徒然草紙

読書が大好きな行政書士の思索の日々

黒い氷

2017-07-15 10:27:12 | 読書
 オーサ・ラーソンのレベッカ・シリーズ第3弾。前作『赤い夏の日』で心と身体に深い傷を負った主人公レベッカは、弁護士を辞め、故郷キールナで検事として働くこととなります。彼女を待ち受ける事件とは?
 
 このようなことを書きますと、レベッカが名探偵ぶりを発揮して、次々と事件を解決していくイメージが湧きますが、そうではないのですね。はっきり言って、このシリーズにはシャーロック・ホームズは登場しません。そうかと言って、様々な試行錯誤の末、犯人にたどり着くような話でもありません。意表を突くトリックとか、謎解きの面白さを期待して読みますと肩透かしをくらいます。このシリーズの魅力は、謎解きではなく、登場人物たちが織り成す心理劇にあるからです。
 
 作者は、主人公はもとより殺害された被害者も含めた登場人物たちほぼ全員の心理を過去に遡って綿密に描写していきます。読者は被害者とその周辺にいる人々が歩んできた人生を目撃することになるわけです。犯人はそのなかに潜んでいるのですが、すぐにはわかりません。警察の捜査によって新しい事実が次々と分かってくるといった展開ではないので、じりじりすることが多いのですが、そこを我慢して読み進めていきますと、事件の構図が浮かび上がってきます。それだけではなく、スウェーデン社会が抱えている問題がいくつもあぶり出されてくる仕掛けになっているのです。
 
 このようなミステリーは、私が学生時代に読んでいた謎解き中心のものとはだいぶ違います。ミステリーの形を借りた社会派の小説のような気がします。以前、パトリシア・コーンウェルの『検屍官』というミステリーを読んだ時にも似たようなことを感じました。この作品は『黒い氷』のような心理劇ではないのですが、最後に犯人が分かった時に、これは謎解きの話ではなく、アメリカ社会の暗い部分をミステリーの手法で表現したものだと思ったのです。犯人の正体がそれまで登場してきた人物とは全く関係のない人間だったからです。作者が書きたかったのはアメリカ社会が抱える問題であって、それさえ描くことができれば、犯人は誰でもよかったのではないのか。そんなことさえ考えてしまったからです。オーサ・ラーソンのレベッカ・シリーズは『検視官』とは違って、全く関係のない人物が登場してくるようなことはないのですが、謎解きよりも社会の闇を描くことに主眼を置いている点で似ていると思うのです。
 
 オーサ・ラーソンは、このレベッカ・シリーズでスウェーデン推理作家アカデミー賞を連続受賞したと解説にあります。謎解きよりも社会が抱えている闇の部分を描く作品が注目されるというのは、現実の問題としてつらい気持ちになります。フィクションとして読むには面白いのですが。
 
 人権意識が発達すればするほど社会が窮屈になっていく。これはパラドックスです。以前、『オーロラの向う側』について、登場人物たちがいずれも精神的にどこか壊れているのではないか、ということを書きました。それは過剰な人権意識がもたらした社会の歪みの現れなのでしょう。漱石の言う近代社会の特質がこんなところにまで顔を出しているのですね。
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