尾崎光弘のコラム 本ときどき小さな旅

本を読むとそこに書いてある場所に旅したくなります。また旅をするとその場所についての本を読んでみたくなります。

敬語使用を限定しなければならぬ時代に

2017-04-19 12:30:45 | 

 前回(4/12)は、柳田國男「敬語と児童」の「五」を読み、中世以降、同輩・仲間相手に使用される社交用敬語が普及すると、敬語の種類が量産される一方で、敬語から敬意が失われていき、結局世の中に、同じ言葉でありながら敬語と非敬語が混在する現象が現前し敬語教育が難しくなることを読み取りました。ならばどうすればいいのでしょうか。今回は柳田による敬語問題の処方箋を読んでみます。引用は二つの段落から成ります。前者は昭和十三年当時の敬語をめぐる時代状況を語っているように思われます。

 

≪地方の敬語が今でもまだ甚だしく区々であるのは、私たちにはむしろ興味の深い史料として受け取れる。ある土地の物言いが粗野だと報告せられているのは、この中世以後の社公用敬語が、いまだ必要を認められぬか、もしくは感化模倣の機会を与えられなかったのかのいずれかであって、必ずしもここに最初から、敬語の乏しくまたはその使用の少なかったことを、推測する根拠にはならぬと思う。だからこういう土地について、神様を何と言って拝んでいるか、もしくは貴い御方々を、何と言ってお噂申し上げるか、そうしてまた何ゆえにそれを一般の上に及ぼそうとせぬかを進んで尋ねてみることが、はるかに意義の多い国語運動の一つであった。そんなただの人に敬う言葉が使えるものかと答える者がもしあったとすれば、その方がたしかに我々よりも率直なのである。実際毎日用いている我々の敬語は、その用途があまりにも汎(ひろ)きに失する。それで呼びかけられる同輩は満足するであろうが、一方昔からの尊び敬うべき場合に対しては、誰でも特別の不足を感ぜずにはいられぬのである。古人の心ある者はその混同を憚って、やたらに煩瑣(はんさ)なる敬語の階段を設けていた。それさえ守っていればこの良心は安まるが、常民はとうていその全部を学び得られず、現にまた近頃になって、それをできる限り節約しようという傾向も見られる。そうすると結局は、このいわゆる良い言葉を普及させようとする教育は、再びまた八重山諸島などの古風に立ち戻って、わずかな語音の添附や抑揚によって、最も大切なる感覚だけを表示することにでもしなければならぬかも知れぬ、まことに無駄な二重の骨折りのように私には気づかわれる。≫(ちくま文庫版『柳田國男全集22』 一三九~四二頁)

 この論文が書かれた昭和十三年は前年の日中戦争が勃発しいよいよ全面的な戦時体制化を目指した国家総動員法が制定される年です。そのひとつとして、「いわゆるよい言葉を普及させようとする教育」運動が行われていたと思われます。このことは調べてみればはっきりしますが、その目的は、同輩や仲間に対しても「良い言葉」すなわち「社交用敬語」を普及させることにあった思われます。とすれば、「そんなただの人に敬う言葉が使えるものかと答える者がもしあったとすれば、その方がたしかに我々よりも率直なのである」という一節からは柳田が意図していた敬語問題とは何かが見えてきます。それは敬語が同輩や仲間に使われることで、その効果が弱まってしまうという問題です。ではどうすれば敬語の本来の効果を復活させることができるのか。次の段落を読んでみます。

≪敬語の効果を十分に発揮するがためには、今日はむしろその使用を限定しなければならぬ時代ではあるまいか。少なくとも我々の無用無意味なる「敬語のごときもの」を停止して、内部の感覚の淀みなく、表出せられる道を講ずる方が急務ではなかろうか。現在の多くの残留にも、起りには相当の根拠があったのであろうが、今となっては民俗学の力でも、それをはっきりと知りがたいものが多い。だいたいにいわゆる心安い仲では、よほどの真似助(まねすけ)でもない限り、成人も敬語を使わぬように元はしていた。ところが外から来る者の気心を知りがたく、改まった心持で接しなければならぬものになると、高下にはかかわらずよい言葉を使うように、関西の人たちはすでにしつけられている。中部以東にはまったくないことだが、桶屋をイイダドンといい、紺屋(こうや)にはクヤドンという方言は、町場よりもかえって村方に多い。これらの職業の人々が旅の者であった時代がわかって私には面白いが、そういい始めた動機は必ずしも尊敬とは言えないようである。九州北部などでもっと変っているのは、昔話に限って猿もサッドン、蟹もガネドンで、「おらした」「来らしたげな」などと敬語でその噂をしている。土地の人に聴いてもたしかな説明はないが、これは彼等を人がましく取り扱おうという以上に、決して自分等の仲間でないこと、すなわち他人行儀を明示する一方法であったらしい。この意図に出たいわゆる敬語は、おおよそ尊敬の趣旨とは隔絶したもので、これをまた諍論(そうろん:言い争い)や談判の力に利用することも、いまなお珍しくない現象である。親や兄姉にあなたなどと言われる場合は、たいていひどい小言を食う前ぶれときまっている。私が瑞西(スイス)の旅宿で見た英国の老婦人などは、たった子犬と二人暮らしであったが、何か悪戯(いたずら)をして叱る場合だけ、その子犬に向ってSirといっていた。相手がそれを聴いてしょげる様子が、私にはおかしかった。実際独仏の同種単語とはちがって、Sirは奉公人や店番以外の者が使うのは、こういう機嫌の悪い場合が多いようである。≫(ちくま文庫版『柳田國男全集22』 一四二~三頁)

 

 柳田の処方箋は明解です。それはいわゆる「社交用敬語」の使用を止めること。なぜ止めるべきかその理由を見逃さないことがポイントです。その理由ですが、まず「社交用敬語」では仲間同士の忌憚のない率直な意見を述べ合うことが難しくなるからです。なぜなら、このようないわゆる敬語は、「決して自分等の仲間ではないこと、すなわち他人行儀を明示する一方法」であって、このような使い方はおよそ尊敬の趣旨と隔絶したものです。いまだに言い争いや談判のための手段として使われているからです。

 では、このような「社交用敬語」はいわゆる間接敬語においてどのような影響を与えているのでしょうか。次の第七節に説かれています。

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