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2017-07-29 14:43:43 | 日記

都議選における公職選挙法違反容疑

2017年の東京都都議選において、「内閣総理大臣」と書かれた横断幕を掲げた演壇で応援演説をしたのは、選挙運動での公務員の地位利用を禁じる公職選挙法に違反するとして、都内の市民団体から同法違反の罪で告発状を東京地検特捜部に提出されている[426]。
発言
この節に雑多な内容が羅列されています。事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または整理・除去する必要があります。(2015年8月)
2007年7月、マスコミからの取材に応じるアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ(右)と安倍

原子爆弾の保有・使用
2002年2月、早稲田大学での講演会(非公開)における田原総一朗との質疑応答で、「小型であれば原子爆弾の保有や使用も問題ない」、と発言したと『サンデー毎日』 (2002年6月2日号)が報じたが、安倍は同年6月の国会で「使用という言葉は使っていない」と記事内容を否定し、政府の“政策”としては非核三原則により核保有はあり得ないが、憲法第九条第二項は、国が自衛のため戦力として核兵器を保持すること自体は禁じていないとの憲法解釈を示した岸内閣の歴史的答弁(1959年、1960年)を学生たちに紹介したのであると説明した[427]。2016年4月には鈴木貴子の質問主意書に対し「憲法9条は一切の核兵器の保有や使用をおよそ禁止しているわけではない。しかし核拡散防止条約及び非核三原則に基づき、一切の核兵器を保有し得ない」とする答弁を閣議決定した[428]。
民主党を「中国の拡声器」
2002年5月19日中国・瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件に関して、日本国外務省の不手際を調査するため中国を訪問した民主党を、テレビ番組において「中国の拡声器」と批判した。安倍は2日後の5月21日、参議院外交防衛委員会において、民主党の激しい反発に遭い、発言を撤回した[429][430]。
辛光洙の保釈署名者の土井たか子と菅直人に対する不適切発言
2002年10月19日広島市・岡山市の講演において「1985年に韓国入国を図り逮捕された辛光洙(シン グァンス)容疑者を含む政治犯の釈放運動を起こし、盧泰愚政権に要望書を出した人たちがいる。それが土井たか子、あるいは菅直人だ」「この2人は、スパイで原さんを拉致した犯人を無罪放免にしろといって要望書を出したという、極めてマヌケな議員なんです」と発言した。この発言は両議員から抗議を受け、同月21日の衆院議院運営委員会の理事会で取り上げられ、社民党の日森文尋衆院議員が抗議した。また、土井党首も記者団に「人格とか品格の問題にかかわる」と不快感を示した。結局、安倍が自らの発言を「不適切」と認めたことで、同月25日の衆院議院運営委員会の理事会にて決着した。大野功統委員長が安倍に「適切さを欠く表現があったと思われるので注意して欲しい」と伝え、安倍は「官房副長官という立場を考えると、不適切な発言だったので、今後十分注意する」と述べたという。その後、大野委員長が、このやりとりを理事会で報告し、民主、社民両党も了承した[431]。

日韓図書協定
2011年の日韓図書協定について、「国民や歴史に対する重大な背信だ」と批判した[432]。

最高責任者に関する発言
2014年2月13日、自民党の総務会において「最高責任者は私です。私が責任者であって、政府の答弁に対しても、私が責任を持って、その上において、私たちは選挙で国民から審判を受けるんですよ」と発言した。この発言について、自民党の村上誠一郎は「総理の発言は、選挙で勝ったら、拡大解釈で憲法を改正しても、何をしても良いのかと理解できる。その時々の政権が解釈を変更できることになる」と、自民党の船田元は「拡大解釈を自由にやるなら、憲法改正は必要ないと言われてしまう」と、それぞれ意見した[433][434][435]。
自衛隊について「わが軍」と発言
2015年3月20日、参議院予算委員会で自衛隊訓練の目的を尋ねられた際、「我が軍の透明性を上げていく、ということにおいては、大きな成果を上げているんだろうと思います」と語った[436][437]。30日の衆院予算委員会で後藤祐一の質問に対し、安倍は「共同訓練の相手である他国軍と対比するイメージで自衛隊を『わが軍』と述べたわけで、それ以上でもそれ以下でもない」と改めて説明し、「自衛隊の位置づけに関するこれまでの政府見解を変更するものではないし、そのような意図はない」、「軍と呼ぶことは基本的にない」と主張した。また、「言葉尻をとりあげて議論をする意味はあまりない。もう少し防衛政策そのものを議論した方が生産的だ」、「こうした答弁により大切な予算委員会の時間がこんなに使われるならば、いちいちそういう言葉は使わない。ただそれを使ったからどうこういうものではない」と述べた[438]。

マスコミ報道への反論

長崎市長射殺事件をめぐる報道
『週刊朝日』が2007年5月4日・10日合併号の広告で「長崎市長射殺事件と安倍晋三首相秘書との『接点』」という大見出しを掲載した。射殺犯と秘書に関係があるとするものであるとして、安倍は直ちに「言論テロ」と抗議し、朝日新聞は夕刊社会面に同誌山口一臣編集長の訂正記事を掲載したが、安倍は誠意の不足を理由として追及を止めず、週刊朝日は全国紙4紙に謝罪広告を出すことになった。この件について森喜朗は次のように述べている。

抗議するときは、中身だけではなく広告の見出しに対してもすべきだと学びました。(後略)

安倍総理は「これが真実なら総理を辞め、政治家も辞める」とまで言いました。その発言は、やや不用意で政治家はそんなに軽いものじゃない、と思わないでもないのですが、ある意味あの発言により、国民はどちらが真実を語っているのか、察したんじゃないでしょうか。朝日新聞は安倍総理を就任直後から叩いてきた。これは例の「朝日・NHK問題」でやられたから余計過激に反応しているのでしょう。
— 森喜朗(聞き手大下英治)「「失言問題」、朝日新聞を叱る」『WiLL』2007年9月P54

「長崎市長射殺事件」も参照

『週刊文春』による2008年の衆議院補欠選挙における報道
2008年4月、山口県第2区の衆議院議員補欠選挙にて、岩国市で自民党公認候補の山本繁太郎を支援する演説を行った際に、光市母子殺害事件の被害者家族について「光市の街頭演説には本村さんがいらっしゃいました。本村さんは私に『頑張ってください、山本さんを応援しています』とおっしゃった。本村さんは山本繁太郎さんに賭けたのです。」[439] と発言した。さらに、犯罪被害者支援問題について「お嬢さんを無惨に殺された本村さん。そのお嬢さんの遺影を持って私の所にやってきて『どうか安倍さん、この法律を通してください』と涙ながらに訴えたのです。」[440]と発言した。
しかし、本村洋は「演説で名前を出されて本当にビックリしました。(山本候補を応援した事実は)まったくありません」[440]と否定しており、犯罪被害者支援問題についても「陳情したのは私ではない。遺影とかは出していませんが、小泉総理にお願いに行ったことはあります。安倍さんには光市での演説のときに初めて(聴衆の一人として)お会いしました」[440]と説明した上で、安倍の演説について「私がいないところでそういう発言をされたことはどうかと思います」[440]と語っている。
安倍晋三事務所では「『お嬢さんを殺されたお母さん』と明確に述べたのであって、本村氏のことを述べたものではありません」[441][出典無効]と反論しており、本村との面識については「光市における街頭演説後、安倍が会場の多くの聴衆とマスコミの中で本村氏と挨拶をし、安倍が本村氏と会話をした」[442][出典無効]と主張している。そのうえで、この問題を報道した文藝春秋に対し抗議文を送付した[443]。

朝日新聞の報道

2005年1月12日の朝日新聞で、当時内閣官房副長官であった安倍らがNHKに圧力を加えたと報じたが、安倍は各社の報道番組に出演するなどして、朝日新聞の報道を全面否定した。
詳細は「NHK番組改変問題」および「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷#外国からの政治的影響を指摘する批判」を参照

2007年9月の第一次安倍政権崩壊に際し、東海新報は同年9月14日付のコラムで、「安倍首相辞任で一番ガッカリしているのは朝日新聞だろう。なにせ毎日いじめていた相手が突然転校してしまったのだから。むろんこれは逆説だ。しかし同紙の安倍政権に対するネガティブ(否定)キャンペーンはすさまじく、これにはいくら強靱な神経の持ち主でも参るだろう。」と評した[444]。

2007年9月24日付の朝日新聞に掲載された安倍に関する石原壮一郎のコラムに関し、翌25日放送の日本文化チャンネル桜の番組で朝日新聞を批判したことに端を発して、朝日新聞が事実を捏造してまで安倍を執拗に攻撃する様を表現した「アサヒる」という新語が流行し、『ネット流行語大賞2007』で年間大賞金賞に選ばれた[445]。新語辞典『現代用語の基礎知識2008』(自由国民社)にも収録されている[446]。
詳細は「アサヒる問題」を参照

小川榮太郎は、三宅久之が朝日新聞社論説主幹の若宮啓文に、同紙が安倍を叩く報道ばかりする理由について尋ねたところ、若宮が「社是であるからと語った」と主張しており[447]、第一次安倍政権時代に、ある朝日新聞幹部が「安倍の葬式はうちで出す」と語っていたと述べている[447]。しかし、これらの発言に対して、朝日新聞は「安倍政権を倒すという社是はなく、主筆が話したこともありません。」とコメントしており[448]、また、小川自身も当人たちである三宅と若宮に事実確認をしていないことを認めているため[26]、このエピソード自体が安倍応援団による朝日新聞を攻撃するためのデマとする見解もある[449]。

田母神俊雄は、自著『なぜ朝日新聞はかくも安倍晋三を憎むのか』において、安倍が提唱する「戦後レジームからの脱却」という理念が、安倍叩きの原動力となった最大の要因であると主張している[450]。
人物
人物像
第26回東京国際映画祭にて

座右の銘

吉田松陰の「至誠にして動かざるもの、これいまだあらざるなり」[451]。「初心忘るべからず」[452]。

愛読書

古川薫の『留魂録の世界』(留魂録は吉田松陰の著作である)[451]。

尊敬する人物やファンである人物

幕末期の思想家、吉田松陰を尊敬する。「晋三」の名は、松陰の松下村塾の門下生だった高杉晋作から付けられた[453]。
現在では非常に親しい間柄である(後述)アグネス・チャンは、2、30代のころファンだった[454][455]。深見東州によると、キャサリン・ジェンキンスの大ファンであるという[456]。

ファッション
寒がりである[457]。クール・ビズの一環である「国会内はワイシャツ・ノーネクタイ」が導入された当初は背広で通していた[458]が、東京新聞の政治ネットモニター調査では、クールビズが似合う政治家第2位となった[459]。2002年、清潔感を大切にしたファッションを心がけていることが評価され、政治経済部門でベストドレッサー賞を受賞[注 13]。安倍は「いつも私の服をチェックしてくれる妻が受賞したようなもの」とコメントした[460]。
アーチェリー
大学時代にアーチェリーをしていた安倍は、2005年に全日本アーチェリー連盟の第6代会長に就任している(前任は同じく首相経験者の海部俊樹、父の安倍晋太郎も第4代会長である)[461]。2007年3月25日、連盟から再び会長に推薦され[462][出典無効]、これを受託したため、14日の理事会で2期目を務めることとなった[463]。首相であるため、職務は副会長が代行することになっている[464]。
2006年4月28日のフジテレビのバラエティ番組では、明石家さんまとアーチェリーで対決、その腕前をテレビで初めて披露した[465]。
ゴルフ
ゴルフも趣味の一つであり、アメリカ留学中も、現地で知り合った友人とプレーしていた[466]。
野球
プロ野球・東京ヤクルトスワローズのファンである。一方で、神戸製鋼に勤務していたことから「あの会社は阪神ファンじゃなきゃ生きていけない」と冗談めかして語るように、阪神タイガースにも愛着がある[467]。また、アンチ巨人であることも公言しており、巨人出身の政治家であった堀内恒夫に食ってかかったこともある[468][469]。
アグネス・チャン
アグネス・チャンとは20年も親交がある友人で[470][471][472]、よく食事をともにする[473]。2、30代の頃に彼女の熱心なファンであり[454]、外交官秘書時代にテレビ番組で知り合った[474]。アグネスは安倍の結婚式に出席して祝辞を述べ[473]、「草原の輝き」を歌った[474]。安倍も彼女の結婚式に出席したが、婚約の知らせを聞いた時にはがっかりしたという[454]。また、2007年にはアグネスのデビュー35周年を記念するアルバムのために、安倍は「平和」をテーマにした歌詞を作詞した[470][471]。
お笑い
お笑いが好きであり、特にタモリのファンでフジテレビ「ボキャブラ天国」をよく見ていた[475]。これもあり、自らと考えが一部異なる爆笑問題の番組に出演したり、桜を見る会で一緒に写真を撮ったりもしている[476][477]。

関係団体

安晋会
「安晋会」も参照

日本会議国会議員懇談会
「日本会議#日本会議国会議員懇談会」も参照
「右派」「保守系」とされる団体では国内最大級の組織であり、安倍と思想的にも近いと朝日新聞で報道された[478]。事務総長の椛島有三、政策委員の伊藤哲夫、役員の高橋史朗は、朝日新聞で安倍のブレーンであると報道されている[479]。安倍は日本会議国会議員懇談会の特別顧問である[480]。

交流関係

天宙平和連合
官房長官当時の2006年、統一協会系列の団体である「天宙平和連合」 (UPF) の集会のイベントに安倍を含む数人の自民党議員が祝電を寄せたことが新聞、雑誌等で伝えられた。後に「私人としての立場で地元事務所から『官房長官』の肩書で祝電を送付したと報告を受けた。誤解を招きかねない対応で、担当者に注意した」とのコメントを出した[481]。
公明党・創価学会
『アエラ』によると、晋三は、小選挙区制度が導入されて二大政党制に近づけば、創価学会は自分から離れてゆくとの判断から、1994年に創価学会と公明党に批判的な宗教団体や有識者で結成された「四月会」(代表幹事:俵孝太郎)の集会などに参加したこともあったと報じられている[482]。また、創価学会に関する自民党の勉強会『憲法20条を考える会』に参加した次の日、自身の選挙区の公明党の大幹部から電話で釘を刺されたことで、政治的野望を持った創価学会が政界での影響力を拡大して行くことを危険視していたという[482]。
首相就任直前の2006年9月22日に極秘裏に東京都内の創価学会の施設で、池田大作創価学会名誉会長と会談を持ったと主要新聞[483]「『産経新聞』を除く」をはじめ各種メディアが伝えた。安倍は池田に父との生前のつきあいについて感謝の意を表し、「参院選での公明党や創価学会の協力を要請」し、池田は「協力を約束した」という[484]。また、「日中関係の早期改善が重要との認識で一致」したという[484]。同月30日には公明党大会に来賓として出席し、祖父も父も「公明党とは交友関係が深かった」として「何か特別な運命を感じる」と語った[484]。
その後、国会で池田と面会した事実があったかという野党の質問に対して、安倍は「そういうことはございません。」と答弁した[485]。2007年2月13日の衆議院予算委員会でも同様に否定した[486][487]。

家族・親族
2007年4月26日、ホワイトハウスにて妻安倍昭恵(右から2人目)を伴いアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ夫妻と

先祖に安倍宗任、平清盛、平知盛、平知貞、佐藤忠信ら。安倍家は安倍宗任の子孫の娘が平知盛の子の平知貞に嫁ぎ産んだ子の末裔だというが、平家の家系図には平知盛の子に平知貞という人物は存在しない。佐藤忠信が佐藤家の先祖であるというのも口伝である。[要出典]
五世祖父 - 佐藤信寛(政治家)
高祖父 - 大島義昌(軍人・陸軍大将、子爵)
高祖父 - 佐藤信彦(漢学者、政治家)
曾祖父 - 本堂恒次郎(軍医)
曾祖父 - 佐藤秀助(山口県庁官吏)
曾祖伯父 - 安倍慎太郎(政治家)
祖父 - 寛(政治家)
祖母 - 本堂静子(本堂恒次郎の長女、大島義昌の孫娘)
祖父 - 岸信介(官僚、政治家・首相)
大伯父 - 佐藤市郎(軍人・海軍中将)
大叔父 - 佐藤栄作(官僚、政治家・首相)
父 - 晋太郎(新聞記者、政治家)
母 - 洋子(岸信介の長女)
兄 - 寛信(成蹊大学経済学部卒業[6]。三菱商事パッケージング社長。妻はウシオ電機会長牛尾治朗の娘)
弟 - 信夫(岸家へ養子、政治家)
妻 - 昭恵(旧姓・松崎。森永製菓第5代社長・松崎昭雄の長女)

家庭
妻・昭恵との間に子供はいない。

農商務省時代の岸信介(1923年)
下段左から岸良子、岸信和、岸信介、吉田寛、上段・佐藤栄作
安倍晋太郎と長男寛信(1956年)

岸信夫
実弟の岸信夫が第20回参議院議員通常選挙に立候補した際、安倍は秘書に対して岸の出馬に反対する発言をしたと報道された[488]。当時の秘書は「虚偽の事実を書かれ、地元での声望は地に落ちた」[489]として筆者であるジャーナリストの松田賢弥を訴えたが、山口地方裁判所下関支部は「原告の発言内容がおおむねその通りに掲載されている」[489]として秘書の訴えを棄却した。

系譜

山口県長門市
山口県大津郡日置村(後に油谷町に分割→現長門市)の安倍家は、江戸時代、大庄屋を務め、酒や醤油の醸造を営み、やがて大津郡きっての名家と知られるようになった[490]。
祖父の安倍寛が日置村村長、山口県議会議員などを経て、1937年、衆議院議員に当選し政治一家となった[491]。
「共同通信社」出身のジャーナリスト古沢襄によると、安倍晋太郎は自分たち安倍家のルーツは岩手県(安倍氏 (奥州))であり、安倍宗任の末裔だと言っていたという。安倍宗任は1051年の前九年の役にて源頼義、源義家率いる源氏に破れ、大宰府に配流された奥州(陸奥国)の豪族である。『閨閥 改訂新版 特権階級の盛衰の系譜』216-217頁に「家系図をひもとくと安倍家は、鎌倉時代以前の奥州征伐などで名高い阿倍比羅夫、前九年の役の安倍貞任にまで繋がる歴史ある名門である」とある。安倍家の元家政婦は東北地方に飛び、安倍一族の関係地と言われた地域の市町村役場などを丹念に回りながら、各地に古くから伝わる家系図を調べ歩いた。その結果、油谷町に住み着いた一族が宗任の流れをくむ者たちであること、青森県五所川原の石搭山荒覇吐(あらはばき)神社に始祖である宗任が眠っているらしいことを調べ上げたという。元家政婦からの報告を聞いた晋太郎は昭和62年(1987年)7月末、出馬表明した総裁選の全国遊説の折、妻洋子と晋三夫妻を伴い同神社に出向き、参拝した。なお案内役を兼ねて晋太郎たちに同行したのが画家の岡本太郎であり、岡本もまた安倍一族の流れをくむ一人として、自らのルーツに関心を持って調べたことがあったという[492]。だが、この石搭山荒覇吐神社は偽書『東日流外三郡誌』に基づいて、同書の「発見者」・和田喜八郎が昭和55年(1980年)に創建した神社であり、同社所蔵の安倍頼時の遺骨と称する物は後に鑑定の結果、クジラの骨の化石と判明した[493]。平成元年(1989年)に発刊された『安倍一族』(盛岡タイムス社編纂)という一冊に晋太郎は『わが祖は「宗任」』と題する、次の序文を寄せている。“宗任より四十一代末裔の一人として自分の志した道を今一度省みながら華咲かしてゆく精進を続けられたら、と願うことしきりです”[490]。但し、安倍晋三にとり女系の祖先にあたり、父系は平氏であり平知貞の系譜をひく。平家滅亡により子孫の迫害を恐れ女系の安倍姓を称したという。また、母方の祖父 岸信介、佐藤栄作兄弟は源義経の郎党 佐藤忠信の末裔とされる[494]。家紋は「丸に立梶の葉」。

                    ┏昭和天皇━━━━━━━━━今上天皇(明仁)
    明治天皇━━━大正天皇━━━━━┫
                    ┗三笠宮崇仁親王━━━━━━寬仁親王
                                   ┃     ┏彬子女王
                                   ┣━━━━━┫
                            麻生太賀吉  ┃     ┗瑶子女王
                               ┃  ┏信子
                               ┣━━┫
                               ┃  ┗麻生太郎
                              ┏和子
                       吉田茂━━━━┫
                              ┗桜子
                      吉田祥朔     ┃
                        ┣━━━━━吉田寛
                       ┏さわ
                       ┃
                       ┣佐藤松介  ┏寛子(佐藤栄作夫人)
                       ┃  ┣━━━┫
                       ┃ ┏藤枝  ┗正子
                       ┃ ┃
                       ┃ ┗松岡洋右
                       ┃
佐藤信孝━━佐藤信立━━佐藤信寛━━佐藤信彦━╋佐藤寛造
                       ┃
                       ┃(池上)
                       ┣佐藤作造
                       ┃
                       ┗茂世          安倍晋太郎  ┏安倍寛信
                        ┃             ┃    ┃
                        ┣━━┳佐藤市郎      ┣━━━━╋安倍晋三
                        ┃  ┃          ┃    ┃
                (岸/婿養子) ┃  ┃(佐藤)      ┃    ┗岸信夫
                     ┏佐藤秀助 ┣岸信介━┳岸信和  ┃
                     ┃     ┃    ┃     ┃
                     ┃     ┃    ┗━━━━━洋子
                     ┃     ┃
                岸要蔵━━┫     ┗佐藤栄作   ┏佐藤龍太郎━━佐藤栄治
                     ┃        ┣━━━━┫
                     ┃        寛子   ┗佐藤信二
                     ┗岸信政━━良子
                         (岸信介夫人)

                         (婿養子/信政養子)
                     ┏佐藤秀助━━岸信介 ┏岸信和==岸信夫(安倍/養子)
                     ┃      ┃   ┃
                     ┃      ┣━━━┫
                 岸要蔵━┫      ┃   ┃
                     ┃      ┃   ┗洋子
                     ┃      ┃    ┃
                     ┗岸信政━━━良子   ┃
                                 ┃   ┏安倍寛信
                ┏安倍慎太郎           ┃   ┃
   安倍宗任……………安倍某━┫                ┃   ┃
                ┗タメ              ┃   ┃
                 ┣━━━━━安倍寛       ┣━━━╋安倍晋三
                 安倍彪助  ┃         ┃   ┃  ┃
               (婿養子)   ┣━━━━━━━安倍晋太郎 ┃  昭恵
                       ┃             ┃
                 本堂恒次郎 ┃             ┗岸信夫
                 ┣━━━━━静子
          大島義昌━━━秀子    ┃
                       ┣━━━━━━━西村正雄
                        ┃
                        西村謙三

略歴
2012年自民党総裁選期間中

1954年9月21日 - 東京都に生まれる。本籍地は山口県大津郡油谷町(現・長門市)。
1977年3月 - 成蹊大学法学部政治学科卒業
1977年4月 - 米国カリフォルニア州ヘイワードの英語学校に入学。その後、ロングビーチの語学学校に転校した。
1978年4月 - 南カリフォルニア大学に入学。政治学を専攻し春・夏・秋学期を履修し、1979年に中退。
1979年4月 - 株式会社神戸製鋼所入社
1982年11月 - 神戸製鋼所退社、外務大臣(実父・安倍晋太郎)秘書官に就任
1993年7月 - 衆議院議員初当選(旧・山口1区)
1999年10月 - 衆議院厚生委員会理事
2000年7月 - 第2次森内閣で内閣官房副長官に就任
2001年4月 - 引き続き第1次小泉内閣で内閣官房副長官に就任
2003年9月 - 自由民主党幹事長に就任
2004年9月 - 自由民主党幹事長代理に就任 党改革推進本部長に就任
2005年10月 - 第3次小泉改造内閣で内閣官房長官に就任
2006年9月 - 自由民主党総裁に選出、第90代内閣総理大臣に就任
2007年9月 - 自由民主党総裁及び内閣総理大臣を辞任
2009年11月 - 創生「日本」会長に就任
2012年9月 - 自由民主党総裁に選出
2012年12月 - 第96代内閣総理大臣に就任
2014年12月 - 第97代内閣総理大臣に就任

受賞・栄典

受賞

第31回ベストドレッサー賞(2002年) - 政治・経済部門
GQ MEN OF THE YEAR 2006[495](2006年)
第42回ベストドレッサー賞(2013年) - 政治・経済部門
FP Top 100 Global Thinkers(2013年)
ハーマン・カーン賞(2013年)
Asian of the Year award(2013年)
タイム誌 - 世界で最も影響力のある100人[496][497](2014年) - Leader枠で選出

栄典

Member Special Class of the Order of Abdulaziz Al Saud、2007年、サウジアラビア
Grand Cross of the Order of Honour、ギリシャ
Member First Class of the Shaikh Isa bin Salman Al Khalifa Order、2013年、バーレーン
Grand Cross of the Ivorian Order of Merit、2014年、コートジボワール
Knight Grand Cross of the Order of Orange-Nassau、2014年、オランダ

著作

主著

『安倍晋三対論集 日本を語る』 PHP研究所、PHP研究所、2006年4月。ISBN 978-4569643632。
『美しい国へ』 文藝春秋〈文春新書〉、2006年7月。ISBN 978-4166605248。
『新しい国へ 美しい国へ 完全版』 文藝春秋〈文春新書 903〉、2013年1月。ISBN 978-4166609031。
『日本の決意』 新潮社、2014年4月。ISBN 978-4103355915。

共著・編著

『吾が心は世界の架け橋-安倍外交の全記録』 安倍晋三 編、新外交研究会、1992年4月。 - 安倍晋太郎外交対象。
安倍晋三、岡崎久彦 『この国を守る決意』 扶桑社、2004年1月。ISBN 978-4594043315。
『日中対話』 安倍晋三 編、言論NPO〈言論ブログ・ブックレット 私ならこう考える-有識者の主張〉、2006年12月。ISBN 978-4903743011。
安倍晋三、百田尚樹 『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』 ワック、2013年12月。ISBN 978-4898314180。

論文

Japan’s Coming “Wage Surprise” (2013年12月23日発表)安倍晋三、朴槿恵ほか『世界論』(土曜社、2014年1月)に収録予定
Asia's Democratic Security Diamond By Shinzo Abe PROJECT SYNDICATE

出演
TV
そこまで言って委員会NP(読売テレビ)
スッキリ!!(日本テレビ)、2013年4月18日
報道ステーション(テレビ朝日)、2005年1月13日、2012年9月12日、2013年12月20日など
森田一義アワー 笑っていいとも!(フジテレビ)、2014年3月21日『テレフォンショッキング』コーナー
FNNスーパーニュースアンカー(関西テレビ)、2012年12月19日、2015年1月14日
みんなのニュース(フジテレビ)、2015年7月20日
情報ライブ ミヤネ屋(読売テレビ)、20
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