行ってもよかった一つの心強さであったように自分には考えられる。≫(柳田國男「昔の国語教育」一九三七 ちくま文庫版『柳田國男全集』第二二巻所収)

 

 冒頭に、前代の国語教育が「比較的早く終ったように見える」と書いてありますが、「早く終った」のはもちろん教育期間のことです。昔の国語教育は長期を要さず短期間で済んだのはなぜでしょうか。二つ書いてあります。一つは、前代では社交や職業に必要な言葉が簡単だったこと。二つは時代の変化に合った用語を自分たちでまかなえたことです。しかし、近代になって昭和十二年といえば、日中戦争が始まり日本は泥沼の道に入って行く、大きな変り目の時代です。ここには大陸戦線における勝利、勝利で沸き返る人々の姿があり、大日本帝国バンザイ、戦争讃美の用語が巷に溢れていたはずです。これらの用語は、国民が自主的に造語し選定し流布させていったわけではありません。国家が仰々しく叫びだしたスローガンをもっぱら受身で聴くことしかできなかった時代で生まれたものです。自主的に新語を作り、変化した時代に適応した言語生活を送るだけなら、わざわざの長い教育期間は必要がありません。柳田は、学校の国語教育がこの時代で果たしていた役割を敏感に察知していました。我々の言語生活は、国家主導=国民受身に変ったことをさりげなく語っているのです。そして若い人による自主的な造語活動がまったく衰えてしまったこと、これによって養われてきた「世の中へ出て行ってもよかった一つの心強さ」にも、また陰りが見えてきたことを示唆しています。未来の国家を作るのは若い人たちなのですから、その陰りは日本のそれでもあったのです。

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