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2017-07-29 14:42:21 | 日記
2013年中旬から安全保障などの情報のうち「特に秘匿するが必要あるもの」を「特定秘密」と指定し、情報にアクセス出来る者の適正評価の実施や漏洩した場合の罰則などを定めた特定秘密保護法の検討を開始した。当法案には国内外で議論を呼び、報道各社が行った世論調査では廃案・見送りが多数を占めるものが大勢を占めたが[123][124][125][126][127][128][129]、一部賛成が反対を上回るものもあった[130]。法案は、2013年11月に衆議院で、12月に参議院で採決された[131]。衆議院では与党に加えみんなの党も賛成したが、参院では直前の与党議員の発言などを受け[132]全ての野党が賛成しなかった[133]。その後、安倍政権の支持率は急落した[134][135]。この法案に対しては国連が重大な懸念を表明し[136][137]、海外メディアからは「報道の自由及び民主主義の根本を脅かす悪法」[138]、「日本で内部告発者を弾圧する立法が成立した」[139]、「日本が報道の自由を制限」[140]などと報じられた。元アメリカ国防次官補のモートン・ハルペリンは「知る権利と秘密保護のバランスを定めた国際基準を逸脱している」と法案を批判した[141]。一方で、アメリカ合衆国国務省副報道官のハーフは記者会見で、日本で特定秘密保護法案が成立したことについて「情報の保護は同盟における協力関係で重要な役割があり、機密情報の保護に関する政策などの強化が前進することを歓迎する」と述べ[142][143]、AP通信は「中国の軍事力増強に対抗するために強い日本を望む米国は、法案可決を歓迎している」と報じた[144]。
「特定秘密の保護に関する法律」も参照
普天間基地移設問題

2013年12月25日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設に向け、沖縄県知事の仲井真弘多と会談し、日米地位協定に関し環境面を補足する協定を締結するための日米協議開始などの基地負担軽減策を示した[145]。仲井真は「驚くべき立派な内容だ」と評価して移設先である名護市辺野古沖の埋め立て申請を承認する方針を固め[145]、同年12月27日午前にこの申請を承認した[146]。
「普天間基地移設問題」も参照
消費税増税

消費税増税について、2012年自由民主党総裁選挙に立候補した5人による日本記者クラブ主催の公開討論会で「時期を間違えると結果として経済の腰を折ってしまう。デフレがずっと今と同じままなら上げるべきでない」と述べた[147]。しかし、首相就任後に自身が指名した日本銀行総裁の黒田東彦が「現行計画の消費税率の引き上げでも成長は大きく損なわれず」と増税実施を主張した[148]ことなどもあり、増税実施へ徐々に傾いていった。2013年8月26日より、内閣府で集中点検会合[149]が開かれたが、有識者60人の大半が増税実施を主張[150]。2013年10月1日に正式に税率の8%への引き上げを表明した[151]。なお、日本銀行は2013年10月の時点で、消費税率を8%にアップさせた際の2014年(平成26年度)の実質GDPが前年比1.5%増に達する[152]としており、元日銀調査統計局長である早川英男[153]は、「(1997年の消費税増税後の景気低迷はアジア経済危機等が主因で)別に消費税のところで景気が大きく落ちたわけではない」「短期の景気見通しは、当たり前ですけれども明るい」と語っていた[154]。
「日本の消費税議論#消費税増税に関する集中点検会合での意見一覧」も参照

再増税が実施される場合は2015年10月に予定されているが、2014年6月24日のインタビューで安倍は「やっとつかんだ(デフレ脱却の)チャンスを逃してしまうかもしれないなら、引き上げることはできない」と述べ、11月発表の7〜9月期の実質国内総生産を待って最終判断を下す考えを示した[155]。また2014年4月の増税以降、大幅に悪化する指標が相次いでいる。7月10日に発表された5月機械受注は、官公需が22.4%増だったにもかかわらずリーマンショックを越える前月比19.5%減と過去最大の減少幅(ロイターの事前予測調査0.7%増)[156]。6月27日に発表された5月の実質消費支出は、実質前年比で8.0%減(ロイターの事前予測調査2.0%減)と東日本大震災以来の落ち込み[157]。7月30日に発表された6月の鉱工業生産も東日本大震災以来の落ち込みとなる前月比3.3%減で、経済産業省は「総じてみれば、生産は弱含みで推移している」と判断を下方修正[158]。経済産業省関係者は「過去にもなかなかない」ほどの低下幅だと語った[159]。しかし7月10日には、公益社団法人である日本経済研究センターが、7-9月期の実質成長率予測を季調済み前期比年率2.65%と主張。この予測が「15年10月からの消費増税“第2弾”(2%の追加増税)を後押しする」とした[160][161](この予測を行ったエコノミスト40人には菅野雅明、熊谷亮丸、武田洋子といった集中点検会合[149]に参加していたメンバーも含まれている)[162]。なお、8月13日に発表された4-6月期の実質GDPは前期比1.7%減、年率6.8%減と東日本大震災以来の大きな落ち込みとなり[163]、「谷深ければ山高し」との理由から日本経済研究センターは7-9月期実質成長予測を前期比年率4.08%増と修正。その報告の中で、景気の「1月ピーク説」との見方がにわかに台頭し、消費増税でもアベノミクス景気は腰折れしないとの見方が覆るかもしれないとした[164]。8月9日発売の「文芸春秋」において、安倍は「経済成長こそが安倍政権の最優先課題であることを明言する」とデフレ脱却への決意を語った[165]。

2014年10月7日の参議院予算委員会で、安倍は「今の社会保障制度を次世代に引き渡し、子育て支援のために資金を国民に負担してもらうための消費税だ。仮に消費税率を10%に引き上げなかった場合、社会保障の予算は減ることになる」と述べた[166]。また、同日にIMFは、2015年10月に予定される10%への消費税率引き上げを予定通り実施するべきとの見解を示した[167]。これについては、IMFには財務官出身の副専務理事や財務省からの出向職員が多数いるため、ロイター東京支局の記者がIMF(または財務省)に取材して書き込んだといった意見もある[168]。ロイターは論説で、民間エコノミストの間では7-9月期成長率が当初の4%台の見通しから2%台に下方修正されており、政府内には成長率の数字が低くても消費税の再増税を認めるという「ハードル引き下げ論」が浮上していると報じた[169]。国債に関しては、衆議院財務金融委員会において日銀総裁の黒田東彦と財務大臣の麻生太郎が、「(増税先送りをすると、日本国債への信認低下によって)対応が極めて困難になる」と足並みをそろえた[170][171]。一方で、財務省は国債入札に上限制を設ける検討に入っており、2015年度にも証券会社や銀行が応募できる金額を発行予定額の2分の1に制限する方向となった[172]。10月17日には、いわゆる「札割れ(日銀の国債の買い入れに対して、民間金融機関による応札額が買い入れ予定額に届かないこと)」が発生し、金融機関が安全資産とされる日本国債を手元に置く動きをしていることが分かった[173]。

2014年10月17日、安倍はフィナンシャルタイムズのインタビューに応じ、増税で景気後退すれば歳入も減少して施策自体が無意味になると述べた[174]。10月21日、政府は10月の月例経済報告を2ヶ月連続で下方修正し、消費の足踏みが生産に波及してきたとの見方を示した。また、コアコアCPIの上昇が止まっており「緩やかに上昇している」から「このところ上昇テンポが鈍化している」に修正した[175]。10月22日、自民党内の慎重派の議員連盟が勉強会を開き、議連会長の山本幸三は「消費増税はマイナスの影響しかない。慎重にタイミングを計るべきだ」と述べた[176]。

安倍は11月13日、消費税率の再引き上げの先送りを決めた上、次週に衆議院を解散する方針を固めた。1年半延期して2017年4月からとした[177]。2016年6月1日、安倍は消費税増税を更に2年半再延期すべきと判断し、その際は軽減税率を導入する旨も表明した[178]。 
「日本の消費税議論#消費税再増税の議論」も参照
参議院議員選挙(2016年)での勝利
「第24回参議院議員通常選挙」も参照

任期満了に伴う2016年7月10日の第24回参議院議員通常選挙では、前回を上回る議席を獲得した。安倍はこの結果を受けて、アベノミクスが信任を得たものと主張した[179]。
東京都議会議員選挙(2017年)での敗北
「2017年東京都議会議員選挙」も参照

2017年7月の都議会選挙では57議席から23議席に減らし、2009年の都議選時の38議席を超える過去最低の議席数に留まった。これについて、安倍は「大変厳しい都民の審判が下された。自民党に対する厳しい叱咤と深刻に受け止め、深く反省しなければいけない」と述べた。敗因について、「政権発足して5年近く経過し、安倍政権に緩みがあるのではないかという厳しい批判があったのだろう。真摯に受け止めなければいけない。政権を奪還したときの初心に立ち返って全力を傾ける決意だ」と説明した[180]。
政権・政策
皇室

皇室典範解釈
「皇統の継承は男系でつないでいくと皇室典範に書いてある」とし「女性宮家はそういう役割を担うことができない」と述べている[181]。
生前退位
2016年8月の天皇の生前退位の示唆を受け、政府は有識者会議を設けた。有識者会議および安倍内閣とも、違憲性検討等に時間を要する皇室典範改正ではなく特例法制定での早期決着の方針を志向した[182]。しかし、2017年1月26日の衆議院予算委員会での細野豪志議員からの質問に対し、安倍は皇位継承や女性宮家創設を含めた皇室典範改正について「当然、必要であれば改正いたします」と答弁した[183]。2017年4月21日、有識者会議は最終報告書を安倍に提出した。退位後の天皇の呼称や退位後の制度設計などが含まれる報告書に基づいた特例法案が国会に提出される見込みである[184]。2017年6月7日、参議院特別委員会で、退位特例法案が可決、成立した。本会議では、参議院天皇退位法案特別委員会で「女性宮家の創設等」の検討を政府に求める付帯決議が採択されたことも報告された[185]。安倍は、首相官邸で記者団に「政府としては、国会における議論、そして委員会の付帯決議を尊重しながら、遺漏なくしっかり施行に向けて準備を進めていく」と強調、皇位継承について「安定的な皇位の継承は非常に重要な課題だ。付帯決議を尊重して検討を進めていく」と語った[186]。

国家観

美しい国

「美しい国」も参照

総裁選直前の2006年7月19日に自らの政治信条を綴った自書『美しい国へ』を出版し、10刷・51万部以上を発行する[187]ベストセラーになった。政権スローガンも「美しい国日本を作る」とし、自身の政権を「美しい国づくり内閣」と命名した。自身の政権の立場を“「戦後レジーム(体制)」からの新たな船出”と位置づけている。現行憲法を頂点とした行政システムや教育、経済、安全保障などの枠組みが時代の変化についていけなくなったとし、それらを大胆に見直すとしている。小泉構造改革について好意的に捉え、安倍政権においても引継ぎ加速させる見解を総理就任記者会見で表明している[18][注 7]。
グローバリゼーション展開
政治家となって以来、日本の市場を、オープンにして国を開く事を自分の中に流れる一貫した哲学とし[注 8]、安倍内閣の成長戦略の方針の一つに、「人材や産業を始めとする徹底したグローバル化」を示し[注 9][注 10]、「もはや、国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました。[102]」と発言するなど、「世界に対してどこまでも、広々と、オープンにつながる日本」を追い求めている[189]。2006年の所信表明演説で安倍は、「ヒト・モノ・カネ・文化・情報の流れにおいて、日本がアジアと世界の架け橋となる「アジア・ゲートウェイ構想」を推進する。」と表明[192]。「世界一、ビジネス・フレンドリーな国にしたいと、私たちは言い続けています。この点、シンガポールに追いつき、できれば追い越したい。真剣に、そう思っています。」[193]、「(日米)両国が、TPPをつくるのは、歴史の必然です。」という見解を示し[102]、グローバル企業活動の国境の撤廃を目指している[194]。2014年4月、安倍が内閣総理大臣時代の首相官邸ホームページには、「企業活動の国境、なくす」「グローバル企業は、関税の障壁など、国内外の市場にまたがる制度面の障害をクリアし、より自由に活動できるようになります。」と書かれている[194]。また、「私は、日本を、アメリカのようにベンチャー精神のあふれる、「起業大国」にしていきたいと考えています。[102]」とも述べている。
アジア・ゲートウェイ構想

「アジア・ゲートウェイ構想」も参照

第165回国会の所信表明演説にて「日本がアジアと世界の架け橋となる『アジア・ゲートウェイ構想』を推進します」[192]と述べ、内閣官房に「アジア・ゲートウェイ戦略会議」を設置した。第166回国会の施政方針演説では、2007年5月までに「アジア・ゲートウェイ構想」を取りまとめると明言している[195]。

地方自治

構造改革の推進者であり、地方分権改革(道州制)を推進している[196]。地方創生は、第2次安倍政権における経済政策の一つであり、ローカル・アベノミクスと呼ばれることがある[197]。具体的には、政府関係機関の地方移転や各種特区の活用などが施策として挙げられている。

国家戦略特区

「岩盤規制」改革の突破口として、産業の国際競争力を強化するとともに、国際的な経済活動の拠点の形成を促進する観点から、国が定めた国家戦略特別区域において、規制改革等の施策を総合的かつ集中的に推進する特区と位置付けている[198]。

構造改革特区

実情に合わなくなった国の規制が、民間企業の経済活動や地方公共団体の事業を妨げている場合がある。この弊害を地域を限定して改革することで構造改革を進め、地域を活性化させることを目的とした特区として平成14年度に構造改革特区が創設された。地域の自然的、経済的、社会的諸条件等を活かした地域活性化を実現するための妨げとなる規制を取り除くツールとして、構造改革特区制度の活用を推奨している[199]。

道州制特区法の制定・道州制推進

「道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律」も参照

2006年(平成18年)に北海道地方等の特別区域で道州制を導入できる道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律を成立、公布・施行した。道州制導入についても2007年の所信表明演説で「道州制は地方分権の総仕上げ」と表明し[200]、道州制が地方分権の最終形態として好ましいとの見解である[201]。

外国人政策

実質的な移民政策

移民は母国以外の国へ移住し、長期滞在する者を意味し、外国人労働者受け入れの規制緩和は「移民の大量受け入れ」と軌を一にし[202]、外国人労働者受け入れの規制緩和により入ってくる移民の大半は中国人になるだろうといった見方が出ており[202]、安倍内閣は、中国からの公費留学生の大量受け入れや[203][204]、高度人材認定外国人の長期滞在環境を整えるなど[205][206]、実質的には、大半が中国人となる移民労働者受け入れ要件緩和政策[202]を推進している[205][206][202]。 また、安倍は、女性の社会進出推進の観点から、家事や介護の分野への外国人材活用促進を指示している[207]。

中国からの公費留学生の大幅拡充

2005年に都内の専修大学講演の中で「中国からの公費留学生の数がまだまだ少ない。思い切って増やして、反日にならずに日本を知ってもらうよう、我々も努力をしていかねばならない」との見解を示し[203]、以後、アジア・ゲートウェイ構想において、公費留学生受け入れの大幅拡充、在留資格制度見直し、留学生の就職を促進している[204]。

出入国管理・難民認定法改正案を閣議決定

2014年3月11日に、安倍内閣は、高度人材と認定された外国人が永住権を取得するために必要な在留期間を3年に短縮、親や家事使用人の帯同も認められるようにする出入国管理及び難民認定法改正案を閣議決定する[206][205]。外国人労働者受け入れの規制緩和と「移民の大量受け入れ」は軌を一にし、外国人労働者受け入れの規制緩和により入ってくる移民の大半は中国人になるだろうといった見方が出ている[202]。安倍が、出入国管理・難民認定法改正案の閣議決定後の2014年4月20日にテレビ番組「たかじんのそこまで言って委員会」に単独出演し、その場で披露した見解が「J-castニュース」で取り上げられた。それは「日本の国力を維持するためには移民の受け入れも必要」という質問に○か×かで答えるコーナーで×をあげた[208]事や、「移民を受け入れてきた多くの国々が、様々な摩擦が起こって、入ってきた人々も、そこにいる人々も不幸な出来事がたくさん起こっている」と述べる[208]一方で、「いろんな生産現場で人手不足になることは間違いない」として外国人労働者の受け入れには前向きな姿勢を示し、滞在期限を区切る形で受け入れるとするもので[208]、安倍内閣としては高度外国人材に認定されれば、在留3年で永住権を取得できる法改正を閣議決定していたため、[205][206]こうした態度に対し、テレビ発言を取り上げた「J-castニュース」記事上では「安倍首相の中では外国人労働者の受け入れ拡大と移民政策の間には明確な線引きがあるようだ。ただ、こうした認識はまだまだ理解が広がっておらず、混乱を招く恐れがある。」といった見方をされている[208]。
憲法

総裁選では施行60周年を迎えた日本国憲法を改正すると宣言し、総理就任後の国会で、「現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、60年近くを経て現実にそぐわないものとなっているので、21世紀にふさわしい日本の未来の姿あるいは理想を憲法として書き上げていくことが必要と考えている」と述べた[209]。また“私は、国会議員になった当初から改憲論者だが、3つの点で憲法を改正すべきだと主張してきた。第一の理由だが、現行憲法は占領軍の手によって、憲法の専門家ではない人たちによって2週間そこそこで書き上げられた、と言われており、やはり国の基本法である限り、制定過程にもこだわらざるを得ない”と述べた[210]。現行憲法の前文については「敗戦国のいじましい詫び証文」「みっともない」と主張している[211]。 2017年5月3日、民間団体のシンポジウムへのビデオメッセージで、新憲法施行年を2020年としたいと表明した。改憲案の具体的内容として、現憲法の9条1項及び2項を堅持した上で自衛隊の根拠規定の追加や、高等教育を含む教育無償化への意向を表明した[212]。改憲への期限を明言した安倍の発言は海外でも報道された[213][214]。
外交
「価値観外交」および「下記の歴史認識」も参照
2006年のAPECにて、大韓民国大統領盧武鉉、アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュと共に
2007年2月21日、総理大臣官邸にてアメリカ合衆国副大統領ディック・チェイニーと会談

第1次安倍内閣においては、「価値観外交」と「主張する外交」を外交の基本路線とした。このうち、「価値観外交」は、自由、民主主義、基本的人権、法の支配という普遍的な価値観を共有する国の輪を世界、アジアに拡大して行くことを目指す外交戦略である[215]が、第1次安倍内閣で外務大臣を務めた麻生太郎が、「自由と繁栄の弧」として初めて提唱したものである。自由と繁栄の弧は、民主主義や法の支配などの価値について、日本が非欧米圏における先駆者としての地位にあることに着目した上、北東アジアから、東南アジアを経て、インド、中東、中央アジア、中・東欧にかけての「弧」上にある国との間で、日本がリーダーシップをとってこれら価値を共有し、「弧」地域全体の繁栄に貢献する、その結果として経済や安全保障などで日本も国益を享受するという構想といえる[216][217]。

2012年12月28日に発足した第2次安倍内閣も、麻生太郎を副首相兼財務大臣としたほか、第1次安倍内閣当時に外務事務次官として「自由と繁栄の弧」の企画・立案を行ったとされる[要出典]谷内正太郎を内閣官房参与としており、改めて自由と繁栄の弧を基本とした外交政策を打ち出すと指摘されている[218][出典無効]、安倍が、平成24年12月28日にベトナム、インドネシア、オーストラリア、インドなどの首脳と相次いで電話会談を行ったのもその表れと指摘されている[219]。またプラハに本拠を置く国際NPO団体「PROJECT SYNDICATE」のウェブサイトに、12月27日付けで安倍晋三首相の英語論文が掲載され、そこで「アジアの民主主義セキュリティダイアモンド構想」を世界に向けて主張している[220]。

第2次安倍内閣最初の閣僚外遊は、民政移管を進めていたミャンマーへの麻生太郎副総理兼財務相・金融相の訪問で、麻生は「閣僚の最初の訪問先がミャンマーとなったこと自体、政権としてのメッセージである。」と述べている[221]。安倍も、就任後最初の外遊先として、2013年1月16日から18日にかけ、まずベトナムを訪れ、次にタイ、インドネシアを訪問。アジア太平洋地域の戦略環境が変化する中で、地域の平和と繁栄を確保していくため、自由、民主主義、基本的人権、法の支配など普遍的価値の実現と経済連携ネットワークを通じた繁栄を目指し、日本はASEANの対等なパートナーとして共に歩んでいく旨のメッセージを各国首脳に伝達した上、対ASEAN外交5原則を発表した[222]。

道傳愛子は、第2次安倍内閣における「価値観外交」の特色は、中国やインドの間という地政学的優位性が高い上、経済や安全保障での重要性も高まる東南アジアを重視する点であると述べている[221]。また、日本の価値観外交においては、港や道路などハードのインフラの整備だけでなく、投資環境整備にもつながる法整備支援や、人材育成といったソフトのインフラ整備への協力を、日本の役割として位置付けることが重要と主張している[221]。

第1次安倍内閣当時、「自由と繁栄の弧」には、民主主義や法の支配などの価値を共有しているとはいえない中国の反発を招くとの批判もあったが、日本の国際的存在感の低下、尖閣諸島問題に象徴される日中間の力関係の変化という新たな国際情勢のもと、中国との正面衝突を回避しつつ、アジアにおけるパワーバランスを適正に保ち、アジア及び世界の安定と発展に寄与する外交政策であると再評価されている[223][224]。

アメリカ合衆国
小泉政権により強化された日米安全保障条約をさらに充実させるため在日米軍と自衛隊の一体化を目指しており、集団的自衛権行使のための憲法改正も視野に入れている。
安倍政権の外交方針について、北海道新聞や沖縄タイムスなどからは対米追従であるという批判[225]や懸念[226]があるが、2013年3月の施政方針演説[227]によれば「日米同盟をより強固にしたい。わが国の安全確保の観点から当然の取り組みであり、地域の平和と安全に資する。対米追随外交との指摘はまったくあたらない」としている。
2014年4月24日の日米首脳会談で、日本の超電導リニア新幹線の技術をアメリカへ無償提供すると表明する[228]。2013年2月の首脳会談でも「日米同盟の象徴」と技術提供を提案していた[229]。なお、リニアの研究は1962年から開始しており、通常では、リニア技術提供を望む場合、ライセンス料が徴収される[229]。2013年3月には、日本企業が米軍のF-35開発に参加することを提言した[230]。2016年アメリカ合衆国大統領選挙中はヒラリー・クリントンと会談を行うも[231]、2016年11月17日に世界の政府首脳に先駆けて大統領選勝利後のドナルド・トランプ次期大統領と非公式会談して本間ゴルフの特注品を贈った[232][233][234]。
イギリス
2014年7月17日、国家安全保障会議で、戦闘機用のミサイルをイギリスと共同研究することを決めた[235][236]。この研究は現状日本のシーカー技術を適用した場合どの程度の性能になるかをシミュレーションするもので部品などをやり取りすることはないという[237][238]。
東南アジア
第2次安倍内閣は、経済や安全保障での存在感が高まる東南アジアを重視している。就任後1ヶ月以内に、自身のベトナム、タイ、インドネシア訪問、麻生太郎副総理のミャンマー訪問など、閣僚がアセアン主要国を次々と訪問した。安倍は、日本がASEANの対等なパートナーとして共に歩んでいく旨のメッセージを各国首脳に伝達した上、2013年1月18日には、訪問先のインドネシアにおいて、対ASEAN外交5原則を発表した[222][注 11]。
「安倍ドクトリン」を参照

中華民国(台湾)
祖父である岸信介や父・晋太郎も親台派であり、自身も台湾などとの交流強化を目指している亜東親善協会の会長を2012年の首相就任まで務めていたほか[240]、第一次安倍内閣の際には羽田空港と松山機場との間の直行便を推進したり、野党時代には台湾を訪問し馬英九総統、李登輝元総統などと会談を行うなど、筋金入りの親台派と言える。また、中華民国政府も安倍のことを親台派であると評価している[241]。また、第三次安倍内閣では国会答弁のなかで「日本の友人である台湾」と同答弁内で述べられた中国、韓国、北朝鮮、ロシアとは別格の表現をしている[242]ほか、同年7月29日に行われた参議院の我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会において、「台湾は、基本的な価値観を共有する重要なパートナーであり、大切な友人であります」と答弁している[243]。
中華人民共和国
2006年の総裁選は、ありのままの日本を知ってもらうために多くの中国人留学生を受け入れるべきと主張し、小泉政権時に悪化した日中関係の改善に意欲を見せた[244]。2006年の首相就任後の初外遊先に1999年の小渕総理以来の公式訪問として中国を選び、胡錦濤国家主席との会談では8年ぶりの共同文書「日中共同プレス発表」で戦略的互恵関係の構築を合意した[245]。この訪中は中国側から「氷を砕く旅(破氷之旅)」と歓迎された[246]。
大韓民国
国交正常化50周年記念式で祖父である岸信介や大叔父の佐藤栄作は国交正常化に大きく関与したと述べ[247]、父・晋太郎は親韓派であり[248]、父親同士が親密だった朴槿恵大統領に官房長官時代から神戸ビーフを贈り手紙をやりとりするなど交流があった[249]。第一次安倍内閣時に「韓国はまさに日本と同じ価値観を持っている」と発言をしている[250]。軍艦島(端島)など明治日本の産業革命遺産の世界文化遺産登録をめぐる韓国との交渉では、朝鮮半島出身者の徴用について、韓国側の要求を受け入れるように外務省に歩み寄りを指示している[251]。第三次安倍政権下では外務省による二国間関係を紹介するウェブページの韓国に関する記載から「基本的な価値を共有する」を削除した[252]。
2013年の韓国の月刊誌「月刊朝鮮」(2013年4月号)による安倍へのインタビューで、安倍は日韓関係はじめ歴史問題や憲法改正などについて語った[253]。韓国側は2015年11月2日、安倍の訪韓に備えて朴槿恵大統領主催の昼食会などを交換条件に、慰安婦問題での「譲歩」を要求したが、日本側は拒否した。安倍は周囲に「昼飯なんかで国益を削らない」と語っていたという[254]。同年12月に慰安婦問題日韓合意を行い、翌年2016年には日韓初[255]の防衛協力協定である日韓秘密情報保護協定(GSOMIA)も締結した。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)
2007年2月12日に来日したチェイニー米副大統領に、拉致問題が解決するまで北朝鮮に対するテロ支援国家指定の解除をしないように要請した[256]。3月1日、6者協議の日朝国交正常化に関する作業部会への対応について「拉致問題の完全解決、前進を目指して全力を尽くすように」と指示し、エネルギー支援の参加についても「我々が判断をして決めていきたい。北朝鮮が決めることではない。我々が(拉致問題で)納得できなければ前進とは認めない」と強調し、拉致問題を安倍政権の最重要課題とする従来の姿勢を確認した[要出典]。
2016年、北朝鮮が5回目の核実験を行ったことについて「厳重に抗議し、最も強い言葉で非難する」とした声明を発表し[257]、国連演説で異例の名指で批判して制裁強化の議論を日本が主導する意向を表明した[258]。
オーストラリア

詳細は「日豪関係」および「安全保障協力に関する日豪共同宣言」を参照

オーストラリアとは「基本的価値観を共有する[259]」としている。日豪FTAの交渉を開始し、2006年12月に合意した。2007年3月13日には安全保障協力に関する日豪共同宣言にジョン・ハワード首相とともに署名した。この宣言にはPKOなどの海外活動や対テロ対策、北朝鮮問題などで日豪が協力する、安全保障協議委員会の設置などが明記されていた[260]。「豪との共同宣言が中国狙ったものでない」とした[261]。
インド
2007年8月に日印首脳会談を行い、政治・安全保障、経済、環境とエネルギーなど多岐に渡って合意した。また、インドの国会において、日印間の更なる関係強化について「二つの海の交わり」と題する政策演説を行った。外務省は「この演説内容はインドに非常に高く評価され、スピーチ終了後は総立ちとなるスタンディングオベーションとなった」と発表している[262][263]。2017年7月7日、モディ首相と会談し、日米印3カ国の安全保障協力を強化する方針で一致した[264]。
中東・アフリカ
2014年1月にオマーンを訪問し、さらにコートジボワールを訪れた[265]。

安全保障

日本版「国家安全保障会議」(NSC) 構想を推進した。総理就任以前から憲法改正に関しては集団的自衛権の容認を打ち出してきた。2007年には安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会を開催、集団的自衛権の行使は日本国憲法第9条に反しないとの報告書を得て、宮崎礼壹内閣法制局長官に対し、解釈変更の指示を行ったが、職員の総辞職の可能性を示される抵抗を受け頓挫した[266]。第2次安倍内閣では、集団的自衛権行使容認派の小松一郎フランス大使を2013年8月8日に内閣法制局長官に任命した。しかし、体調不良に小松は退任し、代わって内閣法制局次長であった横畠裕介を2014年5月16日に内閣法制局長官に任命した。横畠は、2016年3月18日の参議院予算委員会において、「我が国を防衛するためにの必要最小限度に限られる」としながらも「憲法上全てのあらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されていると考えていない」と答弁している[267]。

2006年11月14日、安倍内閣は閣議で、核保有についての鈴木宗男の質問主意書[268]に対して、「政府としては、非核三原則の見直しを議論することは考えていない」と強調しながらも、「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度にとどまれば、保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」との答弁書[269]を出した。

第2次安倍内閣においては武器輸出三原則の撤廃を含めた根本的な見直しに着手[270][271]。2013年9月28日に小野寺五典防衛大臣は、最先端の兵器は国際開発が主流であり、日本はその流れから取り残されているとして、武器輸出三原則を抜本的に見直す考えを示した[272]。

2014年3月、武器輸出三原則に代わる「防衛装備移転三原則」の原案が与党のプロジェクトチームに示され[273]、同年4月1日に武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則が閣議決定された[274]。
「日米豪印戦略対話」も参照

2016年11月15日、安全保障関連法で新たに認められた「駆け付け警護」を、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)を行っている陸上自衛隊の任務に加える実施計画を閣議決定した。安倍は、「自衛隊の安全を確保し、意義のある活動が困難であると判断する場合は撤収を躊躇しない」と述べた。一方で「危険の伴う活動だが、自衛隊にしかできない責務をしっかりと果たすことができる」と述べた[275]。

2017年3月17日、情報収集衛星「レーダー5号機」の打ち上げ成功について「情報収集衛星を最大限活用し、今後とも日本の安全保障と危機管理に万全を期す」とのコメントを発表した[276]。
尖閣諸島問題
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