徒然草紙

読書が大好きな行政書士の思索の日々

ゴリオ爺さん

2017-03-06 16:28:15 | 読書
 「ゴリオ爺さん」は、虚飾の世界に生きる人々の悲劇を描いた物語です。また、親と子、もしくは人間同士のあり方について改めて考えさせられる物語でもあります。
 
 やり手の事業家であったゴリオは、溺愛するふたりの娘たちが結婚する際、巨額の持参金を持たせてやります。もちろん、自分が生活に困ることなど無い様にしっかりと手元に資産を残して。しかし、結婚した娘たちは、彼女たちの夫とともに持参金を使い果たし、ゴリオに金の無心をするようになります。普通に生活をしていれば無くなるはずがないほどの金ですが、彼女たちには足りないのです。何に使うのかと言えば、社交界で綺羅を飾って生きていくためです。読んでいて信じられなかったのですが、バルザックがいた当時のフランスの社交界というのは(今はどうなのかは知りませんが)とてつもなく金がかかる世界だったようです。それも、見栄を飾り、綺羅を飾り、果ては競争相手を蹴落とすための友人作りのために使う金が必要だったのですね。この愚劣極まりない社交界にどっぷりとはまり込んだふたりの娘たちによって、ゴリオは文字通り身ぐるみはぎとられて死んでいくのです。まさに悲惨と言うもおろかと言う言葉がぴったりとくる作品です。
 
 ゴリオが望んだのは娘たちに優しい言葉をかけてもらうことでした。結婚をして、自分のもとに寄り付かなくなってさえも、ゴリオは希望を持ち続けました。その希望を叶えることが出来る唯一の手段が、娘たちの無心にこたえることだったのです。ゴリオは金の使い方について娘たちを教訓することなどありませんでした。ゴリオはただ目の前で娘たちが喜ぶ姿を見ることが出来さえすればよかったのです。それがどのような結果をもたらすかについては全く考えなかったのですね。
 しかし、ゴリオの行為を「愚か」の一言で切って捨てることは出来るのでしょうか。私たちにもゴリオと同じところがあるのではないでしょうか。好きな相手に気に入られたいとは、誰しも思うものですが、そのために周囲が何も見えなくなってしまう怖さを誰もが持っているのではないでしょうか。ゴリオはその反面教師と言うことが出来ると思います。
 
 さて、ゴリオの悲劇の目撃者となるのが、貧乏貴族の子弟ラスティニヤックです。彼はゴリオの妹娘の力によって社交界にデビューを果たし、出世への階段を昇っていきます。けれども、彼はゴリオに対しては最後まで同情心を持って接していきます。彼とその友人の医学生ビアンションのふたりが死んでいくゴリオに対して示した献身は、この我利私欲の妄念に覆われた作品のなかで唯一の救いとも思えるものです。人間の良心というのはこういうものだろう、と思いますね。
 
 物語の最後で、ラスティニヤックは社交界に対して「今度はおれが相手だ!」と言います。彼はゴリオに悲劇をもたらした社交界に対して戦いを宣言するのです。そのあと、彼の運命がどうなるのか。ゴリオの死を看取ったさいに示した良心を忘れないで生きていくのか、それとも、利己主義を身にまとい、社交界のなかでのし上がっていくのか。それはわかりません。
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